対馬支庁
一週間国民宿舎に支庁及び6町の職員皆さん約30人泊まり込みでの広域市町村圏計画策定作業。皆で作り上げた喜びを感じた。
自治省研修
日本列島改造論後の総需要抑制とのことで毎晩遅くまでの厳しい起債査定に追われた。寒風吹きすさぶ中、風呂敷抱えての大蔵省折衝だったが、国の当時の役人の使命感と自信に感心した。今思えば前例・慣例と規則通達がはばを利かした時代。
人事課
約2週間給与班全員でカードめくりの給与昇給査定作業から電算機による昇給査定プログラムづくりを担当した。
地方課振興係長
昭和58年新規事業として始まった「活力あるまちづくり推進事業」は、市町村の創意、工夫を生かした取り組みを支援、各部各課の技術指導、助言を得るため合同査定としたこと。この方式は地域のアイデア、特色を最大生かす、やる気を伸ばす地方の時代の始まりであったと思う。この中から町おこしや産業祭りあるいは伝統芸能の各地での復活につながり特に大島町の「焼酎」の開発、外海町の「ドロさま・そーめん」が育ったことは印象深い思い出。
企業振興課総括課長補佐
昭和62年当時リゾートブームの中、県が造成したが売れ残っていた工業団地の有効活用として針尾(約150ha)をハウステンボス用地へ、また伊王島(約10ha)をルネッサンス・伊王島用地として売却するための活発な県議会での論議が印象的。また2つの試験場を工業技術センターへの統合と建設、佐世保テクノパークの開発着手など。
県立病院課長
平成3年6月3日火砕流災害によって43名の犠牲者が出る悲惨な災害が発生した。島原温泉病院の被災者救急受け入れ体制が直前の5月31日に総力を挙げて出来、被災者の緊急受け入れに間に合った。しかし、ふるさとでの出来事であっただけに複雑な思い。若い青年を失ってしまい、極めて残念でならない。
またその後、土石流(平成5年我が実家も7m埋まった)の危険の中数ヶ月間変則な勤務体制のまま、他の県立病院も総力を挙げて応援に取り組んでくれたことが忘れられない。
温泉病院の建替構想を含む第3次健全化計画策定作業で数回にわたり徹夜の作業が続いて職員の仲間に苦労をかけた。
人事課長
経済部と労働部の統合、生活環境部と福祉保健部とに、襷がけの再編にしたことなど、新行政システム5カ年計画の策定で大変な論議をたたかわしたが、時代の変化に即応できたものと思っている。
総務部理事
シーボルト大学設立については、学長、教員スタッフ特に看護、情報メディア系の体制づくりに東奔西走したこと。特に情報処理システム、入試広報、実施方法など各般の準備に各担当は徹夜し、苦労をかけたこと。
今日、卒業生が95%を越える就職が毎年決まっていることは大変喜ばしい。
商工労働部長
日本で残っていた2つの、そして九州最後の池島炭坑の閉山対策では国、県、地元町及び各界各層の総力を挙げての取り組みに御礼。
SSKの雇用能力開発給付金不正受給事件は、一部上場の大企業しかも地域の代表企業としてやってはならない、企業倫理に反する行為であり、きわめて残念な出来事であったが、今思うに人間としての倫理観の欠如、利益追求至上主義の始まりの時代だったと思うとわびしい限り。
新社長の下、立派に再生し、地元の大企業として再生、発展されている。
デフレ経済の影響で各業界は生き残りに必死であるが長崎県の産業振興のため是非地元での人材育成が大事であり、産、学、官、民のそれぞれの立場での努力と連携に期待したい。企業団地の新規造成計画の見極めはいつの時代も苦労が多いが、長期的見地での県民の理解がぜひ必要と思う。
地域振興部長
79市町村が23市町に再編されたが、担当理事とともに反対あるいはきわめて消極的な団体の説得に苦労したが知事の強いリーダーシップで実現した。歴史に残る出来事に携わったことは感慨深い。また閉町式は、合併して新しいふるさとつくりと頭ではわかっても、町長様方のなんともいえない寂しい表情に、こみ上げるものがあり胸がつまり、涙にむせいだ。
新幹線対策、観光振興対策、国際交流、国際、国内離島との航空路対策とともかく席の温まる間がないくらいだったが、中国北京の釣魚台、人民大会堂訪問は、厳しい日中関係のさなかでの歴代の長崎県知事と中国の歴史的つながり、信頼関係の深さのおかげでいろんな思い出ができ感謝でいっぱい。
教育長
1.教育基本法の改正に対応するため「長崎県教育基本方針」の改定及び長崎県で初めての教育に関する総合計画として「長崎県教育振興基本計画」の策定に取り組んだ(現在県議会で審議中)。
2.子どものいじめ不登校、問題行動、インターネット、メールなど情報機器対策などに対応するため、県教育庁内の組織として小学校から12年間教育の取り組みとして高校、義務教育、県警察からの職員で構成した「児童生徒支援室」を設置したこと。
3.学力向上対策として同じく高校教育課に12年間を見通した「学力向上対策班」を設置し、さらに指導を強化したこと。
4.「信頼と尊敬を得た教職員」を育成するための研修強化及び服務規律強化並びに不祥事防止対策に取り組んだこと。
5.学校、家庭、地域社会、住民が一体となって教育に取り組むための学校支援会議を県内の学校すべてに設置する努力をしたこと(19年度末70%)。
6.極めて多忙であったが、教育界に携わらせていただいた2年間は皆さんが使命感に燃え、一丸となって前向きに取り組んでくれ総じて楽しく、明るく仕事をしたとの思い。