桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

36、

 すっかり荒れ果てた森の中、ヴァリントは元の少年へと戻り、身体中を酷い火傷に覆われながら、そこに横たわっていた。
「バリント……」
真咲がそっとその身体を起こす。
ヴァリントは苦しそうに顔を歪めながら、ようやく目を開けた。
「あ……たまが……悪い……な…………
僕は…………ヴァリ…………」
スウッと息が途切れる。
ガクリと身体中から力が抜けて、真咲はしっかりと抱いて何度も揺すった。
「バリント、バリント、叔父さんが、叔母さんが待ってるよ。家に帰らなきゃ。なあ!」
ボロボロと流す涙が、ヴァリントの頬をぬらす。
キッと真咲が顔を上げ、グリフォンを睨み付けた。

「俺は!救えと言ったはずだ!」

巨大なグリフォンが頭を垂れ、そしてフンフンとその大きな鼻を真咲に突きつける。
『マスターよ、精霊より受けし火を灯せ』
「精霊からの、火?」

…………それは、戦いの時にわかろう。

確かに、ファラーナはそう言った。
「ほう、なるほど。」
レミイが真咲の背後に立ち、そして彼の頭の上に手を置いた。
「お主、よほどファラーナに気に入られたな?命の火を、わしは初めて見るぞ。」
グイッと真咲の髪を鷲掴み、ギリギリと引っ張る。
「あいた!あたたた!いてえっ!」
ブチブチッと髪を数本引きちぎられ、ヒイヒイ言いながらレミイの手を見る。
するとそこには、虹色に揺らめく炎が手のひらで浮いていた。
「これを飲ませよ、今なら間に合おう。舞子よ癒しを施せ。火傷を少しでも治さねば。」
「う、うん。」
舞子が手を掲げる横で、真咲がヴァリントの口に火を入れる。
「飲め!ほら、飲めー!」
グイッと入れて口を閉ざし、じいっと待っていると、レミイがそうっとヴァリントの口に口づけした。
「あっ!」真咲が呆然とし、
「うっ!」アイズがショックを受ける。

ごくん!

ヴァリントが、ようやく飲み込む。
次第に身体が暖かさを取り戻して、命の力を感じる。
胸がスウッと息を吸い込み、やがてゆっくりと目を開いた。

「……あ、あれ?マ……サキ?」

「や、やたっ!マジ戻った!」
「い、てて、うう…………」
痛みにこらえるその顔は、魔物に乗っ取られた頃とうって変わって優しい顔立ちをしている。
「やだ、可愛いじゃん。」
舞子がくすんと涙を拭きながら、癒しの力を送る。
うぬーっと複雑な顔のアイズに、レミイがにやりと笑った。
「ヤいたのか?ホホ……」
「さあ、何のことかさっぱり存じませぬ。」
プイッと顔をそらすアイズに、抱きついてレミイがキスをする。
「わあっ!レミイとアイズ、こんなとこでエッチしてる!」
驚くアイズが慌ててよろよろとレミイから離れ、ハアハアと息をついた。
「い、戦場で……わ、私は、き、騎士でございます。」
すっかり声が裏返り、顔に火がついたように真っ赤になっている。
「いいではないか、チューぐらい。愛すればこそじゃー!」
「レミイ殿!……は!」
アイズが、突然真顔でハッと周りに目を配る。

「誰か、おります。」

剣に手をかけ、ザッと皆の前に出る。
すると3人の騎士が、皆の前に出てきた。
「殿下でございますな。お務めご苦労様でございました。」
「お前達は?」
ヴァリントを横たえ、立ち上がる真咲にアイズがサッと手を出し制した。
「この方達はドリスナー様の護衛騎士の方々です、見覚えがあります。その方ら、何用か!」
3人の中央に立つリーダーらしい男が、スッと前に出る。
「なるほど、さすがは白騎士。お若くいらしても、すべて頭に入っているという訳か。
やはり侮れませんな。」
キッとアイズが顔を上げる。
「何用かと申しておる。返答次第では斬る!」
「では……殿下には死んでいただく。」
シャンッと3人が剣を抜いた。
「叔父さんが命令したのか?!」
真咲の問いに、誰も答えない。
レミイも前に出ると、アイズがスッとその前に出る。

「手出し、無用。」

アイズの鋭く冷たい言葉に、ゴクッと真咲が息を飲む。
アイズは、この3人を斬るつもりだ。
「真咲!アイズが危ないよ!」
「いや、あいつらが負ける。」
じりじりと、3対1で向かいながらも、3人の表情が微妙に押されて見える。
リーダーが、正面に構えた切っ先を小さく揺らす。
アイズは息を小さく吹き、そしてゆるりと剣を抜き下段に下げた。

「や……めよ!!」

ハアハアと、息をついてヴァリントが身を起こして叫ぶ。
それに突かれたように、一人がアイズに向かった。
「キエエエエ!!」
ヒュッ!キィーーーン!
「覚悟!」
ビュッと振り下ろす剣が、男の肩口に向かう。

『グオオオオオオンン!!』

ビュオッ!と咆哮と共に、激しい突風が4人の騎士を襲った。
「うぉっ!」
「くっ!」
地に叩き付けられる3人を横目に、アイズがザッと着地する。
そして切っ先を一人の鼻先に突きつけた。

『我が主は、戦いを望んでおらぬ』

グリフォンが、頭を下げてギロリと睨む。
「ひいっ!」
さすがの騎士達も、思わずすくみ上がった。
「はあ、はあ、その方ら、父上の……命令で、来たのだな?」
舞子に手を借り、ヴァリントが3人に歩み寄った。
「ヴァリント様!なぜここに?!」
「よい、父上には、私から……ご説明、差し上げる。はあ、はあ、もう、良いのだ。」
3人が、がっくりと剣を納める。
真咲の叔父、ドリスナーは結局王に手を出せず、真咲を抹殺しようと3人を送り出したのだ。
そうすることで、自然とヴァリントが次の王になる。
しかしそれもヴァリントにそそのかされたからではなく、親心からだろう。
異世界で育った真咲への、不安がそこにあるのかも知れない。
「わかったよ、もういい。このことは、俺の胸にしまっておく。」
真咲がヴァリントにニッコリ笑う。
「すまぬ、親子して迷惑を……」
「バリント、お前ずうっとあの魔物に押さえつけられてたんだろ?なら、やっと父さんに会えるんじゃないか。魔物は魔物。悪者はグリトーでいいさ。な、ポチ。」
真咲がグリフォンを見上げる。
『ポチ?とは?』クイッとかしげた。
「お前、グリトーやめて今からポチッ!いいな!」
『………………ポチ、か……』
「いい名だろ!返事は?!」
『承知』
どうも納得できないようだが、それも仕方あるまい。すでに国民の心には、グリトーは悪者なのだ。
「ポチッ!最後の一仕事だ!国中清めて、それが済んだら眠っていいよ!」
『そうか』
「うん!お疲れ様!」
「ポチ!ありがとう!」
皆が手を振り、グリフォンはガウッと一鳴きすると、ビュウッと風を切って飛び上がる。
やがてそれは金色の光となり、空を駆けてゆく。
見送って一息入れ、真咲が3人にニッコリ笑った。
「出迎えご苦労さん、じゃあ帰ろうか!」
「出迎え……?いや、我らは……」
戸惑う3人に、タッと駆け寄り真咲が手を差し出す。
「お前達は、気を利かせて迎えに来てくれたんだろう?じゃあ帰ろう!」
3人の騎士が、感極まった顔で真咲にひざまづく。
そして、深々と頭を下げた。
「我らが王子よ、お迎えに参りました。」

「よし!みんな、帰るぞ!
みんな、みんな、終わったんだああ!!」

真咲の声がこだまする。
バサリと羽ばたく3人のフライトホースが、呼ばれて青く美しく澄んだ空へ飛び立った。
吹く風は涼やかに気持ちよく、まるで洗い流されたように清々しい。
リトビアはすでに呪われた国ではなく、緑美しい豊かな国へと変わってゆくのだ。
金の光が空を覆い、魔の気配が消えて国民達が祝杯を挙げて歓声を上げると、皆続々と城へと集まっていった。



 「…………ってわけよ、ママ。」
舞子が母親に、3日がかりで説明を終え、大きなあくびをして伸びをする。
「ん、んんーーーっ!ぷはーっ。ああ、ノドからから。」
オレンジジュースを取り、クイッと一飲みした。
「で?あんた戻らないの?」
トントンとばらけたメモをそろえ、母親がペンを直す。
「んーそうねえ、一応は卒業までこっちにいることに決めたんだけどお。」
鼻水垂らし、泣きついてすがってきた真咲の顔が鬱陶しくも思い出される。
「あんた、高校くらいは行くのよ。女は教養よっ!」
娘のツテで、あわよくばファンタジーの世界を体感したい母だ。
しかし、実際向こうの世界は発展途上で電気もない国。先進文明を当たり前に育ってきた舞子には、真咲の嘆きもよくわかる。
「勉強なんて、あんま、あっちの世界じゃ関係なさそうなんよねえ……と言うかー、まだ13才でさあ、嫁に行くとは決めてないしー。」
ため息一つ付いて立ち上がる。コーヒーを入れようと瓶を見ると空だった。
「あー、やだコーヒー無いじゃん。」
母親は、仕事で深夜まで起きているときはコーヒーをがぶ飲みする。戸棚を見ると、買い置きもない。
「ちぇっ、無いとなると余計飲みたくなっちゃうよ。買いに行こうっと。」
「ねえねえ、玉の輿は?もうお姫様諦めるの?」
「姫…………」
思い返してゾッとする。
城で手ぐすね引いて待っていた后は、真咲と報告に行った舞子にぴしりとこう言ったのだ。

 「后として恥ずかしくなきよう、これからビシッビシッと教育いたします。」
「はあ?なんで……?」
首をかしげる舞子に、後ろで真咲がにやりとする。
「ざまあみやがれ。……うぐっ!い、いてえ!」
ドカッと舞子が肘鉄を食らわせると、ザワザワとどよめきが起こった。
アチャッと笑ってごまかしながら玉の輿を喜ぶ前に、異世界の自分が、どうしてこの国の王妃にすんなりなれるのかを不思議に思う。
その舞子に、后がうっと涙ぐみながら告げた。
「これもお告げであれば致し方ない。しかし、これもこの国に課せられた試練なれば、私がしっかりしなくては!」
「はあ?」
キッと顔を上げたいつもはのんびりした王妃が、ずらりとその筋の達人であるバア様を並べ紹介する。
「こちらが作法を教える作法係の者。こちらが言葉遣いを……こちらが身だしなみを……こちらがこの国のしきたりを……こちらが……」
「ちょっと待ったああーー!!」
ドオッと冷や汗を流しながら、冗談じゃねえと舞子がくるりと真咲を振り向く。
「あたし、帰るから。」
「えっ!うそっ!」
「じゃ、学校あるんで帰ります!おばさんさよなら!」
慌ててネックレスをはずし、ダアッと広間を走って逃げると庭の泉にボチャンと放り込む。

「待ってくれー!俺を見捨てないで、舞子おおおおおぉぉぉ……!」

真咲の涙声を尻目に、慌てて開いた道をくぐり、隣の風呂場にザバンと帰ってきた。
さすがに真咲は追って来れなかったようだが、このままでは済まない気もする。
「冗談じゃねえよ、アホ。」
真咲の顔を思い浮かべ、へっと息を吐く。
「薄情な娘だよお、まったく!」
「薄情?魔物退治まで付き合ったじゃん。もー十分だよ。コンビニ行ってくる!」
母親は勝手だと思いながら、舞子はコーヒーを買いに出た。

ザッザッザッ!

お隣で、誰かが珍しく玄関先を掃いている。
おじさんは会社だろうから、きっとおばさんだろう。
トントンと靴を履き、飛び出して元気に挨拶した。
「おばさん!こんにち…………は…………」

ザッザザ

ほうきの音が止まり、その人がくるりと振り向いた。それも恨みのこもった顔で。

「おーのーれーー、お前のせいだーーー」

それは、ジーパンにシャツ着ておばさんのエプロン付け、剣の変わりにほうきを持ったアイズだった。
「あ、あんた何でここにいるの?」
「お前の警護を任されたのだっ!
この、愚か者!お告げは絶対だと言うたではないか!貴様はもう、殿下の許嫁だ!」
「う、うそっ!マジ?!」
くうっとアイズが涙をのんで、ほうきを握りしめる。その手が、心なしか震えて見えた。
「私は、レミイ殿と改めて父上にご報告をと思っていたのに、殿下に頼まれて仕方なく……お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前の…………」
「あ、あーーーー!じゃっ!あたし買い物あるから!」
ダアッと思わずその場を逃げた。
「ちぇっ、真咲のやろー見張り付けたな?」
しかも、ちゃんと彼女がいるアイズを。
「真咲め、姑息な奴。」
何となく、最後に見た泣き顔が思い出されてクスッと笑う。
アイズには気の毒だが、これも成り行き仕方ない。これからは、きっと毎日恨み言を聞かされるのだろう。
「しかし、あの格好……くすっ。」
舞子は走ってコンビニに向かいながら、思わず声を上げて笑っていた

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