桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

6、

 コーン、コーン……「ブツブツ」…コーン、コーン……

闇の中、足音をひそめながら走るアイズが、次第に音に近づいてゆく。
何か木を打ち鳴らしながら、人が何かを話しているようだ。
しかも闇の中で、そこはぼんやりと白く輝きを放ち、程々に近づいたところで場所も容易に特定できた。
膝を付き、剣に手を添えて息を整える。

何も感じない……

剣が騒がないと言うことは、魔物ではないのか?いや、剣もわからぬほどの上位の魔物か?

立ち上がって慎重に、じりじりと距離を詰める。

コーン、コーン……

「……なれー、私を好きになれー、わーたーしーをーー……」

「なんだ?」
木陰から窺うと、7,8歳ほどだろうか?赤い髪の長い少女が、何やらブツブツ唱えながら木に何かを打ち付けている。
まわりにいくつもの火の玉を浮かべ、フリルの沢山付いた可愛らしい黒のワンピースに身を包み、額には黒いはちまきをして後ろでリボンのように結んでいた。
「なぜ、こんな所に子供が…?」
闇の中にたった一人、子供の姿は奇妙で不気味でさえある。
アイズがじっと見ていると突然火の玉の一つが、ビュンッと勢い良くアイズに向かってきた。
「はっ!」
サッと身体を翻して避けても、動きをトレースするように追ってくる。
しかも、他の火の玉もアイズに気が付いたのか、一斉に彼に向かって飛んできた。
「魔女か!」
バッと手で払っても火はビクともせず、木の根に足を取られ膝を付き、たまりかねてチャッと剣に手を掛ける。
「フッ」気を集中して、抜くと同時にビュッと一振りすると、剣圧で数個の火がバッと散った。

「誰だ?!」

ザッと少女が火の玉に守られるように囲まれて、アイズの前に姿を現す。
するとアイズを襲っていた火玉達も、ピタッと動きを止めた。
「お前は何者じゃ?…私の、願掛けを見たね?」
少女らしからぬ不気味な雰囲気、そして紅い瞳でアイズを見下ろす。
「願掛け……?」
アイズは剣を納め立ち上がって服を払うと、身長差から少女を見下ろした。
「ぬ?なんじゃ!ガキのくせに私を見下ろすか!」
プリプリ腹立たしそうに、少女が手を振り上げて怒っている。
アイズもどうした物か、少し対応を呆然と考えながら、一方の膝を付いて軽く頭を下げた。
「無礼はお許しを。私は旅の者です。この近くで休んでおりましたが、物音に驚いて様子を見に来ただけのこと。あなたが危害を加える方ではないとわかったら、私はもう立ち去りましょう。」
「旅の途中と?」
「はい」
アイズが顔を上げると、火に照らされてその端正な顔が白く輝く。
ザワザワと森の木を揺らしながら風が吹き、白い髪がサラサラとなびいて、澄んだブルーの瞳がふと視線を落とした。
少女のワンピースの裾も、フワッと風に舞い上がる。
それを押さえるのも忘れ、少女が呆然とアイズに見とれて手にあった金づちをドスンと落とす。
アイズはそれを拾い上げて少女に差し出し、ふと微かに微笑んだ。
「呪の途中をお邪魔してしまいました、どうかお許し下さい。では。」
スッと立ち上がって真咲達の元へ帰ろうと背を見せるアイズの白いコートに、銀糸で施されたグリフォンの刺繍がキラリと光った。
「待てっ!」
少女の声に、クルリと振り返る。
「お前は城の騎士だな?なぜこのような所を旅しているのか?」
「それは……」
「お前の剣は、破魔の剣であろう。グリトーを倒しに行くか?」
アイズが目を見開き、そしてゆっくりと頷く。
少女はじっとアイズと見つめ合い、そしてキッと唇を噛むと、スルリとはちまきを解いた。

「そ、れは……」

ハッと思わずアイズが自分の首筋に手をやり、そして少女の厳しい顔に自分と同じ宿命を見る。

「私は、封印の魔女だ。」

そう吐き捨てるような言葉を投げかける少女の額には、赤くアザのようなグリフォンの証がくっきりと浮き上がっていた。

**************************

 朝が来て、清々しい日の光に舞子がうんと伸びをする。
振り向くとそこには小さな家があり、台所では少女とアイズが食事の用意をしている。
それは森でアイズが出会った、昨夜の少女の家だった。
あれから、舞子達は呼びに来たアイズと共に、あの少女レミイの家に泊まったのだ。
おかげで久しぶりに安心してぐっすりと眠ることが出来て、夜半からといえ頭がすっきりとしている。
井戸から水を汲んで顔を洗っていると、真咲もぼんやりした顔で起きてきた。
「ああ、何かぐっすり寝た。これでベッドだったらもっと良かったなあ。」
ベッドは2つしかなかったので、彼とアイズは椅子に眠った。
それでも床よりはマシかも知れない。
「まあ贅沢言うんじゃないわよ。でもさあ、まさかアイズが料理するとはねえ。」
窓からはコートを脱いだアイズが、シャツ姿で何やら作っているのが見える。
じいっと真咲と2人して見ていると、アイズがかき混ぜる鍋の味見を、レミイがしてにっこり笑っていたりする。
「なんか、新婚みたくねえ?」
真咲がヒヒヒと下品に笑っていると、カチャッと後ろでドアが開き、アイズが真咲に頭を下げた。
「殿下、お食事の準備が出来ました。
どうかなさったのですか?…この馬鹿女がまた何か?」
カチーン、舞子がキッと顔を上げてオケを振り上げた。
「この、何であたしだけ馬鹿が付くのよっ!馬鹿アイズ!」
「まあまあ、舞子。」
キーッと今にもオケを投げつけようとする彼女を真咲が止めて、アイズにわかったと手を上げる。
やがて2人が家に入ると、居間のテーブルにはスープが並び、パンとお茶が準備してあった。
レミイに合わせてテーブルも椅子も低い。
何だかオモチャの家のようだ。
「では、失礼します」
アイズがレミイの隣りに座ると、なぜかレミイがズイッとお尻をずって、彼に一歩近づく。
ン?と訝しい顔をして固いパンをかじりながら、舞子がレミイに問いかけた。
「で?レミイさんって昨夜は何してたの?」
「願掛けじゃ。」
「願掛けって、病気とか?」
「違う。お前は女のくせに、女心もわからんのか?」
「フ、下品で無礼な異世界の女ですから。」
アイズがボソッと漏らした。
「なんですってえ!誰が下品よ!」
「まあまあ、舞子。誰も暴力女とかブスとか言ってないだろ?」

「誰がブスでペチャパイよっ!」
ボカッ!「うぎゃっ!」

真咲が舞子に殴られ、レミイが目を丸くする。
「これは確か、王子ではなかったか?」
これとは真咲だ。
しかし舞子はニイッと笑って、ヒョイと肩を上げた。
「こっちの人には王子でも、あたしには隣に住んでた幼なじみ。関係ないもん。」
「郷に入っては郷に従えと…お前達の国の言葉であろう?」
「いいもん、あたしは我が道を突っ走るもん。あ、これ美味しそう。」
舞子が卓上の赤いジャムを付けてパンをかじる。そしてワアッと声を上げた。
「これ美味しい!こっちにもジャムがあるんだね!何のジャムだろ。」
「美味いであろう?わしの特製じゃ。」
「へえ、上手だねえ。あたしも習おうかなあ。」
まわりは気にせず、どっかり取ってパンに乗せる。
美味しいっと足をバタバタさせた拍子に、ガタンと棚の箱が落ちた。
「あら、いやだ。……え?これって。」
ぶちまけた箱の中身を一つ拾い、げ、と舞子が声に詰まる。
それは、なんとわら人形だったのだ。
レミイが駆け寄ってパシッと奪い取り、恥ずかしそうにポッと赤くなった。
「見られてしもうたか、これはお前達の世界の恋のまじないじゃ。これを夜中にこのクギで打つと、願いが叶うと言うので、昨夜これをしていたのだ。」
「へ?いや、ちょっと違うようなー…」
「なに?間違っておるか?」
「それは願いじゃなくてえ、呪いだったような。」

ガーーーン!

愕然とするレミイの手から、5寸クギが落ちる。その大きなクギに、真咲がゾッとしながら拾い上げた。
「なんと恐ろしい、では邪魔が入って幸いであったか。」
「まあそう言うことで。良かったね。」
レミイにはすでに好きな人がいると聞き、舞子が少し、ホッとする。
それでもアイズにぴったりくっつく彼女に、ちょっとムカついた。
「では、話が変わりますが、王子。」
アイズがちらりと真咲に視線を向ける。
真咲はゴクンと息を飲み、顔色を変えてパンを握りしめた。
「えーっと、つまり、あのう。」
「真咲、しっかりしなよ。王子でしょ。」
ドカッと舞子が肘で真咲の脇腹を突く。ウッと呻きながら真咲は気を取り直し、座ってまた食事を続けるレミイに向けて声を震わせた。
「あ、あのう、悪いんだけどお。やっぱ封印のおー、戦士ってからにわあ……」

「わしはどこにも行かぬ。」

ビシッとレミイが言い切る。
「あ、やっぱそう?そうだよね、あはは…ぎゃっ!」
笑ってごまかす真咲に、ムッとした舞子がまたドカッと肘鉄を入れた。
「まったく、アハハハじゃないでしょーが!ねえレミイさん、やっぱ封印の戦士ってからには行かないと変じゃない?」
「わしは……!」
言いかけたとき、外に人の気配がしてコンコンとノックが聞こえた。
「こんにちは、レミイ様。」
「あっ!」声を上げて、レミイの顔がパアッと桜色に染まる。
「これじゃ。わしにはちゃんと仕事がある。だからこの家を出るわけにはいかんのじゃ。」
トンッと椅子を降りて、パサパサッと身支度を整え、そしておもむろに、カチャッとドアを開けた。
「おはようございます。あ、お客様でしたか?」
顔を出した青年は、近くの集落から来たのだろうか、爽やかな笑顔でハンサムだ。
「いえ、いいの。困っていた旅の方をお泊めしたのよ、オホホホホ。」
レミイは話し方から変わっている。
要するにこれが恋の相手だろう。
「お優しいことで…で、これ今日の分です。」
青年はそう言って、カゴに入れた沢山の果物を床に運び入れた。
「レミイ様のジャムは相当評判で、飛ぶように売れてしまいますよ。またよろしくお願いします。」
ああと舞子が頷く。
レミイはこれで生計を立てているのだ。通りで美味しいはずだ。
「承知しましたわ。でも今日は持ってくるのが早かったですわね。何かご用でも?」
「実は、明日が結婚式なんです。」
「え?誰の?」
「僕の。で、みんなに美味しいジャムを食べて貰おうと思って。」

ふ……

と、レミイの身体が一瞬浮いたように見えた。彼女が真っ白に色を失って見える。
「それじゃあ、美味しいジャムをお願いします。明日の朝取りにきますから。」
返事を待たず、パタンと青年が消えた。
アイズが真っ白で立ちつくすレミイの姿にため息をつく。
見かねて舞子がレミイの元へと行った。
「レミイ、ほらお茶でも飲みなよ。」
茫然自失のまま、レミイがストンとアイズの隣りに座る。
カップを持たせると、そのまま時間が止まったようにぴたりと動かない。
「しっかりしなよ、男なんてうようよいるじゃん。」
舞子が力づける。しかしその状態のまま、それから数十分はレミイが元の状態に戻ることはなかった。


7、

 周りを深い森で囲まれたレミイの家は、日中も静かで緑が鮮やかだ。
真咲と舞子が家の周辺を散策して戻ると、アイズがなぜか青年が持ってきた果物を井戸で洗い、そして椅子代わりの丸太に座って丁寧に皮を剥いていた。
「あれえ?アイズ何してるの?」
「見ての通りだ。それ以上でもそれ以下でもない、馬鹿女。」
むっかあ!
いちいち舞子も腹が立つ。
しかしそこをグッと押さえて家を覗き込むと、ようやくレミイに色が戻って今度はしくしく泣いていた。
「ふうん…アイズって優しいんだ。」
果物を一つ触ろうとする舞子の手を、ギッと睨み付ける。
「洗いもせずに触るなっ、汚い!」
「キイイイイーーー!ムカツク!仏の顔も3度までじゃっ!」
「まあまあ、舞子。落ち着いて。」
竹刀を取り出し振り回す舞子を、後ろから真咲が羽交い締める。
すると、カチャンとドアを開け、ナイフを持ったレミイが外へ出てきた。
ポツンポツンと元気なく歩いて、井戸で手を洗いアイズの隣りに座る。
一個果物を握り、そしてやっぱりじいっと見つめていた。
「わしは……ずっとこのアザのために、辛い目に遭ってきた。
生まれたときから、何か力があったわけではない。なのにこのアザを隠しても、小さい頃から下級魔に襲われ、両親は騎士を雇って必死で守ってくれた。」
ナイフに映る彼女の顔。
そのはちまきの下、額に大きくあるグリフォンのアザ。
あまりに目立つアザはかえって人々の恐怖を呼び、彼女はずっと額を隠し続けて育った。
「だが、時間が過ぎるごとに下級魔が頻繁に現れる。仕方なくわしは、自分を守るために魔女に弟子入りした。」
グスッと溢れる涙をそのままに、彼女が小さな手で果物の皮をむき始める。
すると、彼女の頭上にいきなりボッとあの火球がいくつも現れた。
「魔女を独り立ちしても、ずっと一人じゃ。
実家の両親は、すでに病で死んだ。これのおかげで恋をしても、誰もわしを好きになってはくれぬ。」
ポタポタと、ナイフが涙に濡れる。
舞子が隣りにしゃがんで彼女の肩を撫でた。
「そんな事はないよ。レミイは可愛いじゃない。」
「そうじゃ、だからこの姿になった。小さくて愛らしい子供は皆に好かれる。だが……」
ボッと火球の火の勢いが増し、ヒュッと森の木陰へと飛んで行く。

「オオ!この、火めっ!」

バサバサと身体についた火を払いながら、木の影から大きな黒マントの男が現れた。
フードの中には、紅い瞳がギラギラと輝いているのに顔がない。
闇のように真っ黒で、ただそこからブレたような声が不気味に響く。
男は火を払ってバッと身構えると、不敵な声を上げて笑っていた。
「クク…魔女ばかりか、封印の戦士殿が揃っておるではないか。その首もらい受けた」
するっと、マントから大きなカマを取りだして振り上げる。
「舞子おお、怖いよう」
舞子はサッと彼女の後ろに隠れる真咲を前に押し出し、ドカッと背中を蹴った。
「真咲!ポチは?ポチ、早く!」
「あ、あ、そうか」
不器用にもたもたネックレスを取りだしていると、包丁片手にザッとレミイが前に出る。
彼女の高飛車な笑い声がビリビリと森をこだまして、鳥達が飛び立っていった。
「ホホ、ホホホホ!お前達のために振り回された人生。わしは今、最高に不愉快じゃ!」
ハラリとレミイが額のはちまきを取る。
ブツブツと呪文をつぶやき、バッと大きく手を広げるとその身体が見る間に大きくなって行く。
「あ、あ、レミイの身体が……」

「ホホホホ!お前ごとき下級魔、わしには物足りぬが丁度いい!うっぷん晴らしじゃ!」

ザッと一歩踏み出すその姿は、超ミニの黒いワンピースから白いパンツをちらつかせ、ウルトラボンバーなボインを揺らした超グラマー美人な17,8歳のお姉さんだった。

「火よ!我が心の燃え立つ炎よ!炎の女神ファラーナの力を借りて、更に燃え上がれ!」

ボンッ!ゴオオオオ!!

レミイのまわりで、火柱を上げて火球が燃え上がる。
「キャアッ!凄い!火事になっちゃうよ!」
そしてその勢いはどんどん増し、井戸の横に立ちつくすアイズを残して舞子達は慌てて家の影に隠れた。
マントの男も思わずひるむ。
しかし、負けじと踏み出した。
「おのれ、この魔女め!」
カマを振り上げバッと飛びかかる男に、レミイが片手の包丁をキラリとひらめかせる。
向かってくる炎を男がバッと蹴散らし、レミイにカマを振り下ろした。
シャーンッ!
レミイが刃を包丁で受け、それがカマに沿って滑り火花が散る。
「ホホ!」
シャンッと刃を鳴らして離れる刹那、左手を男のマントに手を添えた。そこからボンッと火が燃え上がり、マントが火に包まれる。
「うおおおっ!おのれ!」

「グリトーの木偶よ、お前に用はない。」

「ほざけ!たかが魔女が!」
炎に包まれた男が身もだえながら再度カマを振り下ろす。そのカマに向けて包丁を投げ、レミイが呪を唱えた。
「聖なる炎よ、不浄の力を浄化せしめよ!」
鋭い音を立てて包丁は勢い良くカマを打ち砕き、男の胸に刺さった。

「グオッ!」

胸につき立つ包丁が突然赤く焼けて高熱を発し、男の胸が真っ赤に燃えてゆく。
「ヒイイ!おのれ、一人なりとも道連れにしなければ、グリトー様に顔向けできぬ!」
苦悶の声を振り絞りながら、男が苦々しい顔を上げた。
「真咲、ポチ出して。」
舞子にせっつかれ、真咲がネックレスを取りだす。そして燃え上がる男に向けて叫んだ。

「ポチよ!手を貸してくれ!」
「グオオオオオンッ!!」

黄金のネックレスから飛び出したグリフォンが、男に向けて飛びかかってゆく。
「ほざけ!」ボワッと闇の顔から障気を吐いて応戦する男を、しかしグリフォンは物ともせずにパクッと頭から食いついた。

「ギャッ……」

むしゃむしゃむしゃ、
むしゃむしゃむしゃ、

バタバタと、グリフォンの口から出る足が、最後の抵抗とばかりにバタバタうごめく。
するとその足は、人の形を保っていられなかったのか、巨大なトカゲの半身となった。
しかしバタバタ暴れるその足もグリフォンの口に消え、しっぽを最後にチュルンと飲み込んだ。

ごっくん

さも美味そうに、ポチがのどを鳴らす。
「あ、あ、あ、また食べちまった。」
「悪食だねえ、あんたそっくしじゃん。」
ペロリと舌なめずりしたあと、ペッと包丁を吐き出した。
チャンと音を立てて落ちた包丁は、そのままブスブスと解け落ちる。
ヒュウヒュウと吹く風に、レミイのワンピースがヒラヒラと舞い上がった。
「おお、純白のパンツ!」
「アホ!」
白いパンツが眩しく、見入る真咲の目を思わず舞子がふさいだ。
「わしも、普通の娘のように恋をしたかった。」
スッと、レミイが視線を落とす。

「すればいい。」

アイズが彼女を真っ直ぐに見つめる。
「でも……わしは……」
「心は、自由だ。たとえこのアザがあっても。」
風にアイズの白い髪がなびき、首筋のグリフォンのアザがレミイの目に映った。

そうか、お前も……しかし……

彼女の赤い髪と赤い瞳が不安に揺れる。
「私は、お前のように美しくない。」
その赤い髪も瞳も、大きい胸もすべてが彼女は嫌いだ。
クルリと背中を見せる彼女に、クスッとアイズが笑った。
「フフ……私は、あなたのように強くない。このひねくれた心を、救ってくれたのは叔母だった。きっと一人であったなら、こうしてここにいないだろう。」
「いいえ、違う。わしは決して強くない。だからこそ、一人が辛いのだ。」

「一緒に、行きましょう。」

アイズの言葉に、レミイが恐る恐る顔を上げ、そして不器用ににっこり微笑む。
そしてそっと、一個の果物を彼が差し出した。
それはあの青年が、丹誠込めて育てた物だ。
市場で果物が売れずに困っていた彼を、助けたときからずっと好きだった。
「このジャム、心を込めて作りましょう。あなたが愛したあの青年のために。」
彼の差し出す果物を、そっと手を伸ばして受け取る。
あの青年に寄せたはかない恋も、いずれ良い思い出となって心に残るのだろうか。
こくりと頷くレミイの身体が、スウッと小さくなって行く。
そして結局は元に戻ってしまった。
「自分に自信がもてるまで、わしはこの姿でいようと思う。変か?」
「いいえ。どんな姿でも、あなたはあなたです。その姿でも、あなたは十分美しい。」
優しいアイズの言葉にパッと微笑むレミイが、彼と並んで座る。
「あら、わしとしたことが、包丁をあの魔物にくれてしまった。」
「私が剥きましょう。これでも騎士ですので、刃物はお任せ下さい。」
「ふふ、面白い事を言う。では任せたぞ。」
何だかいい雰囲気の2人に、家の影から覗き見ながら、真咲がくーっと涙する。
「ああ、ボインな姉ちゃんと一緒に旅が出来ると思ったのにい。」
「あんたは不純。」
ドカッと舞子が尻を蹴る。そして首を振りながらため息をついた。
「ああ!駄目だわ。レミイがあんな美人だったなんて、私なんか敵うわけ無いじゃん。」
ぼそっと漏らした舞子の言葉に、真咲が思わず飛び上がった。
「舞子お!まさかお前アイズが好きだったりして……」
タラーッと冷や汗が流れる。舞子はそれを無視して、顔を背けチッと舌打った。
「王子は王子でも、こんなみそっかす王子なんて。人生そう、うまくはいかないわね。」
舞子がポチのたてがみを撫でる。するとポチは、グルルとのどを鳴らしてベロンベロンと2人を舐めた。
 そうして翌日早朝、4人は旅立っていった。
レミイの家のテーブルには、いつもの壷にたっぷりの美味しいジャム。
その横に、一枚のメモ。

『お幸せに、私も幸せを見つけに行きます』

それが、レミイが彼へ残した精一杯の愛情で、そして新しい旅立ちへの一つの言葉だった。

8、

 毎日毎日、テクテク森の中の道無き道を歩いて今日で山を2つ越えた。
「ねえねえ、グリトーの野郎はどこにいるのよお。」
舞子も目新しかった森にすっかり慣れて、最近はうんざりこぼす。
真咲はすでに、疲れもたまってヘロヘロだ。
「ホホ、向こうで育った奴は何とも貧弱よのう。のう、アイズ。」
高飛車レミイにむかっとくるが、さすがの舞子も追いかける元気がない。
「うるさいわねえ、ババア。」
アイズは無言でただ頷き、差し込む日の光に空を仰ぐ。
風が重く吹き、雲がゆっくりと流れて灰色の雲もポツンと見えた。
「雨が、降るかもしれません。」
周りを見回し、真咲を見る。
「今度は雨かよお。」
「げえっ!やだあ!」
舞子がガックリしゃがみ込む。
「なんと、では雨宿りの場所を探さねばいかんではないか。」
ほわほわと浮く火球の一個に、レミイが指を指す。
「良い子じゃ、行っておいで。」
指された火球はポッと火の勢いを増して返事をすると、ヒュッと他の火球と共に辺りへ散って森の奥へ消えた。
「あの子達が探しに行った。しばし待つとしよう。」
「へえ、便利ねえ。」
「便利ではない、役に立つのじゃ。役立たずのお前などと違ってな。」
「ふ、まったくです。」
ちらっと舞子に2人の視線が向く。
むっかあ
「何だかムカツク奴がステレオになったような気がするう。」
「まあまあ、舞子お怒るなよお。」
真咲も舞子の隣りに座り込む。
「怒る元気なんかないわよお。」
現代っ子は体力もない。
ここにはバスもタクシーもないのだ。
 やがて、4人は降り始めた雨の中を火球が探してきた洞穴へ急ぎ、そこでようやく雨を凌ぐことになった。
そこは岩の裂け目で天井は結構高く、奥はだんだん狭くなっていて深い。
「あーあ、濡れちゃったねえ。」
リュックからタオルを取りだして髪を拭いていると、真咲がブルブル震える。
確かに雨が降り始めて一気に気温が下がり、寒い。
真咲はとうとうタラリと垂れた鼻水を、ズルズルと吸い上げた。
「ウー、寒いよお。風邪引きそう。」
「殿下、大丈夫ですか?」
心配するアイズに、焚き火の準備をしていたレミイが立ち上がった。
「よしよし、わしが皆の服を乾かそうぞ。」
レミイが濡れた髪をかき上げ、指を組んでブツブツと呪を唱える。
するとシュワッと軽い音を立て、皆の身体がほんわりと乾いた。
「わっ!すごーい!便利い。」
「おー凄い。じゅるるる。」
「真咲い、きったないわねえ。鼻かみなよ。」
「うー」
ブジュルルルル!!
持っていた貴重なティッシュでかんで、ポイと焚き火に放り込む。
真咲の鼻水がじりじりと焼けて、レミイが嫌な顔でペシッと真咲の背を叩いた。
「いてっ!」
「ぬうう、神聖な火に鼻水を投げたな?」
「あ、悪い。埋めたが良かったかな?」
レミイは火の魔術師だけに、火は友人だ。
向こうの世界のように、ゴミは燃やせばいいとポイポイ捨てるのも気が引けた。
「仕方がございません。殿下は御気分が悪うございましょう。どうぞ、私の薄汚れたコートで良ければお召し下さい。」
アイズがコートを脱いで、真咲の肩に掛ける。
見ると白いコートはすっかり汚れて、裾はグレーになっていた。
「ほんとだねえ、みんなの服もすっかり汚れてる。どこか街はないのかな?」
舞子も着てきたジーンズの上下は汚れているが、さすがに強くて破れはない。
真咲は学生服だったので、薄くて所々が破れていた。
「俺もジーンズ着てくれば良かったぜ。一応これも守りの服だもんなあ。あーあ、あと一人の封印の戦士ってどこにいるんだろ……」
ザアザア降りしきる雨をうんざりした顔で見ていると、アイズが頷き、フッと息を吐いて出口に立つ。
腰のベルトに数本刺してある小さなナイフを確かめるように触れ、剣に手を掛け空を仰いだ。
「狩りへ行くか?」
トトッとレミイが横に並ぶ。
「はい、食べる物を捜してきます。殿下に何か食べて頂かなくては……」
真咲と並んで舞子もころんと横になる。アイズがちらっと視線を送り、そして前を向いた。
「アイズよ、お前に雨よけの魔法をかけておこう。」
レミイがアイズに呪を唱える。
すると彼の白髪が、風に舞うようにフワリと舞い上がった。
「では」
白い彼の姿が、雨の中森へと消える。
それを見送ってレミイが、火球を洞窟の入り口へと一つ呼んだ。そして呪をつぶやき、入り口を指さしてクルリと回す。

ボンッ!

火球が大きく膨らみ、舐めるように入り口を火が塞ぐ。
「何?何したの?」
舞子が寝そべったまま聞くと、レミイが焚き火の側に来て座る。
少しずれたはちまきのリボンに、結び直して髪を整えた。
「結界を張ったのだ。この有様では襲われたらひとたまりも無かろう。」
「アイズは一人だよ。」
「一つ火を付けた。大丈夫じゃ。」
「ふうん」
真咲はすっかりウトウト寝入っている。
舞子も内心心配しながら、強い睡魔に襲われ寝入ってしまった。



 ヒュン!ドカッ!
アイズの投げた短剣が大きなヘビに刺さり、クルクルと巻いてゆく。
それで鳥や蛇と3匹目だ。
小さな果物がなったツルも見つけたので、それも一部を切ってきた。
これだけあれば十分だろうと、獲物をひとくくりに持っていた縄でくくる。
立ち上がって洞穴へ戻ろうとしたとき、ふと剣に手を掛けて立ち止まり、耳を澄ませた。

何か、気配がする。

頭上のレミイの火球は、炎を小さく絞って戸惑うように上下左右にうろうろしている。
何かを感じながら、それが特定できないようだった。
雨音に包まれながら、アイズが静かに目を閉じる。

サアアアアア……

樹上に落ちる雨が心地よいほどに軽い音を響かせるその清々しさと裏腹に、足下は緩み滑って歩きにくい。
アイズの身体に緊張が走り、獲物を放ってザッと足を踏ん張る。
視界を失った耳と張りつめた心の耳が、うるさいほどの雨音を消し去った。

「ハッ!」

突然シャッと剣を抜き、ヒュンと振り向きざまに剣を振るう。

カシャーンッ!

火花を散らして受け止める、それは黒い髪に黒いコート姿の少年だった。
アイズがその顔を見て、驚いてバッと引く。
それは自分とうり二つでありながら正反対の色を持つ、同じ顔でコートを羽織った同じ服、同じ背丈の自分を生き写した姿だったのだ。
ニイッと笑う黒髪のアイズが、黒のコートをひらめかせながらスッと剣を構える。
アイズは、息を整えながら眉をひそめた。
「魔物め、不愉快な。」
スッと剣を正面に構え、剣先を右に倒す。
グッとそれを引いたとき、黒アイズがバッと飛びかかって来た。

ヒュン、バキィンッ、キン!

受け止めては横へ受け流し、返しざまに斬りつける。受け止められ、弾かれながら横なぎに走らせた。
アイズの動きは早く、しかも剣が重い。
相手は一旦受けた剣の重さにタイミングをずらされ、切り返しがワンテンポ遅くなる。
それが強さの秘訣でもあるのだが、この黒アイズはアイズに負けない早さを持っている。
引いては攻め、攻めては引く。
「くっ」
ズルズルと滑る足下に苦戦するアイズと違い、黒いアイズは涼しい顔で追い立ててくる。
まるで疲れを知らず、永遠を戦う自分の姿のようだ。
頭上に浮いていた火球が、ボッと勢いを増して大きく輝き、黒アイズに向かってゆく。

バシッ!バンッ!

しかし火球は見えない力に遮られるように弾かれ、一塊りをなしていた火が飛び散って消えてしまった。
レミイの魔術さえ跳ね返す、この相手は……
改めてハッと相手を見ると、黒いアイズが不気味なほどに美しく笑った。

『ワ…ワ、レ、ハ、化身、ナリ』

違う!
今までの下級魔とは、明らかに違う! 

『王子ハ、ドコゾ』

アイズの身体を取り巻いていた、雨よけの風がいつの間にか消えた。
ザアザアと降りしきる雨にアイズの身体が濡れそぼり、白い髪が顔に張り付いている。
真っ直ぐに通った鼻筋と、冴えるような尖った顎から、雨が流れてポタポタと落ちた。
この最悪の条件下で、アイズの体力が急速に奪われてゆく。
しかし、ここで負けるわけには行かないのだ。
フワリと髪やコートを軽くなびかせる黒いアイズに、アイズが苦々しく笑う。

「相手に、不足無し」

グッと剣を握り直し、フッと息を吐く。
スッと下げた剣先に、黒いアイズも同じく下げる。
鏡で映すようなその仕草に、アイズはフッと自嘲するような顔を浮かべ、次の瞬間斬りかかっていった。


9、

 洞穴の中、レミイの張った結界に守られ、うるさいほどの雨音にハッと舞子は突然目が覚めた。
なぜか心臓が、飛び出しそうなほどドキドキと脈打っている。
「いかがした?」
レミイがキョトンと顔を上げた。
「わかんない、なんかドキドキしてさ。」
ドキドキと拍動が、なかなか静かにならない。
嫌な予感が、次第に大きく膨らんでゆく。
「何もない、気のせいじゃ。」
「違う、女のカンよ。」
「ほう、お前も女であったか。」
うぬう、腹が立つがこれは腹を立ててる暇もない。
竹刀片手にバッと立ち上がり、ドカッと真咲の背を蹴った。
「こらっ、真咲起きろ!」
「ん、あー?…いてえなあ、もう食えねえよお。むにゃむにゃ。」
幸せそうな顔しやがって、舞子の頬がひくつく。一発かませようと竹刀を振り上げたとき、レミイがハッと膝を立てた。
「待てッ、何か……」
洞穴の奥をレミイが警戒する。
ボボッと彼女のまわりに複数の火球が現れた。
「真咲!起きて!こら、起きろ!」
ガッと制服の肩を掴んでズルズル引き寄せる。
「アイズのコートで身体を包め、それは聖なる銀糸が入っておるから、防御を果たす。」
「う、うん。」
真咲をギュッと抱っこして、舞子が身体にコートを巻き付ける。
それを聞いてハッとレミイを見た。
「って言うことは、アイズは今、剣だけ?」
「あれは騎士じゃ、防御に火を一つ付けた。だから……うっ!」
レミイがビクンと身体を起こし、口を塞いだ。
「いかんっ!この臭いは!」
猛烈な睡魔に、ぐらりと身体が前後に傾ぐ。
「へ?なあに?」
舞子がキョトンとレミイを見る。
「駄目だ、奴の花粉を吸ってはなら…ん…」
「レミイ!」
ドサリとレミイが倒れる。
「花粉?花粉って……そう言えば、何かいい匂いがする。」
「へ、へ、へっくしょい!」
じゅるるるるる、真咲が勢い良く鼻をすすり始めた。
「うーー、なんら?うっ、目がかいい。ぶえっくしょい!何れこんな所で…へっくしょい!」
たまらず起きあがり、じゅるるるっと鼻をすする。
「真咲!レミイが!」
「へ?それどころじゃねえよお、花粉症が…へっくしょい!」

ズル、ズル、ズル

何か、引きずるような音が奥の暗闇から響いて、次第に大きくなって行く。
「な、なんら?この音。舞子お、怖いよう。じゅるるる…」
「怖いけど、あんた汚いわね!顔くっつけないでよ!あっ!」
スルスルと、植物のツタが暗闇から1本現れた。
それはまるでヘビのように、もぞもぞと這って近づいてくる。
慌ててレミイの身体を引き寄せ、舞子が抱き上げて真咲と抱き合い後ろに下がって行く。
やがてドンッとレミイの張った結界に突き当たった。
「レ、レ、ミイ、外に、出してよ。レミイ、レミイ!」
レミイはすっかり寝入って目を覚まさない。
やがてズルズルと這ってきたそれが、暗闇から姿を現し、焚き火の火に照らされる。
それは、美しい大きなランのようなピンクの花が、花弁の中心からキラキラと花粉を散らし、一輪咲き誇って顔を出した。
「こいつら!こいつの花粉が……へ、へ、へっくしょい!」
真咲はすっかり花粉症を発症している。
この洞穴に充満した花粉は、きっと睡眠薬の働きがあるのだろう。だが、なぜか舞子や真咲には効かないようだ。
向こうの世界で育った人間には、効かないのかもしれない。ただ、真咲はなぜか花粉症が出てしまったが。
「まさ、真咲!ポチ!」
「へい、へい、へい、わかってう!」
もぞもぞとネックレスを取り出し、グッと構える。

「グリフォン…じゅるるる、力を…じゅるる、貸してくれ…じゅるるる…」

シンと、何も起こらない。
「うっそおお!」
やがて無数のツルが、ヒュッと向かってきた。
「キャアアア!!」「わああ、じゅるる」
思わずアイズのコートをかぶると、ツルはコートを嫌って襲ってこない。
「真咲い!ポチ呼んで!も一回!あっ!」
ツルの1本が、バシッと舞子の足に絡み付く。
それがギュッと足を締め上げ、グイッと引っ張った。
「いた!痛い!このっこのっ」
半泣きでそのツルをガリガリと爪で擦る。
アッと思い出して、腰のホルターから警棒を抜き取り、ツルに押しつけバリバリとスタンガンのスイッチを押した。
しかし、ビクともしない。
グイッと引かれ、ザッと身体が花の方へ滑る。
真咲が慌てて舞子の身体を抱きしめた。
「真咲!真咲助けて!やだ!」
「舞子!舞子!じゅるる、舞子お!」
泣きながら、真咲がガッと腰の剣を掴む。
無我夢中で、舞子に巻き付いたツルをザクザクと切る。
するとハラリとアイズのコートがずり落ちて、無数のツルが2人を襲って来た。
「ギャアアア!!」
悲鳴を上げる舞子の身体に、ツルがグルグルと巻き付く。対して真咲の身体にはツルも触れようとしない、実はこの真咲の制服も、アイズと同じ防御の魔法が掛けられていたのだ。

舞子!舞子を助けなきゃ!

自分には襲ってこないだけに、頭が妙に冴えてくる。
真咲は舞子の身体にしがみついたまま、剣を捨ててグリフォンのネックレスを掴んだ。
以前も感じた、あの熱い物がそれに集中していくのが感じられる。
キッと花を睨み付け、大きな声で叫んだ。

「我が下僕!我が友グリフォン、ポチよ!我に力を貸せ!」

「グオオオオオン!」

カッとネックレスが輝き、光の中から黄金のグリフォンが咆哮を上げて飛び出してきた。
ガッとその鋭い爪でツルを引き裂き、舞子に巻き付いていたツルの半数がボソボソと枯れ落ちる。
そして残る半数は、舞子からグリフォンへと方向を変えてその身体に巻き付き、ギュウギュウと締め上げた。
「フッフッ」
グリフォンが、荒い息を吐いて花を睨む。
すると美しい花はその花弁をグワッと開き、消化液を満たす大きな袋の口を開いた。
捕らえられた動物は、その袋に取り込まれて溶かされて食べられるのだ。
ヒイッと舞子がすくみ上がり、真咲に抱きつく。
真咲はスッと花を指さし、グリフォンへ向けて叫びを上げた。

「焼き付くせっ!こんな奴、焼いて食ってしまえ!」

グウウ…グオオオオン!!

グリフォンが、口から大きな炎を吐いて辺りが火に包まれる。
苦しそうにのたうつ花を、グリフォンはバッと飛びつき頭から喰らい始めた。
それは消化液さえ物ともせず、ガブガブと美味そうに食べてゆく。
やがてヒクヒクと痙攣していたツルたちは、頭を食われて枯れ落ち、あとには満足そうなグリフォンが口のまわりをペロリと舐めた。
「あ、あ、はああああ……」
2人が抱き合ったまま、脱力してへたり込む。
舞子が余程怖かったのか、ワンワン泣いて真咲の首に抱きついた。
「怖かったよおお!」
「俺も。じゅるるる…」
サラリと舞子の膝から、アイズのコートが滑り落ちる。
それを見てハッとした舞子が、ガッと真咲の襟元を掴んだ。
「真咲!アイズよ!あいつが危ないの!」
「ううう、ぐるじい、わかったから離してくでえ。」
ギュウギュウと舞子に首元を締められ、真咲の危機は終わってなかった。


10、

 シャッと、剣のきらめきが薄闇に走り、アイズの袖が切れた。
腕まで切られ、バッと血が流れる。
ザッと引いた足が滑り、よろめく身体を踏ん張って止める。
視線は黒いアイズから離さず、隙をつくように突いてくる剣を弾き、シャッと黒いアイズの顔を切った。
これで、何度切っただろう。
しかし黒いアイズの傷は次の瞬間には塞がり、アイズは果てない戦いに息が上がっている。
彼には、これが何なのかを見極める事が困難になっていた。
体力がギリギリまで追いつめられ、条件の悪さと敵の再生能力に終わりが見えない。
これでこうして生き延びられたのも、アイズだからこそだろう。
いつの間にか上がった雨に、視界は開けた物の今度は日が落ちて暗く、雨に濡れた身体からは体温が奪われる。
やもすれば気が遠くなりそうな意識を引き留め、次第に落ちて行くスピードを技でカバーしながら、黒い自分との戦いは続いていた。

弄ばれているか…この、私が……

ギリッと唇を噛みしめ、浮き上がった心を落ち着かせる。
敵は自分の姿。
それに捕らわれていたかも知れない。

『アイズや、自分を責めてはいけないよ。お前も、お父さん達も、誰のせいでもない、誰にも何にも悪いことはないんだ』

叔母の声が、耳元にずっと残っている。
それでも、鏡に映る自分の姿は嫌いだった。
この首筋のアザを、何度も血が出るまで擦っては消してしまおうとして、叔母に叱られた。

このアザが……
自分が、大嫌いだった……

暗闇に浮かぶ、黒い髪の自分と同じ白く整った顔が、アイズを嘲笑するようにニヤリと笑う。

「アイズ!!」

声に一瞬目を走らせると、薄暗闇に、森の木を縫うようにして大きな光が走ってくる。
それは次第にグリフォンの姿となって、アイズの前に姿を現した。
「アイズ!大丈夫?!」
その背にしがみついていた、舞子と真咲が降りて駆け寄ってくる。
視線を走らせたアイズに、黒いアイズがバッと襲いかかる。
シャンッと向かってきた剣を跳ね返し、トトッと数歩離れて舞子達に手を差し出した。

「下がれ!来るな!」

グリフォンの輝きに照らされるアイズは、白いシャツを血に染めて、見たこともないほどに厳しい顔をしている。
そして、敵も黒い髪に黒いコート姿のアイズなのだ。
「あっちもアイズじゃんか。」
呆然と見る真咲に、黒いアイズが視線を送る。
そのニヤリと笑う顔に、背筋がゾオッとした。
「真咲!あいつワルだ、ヤバイよ。」
舞子はハッと口に手を当て、そしてガッと真咲のシャツを掴むと、慌ててグリフォンの後ろに引きずっていく。

『封印ノ、王子カ?』

奇妙な響きを持つ黒いアイズの声に、アイズがサッと駆け寄り、庇うようにグリフォンの前に立つ。
そして黒いアイズに向かい、正面に構えた。

「手出し、無用」

「無用ったって、なあ、舞子。…どうしよう。」
グリフォンは、その場にぺたりと座りアイズを見守っている。
これは騎士の戦い。
アイズの自分との戦いなのだ。
それでも、残された体力は残り少ない。
アイズは懸命に息を整え、黒いアイズを睨み据えた。
そのアイズのスラリとした後ろ姿に、舞子が膝を付き手を合わせてギュッと目を閉じる。
「神様、仏様、何でもいいから力を貸して、アイズに力を貸して、意地悪だけど、いい奴なんです。性格悪いけど、ほんとはきっといい奴なんです!お願い!」
舞子の祈りが胸に熱く集中してゆく。
その熱さが合わせた手にそれが次第に移ってゆくのを感じながら、舞子が無意識に立ち上がった。
スッと、知らず舞子がアイズに向けて手を伸ばす。それにアイズの気と、舞子の気の波長が重なって行く。
ギュッと剣を握りしめるアイズは、その時急に疲れがフッと軽くなっていくのを感じていた。
ガッと足を踏みしめる。
足が、軽い。
剣を握る手に、力が満ちてゆく。

なんだ?

不思議に思いながら、スッと剣を引く黒いアイズに集中する。

『滅、セヨ』

敵が振りかぶった剣を一気に振り下ろすと、ゴッと音を立て、ひずんだ空気の塊が向かってきた。

「ハアッ!」

アイズがビュッと剣を振り、バアンッとその空気の塊を切る。
そしてダッと走りながら剣先を倒し、渾身の力を込めて黒いアイズを肩口から一刀両断した。
しかしその身体は、瞬時にスッと傷が戻ろうとする。
するとグリフォンの身体が光り輝き、グオオオンと一声吠えた。
『オ、オ、』
黒いアイズが時間が止まったように、身体を分断させたまま身動きを止める。
「ハッ!」
ザッと背後からアイズが、もう一振りして黒いアイズの首を落とした。
その瞬間、バッと黒いアイズの身体が霧のように散って行く。
そして、ようやくその姿は闇にかき消えた。
「やった!」
「消えた。ってことは、終わった?」
真咲と舞子が呆然とキョロキョロ見回す。
「アイズ!」
剣を直し、息も上がって立ちつくすアイズに、駆け寄って思わず舞子が抱きついた。
「ねえ!ねえ!無事?ねえ!」
満身創痍のアイズが、泣きじゃくる舞子の顔にフッと微笑みを浮かべてよろめく。
「離せ…この…馬鹿…お……んな……」
張りつめていた意識がスウッと薄れ、ぐらりと舞子に倒れかかる。
やがて舞子に抱きかかえられながら、どさっと倒れたアイズに、キャアキャアと悲鳴を上げて舞子が、膝の上で彼の襟首を掴み、ブンブンガクガク前後に振った。
「アイズッ!アイズ!アイズウウ!」
「舞子お、まあまあ、どうどう。」
「真咲、あんたなに落ちついてんのよ!アイズが死んじゃう!」
「いや、寝てるだけじゃねえ?」
「へ?マジ?」
舞子が手を止め、アイズの白い顔を覗き込む。
彼はスウスウ寝息を立て、すっかり熟睡モードで寝入っていた。


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