桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

11、

 洞穴でその夜一晩を過ごし、一行は翌日晴れ渡った空の下をまた旅立った。
昨夜はみんなボロボロで、心身共に究極に疲れている。
それでも、北へ向けて歩き出すそれぞれには、使命があるからこそ足も進む。
しかし真咲を心配して付いてきた舞子には、昨夜の人食い植物に襲われたショックが、大きく心に闇を落としていた。

 昨日の雨で足下の悪い森の中を、足を滑らせながらひたすら歩く。
舞子が重い気持ちで横を見ると、真咲が溜息つきながら疲れた足取りで、時々木の根につまずいている。
前を歩くレミイは、昨夜人食い植物の花粉で戦う前にすっかり眠らされたのが、大きく自尊心を傷つけたらしい。
暗い顔でうつむいて、頭上に浮かぶ火も消えそうに弱い。
その前を歩くアイズは、昨夜戦ったときに付いた至る所の傷が傷むのか、時々眉をひそめては手が行き、コートにも血がにじんでいた。
傷薬も薬草をすりつぶした物らしく、それを塗ってしばって終わりとお粗末なこの世界の処置の仕方に、舞子は呆れながらもゾッとする。
つまり、大ケガはそのほとんどが死に直結するのだ。
この原始に戻ったようなこの世界は、舞子には次第に耐えられない物になってきている。
嫌だと思えば、そのすべてが嫌になる。

帰りたい……

胸に下がる、真咲の母親に貰ったあのアクアマリンの宝石を握りしめた。
これを波立たないように水に入れれば、いつでも向こうの世界へと帰る扉を開くのだ。
それを思えば余計に帰りたい。
いつでも帰れるからと言う思いは、今や心の支えではなく、それにすっかり傾き、舞子は口に出せないまま一人迷い始めていた。
「殿下、水があります。少し休みましょう。」
「うん、何か疲れるよなあ。」
みんな一様に元気が無く、倒木に腰を下ろして溜息をつく。
「ねえねえ、みんな倦怠期って感じ?」
「なんじゃ?それは?」
「気怠くって、やる気無しって感じよ。」
「ふうむ、お前の国は面白いのう。一度行ってみたい物じゃ。」
「そう言えばさ、あのわら人形にクギって誰に聞いたの?」
「あれは友人の魔女が、お前達の世界で聞いてきたものじゃ。うむう、きっとあ奴も間違って、毎夜打ち付けておるのだろうな。」
「好きな人を呪ってるの?」
「ホホ、笑えぬ冗談じゃ。」
「レミイのジャム、また食べたいなあ。」
「あれか……そうよなあ。また、誰かのために作ろうぞ……」
ポツンと、レミイがうつむきながら漏らす。
つい先日まで、レミイは好きな青年のために心を込めて作っていた。
想いは届かなかったけれど……
「レミイのジャムは、誰かのために作るの?」
舞子の問いに、レミイがふと顔を上げた。
その先には、アイズが周辺を窺いながら警戒している。
ふとレミイと目が合い、何か言いたげで、そして視線をそらした。
舞子がハアッと大きな溜息をつく。
「あーあ、帰りたいなあ……帰っちゃおうかなあ。」
小さく囁くような舞子の言葉に、真咲が思わず立ち上がる。
「ま、舞子、マジ?」
じいっと、上目遣いで真咲の不安そうな顔を見て、大きく溜息をついた。
「マジ帰ろっかなあ、おばさんにネックレス貰ってるしい。」
「ほ、それは寂しいのう。」
クッとレミイがほくそ笑み、アイズがムッと顔を背ける。
「フン、それは丁度良い。足手まといが消えて身軽になるわ。さっさと帰るがいい。」
「むっかあ!なによお、昨日はあんなに心配したのに!」
「頼んでおらぬ。」
「何よ、昨日は人の膝の上に倒れたくせに!」
「どおりで今日は頭が痛い。悪い物に頭を乗せた。」
キイイイイーッ!
バッと舞子が立ち上がる。
そしてドスドスと、湧き水に歩き出した。
「舞子、舞子落ち着けよ。なあ、一緒にいようよお。」
「どうせあたしなんかお荷物でしょ!あー、すいませんねえ、お邪魔しましたっ。」
真咲が慌てて舞子のジャケットを掴み、グイグイと懸命に引く。
しかし昨日の今日で、足下が悪い。
ズルズル引かれるままに引かれ、泉の傍らに立つアイズに、真咲は応援を求めた。
「アイズ!アイズ!止めてくれよお!」
「いかにご命令とありましても、こればかりはご遠慮いたします。」
顔を背ける彼に半泣きの真咲。レミイが面白がってタタッと駆け寄ってくる。
「舞子よ、いかにして帰るのじゃ?」
覗き込むレミイに、舞子が首のネックレスをバッと取って見せた。
「これよ、これを波立たないように水に入れるの!」
「ほう」
ネックレスを受け取り、日にかざしてみる。
キラキラと美しいアクアマリンに、レミイがポチャンと水に入れた。

「ああーーーー!!」

波立たないように。
いや、波立った。思い切り。
しかし水面がフッと暗く沈み、異空間への扉が開く。
それを見て、舞子もぷつんと心の糸が切れた。

「帰る!!」

バッと舞子がたまらず泉に飛び込み、上着を掴んでいた真咲も引き込まれる。
「うわあ!」
「あっ、殿下!」
横にいたアイズは真咲に腕を掴まれて引っ張り込まれ、レミイも後を追うようにピョンと飛び込んだ。


12、

 「フンフンフーン、ああん、ああん、そんなあなたが好きなのよーんと来たあ。」
その頃、こっちの世界では真咲の親父が、気持ちよさそうに風呂につかり、鼻歌を歌いながら一日の疲れを癒していた。
「お母ちゃーん、ビール用意してねー。」
「はーい」
風呂上がりのビールを楽しみに、バシャンと顔を洗ってハアーッと溜息をつく。
ボコボコッ!
湯船に泡が浮き上がり、へっと笑った。
「快腸、快腸、屁も健康の証拠だあな。」
しかし次の瞬間、大きな泡がボコッと上がる。
あれっとそれを見て、首を傾げた。
「こんなデカイ屁、俺あしてねえぞ。」

バッシャアアンッ!!!

「ぷはあ!何?何?ここどこよ!」
いきなり親父の股間から、舞子が顔を出す。
「あら、おじさんこんばんは。」
「ま、舞子ちゃん?えー、あー、こんばんは。」
「やあねえ、こんな所に出るなんて、聞いてないジャン。ん?何か変な臭いがするう。」
バッシャア!
舞子が出ると、その後ろから真咲が顔を出さす。
「お、親父い!久しぶりジャン!」
「ま、真咲!お前帰ってきた……ぶっ!」
ドカッと親父の顎を、アイズと共に飛び出したレミイが殴った。
「っぷー!苦しいのじゃあ!」
「こっ、ここは一体……痛ったた……」
ザバザバと、びしょ濡れでバスタブから出ながら物珍しげにアイズとレミイが見回す。
そして呆然と風呂につかった親父を見ると、ハッとアイズが剣に手を掛けた。
「貴様!何やつ!」
「ひ、ひえええ!お、親父です、真咲の親父。」
「オヤジ?何だ?それは。」
シャンと半分抜いた剣に、慌てて真咲が飛びつく。
「待った!待った、これはえー俺の父上です。育ての父上。」
「おお…」驚いて、アイズが剣をしまい膝を付いた。
「これは失礼いたしました。殿下の御養父様でございますね?私は……うわっ」
挨拶しようとするアイズに、タオルを首に掛けた舞子がグイッと腕を引っ張る。
「アイズッ!あんた血だらけじゃん!きっと濡れて傷が開いたんだよ。」
「この、痛い!離せ!」
開いたと言いながら、舞子がグイグイ引っ張る。アイズのコートは至る所に血が滲んでいた。
「なんだ、なんだ?母さん!ちょっと!」
慌ただしさに、バシャンと真咲の親父が立ち上がる。
「ギャアッ!おじさんフルチン!」
舞子がパッとアイズの後ろに隠れ、レミイが横でホッホッホッと笑っていた。
「おや?これは?オオ!水が吹き出る井戸じゃ!これは珍しい、ホホッ、ホホホ!」
レミイはすっかり気に入ったのか、珍しそうに蛇口をひねってシャワーで遊ぶ。
「ンまあ、真咲!あんたやっぱり帰ってきたわねっ!あらあら、みんな一緒?」
「母ちゃーん!わーん!」
舞子を置いて、真咲が母親に泣きつく。
「まあこの子ったら。あらあなたは…騎士?んまあ!美少年だわ。」
ペコリとアイズが頭を下げて、レミイはシャワーで楽しく遊ぶ。
「おばさーん、お風呂に着くなんて知らなかったよお。」
舞子がゲエッと舌を出した。
「舞ちゃん、ペンダントを水に波立たせて入れちゃったでしょ?メイアがすねちゃって、こんな所に道を造ったんだわ。」
「あ、ああ、だから静かに…って、こうしてられない!じゃ、あたし帰るわ、バイバイ!」
「ま、舞子おー、俺を見捨てないでくれよお。」
すがる真咲をペッと足蹴に、舞子はさっさと隣の我が家へ走り、そうしてその日はそれぞれの家でゆっくり休むこととなった。

13、

 朝を迎え、久しぶりの我が家に、温かいお風呂とふかふかのベッドに美味しい食事、そして近代的な生活は、改めて涙が出るほどありがたさが身にしみる。
「ママ、ママの料理は最高よお。」
これ程母親の作る食事が美味い物だったとは、舞子もこれまでまったく気が付かなかった。
白いご飯が銀色に輝いて、噛みしめるごとに涙がほろっと浮かんだ。
「お、い、し、いーー!!」
「ふうん、そんなもんかしらねえ。」
「ママだって、行ってみればわかるわよ。今度行くときは、トイレ用にペーパー持って行かなきゃ、それと……」
「あら?昨夜はもう行かないって大騒ぎしたのに、やっぱまた行くんだ。」
ニヤッと意地悪そうに笑う。
確かに、昨夜は我が家に飛び込むなり、もう絶対行く物かと大騒ぎしたのだ。
ウッと舞子が言葉に詰まり、ゴクゴクお茶を飲んでドンと湯呑みを置く。
「フンッ!今考え中よっ!」
「まあ、いいけどねえ。ねえねえ、あの白い髪の子、美少年よねえ。隣の奥さんウキウキしてたわあ。騎士だなんて、まさにファンタジーの世界じゃない。」
「あ、ああ、アイズ?あいつ最悪二重人格の意地悪男よっ。もームカツクったら。」
「あら、仲いいの?」
「悪いの!」
「へえ、じゃあ赤い髪のゴスロリ少女は?あの子は頭の上に火をほわほわ浮かせてるじゃない。あれ、魔女なの?」      
「うん、レミイは……あっ、そうだ。ジャムの作り方習おうかな?」
「ジャム?向こうにも、ジャムがあるんだ。」
「うん、レミイのジャムは最高だよ。でもさあ、なんて果物か知らないから不気味なんだよねえ。」
フムと、母親がメモを取り出す。
「と、言うことはよ。向こうにもこっちと共通している物は多いのね?」
「だね。ただ魔法が普通にある感じだけど。あとは封印の戦士っての?その4人目を探さないと駄目なんだ。えーと、あのワル…グリトーって奴の封印が弱くなってさ、手下の魔物がうようよ出てきてるんだよ。あたしもひどい目にあったんだから!」
「あら、アイズが助けてくれたの?」
「えっ」舞子がふと視線を落として、昨日の真咲の姿が浮かんだ。

『我が下僕!我が友グリフォン、ポチよ!我に力を貸せ!』

確かに戦うのはポチだけど、それを操る真咲がいてこそだ。
せっぱ詰まって、見せたあの姿は……

格好良かったかも……

ポウッと舞子の頬が熱くなる。
「もしかすると、マー君が助けてくれた?」
さすがに母だ。ずばっと見透かされた。
「ち、ち、違うわよお!そんなんじゃないんだってば!」
「あら、正解だ。」
「もう、忘れた!」
「ふうん」意味ありげに、母親がメモを直しながらニヤリと笑う。
「ねえ……あんた、随分楽しそうじゃない?」
ドキッとして、じいっと上目遣いで母親を見る。

確かに、この世界より目新しくて……真咲は時々格好いい……アイズは目の保養だしい、レミイは時々ウルトラ美人でお近づきになりたい……

慌ててブルブルッと頭を振った。
「ママ、あたしをまた行かせたいわけ?あのキケンな世界へさ。」
「危険だって言うなら、こっちの世界だって最近は安全とは言えないわよ。」
「もう!」
バッと立ち上がり、自分の部屋にドスドス帰る。
ボンッとベッドに横になると、窓の向こうに鬱陶しい顔がヌッと現れた。

コンコンコン

窓を叩き、真咲がウルウルした顔で覗き込む。
「舞子お、俺を見捨てないでくれよお。」

コンコンコン

チッと舌打ち、ゴロンと背中を向ける。
「まったくあいつはさ、チワワみたいな奴だよ!やってらんないって感じ!」
無視していると、ボボボッと部屋にいくつも火球が飛び交う。
「ギャッ、レミイだ!火事になっちゃう!」
ダアッと窓を開け、真咲は無視してレミイを探す。
「舞子、舞子、頼むよお。」
「ちょっと、レミイはどこよ!」
「うちにいるよ。」
チェッ、まったくムカツク。
ポンと窓を飛び降りて、真咲の家へゴソゴソ垣根を越える。
そして狭い庭に出て、居間に上がり込んだ。
「あら、舞ちゃんいらっしゃい。」
おばさんは、みんなの服を洗濯して干している。パンと広げたアイズのコートも、真っ白になっていた。
「おばさん、レミイは?」
「レミイとアイズは、何だか疲れちゃって客間にこもってるわ。」
「こもってる?引きこもりかよ、らしくないの。」
「まあね、お風呂もトイレも全部がカルチャーショックよ。向こうの人間はほら、おばさん見たらわかるでしょ?純粋なのよ、ねー。」
ねー、と言われても、ねえ。
ヒクヒク笑顔を引きつらせながら、客間を覗いてみる。
ひたっと付いてきた真咲が、グイッと舞子の上着を引っ張った。
「なによ」
「なあ、向こういかねえの?」
「さあね」
「さあねって事は行くこともアリ?」
「あたし、疲れてんのよ。繊細だから。」
「アリって言ってくれよお。」
「フン!」
まったく、こいつは軟弱王子。
先日みたく、俺が守ってやる!くらい言えないのかねえ。
言って欲しい事は言ってくれず、すがりつく姿は鬱陶しい。
しっかりしろっと思いを込めて、ドンッと真咲を押しやり客間へと入っていった。
「おお、舞子かー。」
客間のドアを開けると、暗ーい顔でレミイに昨日の元気はない。
アイズは真咲の服着て、包帯だらけですっかりやつれ、グッタリたたんだ布団にもたれて寝てる。
「何か、元気ないじゃん。」
「舞子よー、びっくりする事ばかりじゃ。この世界は奇妙で疲れる。
小さな箱には人が入っておるし、壁のフシを押すと天井に火がつく。至る所に「ボタン」という魔法があって、わしの力を吸い取ってゆくのだ。
何よりトイレに行ったら、わしのお尻を誰かが洗うのじゃぞ!恥ずかしゅうて、わしはショックなのじゃ。」
ほろりとレミイの目から涙が落ちる。
成る程、異世界リトビアには、「器械」という観念がないのだろう。
その存在を説明することは難しい。
ボタンを押せばやってくれることは、魔法か、もしくは誰か小さな人間が入ってしているとしか思えないのだ。
お尻を洗うウォシュレットなんて、気持ちいいより屈辱かもしれない。
「この世界には魔女ばかりじゃ、わしなど何の価値もないように思えてくる。」
いきなりレミイが自分を否定し始める。慌てて舞子が手を振った。
「違う、違う、みんな普通なんだって!レミイみたいな特別な力は誰も持たないよ。」
「ああ、わしはもう駄目じゃ。グリトー封じなど出来ようはずもない。もう駄目じゃあ。」
レミイが頭を抱え、またどん底まで沈み始めてしまった。
何でこの世界に来て、自信をなくすかなあ。
舞子にはどうにも苦笑いだ。
「アイズは?やっぱウォシュレットショック?」
暗ーい顔で、アイズがじろりと顔を上げる。
すると真咲が、ボソッと舞子に耳打ちした。
「アイズはね、夕べ母ちゃんが知り合いの医者に、傷の手当てに連れてったんだよ。そこで怖がって暴れたんだってさ。」
プッと舞子が吹き出した。
「ヒヒヒ、あんたも怖い物あるじゃん。」
「うるさい、馬鹿女。剣さえあれば……」
剣で何しようと言うのやら、この世界には末恐ろしい。
「物騒ねえ、ここじゃああんな剣なんて、銃刀法違反よお。割り箸でも刺しとくのね。」
ホホッとせせら笑う。
ああ、何かいい気味。
2人からは、帰りたいオーラがむんむんしてる。
「まあ、こんな所にいないで出ておいでよ。そうだ!レミイ、ジャムの作り方教えて。」
レミイは力無く首を振る。
頭に浮いている火も、何だかもうすぐ消えそうだ。
はしゃいでいたのに一晩でグロッキーのレミイに、アイズがちらりと視線を向ける。
そして怠そうに身体を起こして立ち上がった。
「レミイ殿、ご養母殿のお手伝いを致しましょう。少なくとも、こうして休めるのは殿下をお育てになったご両親のおかげです。」
「しかし……わしは何をして良いか分からぬ。」
「私は、薪でも割りますから、レミイ殿も何か……」
やる気が起きたアイズには気の毒だが、言わねばなるまい。
「あのー、アイズ。薪割りなんて無いよ。使わないんだ。」
「えっ?薪を使わず火を起こすのか?…では水汲みを。」
「水はね、蛇口をひねれば出るんだ。」
うむーと考える。
「ならば、川へ洗濯に。」
「洗濯は洗濯機がやってくれる。」
「では、畑を耕して参りましょう。」
「うち、畑なんかねえもん。」
「は?では掃除を…」
と、いきなりブオーーーンと、居間で掃除機の音がしだした。
「な、なんだあの音は?!」
ビクビクアイズが下がり、たまらずレミイがアイズにピョンとしがみつく。
「恐ろしい!何か怪物が襲ってくるのではないか?!」
「えーと、まあ見てみろよ」
真咲が舞子と顔を合わせ、2人の手を取り強引に引っ張ってゆく。
恐る恐る覗くと、居間では小さな身体に轟音をまき散らす掃除機を、真咲の母親が鼻歌交じりに操っていた。
「あら、アイ君にレミちゃん、気分はどお?」
気分は最悪だろう。
掃除機止めてにっこり笑う真咲の母に、舞子が苦笑いでそっと耳打ちする。
「おばさん、2人ともすっごく掃除機怖がってるよ。」
「え?ああこれ?そうよねえ、私も初めて見たときは怖かったわよお。ああ、そう言えば言ってなかったわね。私、向こうの名はフェリア。水の魔女なの。」
レミイが驚いて目を見開く。
「フェ、フェリア?!ミーナの師匠か?」
「あら、ミーナを知ってるの?たまに遊びに来るわよ。ねえ、真咲。」
「来るっけ?」
親戚だというババアはたまに来るが、向こうの世界から誰か来るか?思い当たらない。
「やあねえ、あんた美奈子おばちゃんって言うじゃない。」
「え?あの北海道に住んでるババア?遠い親戚だって……」
「ホホ、まあ弟子は親戚みたいなもんよ。」
「な、なにいーっ!」
一体、どれだけ向こうの奴らはこっちに来ているのだろう。
確かに向こうから来ると、慣れればこちらの世界は楽で住みやすいに違いない。
アッと舞子が手を叩いた。
「もしかして、わら人形教えてくれたのミーナさん?」
「そうじゃ、恋がみのると言うていた。」
ホホホホッと真咲の母が大笑いする。
「あら、いやだ冗談だったのに、ミーナったら真に受けちゃって。ああ、どおりで彼女の彼氏、事故やら病気やら災難が多いはずよねえ。」

げえっ!

一同、唖然と一歩引く。
恐ろしい師匠を持つと、弟子は苦労するに違いない。
「まあ、いいからおかけなさいな。丁度、いいクッキー買ってあるし、紅茶でも入れましょ。」
ガタガタ掃除機直して、テーブルを整える。
そしておずおずと、皆が並んで座った。

14、

 「そんでさ、やっぱ怖くてみんな困ってるみたいなんだ。」
向こうの様子を真咲が母親に話しながら、クッキーを頬張る。
レミイはクッキーと紅茶を気に入ったらしく、バリバリ飲んで食べては次第ににっこり笑顔が出てきた。
「美味いのう、こちらには、こんなに美味しい物があるのか。わしもこちらで暮らそうか。」
「やだ、ほんと?レミイもこっち来ればきっと楽しいよ。マジ、モテモテだよお。」
「おお、そうか?それはいいのう。」
ウフフッと笑いながら、隣のアイズに目がいく。
彼はうつむいて目を閉じたまま、じっと無言で何にも手を出さない。
「あーあ、やっぱこっちがいいよなあ。」
やがてのんびりゴロンと横になった真咲が大きく伸びをすると、青い瞳を開きそれをチラチラ見ていた。
「アイズ、クッキー食べないの?」
舞子がハイッとクッキーの皿を差し出す。
しかし彼はそれに目もくれず、スッとテーブルから下がり真咲の母親にひれ伏した。

「御養母様、どうか殿下を我が国に、リトビアにお返し願いたい。」

思いあまって出たその言葉。
今、彼はリトビアの国を背負っている。
恐ろしい魔物が、いつ現れるか知れない恐ろしい世界で暮らす人々の期待を、一身に背負って彼は「封印の戦士」としてここにいるのだ。
だらんと伸びきった身体で飛び起きて、真咲が驚いてアイズを見る。
「なに言ってんだよ、アイズ。」
「申し訳ありません殿下。しかし、私はリトビアの騎士なのです。」
「お、俺だって、一応王子じゃねえか。」
アイズの真剣な言葉に、何だか怖くなって胸がドキドキする。
彼の行動は、自分の王子としての自覚のなさを突かれた形で真咲の心に突き刺さった。

「アイちゃん、頭をお上げなさいな。」

真咲の母親が、静かにそう言って微笑む。
しかしそれでもアイズは頭を上げない。
唖然と見ていた舞子が、ドンと真咲を小突く。
「あんたがアイズに頭下げさせてるんでしょ!一応、じゃなくて、ちゃんと王子してないからさ。」
「でもお、俺、逆立ちしたって王子じゃん。」
オロオロと、舞子にすがる真咲はやっぱり情けない。
「申し訳ありません、殿下!」
アイズが真咲にも頭を下げる。
「このような安楽な世界にお住まいでありながら、リトビアのためにと申し上げますのはきっと御不興を買うやもしれません。しかし、こうしております間にも、誰かが魔物に襲われているのです、殿下。」
「アイズ、わかってるよ、俺だって。だからもどらねえって言ってないじゃん。」
レミイが立ち上がり、頭を下げるアイズに手を差し伸べる。
「アイズよ、大丈夫じゃ。どうにもならない時には、わしと2人で混沌の森に赴こうぞ。わしはたとえ死するとしても、国の民のためならこの命は惜しゅう無い。死!んでも、運が悪かったと諦めよう。死!んだら共に化けて出ようぞ、死!んだらのう。」
はらはらと、紅茶の涙を頬に垂らし、嘘泣きして首を振る。
う゛、っと真咲の頬がヒクヒク引きつった。
「んな、人を薄情なアホみたいに……」
「アホじゃん。」
へっと舞子が顔を逸らす。
クックックッと母親が笑い始め、そして仏壇から一本の位牌を持ち出してダンッとみんなの前に置いた。
「これ、あんたの位牌。真咲、あんたはこっちの世界じゃ死んだのよ。」

ガーーーンッッ!

「そ、そうだった。」
「ホホホホ!アイちゃん、ちゃーんとこの母は、真咲が泣きべそかいて逃げられないように、こっちの世界での存在には区切りをつけてるの。だーい丈夫よお、真咲は逆立ちしたってこっちじゃあ暮らせないんだから。」
気弱な真咲の性格を見越して、だからこそ葬式まで出して「死んだ」事にしたのだ。
グッと言葉に詰まり、真咲がチェッと舌打つ。
「ババア、俺をハメやがったな。」
「ホホホ、お母様にはあんたの性格なんてお見通しよ。だからね、アイちゃん心配いらないわ。この駄目王子は向こうでしか暮らせないの。」
「殿下……」
ようやくアイズが顔を上げる。
「それでもほら、服もまだ乾いてないし、出発は明日になさい。アイちゃん、あなたのケガも本当はきちんと治して旅には出て欲しいのよ。」
「このような、かすり傷。ご心配には及びません。」
「何言ってるの、昨日は病院でワアワア言ってたくせに。」
ホホッと母親が笑う。
「あ、あれは……」
カアッとアイズの顔が赤くなる。
およ?っと舞子が小躍りした。
「きゃあははは!やっぱし泣いたんだ!アイズちゃん。」
「泣いてなどおらぬ!」
「へんっ!なによヘボ騎士!」
「何を言う、この役立たず馬鹿女!」
うぬーっとアイズと睨み合う。
「いつ見ても仲が良いのう。」
「ほーんと、俺も混ぜてほしーよなー。」
レミイと真咲が羨ましそうにいじけた。
「なにっ?どこが?どうして仲良く見えるのだ?」
「そーよ、こんなにいがみ合ってるのに!」
2人の姿に、真咲とレミイが目をそらして溜息をつく。

「「仲がいいよなあー」のうー」

「「どこが!!」」

結局、仲がいい4人だった。


15、

 しかし真咲達の出発が明日に決まっても、舞子はまだ迷っていた。
他の3人は、まあ真咲は別にして舞子に強要はしていない。
でも、真咲の尻を叩くためだけの目的で行くには、舞子は確かに足手まといになってしまう。
大きな溜息をつきながら、お風呂に浸かってバシャバシャ湯を叩く。
「あーもう!」
いじいじ悩むのは大嫌い。
もう、ここまで来たら諦めるしかないじゃない。
バシャンとバスタブから出て、窓をカラリとほんの少し開ける。
じいっと隙間から隣りを窺うと、酔った親父にアイズが無理矢理酒を勧められている。
「あ、おじさんったら、アイズはまだ未成年だってば!」
断り切れないアイズのコップを、いきなりレミイが奪い取って一気にあおった。
彼女はすっかりいい気分で真咲の親父にしなだれかかり、むっくりと変身してムチムチ美人になってしまう。
真咲がにやけて嬉しそうだ。
「あー、レミイったら、またパンツ見せてるよ。」
何だかムカッときて、ギュウッとタオルを握りしめる。
「あいつう、セクハラ真咲のヤロー。」
しかしどんちゃん騒ぎの隣の家が、何だか妙に寂しい。
すっかり蚊帳の外に放り出された感じがして、くすんと浮かぶ涙をお湯に流した。

「あーあ、跡が残るかなあ。」
パンツをはきながら、あの人食い植物のツルが巻き付いた足をさする。
赤い皮下出血が身体中至る所あり、特に大腿には大きく広がって触ると痛い。
「シップはっとこ。」
風呂に入れなかったから、こんなにひどくなるまで気が付かなかった。
何だか痒くて掻きむしった胸にも、クリームを塗っておく。
「跡が残ると嫌だなあ。」
つぶやきながら居間へ行くと、母親はやっぱり締め切りに追われている。
舞子は自室に戻って溜息をつき、カーテンを引いてゴロンとベッドに横になった。
静かな中、電気をつけずに目を閉じる。

はあー

歩いて、歩いて、きつかったよねえ。やっとそれから解放されるじゃない。

でも、空気が澄んで、森の中は気持ちが良かった…

村みたいな所があっても貧しくて。

でも、いい人ばかりだった…

いつ魔物が来るかと怖かったっけ。

でも、みんながいてくれた…

ガバッと起きて、バシンと両手で頬を叩く。
「ねえ舞子、あんた行きたいの?行きたくないの?」

コンコン、コンコン

そっとそっと控えめな、窓を叩く音がする。
誰が窓を叩いているかなんて、考えなくても目に浮かぶ。
「ああ、もう!真咲の奴!」
バリバリ頭をかいて、バッとカーテンを開けた。
「えっ!」
しかしそこには、思いもかけぬ人物がいたのだ。
月の光に白い髪を輝かせ、舞子のパジャマ姿にキョトンとして顔を背ける。
「な、なんで?」
慌てて窓を開け、そこに立つアイズをじっと見つめた。
何を言っていいのか、言葉が浮かばない。
すると、思い切ったようにアイズが顔を上げて、舞子を真っ直ぐに見つめた。
「お前はきっと、旅には来ないと思ってな。やはり、礼を言わねばと……騎士として礼節に恥じる行いは、改めねばならぬ。」
舞子がポカンと口を開け、そしてプウッと吹き出す。
なんてまめな奴。
「あんたさあ、あんま気を回してると、胃に穴が開くよ。」
「イ?穴が開く?なんだそれは。お前は素直に返事が出来ぬのか?」
へへへっと笑っていると、がさごそと垣根から幼児体型のレミイも四つん這いで姿を現す。
「おや?アイズも来ておったのか。」
「レミイまで、どしたの?」
キョトンと見る舞子とアイズを見て、レミイが手をついたままポリポリ頭をかいた。
「…わしは、お邪魔であったかな?」
「何を言われる。」
アイズがレミイの手を取り、そっと引いて立たせる。
そしてひざまずき、胸に手を当て礼をした。
「先程は、助かりました。レミイ殿。」
「いやいや、酒には得手不得手がある。わしは根っから酒は好きでな、だから好きでお前の杯まで取ったのじゃ。気にするでない。」
2人の様子に、舞子がニヤリ。
「ねえねえ、アイズってばさあ、どうしてあたしとレミイじゃ態度が違うのよ。」
「それは」ドキッとした顔で、アイズが思わず口元に手が行く。
忙しく視線を動かしながら、月に輝くその白い顔が真っ赤になった。
「やっぱり!アイズって、レミイにラブラブなんだ!」
「ラ、ラブラブ?なんじゃそれは?」
レミイは突然のことに、何がどうなっているのかキョトンと舞子を見る。
「つまりさあ、アイズはレミイの事がー…」
「馬鹿女っ!!俺は礼を言ったからなっ、戻って寝るぞ!」
ドスドスと足音を立て、彼らしくもなくガサガサ垣根を越えて、慌てて戻っていった。
何だか、その慌てようが素直で可愛い。
舞子がクスクス笑って手を振る。
「一体何がどうなったのじゃ?」
「レミイ、きっとさ、もうすぐジャムを作る日が来るよ。」
「ジャムを?……そうか?そうであれば良いな。」
「その時は私にも教えてね。」
「おお、そうだのう、一緒に作ろうぞ。」
うふふ……
笑いあって舞子が手を出す。
「ねえ、今夜一緒に寝よう。」
「いいのか?わしは寝相が悪いぞ。」
「知ってるよ、一緒に旅をしてきたじゃん。」
「そうよな、大切な仲間じゃ。」
手を繋ぎ、グッと引いて部屋に入れる。するとレミイの頭に浮いている、火球まで入ってきて部屋を優しく照らした。
「ねえ、この火の玉って、火事にならない?」
「ホホ、これは普通の火ではない。触っても大丈夫じゃ。」
「なーんだ、火事になると思っちゃったよ。」
笑って窓を閉め、ベッドに潜り込む。
そして共に遅くまで語り合い、その夜は静かに更けていった。


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