桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

16、

 翌日朝、3人が洗濯も済んでパリッとした服を着込む。
会社へ行く父親とはすでに別れを済ませ、父親は泣きながら出勤していったが、かなり駅でも目立つだろう。
支度を済ませる2人と違い、真咲はしかし今度は制服を着たくない。
詰め襟は窮屈だし、すでにボロボロだ。
「これって、防御の魔法がかけてあるからさあ、確かに襲われねえけど薄っぺらで動きにくいんだ。」
同じ防御の魔法がかけてある、アイズの純白のコートは格好いい。
恨めしそうな顔で彼のコートを見て、大きな溜息をつく。
「お前も相変わらず見た目だねえ。」
母親が呆れながら、ハイッと彼のお気に入りのジーパンと革のジャケットを差し出した。
「ええ?これ着ていいの?」
「防御の魔法、かけといたからね。あんた絶対一度は帰ってくると思ったから、準備してたのよ。」
何と用意のいい母。ウルウルと、真咲の目に涙が浮かぶ。
「母ちゃん、やっぱ俺の母ちゃんだ。」
「さて、二度目はないよ。」
立ち上がったとき、隣から舞子が母に連れられ親子で見送りに来た。
舞子はスカート姿の軽装で、その姿から行くのを諦めた事が見て取れる。
「舞子お、やっぱ駄目なんだ…」
真咲ががっかりして、項垂れた。
「だって、あたしは何にも力持たないし、これからもっと親玉に近づくなら危なくなってくるでしょ。みんなの足手まといになるなんて、自分が許せないよ。」
舞子の目にも、涙が浮かぶ。
「えへ、せめてみんなにお別れ言いに来たのよ。」
涙を拭いて、手を差し出す。
真咲がその手を掴みギュッと握手すると、横からレミイがそれに手を重ねる。
その上に、アイズも手を置いた。
「じゃあ、がんばって。」
「俺の事、忘れんなよ。」
「今度は一緒にジャムを作ろうぞ。」
「………」
アイズは無言で、ただ、舞子の顔を見る。
舞子も見上げて、ブスッと口を尖らせた。
「なによう、お言葉はあ?」
アイズの、青い瞳が心なしかうるんで見える。
「お前は……お前のことは……」
フフッと舞子が微笑んで、もう一方の手でアイズの手を握る。
真咲とレミイが手を離し、舞子は両手でアイズの右手を包み込んだ。
「あたし、誰かに似てた?」
白い睫毛を伏せた彼の整った顔が、寂しくうつむいてそらす。
「妹に……」
「そっか」
少し、残念で、それでいて嬉しい気持ち。
横で、ホウッと真咲が息を付く。
「何だ、そっか良かった。」
「あら、何であんたが良かったの?」
へへっと笑ってごまかす真咲が、クシュクシュッと鼻をこすった。
「じゃあ、妹さんによろしくね。」
アイズは無言で複雑な顔のまま顔を上げる。
「さらばだ。」
「私、こっちで無事を祈っているよ。」
素直に言葉が出て目を閉じたとき、カッとまた胸が熱くなった。
「え!なに?」
それが手を伝わり、アイズにスッと吸い込まれてゆく。
「これ…は?!」
ビクッとアイズが目を見開き、そしてウッと眉をひそめた。
「あっ!痛……」
アイズが舞子から手を離し、傷を押さえる。
「ま…さか……」
バッとコートの袖をめくり上げた。
そこは、医者に20針も縫ってもらったところだ、傷の中で一番ひどかった。
ハラリと包帯を取り、愕然と傷を見る。
いや、傷だったところと言うが正しいだろう。
そこには縫い糸が自然にはずれ、傷は綺麗に消えていた。
「まさか!」
「な、なんで?」
真咲の母親が、ふむと腕を組む。
「舞子ちゃん、あなたどこかにアザはない?」
「ええ?!えーっと、でもこれって一昨日出来たばかりだよ。」
「どれ?」
場所が場所だけに、男共に背を向けスカートをめくって足を見せる。
しかし、それは真っ青になったただの皮下出血だ。
「うーん、違うわねえ。他は?」
他?他にもあったかな?
痛いところに意識が向いていたので、他を思い出せない。
痒くてボリボリ胸をかいていると、アッとシャツを引っ張られた。
「舞子ちゃん、ボタン一つはずしてご覧。」
「えー、ここは痒くてかいただけだよ。」
「いいから!」
言われてボタンをはずすと、舞子のママも覗き込む。
そして愕然とした顔で母親同士見合わせた。
「何でうちの子まで……」
舞子がドキッとして、慌ててかかっている鏡を覗き込む。
あの、奇妙に熱く感じる場所、胸にくっきりとグリフォンのアザが、掻きむしって出来ていた。
「ギャアアアア!!何でこんなのが出来てんのよう!」
思わず舞子が叫び、複雑な顔の他の3人と目を合わせる。
「4人目が、舞子なんて……」
舞子の母親は、心なしか青ざめていた。
行かないと決めた様子に、内心はホッとしていたのだ。
「奥さん……」
真咲の母親が、申し訳ない様子でうつむいた。
「ママ、あたしやっぱり行かなきゃ駄目みたい。」
舞子の言葉にも、無言の母親は眉間にしわ寄せうつむいている。
するとアイズが片膝を付き、頭を下げた。
「私からも、お願い申し上げます。母上殿。」
ハッと真咲が我に返って、一緒にその場へ手を付く。
「頼むよ、おばさん。舞子を貸してください!」
「わしからもお願い申す。」
レミイがちょこんと頭を下げる。
もうすでに、この4人はそれだけ繋がりが深いのは目に見えているのだ。
しかしフッと一息ついて、舞子の母は庭へ裸足で駆け出し、ガサガサ垣根を越えて我が家へと消えてしまった。
「そうだよねえ……」
許してはくれない。溜息混じりに、舞子が首を振って3人の顔を見る。
それでも、自分は行かねばならない。
浮かんできた涙を拭き、キッと顔を上げたとき、また垣根がガサガサと音を立てて母親が顔を出した。
「はい、これ。」
大きな紙袋を、舞子に差し出す。
驚いて中を見ると、着古しのジーパンにジャケット。そして新しいリュックが入っていた。
「ママ!」
ウルウルと、舞子の目が潤んで涙が流れる。
「ママはね、あんたが無事で帰ってくれればそれでいい。だから、這ってでも帰ってきなさい。」
「うん、うん、絶対帰るよ!もちろんだよ、ママ!」
抱きつき、抱きしめられる舞子は、母親の暖かさが身にしみる。
想定していた準備の良さも、母親らしいとクスッと笑った。
「おばさん!俺、守って見せます!絶対ケガ一つ付けないって約束します。」
「私も、騎士としてこの剣にかけて。」
真咲とアイズの誓いに、母親がムズ痒そうに笑う。
「こんな馬鹿娘だけどよろしくね。おばさん、こんな美少年に頼まれたら嫌って言えないわあ。」
「ママって面食いよねえ。」
「だろ?俺ってやっぱ美少年?」
鼻をかく真咲に、ちょっと溜息。
「誰があんたって言ったのよ。鏡を見ればわかるでしょ!」
「へっ、貧乳が何言いやがる。」
むっかあ!
「真咲ッ!」
ビュッと蹴りを繰り出すと、ヒラリとスカートがめくれた。
「あちゃ、スカートだった!」
パッと押さえると、アイズが顔を背けて首を振る。
「フッ、女のくせに、はしたない。」
「あーら、あんただって、レミイのパンツは平気で見てたじゃん。」
カアッと彼の顔が真っ赤になった。
「あれは、必死で見なかったんだ!」
彼はウッと口を押さえ、ちらりとレミイの顔を見てサッと背を向ける。
「キャハハ!必死だってさ!」
レミイはキョトンと笑う舞子を見て、ニッと笑った。
外は青空が広がって、涼しげな風が居間を通って吹き抜けてゆく。
無事を誰よりも願う親達に見守られ、真咲と舞子はまたリトビアへと旅立っていった。


17、

 リトビアの北の果て、その一帯の森は次第に枯れ果てて、生命力に溢れた緑を薄れさせ中心へ向かうたびにグレーの様相を濃くしている。
そこは混沌の森と人々は忌み嫌う場所。
グレーの中心にあるのは小さな泉だ。
泉は覗き込めば暗く、地獄のように底がない。
しかしその水底の中心には、小さく今にも消えそうな金色の光がチラチラと漏れてくる。
それは300年の昔、魔女エリクシスとその代の国王によりもたらされた封印の証だろうか?
混沌とこの世界が繋がるこの泉から、魔が溢れてくるのをそれが唯一の力で防いでいるらしい。
しかし300年の間に、その力は次第に弱くなってゆくのか、隙間から障気を吐き出してここから魔物が生まれ出てくると言われている。
そして今、また新たに魔物が現れようとしていた。

ポコリ……

一つ、小さな泡が封印の隙間から上って水面に浮かぶ。
それはやがてパチンと弾け、中から黒い煙が溢れ出てきた。
煙はムクムクと大きくなって、水面に膝を付く人の形を為して行く。
やがてその煙の中からは赤い双眸が光り、ニヤリと不気味に笑った。

『封印ノ、戦士ガ、揃ッタ』

辺りに不気味に歪む声が広がる。
黒煙の人形がゆらりと立ち上がり、じっとうつむいたまま目を閉じた。

『陰ヲ、突クガイイ』

どこからともなく声がして、水面にゆらりとある人物が映る。
ククッと薄く笑う声をもらし、黒煙が一つ頭を下げた。

『承知』

不気味な響きの返事が、泉の表面にさざ波を起こす。
一陣の強い風がその場に巻き、煙はかき消されるように、灰色の空に散っていった。
水面には気難しそうな、白い髪をした男の姿を大きく映して。







 4人がリトビアに現れたのは、あのアクアマリンのネックレスを入れた泉だった。
さすが真咲の母が通してくれただけに、4人は泉の水面から鏡を通ってきたように出る事が出来た。
泉には、覗き込むとネックレスが沈んでいる。
舞子がクスッと笑い、それを取ってまた首に掛けた。
「では、参りましょう。」
アイズが先を歩き出す。
「よーっし、元気に行こう!」
「おーっ!」「行こうぞ!」
舞子が落ちていた竹刀を拾い上げ、ヨシッと空に掲げると、真咲とレミイも手を上げる。
そうして4人は、また混沌の森への旅を再開した。






 どんよりとした空の中、1羽の鳥が森の上空を一息に城へ目指して飛んでいる。
やがてそれは城の裏手にある、一つの塔へと降り立っていった。
そこから顔を出すのは白いマントを羽織る、気むずかしい顔の老人。
部屋には沢山の古文書があふれ、日々何かしら考え込んでいるそれは、城にいる白の魔道師だった。
「ピルルルル……ピピピ、ピルル……」
「そうか、ふむ。」
魔道師は待ちわびたようにその鳥から報告を受け取り、そして明るい顔でバタバタと王の座する広間へと一目散に向かう。
居並ぶ騎士達が一礼する中を進み、そして王の元に跪いた。
「王よ!殿下方一行は、旅を再開されたようでございます。」
「おお……」一同からどよめきが起こり、そして安堵の息が漏れる。
「おお!そうか!戻ってきたか!」
明るい顔で立ち上がった王と王妃が、ほおっと顔を見合わせ腰を下ろした。
「きっとあちらの世界では、フェリア殿が幾ばくか、たしなめられたのかしれません。
しかしお元気で再開されたようです。」
白魔道師が、よいしょと立ち上がり嬉しそうに語る。
王はうんうんとうなずいて、ひげの生えたアゴを撫でた。
「うむ、辛い旅に心辛かろう。フェリアにもいずれ礼をしなくてはな。」
「はい、それと……4人目の封印の戦士ですが……」
「誰じゃ?見つかったか?」
白魔道師が、言いにくそうに周りに目を配る。
「それが……あの、異界から来た少女でございます。」
「なんと!……何という事じゃ。」
がっくり脱力する王に、王妃が身を乗り出す。
「しかし、しかし占いでそう出たとしても、異界の者は認められようもないでしょう!」
ぶるぶるとハンカチを持つ手が震え、思い返すと血が下がる。
魔道師は気の毒そうに、王妃に頭を下げて首を振った。
「王妃よ、占いは遠見の予言でございます。きっと覆すことはありますまい。」
「そ、そんな……」
がっくり、うなだれて大きくため息をつく。

「あんな下品な少女が……

この国の后になるだなんて…………」

大広間にいる全員が、諦めと絶望感に捕らわれ、そろって大きなため息をついた。
 そっと広間を出た王の弟ドリスナーは、サッと別室に入り部下を呼んでひそひそと耳打ちする。
部下は軽くうなずいて思わず剣に手をかけると、急ぎ足で部屋を出た。
「父上」
部屋を彩るカーテンの向こうから、長男ヴァリントが姿を現す。
ドリスナーは息子に歩み寄り、そして壁に掛けられたグリフォンの意匠をコンコンと指で叩いた。
「運命に定められし仕事は済ませねばならぬ。が、その後は…あずかり知らぬ事よ。」
フフッとヴァリントが暗い顔で微笑む。
そして柔らかなカーテンを身体に巻き付けた。
「さあ、占いでは、魔物との戦いの結果までは出ておりませんよ、父上。」
「馬鹿な…………」
ドリスナーが、眉をひそめて息子を見る。
「戦いには勝ってくれねば困る。この世が魔の物になっては、王座どころではない。」
「フフ、そうでございますね。では、私も物見遊山へ参りましょうか?」
「北へ行くのは許さぬぞ、危険だ。」
「北とは言っておりませんよ。」
ヴァリントはまるで人ごとのようにカーテンから躍り出ると、部屋を出て行った。





 その頃、旅を続ける4人は、すでにこの国の北の果て、山間のなだらかな森の中にいた。
このまま山裾を沿ってゆき、一つ山を越えたところが混沌の森らしい。
目的地が近くなると、4人の心も不安と恐れがムクムクと頭をもたげて行く。
しかしそれを振り切るように、今はひたすら前へ進むことを考えていた。
「確か、この先には小さな街があったのう。」
「へえ、こんな所に?」
「うむ、リトビアでも一番北の町じゃ。」
真咲が道案内役でもあるアイズの後ろ姿を見る。
しかしアイズは無言で、ひたすら足を進める。
真咲は鞄をゴソゴソ探ると、一枚の地図らしい紙を取りだした。
「何だ、あんたそんな物持ってたんだ。」
「持ってはいるけど、良く見方がわからねえ。ここってどこだ?」
「たーっ、ネコに小判だね。」
「悪かったなっ!でも、山間だから何も目印がねえな。レミイわかる?」
「うむー、どれ。」
3人、地図を囲んで覗き込む。
すると、横からスッと白い指先がある街の手前を指さした。
「今はこの辺です。レミイ殿が仰る街はここ。」
「おお!近いじゃん、今夜はここに泊まろうぜ。」
「………承知、しました。」
アイズが元気なく、また先を行く。
真咲達は顔を見合わせて首を傾げた。
「アイズ、何かあるの?」
「いえ、別にございません。」
「ならいいんだけどさ。気になることがあるなら言ってくれよな。」
「はい。」
振り返り、目を伏せて頷くアイズに、レミイがトトッと駆け寄って横に並ぶ。
「わしは、余計なことを言うたのかもしれぬ。」
「いえ、どうぞお気になさらぬよう。」
「そうか。」
レミイがキュッとアイズのコートを握る。
ふと微笑む彼は真っ直ぐに顔を上げると、レミイの背に手を当てた。

18、

 チュッと、小鳥がさえずり飛び立ってゆく。
空は赤く染まって夕日が広がり、4人は山越えの広い道に出ると、森の木の間に街のほのかな灯りを見付けて足を速めた。
「ああ、助かったね。」
町外れの木には数匹のフライトホースが留まっているのが見える。つまり旅行者も多いようだ。
「ここは隣国へ行く前に立ち寄る、最後のリトビアの街らしいぜ。」
「うむ、山向こうは混沌の森じゃ。最近は魔物が増えて、歩いての旅はかなり回り道で峠を越えなければならぬ。ゆえに、ここで皆もう一度体調を整え旅に出るのじゃ。」
「成る程、みんな迷惑してるんだね。」
そう言う彼らも、泉を旅立ってから何度も下級魔に襲われた。
あっさりアイズが切り捨て、レミイが燃やして大事には至らないが、普通の人間には命に関わるだろう。
それだけに、封印の戦士である彼らに託された物は大きかった。

やがてその街へ入った4人は、中央の通りをキョロキョロと宿を探しながら進んだ。
「わあ!騎士様だ!」
街の子供達が、物珍しそうにアイズに寄ってくる。
「ねえ、泊まるところ知ってる?」
舞子が一人に聞くと、こっちこっちと案内してくれる。
見回すと小さな町には店や酒場が並び、以前のにぎわいを感じさせながらも、今はちらほらと人の姿が見えて、すっかり寂しい町になっていた。

 4人が通った家の陰に、さっとマントが隠れる。
「来たぞ」
黒いフードの下で、男が一言ささやき振り返った。
物陰に、マントを羽織った3人の男がうなずく。
一行はぽそぽそと小さく相談し、別の宿に向かう。するとその時、突然突風が吹き、一人のマントが風にあおられた。
バサッと舞い上がるマントの下には、腰の剣とグリフォンの紋章の入った根付が腰に下がっている。
それは今、城にいるはずである王族付きの護衛騎士の証だった。




 小さな宿のドアをくぐると、中年の男の主人がパッとにこやかな顔でカウンターの向こうに立った。
「これはいらっしゃいませ、お部屋はいくつご用意しましょう?」
「えーっと、2つね。」
「ではこちらへお名前のご記入を。オオ、これはお若いのに白の騎士様とは大層なお方で……はて?どちらかでお会いしましたかな?」
宿帳に書き始めたアイズが、思わずペンを止める。
そしてなぜか叔母の名を借りて姓だけを書いた。
『クレナリー』
「おや?クレナリー様でございますね。失礼ですがお名前は?」
躊躇するアイズに、真咲が不思議な顔でのぞき込む。
「どしたの?アイズ。」
どきりとアイズがペンを置き、サッと顔を背けた。
「アイズ?どこかで聞いたような……」
怪訝な顔の主人に、アイズは背を向けて鞄を探る仕草をしている。
それが何かをごまかしているようで、レミイがハッと顔を上げた。
「ご主人よ、早う部屋へ案内してくれぬかのう。わしらは疲れておるのじゃ。」
サッとレミイが前に出て、主人にせがむ。
「ああ、はいはい。」
主人が鍵を取ろうと後ろを振り向いたとき、鍵を握った手がカチカチと震えた。
「ま、まさか、あの、アイズ?」
恐怖に憑かれた顔で、主人がクルリとアイズを見る。
「その、白い髪、青い目、その顔!お前、あのアイズじゃねえか!」
アイズはじっと動かず、無言で背を向けている。
慌ててレミイがバンバンとカウンターを叩き、鍵を急かした。
「主人、人違いじゃ、これは城下に住んでおる。それより部屋じゃ。」
「冗談じゃねえ!こんな奴泊めたら、命が幾つあっても足りねえ、帰ってくれ!」
「ちょっとおじさん!ほら、真咲!」
舞子が慌てて真咲をせっつく。
「お、俺、王子なんだけど。」
「王子か干物かしらねえが、こいつは魔物を呼び寄せる。昔何人もこいつのせいで死んだんだ。出てってくれ、さあ早く!」
追い出しにかかる主人に、アイズが振り向いた。
「待て、私は出てゆこう。」
「駄目だよ、アイズ!一緒にいなきゃ。」
「ならばわしも野宿する。」
「冗談、真咲と2人なんてこっちもお断りよ!」
「ええっ、舞子俺の事嫌いなの?」
「今はそんな事じゃないでしょ!」
げしげしと舞子が真咲を足蹴にして、横ではレミイがアイズにへばりつく。
唸る宿の主人も決めかねていると、表がわいわいと騒ぎになっていた。
「あの子、見覚えがあるよ。」
「そうだよ、あの悪魔っ子だよ。」
さすが小さい街だけに、噂も早い。
アイズが目立つ白い騎士の姿をしていたのも、噂を早める一因だったのだろう。
すると、一人の中年の女性が怖々と宿のドアに立ち、祈るように手を組んだままアイズを見つめた。

「まさか本当に…立派な騎士になって……」

「おばさん、誰?」
3人が、顔を背けるアイズとおばさんを見比べる。
どことなく顔の印象がそっくりだ。
疲れた顔をして髪も乱れているが、まだ40代後半だろう。きちんとしていれば、大変な美人に違いない。
「まさか!」
舞子がその言葉を出せないでいると、アイズがとうとう顔を上げた。

「母……だ。」

「えええっ!!」
見つめ合う親子は、どこか複雑な表情で喜びが薄く感じられる。
暗い表情でうつむくアイズに、レミイがそっと手を握って力付けた。


19、

 ユラユラと、前をアイズの母が歩いてゆく。
迷うアイズの手を、レミイが引いて後を追う。
その後ろから、真咲と舞子も彼の背を押すようにして付いていく。
どこか変な格好で、居心地悪そうにしてみんなギクシャクと歩いていた。
「本当に、久しぶりね。叔母さんはお元気?」
「……え…え…」
「白い騎士様は位も上になるのでしょう?さぞ、修行は大変だったでしょう?」
「……ええ…」
言葉少なに、2人の会話がぽつりとぽつりとぎこちない。
やがて一歩裏の通りに入りこの街でも大きな家の前に立つと、母親がそっとドアを開けた。
「せっかくだから、うちに泊まって頂戴な。あなたの家ですもの、遠慮はいらないのよ。」
キイッとドアを開けると、真っ直ぐ延びた廊下には敷物が伸びて、横には2階への階段がある。
そして突き当たりのドアからは、居間の上等な椅子がちらりと見えた。
中の調度品からも、こんな辺鄙なところにいながらアイズの家は、城下に引けを取らないほど良い物が揃っている。
きっと裕福なのだろう。
「おお!すっごーい、綺麗!入ろうよ、アイズ!」
足の進まないアイズを押して、舞子達が元気に中へ入って行く。
居間へ通されて椅子を勧めると、アイズの母親が急にいそいそと部屋を出た。
「お茶の準備をしてくるわ。どうぞごゆっくりなさっててね。」
パタンとドアが閉まったのを見て、ほおっと一息吐く。そしてようやくのんびり部屋を見回した。
「わあ、綺麗な庭ね。」
大きく開いた窓からは、広々とした庭が広がっている。
花に包まれ、真ん中には変わった形の1本の小振りの木が立ち、青々と葉を茂らせていた。
アイズは立ちつくすようにそれを見つめ、悲しげに目を閉じる。

「リイナ……」

小さくつぶやく言葉に、レミイが心配そうにキュッと手を握った。
「何か、静かだね。」
手を引くレミイに誘われ、アイズも遠慮気味に椅子に腰掛ける。
部屋を見回しながら、舞子が身を乗り出した。
「ねえ、アイズってここに住んでいたの?」
「ああ、8つまでな。」
「ここから叔母さんの所までは遠いね。」
「父はフライトホースを持っている、隣国との貿易商人なんだ。今はどうか知らないが、この街の長もしていた。」
「だから裕福なんだね。」
ふうんと見回していると、玄関のドアをバタンと開閉する音がして、ドカドカ乱暴な足音が近づいてくる。
ハッと顔を上げたアイズが顔色を変え、突かれたようにバッと立ち上がった。

バターンッ!

乱暴に居間のドアを開け、白い髪の中年の男が姿を現す。
その顔は怒りに溢れ、握る拳がワナワナと震えていた。
「なぜ・・なぜ帰ってきた!ここは貴様の家ではない!」
うつむくアイズの手も震え、身体が凍り付いたように動かない。
「おじさん!」
たまりかねた舞子が飛び出すと、男の背後から母親が蒼白な顔で飛びついた。
「あなた!息子が立派になって帰ってきたのよ!もうやめて下さい!」
「お前か?お前が許したのか?何を考えているんだ、何が立派だ!」
「お城の騎士なのよ!どんなに辛い修行を積んだか、考えればわかるじゃありませんか!」
「騎士が何だ、償いを思えば当たり前だ!」
言い合う両親を前に、アイズの顔が悲しみに暗くなる。
真咲は見ていて次第に腹が立ち、鞄から小さな箱を取り出しもぞもぞやると、左手をグッと男に見せた。
「この屋敷の主人か?俺は、マサキ・レン・リュードリー・メルドリア。この国の第一王子である。我々はこの国を背負う旅の途中、どうか宿をお願いしたい。」
「王子、だと?」
父親が怪訝な顔で睨み付ける真咲の指には、黄金で作られ、宝石で彩られた王家の紋章の指輪。
いつもは指輪なんてかったるくてしないが、こんな時のためにケースに入れて持ち歩いているのだ。
「くっ、これは…失礼を。」
父はひるみながら、膝を付いて頭を下げる。
もとよりこの村で、あの様子から見てもアイズが供にいる以上は、どこも泊めてはくれないだろう。
さすがの父親も王子の言葉と有れば断れるはずもなく、考えあぐねて仕方なく一晩だけと了承した。



20、

 冷たい視線の父親を避け、母親に2階のそれぞれ客間に案内された。
広い家というのに、使用人は年老いた老婆たった1人だけらしい。それもあの村人の反応を見れば想像は付くが、久しぶりの客人に薄暗い邸内は明るく灯が灯った。
部屋でくつろぎ、舞子とレミイがしばらくして部屋を出ると、狭い廊下の突き当たりにあるドアの前でにアイズが無言で立ち尽くしている。
「あれ?アイズどう……」
「しっ」
レミイが舞子を制し、足音を潜ませるようにアイズの背後から近寄る。
ゆっくりと彼が振り返った。
「ここは…………妹の部屋です。私には入る事も許されないでしょう。」
はじめて見るその姿に、レミイが複雑な顔でギュッと唇を咬む。
聞いて良いのか、それとも…………
迷いあぐねながら、心を決めて顔を上げた。
「妹殿のこと、聞いて良いか?」
寂しくうつむくアイズの手を、レミイがそっと握った。
アイズがフッと一息はいて、白い睫毛を震わせる。いつの間にか、背後には真咲と舞子が立って無言で聞いていた。
「私のお守りにと……母が作ってくれた人形が、妹は大の気に入りでした。
可愛く、素直で気立ての良い両親自慢の妹は、村では厄介者でしかなく家を出ることさえ叶わなかった私にとっても、心の支えでした。
しかし、一緒に庭で遊んでいたときに魔物に襲われ、あの子は私を庇って1本の木になってしまったのです。」
「あっ!まさかあの、庭にある?」
舞子が思わず叫んだ。
「そうです、あの……木。両親の嘆きはそれは大きく、言葉に出さずとも助かってのうのうとしている私を、どんなに憎まれたか知れません。
家の中でも厄介者となってしまった私は居場所を失い、すぐに城下の叔母の元へと行くことになり、それから一度もここへ帰ることはありませんでした。」
「でも、アイズだって小さかったんだろ?憎むなんてあり得ないよ!お父さんとお母さんだろ?」
真咲が目を潤ませて歩み寄る。しかしアイズはかたくなに首を振った。
「いいえ、先ほどの父をご覧になったでしょう。それに憎んでいないならば、城下に来たときは会うことも出来たはず。しかしいつも父は私を避け、この8年を一度たりとも会ってはくれませんでした。」
「そんな……何か、きっと訳があって……」
「もういいのです。見苦しい所をお見せして申し訳ありません。どうかお忘れ下さい。」
背中を見せるアイズに、真咲が駆け寄る。
「でも!それは…………」
言いかけた時、背後でコトンと階段に音がして、ハッと4人が顔を上げた。
そこにはアイズの母親が立ち、複雑な顔でにっこり笑っている。
どこかギクシャクとして、親子の溝の深さが感じられた。
「さぞお疲れでしょう?先に湯をお使いくださいな。」
アイズが返事を忘れたように、じっと母の顔を見る。

そして、無言で頷いた。






憂いながら母親が階下へ降りると、庭からやや強い風が通って廊下の壁のタペストリーがはためいている。
庭に面した窓を少し閉めようかと居間へ足を向けると、窓辺で父親が一人、じっと庭の中央にある1本の木を見つめていた。
声をかけようかと迷いながら、母親はうつむき背を向ける。
1歩踏み出したとき、後ろからかすれた声が力無くつぶやかれた。
「食事は・・・」
「はい?」
「食事には、キッシュを。」
ハッと母親が、口元を押さえて目を潤ませる。
キッシュとはこの世界では贅沢な焼きタルトのような物だが、小さい頃アイズの好物だった。
「はい・・はい、あなた。美味しいキッシュを焼きますわ。」
「・・・わしが、食べたいのだ。勘違いするな。」
フンと顔を背け、急に書類を持ち出してテーブルに広げる。
母親はほろりと流れる涙を拭きながら、キッチンへと急いだ。

妻の姿が消えて、風に飛ばされる書類に窓を閉めようかと手を伸ばす。
ふと、庭へと足を運んだ。
すでに日も傾いて薄暗い庭の中央にある木の傍らに立つと、その木を見上げる。
そして愛おしそうに、その木肌をなでた。
「リイナよ・・・お前は許せぬだろうが、あれから8年も過ぎてしまった。立派になって帰ったではないか、お前の兄は。もう・・」

ヒュオオオオ・・・・ビュウウウウウウウウウウ!!

その時、突然一陣の風が吹き、父親の体を取り巻いた。
「うおっ!な、なんだ!」
風に闇のような黒い煙が沸き立ち、ビュンビュンと目の前で渦巻く。
動けない父親の前でその黒い煙は人の影を作り、そしてその顔には赤い双眸が怪しく輝いた。

『許シテハナラヌ。憎メ、恨メ、怒ルガイイ』

恐怖にすくみ、息をのむ父親にその陰が覆い被さってくる。
ゴッと耳元で地獄のような重い響きを聞いた瞬間、父親の意識は暗闇へと深く落ちていった。



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