桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

21、

 その夜、奥の食堂には、ささやかながら王子への主の気遣いが見える食事が並べられ、一行もさっそく座へと案内された。
部屋は先ほどの居間の向かいで、今夜は満月だけに明るく照らされた庭がここからも見渡せる。父親が交易を仕事としているだけに、ここにも趣味の良い調度品が並びんでいた。
久しぶりに見る母親の手料理に、アイズの目がじっと記憶の糸を探るように見開かれる。
大好きだったメニューが並んでいるのを彼がどう思っているのか、それを覚えていてくれたのか、母親も心配そうに彼の様子にチラチラ目を運んでいた。
「アイズよ、おぬしの母上は料理上手だのう。」
レミイが気を利かせ、彼に話しかけた。
「ええ……」
アイズは小さく返事を返し、そして目を閉じる。
やがて主であるアイズの父親が、上機嫌で真咲に挨拶して食事を勧めた。
あれほど機嫌の悪かった父親のうって変わったその様子に、心配していた真咲達も顔を合わせて、ニッコリと返した。
「慎ましいながら、心ばかりの善を用意いたしましたゆえ、どうぞお召し上がり下さい。田舎料理ですので、お口に合いますかどうか…」
「いえー、とんでもない。ご馳走ありがとうございます。」
にへらっと笑う真咲には、王子の威厳など10秒も続かない。
ワインを勧められ、未成年なんだけどと思いながら一口飲むと、カッと酔いが回って気が大きくなって行く。
「うめえ!これ、うまいっすね!」
「ハッハッハ、王子も庶民的な方だ。さあ、冷めないうちにどうぞ。」
真咲が舞子達と顔を会わせ、パンッと手を合わせた。
「いたーだきーまーす!」
もぐもぐ食べ始めると、確かに美味しい物ばかりで食が進む。
しかしその中でアイズだけがうつむいて、まったく食事に手をつけようとしない。
向かいに座る父親は視線を送ろうともせず、その隣りに座る母親も目をそらす。
アイズの隣にいるレミイはその様子に、むーっと考えていきなりアイズの皿にあるイモをグサッとフォークで刺した。
「レ……ミイ殿……」
アイズが目を丸くして彼女の顔を見る。
ニイッと笑い、レミイがパクッと口に入れた。
「美味いのう。アイズよ、早う食べぬとわしが食べてしまうぞ。」
ようやく顔を上げたアイズが、フウッと微笑む。
「はい」
そして、一番好きだったキッシュをアイズが口に運ぶ。その味は、今も変わらず鮮明に記憶が呼び起こされる。

おいしい

思わず涙が浮かびそうになり、顔を上げると月の光に照らされる庭の木に目が行った。

お帰り、お兄ちゃん

木が、そう言ってくれた気がした。
妹と取り合って食べた、思い出の料理。
それでもまだ、母親に微笑みかける事が出来ない。
しかしそれを見ていた母親は、全てをくみ取り優しく微笑んで頷いた。

「何とも軟弱な騎士殿よ。」

ポソッと漏らした父親が、溜息混じりに顔を背ける。
ムッとした舞子が、思わず顔を上げた。
「あら、でもアイズはこの国で一番の騎士なんです。おじさんなんにも知らないで、勝手なこと言わないでよね。」
「舞子ってぇ、やめやめー。」
酔って赤い顔の真咲が、慌てて舞子の腕を掴む。
舞子はプイッと言うこと聞くわけもなく、キッと父親を睨み付ける。
父親はじろりとアイズに視線を向け、ぐっと酒をあおった。
「何が国一番か、こんな軟弱者が。人を盾にして生き延びた卑怯者ではないか。」
「あなた!」言い捨てる父親に、妻が愕然と見入る。
「なっ!なんてこと言うのよっ、このクソじじー!ちょっと真咲、あんたも何か言いなさいよ。ああっ、こいつ酔っぱらってる!」
赤くだらりとした顔で、真咲がすっかり酒臭い息を吐きながらテーブルに突っ伏して寝ている。
がくがくと舞子が揺らしても、グオーッと獣のようないびきが帰ってきた。
「この、役たたずっ!アイズ、あんたも何か言い返しなさいよっ!」
キーッと思わず立ち上がった舞子がアイズを見ると、アイズはなぜか何も言い返せず、ただじっと手を震わせながらうつむいて耐えている。
「お父上どの、言うて良いことと悪いこともござろう。ホホッ悪い冗談よ。」
レミイは口元をひくひくさせながら、頭の上の火がボッボッと大きくなったり小さくなったりと切れそうだ。
「あなた、もう止めてください!」
傍らから伸ばす妻の手をバシンと払いのけ、父親は酒の入ったコップを投げつけた。
「うるさい、元はと言えばお前が悪いのだ。こんな疫病神を産みおって、お前などこの家から出て行け!」
ギロリと冷たい視線に、妻の心がゾッとすくみ上がる。
「あ、あなた……!」
人が変わったようなその態度は、普段厳格な性格をしても信じられない。
無口で厳しくはあるが、人を平気で傷つけるような夫ではなかったはずと妻は愕然と立ちつくした。
父親が、ガタンと立ち上がり憎しみのこもった目でアイズを見下ろす。そしてドンとテーブルを叩いた。
「お前がリイナを殺したのだ!忘れたとは言わせんぞ。
貴様は兄でありながら妹のリイナの背に隠れ、そして魔物に妹を差し出して自分の身を守った卑怯者よ!リイナはそれ、庭で木となり人としての人生すべてを奪われた!すべて貴様のせいだ。なぜおめおめとこの家に来た?!」
ゆっくりと顔を上げたアイズが、まるで審判を待つ被告のように父に指を指されて目を閉じた。

「自害せよ!お前のその剣で!」

父親が、アイズの腰の剣を指さす。
剣を肌身離さず持つアイズの、これは破魔の護身の剣でもある。
城付きの白魔道師から、騎士の修行に入った折に賜った物だ。
暗い気持ちに落ち込んだアイズが思わずその剣に手を添える。そしてその瞬間、叔母と師匠の顔が浮かびハッと自分を取り戻した。

自分の使命を

目を閉じていたアイズが、キッと目を開いて真っ直ぐに父親を見つめる。
そしてゆっくりと立ち上がり、厳しい顔で父と対峙した。
「私には、使命がございます。たとえ過去の罪を背負っても、それをやり遂げねばなりません。
それが私のために死んだ者への償いにもなると思うのです。
今はまだ、死ぬときではございません。」
「何をきれい事を!お前には聞こえぬのか?リイナの苦しむ声が、お前を恨む声が!」
「いいえっ!リイナは真っ直ぐで優しく人を思いやる妹でした。
父上、あの木を御覧になればそれもおわかりのはず。私には木のさやぐ音さえ、励ます声に聞こえます。」
「ハーッハッハッハ!なんと身勝手な考えよ。貴様の妹が真っ直ぐだと?いびつな木など目障りだ。切って燃やしてしまおうぞ!」
「あなた!」
涙を流す妻を醜悪な顔で父親が睨み付ける。
アイズは席をはずれると真咲の元へと急いだ。
「母上っ!お逃げください!これはすでに父上ではございません。妹を一番愛していた父が、このような暴言吐くわけがない。」
「なに?まさか……」
レミイが頭上の火に目を向ける。
火は魔物を関知するはずなのに、今は動こうとしない。
そして自分自身も、父親から魔の気配を感じなかった。
「どういうことだ?アイズよ。父君からは……」
立ち上がり、真咲と舞子を庇うように立つレミイとアイズが身構える。
しかし不敵に笑う父親は恐怖に立ちすくむ妻の腕をつかみ、ぐいっと引き寄せた。
「ひいっ!あ、あなた、助けて!」
「母上!」
「ふふふ、わしを魔物だというのか?お前達は。そう言ってわしを切るのか?息子のお前が!
さあ!さあ切って見せよ!今度は親殺しとなって、地獄へ堕ちるがいい!」
クッと唇をかみながら、アイズが腰の剣に手を添える。
ハッと舞子がその手に飛びつき、懸命に首を振った。
「ダメッ!駄目だよ、あれはアイズのお父さんでしょ!操られているだけじゃない!」
しかし、肝心のグリフォンを操る真咲は酔って熟睡。
叩いても揺すっても起きる気配がない。
「あっ、まさかこれが目的で飲ませたわね!このクソじじー!」
振り向き父親を睨むと、にやりと笑いグッと妻の首に手をかける。その今にも母親の首をへし折られそうな切羽詰まった状況に、皆の足がすくんだ。
アイズが小さく首を振って涙を浮かべる舞子の手を遮り、腰の剣をギュッと握る。
「いかん、アイズよ。わしもそれだけは許せんぞ。」
アイズの剣を抜く手をグイッと押し戻し、レミイが前に出た。
「真咲!起きてよ真咲ったら!」
舞子がボカッと真咲を殴るが、起きる気配がない。
「うー……へへ、もう食えねえよお……ぐー……」
「この、ボケなす!肝心なときにーーっっ!!」
ギリギリと歯がみしてもどうしようもない。
やがて父親を乗っ取った魔物は、思いついたように窓から見える月に照らされる庭を向いた。
「そうだ、余興にこの女ごとあの木を千に引き裂いてやろうぞ!お前の取り乱した姿はさぞ面白かろう、名高き騎士よ。」

ガチャーーンッ!!

弾けるようにガラスの割れた窓から、妻を抱きかかえた父親が庭へと飛び出してゆく。
「母上っ!レミイ殿、王子を頼みます!」
追って出たアイズは庭へ出るなり剣を抜いて、唇をかみ、父へと剣を振り上げた。
「父上、許せっ!」
にやりと笑う父親の額に、剣をブンと振り下ろす。

『ダメッ!!』

「うっ!」
突然強烈な声がアイズの頭に響き、ひるんだ瞬間、カッと魔物が目を見開いた。

バンッ!キーーンッ!「うあっ!」

激しい衝撃を受けて剣が真っ二つに折れ、その切っ先が妹の木へとドカッと突き刺さり、アイズの身体がはじけ飛ぶ。

「甘い騎士よ、死ねっ!」

醜悪に笑う父が彼に手をのばし、そしてその手に黒い力が集束されていった。



22、

「女神ファラーナよ!力を!」

バッとレミイが火を放つ。
「うおっ!」
掲げる父親の手に火がつき、その隙をついて母親が逃げ出した。
「アイズのママ!こっち!」
舞子が急いで手招きして引き寄せる。
ホッと顔を上げ、胸を押さえてよろよろと立ち上がるアイズには、しかし剣がない。
「わしに任せよ。」
レミイはアイズの前に出て魔物と向き合うと、真っ直ぐに見据えた。
「魔女一人では役不足ぞ。我はグリトーの闇の吐息。剣も持たぬ腰抜け騎士の息の根を止め、お前達すべてことごとく息の根を止めてやろう。」
高笑いする魔物に、レミイの炎がボッと勢いを増す。

「おのれ、我が君を愚弄したな!」

むくむくとレミイの身体が大きくなり、ゴウッと炎を身にまとう。
炎はレミイの身体で紅い甲冑となり、その手には炎の剣が握られた。
「うぬ、魔女め我が力を見よ!」
父親の姿も黒く闇に染まり、障気を漂わせて手に大きな剣を生み出す。そのまわりには黒い煙が次々と人型をなし、兵士が剣を構えた。
「レミイ殿!」
「アイズ!真咲の剣だよ!」
舞子が家から飛び出して、アイズに向けて投げる。
「すまぬ!」
受け取ったアイズが、剣を抜きさやを脇に放った。真咲の剣は、剣に慣れない真咲の為にとても細く軽い。この剣では、高位の魔物には太刀打ちできない。
レミイと視線を合わせ、互いに頷き合うとアイズは唇をかんで闇の兵士に斬りかかった。
「はっ!」
レミイが炎の剣を振り上げ、父親に向かって飛び上がる。それを障気を吐く剣で受けると、バンッと激しい音を上げてはじいた。
くっと互いの剣が相反する力ならば、あとは剣の技が物を言う。
じりじりと睨み合いながら、2人は戦い始めた。
「レミイ殿、すまん。」
一方アイズの戦う闇の兵士は、斬った先から形を崩し、そして新たに人型をなして闇の兵士が生まれ出る。
自分の剣さえあればと、アイズが歯がみしながら、ハッと未だ食堂で眠る王子を振り向いた。
「王子!」
真咲は今、一人で前後不覚のまま眠っているのだ。
闇の兵士も、数人がゆらゆらと家に向かう。
「キャッ!この、こっち来るな!」
母親と舞子も次第に追い詰められ、一際大きな1人の兵が襲いかかったとき、アイズが2人の元に駆け寄った。
黒く巨大な闇の剣を受け止め、そしてドッと胴を切り裂く。しかしその重い衝撃に、アイズの剣も悲鳴を上げている。
「アイズ!右!」
舞子の声に剣を受けた瞬間、とうとうバキンと剣が折れた。

「ちいっ!」

唇を咬む彼が、折れた剣を捨て、腰から短剣を取りだし構える。
「無理だよアイズ!」
「あきらめるな!王子をお守りしなくては!」
「でも……あっ!」
舞子のその視線の先に、家からふらりとグリフォンに守られ真咲が出てきた。
「真咲!」
「王子!お気がつかれましたか?!」
しかしその足取りはフワフワと、目もうつろに見える。
「あのバカ」舞子が母親の手を引いて、真咲に駆け寄ろうとする。だが、様子の変化にふと立ち止まった。
真咲のそばに寄り添うグリフォンは姿も薄く、時々ゆらゆらと真咲と重なる。
「真咲……いったい……きゃっ!」
隙をついて剣を振り上げる兵士にハッと息をのんだとき、真咲の身体にグリフォンがすっと同化し、その身体がカッと金色に輝いた。
「なにっ!うおおお!なんだこの光は!」
光は魔物たちに強いプレッシャーと共に焼けるような熱さを伴っている。
魔物である父親が火が出るような熱さにたまらず顔を遮り、兵士達は吹き飛ばされ姿を崩し風に消えて行く。
「隙アリじゃ!」
レミイが嬉々として父親に剣を振り下ろす。
「こしゃくな!」
それをはじき返しながら、レミイに向けて黒い風を呼び力をふるった。
「キャ!」
ドッとその力を受けて、レミイの身体がはじき飛ばされる。
「王子め!死ね!」
焦る父親が手を振りかざし、真咲に向けて力をふるう。
しかしその威力も、ゴオッとうなる風と共に金色の光に吸い込まれ、真咲の髪をそよがせるだけで傷一つつけることが出来ない。
やがて無言の真咲がゆっくりとアイズの妹の木に手を伸ばした。
「王子、何を……はっ、父上!」
一体何が起こるのか、不安な顔で木に目をやるアイズが、父親もまたその手を木に伸ばしているのに気がつき、思わず駆け寄る。
「おのれ、目障りな木など……」
「やめろっ!」
止めるよりも早く、木に刺さったアイズの剣の刃の先から幹がビシビシと裂けてゆく。

「ああっ!リイナ!」

アイズが手を伸ばす先で、突然裂けた木の中からカッと強い輝きが放たれた。
「ギャッ!」
父親の姿をした魔物が、光を浴びた顔を押さえて大きくよろめく。
その時、真咲の身体が金色に輝き、そしてアイズに向ける声があたりに響き渡った。

「我が騎士よ、お前の剣を持ち我が力となれ。」

バシーーーンッ!!

突然弾けるように木の幹が裂け、中から昔と変わらぬ姿で人形を抱いた少女が現れた。

「リイナ!」

アイズの叫びに答えるように、少女は閉じた目をゆっくり開き、そして手の人形を兄に差し出す。
するとその人形の身体を突き破るようにして一振りの剣が現れ、それはアイズの手に吸い寄せられるように彼の手に渡った。

「これが……私の剣?!」

柄にある金色のグリフォンの装飾が神々しく輝き、刃はすべての魔を払う力を示すように純白に近い銀色に光を放っている。
恐ろしいほどに清純な力を感じながら、震える手でアイズが剣を受け取った。

その瞬間。

「うっ!」
ドッと、剣から重苦しいまでの力が流れ込む。
「はっ、くっ……!」
何か大いなる力が流れ込み、それが体中を満たして総毛立つ。あまりの衝撃に身体がひるんだ。
「おのれ騎士ごときが、死ね!」
焼けこげた顔を怒りに変えて、魔物がアイズに剣を振り下ろす。
しかしアイズは身を引き締めてグッと剣を握りしめると、渾身の力でビュンッと振った。

「ヤアアアアアーー!」

剣が魔力を持ってビュオッと風を切り、光を巻いて剣圧が父親を突き抜ける。
「うおおおおおっっ!!」
魔物はその衝撃でドッと父親の身体からはじき飛ばされ、姿を現した黒いもやのような姿に、すかさず真咲の身体からグリフォンが飛びつく。
「ぐうっおのれ!金の獣!」
もがくその闇の身体は、漆黒の煙となって逃れようとした瞬間、ビュウッと吸い込まれるようにグリフォンの口に消えた。
どさりと倒れる父親に、よろめきながらアイズが駆け寄る。
「と……うさん。」
「うう……」父親は剣に魔を払われ、以前の顔に戻って頭を抱え起きあがる。
「……私は、一体…………」
アイズはホッと顔を上げると、その目の前にリイナが光に包まれて降りてきた。
「お兄ちゃん……?」
「リイナ生きて……よく、生きて…………」
涙がアイズの目からあふれ出す。
少女はキョロキョロと辺りを見回し、そしてやや老いた両親と17才になった兄の姿に首をかしげた。
「あれ?お兄ちゃん、大きくなってる。」
「ああ……」アイズがそっと手を伸ばし、恐る恐るその小さな身体を抱きしめる。
「リイナ、リイナ……!」
両親も、よみがえった娘の姿に我を忘れて飛びついた。

「アイズよ、良かったな」
後ろでレミイが、涙を拭きながら一家を見守る。
「良かったねえ、アイズ。……あっ!あの馬鹿!」
舞子がハッと、庭の真ん中に酔いつぶれていびきをかいて眠る真咲に気がつき、あわてて駆け寄る。
「んがあー、ぐううふふふ……」
人の心配をよそに、幸せそうなその顔。
「むかつく!」
舞子はグリフォンが抜けて、ただの酔っぱらいに戻った幼なじみをドカッと蹴った。
「ああ、情けない。ポチがいなけりゃ役立たず。アホ王子!」
グリフォンが乗り移った真咲は、数倍格好いいのにと思えば余計に歯がゆい。
舞子はずるずると真咲を引きずって、せっかくの再会を喜ぶ一家に水を差すまいと、家の中でひっそりと介抱をした。

23、

 翌朝、レミイは早々に目覚めると、ぐっすり眠る舞子を起こさぬように階下に降りていた。
すでにアイズの母親は起きているのか、キッチンの方からは食事を作る音がする。
昨夜8年ぶりに再会した娘の無事に、この一家はまるで消えていた灯がともったように明るさを取り戻した。
昨夜はあの後、皆でささやかに祝杯を挙げたのだ。
両親が妹の無事に嬉しそうに語り合う途中で、しかしなぜかアイズは静かに席を立ち、そして部屋へと戻ってしまった。
こうして無事に妹が帰ってきて、胸のわだかまりが解けても、深く傷ついたアイズの心はそう簡単には修復できないのかもしれない。
「難儀なことよのう……」
レミイはつぶやきながら居間に入り、妹がいた木の残骸が残る庭に出ると、朝靄の中のすがすがしい空気を胸一杯に吸って、大きく深呼吸をした。
「おや?」
頭上の火が、ポッポッと方向を指し示す。
そうっと覗き込むと、花の茂みの影に小さく開けた場所があり、そこにアイズが軽装であぐらをかいて剣を膝に置き、じっと瞑想している。
ピンとした空気がそこにあり、レミイは静かに身を引いた。

「レミイ殿。」

「あ、いや、すまぬ。邪魔したな。」
振り返ると、アイズが微笑み小さく首を振る。
「いいえ、もうそろそろ部屋へ戻ろうと思っていた所です。」
「そうか、お前は眠る暇もないのだな。」
レミイも笑い返し、そして引き返して隣に座る。
シンとした中、時々鳥のさえずりがささやき、息をするとすがすがしい。
しかしアイズは寂しい顔でうつむき、レミイに微笑んだ。
「この剣の重さに、私がいかに未熟だったのかを思い知らされました。しかし、すでに時間がありません。」
真咲と同様、アイズも小さな剣を握って生まれてきたらしい。
しかし母はそれを、人形に隠してアイズに持たせた。
その剣にどんな意味があるのか、両親には気味が悪いばかりで分かりかねたのだ。
今となっては、それが剣に守られて生き延びたリイナには功を奏したといえようが……
「うむ、しかし未熟者はわしも、そして王子も舞子も同じじゃ。時間はないが、今のまま立ち向かっても敗れる気がするのう。」
「はい」
どうするべきか、今はただ、時間が欲しいと思う。
幼少からグリフォンの証を肌身離さず持っていた真咲は、苦もなくグリフォンを操っている。
しかし、アイズはこの力のある剣と8年も離れていたのだ。
身体が自分の物だと訴えても、器が力とかみ合わない。
「せめて、この剣と波長が合えばもう少しは使いこなせるかと思うのですが……今の私では、お役に立てませぬ。」
役に立たないとはっきり言うアイズに、彼らしいとレミイがフフッと笑って彼の手に手を重ねた。
「よい、四人おれば道は開けよう。」
「しかし……」
「案ずるな、せめてお前なりとも何とかせねばな。」
レミイに何か手が浮かんだのだろうか?
アイズが顔を向けると、レミイがにやりと笑う。そして優しく微笑んだ。
「おぬし、両親がまだ許せぬか?」
彼女の言葉に、隠せぬ事とアイズが息を飲み、そしてうつむく。
「いいえ、ただ…………昨夜、喜ぶ両親と妹の姿に、自分の罪の重さを思い知りました。」
「お前に罪はない。何を言う。」

「私さえ……この家に生まれなければ……」
つい、口に出た。

ぺちん!

いきなりレミイがアイズの頬を殴った。
顔を赤く紅潮させ、頭上の火がボンと大きく燃えている。
呆然とアイズが頬を押さえて見ると、レミイの目から涙がこぼれ出す。
彼女もグリフォンの戦士、同じ経験をしてきたのなら、同じ思いを何度してきたのだろう。
「わしは、何も言わぬ。お前には語らずともわしの言いたいことはわかろう。」
「申し訳……ありません。」
うつむくアイズが、目を閉じて唇をかむ。
なんと不甲斐ない男だと、レミイは呆れたことだろう。そう思った瞬間、ふわりと柔らかな胸が彼の顔を包み込んだ。
気がつくとレミイが大人の姿で膝をつき、彼の頭を愛おしそうに抱きしめている。
驚いて顔を上げようとするアイズをギュッと引き寄せ抱いて、レミイが優しくささやいた。
「アイズよ、人は自分のために泣いても良いのじゃ。」

自分の……ために……?

恥ずかしさも忘れ、アイズがレミイの胸の心地よさに目を閉じる。
「アイズ、自分を理解する一番の理解者はおぬし自身じゃ。自分を責めてはならぬ。自分こそが一番自分を信じてやらねば、心の行き場を失ってしまおうぞ。
おぬしは、まこと厳しく、そして優しい男じゃ。騎士の中の騎士よ。」
息をつき、アイズがそっと顔を上げる。
レミイの赤い瞳とアイズの氷のような青い瞳が、吸い寄せられるように見つめ合った。
さやさやとさやぐ風が、二人の髪を揺らし朝靄を消し去ってゆく。
レミイが、優しくアイズの頬を手で包み込み、二人の吐息が解け合う。
顔を寄せて唇が触れあった…………瞬間。

「お兄ちゃん、何してんの?」

「ぅわっ!」
バッとアイズが顔を上げ、レミイの肩を突き放した。
うぬーっと、レミイが恨みを込めた目で振り返る。
そこにはリイナが、指をくわえてじいっと二人を見ていたのだ。
「リ、リイナ、おはよう。よく眠れたかい?」
アイズが焦りながら話しかける。しかしリイナは怪訝な顔で、じろっとレミイを睨んだ。
「お兄ちゃん駄目だよ、浮気しちゃ!お兄ちゃんは、リイナと結婚するんだから!」
「リ、リイナ、失礼なことを言ってはいけないよ。」
「いいもん!ベーーだ。」
ベローンとレミイに舌を出し、ゲシッと彼女に後ろ蹴りする仕草が誰かと似てる。
リトビアの女性では、まあ滅多にいない、このがさつな性格。
「そうか、似ているのは性格であったか。」
「はい、申し訳ありません。」
アイズが困った顔で頭を下げる。
「お兄ちゃん、行くよっ!レミイってば目が覚めたら、やたら腹が減るんだよ。」
「腹って、女の子はおなかがと言った方が……わっ、」
いきなりバーンと背を叩かれ、アイズが飛び上がった。
「お兄ちゃんってば大きくなってさ、すっごいかっこいいのに、性格は変わんないねえ。さ、メシだメシだ!」
「リイナ、メシじゃなくてご飯だよ……あ、あ、レミイ殿、失礼します。リイナ!」
アイズはすっかり妹に頭が上がらない様子で、グイグイ手を引かれて部屋へと戻っていく。
スルスルと小さくなりながら、レミイが呆れて大きなため息をついた。
「なんと、舞子にそっくりじゃ。あの、ガサツで凶暴で最悪の性格が……」
彼女の前に立ちはだかるこの妹は、なんだか二人にとって大きな障害になりそうな、そんなちょっと悪い予感がした。

24、

 朝の食卓は、昨夜とうって変わって清々しいほどの明るい食卓に変わり、アイズの両親も娘の姿を愛でるように眺めて微笑みが絶えない。
なるほど、この一家では突出して明るい性格の娘に、舞子達もアイズの妹とは思えず、気づかれないように首をかしげた。
リイナはさすがアイズの妹だけに、母親譲りの金髪碧眼に整った顔の美少女で、とても可愛い。舞子もそれに似てるなんて言われると、何だか嫌みに思われてすねていた。
しかし、今は一つの問題をクリアーしなければならない。二日酔いに頭を抱える真咲に、レミイがニッコリ笑った。
「さて、グリトー退治だが。王子よ、おぬしはアイズと共に試練に向かわねばならぬ。」
重い頭を抱え、真咲が嫌そうに顔を上げた。
「はあー?何だよいきなり。頭いてえ。」
「うむ、昨夜のおぬしは確かにグリフォンと同化しておった。あれこそが、おぬしの本来の力と感じたのじゃ。」
「そんじゃあ、酒飲むといいわけ?」
「まっさかー、倒す前にアル中じゃん。」
ジロリと締まらない真咲に厳しい目を向け、レミイが立ち上がって頭上の火を手に取る。
そしてついっとアイズの剣を指さした。
「アイズはこの剣と気が合うておらぬ。このまま戦っても、勝ちは薄かろう。王子よ、いかがする?」
「いかがするって、言われてもよう……」
「わらわが修行の場を作って差し上げようと申しておる。」
「えっ?!そ、それはちょっと………面倒くさいじゃん。」
「面倒くさいとな?困った王子よ。」
どうにも煮え切らない真咲にアイズがガタンと立ち上がり、そして真咲の足下に膝をつく。
そして、静かに頭を下げた。
「お供いたします。決して足手まといにはなりませぬ。」
真咲がうっと、苦手そうに頬を引きつらせる。
彼はどうも、膝をつかれるのは苦手だ。
「何か、それって足引っ張るかもしれないってこと?」
「私は騎士でございます。命を賭して主をお護りするのは騎士の務め。」
しかし渋い顔の真咲は、面倒だし無駄な努力何かしたくない。
今まで身体を鍛えるとかそう言ったことは、ことごとく挫折してきたのだ。
「でもお、俺ってほら、実際はポチが戦ってくれるんだしい。俺は命令するだけっしょ?いいんじゃない?別に鍛えなくてもさ。」
「こんぬおー」
ふぬけた答えの真咲に舞子が座っていたイスをブンと掲げ、両目を不気味にキラーンと輝かせた。

「まーさーきー、血い見せたろーかー?この腑抜け!!」

「わあっ舞子!行きます行きます!行かせてくださいっ!」
「よし、行ってこい。男を見せろ真咲!」
「は、はひ。ひぃーん、俺って不幸。」
ドキドキ、舞子はマジで殴ると思う。
首の骨折ってからでは、後悔しても遅いだろう。
レミイがホホッと笑いながら、手の中の火を離す。
「では2人とも身支度をするがよい。真咲よ、それが末期の水にならぬようにな。ホホ!」
「じょ、冗談じゃねえ。」
突然の展開に、アイズの両親が立ち上がる。
「一体、どうされるのですか?」
不安そうな顔は、ようやく親の顔に見えてレミイが微笑んだ。
「なに、案ずるでない。これは彼を死なせぬための試練。きっと女神ファラーナが力を貸してくれよう。」
死という言葉に、母親がドキリと胸を押さえる。そして後悔ばかりしている自分に耐えられず、泣きそうな顔になった。
「私が、その剣をちゃんと持たせなかったからですわ。この子に何も教えず、こんな大切な物だったなんて。」
生まれたときにはほんの小さな剣で、アイズは抱くようにして生まれてきた。
しかし、この辺境の人々がそれをどう思うかと考えると、人目を気にして産婆に口止めし、そして秘密裏に人形の中に隠したのだ。
アイズが立ち上がり、不安な母に頭を下げる。
そしてニッコリと微笑んだ。
「母上、おかげでリイナは助かったのです。これも私の騎士としての試練。どうぞお気に病むのはおよし下さい。国の人々のため、私は決して負けはいたしませぬ。」
ああ……と、母がため息を漏らし手を握る。そして願うように聞いた。
「アイズ、昔のように母さんと……呼んでくれないの?」
視線を落とし、アイズがフッと微笑む。そして母の手を離すと立ち上がり、背を向けた。
「お望みなら……いずれ。王子、異界に立つ準備をいたしましょう。私も、コートを取って参ります。」
「お、おう。おばさん、何か食う物貰ってっていい?」
「あ、はい。お待ち下さい。」
バタバタと、母親が目頭を押さえながら部屋を出て行く。
どことなくすっきりしない家族の溝を抱えたまま、そうしてアイズと真咲は試練へ行くことになった。



25、

 「舞子お、なあ付いて来ないのかよお。」
相変わらず弱気の真咲に、舞子がため息ついて首を振る。そしてピトピトと唾液で涙をつけた。
「真咲、立派な男になって帰ってくるのよ。あたし、ほどほどなら待ってるから。」
「ほどほどって何?」
「まあ、ほどほどよ。ピチピチの女は忙しいんよ。」
ひくひく、真咲の頬が引きつる。
「さて、参るか。」
椅子に座っていたレミイがトンッと降りて、皆でぞろぞろと庭に出た。
「どうか、ご無事で。」
「いってらっしゃーい!」
背負った袋には食料と水を詰め、真咲はジャケットを羽織り、アイズも騎士の白いコート姿。
すると、レミイがポケットから取り出したアイズの折れた剣のかけらに、舞子の手を重ねた。
「なあに?」
「お前の気を込めるのじゃ、助けになろう。」
そうして、ブツブツと呪文をかけてアイズに渡した。
「これを持ってゆくがよい。きっと力になろう。」
「この刃が?」
「これは今までお前の一部だった。かけらとなっても、お前と共にある。」
レミイからかけらを受け取り、アイズが彼女に頭を下げた。
「ありがとうございます・・レミイ殿、これを拾ってくださっていたのですね。」
カアッとレミイの顔が赤くなる。
もじもじワンピースの裾を握り、頭上の火をガシッとつかみ取った。
「気にするな、大したことではない。
よいな、道を開くぞ!」
レミイは両手で火をギュッと圧縮し、大きく弧を描いて手を広げた。

「我が友火の精霊よ!火の女神ファラーナの元へ道を開け!
精霊の国への門を、ここに開くのじゃ!」

ボンッ

火の玉が大きくふくらみ、それの中央にぽっかりと光る入口が現れた。
「わあっすっごーい。魔術っていつ見ても派手よねえ。」
舞子がうきうき飛び跳ねる。
「さ、殿下参りましょう。」
「う」
渋る真咲に、アイズがニッコリと一礼した。
「行ってらっしゃーい。」
「お気をつけて。」
「い、い、って、きます。」
見送りの言葉に、真咲が引きつった笑顔で返す。
しかし、入り口を前にして、上げた真咲の足が進まない。
「ふ、そんなこったろうと思った。」
すらりと背後から竹刀を取り出し、真咲の尻に向けてヒュッと風を切った。

「さっさと行けっつーの!」
バシイーーーンッ!

「ぎゃあっ!」
痛さと反動で、真咲が飛び上がりながら火の門に飛び込んでいく。
「では」
アイズもそれを追い、二人が入るとヒュッと火がかき消え門が閉じられた。
「はあー、行っちゃった。マジで大丈夫かな?」
舞子がレミイを見る。
「ファラーナはたいそう気むずかしい。
女神だけに嫉妬深く、男女で行くと機嫌を損ねるのじゃ。
しかし、若い男は大歓迎であろう、心配いらぬ。」
「そっか…………でもレミイ、あたしは本当に役に立つのかな?みんなの足を引っ張ったりしないかな?」
急にしょんぼりしぼむ舞子は、まだ自分に自信がない。
実際戦いになっても、みんなの無事を祈ることくらいしかできないのだ。
「舞子よ、おぬしの修行こそ祈る事じゃ。
何も出来ないのではない。見た目は地味でも、お前こそが我らの要ともなろう。
お前は気付いておらぬだろうが、お前が力に目覚めてからと言う物、我らは疲れを知らぬ。」
「え?そうなの?」
「アイズが気も合わぬあの剣を持って、あれだけ立ち回り出来たのもお主がおるからこそ。
かえってわしは、お主との気が途切れる異世界でのアイズが心配じゃ。無理しなければいいがのう。」
フウッとレミイがため息をつく。舞子が今度はニッコリと笑って言った。
「じゃあさ、あたし一生懸命祈るよ。レミイの分も。」
「ホホ、そうでなくてはな、あのかけらにお主の気を込めた。あれが上手く中継点になってくれればな。」
「あたしとアイズをつなぐ、アンテナね?」
「そうじゃ、さあ、行こうか。」
レミイはニッコリして舞子の手を取り、そして心配そうなリイナの頭を撫でた。
「さあ、無事を祈って美味しいジャムを作ろうぞ。大切な人のために、心を込めて。」
パッと舞子の顔がほころび、元気にうなずく。
「ジャム?」
不思議そうなリイナと手をつなぎ、舞子がグイと引っ張った。
「そうだよ!ジャムを作ろう!大事な人のために、ね、リイナ!」
「大事な……うん。」
それぞれの思いを込めて、無事を祈りジャムを作ろう。
私の元へ、帰ってくるあの人のために。
2人の消えた庭をあとに、3人は手をつないで部屋へと戻っていった。


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