桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

31、

「力のある剣だからこそ、鞘にも押さえる力が必要じゃ。」
ファラーナが姿を変え、また炎のドレスに包まれた姿に変わる。
すると家も炎にかき消され、一瞬でその場から消え去った。

「さあ騎士よ、我を信じ、我に身を任せよ。」

ふわりとアイズの元に行くと、愛おしそうにその長く赤い爪の生えた白い手でアイズの頬を撫で、そしてその手を顎へ、そして首筋のグリフォンのアザを撫でる。
じっとアイズは目を閉じ、為すがままに任せながらじっと耐えていた。

「あっ!」

するとその手が、ズブリとそのアザからアイズの身体に沈んでゆく。
そして手首までが身体の中に消えた。
「あっ!あっ!おばさん!」
真咲がゾッとして思わず身を引く。

「うあ、あああ、くうっ!ああああ……」

身もだえるアイズの肩を押さえ、不気味に笑うファラーナがズブリとアザから手を引き抜いた。

「ホホホホ!見よ!美しきグリフォンの戦士よ、これこそお前の剣!」

なんと首筋のアザからは、ファラーナが握るグリフォンの剣がズルズルと引き出されて行く。
身体中の力が分かたれるような、そんな感覚に捕らわれて違和感を感じながらも痛みはない。
やがてすべてが抜き取られても、そのアザには傷一つ無かった。
「アッ、アイズ、痛くない?大丈夫か?」
膝を折って息をつくアイズに真咲が駆け寄る。
しかしアイズは首を振って微笑みながら、ファラーナの手にある剣を見上げた。
「ああ、これが私の……」
ファラーナが掲げる剣は、以前より透き通るような刃が薄く鋭利となり、柄に輝くグリフォンの紋章が金色に輝いて見える。

「さあ、お前より生まれしお前の剣。受け取るがよい。」
「はい。」

そしてアイズがその剣を受け取ると、さらに剣は輝きを増し、神々しいほどに全体が輝いた。
「わあ!すげえ!アイズ、すげえ不気味だったけど、良かったな!」
じっとマジマジと剣を見つめるアイズの顔が、まるで、生気が戻ったように生き生きと輝いて見える。
軽々と一振りして、シャンと鞘にしまった。
「なんと軽い、信じられぬ。
ありがとうございます。これもすべて、ファラーナ様と殿下のおかげでございます。」
「いやあ、俺って別に……そうかなあ。」
しかし……おちんちん見せて、それのおかげと自慢する……なんて出来ねえよなあ。
舞子にきっとしばかれる。
「そうだ。おばさん、俺には何もないの?あれで満足してるか?って聞いたじゃん。」
「ほほ!それは戦いの時にわかろう。お楽しみじゃ。
おお、そうじゃのう、可愛い物を見せてくれた礼に一つ教えてやろう。」

か……「可愛い……って、何?」

パッと股間を押さえる。まさか、小さいって事なのか?いや、俺のは並のハズ。
何だか真咲は合点がいかない。
しかしアイズはきりっと聞き漏らさなかった。
「それは、何でしょうか?」
「ホホ、わらわに口づけしてくれたら言うてもよいぞ。」
んっと赤い唇を二人に突き出す。
「ご……ご冗談を。」
ひくひく、アイズの微笑みが引きつった。
「マジでしても、いいっすか?」
真咲が手を出しチューのポーズ。

「うーそーじゃー」

ファラーナがベ〜ッとベロを出して返した。
「ちぇ、やっぱウソか。」
ファラーナが、微笑みながら優しく語りかけた。

「良いか、グリトーを味方につけよ。」

「は?」
二人が呆然と顔を見合わせ、そしてファラーナを見た。
「あのー、俺たちグリトーっておっさん倒しに行くんだけど。」
「それは、どういう意味と捕らえればよろしいのでしょうか?」
2人の問いにファラーナはただ微笑むばかりで、辺りが熱の無い炎に包まれていく。
そして視界が次第に炎に消えていった。
「ファラーナ様!どうかお答えを!」

「良い、心に留め置け。真の敵を見極めるのじゃ。また会おうぞ、さらばじゃ。」

「あ、あ、おばさんありがとう!」
「このご恩は……」
ゴウッと二人の姿が炎に包まれ、そして炎に巻かれてどこかを飛んでいるような浮遊感に捕らわれる。そして次の瞬間気がつけば、村の近くの森の中にいた。

「…………あ、あれ?」

真咲がキョロキョロ見回す。
「どうやら帰ってきたようです。」
アイズはそう言いながら、シャンッと腰の剣を半分まで抜いて確かめた。
以前とまるで違うその存在感に、ホッと胸をなで下ろしその煌めきに見とれる。
日の光に反射して、刃がまるで太陽が宿ったように光り輝いていた。
「どう?いい感じ?」
「え、ええ、ようやく自分の剣になったようです。これなら勝てる自信があります。」
その言葉に、真咲はちょっと背が寒い気がした。
「ひえー、アイズが勝てるなんて言ったら、何か怖いなー!敵無しって感じじゃん。」
剣を戻し、フフッと笑う。
「さあ、戻りましょう。一刻も早く旅立たねば。」
「うん、俺もやる気出た。がんばるぜ。」
にやりと指を立て、バンとアイズの背を叩く。
しかし、真咲の心に一つ引っかかっていた物があった。
「あ、そうだ。なあ、俺のって小さいと思う?」
「は?何がでしょうか?」
何って聞かれても困るのだが、そうっと股間を指さす。
見る間にカアッとアイズの顔が赤くなった。
「あの、あの、私にはよく、わかりかねますが……申し訳ありません。」
うむーと真咲がアイズの腰を見る。
アイズは慌てて後ろを向いた。
「ま、いいか。嘘つきババアの言うことだし。
行こうぜ!」
「はい!」
そして二人、舞子とレミイの待つ家へと駆け出した。


32、

 翌日、4人は混沌の森へと旅だった。
心配そうなアイズの家族に、アイズは何も語らず、ただ頭を下げて背中を見せる。
しばらく歩いて山道を歩いていくと、次第にそこは人もほとんど通らなくなってしまった今、荒れ果ててようやく道を確認できた。
「ちゃんと行ってきますって、言えばいいのにさ。ほんと根暗なんだから。」
舞子がブツブツつぶやいて、ビュンッと竹刀を振り回す。
「舞子—、危ないから振り回すなよー。」
真咲は最近、条件反射で舞子が竹刀を振り回すとドキドキする。
竹刀は叩かれると、すんごく痛いのだ。
出来ればアイズに柄の根元から切って欲しい。
「良いではないか。アイズもちゃんとわかっておる。」
「わかってても、言葉にしなきゃねー。
ねえ、封印って、実際はどうするの?」
「うん、古文書によれば、『聖なる金のよりしろに、封印の戦士が力を託し、泉へと魔を封じた』って内容みたいなんだ。昔の神官が残した文書だけど、一度水害にあってよく読めねえんだ。」
「聖なる金って、真咲のネックレス?」
「だろうなあ。これにみんなの力を合わせてさ、泉に投げ込むのかなあ?」
チャリンと真咲が胸元から取り出してみせる。
「古文書とは、大概がもやっとした書き方じゃからのう。わしも魔術の勉強では相当苦慮したぞ。」
レミイが腕を組んでため息をついた。
しかし、ここまで来てやらねばならないのは変わりない。
「ファラーナもグリトーを味方にしろなんて、訳わからんこと言うしなあ。」
「とにかく行ってみるしかないねっ!」
うんと、お互い顔を見合わせうなずき合う。
しかし空を見上げ、アイズが深刻そうに言った。
「混沌の森へは、このぶんでは夕方になりそうです。一番悪い時間になるかもしれません。」
「嫌なことは早く終わらせたいって感じだぜ。何か一気に空でも飛んでいけたらなあ。」
つぶやくと同時に、真咲の胸が突然輝いた。
「わあっ!な、なんだあ!」

「真咲!」

舞子の声が、急に遠く足下から聞こえてくる。
見回すと、真咲の身体は翼を広げるグリフォンと重なって、ぽっかり空の上に浮いていた。
「なんだ!なんだあっ!ぎゃああ!怖い!怖い!怖い!俺、高所恐怖症なんだよお!」
「真咲!降りろって言うんだよ!真咲!」
下では舞子がピョンピョン跳ねながら、手を懸命に振っている。
下を見てくらくらしながらどうにも動けないでいると、足下のポチが「ガウ?」と振り向いた。
「あ、そか。ポチ、下に降りろ。」
ふわりと舞って、ポチが真咲の身体と重なったまま下へ降りてゆく。
舞子が駆け寄り、透き通って見えるグリフォンへ手を伸ばした。
「すっごいじゃん!真咲空も飛べるようになったんだ!」
「え?えーと、そうみたい。……す、すごいだろ!」
一応自慢する。
「そう言えば、以前真咲と二人でポチの背中に乗ったことがあったよね。今は?」
「さあ、どうだろう。」
舞子の手には、ポチの背を感じる。
ポンポンと撫でると、レミイ達を振り向いた。
「乗れると思うよ、レミイ。でも、4人はどうかな?」
「わしはフライトホースに乗ったのは、ずいぶん子供の頃じゃ。自信がない。」
自信家のレミイが意外と尻込みする。
人間、地に足をつけていないのを不安に感じるのは当たり前だろう。
アイズが彼女に、大丈夫と肩を叩いた。
「私は、騎士としてフライトホースの訓練を受けております。レミイ殿は私に捕まっていればいいでしょう。4人乗れればの話ですが。」
「今の大きさじゃあ、2人が限度かな?真咲、4人乗れるくらい大きくしてよ。」
「ううっ、俺、飛行機嫌いなんだよお。」
「あら、大丈夫よ、あたしが目隠ししてあげる。」
「それって問題解決になってないじゃん。」
「いいのよっ!ほら、さっさとでかくして!ポチにはアイズの言うこと、ちゃんと聞くようにしっかり命令すんのよっ!」
「へーい。うう……俺って可哀想。」
「真咲、カツ入れてやろうか?」
舞子がグッと竹刀を握りしめる。
「待て、舞子!お、おうっ!俺はやる気だぜ!ポチ!」
真咲がすくみ上がってピンと背筋を伸ばし、パンとポチを叩いて命令する。
そうして4人は、混沌の森へと飛んで行った。

33,

 空を飛んでいくと、その一帯だけが灰色になり、空も何だかどんよりと光を寄せ付けず薄暗い。
遠く森の中央には、まるでコールタールのような真っ黒い水をたたえた泉が光さえ反射するのを忘れてどんよりと見える。

4人は、とうとう、目的地まで来てしまった。

「うわっ、すげえ荒れてるなー。」
「これが広がったらと思えば、確かにゾッとするね。」
「じゃからこそ、わしらはそれを止めに来たのじゃ。」
「殿下、泉から少し離れた所へ降りましょう。ひっそりと近づいた方が得策かもしれません。」
「お、おう。任せたぜ。」
「では」アイズがポチのたてがみを引き合図する。しかしグイッと脇からレミイが顔を出した。
「弱気でどうする!奇襲じゃ!ポチ行け!」
「わっ!レミイ殿!お待ちを!」
レミイがアイズの脇から手を伸ばし、グイッとたてがみを引いた。

「ガオオンッ!」

「ええっ!そんな、いきなりかよっ!」
ヒュンと風を切って、ポチが一息に泉へと向かう。
しかし泉の周辺へ近づいたとたん、バリバリと放電のような衝撃を浴びて、はじき飛ばされた。
「きゃっ!」
「ポチ!着地だ!降りろ!」
ザッと地に降り立つと、アイズが飛び降り剣を抜く。
レミイも追って降り、ぬうっと大人の女性へと変わり火を呼んだ。
「あたし、どうしよう真咲。」
「お前は俺の後ろにいろ、離れンなよ!」
「うん。」
舞子は真咲の後ろで両手を合わせ、皆の無事を願ってひたすら祈る。
じりじりと、4人は緊張しながら泉へと近づいていった。
ザッと踏み出す土は、灰をまいたように白く煙を巻き上げ、そして重苦しい空気には硫黄のような臭いと腐った水のような臭いが立ちこめている。
その何とも言えない不快な様子に、舞子がたまらず鼻をつまんだ。
「うう、くっさーい。頭痛くなっちゃう。」
「くそー、何か集中できないぜ。」
真咲もたまらない様子で他の2人を見る。が、アイズとレミイは飄々としている。想定内のことかも知れない。
「障気か、地獄の臭いがするのう。」
辺りはシンとして、魔物の気配もない。
そっと泉に近づくと、真咲がギュッとグリフォンのネックレスを握る。
「これ、ここに放り込めばいいのかな?」
真っ黒な泉の底から、キラリと金色の輝きが反射する。
「あ、あれ?あれが昔の封印?」
「どれ?」
舞子が指さすと、真咲が身を乗り出した。
「殿下!いけません!」
「わっ!」グイと真咲が肩を引かれ、尻餅をつく。

バシャアンッ!

「うわっ!」
目の前に、水が立ち上って真咲を捕まえ損ねた。
「わあっ!水が!」

ザザザザッッ!!ザンッ!

泉の水面が渦を巻き、中央が波立つように立ち上がる。辺りに飛び散ったその無数の水滴の一つ一つが黒い甲冑姿の兵士に変わり、それぞれが音を立てて剣を抜いた。
「出た出た!ラスボス出たぞ!」
「ほほほ!まこと楽しやのう!」
身構える4人の前で、兵士の後ろには大きな水の固まりが立ち上がったまま渦を巻いている。
やがてそれはザアッと人の形を取り、水の中から十数人もの少年が現れ、水面に立ち上がった。
「また出た!黒アイズ!」
アイズの力を生き写したそれは、さすがにアイズも手間取ったほどの力を持つ。
黒い髪、黒い服のアイズが揃い、シャンッと剣を抜いた。
「またか、不快な。」
苦々しい顔で、アイズが唇をかむ。
「わお、すげえ、アイズがいっぱいじゃん。」

『希望無キ、死ヲ』
『ウオオオオオオオ!!』

黒アイズ達の言葉を合図に、兵士達が雄叫びを上げて向かってくる。

「明日の為に道をあけて貰うぜ!ポチッ!」

真咲が、足下のグリフォンをパシンと叩く。

「グガオオオオオンッ!」

咆哮を上げポチが兵士を蹴散らし、吸い込むように頭から丸飲みしながら黒アイズに向かう。
「ホホ!ファラーナの統べりし炎よ、我が身を聖なる炎で包め!我が盾となり、剣となって魔を滅ぼすのじゃ!」
呪文と共に大人の姿になったレミイの身体は炎に包まれ、炎の鎧を身にまとう。その手には炎が盾となり、そしてもう一方の手には炎の剣が握られた。
「ホホホホ!消えたくばかかって来るがいい!」
ブオン!ボオッ!
うなりを上げるその炎の剣に、命知らずの兵達が思わずひるむ。レミイは果敢に立ち向かい、魔物を焼き清め、そして消し去っていった。

 シャンッ!カインッ!キンッ!

剣を合わせるアイズは難なく兵士を切り倒し、そして3人の黒アイズと向かい合う。
ニイッと笑う自分の顔にフッと息を吐くと、無心で切っ先を下げた。

ヒュッ!ヒュンッ!

一人の黒アイズが上段から振り下ろし、もう一人が右から剣を振る。
アイズはスッと右へと身体を流し、と瞬時に振り下ろされた剣を弾いて、そのままドッともう一人の首を落とした。
首を落とされた黒いアイズが、ボワッと一瞬で燃え尽き灰になって消える。
更にグッと突いてくる切っ先を剣で受け流し、ザンッと胴を切り裂く。
切り裂いた刹那、剣が光を放ち、切られた黒アイズはやはり燃え上がって消えた。
「燃える?」
兵士が振り下ろす剣を受け、ドッと首を落としてフッと笑う。
「そうか、ファラーナ殿の……」
冷たい剣に、火を点してくれたのだ。ファラーナが。
剣の威力は、魔物を光で燃やし尽くす。
微笑むアイズに、兵士が数人束になってかかってきた。
『おおお!』
「ハッ!」ドシュッ!キンッ!バサッ!
アイズの太刀が、軽く舞うようにひらめく。
軽い足取りは疲れを知らず、体の芯に舞子の暖かさが流れ込んでくる。
キッと顔を上げる残された黒アイズは、気を取り直したようにアイズと鏡合わせに同じ姿で構えた。

「人は変わるのだ。そして剣も。お前は昔の私でしかない。」

構えるアイズに、横から兵士が斬りかかる。
「フッ」一息吐くと同時に兵士を切り裂くと、隙を見て黒アイズが飛びかかる。
ビュッと、互いに上下へと剣をひらめかせ、しかしそれは一瞬アイズが早かった。
ドッと胸から肩口を切られ、それでも剣を翻す黒アイズに、とどめとばかりにアイズが首を落とす。
『オオ!』
首を落とされながらビュッと投げる黒い剣をはじいて受け止め、燃える黒アイズの胸に突き立てた。

「消えろ!」

するとその身体は、燃え尽きながら黒い煙となって消えた。
舞子がいることで、3人は疲れを忘れたように戦い続け、兵士が次々と消されていく。
やがて残った3人のアイズが焦ってうなずき合うと、一所に集まりその身体は闇となって一つの塊になった。
「殿下!」
「下がれっ!こやつ変化するぞ!」
その身体はむくむくと泉を越えるほどに巨大に膨れあがり、黒いうろこを鈍く光らせ大きなトカゲのような姿となり、べろりと長い舌を出す。やがてその背からはバサッと大きな羽が生え、ギョロリと赤い目を真咲達に向けた。

「これは!ドラゴンかっ!」

黒いドラゴンが4人をジロリと見てほくそ笑み、そしてグッと息を飲む。
一瞬動きを止めると、真咲に向けて口を開いた。
『カアアアアアッ!』
それは、火ではなく黒い煙。
反射的に避けるグリフォンと共に、真咲が舞子を連れて飛び上がる。
「真咲!」
避けながら振り向くと、黒い煙に触れた所がブスブスと腐ってゆく。

ドスンッ!

ドラゴンが一歩踏み出し、シッポを大きく振った。
ビュオオオオオ!
風を切って向かってくるそれを避けて、アイズとレミイが飛ぶ。
アイズがトンッとシッポに足を付き、更に高く飛び上がると、ドラゴンの背を首に向けて走った。
大きく掲げる剣に向け、レミイが炎の剣を向ける。
「我が友ファラーナよ!グリフォンの戦士に力を貸せ!」
ゴオッと渦を巻き、炎の剣から吹き出す炎が、アイズの剣にからみつく。

『カアアア!』

ドラゴンが自らの背に首を回し、アイズに向かって黒い煙を吐いた。
ビュッと飛び上がり、アイズが避ける。
「ポチッ!」
「ガオオオオオウ!」
隙の出来た首に、ポチが噛み付きギリギリと引きちぎってゆく。
『ウガアアア!』

「ヤアッ!」

苦しむドラゴンの頭に、飛び上がったアイズが渾身の剣を突き立てた。

カアアアアッ!
ボワッ!ゴオオオオ!!

目もくらむような光が剣からあふれ出て、ドラゴンの身体が燃え上がる。

『ギャアアアア…………!!』

ついにボロボロと、大きな体が灰となり崩れ去っていった。
「やり!グリトー倒したのかな!」
舞子が真咲にしがみついて声を上げる。
しかし、灰となったドラゴンを前にしながらも、どこか納得できない。
長年国民を苦しめ、そして自分たちの人生までも狂わせてきた相手が、これほどまでにもろいのか?
辺りはシンとして、泉も黒い水をたたえている。
「あとは、このネックレスを泉に落とせば終わりかな?」
真咲が首からはずそうとするネックレスを、レミイが止めた。
「待て!まだ油断してはならぬ!」
「何で?倒したじゃんか。」
警戒を解かないレミイに、真咲が怪訝な声を出す。
「レミイ殿、私の剣が……」
アイズの剣が、小さく震える。

チーーーン…………
チィィーーーン………
リィーーーーン…………

「あっ!俺のも鳴ってる!」
次第に澄んだ音を放ち、それが真咲のネックレスと反響する。

リリリーーーーーーーーーーンン

びりびりと、胸まで震わせるその音が、やがて泉の表面にさざ波を起こした。

ザザザザザザザ…………

「な、なんだあ!」
波立つ泉が突然、ザアアッと水面が分かたれていく。
やがて、そこには道が現れた。
さざ波の中を、まるで4人を迎え入れるような道に、皆息を飲む。
それぞれが顔を見合わせ、思わず戸惑って足が出ない。
「どう……しよう……」
真咲がつぶやき、アイズを思い切り困った顔で見る。
しかし、アイズもすぐに言葉は出なかった。
「グリフォンの力による物か、それとも罠か…………わかりかねます。」
ポチは、じっと真咲の命令を待っている。
しかも、その姿は次第に薄く、真咲にとけ込むように消えてしまった。
「あっ!おい、ポチッ!」
「やだ!ポチッ!ちょっと!何で消えるの?ねえっ、真咲、ねえっ!」
グイッと舞子が真咲の襟首掴んでがくがく振る。
「わ、わ、わかんねえよお!」
振り回されて目が回った真咲が、よろよろ後ろによろけた。
「とにかく、参るしかあるまい。のう、アイズよ。」
アイズがうなずき、そして足を踏み出す。
「ヒョー、やっぱ入るの?こえーなー。」
ゾオッとする身体にむち打って、真咲が舞子の手を引きそのあとを追う。
最後を警戒しながらレミイが護りながら進んだ。

34、

 水の壁は光を失い、まるで闇の底に降りている気がする。
それほど深い泉にも見えなかったが、道はどんどんと底へ向かう。
相変わらず剣とネックレスは音を潜めながら鳴り続け、それがなぜか心を支えてくれていた。
「殿下、光が……」
アイズの示す方向に、キラリと光が漏れ出ている。
それは、あの地上から見えた光とも違い、どんよりとセピア色した、生気を感じさせない鈍い光だ。
警戒しながら進む一行がやがて光の中に進むと、そこには巨大な城が空の水面に向けてそびえ立ち、真咲達の到着に合わせて巨大な石の門が独りでに音もなく開いた。
「うわあ、何か俺ンちとそっくし。」
「バカ、あんたの家はちっこいじゃん。」
「こっちの世界の城だよ、あれ、一応俺ンちだし。」
「あ、そっか。あんたこっちじゃセレブよねえ。」
何となく、抜けた話で気持ちを和らげる。
アイズが先を行くと、無人の城は誘うように次々とドアが開いてゆく。
やがて玉座らしい所へとたどり着くと、数段高い所にある豪奢な椅子には、一人の少年が座っていた。

「ようこそ、従兄弟殿。我が城へ。」

聞き覚えのある声に真咲が怪訝な顔で見上げ、そして驚いた。
それは、頬に広がるそばかすが特徴の、真咲の従兄弟ヴァリントだったのだ。
「バリント、どうしてここに?」
「ヴァリントだ!お前は本当に頭が悪い!何度言ってもバリントとしか言わないな。」
腹立たしそうに立ち上がり、そして諦めたのかドスンと座る。
「まあ、昔から頭は悪いわねえ……」
舞子が、ぽつんと漏らした。
「お待ち下さい!これはどういう事か、ご説明願えるか?」
アイズが険しい顔で前に出る。
彼はいまだ抜刀したまま、鞘に収めず気を許さなかった。
「無礼だろう?私の前では剣を納めよ。」
「いいえ、納得できるまではお許し下さい。」
「頑固な騎士殿だ。私は囚われの身というのに。」
急に頭を垂れて、悲しそうな声に変わる。
「君達が出立してから、私は魔物に捕らわれてここに連れてこられたんだよ。ずっと助けを待っていたんだ。
君達は強くなった。魔物達が数でかかっても、びくともしないじゃないか。
真咲、君は僕の誇りだよ。
さあ、グリトーは死んだ。皆で城に帰ろう。」
立ち上がって誇らしげに手を差し伸べる。
「あ、ああ、そうだったのか。良かったよ、バリント。」
真咲が前を進もうとして、アイズに止められる。
アイズはスラリと剣を立てると、柄にあるグリフォンの紋章をグッと額に当てて目を閉じた。

リイイィィィィィーーンン…………!!

共鳴が大きく響き、アイズの手がしびれるほどに剣が訴える。
「殿下、惑わされてはなりません。」
大きな覚悟と共に、アイズが確信を持ってつぶやく。
「アイズ、でもあれはバリントだよ。」
「剣が違うと申しております。あれこそ魔物だと。」
真咲の胸の中で、呼応するようにネックレスが大きく鳴り響く。
「真咲!違うって言ってるよ!きっと違うって。アイズのお父さんだって、そうだったじゃないか。それにこんなところで一人なんておかしいよ!」
確かに辺りに魔物の気配はなく、この広い城にただ一人。



レミイがクスリと笑って、同情するかのようにつぶやいた。
「魔物にふさわしき城よ。王とは、人々に敬われ、慕われてこその王。
魔をその手で生み出そうと、その方一人で王だと叫いても誰も付いてくる者はおるまい。」

「ククッ、クククク…………アハハハ!」

ヴァリントがクスッと吹き出し、少年らしい高い声で笑い出した。
「あはははは!なるほど。しかし恐怖で人を操ることも出来よう。城のすべてが魔に覆われ、人々はその手に剣を持って戦うのだ。
私のために!」
「やはり、殿下!」
サッとアイズとレミイが真咲と舞子を守って立つ。
「では、グリトーはどこにいるのだ!」
アイズが叫んだ。
ヴァリントが椅子の肘掛けに座り、スラリとした腕を伸ばすと真咲達のいる床を指す。
「その、下だよ。グリトーは。」
「下?じゃ、じゃあ、封印は?」
「封印?そのような物、初めから無い。君達が封印だと思っていたのは、グリトーの身体の一部さ。彼は金色の身体を横たえ、そのずっと地下にいまだ安らかに眠っている。もう目覚めることもあるまい。
だから、ちょっと利用させて貰ったのさ。
そうだな、あれを封印と言わないこともない。
グリトーの中に封印するような物か。
いつの世も伝説というのは、口伝ごとにほんの少しずつ微妙に変わってゆくものだよ。
いつの間にかグリトーという名は、『恐れ敬え』と言う部分の、『恐れ』だけが一人歩きしてしまった。
人間は、愚かな物だ。
グリトーの上に座する、我こそが魔であるというのに。
ははははははは!ああ、面白い。」
「こいつ!だましたな!むかつくぜ!」
憤る真咲に、フンと息を吐きヴァリントが足を組む。
ククッと口の中で笑いを漏らしながら、苦々しい顔で真咲を睨んだ。
「目障りな物だ。私が、どれほどの年月をかけて周到に準備したと思うかね?
現王に子供が出来ぬよう呪をかけ、グリフォンのアザが出来た子が生まれたと聞いては、忌み嫌われるように使い魔を送った。」
ビクンとレミイとアイズが顔を上げる。
「上手いこと王族の腹に入り込めたのはいいが、残念なことに王弟の妻の腹だ。
さすが城はいい魔道師殿がいる。」
「お前!人間じゃないのか?本当に叔父上の子じゃないのか!」
ゾッとしながら真咲が、アイズの後ろから声を上げる。
ずっと彼を従兄弟だと思い、時には頼っていたのに、まさかそれが…………
「ヴァリントだよ、従兄弟殿。
君が生まれたのは予想外だ。いや、君達、と言うべきか。
グリフォンなどと、一体どんな力が働いたのかね?
こちらこそ聞こう。君達は、何者だ?」

何者?
俺たちは、一体何者だ?

ヴァリントの言葉に、真咲とアイズの心がすくわれ隙が出来る。
しかし、その一瞬を、舞子は真咲に後ろから抱きつき、そしてレミイはアイズの手をギュッと握りしめた。
ハッと2人が顔を上げ、そして舞子とレミイの顔をそれぞれ見つめてうなずき合う。
そして、キッとヴァリントをにらみ返した。

「「俺たちは、国を救うために生まれた!」」

二人が声を合わせる。
しかしヴァリントは、フンと顔をそらした。
「くだらぬ、くだらんな。」
「叔父上は……叔父さんは知っているのか?!」
その問いに目を見開き、そして細めるとニイッと笑う。
その邪悪な顔に、以前の面影はみじんも感じられなかった。
「父か、フフフ……志の低いくだらぬ男だ。王の右腕に満足し、どんなに誘惑しようと王の暗殺には手を染めようとはしなかった。
もう、すでに用はない。」
「黙れ魔物め!!叔父さんを悪く言うな!」
「目障りだ、消えろ。」
ヴァリントの気が、高まるのが見えた。
何か、得体の知れない力を感じる。
グッと拳を握る真咲の前で、アイズがいきなりダッシュをかけた。

35、

先手をかける!

「お覚悟!!」

ビュッと飛び上がり、ヴァリントへ向けて剣を振り下ろす。
「フン。」
いちべつしたその目が、不気味に輝いた。

ブオオオッ!
「ぐあっ!」

ドッとアイズの体に大きな衝撃が加わり、抗う術もなく大きく吹き飛ばされていく。
「死ね。」
とどめとばかりに、ヴァリントがアイズに向けて手を斜めに切った。
「炎よ!愛する者を守れ!」
レミイが飛び出しアイズに向かいながら、火の固まりをアイズの盾に送る。

ボンッ!

炎の盾が飛散して、なおもアイズに向かうその力に、レミイがアイズの身体を抱き留め盾となった。

バシュッ!!!
「うあっ!」

レミイのワンピースの背が、大きく裂ける。
「レミイ!アイズ!」
舞子が駆け寄り、二人に癒しの力を送る。
「くそう!ポチッ!なぜ出てこない!グリフォン!」
ポチのいない今、真咲にはどうすることも出来ない。
「王子よ、この国は私が貰い受けよう。だから、ここで死んでくれないか?」
ヴァリントが、ゆるりと手を向ける。
スラリと伸ばす手から、黒い煙が大きく広がった。するとどこからともなく吹いてきた風に煙が巻き、そして部屋中を竜巻のように巻き上げてゆく。
「きゃあ!きゃあああ!」
「わあっ!息が!」
息が出来ない!
黒い煙は4人を巻き込み、空気をどんどん吸い上げていく。
レミイの火もかき消えて、ぐらり、真咲の身体が揺らぐ。
舞子がグッと手を組んで、苦しい中で懸命に祈った。

お願い!お願い!
なんでもいい!なんでもいいの!助けて!
みんな、みんながんばってるんだよ!
誰か!グリフォン!

舞子の胸が、次第に熱くなる。
巻き上げられて足下がふわりと舞い上がったとき、真咲や舞子の、そしてアイズやレミイのグリフォンが輝いた。

「わあっ!」

真咲のネックレスがふわりと宙に舞い上がり、他の3人それぞれのグリフォンから光がそれに放たれる。
その輝きが一層強く部屋中をまぶしく照らし、ネックレスが弾けて四散する。そして部屋中を、その光で満たした。
「あ、床が!」
突然その輝きが呼び覚ましたように、床に敷き詰められた石の隙間から、金色の光が漏れてくる。
「まさか!グリフォンの戦士とは、こういう事か!おのれ!一人でも欠ければ・・」
ヴァリントの顔が険しく豹変し、髪が逆立ち背に黒い翼が生える。魔物となりかぎ爪も鋭いその手の中に黒い弓を生み出し、ヒュッと舞子に向けて打った。

ガラガラガラ!
ブオッ!

床の石をはじき飛ばし、大きな金色の翼が現れ黒い弓をはじき飛ばす。
「ちぃっ!まさか!目覚めたのか?!」
魔物が恐れおののきながら後ろに下がる。
「あ、あ、あ、あああっ!!」
足下からはボコリと大きな背中が現れ、そして4人を載せたまま立ち上がってゆく。
やがて豪奢な金のたてがみが大きくなびき、突然ガクンと下がると大きく背をそらした。


「グウオオオオオオオオンン!!」


「ひゃあ!」
耳をつんざくほどの咆哮に、思わず耳を塞ぐ。
「グ、グリトーッ!!」
魔物が悲鳴を上げて窓へ向かい、外へ出ようとふわりと飛び立つ。

バサッ!「ギャッ!」

しかし、それをバサリと翼で遮って玉座へと叩き付けた時、真咲達の頭に澄んで雄々しい声が響いた。

『我は、グリトー』

「グ、グリトー?まさか!」
背から見ても、横顔も姿もすべてがどう見てもグリフォンだ。
アイズが、愕然と顔を上げた。
「グリトーとは、グリフォンなのか?!」
言い伝えがどこでどう間違ったのか、ただ言えることは確かに国の守り神はグリフォンなのだ。

『マスターよ』

「マ、マスターって、俺?」
煮え切らない真咲に、舞子がゴッと肘鉄を食らわせる。

『我がマスターよ!命(めい)を!』

ハッと首を巡らすと、魔物は羽ばたきながらすでに窓から外へと逃げ出している。
真咲はグイッとたてがみを引き、最初の命令を叫んだ。

「グリフォン!ヴァリントを救ってくれ!」

『承知』

グリフォンは大きく翼を広げ、彼を追って城を崩し水面を目指す。
ドドドッと音を立てて崩れていく城は、人々の苦しみの終わりを表しているようだ。
やがて泉の水面をザバンと飛び出すと、キラキラと輝く水面が、昔そうであっただろう美しく澄んだ泉へと戻っていた。
「見て!グリちゃんが飛んだ所が!」
舞子が指す所を見ると、すっかりグレー一色だった場所がグリフォンの光を浴びて色を取り戻している。
枯れ果てた樹はそのままだが、これなら元に戻るにも時間はかかるまいと思えた。
「グリフォンは、すべての魔を清めておるのじゃ!」
やがて追って行く魔物の後ろ姿に追いつき、風を巻いてグリフォンが一つ息を飲む。次の瞬間、

グオオオオオオオオ!!!

口から吐き出す巨大な火の固まりが、魔物へと向かってゆく。
「ギャアアアアアアア!おのれ!」
火だるまとなり、苦しむ魔物が最後とばかりに黒い煙で黒いドラゴンを作り出す。
「行け!たかが獣一匹、我が力を示せ!」
「シャアアアアア!!」
魔物の指示を受け、トカゲのような顔からあの溶解させる毒煙を吐いて向かってきた。
「フッ!」
グリフォンが一つ息を吐き、風を起こす。

ビュウウオオオオオオッ

すると瞬く間にドラゴンも、吐く煙も吸い込まれ、ムシャムシャと食べてしまった。
「うおっ!やっぱ悪食かよっ!」
ポチの巨大版は、やっぱり見てて不気味。
「おのれ!我が長年をかけた陰謀、これで終わらせてなる物か!」
再度黒い煙を呼び、しぶとく力を使おうとする魔物に、とどめとばかりにグリフォンが火を吐いた。

ゴオオオオオオオオ!!!

「ヒ、ギィィアアアア…………」

黒こげの魔物がフラフラと落ちてゆく。
「バリント!」
真咲はグリフォンをそこへと急がせた。

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