ダーク・ホーリーシリーズ

すべて短編です。
ホーリーは、北の黒い森の魔女の息子。
はたして彼は、魔物か人間か?
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>>ダーク・ホーリー 雪夜の晩餐
>>ダーク・ホーリー 黄金色の星空
>>ダーク・ホーリー 黒い森の館
>>NEW! ダークホーリー 誓いの指輪
初期作品(初期設定)
>>呪いという名の想い(イラスト付き)
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お礼に掌編掲載しています。
掌編は、現在連載中の赤い髪のリリス関係となっています。

ダーク・ホーリー

誰からも恐れられる、北の黒い魔女、その息子ホーリー。
ある日ホーリーが散策中、男達に追われ迷いの森へと逃げ込んだ少女テリアと出会う。
彼女は北の魔女の元へ連れて行かれる途中だと嘆くが……
果たしてホーリーは、魔物か魔法使いか?

 どんよりとした暗い北の空に、長い冬の訪れを感じて大きく息を付く。
見回すとこの間まで美しく青々とした草原は枯れ、その向こうには紅葉した葉が落ちている木の森が広がっていた。
ヒョオオオオッ
強い風が吹き、小さな少年ホーリーの黒髪が風になびいて顔にかかる。
黒衣に茶色の葉が張り付き、それを取ってクルクル回した。
「冬・・か。」
誰もいないこの土地で、生まれたときから母と2人暮らし。
人と関わることを嫌う母は、北の果ての魔女、北の黒い魔女などと呼ばれ、恐れられている魔女だ。
ホーリーも生まれたときから、魔術は当たり前のように生活の一部。
見かけは10歳前後だが、本当の年齢は一体いくつだろうか。大切にしている指輪の為に、彼は成長を止めている。
魔女の息子として、魔法を極める彼も、時々こうして母と暮らす家を出て、息抜きに外の世界を散歩するのが楽しみの一つだった。
突然、ピョンピョンと茶色のうさぎが走り去ってゆく。
フッと微笑んで、木の実でも取っていこうかと森へ歩き出したとき、人の気配を感じた。
この辺りに人が来るのは珍しい。
狩人はたまに見かけるが、風に混じって聞こえてくるのは女の泣き声。
ホーリーが立ち止まり、じっと目を閉じ空を仰ぐ。
パッと東に目をやって身体をブルッと震わせると、ホーリーはブツブツとつぶやき、その姿は次第に黒いカラスへと変貌した。
バササッ!
東へ飛び立ち茶色の草原を空から見渡せば、少女が1人、粗末なコットンのドレス姿で息を切らして駆けている。
その後ろには、遙か後方に2人の男が追いかける姿が見えた。
スウッと高度を落として様子を窺う。
「待てっ!待てテリア!」
「はあっはあっはあっ」
少女は泣きながら逃げ続け、息を切らせるだけで言葉も出ない。
男の1人がとうとう追いつき、少女の腕を取ろうとしたとき、ホーリーはカラスの姿で男に襲いかかった。
バササッ!バサッバサッ!「ガアッガアッガアッ!」
「うわっ!なんだこのカラスはっ!ギャッ!」
「ひいっ!」
鳥に襲われ懸命に抗う男をあとに、少女テリアが先を急ぐ。
バササッバサッ「ガアッ、ガア・・カア、カア・・」
テリアは一目散に森を目指し、走り込んでゆく。鳥から逃れてまた追い始めた男は、姿の消えた少女に、立ち止まってチッと舌打ち諦めた。
「駄目だ、逃げられた。迷いの森に入っちまった。」
「くそう、あのアマ、ふざけやがって。」
「迷いの森で、魔物に食われるがいいさ。」
後ろ髪引かれる様子で、男達が引き返してゆく。どうやらやや離れたところに止めてある馬車へと戻るようだ。
一体何故逃げていたのか、ホーリーにはどうでもいいことだが、彼女が逃げ込んだのが迷いの森というのが気になる。
この辺では狩人も入るのを躊躇するような、迷いやすい森だ。しかも今の季節は、冬眠前の動物は気が立っている。
空は暗雲が立ちこめ、冷たい雨が降り出しそうだ。
ホーリーは空から森の中に入り少女の気配を探すと、カラスの姿のままで木を飛び渡り後を追った。
少女はどんどん森の奥へと入って行く。
「あっ!」
木の根に足をかけ、ドスンと倒れたときにようやく我に返り、後ろを振り向いた。
すでにここが、森のどの辺になるかなどわかるはずもない。
「あ・・あっ、あっ、ああっ、どうしよう。」
逃げおおせた安心感より、とんだところへ迷い込んだ恐怖に身体がすくみ上がる。
ガランと何かを蹴ってハッと立ち止まってみると、白い動物の骨だ。
骨の一部に毛皮がぺそりと張り付き、不気味さに「ヒッ」と息を飲んで悲鳴を飲み込む。
ガサガサ、ガサガサ、何かの気配を感じて顔を上げても姿は見えない。
「助けて・・誰か、誰か・・」
数歩後ろへ下がり、忙しく周りを見回して、テリアはダアッと思う方向へと一目散に駆けだした。
しかしそれが、ますます森の奥深くへ入る方向だと気付いていない。今は彼女の心を恐怖が満たして、正常に考える力を全て奪いさっていた。
ポツポツと、雨が降り始める。
森を出て空を飛びながら、ホーリーはカラスの姿を解いて少年の姿で空を飛び続けた。
冷たい雨が心地いい。
恐怖に濡れる少女の心が、ホーリーの心をつつくようでそれも心地よくさえある。
森の奥へ奥へ。
少女1人、そこで何日過ごせるだろう。
夜に泣き、飢えと乾きで声も出ず、次第に破滅へ向かう人間の愚かで脆い美しさ。
クスッと笑って、ホーリーはくるりと一番高い木に降り立ち、雨足が強くなってきた空へ美しい顔を上げた。
「ウオォォォォォ・・」
狼の声で、大きく遠吠えを上げる。
オオオオオォォ・・・
うおおおおぉぉぉ・・・
「キャアアア!!たっ助けてええ!」
いくつもの声が返ってきて、少女が恐怖で叫びを上げた。
「くっくっくっく・・」
ホーリーが楽しそうに、雨でびしょ濡れになった髪を顔に張り付かせて空を仰ぐ。
ピカッと光る雲から、遠くで落雷が見える。
ゴロゴロゴロ・・ピシャーンッ!!
「アハハハハハ!」
楽しくてたまらない様で笑っていると、ホーリーの頭上がカッと光り、瞬間雷が直撃した。
ドーーンッ!!バリバリバリ!
ホーリーのいた木が、真っ二つに裂けて両側に倒れる。
パリパリと身体のあちこちを黄金色に光らせて、何事もなかったようにホーリーがふわりと地に降り立った。
「ふう」
プルッと身体を振り、放電する髪を指で解く。
「いたずらが過ぎたか?」
雷に水を差されて高揚した気分が収まり、フフッと笑って天を仰ぎ、そして少女の方へ歩き出した。
少女はあまりの恐怖に気絶したか倒れている。
ふうんと、まじまじ眺めてスッと手をかざし、少女の身体をフワリと浮かせた。
ハッと、いきなり少女が目を開ける。
「えっ、何?あなたは?えっ、キャアッ!浮いてる!」
キャアキャアと、じたばた騒ぐ少女にホーリーが目を丸くする。
「キャアッキャアッキャアッキャアッ!」
じっとそのまま見つめるホーリーに、テリアは悲鳴を上げながら噛みつくように怒鳴った。
「あんた!助けてよ!助けて!何黙ってるのよっ!」
バタバタ手足をばたつかせ、身体をひねってなんとか降りようともがくうちに、くるりと身体が逆さになる。
「ぎゃあああっ」
ドレスがバッと上半身へめくれ、ズロースをはいたすんなりした足が、見事に露わになってしまった。
「キャアッ!見ないで!やだ!いやあ!」
呆気にとられ、クスクス笑うホーリーが、スッと指を回す。
テリアはくるっと回されて、そのままドスンと落ちた。
「ひどい!ひどいわっ、あんたの仕業ね。この悪魔小僧、うっ、うっ、うっ」
少女は叫んでいたかと思えば、雨に濡れながらしくしく泣き出す。またもう一度、物珍しそうに眺めて笑った。
「うるさいが、面白い女よ。いかがしてくれよう。」
少女はカタカタと、歯を鳴らして震えている。
さて、と辺りを見回しても、雨風のしのげる場所はない。
「あ、あんたの家は?このさい悪魔でも何でもいいわ、雨に濡れて寒いのよ。助けようとか思わないの?やっぱり悪魔ね。」
「お前の口はよく喋る。助け手が欲しければ、しばし言葉に気を付けるがよい。」
「なあに?子供のクセにませていること。何言ってるのか、さっぱりわからないわ。」
少女の物言いに、ひょいっとホーリーが肩を上げる。
「くだらぬ。」
プイッとへそを曲げたか、ホーリーは両手を大きく広げると、ぐらりと後ろに倒れてバシャンと水になって消えた。
「あっ!ああっ!」
テリアが慌ててホーリーの消えた水たまりに手を伸ばし、バシャバシャとかき混ぜる。
「ああ・・意地悪、意地悪、意地悪・・」
泣きながら突っ伏して止まない雨にびしょ濡れになりながら、テリアは呆然とその場にたたずむしかなかった。
 すっかり日が落ちて、あまりの寒気に大きな木に寄り添い、膝を抱えてじっと雨が止むのを待つ。
ホーリーの消えた水たまりは、何故か柔らかに光を残し、心がほんの少し落ち着く。
しかも気が付けば、いつの間にか雨が身体に当たってこない。
空を見上げると、木がテリアに覆い被さるように枝を伸ばしている。
不思議に思いながら服に手をやると、まわりは雨が降っているというのに、急速に服が乾いている。
「まさか・・あの子?」
ハッと顔を上げて流れる涙を袖で拭くと、テリアは水たまりの向こうににっこり微笑んだ。
いつからそこに立っているのか、ホーリーが後ろに手を組みちょこんと立っている。
黒髪は柔らかに肩へ落ち、黒衣は闇に溶けかかっている。
「あなたが助けてくれたの?」
テリアが気が付くと、ようやく彼は一歩踏みだしほのかに光る水たまりの水面に立った。
「落ち着いたか女よ。ホーリーは騒がしいことを好まぬ。もとよりお前などどうでも良きこと、気まぐれも限度があるぞ。」
静かで見かけの小さな少年にも思えない言葉に、テリアがフフッと微笑む。
「ごめんなさい、もう騒がないわ。だから1人にしないで。ね?え・・と、ホーリー?」
「名など、どうでも良い。」
「いいえ、私恩人の名前を覚えておきたいもの。」
「まだ、恩人になるとはわからぬ。お前は何から逃げていた?」
テリアの顔が曇り、フウッと息を吐いて膝を抱える。まだ助かったと言えない状況に、また少し落ち込んだ。
「そうよね、私はこれからどこに行けばいいかも分からない。どうすればいいんだろう。」
「答えよ。答え次第で道は開かれん。」
ポツポツと、雨が止んでヒョウッと風に雲が流される。
雲間から、ちらりと星が覗いて瞬いては消える。
テリアはその空を仰ぎ、溜息混じりに語った。
「北の黒い魔女よ。領主の新しい奥方が、そう自分を名乗って各村から女を集めているの。
逆らえば、村を追い出される。でも、領主の城へ行って帰ってきた人はいない。きっと殺されるんだと噂しているの。」
「女がいなければ、村は途絶えよう。」
テリアがプルプルと首を振る。
「連れて行かれるのは・・こう言っちゃなんだけど、村でも綺麗だとか可愛いとか言われている子ばかり。
・・えへ、私もね、これでも小さい頃から可愛いって言われていたのよ。もうすぐ、幼なじみのグレンと結婚しようって・・」
ポロポロと、少女が涙を流す。
ホーリーが空を仰ぎ、何かブツブツとつぶやいた。
指を組み、空に向かってその指を差し出す。
「お前を追っていた馬車は、途中一度だけ休み、先程領主の城へ着いたぞ。女が・・3人。」
「そうよ、わたしの友達も1人。一緒に逃げるつもりだったのに、彼女はとうとう足が動かなかった。逃げると家族に迷惑がかかるもの、当然よね。」
「北の黒い魔女か・・」
「悪い魔女とは聞かなかったのに、あんな魔女だったなんて。」
ホーリーは無言で彼女を見下ろし、そして背中を向けた。
「どこへ行くの?1人にしないで!」
テリアが立ち上がり、慌てて追おうとする。
もう、こんな所に1人でいるのは沢山だと強烈に思っていた。
「領主の妻、面白いではないか。」
「恐ろしい、あんな所へ行くの?」
「ホーリーには、恐怖も心地よい。」
「あんたも綺麗だもの、男の子でもきっとひどい目に遭うわ!」
キュッとホーリーの顔が、嬉しくて面白くてたまらない顔で笑う。
「退屈しのぎには、またとない趣向。お前も来るがいい、友人を助けるのであろう?」
「え?!え?」
バサッバサッ!
「え!きゃ、きゃあっ!」
ホーリーの姿が、大きな黒い鳥になる。
バサッと一度大きく羽ばたいて浮き上がると、彼女の身体を鷲のような爪でギュッと掴み、ザザッと夜の闇の中を飛び立った。
「ひいいー」
ヒイヒイと、テリアが懸命に爪にしがみつく。
大きな大きな鳥となったホーリーは、びゅんびゅんと風を切り、広大な草原を越えて行った。
やがて篝火が燃える大きな屋敷にたどり着くとその塀へと降り立つ。
テリアにクイッとくちばしで館を指すと、後は勝手にするがいいとでも言いたげに彼女をポイと庭先に放り出した。
「きゃ・・」
どうしてこんな所に・・!
叫び声をなんとか飲み込んで木陰に隠れ、テリアは鳴きそうな顔で座り込んだ。
ホーリーはククッと声を漏らし飛び立つと、屋敷から漏れる煌々とした明かりの窓を目指し、そのバルコニーへと向かう。そこでは領主と美しい妻が、1人の神父と共に食事の最中だった。
 「美しい奥方様、今宵も良い女達を集めたようで。ますます奥方様の美しさにも磨きがかかりましょう。」
神父の姿の中年の男が、ワインを手に奥方に掲げる。領主の妻は甲高い笑い声を上げながら、神父に揃ってワインを掲げ、一口飲んだ。
「ホホホ・・まことに神父様の仰るとおり、はらんだ女の乳も処女の血もよう効くこと。
肌がまるで10ずつ若返ってゆくようじゃ。」
「まこと、妻が美しいとわしも張りが出る。」
年老いた領主が、年の離れた妻の手にキスをする。再婚した領主は、この若い妻の言いなりに、良いようにさせている。
妻が気に入っているこの神父の言葉も、あながち嘘ばかりではないような気がする。
年老いても性に衰えない今の自分は、前の妻を亡くした時よりうんとはつらつとして、長く生きそうな気がするのだ。
「生まれた子は、のちに神への捧げ物と致しましょう。千の寿命を捧げると、百の寿命を得ると言います。きっと美しいまま、永久の命を得ることでしょう。」
神父らしからぬ恐ろしい言葉も、今の2人の異常な精神状態ではまったくおかしいとも取れず、ただ言いなりに頷いていた。
バターンッ!
突然バルコニーの扉が開き、外から冷たい風がビョオッと風が吹き込む。
テーブルや壁にある燭台の蝋燭の火が揺らめき、数本が消えてやや部屋が暗くなる。
思わず立ち上がった3人が目を凝らすと、暗いバルコニーに、闇から生まれ出たような小さな少年が姿を現した。
「誰だ!お前は、魔物か?」
「魔物に違いございません!御領主様!」
「誰か!」
ドアの外で、バタバタと用心棒達の足音が慌てて駆けつけている。
しかし、肝心のドアはびくとも開かない。
黒い髪、そして黒衣に包まれた白く美しい顔の少年ホーリーは、たじろぐ大人達をあざ笑うようにニヤリと不気味に笑う。
「今宵は・・美しい月も顔を背け、瞬く星々も目を閉じる。なんと美しき漆黒の闇に包まれた良い夜でございましょう。」
うっとりと告げながらホーリーは食堂へ一歩入ると、バタンと手も触れず後ろの扉を閉めた。
 放り出された庭先で、テリアがブルブルと震えている。
「ああ、どうしよう、どうしよう。」
しゃがんで小さく身体を丸めていると、耳元でフッフッフッと軽い息づかいが聞こえてきた。
「え?」顔を上げると、大きな犬が一匹顔を近づけている。
「キャアアアア!!」
思わず上げた叫び声に、犬がけたたましく吠えかかってきた。
ワンッワンワンワンッ
「キャアッキャアアキャア!」
ここは領主の屋敷だけに、見回りの使用人はいるがあとは雇った用心棒だ。
それだけに見回りの男達は、いかにもガラの悪そうな男だった。
「誰だ!お前は・・女が1人逃げているぞ!」
「捕まえろ!」
男達が松明を握り、数人が集まってくる。
ヒイヒイ逃げようとするテリアも、腰が抜けて立たない足を奮い立たせた。
「た、助け・・助けてえええ!ホーーリーー!」
せっかく逃げおおせたというのに、どうしてホーリーは連れてきたのかわからない。
自分に何が出来るというのか、テリアには魔法も使えない。
あんな悪魔、やっぱり信じるんじゃなかった! 
後悔してももう遅い。
ワンワンワンワンッッ
激しく犬に追い立てられながら、追いつめられてテリアは思わず木に登りだした。
ガブッとドレスの裾に犬が噛みつき、フンッと力を入れて引っ張ると、ほころんでいたのかビリビリとドレスがウエストの縫い目から破れていく。
「きゃーん、やだやだ。」
追いついた男も一緒になって引っ張り、ビイッと音を立てて、ドレスは結局ウエストからすっぽり脱げて、ズロース姿になってしまった。
「ああもう!」
恥ずかしいけど、言ってられない。
かえって身軽になって、得意の木登りでどんどん上へと上ってゆく。
「降りてこーい!」
ワンワンワン!
下では男達や犬が、口惜しそうにピョンピョンはねている。
「バーカ!誰が降りる物ですか!」
しかし表面上、強がっているテリアも、これ以上どうすることも出来ない。友人を助けるなど夢のような話だ。
彼女は内心絶望に暮れながら、闇に浮かび上がる屋敷の明かりにホーリーの姿を思い浮かべていた。
 ビクビクと領主と妻が、寄り添いながら神父の後ろに隠れる。
神父は懐から十字架を取り出し、ホーリーに向けて差し出した。
「おのれ、悪魔め、神の名において去れ!」
ブルブルと、神父の手が震えている。
クスッと笑ってホーリーは、丁寧に胸に手を当てお辞儀した。
「北の魔女殿とお聞きして参りました。
我が名はホーリー。美しき領主の奥方様、不躾ながらご挨拶申し上げまする。」
奥方が神父と顔を合わせ、頷き合って前に出る。そして胸を張って手を差し出した。
「いかにも、私は北の森の魔女とも、北の果ての魔女とも呼ばれておる。
美しい少年よ、歓迎いたしましょう。」
ホーリーが奥方の手を取りキスをする。
そしてニヤリと笑った。
「なんとかぐわしい香り。魔女よ、あなたの肌からは、みずみずしき処女の生き血の香りが立ちのぼっている。」
「ホホホ・・ホーリー殿も、今宵楽しんで行かれるといい。最も、まだうら若き少年の肌には必要ないかもしれぬが。
しかし若き女共との饗宴は、きっと楽しめましょう。」  
ホーリーが、スッと一歩下がって頭を下げ、優雅に美しく微笑む。
そして残念そうにゆっくりと首を振った。
「私は、女性との営みに興味がございませぬ。
今はまだ、人の世の全てが興味の対象。しかしそれがまた、楽しく飽きませぬ。
人間は、なんと楽しい生き物でしょうか。」
「ホーリー殿は?では人ではありませぬのか?」
神父の質問に、クッとホーリーが笑う。
美しく、不気味な姿の小さな少年に、3人はゾッとすくみ上がった。
「人であり、人でなし。それは対する者次第。
それもまた面白かろう。」
「では、では我々の前に立つあなたは?」
神父がガタガタと下がる。ホーリーはニヤリと笑いながら、その神父を指さした。
「神に仕える姿をした魔物よ、魔の前では魔になろう。
美しき人の心の拠り所である物を聖なる神というのなら、それを侮辱したお前は最も罪が重かろう。
お前の背後には、死した多くの女と、この世に生まれることの無かった子の姿が見える。」
ひいっと叫びを上げて、神父が背中をバタバタと叩き、領主夫婦が慌てて神父を離れる。
ドスンと尻餅を付いた神父から、ホーリーは領主に視線を移すと領主を指さした。
「わ、わしは何もしておらん!すべてこの男が・・」
「アハハハハハ!!面白い、面白い!さあ、それから何と言う?何とでも言うてみるがよい。」
領主がカッと手元の燭台を握る。
火がついたロウソクをつけたまま、思い切りホーリーに向かって投げた。
「燃えろ、魔物め!燃えてしまえ!」
しかし燭台はホーリーの前で宙に浮き、そして粉々に砕け落ちる。
その時、神父が懐からたたんだ一枚の紙を取り出し、バサッと床に広げた。
何とそこには魔法陣が書いてある。神父はニヤリと笑い、シュッとナイフで手の平をかき切って、数滴の血を魔法陣に落とした。
「汝、血より生まれたディアボロス!百の生け贄による契約を遂行せよ!小さき魔を倒せ!」
ボウボウと魔法陣の文字から炎が上がり、その炎が天井までを焦がしてゆく。
「ハハハハ!ホーリーとやらよ、本物の悪魔に食われるがいい!」
神父が急いで後ろに下がる。
やがてその炎から獣が腐ったような臭いがすると、ドズンと大きな鳥に似た爪を生やした手が現れた。
「ひいいいっ!」「わああっ」
悲鳴を上げて、あたふたと逃げるのは領主夫妻。ホーリーは冷たい目でそれを眺めて、クスッと笑った。
「何と、神の使いが悪魔を呼ぶとは、世も末よ。」
魔法陣からは障気があふれ出て、ホーリーの身体を覆う。その障気に触れた床も壁も、全てが一瞬で腐り果てる中で、ホーリーだけは美しさに微塵のかげりもなく輝いている。
「馬鹿なっ!お前は一体・・何者だ!」
うろたえる神父に一瞥も与えず、ホーリーはまるで愛しい人に触れるように悪魔の手にスッと手を添えた。
フッと微笑み、その手にしなだれる。
悪魔の指は、尖った爪でツッとホーリーの足から足の間、そして腹から胸に首筋を舐めるように撫でると、もう一度足の間に爪を這わせた。
「ああ・・」
ホーリーが頬を紅潮させ、うっとりと身体を任せる。そして名残惜しそうに身体を離し、悪魔の手にその小さく白い手を差し伸べた。
「美しき大罪怠惰の王ベルフェゴール、百の生け贄では少なかろう。7王の1人がそれで呼び出されるは、侮辱の証。
契約を破棄せよ!御身の崇高なる魂は永遠なり!」
ホーリーの言葉に答えるように、悪魔の手はわずかな障気を残して魔法陣へ消える。そしてその魔法陣の炎も、一瞬で書かれた紙ごと燃え尽きた。
「おお!」
思わず身を引いた年老いた領主に、残った障気が流れ着く。
「ぎゃああああ・・」
奥方の横で領主の身体は、ブスブスと腐り落ち、アッと言う間に骨になって崩れ落ちた。
「あなた!あなたああ!」
「ひいいいぃぃぃ!」
逃げ出す2人がドアへ走る。
ガチャガチャと、どんなに開こうとしてもドアは開かない。
そこへホーリーが優雅に歩み寄り、楽しそうに声を上げた。
「アハハ!フホホホ!ああ、何と楽しき事よ!
そなた北の黒い魔女と名乗ったな?ホーリーは、お前の腹から産まれた覚えはないぞ!」
「ま、まさか!」
「母上を侮辱した罪、思い知るがよい。
美しき奥方よ、永遠の命が欲しければホーリーが与えよう。老いさらばえ、朽ちる身体で永久に生きるがいい!」
フワッと、美しい奥方の身体を風が包み込む。
「あ、あ、あ、あ、うああああ・・」
奥方の身体から立ちのぼる水分と生気、声が急速にしわ枯れてゆき、身体が枯れ木のように張りを失い水分を失ってゆく。
骨に張り付くシワシワの皮からは肉がそげ落ち、ドレスの重みにも耐えられずに、その場にパサリと伏して倒れた。
「ひ、ひい!助けて!助けてくれえ!」
神父がガクリと腰を抜かし、尻餅を付いて四つん這いで這って逃げる。
「お待ちなさい、お前は苦しむことはない。」
ホーリーは後を追い、神父の頭を撫でると優しく微笑んだ。
神父は声もなく、怯えて小さく頭を抱える。
ブルブル震える彼の背を、ポンとホーリーが叩いた。
「な、なんだ?い、一体・・」
神父が身体の異常に気付き、思わず顔を上げる。
腹が膨れてズボンが苦しい。上着がはち切れんばかりにパンパンになって行く。
慌てて服を解いてゆく神父に、ホーリーが楽しそうに笑って言った。
「あははは!何人もの乙女を食ってきたお前なら、今度は食われる側に立て。
ブタとなって人々の食欲を満たし、悔い改めるがよい。」
「ひいっ、た助け、助け、たすブウ、ブブ、ブウ、ブウ、ブヒイ!キイ!キイ!」
丸々と太ったブタが一匹、あとには神父の服が散乱する。ブタは混乱したかその場を走り回り、壁にぶつかって気を失った。
「人の身で、魔に触れるなら相応の覚悟もあろう?
ホーリーは魔であって魔ではない。しかし、魔の代弁者となろうぞ。
・・さて、悪魔と交わったと知れては母上に叱られよう、泉の清水で身を清めて帰らねばなるまい。」
バルコニーへの窓を開け、雲間から美しく、月が輝く空を仰ぎホーリーは、自らもまた黒鳥に変わると闇の空へと飛び立った。
「助けて・・助けて・・」
テリアが泣きながら、空を仰ぐ。
バサッと羽音が頭上に響き、いつの間に現れたのか、大きな黒い鳥がテリアを見下ろしている。
「ホーーリーー!!」
手を差し伸べるテリアに、鳥はスウッとホーリーの姿へ変わり、宙に浮いたままスウッとテリアの元まで降りると、クスクスと笑って手を後ろ手に組んだままスッと下がる。ホーリーは、悪魔に汚れた身体で彼女に触れられなかった。
「ホーリー!助けて!助けてくれないの?」
「友人はどうした?」
「そんな!見ればわかるでしょう?余裕なんてあるわけないじゃない!」
「フフ・・そうか、まあ良い。村へ帰り、皆と達者で暮らすがよい。」
テリアの身体がフッと浮かび、スルスルと地上に降ろされる。
「そんな!掴まって、村へ帰れるわけが・・」
周りを見回すと、男や犬も皆眠っている。
テリアはドレスのスカート部分を拾い上げ、ギュッと握りしめると空に浮くホーリーを見上げた。
「村へ、帰れるの?本当に。」
「事は良き方へ運ぶであろう。ホーリーも楽しかったぞ。」
ホーリーの姿が、また大きな黒い鳥に変わる。
バサッと一つ、大きく羽ばたくと、鳥の姿はアッと言う間に夜の闇に溶け込んでしまった。
その後、領主の城は開放され、囚われの女達は全て村へと戻された。
テリアも、もちろん友人と共に。
村はずれに迎えに出た両親と婚約者も、他の女達の家族と共に総出で涙に濡れて喜んでいる。
「テリア!テリア、ああ、よく無事で・・」
「お母さん!お父さん!」
抱き合って喜び合う。
母親が、そこでふと問いかけた。
「一体、どうして急に領主はお前達を解放されたんだろう。」
領主が魔物に襲われたことは、誰も知らされていない。
テリアは、にっこり笑って言った。
「魔法使いが魔物を倒して助けてくれたのよ。
ホーリーはちょっぴり意地悪だけど、本物の魔法使いだもん。」
その地方の恐怖の時代は開け、そして城からは新しい領主が送られた。
そのごく普通の領主はごく普通にその地を統治して、その地の人々は大変喜んだという。