ダーク・ホーリーシリーズ

すべて短編です。
ホーリーは、北の黒い森の魔女の息子。
はたして彼は、魔物か人間か?
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>>ダーク・ホーリー 雪夜の晩餐
>>ダーク・ホーリー 黄金色の星空
>>ダーク・ホーリー 黒い森の館
>>NEW! ダークホーリー 誓いの指輪
初期作品(初期設定)
>>呪いという名の想い(イラスト付き)
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お礼に掌編掲載しています。
掌編は、現在連載中の赤い髪のリリス関係となっています。

ダーク・ホーリー2

聖誕祭の近づく冬のある日、ホーリーは村の入り口にたたずむ1人の少女に出会う。
彼女の名はフェイシー。
出稼ぎに出た父親の帰りを待っていた。
しかし、その父親の訃報に彼女はショックを受け雪の中を走り出す。
ホーリーは彼女を救うのか、それとも……

 雪の舞い散る中、行き交う人々の顔はにこやかに、朝早くから鳴り響く教会の鐘に見守られながら、貧しい中ももみの木を飾って今日の日を祝っている。
強い一陣の風にもめげずキャアキャアと子供達は楽しそうに雪遊びに励み、どんよりと曇った空も明るく輝いていた。
バサッバサッバサッ
枝に積もる雪を落として、大きな黒い鳥が村のはずれの高い木の枝に留まる。
その鳥はほんのり輝き緩やかに人の姿へと変貌すると、暗く輝きを放つような美貌を持った、一人の少年へと変わった。
柔らかくカールした肩までの艶やかな黒髪が風に舞い、寒さにクスッと笑って黒曜石のように輝く黒い瞳を村へと向ける。
雪のように白い肌は、今日ばかりは雪の白さに溶け込んでしまいそうだ。
薄い黒衣でも寒さに凍える様子もなく、春の暖かさに包まれたように彼の頬もほんのりと色づいている。
彼の名はホーリー。
人々から恐れられる、北の森の黒い魔女の一人息子だ。
「聖誕祭か・・」
つぶやき、グレーの空を見る。
聖歌隊の練習する歌が、明日の夜の本番に向けてまだ聞こえている。
古いオルガンは所々音が切れて、思わずまたクスリと笑いが漏れた。
貧しい村には、オルガンを修理する金もままならないのだろう。
「歌だけで、十分であろうに。子供達もご苦労なことだ。」
そう言う自分も、見た目は10歳前後。
しかしその大人びた表情からは、本当の年はわからない。
ごくたまに気が向いたとき、この枝から村の様子を見るのが楽しみの一つだ。
普通なら聞こえない声も、彼の耳には囁き声さえ届く。
しばらく眺めていた彼が、ふと一人の少女に目を留めた。
少女はホーリーと変わらぬ背丈で、長い金の髪を後ろでお下げにして可愛らしい。
楽しそうな子供達をよそに、その青い瞳を凝らしながら、村の入り口から森に続く道をずっと立ちつくして見ている。
寒そうに破れたショールを首に巻き付け、手袋も無しにあかぎれが目立つ手を懸命に擦っていた。
「ふうん」
ホーリーがポンと枝から飛び降りると、鳥になって少女の方へと飛んで行く。
そして少女の背後に降り立ち、そうっと彼女の様子を後ろから眺めていた。
じっと、彼女は待ち続けている。
それは、毎日この場所で。
雨の日も風の日も。
どこかせっぱ詰まった様子は、時々涙ぐむときがあるとホーリーは知っていた。
この少女に気が付いたのは、すでに3日も前からだろうか。
じっと見ていた彼女が大きな溜息をついて、空を見てはまた溜息をついてくるりと踵を返す。
そしてホーリーに気が付き、キャッと思わず一歩下がった。
「ああびっくりした、あなた村の子じゃないわね?だあれ?」
少女は暗い顔を怪訝な顔に変えて、ホーリーを覗き込む。
「毎日ここで、誰を待っている?」
「え?やだあ、見てたんだ。あんたよその子?どこかの家に、遊びに来てるの?」
「おやおや、返事どころか質問が返ったか。」
クスクスとホーリーが笑いながら首を振る。
すると少女も顔を上げ、ケラケラと笑いだした。
「やだあ!あんた、なんて綺麗な男の子だろう。あはははは!それにその薄い服、あたいよりきっと家にお金がないんだね。
ほら、あたいはこのくらい何ともないから、あんたに貸したげる。」
ホーリーの薄着に、笑って少女が首に巻いたショールをはずして渡し、ブルブル震える手を脇に挟んで小さくなる。
ショールを受け取ったホーリーは、彼女のぬくもりにうっとりと頬ずりし、そしてスッと彼女の首に巻いてあげた。
「あれ?気にしないでいいのに。」
「私は寒さとは縁がない。しかしお前のぬくもりは、まるで母上のようで心地よかった。
気に入ったぞ。」
「ふうん、あんたって、もーーっと寒い国のお人なんだね。」
にっこり微笑む少女の頬が、赤く上気して愛らしい。
ホーリーが巻いてくれたショールは、何故か身体中を春のように暖めてくれる。
「あれ?さっきより、うんとあったかいや。何故だろう。」
「お前が優しいからであろう。」
「やあだあ!・・えっと、名前なんて言うの?
あたいの名はフェイシーだよ。」
「お前に相応しき、美しい名よ。私の名はホーリー。」
「ホーリー?あはは、お隣の子が持ってる絵本に、ホーリーってカラスが出てくるよ。」
「カラス?ホーリーって鳴くのか?」
「違うよ、カラスはカアッて鳴くじゃないか。
ホーリーって名前のカラス。」
「ホーーリーーー」
ホーリーが、おどけて高い声で鳴いてみせる。
少女はますます楽しそうに笑うと、傾きかけた日にアッと驚いた。
「大変だ!帰らないと怒られちゃう。ホーリーも帰りなよ、お母さんが待ってるんでしょ。」
「私はまだ、問いの答えを聞いておらぬ。」
「えっ、なんだったっけ?」
「何を待っているのかと。」
「ああ、お父さんだよ、お父さん。出稼ぎからね、帰ってくるんだ。」
「そうか。」
「ただ、それだけさ!じゃあね、ホーリー。」
バイバイと手を振って、フェイシーが村の中へ向かって走り出す。
ホーリーはそれを見送りながら、彼女が見えなくなるとまた鳥になって空へ羽ばたいた。
少女の後を追い、村の中心を抜けて雪の積もった畑を通り過ぎ、そして村でも一番小さな家へ。
少女は帰り着くと急いで井戸から水を汲み、重そうな桶を引きずるようにして家へと入って行く。
ホーリーは庭にある朽ち果てた木に留まり、じっと中の様子を窺った。
窓から見えるのは、母親と弟らしい乳児。
母親は弟に手が離せないのか、彼女が釜戸に火をおこし、そして食事の支度をはじめた。
あれは・・・?
ホーリーが、家の屋根にいる黒い影に気が付いて飛んで行く。
うっすらと揺らめくその影は、この時期に最も不釣り合いな姿。
黒いマントを羽織った骸骨が、ホーリーに気が付きおもむろに振り向く。
ホーリーは空中に浮いたまま人の姿に変わり、影に向かって丁寧に頭を下げた。
「これはこれはお久しゅうござりまする、デス様。」
「チッ、何とも運の悪い。お前に見つかるとは、やはり今日は弦の悪い日よ。」
「ホホッ!弦が悪いなど、デス様に何と似つかわしくない言葉。このホーリー、決してお邪魔など致しませぬゆえ。」
「当たり前だ、お前に私を遮る事などできようはずもない。消えるがよい、目障りだ。」
「おやおや、それはこちらのセリフであろう、たかがモンスターの分際で。」
キラリとホーリーの瞳がほの青く輝く。
「おのれ・・」
デスはビクリと立ち上がり、大鎌をマントから取り出すとブンッと振って構えた。
「ホーリーと戦うのか?身の程知らずのモンスターよ。
死を運ぶお前に、お前自身の死をくれてやろうか?我からの聖誕祭の贈り物に。」
ホホホッとホーリーが甲高く笑い声を上げる。
「この・・たかが魔女の息子が・・見くびるか、このデス様を。」
スッと、ホーリーが手を返す。
ポッとその手の平に、青白く燃える炎が生まれいでた。
「この炎は偉大なる公爵、ハウレスの炎。
たかがモンスター一匹、簡単に滅ぼすであろう。」
「きっ貴様・・邪魔をせぬと言うたではないかっ!」
フッと、ホーリーが溜息をつく。
「いかにも、そうでありたいと心から願っております。今宵は、星もなく良い夜でございましょうに。」
デスが、口惜しそうに大鎌を下ろして身を引く。
「お前が邪魔をしようと、娘の魂は必ず連れてゆく。それは定められし運命よ。」
デスは言葉を投げ捨てながら、フワリとマントをなびかせ足下から消えて行った。
「消えゆくのは、娘の命か・・儚いものよ。」
ホーリーがつぶやき、鳥になって羽ばたく。
すっかり闇に包まれた中、家の中からはぼんやりと薄暗いランプの炎が揺らめいて見える。
ホーリーは高く高く空へ舞い上がると、また降ってきた雪を楽しむように戯れながら、森の方へと飛んで消えた。
 翌日、今日は聖誕祭。
朝は早くから人々はご馳走を作り、とびきりの服を着て祝いの声が聞こえる。
明るいうちから男達は酒を喰らい、小さな子供達は滅多に口に入らないケーキを、今か今かとオーブンの前で待ち続ける。
村は昨日よりも一層華やかさを増し、今日の本番に教会のまわりでは、白い服の子供達がそれぞれ聖歌の練習に余念がない。
フェイシーの家でも、母親がささやかなケーキを焼いていた。
「ああ、美味しそうな匂い。ねえ、ケイン。」
フェイシーが弟をあやしながら、オーブン代わりの鍋をウキウキしながら遠巻きに見る。
「さあ、焼けたかしら?」
母親が鍋を開けると、中のトレイに小さなケーキがこんもりと膨らんでいる。
フワッと甘い香りが漂って、キャアッとフェイシーが弟をギュッと抱きしめた。
「美味しそう!お父さんも早く帰ってくればいいのに!」
「え、ええ、そうね。」
母親が、ギクシャクとした顔で暗くうつむく。
フェイシーの父親は、遠く離れたところの炭坑で働いている。
大きな身体をいつも真っ黒にさせて、地下深く潜って手作業で炭を掘る仕事は、大変な重労働で危険だが賃金は高い。
最近の小麦の不作で借金がかさんでいるために、父親は思いきってその危険な仕事に出向いた。
しかし、その父親から先月、この聖誕祭には帰ってくると便りが来たのだ。
ところがだ、待っているのにまだ帰ってこない。
待ちきれず毎日村の入り口まで見に行くのだが、どうしたことだろう。
「フェイシー、あのね。」
「なあに?お母さん。」
「あのね・・」
言い出しにくそうな母親に、どこかポッと不安が生まれる。
フェイシーは何か言いかけた母親を遮るように、そうだ!と大きな声を上げた。
「お母さん、あのね、昨日変わった子と会ったんだよ。
髪や瞳も真っ黒で、着ている服も真っ黒なのに、真っ白な肌して凄く綺麗な男の子なんだよ。あんな綺麗な子、初めて見ちゃった。」
「黒装束なんて、何て縁起の悪い。」
「違う違う!ホーリーは、とても楽しい子だったよ。話し方は何だかお貴族様みたいだったけど。」
「貴族がこんな所にいる分けないでしょう。」
「そうだよねえ、あははは!今度会ったら、聞いてみようっと。」
母親は、怪訝な様子でフェイシーを見て大きく溜息をつき、それから言葉を切り出せなくなってしまった。
何を言いたかったのかは、フェイシーも何だか聞きたくない。
嫌な予感が走る。
しかし彼女がまた、村の入り口へと行く準備を始めると、母親は彼女の後ろから抱きしめてそれを止めた。
「フェイシー、もうお止め。お父さんは来ないよ。」
心なしか、母親の声が震えて抱きしめる手に力が入る。
「大丈夫、今日は聖誕祭ですもの帰ってくるわよ、お母さん。」
フェイシーが不安を振り切って、明るい声で返す。
「いいえ、お父さんは帰ってこない。もう行くのはおよし。」
「どうして・・!」
「連絡があったのよ。炭鉱で事故があって、お父さんは行方不明だって・・」
「うそ!」
「どうしても・・言い出せなくて・・」
「うそばっかり!今日は・・今日はきっと帰ってくるもん!」
「もう、無理なのよ。岩盤が崩れて、お父さんは・・」
「うそっ!」
コートも羽織らず、フェイシーが雪の中を飛びだして行く。
「フェイシーーッ!」
追いかける母親の後ろで、弟が泣き出す。
母親は弟に気を取られながら庭先まで出て、何度もフェイシーの名を呼んだ。
「はあ、はあ、はあ・・」
寒さも忘れて、フェイシーが眩しい雪の中を駆けてゆく。
村はずれの道をめざし、溢れる涙を拭いもせず、冷気にさらされ顔や手がピリピリと痛い。
「お父さん、お父さん・・」
あのがっしりとした父親が、死んだなどとどうして母親は言うのか、行方不明は死んだとは限らないのに、どうしてこうも簡単に諦めるのか・・
信じられない、信じたくない、違う違う!
きっとお父さんは帰ってくる。
今まで約束を破った事なんて無かった。
「お父さん、お父さーん!あっ!」
トッと、雪に足を取られてボスッと転んだ。
冷たい雪がキシキシと鳴って、心の底からフェイシーの身体を冷たく凍えさせる。
「ううっ、うっ、うっ・・うああああ・・」
雪を握りしめ、突っ伏したまま泣き叫ぶ。
そしてその背には、大きな鎌を持ったデスが降り立った。
今か今かと待ちこがれるように鎌をフェイシーの首元に当て、その時を待つその手が・・一瞬ポッと燃え上がる。
「な、なんだ?」
慌てて下がり、バタバタと火を払う。
しかしなかなか火は消えず、次第に身体中に広がってゆく。
「わ、わ、わあああああ!!熱い、熱い、助けてくれ!」
鎌を放り出し、転げ回るデスが空を仰ぐと、宙にポツンとホーリーが舞っている。
「面白き事よ、身のないお前も熱さを感じるのか?」
クスクスと微笑む顔は、天使のように清楚で悪魔のように美しい。
ホーリーがスッと手を伸ばすと、デスの大鎌がフワリと浮き上がり、ヒュンとデスの首を切り落とした。
「ひゃあっ!」
ガランと髑髏が転がり、カタカタと骨を鳴らしながらその身体が燃え尽きてゆく。
「モンスターよ、ハウレスの炎はいかが?」
「この・・魔女の・・息子め・・」
残った髑髏の首にポッカリ空いた2つの目が、表情もなく睨み付ける。
「ホホ・・何と往生際の悪いモンスターよ。ホーリーが自ら手を下して差し上げよう。」
ホーリーがスッと降り立つと大鎌を手に取り、大きく振りかぶる。
首の無いデスの身体は燃える胸から肋骨を折り取ると、ホーリーに向かって投げた。
ピュンピュンと舞うその骨は、難なくホーリーの小さな身体を突き抜ける。
しかしホーリーはケラケラと笑って、穴だらけの身体も次の瞬間には何事もなかったかのように痕跡が消える。
その様子は、まるで実体がないようにあっけらかんとして、まったくダメージを感じていないようだ。
為す術もなく、デスが胸の骨から忌々しげに手を離す。ギュッと雪を握り、骨の手で思い切り雪玉を投げ弾かれた。
「く、くそっ、この人間もどきめ!鎌よ!私の大鎌よ!」
鎌は、ホーリーの手の中で微かに震える。
だが、決してホーリーの小さな手から離れようとも、その刃を向けようともしない。
それは、2人の「格」の違いをまざまざとデスに見せつけた。
デスは頭が地に転がったまま、歯を鳴らしながら悔しそうに歯がみする。
「何故だ、何故この娘を助ける?」
突然の問いに、ホーリーがキュッと笑う。
「すべては神のご意志。今日は聖誕祭であろう?」
ハッと、デスが笑った。
「神など、最も遠いところにいるお前がか?」
「さあ、最も近いところにいるかも知れぬ。地獄で訪ねてみよ。」
ガシャンッ!
振り下ろされたホーリーの鎌に砕かれ、髑髏はサラサラと砂になって風に舞い、消えた。
雪が降り始め、教会の鐘が鳴る。
やがて遠くから子供達の賛美歌の声が澄んだ空気の中で響き、ホーリーは空を仰いで左手を高く空に掲げた。
「神よ、偉大なる神よ。
これがお前の意志というのならば、私は私の方法で娘を救ってみせよう。
この娘の暖かさ、ただそれだけを気に入った。
我が名はホーリー、北の黒い魔女グラナダの息子。」
寒さに気が遠くなってゆくフェイシーが、うつろな目を開けてうつ伏せたまま顔を上げる。
「ホーリー・・」
美しいその少年が、手を差しのばすとフェイシーの身体がフワリと浮かぶ。
そしてその身体は、ゆっくりとホーリーの手に抱きかかえられた。
「ホーリー、夢なの?」
「娘よ、父親に会いたいか?」
「会いたい、会いたいよ。
死んだなんて、信じない、信じられないよ・・」
涙を流す彼女に、ホーリーが美しく微笑む。
そして2人の体が柔らかな風に巻き上げられると、ホーリーの瞳が青く輝いた。
「偉大なる伯爵ビフロン、この娘フェイシー・ラングールを生み出せし父の肉体をここへ誘え。
その父の名はダミアス・ラングール。
肉体はいまだ滅びることなく地の底に眠りにつき、黄泉の世界への旅立ちは仮初めの物なり。」
ゴゴゴゴ・・・・
地響きが辺りにとどろき、ビシッと地割れが走る。
思わず恐怖にかられホーリーにしがみつくフェイシーの前に、地の底から父親の姿が現れた。
しかしその姿は炭で汚れ、顔色も定かでないのにだらりとした表情は、死の色が濃い。
「お父・・・さん・・?」
フェイシーが、信じられない面もちで父親に手を伸ばす。
ホーリーが引き留めるようにその腰を抱いて、父親に向かって左手を挙げた。
「地獄の扉は閉じられた。
そは死にあらず、黄泉への歩みは仮初めの物なり。
歩みを反転せし魂は、罪多きその光りを取り戻し、人の世へと帰ることにただ一つも障害は無し。
そは死にあらず、死にあらず。
汝、地獄の侯爵サミジーナよ、ダミアス・ラングールの魂をここへ呼び、この不浄なる肉体に戻せ。
我が名の下に。
我が名は・・・・」
「待たれよっ!」
呪文が弾かれた。
バシンと父親のむくろが光り、ゆっくりと地に落ちる。
ホーリーの瞳から青い輝きが消え、漆黒の色に戻ってゆく。
ゆっくりと顔を上げると、白装束の少年が空から現れた。
「待たれよ、魔術師殿。それは自然の摂理に反している。
たとえあなたのような長けた術師であろうと、反魂の術は禁忌でありましょう。」
ホーリーは答えず、手を引く。
「お父・・さ・・ん、お父・・さん・・
ああ、あああ・・あああああ・・・・」」
フェイシーはよろよろと父親にすがりつき、その冷たさにすべてを察して泣いた。
ホーリーはじっと白い少年と見つめ合い、そしてフッと微笑みを漏らすと胸に手を当ていつものように頭を下げる。
天使は見下ろすように、ホーリーを見下げた。
「これはこれは天使ヴァチューズ殿、初めてお会いいたしまする。
今宵は聖誕祭、お忙しいところをおいで下さり、まことに・・」
「そのようなことはどうでも良い。
魔術師殿、死人を生き返らせるとは禁忌であろう。
しかもデスを葬り、定められし命を長らえるなどもってのほか。
このような事柄を、神が許されると思うてか?」
「ホホ・・・ホホホホホホアハハハハハ・・」
ホーリーが、天使を前にして澄んだ声で笑いはじめる。
天使はムッとした表情でフェイシーに手を向けると、フェイシーはスッと父にすがったまま眠りについた。
「何がおかしいのか!魔女の息子の分際で、過ぎた術は命を縮めようぞ。」
「過ぎた術とはこれいかに。我を「息子の分際」とのたもうたな。
汝、ミカエルが下僕、力天使ヴァチューズよ。」
ホホッと笑いながら、ホーリーがその場をクルリと踊ってみせる。
「おのれ・・・・天使を愚弄するか?」
ヴァチューズが手を天に掲げると、その手にキラキラと大振りの剣が現れる。
美しく銀に輝くその剣を、天使はまるで重さがないように軽々と一振りすると、シャンッとホーリーに真っ直ぐ向けた。
「この剣は、ミカエル様に賜りし破魔の剣。お前など触れただけでただの子供になろう。」
ホーリーは、目を輝かせてクルクルと舞っている。楽しくてたまらない様子で、ポンッと天使の懐に入って顔を覗き込んだ。
「ホホ、何と楽しき余興よ。
破魔だと?我の力を封じるというのか?面白い。ならば、触れてみるがよい。」
スッと指を立て、天使の鼻先から指をツッと剣の刃に立てる。
「くっ」何故か、急に恐怖心がわき起こり、天使がたじろぐ。
触れさせてはいけないと、心の底で声がする。
しかし、ホーリーは目を見開き不気味な微笑みを浮かべ、指を引かない。
そしてとうとう刃に触れた。
ドッと、何か大きな力が指先から流れ込み、ホーリーの身体が一瞬輝く。
「ああ・・」
うっとりと、ホーリーがその衝撃に酔いしれながら、刃に沿ってつうっと指を滑らせた。
「やめよ、やめよ・・」
天使の身体は凍り付き、動かない。
「お前は・・一体何者・・ただの人間ではないな・・」
刃にツッと、ホーリーの血が流れる。
するとその剣は火が消えるように輝きを失い、驚いた天使ヴァチューズはドンッとホーリーの身体を突き飛ばした。
「この、不浄の物!」
思い切り剣をホーリーへと振り下ろす。
バサッとホーリーの小さな身体に剣が刺さった瞬間、剣は砂となってバッとフェイシー親子の身体に降り注いだ。
「おお!!ミカエル様の剣が!」
「ホホ・・ホホホアハハハハ」
天使は手に残った剣の柄を握りしめ、ガクリとその場に膝を付く。
覚え高き大天使の力を受けて、それを上回るこの小さな魔女の息子に、愕然と見入っていた。
「お前は・・一体何者か!」
「我はただの魔女の息子よ、それ以外の何者でも無し。
さらばだ、力天使ヴァチューズ。なかなか良い余興であった、また会おうぞ。」
「待て、勝ったと思うな!何度繰り返そうと、我は現れようぞっ!」
「それは良い、楽しみが増えたという物。
やれ、雪がまたひどく降ってきた。
寒かろう、天使殿。その娘は暖かいぞ、母上のように。」
フワリとホーリーの身体が宙に浮き、黒鳥となって羽ばたいて消える。
それは白い雪の中、艶やかに青く光る黒い羽を広げ、白鳥さえ圧倒するような美しさで舞っていった。
「ん・・あ、なんだ?ここは、一体・・」
むっくりと、死んでいた父親が起きあがる。
「まさか・・」
天使がフッと姿を消して様子を窺う。
父親は、何があったのか分からない様子で、胸元の娘を揺り動かした。
「フェイシー!一体、これはどう言うことだ?フェイシー!」
「え・・あ、あ、お父さんっ!お父さん!」
驚いたフェイシーが、涙で顔をクシャクシャにして父親と雪の中、はっしと抱き会う。
天使は震える手で、思わず口元を覆った。
「まさか、術は払ったはず。あの少年・・私など足元にも及ばぬと言うのか?この、力天使が・・」
親子は顔を見合わせ、教会の鐘に2人思わず手を合わせている。
「ああ、神よ、奇跡をありがとうございます。」
「お父さんを救っていただいて、神様、天使様ありがとうございます。」
教会に向かってひざまずく2人の姿を見ていると、後ろからホーリーの甲高い笑い声が聞こえてくるようだ。
ヴァチューズは視線をはずし、踵を返すとその場から飛び去って行った。