桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 11

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31、

食事を終わり、一息つくとやっと気持ちが収まった。
セフィーリアはリリスの髪をとき、横で一つ飾りに髪を編みながら、何か言いたげな顔で手を止めリリスを時折じっと見つめる。

悪いことなんだろうと思う。

言い出せない母の気持ちは、リリスは何となくわかった。
それが、魔導師を倒した何かのことだろう事も、ガーラントの言葉を遮ったときから。

「母上様、リリスに何かお話しがあるのではないでしょうか。」

「……いや、急ぐことではない。昨日の今日じゃ、またのちほど話そう……」
「……はい……」

うつろに返答しながら、リリスの胸には不安が大きく広がる。
意識のない状態で、どうやってあの強力な魔導師を倒したのか。
考えれば考えるほど強烈になぜか、自分の物ではない赤い髪がフラッシュのように思い浮かぶ。

それはひどく遠いことのような……そして柔らかな女の包み込む手。

ああ、なんだろう。
何かを思い出さねばならない気がする。

思わず、両手で顔を覆った。

「リーリよ、いかがした?」
セフィーリアが驚いて、彼の肩を抱いた。

「母上様、私は……一体何なのでしょうか。
私は、ここへ来ても良かったのでしょうか?
何か、わからないことが恐いのです。
私は自分の何かを知っておかなければ、大変な間違いを起こしそうな……」

不安が声を震わせる。

ヨーコが飛んできて肩に留まり、力づけるように鳴いた。
セフィーリアは視線を落とし、そして息を飲むと向かいの椅子に腰掛ける。
知らないことが、どれだけの不安を呼び起こすのか、知ったあとにどれだけ苦しむのか、それを比べる天秤が無い物かと首を振った。

「……リーリよ、わかった。我が胸にあることを話そう。」

ドアの外で、部屋に入ろうとしたガーラントの手が止まる。
あたりに人がいないことを見て、静かにドアの前に立ち耳を立てた。





「リーリよ、これから話すこと、お前はなんの話しじゃと思うておる?」

逆に返され、思っていることを正直に話した。

「きっと、敵の魔導師を倒したことに関係することと思います。」

「そうか、お前はほんにカンのいい子であった。それは小さな頃から。
これはもっと早く話すべきだったのかも知れぬ、いや、話すべきではないのかも知れぬ。

……だが……お前は知りたいと言った。

しかし、それを本当はいつ話すべきなのか、母は精霊故に時期の判断が付きかねる。」

苦笑して、息をつく。
ベッドに留まっていたヨーコ鳥が、セフィーリアの肩に留まった。

「お前は、リリサレーンをフレアからどう聞いておるのか?」
その名に、ドキッと身体が跳ねた。

「は、はい、とても美しく優しい方で、皆に愛された巫女様であったと。しかしその力は大変強く、だから魔物に利用されてしまったのだろうとフレア様はいつも悲しんでいらっしゃいました。」

「そうか……フレアは惚れ込んでいたからな。
リリサは王族の出だけあって、いつも女王の風格であった。それはそれは、いつもフレアを振り回しておったぞ。気の強い女でのう。」

リリスがしきりにうなずく。
リリサレーンのことは、知りたいとずっと思っていたのだ。
同じ髪の色をしているだけで、生まれた時からひどい目に遭ってきたけれど。

「あれは正義感が強く、魔導の力にも長けていた。
何でも首をつっこんで、災いあれば解決に奔走し魔を払う。それが頼りにされて人間どもにも愛されたのだ。」

リリスの頭の中に、その様がありありと浮かぶ。
そしてふと、あの気を失っていたときの夢がうつろに思い出された。


あの赤い髪の女性は……なんと言った?
いや、あれは夢だ。
なんだか変な夢。


2人の間に静粛が訪れる。
リリスがうつむき、そして息を飲む。
その先にどんな言葉が来るのか、今リリサレーンの話しをする母にリリスは覚悟を決めた。

「それで、その……私と何か関係があるのでしょうか?」

「ある。」

即答したセフィーリアも、覚悟を決めた。


「先日の魔導師を倒したのは、お前の中にあるリリサレーン。
お前の口が、そう名を語った。」

「わ、私が?私が何と語ったので?」
リリスが目を見開き、握りしめる手を震わせる。

「お前が気を失い、そして再び目を開いた時に言ったのだ。我が名はリリサレーンと。」


「は……」


息を飲み、リリスが手で顔を覆った。




うそ!


うそ、うそだ、うそ!!違う!



衝撃が、リリスを襲い大きく心を揺さぶった。

32、

「リリスよ、お前の中に眠っているのだ。リリサレーンが。それは悲しいことではない。」
母の手が、優しくリリスの手に添えられる。


「うそだ!」


思わずその手を払い、立ち上がって顔を覆ったままフラフラと窓辺へ歩いてゆく。
なにか大きな叫びを上げたい衝動に駆られた。

「リリス!リリス!ピピッ!」
頭上を心配して、ヨーコがクルクルと回る。

母が何を言っているのかわからない。
いいや……いいや、わかっている。
覚悟は出来ていた。出来ていたけど、これで決定的になった。
リリサレーンの本当の姿は、誰も知らない。
誰しもが凶悪な魔物と言い伝えても、元が優しく愛された巫子だとは知らないのだ。
自分は、本当の、間違いなく国を荒らした魔女の生まれ変わりと……

ああ、恐い、恐ろしい。

今よりもっと、人々の風当たりはひどくなるに違いない。

もう、帰れない、どこにも行く所なんか、僕には……誰も頼れる人も、友達も、すべていなくなってしまう!

「リーリ、いかがした、しっかりせよ。」
オロオロと、セフィーリアがその場に立ち上がった。
手を払われたことなど、これまで一度もない。
それが彼女にもショックで、リリスの心の傷の深さがどれほどか思いもよらなかった。

「うそ、うそだ、僕は……嫌だ、嫌だ!」

「リーリ!リーリ、前を見よ!リーリ、危ない!」

手を伸ばすセフィーリアの先で、顔を覆うリリスの身体が、よろめき窓のさんから外へ飛び出す。
ここは城の2階、母の言葉を聞き我に返ったリリスが、叫びを上げた。

「ああっ!」

「リリス!」
セフィーリアが動転し、突風があたりを吹き荒れる。

「ピピーーッ!リリ……キャアッ!」

リリスの髪を引くヨーコが、風に耐えられず飛ばされる。
しかしその風が、不運にもリリスの身体のバランスを奪った。

「リーリ!!」

「ごめん!」

突然部屋にガーラントが飛び込んできて、落ちるリリスの腕を掴み、グイと引き上げた。

「馬鹿者!死ぬ気か?!」

放心のリリスが、泣きはらした目で彼を見上げガクリと膝を折る。

「私は……僕は……もう、もう、」
「何をしている!しっかりするのだ!男だろう!」

「いやだ…………ああ…………
うそ、うそだ、そんなこと信じない…………」

「信じなくていい。しかしお前の身体を借りて現れる、それは事実だ。そうして我らを救ってくれた。」

「だったらこんな身体いらない、いらない!こんな、こんな!いやだ!」

泣き叫び、狂ったように首を振るリリスに、ガーラントがたまらず抱きしめた。
苦しいほどに、大きな体で力強く。
しがみつき泣き叫ぶその身体は、それはひどく小さくて、あの器の太さを感じさせたこのリリスが子供だったことを思い出させる。

この小さな身体に、何と重い宿命を背負っているのか。

「リーリよ、リリサレーンは……」

セフィーリアがそれを見つめたまま、がっくりと声を失う。
リリサレーンは、死ぬ間際自分は魔女でよいと言った。
しかし、魔物が復活するときは、また自らも再臨すると。
その精神はアトラーナを末永く見守り、この罪を償うであろうと。

しかし……

死して復活してなお、罪を背負わねばならぬのか。

異形の子が生まれたと王の側近より相談を受けたとき、それが今までと違うと聞いて自分にはすぐにリリサの生まれ変わりとわかったのだ。
それまでは赤い髪の子が生まれると代々殺されるのが常だった。

しかし、この子は違った。
高位の騎士をもってしても、無力の赤子を殺せなかったのだ。

幽閉するという物を無理を言って無理矢理引き取った時、フレアが欲しがるだろう事はわかっていた。しかし、もう二度と過ちを繰り返すまいと、赤子のリーリを渡すことはしなかった。
火の巫子は魔を払う仕事に、それだけ魔との接触が多い。
リリサレーンの不幸を思い返せば、だからこそ今度は、今度こそは自分の手元に置き、幸せに、人に愛され、そして静かに暮らせればと願ったのに。

人間は、この子を受け入れようとしなかった。

支えなければ、またあの不幸が襲ってくる気がしてならない。
リリサレーンは、国を、なにより一族の安泰を思う父親に殺されたのだ。
王は、父でありながら彼女が王族であることを民に知られることを恐れていた。

人間は変わらない。
現王も、我が身可愛さにこの子を簡単に切り捨ててしまった。
そして……
母である王妃は、無邪気に笑うこの子の姿を見て悲鳴を上げた。
たかだか赤い髪と色違いの瞳をしているだけではないか……
なんと人間は、心が狭い

「いっそ、この国を捨て異世界に逃れようか。
のう……リリスよ……」

セフィーリアは、今のリリスになにもしてやれない。
逃れることしか考えられない自分も、何と頼りない物か。
堂々と生きよと言ってきた自分は、間違っていたのだろうかと、セフィーリアは胸が痛んだ。

33、

しばし彼の胸の中で泣いて、ようやくリリスが顔を上げる。
ガーラントはポンとリリスの頭を叩き、ニヤリと笑った。

「今日は泣き通しだな。」

「うっ、ひっく。いいえ、いいえ、これで泣き納めにします。」
目を真っ赤に泣きはらしながら、リリスがクスンと鼻をすする。

「そうだな、男はそうそう泣くもんじゃない。」
「じゃあ、じゃあ、悲しいときはどうすればいいんでしょう。」

ガーラントは、またリリスの頭をくしゃくしゃと撫でて笑う。
答えは自分で選べとでも言うように、ただかたわらにあるリリスの剣を渡した。

「公がお会いになるそうだ。そのひどい顔をなんとかせよ。」

「はい。
でも……涙と一緒に、ずっと胸にあった何か大きな塊が流れたようです。わかった時のショックは自分でもビックリするくらいでしたが、わからなかった時より心が一つラクになった気がします。」

涙を拭いて、リリスが2人にホッと笑いかける。
セフィーリアが悲しい顔で微笑み、彼を優しく抱きしめた。

「リーリよ、たとえお前の何がわかったとしても、我らは何も変わらぬ。
絶望することは何もない、恐れることなど無いのだ。
お前のその、悲しいほどの物わかりのよさ。だが今は、それに感謝するぞ。
私の大切なリーリ、私はすべてを敵に回してもお前を守ると誓おう。」

「母上様……ありがとうございます。」

その、迷いのない言葉がリリスには大きな力になる。
ヨーコ鳥も彼の肩に留まり、ピピッと鳴いて力づけた、

「さ、身支度を調えなくてはな。ガルシア公は肝の据わった男だ。お前の容姿など関係なく、快く受け入れてくれるであろう。」
「はい」

リリスはコクンとうなずき、セフィーリアにうながされて桶の冷めてしまった湯で顔を洗った。
泣いて泣いて、すべてを吐き出してホッとしたのか、今になってドッと身体中の痛みが押し寄せてくる。
やっぱり無理をしていたのか、ひどく身体はだるそうでダメージは大きい。

「ヴァッシュがおれば、あれの癒しは良く効くのだがのう。こっそり呼び寄せてしまおうか。」
「大丈夫ですよ、すぐに元気になります。
ただ、今は少し心が乱れているだけですし、少し休めば大丈夫です。」

大丈夫……そう、きっと
今は恐くて、ただただ恐ろしくて…………
自分はそれを隠し通すのか、他に知られてしまったときどうするのか……

どうする………………?

いいや、知られてしまった時、すべて終わる。
そんな気がする。
自分はただ色が、髪の色が魔女と同じだと言うだけで、目の色が気味が悪いと言うだけで捨てられた。
それが、本当に魔女だと知れたなら……
自分を殺そうとした者にも、良い口実を与えることになるだろう。

不安が心に重く広がる。

ああ、少し時間が欲しい。
しばし1人になりたい。
でも、今の私に自由はない。
母上に、またご心配をおかけしてしまう。

リリスが目を閉じ、ザレルの剣を手にギュッとひたいの前で握りしめる。
苦しい時、辛い時、彼はいつも父のように話しを聞いてくれた。
そして力になってくれた。


どうか、どうか力を。
ザレル様、あなたがここにいてくれたらどんなに心強いことか……
ああ、あなたを声に出して父上と呼べたなら。

召使いと主人ではなく、ちゃんとした親子として……
母上の子だと、皆様に正式に認めていただきたい。
フェリア様を、フェリアと……妹として呼びたい。

先ほどまで泣いていた彼の顔がキュッと締まった。
このアトラーナの状況の中で、何か功績を上げて認められたなら。

そうだ、ここでがんばらねば。
召使いなどではなく“本当の家族”を手に入れるために。
そう、覚悟を決めてきた。
これが最後の望みかもしれない。
いずれ自分の中に眠る、リリサレーンのことは知れてしまうだろう。
殺されるのか、捕らえられるのか、アトラーナから追放されるのか、すべてを失うだろうと考えればまた恐くて泣きそうになる。

でも……

せめて、それまでは……ほんの一時でも家族を手に入れたい。

私は……もう泣かない!
何があっても乗り切ってみせる!


ギュッと唇を噛みしめ、顔を上げた。
剣を腰に差し、そしてボロボロになったメイスの紐を手に取りキュッと髪をしばった。

「そのようなヒモ、すぐに切れてしまうであろうに。良い物を母が用意してあげよう。」
「いえ、これは大切な友人から頂いた物。切れたらまた結べばいいのです。
では母上、公にご挨拶に行って参ります。」

「何を言う、わしも一緒に行くぞ。お前がいじめられそうになったら守ってやらねば。それが母の勤めぞ。」

奮起する母に、リリスが明るく笑う。


ありがとうございます、私の大切な母様……

ヨーコが飛んできて肩に留まった。

「ピピッ、リリス、そのヒモ使うの?」
「ええ、もう嫌な感じはありませんし。メイスは知らずに下さったのだと思うのです。」
「でも……」
「参りましょう。こちらの現状も、何もわかっておりません。」

そうして2人、先を行くガーラントについて行く。
初めて会う城の人々を刺激せぬようにと、彼は良い顔をしないセフィーリアをよそに頭に彼女のショールをかぶっていった。

初めて来たレナントの城は、思っていたよりも作りが繊細でベスレムとはまた違った雰囲気を持っている。
ベスレムは織物が主な産業であるが、レナントは鋳物、焼き物、打ち物が有名で、職人の町と言われていた。
それだけに、城内の至る所が美しいレリーフやタイルで飾られている。
国境の町は常に戦いの危険もある物の、近隣の国と交易も活発で、その取引で得た資金の一部は滞りなく王都ルランへも流れていく。
ここはアトラーナの要所でもあるのだ。

「美しいお城ですね、母上。」
「ここは商売の場でもあるからな。ルランの本城より小さいが、それだけ手をかけてある。
隣国トランとアトラーナは元々一つの国。トランは小さな国だが、向こうの城はこの城と対で建てられた城じゃ。
湖の畔に、白く美しい白鳥のように建っておる。」
「え?!」
リリスがふと立ち止まった。

湖の……白いお城……

どこかで見た気がする。
それはいつだろうか、……いや、つい先日のような。

頭の中に、赤い髪の女性と、そして仮面だけが……

「リーリ、いかがした?」
「あ、いえ、何かボンヤリと見たことがあるような気がしまして。
……少し考えてみます。」

赤い髪の女性は、リリサレーンだろうか。
夢に出てきた?
夢ではない?

頭が混乱する。
やがて階段を上り奥に通されると、大きな扉の前でガーラントがそこを守る兵に、リリスが来たことを告げた。
リリスは階段がきつかったのか、ひどく息が乱れている。

「しばし待て、この子は体調がまだ悪いのじゃ。」
セフィーリアがガーラントたちを制し、リリスの背を撫でて癒やしの呪を唱えた。

「す、すいません、母上。」
息を整えながら、リリスがショール越しに見える兵の顔をチラリと見た。
兵は2人、何か相談してこちらに向かってくる。
そしてリリスの前で止まった。



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