桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 12

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34、

「失礼する。そちらがリリス殿か?」

「は……はい。」

「なんじゃ、無礼であろう?」
不躾な兵の言葉に、セフィーリアがリリスの前に出た。

「母上」

リリスはセフィーリアを制して、兵の前に出る。
兵は戸惑うように、2人顔を合わせてリリスに話しかけた。

「失礼だが、召使いは城内で帯刀を許されない。どなたかに許しを得ているのだろうか?
この部屋に入るのであれば、申し訳ないがその剣はお預かりしたいのだが。」

「こ、これはザレル様に……」

アッとリリスが剣に手を添えた。

そうだった、あの部屋を出たら自分は母の、セフィーリアの召使いに戻らねばならなかったのだ。
道中はまだしも、うっかり城内で帯刀してしまった。

「何を言う、無礼な。リリスは風の魔導師、そして私の息子ぞ。」

「しかし、まだ正式にご子息とは認められていないと聞き及んでおりますし。
確かに城より来られた魔導師様ではありますが、身分上は風のドラゴン様の召使いとお聞きしております。
正式な身分に則ってのこと、我々は決まりを守るのみ。どうかご了承願いたい。」

「ピピッ」

ヨーコ鳥が腹立たしそうに飛び立ち、兵の前を遮るように飛んでリリスの肩に戻る。


また!召使い召使いって、この国の奴らバカ?!
ここへは魔導師としてきたはずなのに。都合のいい時だけ魔導師扱いして、なんてむかつく!



ガーラントも、眉をひそめリリスの横に立つ。
融通の効かない兵に、腹の中が煮え立った。

「私は騎士のガーラントと申す者だ。この剣は私が帯刀されるよう申し上げた物。
それにこちらは立派な魔導師である、すでに召使いなどではない。
城から派遣されてきた魔導師殿に失礼であろう。」

「しかし……
では、魔導師として認められた証しをお見せ願いたい。確か、正式に認められた者には魔導師の塔よりたまわる指輪があるはずですが。
城からの魔導師殿ならお持ちであろう。」

「そ……れは……あの……」

リリスがうつむき、思わず指を隠して唇をかんだ。
どこか、後ろめたい気分で気恥ずかしい。

自分は、魔導師として正式な身分を頂いていない。

指輪は一つの肩書きのようなもの、持たない魔導師も多い。
しかしそれは、修行しても一人前になることが出来ず、占いや薬草で病を治すなどして生計を立て、独り立ちしても弟子をとることを禁じられた未熟な魔導師のことだ。
塔に認められた指輪を持つ魔導師は、それだけで身分を保障され人々に頼りにされる、上位の術が使える魔法士でもある。

リリスは十分に指輪を持つ資格のある、高位の術さえ難なくやってのける天才とトランでは人々に知られている。
だが、他の弟子が指輪を受けて独り立ちしていく中、彼は身分の低さから登城が許されず、その試験さえ受けることが出来なかった。
王子の侍従として先の旅に同行した時は、星の占いで出たために特例として許された。
奴隷とも同じ身寄りのない召使いが、一つ身分を上げるだけでもそれはとても困難なことだ。
まして身分上、指輪を持つ魔導師は騎士の上位となる。
指輪を与えるかどうかと、審議されたこともないだろう。
実力は突出しているので魔導師として公然に認められてはいるが、実際はそれだけでしかなく、またそれで十分困ることはなかった。


今までは、そんな指輪なんて無くてもいいと思っていたけど、今は欲しくてたまらない。
それさえあれば、きっと家族を手に入れられる。


ああ、でも、いったいどうしたら低位の身分から抜け出せるのだろう。



兵と押し問答をするセフィーリアたちの顔を見上げ、そして目を閉じうつむいた。
指輪を持たぬ弟子など、師に大変な恥をかかせてしまっている事以外に何があるだろう。
こんな大変なときに派遣された自分は、指輪を持っていて当たり前でなくてはならないのに。

「わかりました、申し訳ありません。身分を忘れて過ぎたことを致しました。」
リリスが腰から剣をとり兵に差し出す。

「リーリ!」

「お師様、リリスは構いません。お手を煩わせ申し訳ありませんでした。
元より、私が帯刀するなど必要のないこと、もう旅は終わったのです。
でも、これはザレル様から……私のご主人様よりお借りした剣、どうか大切に願います。」

「わかった」
兵が剣を受け取ろうとした時、中からドアが開いた。


「なんの騒ぎか、見苦しいぞ。」

「これは!」
兵がキリリと姿勢を正す。

そこには筋肉が隆と盛り上がり、身長も幅もある大きなヒゲの男が、ムスリと機嫌が悪い顔で現れた。
体格に合わせた巨大な剣を携えているのを見ると騎士なのだろう。
ジロリとリリスを見て、その大きな手を伸ばしてくる。

「きゃっ!」

思わずリリスが小さく身を縮め、とっさにガーラントが腕で遮った。

「何をなされる、ケルト殿!」

「怒るなガーラント、この邪魔な頭の布を取ってやろうとしただけだ。うっとうしいその布を取れ!」

「は、はい。」
リリスが慌ててショールを取り、頭を下げる。

ケルトという騎士は、大げさなそぶりでリリスを覗き込んできた。
「おお!なんと、本当に赤い髪なのだな?
その方がリリスか、初めて見たぞ。
おお?なんと珍しい美しい瞳だ。ガーラントめ、貴様が美少年に弱いとは知らなかった。」

「なっ!」
カアッとガーラントの頭に血が上る。

「相変わらず口の悪い方だ。」

「ハッハッハ!怒るな怒るな。ああ、それどころではなかったな。さっさと中に入れ!お館様もお待ちだ。」

ケルトが大きな手でリリスを招き入れる。
リリスは慌てて剣を握りしめた。

「お待ち下さい、剣をお預け……」
「構わん、入るがいい。」

「え?」

キョトンとするリリスの手にあるショールを、セフィーリアが横から取り肩に羽織る。
そしてニッコリ笑いかけた。

「杞憂じゃ、リーリよここは本城ではない。さ、はよう。」

「はい。」
この色違いの瞳を、初対面の人に美しいと言われたことはない。
まして、これほど優しくされたことも皆無だ。
リリスは驚きと戸惑いの入り交じった顔で剣を腰にもどし、そっと足を踏み入れた。

35、

室内は広く、しかし壁中を本が埋め尽くしている。
中央には大きな円卓があり、そこにぐるりと身分や知識のある人々11人が座っていた。

「リーリよ、奥の者がレナント公、ガルシア卿じゃ。」

一斉に視線が注がれ、リリスは血が下がる思いで思わず床にひれ伏す。
沢山の兵を守れなかった責任は、強く感じていた。

「リーリ!」

「申し訳ありません!私の力が到らぬばかりに、沢山の方をお守り出来ませんでした!」

入るなり、地にひれ伏し声を震わせるリリスの姿に、公がゆっくりと立ち上がった。
公は長く薄いブラウンの髪を後ろで編み、軽装で腰には剣を携えている。
一見騎士のようで、しかし雰囲気は物静かな目をした優しい顔の若い青年だった。

「よい、顔を上げよ。
確かに援軍の半数は命を落とした。
皆若い、死した者の家族を思うと私も胸が痛む。
だがお主は道中、彼らのすべてを抱えていたつもりなのか?
リリスよ、お前1人ですべてを守るなど、お前のおごりでしかない!
半数が死した、それがお前の実力と知れ!」

「は……い……」

リリスが流れそうな涙に唇をかんだ。

私は……おごっていたのか?
これが、実力だったのか。
私は……それに気がつかなかった。
すべてを守るなど、守れるなどと……
それは、確かになんと傲慢な。

「リリスよ、顔を上げよ。」

唇をかみ、そして浮かぶ涙をぬぐいもせず顔を上げた。
思わずヒソヒソと、一同がリリスの容姿に驚いて小声で話す。
青年は厳しい顔で皆を制し、リリスを見下ろし、そして一つ息を吐くと微笑んだ。

「だが、お前は半数を護ったのだ。大儀である、よう働いてくれた。
お前がいなければ、全滅は免れなかったろう。礼を言う。
リリスよ、術に長け、戦える魔導師はこのアトラーナには非常に少ない。
お前が無事なことは何よりであった。」

公の言葉は、言葉の端々を取れば、確かに都合の良い言葉かも知れない。
でも、彼の言葉は染み入るように傷ついたリリスの身体を癒やし、ねぎらいの言葉に胸のつかえが下りる気がした。

「ありがとうございます。そのお言葉でリリスは救われました。
リリスは力の限りお館様のために、そしてこのアトラーナのために戦うとお誓いいたします。」

「よい、お前はまだ子供だ、国を背負うには心身共にまだ未熟。そのことを忘れるな。
私のためになどと言う言葉、あと3年ほどしてまた聞こうぞ。
さて、少々お前から聞きたいことがある。
旅の途中、戦った魔導師についてだ。」
「はい。」
「お前は子供だが、場数を踏んでいると聞く。
旅で出会った魔導師で、何か気が付いたことはないか。」

「は……」
リリスが膝を付き、ふとうつむき考える。
そしてうなずいた。

「魔導師は2人。奇妙なことに、すっぽりとかぶったローブの奥にはただ紅い目が光るばかりで……顔がないのです。」

「顔が、無い?」

「はい。普通我らは精霊の力を借りて術を使うため、彼らに語りかける言葉をつづります。
ですが違うのです。
ただ、そう……彼らの言葉が直接大きな力となります。」

ガタンと杖をつき、1人の魔導師が立ち上がった。
「馬鹿な、理(ことわり)もなく力を振るうなどあり得ない。」

「本当なのです、1人は大きな闇の塊を生み出し、それはあらゆる物を飲み込んでいきました。そして、振り上げる杖からは黒い塊が……それは触れると……肩が……」

ふと触れて、ピリピリとした痛みにゾッとする。
あの時、激しい痛みと共にズルリと腕が抜け落ちるような感覚を覚えた。実際そうであったに違いない。しかし、リリサレーンの力はそれさえ綺麗に癒やしたのだ。

「いかがした?」
「いえ、なんでもありません。
もう一人は、ただ杖を振り下ろし破砕せよと。
すさまじい力でございました。」

「で、お主はどうやって倒したのだ?それ程強力な魔導師、聞くところによるとそなたが1人で倒したと聞く。」

ギクリと手が震えた。

「実は、覚えておりません。」

「なんと?」

「覚えて……おりません。申し訳ありません!」

一同がざわめいた。
肝心の倒した方法を、語ろうとしないリリスに数人が眉をひそめる。

「覚えていないとはどういう事か?我らはどんな呪を使ったか聞きたいだけだ。それも忘れたのか?」
「申し訳……」

頭を下げるしかないリリスは、硬く口を閉ざした。
これ以上は覚えていないで通すしかない。
絶対に知られてはならないのだ。
意を察したセフィーリアが腰を落としてリリスの肩を抱き、力づけた。

「魔導師が敵を倒すは、魔導の力以外何があろう。
ガルシアが申したことを忘れたか?リーリはまだ子供、この子を責めるは大間違いじゃ。」

ため息がどことなく漏れた。
わかっている、わかっていたが、彼らも難儀していたのだ。
ガルシアが一つ息を吐き、そして立ち上がった。

「よい、ようわかった。
今日は下がれ、顔色が悪い。しばし美味い物でも食って休むとよい。
追々また思い出したことあれば報告するように。
ガーラントよ、リリスに付きたいと願い出でているそうだな。よかろう、騎士として警護を頼む。
またいつ化け物が現れるか知れぬ、魔導師がこれ以上減ることは国の存亡に関わる。心して警護せよ。」

「はっ、ありがとうございます。」

「警護?化け物?」
意外な言葉に、リリスが不思議な顔でガーラントを見る。

「さ、リーリよガーラントについて行くがよい。母は少しこの者たちと話しがあるでのう。
ガーラントはレナント出身ゆえこの城にも詳しい。なんでも聞くと良い。」

「あ、はい。では失礼します。」

リリスが一礼し、ガーラントと共に部屋をあとにする。
ガルシアはその姿を見送るとほおづえをつき、大きくため息をついた。

「残念、覚えておらぬとは、はなはだ残念。
まあ、しょうがない諦めるしかなかろう。
しかしなんであんな子供が初めて会ったこの、ろくでなしのガルシアのためになどと言う悲しい言葉をツルツル言うんだ?
アトラーナの腐った慣例か?」

「公、お言葉が悪うございますぞ。」

「子供は成人するまで子供らしく学校に行って、勉学と遊びにいそしめばよいのだ。
だいたいトランには、戦える魔導師を複数名と頼んだのだぞ。それが何だ、魔導師は子供1人に少数精鋭の騎士50名だと。」

「致し方ありません、この援軍はトランから使者が来る夢見の予言に対する先鋒隊。
正式な魔導師の援軍はまだ決まっていないと聞いております。ましてこの騒ぎ、ますます塔の方々の足も遠のきましょう。」

「フン、腰抜けどもが、塔の魔導師が聞いて呆れるわ。
敵の力がわからぬ今、危険を伴うのはわかっていたはず。一番身分の低い者を試しに差し出したのであろうよ。
どんなに腕の立つ騎士でも、強力な魔導師相手にたった50人で何が出来る。しかも肝心の魔導師は子供だ。
子供はこんな血生臭いことに首をつっこむことはない。笑って遊んでおればよい。」

セフィーリアが円卓につき、そしてグチっぽいガルシアに微笑む。
若いレナント公は、子供の頃から身分差別に反抗して、アトラーナの悪い風習にあまり捕らわれない。
それは早くに父親が、病から公の座を譲った今も変わらない。

「ガルシアよ、それはムリだな。
リーリは学校にも、まして普通の子のように遊んだこともない。ずっと働いていたぞ。
あれは孤児として後ろ盾の家を持たないと言う、この国でも最悪の条件に育った。
自分の下には何もない、自分以外はすべて上にあると厳しく馬鹿どもにしつけられて育ったのだ。
属する最も上に服従しようとするのは、あの子の無難な世渡り術だよ。
まあ、私は別だがな。私にとっては愛する息子、人間の決めた身分など関係ない。」

「なるほど、容姿に引け目があるからな。
皆の方々の、その恐い目つきを案じて、なんとか機嫌を取ろうとしているのであろうよ。」

「公よ、それ程我らはひどい目をしているかね?」

「ああ、まるで鬼か悪魔のようだぞ、長老ザール。あの髪と瞳では、またこの城でも苦労しそうだな。
そう言えば、あれは王家の血族であるとベナレスや本城では噂があるそうだが、本城は余程暇と見える。」

「ああ、あれは噂の出所がまた、ベナレスにいらっしゃる炎のドラゴン殿とか。
まったく、たわむれが過ぎましょう。」
「私も聞きましたが……王もまともに取り合ってはおられぬ様子。心に迷いあればすぐにも切り捨てられましょうぞ。」

「まったく、本城はこの実情をわかっておられぬ。」
ガルシアが、皆のボヤキに苦虫をかんだように顔を歪め、大きく一つため息をつく。
首を振り、ポイとペンを放り投げた。

「まあ、あの少年のことは風のドラゴン殿にお任せしよう。
この城では親子で構わんよ。
身分はそれに準じて良しとしよう。あれで召使いのままではあまりにも動きにくかろう。
それと……
魔導師の補給が間に合わない現状により、やむなく地の神殿に巫子殿をお貸し願えるよう使いを出した。
破壊された部屋も、巫子殿に清めていただき再建に着工する。
各自城内であろうと絶対にお一人になられぬよう。」

「承知いたしました。闇に汚されしおりは、どうぞ切り捨てて下され。」
長老が、目を閉じ手を合わせる。

「諦めの早いことよ。たとえ年老いた者でも、このガルシアは見捨てはせぬ。
ネズミ一匹でも手をつくそうぞ。」
力強い言葉に、長老が顔を上げ目を潤ませる。

ガルシアのこの力強さ、そして人を惹きつける人間としての魅力が、隣国と微妙なバランスを保っているレナントを率いるに足る者として、早くに父親は公の座を譲り渡し、そして人々からも慕われていた。

36、

トランの本城では、宰相サラカーンが急ぎ一人息子の元へ急いでいた。
同じ城にいながら、滅多に顔を合わせることもない息子が先日、魔物に襲われたと聞いたのだ。
父に心配させまいと口止めしたらしいが、すぐに連絡が来なかったのが腹立たしい。

「レスラ!レスラ!」

部屋を守る兵をいちべつもせず、真っ直ぐ部屋に飛び込んで行く。

「父上、わざわざお越しになって下さったのですか?一体どうなさったのです。」

部屋で猫の姿のアイを撫でていた盲目のレスラカーンが、立ち上がり慌てて手探りで杖を探した。
「ライア、杖を……」

「よい、父がそこへ行く。
おお、良かった。お前にもしもの事があれば、父にはもう何もない。
何故すぐに言わなかった、何故父に隠そうとする!ああ、無事で良かった。」

サラカーンが歩み寄り、レスラカーンの身体を抱きしめた。
目が見えない息子を、何より心配して誰よりも愛する彼は少々過保護だ。

「お忙しいのに申し訳ありません、父上。」
父の手の位置から、すでに背丈は父を追い越してしまったことを感じてレスラカーンが苦笑する。

「父上、レスラはもう大人です。どうかご心配なきよう。
何もなかったのです、ご心配をおかけしてはいけないと思い私が皆に口止めを致しました。」

「何を言う、わしにとってお前はいくつになろうと大事な子供。
わしが心配せずして誰が心配する。
ライア、お前がそばにいて何をしていたのだ。
お前はレスラの目となり、二度とこのような事の無いように護ってやらねばどうする。
お前の最も大切な仕事ぞ! 」

ライアが膝を付き、頭を下げる。
アイがいなければどうなったのか、隣室にいながら気が付かなかった。この事件はライアにもショックだった。

「申し訳ありません。このライア、二度とレスラカーン様にこのようなことの無きよう、命に替えてお守り申し上げます。」

「期待しているぞ、わしの大切な息子だ。
夜間も兵を増やすように言っておく。
しばらくお前もレスラと供に部屋で休むようにしてくれぬか?
魔物と聞いては一時も油断ならん。」

「承知しました。」

「父上、それより私も最近ライアに、交易や先代が書かれました、治世についての本を読んで貰っているのです。大変興味深く面白うございます。」
テーブルに置かれた本を探り、手にとって父に開いてみせる。
ライアが自分のために叱られるのは忍びない。

「おお、勉学に励むのはよいことだ。城の賢者にも話を聞けるよう、父が取りはからってやろう。」
父は嬉しそうにレスラカーンと長いすに腰掛け、しばらく2人は久しぶりにゆっくりと語り合った。



アイは親子の会話を邪魔しないようレスラの部屋を出て、城内をまた散歩し始めた。
先日は思わずレスラ達の前で話してしまい、一時は大騒ぎになるかと思ったが、その夜はそれどころではなかったらしい。
翌日2人はようやく落ち着いた所でキアンの元を訪れ、アイの事を聞いてきた。
キアンはどうした物かとアイを横目で見ていたが、アイ自身、レスラには知って欲しいと思って本当のことを告げた。
猫として大事にしてくれる彼を、何となく裏切りたくないからだ。
しかしレスラは話した事を喜び、それまでと変わらない態度で可愛がってくれた。

「それにしても……にゃー」

アイが廊下の手すりを歩きながら、中庭に増えた兵を見下ろす。

先日の増援が襲われ、半数が死んだと聞いて最近城内もピリピリしている。
確認に行った者が帰り次第、遺体のない葬儀が形式的に行われるらしい。
知らせの来た夜は、すぐに決起をと声を上げる者を一喝するザレルの声が、外からでも聞こえてビクッと飛び上がった。
それまでのどこかのんびりした、戦いなど他人事の気配が吹き飛び、動揺が広がっている。
王と王妃の体調も思わしくなく、肝心の王子のキアナルーサもどこか頼りない。

「これはちょっとヤバイ状態じゃないかニャ」

端から見ても、誰かがグイグイと引っぱって行く、そんな印象を受ける人物もなく、何か偉い人が集まっては会議をして、ザレルたち騎士や戦士はイライラした様子で部屋を出てくる。
そんなことを繰り返す。

「大丈夫なのかニャ」

いつもは庭園に出て遊ぶことの多かった姫達も、ほとんど姿を現さない。
悶々とした中で、その日ある商人がやってきた。



「何用か?」
衛兵に城門で呼び止められ、商人らしい風情の男が頭を下げる。
その男はひどく疲れた様子で、長旅に汚れた服を払い帽子を取ってもう一度深々とお辞儀した。

「私は各地を回る行商人でございます。
先日トランの姫様より極秘で書状をお預かりして参りました、どなたかにお目通りを。
こちらが一緒にお預かりした指輪でございます。」

「これは!確かにトランの王家の……待て!すぐに連絡を!」

指輪にあるトランの王家の紋章に衛兵が驚き、中に走っていく。
「トランの姫様から、極秘裏にお手紙をお預かりしてきたと商人が……!」

「確かか?本当に王女の物と証明は出来るのか?」

「はい、王家の紋章の指輪を……」
言葉は次々と城内を言づてに走り、王女の婚約者であったキアンの側近ゼブラが確認に部下を走らせる。

「まさか、王女が僕を頼ってきたのか?」
「今確認を走らせております、少々お待ちを。」
ゼブラが一礼し、部屋を出る。

許嫁であった王女の手紙、もちろん頼るべき相手である宛名は王子であって欲しい。
いや、そんなことは微々足ること。
とにかく中身だ、本当に王女の手紙であれば、トランの内情が記してあるはず。

城内の騒ぎの中、魔導師の塔で掃除をしていたメイスが、水桶の中を覗き込む。
濁った水には、兵に先導されて城内を進む商人の姿。

「困った王女よ、それが裏切りであるとわからぬか。
王と王子はひたすら滅びに突き進んでいる物を。」

メイスの顔が暗く歪み、ククッと小さく笑う。
そしてその手を水面にかざすと、小さく呪をつづった。


城内の入り口で騎士が応対に立ち、商人がひざまずく。
「では、王女の書状を確認させて貰おう。」

「はい、こちらが指輪と書状で……」

商人がカバンから手紙を取り出し騎士に渡そうとした時だった。

「え?」

ポッと手紙に青い火がつき、一息に商人の身体が燃え上がる。

「ひっ!」
「わああっ!」



「手紙を、手……が……みお、お、お、お」



ドサリッ!


回りが一斉に引く目の前で、商人は必死に手紙を持つ手を差し出したまま、その場に倒れ込む。
あたりは騒然として、女達の悲鳴が上がった。

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