桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 13

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37、

「きゃああああああ!!」

「水だ!水をかけろ!」
「水では間に合わん!服で消せ!」

男達が慌てて上着を脱ぎ、何とか消そうと男に近づこうとする。
しかし炎の勢いは強く、誰も手が出せないうちに火はやがて男を燃やし尽くして消えた。

「ひいいっ!」
「女達は下がれ!これはただの炎ではないぞ!」

下働きの女が悲鳴を上げ、城内を兵が駆け回る。

「どけっ!」

ザレルが部下と共に駆けつけると、燃え尽きて黒い炭のような遺体に呆然と唇をかんだ。

「魔導師を呼べ!すぐにだ!」
「はっ、はい、こ……ここに」

息を切らして3人の魔導師が駆けつけた。
1人が見るなり口を押さえ、気を失ってひっくり返る。
ルークは遺体に駆け寄ってひざまづき、手をかざして目を閉じた。

「ル、ルークよ、あまり近づいては危ない。」

他の魔導師のその声をよそに、ルークは構わず両手をかざして術の気配を感じ取ろうとする。
しかし、あまりにも清々しいほどのそれは……意外なことに清浄な火の気配
伸ばした手の先にある手紙の、燃えかすに指を添える。

一瞬、

ルークの頭に暗雲と供に巨大な白い衣の闇が襲いかかった気がした。

「うわっ!」

激しいめまいに襲われ、ルークが半回転して後ろに倒れ込む。

「ルーク殿!」
「だ、大丈夫です。」

慌てて彼に駆け寄った騎士の手を借り、ルークは頭を押さえて立ち上がると、水の魔導師に声をかけた。

「浄化を願います。
ああ……これはいったい……
しかしこの炎……不可解な……」

首をひねるルークに、ザレルがうなずく。

「報告は部屋で聞く!
身元がわかり次第、遺族へ知らせを走らせよ。王女の指輪を回収し、遺体は安置所へ。」

きびすを返すザレルが、集まった人の中にフェリアの姿を見つけた。

「またこのような所に!侍女は何をしている。
フェリア!子供が見るような物ではない!」

一喝されて、フェリアがバタバタと奥へ逃げ込んだ。

「あれは、きっと城内からじゃ。」

フェリアがつぶやきながら、ざわめく人を横目に城内を走り庭に出る。
そして噴水のフチに腰掛け、ゆらめく水面に手をかざした。

「水の精霊よ、わしに力を貸せ。風の精霊どもは、母上に命令を受けてわしの言うことを聞いてくれぬ。」


ぽちゃん、


水面から、一匹の魚が顔を出す。
それはパクパク口をさせ、しかし彼女には声が届いていた。

「お母様から、手を貸さぬよう言われております。
フェリア様は、おとなしゅうお待ちになるようにと。」

「わしにはわかったのじゃ、この城のどこかに敵の魔導師がいると。それでも手を貸さぬか?」
「ならば余計のこと、父上様に話して任せられませ。」

むううう、

フェリアが口をとがらせ、水をバシャンと叩く。
魚はスイッと、また水中へと逃げていった。

「えーい、二言目にはおとなしゅうしろとウザイのじゃ。
だからこっちの世界はわしの肌に合わぬ!」

きいいっ!

腹立たしげに、近くのバラを掴んでギュッと引っぱった。

「いたっ!いたいのじゃ!」
慌てて引いた手にはトゲが刺さり、手の平からじわっと血がにじんだ。

「う……うわああん!リーリーー血が出たのじゃー!リーリー、リーリー!」

どんなにリリスを呼んでも、その姿はどこにも見えない。


さびしい

さびしい



ずっと近くにいて、ずっと一緒にいたのに。

生きている、それだけはわかる。
お腹の中で、どこか繋がっていることが。


母はフェリアをザレルの精気を受けて自らの一部から作りだした、フェリアは半精霊。
自分はリリスの為にあるのだ。
そう信じている。
なのに、どうしてついて行けなかったのか。
くやしい、自分の気持ちを誰もわかってくれない。


泣いていると、どこからか首にハンカチを巻いた猫がやってきて、すり寄ってきた。
「あれ?ひっく、お前はどこから来たのじゃ。」

「にゃーん」

大きな猫で、よいしょと抱きかかえる。
猫はざらざらの舌で、フェリアの頬をぺろりと舐めた。

「アイ、どこです?おや?先ほどの泣き声は……君は確か、騎士長のお嬢さん?」
「わしは……風のセフィーリアの、む、むむ娘じゃ。じゅるるる……」

「ライア、アイは見つかったかい?」

フェリアが涙をゴシゴシ拭いて、声に顔を見上げる。
花に囲まれ現れたのは、杖を手にしたレスラカーン。
フェリアも初めて出会った盲目の美しい青年だった。

38、

庭園のベンチに、フェリアがアイを抱いてレスラカーンと並んで座った。
小さな石のテーブルに、ライアがお茶を運ばせる。
人間達の騒ぎをよそに、花の香りの満ちた庭園にはさわやかな風が吹き、血生臭い戦いに望む男達の血気盛んな姿とはまるで別の世界にいるような、のんびりした時間を送る3人がそこにいた。

「すると、ザレルに呼ばれてきて、そのまま家に帰れないのかい?」

「そうじゃ、魔導師でお兄ちゃまでリリスのリーリがどこかに行っちゃって、お父ちゃまもお母ちゃまもお忙しくて家に帰って来ぬ。
使用人は家におるのに、お父ちゃまはわしだけ家にいるのはダメって。ケチじゃ。」

レスラがプッと吹き出して笑った。

ケチという言葉の裏には、確かにこの子なら家を抜け出してリリスを追うに違いない。
ザレルの判断は正解だろう。

「私も同じだよ。屋敷には使用人が沢山いるのに、父上は目の届く所に置いておかないと心配らしい。」

「ホントか?!同じじゃ、同じイソウロウじゃ!」

「これ、宰相殿のご子息に失礼であろう。」
ジロリとにらむライアに、レスラが手を振る。

「よい、フェリアとはよい友人になれそうだ。
ザレル殿は楽しい娘を持って幸せなことよ。」

レスラの言葉に、フェリアが急にシュンとする。
ぶら下げた足を、ブラブラさせてうつむいた。

「お父ちゃまは本当に、わしがいて幸せなのじゃろうか?
お父ちゃまはわしが半分精霊だから、半分しか幸せじゃないのでは無かろうか?
お父ちゃまはリーリを大事にする。でも、わしのことは怒ってばかりじゃ。きっときらいなのじゃ。」

急にしぼんだ少女の声に、レスラが微笑んでそっと手を伸ばす。
フェリアはその手を取り、頬に当てた。

「あったかいのう。リーリより大きな手じゃ。」

「私は、目は見えぬが耳は良い。
ザレルがフェリアを呼ぶ声は、私の父と同じだと思うよ。
大切だからこそ、心配して怒るのだ。
心配せずともよい。」

暖かい言葉が、さびしい心を優しく照らす。
フェリアはパッと顔を輝かせ、レスラにギュッと抱きついた。

「あっ!こ、こ、この……!」

顔を真っ赤にしてグーをフルフル振るわせるライアをよそに、レスラが優しく彼女の頭を撫でる。

「私は無力だが、フェリアの力に少しでもなれるかもしれぬ。
何か心配なことがあれば話してくれぬか?」



力に……なってくれるのか?
リーリではない人間が、このわしの力に。



話してみようか

でも、信じてくれるかな?



レスラカーンの閉じられた目が、ゆっくりと開いた。
それはとても澄んだ水の色で、その優しいブルーグレーが見えないとは信じられない。
どこを見ているのかはっきりしない視線は、しかし確かにフェリアを見守っていた。

「わしは……わしは母が精霊じゃ。」

「ああ、そうらしいね。」
「じゃから、何となくわかるのじゃ。」

「なにを?」

「さっき、城の中で人間が1人燃えたのじゃ。
大騒ぎであった、恐ろしい事じゃ。
だが、それが、わしには城の中にいる者の仕業だとわかったのじゃ。」



まさか……!



ライアが、緊張してレスラの肩に触れた。
「レスラカーン様、これ以上はお聞きにならない方が。」

危ないことだと、ライアが直感する。
レスラはしかし、ライアを手で遮りフェリアを向いた。

「どうして?それはどうしてだい?理由は?根拠は?」

「匂いじゃ、それぞれの精霊には精霊にわかる匂いがする。
リーリやお母ちゃまの回りはいつも優しい風の匂いがしておった。だが、それとは違う、何かこう、毒々しい匂いがしたのじゃ。
それは、城内でも覚えのある匂いじゃった、だから城内に犯人がいる。
魔導師は精霊を使って、それの力をもっともっと大きくして魔術を使うが、精霊は魔導に導かれて力を増幅すると、匂いが強くなる。
遠くから術を使っても、きっと術者はあの匂いをさせているに違いない。
わしが犯人を捕まえて、お父ちゃまに誉められるのじゃ。」

「なるほど……君は精霊だから、それがわかるんだね。」

コックリうなずき、フェリアが手をグーにして振り上げた。

「わしも、お父ちゃまやお母ちゃまのためになることを、犯人捕まえて見せてやるのじゃ。
リーリも喜ぶに違いない。
みんなニコニコでお家に帰れる!」

鼻息あらい彼女に、レスラがふと考える。

「フェリア」

ギュッと力をこめて彼女の手を握った。
「なんじゃ?手が痛いのじゃ。」

「フェリア、お前は半分精霊と言ったな。
精霊は、精霊だけでは何の力もないと聞いたことがある。お前は自分の身を守れるか?」

「え?……うーむ、わしはリーリの力を増幅できた。きっと他のことも……うーむ……」

「ここに術者、リリスはいないのであろう?
フェリアよ、それは危険すぎる。」

「でもぉ、わしは捕まえるのじゃ」

「私は先日、恐らくその魔導師に狙われた。
隙があるとすかさず狙ってくる、それを考えると、どこにいても見られていると考えた方がよい。
フェリアよ、当てもなく探してはならぬ。
それはきっと隙を作ってしまうであろう。
私に良い考えがある。時間はかかるが、一つずつ可能性を消して行くのだ。
急いては敵にもおまえの存在を知られてしまう。ゆっくり、ゆっくりだよ。」

フェリアの小さな耳に、レスラが小さくささやく。
パッと明るい顔で、彼女が顔を上げた。

「おお!それはよい!それなら下々の者は、完全制覇じゃ!」

「私が話をつけてあげるから、お前は必ず1人で行動してはならぬ。わかったね。」

「うん!わかったのじゃ。お約束の指切りじゃ。」

アイが見る前で、フェリアがレスラと小指を絡める。

「にゃあん」

アイが一声鳴いて、レスラも嬉しそうに微笑み大きくうなずいた。

39

一室で、ザレルがルークと門番を呼び、他の騎士や賢者も合わせ話を聞く。
門番はひどく興奮してショックを隠せず、使者が燃え上がった様子をなんとか詳細に話していた。

「…い、以上でございます。
いきなりで、それが激しく、とてもとても…消す事ができませんでした。
も、申し訳……」

「よい、その方らに落ち度は無い。
わかった、下がってよい。」

「は、失礼します。」

門番たちは頭を下げ、部屋を後にする。
同じテーブルにつくルークが立ち、軽く頭を下げた。

「では、私からの報告を。
私は遠見ですが、大きな力の痕跡を感じる事ができます。
受けるのはイメージ。
見たようにはっきりしたものではありませんが、印象として浮かぶのです。
あの遺体から受けたイメージは、ひどく清浄な…青い炎。空よりも青い、青い……
そして、あの手紙から受けたイメージは、白い衣の…闇…のような。」

「白い衣の闇?それは魔物ということか?」

「いえ、はっきりとは……
白い衣の中が、闇のように暗く……何か、こう、つかみ所のない、しかし巨大な闇が……」

ルークがどう表してよいのか、しかしそのイメージをとらえたときの恐怖にじわりと汗がにじむ。

「清浄な?炎とは?それはどういうものか?
我らにイメージはつかみにくい。もっとわかりやすく例えていただきたい。」

貴族の一人が、はっきりしない報告に少し苛ついて訪ねた。
ルークはしばし目を閉じ、迷いながら顔を上げる。
詳細に伝えるすべのないもどかしさに、自身もいらついていた。

「例えが…言ってよいものか、見当がつきませぬ。
あの使者を燃やした炎の気配は、神殿にある神火のように澄んでいたのです。」

「なんと!では、使者を燃やしたのは巫子だと言われるのか?!」

「馬鹿な!神殿の謀反とでもおっしゃるか!」

賢者が驚いて立ち上がる。
一同は驚きにざわめき、ザレルは腕を組みじっと考えている。

「いや、巫子だけとは限るまい。」

貴族の一人が、気弱そうにつぶやく。

「それはどういう事か?」

問われて貴族の男は、ザレルを気にしながら答えた。

「精霊王の血族であれば、清らかな炎も可能であろうと……思うてな……」

「血族…というと、あのフェリア嬢ちゃんか?馬鹿な事を。」

賢者が首を振り、ザレルを横目で見る。
そしてゾッと震え上がり、思わず腰を引いた。
ザレルは無言で、見た事の無いほど恐ろしい顔をしていたのだ。

「ひっ…」

言ってしまった貴族が激しく後悔し、あわてて首を振る。

「た、た、たとえじゃ!ザレル殿!
あ、あのおてんば少女が、人を焼くなどあり得ぬ!」

ザレルが腰の剣を取って、ドンッと床に突く。
一同がビクッと飛び上がり、小さくなって顔を引きつらせた。

「いや、我が子が精霊王の子である事に変わりはない。
だが、俺が知る限りは、そのように大それた力はまだ無いと断言できよう。
しかし、その方らに一瞬でも疑惑を向けられると言うならそれはそれ、俺も親として子の疑惑は晴らさねばならぬ。
もしあの子が敵に加担しているとなれば、騎士長としてもこの身にけじめを付けよう。
この首、落として野ざらしにでもされるがよい!」

静かに、しかし迫力のある言葉が一同を圧倒した。
精霊の女王を妻にする、その覚悟。
あがめられ、しかし一方では恐れられる精霊の王たるドラゴンは、その力も計り知れない。

賢者が息をのみ、そしてふっと微笑んだ。

「おぬしのその一本気には、ほとほと参る。
あのまだ生まれて何年もたたぬお嬢ちゃんが、忙しい御主の手元にいる。それだけで皆わかっておるよ。
自分の身を守る事さえかなわぬから、御主は目の届く所に置いておきたいのであろう。
我らも年端もいかぬ少女を一瞬でも疑った、それは謝ろう。
これこそ敵の思い通り、術中にはまる所であったわ。」

「ええ、私もそう思います。
互いを疑っては敵の思うつぼ、それこそ敵の狙い通りでしょう。」

賢者とともに告げるルークの言葉に、一同がうなずく。

「とにかく、レナントにやった調査隊が帰ってくるのを待つ事にしようではないか。
敵が魔物なのか、トランの魔導師によるものか、巫子が関係するのか今のところはっきりしない。
うろたえて判断を誤ってはならぬ。
ザレル騎士長、血気盛んな若い騎士がトランへ攻め入ることを口々にはやっている。
今がその時ではないことを一同によくよく言い聞かせ、規律を正すよう願いたい。」

賢者が一番心配していることをザレルに告げる。
ザレルは大きく頷き、顔を上げた。

「では、この件、賢者殿から宰相殿へお伝え願いたい。
ルーク殿。魔導師の等の方々は、続けて魔物か魔導師によるものか探ってほしい。
それと、城の結界の強化をお願いする。」

「わかりました。私から長に伝え、できるだけのことをいたします。
後ほど賢者様に報告を。」

「了解した。」

重々しい雰囲気の緊急会議が終わり、ザレルが部下に各部署の責任者を集めるよう指示をする。
人を率するのは頭が痛い。
よほど剣を振り回していた方が楽だと思いながら、廊下を歩く。
頭を下げる下女たちをいちべつしてふと先を見ると、大きなパンかごを持ち、夕食の準備だろうか食事を別の棟へ持って行く女たちと共に、楽しそうにしているフェリアが目に入った。

「また余計なことを……」

どうしたものかとため息が出る。
「あれはお嬢様ではありませぬか?」
部下が気がついたようで、指を指した。

「あっ!お父ちゃまじゃ!」

持っていたパンを横の侍女に渡し、一目散にザレルに向かって駆け寄ってくる。
そして、ピョンと飛びついた。

「やれやれ、今度は何をしている。」

ザレルが抱き上げ、娘の身体から香るパンの香りに思わずにやりとする。
そういえば、腹が減った。

「えへへ、あのね、秘密なのじゃ。お手伝いできるように、レスラがね、…」

「レスラ?レスラカーン様か?
宰相殿のご子息に、またご迷惑をおかけしたのではなかろうな。」

「違うよ、違うの。お友達になったのじゃ。」

また怒られやしないかと、フェリアが慌てて首を振る。
侍女のルイードを見ると、こちらに一つ頭を下げる。
ルイードは城のメイドの一人だが、フェリアの世話を頼んでから、なんだかゲッソリやせて見えた。
よほど世話に振り回されていると見える。
ザレルは深く聞かず、娘を降ろしてポンと頭をなでた。

「レスラカーン様とお呼びせよ、あの方は宰相殿のご子息だが王族の王子だ。手伝いをするのはいいが、他の者に迷惑をかけぬよう。良いな。」

「うん!侍女のルイードがついててくれるから大丈夫じゃ!」
「返事ははい、だ。」
「はい!はい!はーい!」
「一回でよろしい。」
「はい、じゃ!」

元気なのはいいが、どうも母親に似てテンションが高すぎるのはついて行けない。
よくリリスは日がな一日一緒にいて疲れないものだ。
リリスを思い浮かべ、よくよく器用なやつだと感心する。

……ふと、娘の心の中のことが気になった。

「リリスがおらぬのは寂しいか?」

フェリアの顔が、急にシュンとして唇をかむ。
大きくうなずき、ほおを引きつらせながら一生懸命にっこり笑った。

「寂しいが、……大丈夫じゃ!お父ちゃまがいるから!」

「そうか……さあ、手伝いに行くがよい。
ルイードをあまり困らせるな。」

「うん!じゃなかった、はい!」

ザレルと別れ、フェリアが急いで先を行く女たちの後を追う。

「お父ちゃまにうっかり話すところじゃった。」
ぺろりと舌を出して追いつくと、ルイードからパンを受け取った。


フェリアがこうして食事の世話を手伝うのは、レスラの提案だった。
城内に人は多いが、貴族や役職上身分の高い者以外、皆食事は決まった場所でとっている。
人の目があり、また接する人が多い分、安全に、かつ食事の匂いにも左右されない精霊の香りをかぎ取るチャンスも多い。
ここであの事件の場でかいだ匂いが無いとしたら、次にあるのは身分の高い者となる。
ここに2、3日ほどお手伝いができるよう、彼が女中頭に頼んでくれたのだ。

「それにしても、食事は食堂だけではないのだのう。城には一体どれだけ人がいるのじゃ。」

「フェリア様、朝と夕食は当番の者だけですから少ない方ですよ。
と言いましても、今は夜間の兵が増えておりますから当番も増えているのですが。」

「3度こうして配るのか?面倒な事じゃ。食堂に来ればよいのに。」

「配るのは交代のいない夜だけです。
フェリア様は朝もお手伝いされますか?」

「もちろんじゃ、わしもがんばって早起きする!
リーリは暗いうちから起きて、朝食の準備をする働き者じゃ。
わしにも出来ることを伝えて、お手伝いを出来るようにするのじゃ。」

「まあ、フェリア様は本当にあの召使いをお気に召しているのですね。」
何気ない言葉に、フェリアがムッとにらみつけた。

「リーリはわしの大切な兄じゃ、家族なれば誰よりも愛しておる。
おぬしも言葉に気をつけよ。」

「え?あ、はあ……」

本当に、リリスを召使い扱いしかしない城の奴らには嫌になる。
確かに家事をいろいろこなしているのはリリスだけど、使用人をずっと置いていないのはリリスを嫌う他人をせめて朝夜は避けているだけだ。
母が家事など出来ないだけで、自分たちはみんなリリスは家族の一員だと思っているのに。
自分でも、思う以上に腹が立つのは母の血のせいだろうか。

「早う、早う帰ってこぬかリーリ。わしは寂しい。」

また潤んでくる涙を抑え、女たちの後を追う。
やがて食事を運ぶ先が城の奥の魔導師の塔へと向いて、始めてくる場所にフェリアもきょろきょろ物珍しそうに見回した。

「ここはどこじゃ?いつもこっちには兵が多くて入れなかったのじゃ。」

「ここは魔導師様の塔ですよ。怖い怖い魔導師様が、たくさんお暮らしになっているのです。」

「ふうん、リーリたちと同業者か。」

そう言えば、リリスはここへ挨拶に入ってから、少し嬉しそうにしていたっけ。
あとでしつこく聞いたら、友達が出来たと言っていたな。

食事を渡す中、魔導師の塔にいる専属の召使いだという少年の姿が見える。
彼はフェリアに気がついて、優しい微笑みを浮かべ挨拶をしてきた。

「これは可愛いお嬢様ですね。こんにちは、私は召使いのメイスともうします。」

「こちらは騎士長様のお嬢様です。今日はお手伝いなのですよ。」

ルイードが返して紹介する。
フェリアは何か違和感を感じ、くんと鼻を鳴らした。
しかし、ここは魔導師の塔、精霊が多く香りが入り交じっている。
メイスとルイードは親しげに話をして、作業を続けているが、あまり良い気がしない。


何故じゃろう、こいつの顔はちっとも自然に見えぬ。


怪訝な顔で口をとがらせると、メイスが気がつきにっこり笑った。

「確か、リリスは騎士長様のお宅にお世話になっているとお聞きしましたが。」

「世話になっているとは何だ、リーリはわしの兄じゃ。」

「これは失礼しました、先日私の部屋で一緒にお茶をしました時に、そう話してくれた物ですから。
いつも孤独を感じ、寂しいと。
リリスは無事レナントへついたのでしょうか?」
顔を曇らせ、心配そうにメイスが空を見る。

「こ、孤独じゃと?!嘘を言うな!そんなこと、リーリが言うわけ無い!」

「ああ、申し訳ありません、秘密だと言われておりましたのに、つい口が滑ってしまいました。お忘れください。
心配で、ずっと思っていた物ですから。」

孤独??お茶だと?
だいたい何じゃ、この親しげな話し方は!

「嘘つきめ、余計な世話じゃ!
リーリにはお母ちゃまがついておる。おまえはリーリのなんじゃ!」


くすっ、


メイスが薄い笑いでフェリアを見下ろした。

「私はリリスの親友です。ご存じなかったのですか?
リリスもあなた様には話していなかったのですね。失礼しました。」

一礼してメイスが背を見せる。



うそつき!



フェリアは頭にカッカと血を上らせて、その背を見送った。

「おのれ、何であんな男がリーリの親友じゃ。
何かすっごく嫌なやつなのじゃ。」

メイスが仕事を続けながら、横目でフェリアを見て舌打ちする。

「城にいるとはやっかいな。精霊崩れが。」

自分が隣国の魔導師とつながっていることを知られるのはまずい。
今夜リューズ様にお伺いを立てなければ。

メイスのそでが、チラリとめくれる。
ルイードがふとそれを見てギョッと目をむき手が止まった。

「何か?」
「い、いえ……」

微笑むメイスの優しく穏やかな顔に、見間違いかとルイードが頭を振った。
メイスの腕には、まるで生きているようなトカゲの入れ墨が、鮮やかに描いてあるのがチラチラと見えていた。


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