桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 14

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40、

翌日、翌々日と食事の世話を手伝って、約束の期日を迎え食事のお手伝いが終わった。
疲れて花に隠れるように庭のベンチに寝転がっていると、またあの猫がやってきておなかの上に飛び乗ってくる。
フェリアはまだ気がついていないが、猫はアイの仮初めの姿だ。

「びっくりした、何じゃまたおまえか。」

「にゃん」

アイがスリスリ、頭をフェリアの手にすりつける。


真面目にやってるじゃない、可愛いだけのガキだと思ってたけどさ。


座って頭をなでるフェリアに、ちょっと見直して膝の上に座った。

「レスラに会いに行かねばのう。
でも、結局犯人がわからなかったのじゃ。
レスラはわしの話をよう聞いてくれるが、わしはだんだん自信がなくなってきた。
本当にあの匂いは城内にいるのじゃろうか?
なんだか、ちゃんと聞いてくれるレスラに悪いのじゃ。」

潤む目に、クスンと鼻をすすり顔を上げる。

「フェリア、おまえはよくやってるよ。
私はおまえの力になると言うただろう?」

杖を突き、レスラカーンが木の陰から現れる。

「レスラ!」

フェリアはポンとベンチから飛び降り、レスラに飛びついた。

「ほんに、ほんにレスラは精霊のようじゃ。
いつもどこからか突然現れる。」

「フェリア、よく仕事をがんばったそうではないか。偉かったな。」

「うん!だってレスラが頼んでくれたから、わしがしっかりしないとレスラに迷惑がかかるじゃろう?」

レスラが微笑みフェリアの頭をなで、そして彼女の身体をぎゅっと抱いた。
小さいのになんと思いやりのある優しい子だろう。

「優しい子だね、フェリア。さあ、座って話を聞かせておくれ。」

ベンチに二人座ると、いつからそこにいるのかライアが周りに目を配り、そばに立っている。
フェリアは安心して猫のアイを膝にレスラと並んで座り、仕事で行った場所をいろんな話を織り交ぜて楽しそうに話し、そしてそこにあの精霊の香りは何もなかったことを告げた。

「働くというのは、つらいこともあるが楽しいことも多いのじゃ。
お友達もいっぱい出来て、わしはとっても楽しかった。
夜、お父ちゃまに話すと、お父ちゃまもよう話を聞いてくれる。
良い子じゃ、良い子じゃとほめられた、レスラのおかげじゃ。」

「そうか、心配していたが、お前がそれほど喜んでくれるとはおもわなんだ。
目的とは別に、お前のためにもなって私も嬉しいよ。」

「えへへ…」

レスラが頭をなでると、フェリアがにっこり笑う。
その朗らかな顔が、見えないはずのレスラにも見えるような気がする。
ライアが振り返り、二人の暖かな会話にほおがゆるむ。

フェリアとレスラは、時間を見つけては庭で落ち合い楽しく語らうのが楽しみになっていた。
部屋に引きこもりがちのレスラも、おかげで庭にフェリアを探してよく出ていく。
表情も明るくなって、ライアもそばで見ていて嬉しい。
まあ、彼はほんの少し複雑な心境でもあるが、相手はまだ小さな女の子だ。

「あのね、ただね、魔導師の塔だけはよくわからなかったのじゃ。
あそこはいっぱい精霊がおって、いろんな香りが混じっておる。
それに…ちょっとむかつく事があってのう。」

「むか……つく??」

「えーと、腹が立ったのじゃ。メイスという召使いがね……」

突然ハッとライアが緊張して振り向き、剣に手をかける。


「その方、何用か!」


そして叫んだ。
フェリアが顔を上げると、そこに見回りの兵が異様な顔つきで、こちらへふらふらと歩いてくる。
突然、何か重い空気と共にもやがあたりを包み、ライアが二人の前に立ち、剣に手を携えた。

「レスラカーン様、お気をつけください。」

「どうしたのだ、ライア。」
レスラが驚き、立ち上がる。
何か言いようのない気配、それはあの悪夢に襲われた時を容易に思い出させた。




井戸をのぞき込み、闇に浮かぶレスラたちの姿にほくそ笑む。
メイスがその闇に手を差し出し、その手から伸びる青い蛇を彼らのそばにいる兵に向けて放った。
蛇は兵の身体に吸い込まれ、兵は一瞬苦しむようにして倒れる。
そして、まるで幽鬼のようにユラユラと立ち上がり剣を抜いた。

「くくく、なんと可愛い事よ。
あらがうすべも持たぬ小鳥が、愚かな行為に踊るなど笑止。
しかしお前の存在は、やがてこの城の光明になるやもしれぬ。
恐怖に震え、味方と信じる者に殺されよ。
この城に光はいらぬ。」





ライアが二人の前に立ち、剣を抜き構えた。

「兵が一人抜刀しています。様子が変です、私の後ろへ。」
「フェリア、ライアの指示に従うのだ。」

「何じゃ?何じゃあの兵は。怖い顔をしておる。怖い顔じゃ、フウフウ言っておる。
お父ちゃま!お父ちゃまを呼んでくる!」

フェリアが身震いして、レスラを離れようとする。慌ててレスラは彼女を引き寄せ、手をつないだ。

「いけない、気配がまるで違う。これは動いてはならぬ。」
「でも、でも怖い!」

「誰か!兵はおらぬか!」

レスラが叫ぶが声が通らない。
動転する気持ちを抑え、しがみつくフェリアに落ち着いて声をかけた。

「フェリア、私は目が見えぬ。おまえが私の目になっておくれ。出来るだけでかまわぬから。」

「あっ」フェリアがはっと顔を上げる。
気がつくとレスラの手にも力が入り、懸命に耳をすませる彼の姿が目に入った。


そうじゃ!レスラを守らなきゃ!


フェリアが彼の服をギュッと握り、周りに目を配る。
「わかった、わしがレスラの目になる!あっ!くる!」

正面の兵がとうとうライアに襲いかかり、剣から火花が散った。

41、

城内の一室では、数人の騎士や貴族を交え会議を開いていた。
先日の商人の焼死事件を受けて、城下に関を設けることになったのだ。
自由に人や物が出入りできる状態だったのだが、しばらく関を置いてチェックして欲しいと要望が出て、兵の巡回も増やすように決まった。
それは不便な状態になるが、今の隣国との関係の様子を見て柔軟に対応すればいい。

ここのところ戦いは無縁で安穏に日々を暮らしていただけに、急にわき起こった隣国とのこの状況に慌てて決めなければならないことも多く、最近トップを任されるようになった者は特に、あまりにもだらけていた状況に頭も痛かった。
ザレルも親衛騎士長だが一般の騎士長を束ねるトップにあるだけに、連日の頭を使う会議で多少疲れてきた。
よほど剣を振り回している方がラクだと幾度思ったことだろう。

「それでは、その件は騎士長に指示を頼む。関は特に上下の連絡を緻密にする必要がある。」
「了解した、人材の選抜を部下に……」

びょうと風が部屋を吹き荒れ、地図と書類が舞い上がる。

「おおっと……ひどい風じゃ。……ザレル殿?いかがなされたザレル殿?」

ザレルがその場に立ち上がり、窓を向いて耳をすませる。

「失礼する!」
そして、いきなり部屋を飛び出した。

「ザレル様!」
「騎士長!」

いきなり廊下を走り出したザレルに、部下の騎士2人もついて走り出す。
廊下を行く女たちが慌てて横により、大柄な男たちに道を譲った。

「どうなさいました?!」
「わからぬ、妻の配下の者が急げと言う!」
「風のドラゴン殿の?」

それは、普通の者には見えない風の精霊。
共に暮らすうち、ザレルにも見えるようになっているのだ。
精霊の道と言われる、その異なる世界が。

階段を駆け下り、回廊を駆けているとレスラの警護に当たっていた兵が血相を変えこちらに向かってきた。

「どうした!」
「に、庭にお嬢様とレスラカーン様が!」

状況を端的に聞くと、突然もやがかかり彼らの姿が見えなくなったという。
しかし、何故かそこに近づけないと。
そこは庭園の中央にある噴水の奥、バラに囲まれひっそりとしたベンチがあるはずの場所。
そこだけが白いもやに包まれ、見通せない。
ザレルが足を進めるが、その場所では跳ね返されるように踏み出せない。

「いったいどうなっているんでしょうか?近くにいた兵も消えて……」
「消えた兵は何人か?」
「ええ、ええと、確か2…いや3人……かと。」

「剣を突いてみましょうか?」
部下が剣に手を添える。

「いや、待て、中の状況がつかめぬ以上剣は使うな。
魔導師殿を呼んできてくれ。結界を破らねば話にならん。」

「はい、すでに呼びに走らせております。」
「宰相殿には知らせたか?」
「いえ……あ、お見えに…………」

「ザレル!これはどういう事かっ!」

サラカーンが息を切らせて血相を変え駆け寄ってくる。
親であれば、誰しも心は同じ。
目の前にいるはずなのに、何も出来ないこの状況は歯がゆい。
いったいそこで何があっているのか、ザレルは途方に暮れて空を見た。






剣と剣が交わるたびに、鋭い金属音が響き火花が散る。
ライアは善戦しているが、相手は城の兵士。
何者かに操られている様子では、出来れば殺すことは避けたい。

「ライアが一人相手にしておる!レスラ、どうする?……あっ!」

ガサガサ物音に目をやると一人、やせた兵がつるバラをかき分け、服を破きながら現れた。
何故か目を閉じ剣を手にぶらりと下げて、眠ったようにゆらゆら身体が揺れている。

「レスラ、右から一人来た!剣を手にしておる!やっぱり様子が変じゃ、これは誰かに操られておる!」

フェリアの声に、兵がカッと目を開ける。
ぐっと手に力が入り、剣を構えた。

「こちらに向かってくる気じゃ!」

「おおお!」
ヒュン!声と同時に風を切る音がかすかにして、一息に剣を振り上げた。

「フェリア、そばを離れるな!」
レスラがフェリアの手を離し、杖から仕込み剣を抜いた。
音を頼りに、横になぐ。
兵が振り下ろす剣がはじかれ、大きく男がよろめいた。

「王子!」

ライアが相手の足を切り、隙を見てレスラの元へと足を向ける。
しかし、相手はケガのあることにも気がつかない様子で、また重い剣を振りかざしてくる。

「くっ!このままでは!」

やせた兵は、また体制を戻してレスラに襲いかかる。

「右から来る!」

フェリアの声に、レスラが剣を右に構える。
しかし、左からもまた一人、新手が現れた。

「左からもう一人出た!」

懸命にフェリアを守ろうとするレスラだが、音を頼りでは2人を相手にするのは無理だ。
しかも仕込み剣は細く、まともに剣を受けられない。

駄目だ!駄目だ、レスラが死んじゃう!

救いたい!その感情に応えるように、フェリアの身体から熱い何かがこみあがってくる。

お母ちゃま!力を貸して!お母ちゃま!


ビョオオオ!!


突如突風が辺りに吹き荒れ、フェリアの身体を大きく巻いた。
風は渦となって高く巻き上がり、襲いかかる兵たちをはねのける。

「フェリア!」

びょおおおごおおおおおおお!!

風がどんどん強く、目も開けていられない。

「フェリア!フェリア!」
「王子!ふせて!」

叫ぶレスラにライアが覆い被さって地に伏せた。
閉じた空間が引き裂かれ、空に大きく風の精霊の王女たる姿のフェリアが白い姿を現す。
それは城を包み込むように大きく、風をまとい弓なりに身体を後ろに倒し、そして身を起こして城を包み込んだ。





「ひっ!あ、あれは!まさか!」

塔の井戸のそばで術をかけていたメイスが、のぞき込んでいた井戸から顔を上げ、思わず空を見上げる。
目前に、空を覆うフェリアの白く美しい成人した顔が迫る。
その巨大な姿によろよろと後ろに数歩下がり、風を巻きながら自分にゆっくりと向かってくる白い手に恐怖した。




結界が破られ、突如現れた竜巻のような強風に皆が悲鳴を上げる。

「あ、あれは何ぞ!ザレルよ!」
「宰相殿お伏せ下さい!」
「危ない!」

巻き上げられないようにそれぞれがその場に伏せ、慌てて何かにつかまる。
ザレルは呆然と変貌した我が子を見上げ、そしてその足下に目を移した。
レスラとライアが必死に地に伏せ耐えている。
はっと我に返り、思わず駆け寄り両手を空に掲げた。

「フェリア!心を納めよ!このままではお前の友人を傷つけてしまう!
フェリア!」

ザレルの声が、風にかき消される。
怒る風の精霊がしかし、その声を精霊の王女の元へと届けた。




メイスの眼前に白く巨大な手が迫る。
しかし、恐怖に足が動かない。

その手は自分を握りつぶすのだろうか?
それとも風に巻き上げ引きちぎるのだろうか?

「馬鹿な!馬鹿な!」

ガクガクと身体が震え、風の音に任せて悲鳴を上げたとき、目前でその白い手が止まった。
フェリアの身体が大きく揺らぎ、両手で顔を覆って後ろに倒れて消えてゆく。
その隙を突くように、メイスが慌てて塔の中へ逃げ込んだ。


巻き上げる突風がかき消され、空にそびえる白い風の王女が小さくしぼみ、空からゆっくりと小さな身体のフェリアが落ちてくる。
ザレルが駆け寄りその身体を受け止め、懸命に揺り動かした。

「フェリア!フェリア!」

目を閉じた娘は目を覚ます気配もなく、身体には力を感じない。
胸に耳を当て、息をしているのを確認してほっと胸を降ろした。

「フェリアは?フェリアはどうしたのだ!」

レスラがライアの手を借りて立ち、ザレルに手を伸ばす。

「娘は無事です。おけがはありませんか?」
「私は無事だ。フェリアはどうなったのだ、声が聞こえぬ。」

「王子、少女はこちらに……」
伸ばす手をライアがフェリアのほおに導く。

「おお、フェリア、お前が私を助けてくれたのか。
すまぬ、私はお前を守ることが出来なかった。
ふがいない私を許しておくれ。」

レスラの目から涙が落ちる。
そのとき、フェリアがうっすらと目を開いた。

「レスラ……良かった……あれ、やっと、見つけた……の……お父ちゃ…………」


「フェリア!」


フェリアの身体が、薄く透ける。

消えてしまう!フェリアが消えてしまう!

ザレルがギュッと抱きしめ、空へ一つ叫んだ。

「セフィーーーリアーーーーー!!!」

42、

レナントの城を穏やかな風が吹き、庭園の木々がざわめく。
静かな中に、時折聞こえてくる女たちの笑い声が、どこか緊張した兵が見回る中で気持ちをほっとさせる。
リリスが一つ深呼吸して、髪をかき上げ腰の剣に手を触れた。

昨日はずっと部屋に休み、何とか身体を癒すことだけを考えていた。
まだ身体は怠いが、今日は少し気分もいい。
昨夜は初めて部屋を出て食堂でガーラントと食事を取っていると、王都ルランから共に来た騎士が数人、リリスに無言で会釈してきた。
本城では考えられないことだ。
王子のためにという名目ではありながら、自分は魔導師としては見られず、あそこではただの召使いでしかなかった。
プライドの高い騎士が頭を下げるなどあり得ない。
しかし旅の途中での戦いに、彼らも魔導師として認めてくれたのかもしれない。
この身の内にあるリリサレーンの手を借りたとしても、それは一つ目的への階段を上がったような気がした。

「どうした?」
「いえ」

リリスが、ガーラントに連れられ城の中を案内されてゆく。
昼食の前に、一通り見たいと希望したからだが、ガーラントもそれは同意して歩き出した。
この城は高台の、一方の面を崖の上にした場所に建っている。
正面を入るとそこが南の本館。一番大きな、主に客をもてなすことに重視を置いた城だ。
執務も主にここで行われる。
それを過ぎて左右の庭園を眺め中央の回廊を進むと、領主や他の者が居城する北の館に続く。
そして庭園の奥の両端は塔。
崖に面した東の塔には主に魔導師が住まい、西の塔は物見と戦略を図る会議の間などがある。

一番最初に案内された庭園には、花が咲き乱れた中に大きな穴が開き、美しい天使の彫刻は首が落ちて羽根がもがれていた。
つる薔薇は踏み荒らされ、激しい戦いのあとが見て取れる。
リリスが息を飲み言葉を失う。
城内はあちらこちらでそういった戦いのあとが見られ、兵たちはひどく緊張して用心深い。
援軍が本城を出た頃から、頻繁に得体の知れない魔物が現れ始めたというのだ。
先日聞いた、ガルシアの言葉が思い出され、この城の置かれた現状はかなり危ういのだと容易に想像できた。

「私もここまで内部への攻撃が激しいとは思わなかった。すでに戦いで兵が13人、魔導師が3人亡くなったそうだ。」

「えっ?魔導師の方は1人、御病気でとお聞きしましたが……」

「さあな、リリス殿には知らされなかったのか……さて。ただ最初の方は胸を押さえ、急死されたと聞く。
しかしそれも、本当に病死であったのかは不明だ。亡くなられたのは、この城の守りの中心に立たれていた数少ない火の魔導師であったからな。」

「火の……?ああ、それは本当に残念です。
火の魔導師は、昔フレア様が神殿を取り壊し、残った巫女を俗世に帰された事が始まり。
その力はけがれを払う、巫子に最も近いもの。
魔物が相手では、一番頼りになるはずの方でした。」

「……だろうな……」

ガーラントは何か口惜しそうな表情をして、また歩き出す。
リリスは無言で付いていったが、回廊で少し疲れた顔で問いかけた。

「次はどちらへ?行かれるのでしょうか?」

肩に留まるヨーコが、心配そうに覗き込む。
できるだけ不審に思われぬよう口を閉ざしていたが、ヨーコもたまらず叫んだ。

「リリスを、少し休ませて!」

バタバタ飛び立ち、ガーラントの顔を遮る。
煩わしそうにそれを手で払い、振り向くとリリスは確かに息を切らし具合が悪そうにしていた。

「ああ、気が回らず済まなかった。あと一カ所、是非見せておきたいんだが。
西の塔の上の方なのだ、辛ければ私の背に乗るがよい。おぶってやろう。」

ガーラントが腰を下ろして背を向ける。

「えっ!と、とんでもありません!私は大丈夫です、歩きます!」
驚いてシャンと歩き出す彼に、ガーラントがククッと笑う。

「きゃ」

突然突風が横から吹き、よろめいたリリスが座り込んだ。

「ああ……精霊に無理をするなと怒られました。私は本当に疲れているようです。
何故でしょう、疲れがこんなに取れないのは初めてです。」

「そうだな、では明日にするか。」

「いいえ、現状を把握しておきたいので、どうかお連れ下さい。
城内の案内もかねてですから、これは必要なことでございましょう。」

「わかった。ではその一カ所を見て、それから食事に行こうか。」
「はい。」

「ではどうぞ。」

ガーラントがまた座ってリリスに背を向ける。
リリスは戸惑いながら、しかしおとなしく彼の背にもたれ、背負って貰った。

「わあ……なんて気持ちよいのでしょう。うふふ。うふふ……
今日はとってもステキな日です。」

「なんだ、大げさだな。このくらいで。」

「ええ、申し訳ありません……人の背に乗るなんて……もういつの事だったでしょう……」

うとうと、吸い込まれるように睡魔に襲われる。
暖かく、頼りがいのある背中。

父上がいたら、こんな感じなのかな……

最後に背負ってもらったのは、誰の背だったろう。
それはきっと、まだ歩くのもおぼつかなかった頃。

人に甘えてはならぬと、きつく言われてきたけど……
私にも、こういう時間が許されても良いのでしょうか……母上様……


すれ違う女達が、頭を下げながらクスリと笑う。
回廊を過ぎて西の塔に入り、降ろそうかとガーラントが振り向くと、耳元に静かな寝息が聞こえた。

なんだ、眠ってしまったのか。

あとにすれば良かったかと、足を止める。
引き返すことも考え始めた時、後ろから「おう」と声をかけられた。
振り向くと、一緒に王都から来た騎士のギルバがニヤニヤして後ろにいる。
彼は騎士でも一番年長のひげを蓄えた、血気盛んな男だ。
横にはまだ若い騎士がぺこりと頭を下げた。

「坊やはおねむかね?貴方も騎士のくせに、奴隷を背負うなど成り下がったもんだ。」

相変わらず嫌みを言って、リリスをチラリと見てはフンと息を吐く。
ガーラントがすました顔で、歩みを進めた。

「そう言えばギルバ殿は、お年に勝てずたいそうお疲れのご様子。
足腰立たぬと今までお休みであったとか。
お体はもうよろしいのか?」

ギルバがむうっと口を尖らせる。

「口の減らない奴だ、それが年長者に語ることか?
皆あの事件ですっかり疲れ果てていたが、今では剣の稽古も怠りない。
それにしても、何度見ても気味の悪いガキだ。
よくそんな奴を背負っていられるな、お主の神経を疑う。」

ガーラントが、大きなため息をついて無言で足を進める。
ギルバは戦いで気を失ったリリスを、率先して殺そうとした騎士だ。
ガーラントは迫る生き残りの騎士達を懸命に説得し、何とかその場を乗り切って意識のないリリスをレナントへと連れてきた。

「おい、無視するな失礼だろうが!」

ギルバが慌ててガーラントを追ってくる。

「先を急いでいるので失礼する。それにこの方はガキではない、魔導師のリリス殿だ。」

「ふん、指輪も持たぬ魔導師など魔導師ではない。
何が急いでだ、どうせ城の案内役だろう。寝てる相手に案内もないもんだ。」

「やれやれ、頭の固いお方だ。私が見せたいのは一室のみ。寝ていてもかまわん。」

ギルバは別に用もないが、見せたい一室というのが気になってついて行く。
ぞろぞろ階段を上がっていると、前に老人がフウフウ言って上っているのに追いついた。

「はあ、おやまあ、これはガーラントではないか。久しいな。ふう」

「おお、これはグロス様。」

そこには魔導師のグロスが、杖をついて息を弾ませている。
魔導師は東の塔に住まうのだが、さすがに齢50も過ぎると階段はきついのだろう。
大きくハアと息をついて肩を落とした。

「やれやれ、こう坂や階段ばかりだと年を取ると辛うなる。
おや?なんだ、大きい子供を背負って……お前の子か?赤い髪とは……例の?」

「グロス様、お久しゅうございます。狭い所ですので、こちらで失礼を致します。
これは城から来ました魔導師のリリスという者。少々疲れておりますところを、無理を言って引きずり回している所ですよ。」

「ああ、その子か、道中果敢に戦ったという魔導師の子供は。疲れるのも無理はない。
お主、あれを見せる気か?しかしそれ程弱っていては危ないぞ。」

「は、しかし時間がございません。またいつ襲ってくるかわからぬ今、すべてを頭に入れておく方がこの少年のためにもなりましょう。」

「……ふむ、まあ良い、結界も強固にしておるし、今聖水を取りに行っておるからそれを待って入れば問題なかろう。」


『あれ』とは……?


ギルバの目が、好奇心で輝く。
横の若い騎士は曇った表情で、ついて行くのも気が進まない様子だ。

「ギルバ様、およしになった方が……」

若い騎士が、小さな声でささやいた。
「案内はもうよいぞ、お前は帰ればいい。」

突き放した言い方に、若い騎士がキッと顔を締める。
「いいえ、ここまで来ましたからお供いたします。」

ギルバがクックッと笑って階段を上る。
その先に何があるのか、今は興味だけが先を歩いていた。

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