桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 15

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43、

階段を上りきった頃、リリスがうながされて背を降り、慌てて目をこすりグロスとギルバに頭を下げた。

「す、すいません、ご迷惑をおかけしました。
これは失礼しました、私は風の魔導師のリリスと申します。」

「わしは地に属する魔導師のグロスじゃ。お主の話はようヴァシュラム様より伺っておる。
彼の方が気に入りのその方の力、いずれ見せていただこう。」

「はい、ありがとうございます。
騎士様よろしゅうお願い申し上げます。」

「ふん、指輪もない召使いに語る名など無い。」

ギルバがぷいっと顔を背けると、ガーラントがすかさず彼を紹介した。
「騎士のギルバ殿だ。トランから共に来た石頭なので気にすることはない。」

「なにいっ!」

カッとするギルバに、にっこりリリスが微笑む。
その顔はあでやかなほど、邪気がなかった。

「はい。魔導師では半人前ですので、召使いのリリスでかまいません。
御用の際は何なりと御用時を仰せください、ギルバ様。」

あまりにも素直なリリスの言葉に、ギルバがぐっと言葉に詰まった。
ガーラントが横で、クックと笑う。
若い騎士もリリスに手を差し出した。

「私はミラン・リールです。私はここの騎士、とは言ってもまだ駆け出しですが、よろしく。」

その手にリリスが少し驚いた様子で、そっと握手して返す。
このレナントは、王都とは違う。自由な雰囲気が人の心の壁を低くしている。そんな気さえする。

「よろしくお願いします、リール様。私も指輪のない者、魔導師では未熟でございます。」

「ミランでいいですよ。リールは親族であと2人いるのです。
駆け出し同士、仲良くしましょう。」

「あ、ありがとうございます。」

ドキマギとリリスが頬を赤くして微笑む。
なんだか居心地がいいのか、この慣れない雰囲気には戸惑うばかりだ。

自己紹介して、皆はさっそくその部屋に向かって歩き出した。



リリスはそれがどこへ行くのか知らず、次第に奥の大きな扉の前に近づいてゆく。
そこには兵が2人いて、またもリリスたちを扉の前に止めた。

「これは……ガーラント殿、お久しい。こちらに何の用事で?」
「シラー殿、済まぬ。
こちらの本城より参られた魔導師殿に、部屋をお見せしたいのだ。」

リリスが訳もわからず、ぺこりとお辞儀する。
「魔導師として参りましたリリスでございます。」

髪と目の色に、初めて会う人はほとんどが眉をひそめる。
それを覚悟していたが、何故か少し驚いたように兵は笑いかけてきた。

「おお、そちらが援軍を救われたという……赤い髪だとお聞きしておりましたが、まだこのようにお若い方とは存じませなんだ。
しかし、ここは危険でございまして、城外の方をお入れするわけには行きませぬ。」

グロスが前に出て、2人の間に割ってはいる。
良い良いと、シラーを制した。

「我らが共に入る、今は目をつぶるが良い。
魔導師なれば、見ておかねばなるまいて。」

「しかし……」

兵が2人顔を見合わせ、どうしたものかと考える。
ガーラントは偶然ここを見る機会があったのだが、そののち余程きつく立ち入りを禁じられたのだろう。


「中を、見せてお上げなさい。」


突然背後から声がして、皆が振り返った。

「これはルネイ様、お二方がそう仰るならば。」
シラー達も頭を下げて道を空ける。

「おおルネイ、遅かったな。聖水は?」
「ここじゃグロス。シールーン様のご加護も最近は遠い。あのお方の人間嫌いも困った物じゃ。」

グロスが手を挙げる相手は、先日の会議の席にいた魔導師ルネイ。
この城の魔道師を束ねる長を兼ねている。
すでに髪も白い物が混じり、ふうと息を吐いて手の杖にもたれかかった。

「やれやれ、日頃の運動不足がこたえる。
さあ入ろうか、ここには聖水が必需品でね。私はルネイ、水の魔導師だ。
グレタガーラは君にかなりの迷惑をかけたと聞いた、本当に済まぬな。」

「いいえ、いいえ、とんでもございません。
私の方が大変なお世話になりました、なんと言ってお礼を申し上げればよいか、言葉も浮かびません。」

深々と頭を下げるリリスにルネイがクスリと微笑み、彼の肩をポンと叩きドアの前へ出る。
リリスはあまりの気さくさに驚いて彼を見上げながら、ゆっくりと開くドアに目を移した。

ギイイ…………

暗いホールのような部屋に、壊れた壁から一条の光が漏れる。
中は広く、半分燃えたように黒く変色した絨毯の上には破壊された大きな円卓。
背後の壁にある王家の紋章のタペストリーは、引き裂かれ血に塗れていた。

「こ……れは……」

リリスが声を失い、両手で口元を覆う。

「あの会議をしていた部屋は資料室なのだよ。2日前、会議中に魔物が現れここは破壊された。謁見の場も、ここより被害は少ないがしかり。ここ数日は頻繁に魔物に襲われ、皆ピリピリしておる。
魔導師レナファンは……」

先日援軍が……リリスが襲われた時。
同時にここも襲われたのか。だから母はリリスの元へ来ることができなかったのだ。

その時背後から、言いようのない重い気配を感じた。

なに?

リリスが振り返り、その気配を捜す。
ルネイが暗い顔でうつむき、そして奥の暗い壁に向かう。
そこにあるのは巨大なレリーフ。

「レナファン……生きておるか?」

グロスがつぶやきながらも、ある一定の距離を置いてリリスたちを遮る。

「ひっ!」

思わずリリスが声を上げるそれは、女性が1人壁から伸びた巨大な鳥の爪に掴まれ、その半身が壁に埋まっている。
それは結界に閉じられ、時が止まったように固まってぴくりとも動くことはなかった。

「一体これは!?」

リリスがあまりのその様子に恐怖して、思わず下がりガーラントの手に支えられる。
高い天井だけにその壁は広く、見上げると壁に現れた爬虫類のような目が、リリスに向いてギロリと動き、ほくそ笑んで見えた。

「あっあれは……」

リリスの肩に、ルネイが手を置きレリーフに問いかける。
「レナファン、生きているか?」
その問いに、返答はない。

「生きて……いらっしゃるのですか?」

「うむ、彼女は魔導師レナファン。遠見に抜きん出ておったが、自分のことは見えなんだ。
……仕方なかったのだ、共に結界に封じるしか……」

「そんな……」

何と、恐ろしい。

ルネイが呪文をつづりながら聖水をまいて結界を強化する。

「あの朝、国境の兵からルランの動きを聞き、緊急に会議を開いていたのだ。
突然不気味な声がして、御館様を庇い呪をつづる間もなく彼女が捕らわれてしまった。
レナファンを生かしながら、掴むあの魔物だけを払う方法が見つからぬ。
だからこうしてこの部屋を封じている。
お館様は再建を目指しておられるが、彼女をどうされるのか見当も付かん。」

話し込むリリスに、壁の目が向いた。
ガーラントがその気配に顔を上げる。

「いかがした、ガーラント。」
「いえ、あの顔が動いたような。」
「まさか、これだけ厳しく結界を……はっ!」

ヌッと壁から、魔物の顔が壁から張り出してくる。

「結界が!」

「ククク、結界ナド笑止!」

皆が息をのみ、その場に凍り付いた。

44、

壁から張り出す巨大なその顔は、ウロコに覆われた獣のようで実体は異世界にでもつながっているのか、窓の外に身体は見えない。
そしてその蛇のような牙の生えた口を開けると、口から腐った臭気の黒い障気を吐いた。

「うわっ!何だ?」

「息を吸ってはならぬ!」

ルネイが手の聖水のビンをその場にたたき割り、杖を振り上げる。

「聖なる水よ!シールーン様のご加護を我らに!」
水は一瞬でその容積を増やし、皆を護る壁になる。

「皆早う外へ!」

水の結界は長くは続かない。
グロスが次の攻撃に備え、呪を唱えて精霊の力を集めた。
ギルバは二人に加勢して剣を抜いて構える。

「早く行け、加勢を呼ぶんだ!ミラン!」

「は……はい」
ミランは腰が抜けたかその場に立ちすくむ。

「しっかりせぬか!」

ガーラントがその手を引き、出口へと放り投げた。
振り返ると、リリスは指を組み呪文を唱え始めている。

「まだ無理だリリス!」

腕を掴み、呪をさえぎってグイと引いた。

「早く!」

ガーラントが出口へとリリスの手を引く。

「で、でも、お三方が!」
「お前は疲れて戦えない、足手まといだ!」

確かに。何も言い返せない。
グッと唇をかみ、リリスが出口へ向かう。

「逃サヌ」

ザアッ!

獣の口から無数の長い舌が伸び、それは絡まって一匹の巨大な青黒いヘビとなる。
そしてそれは、真っ直ぐリリスに向かっていった。

「ピピーーッ!」
リリスの肩に留まっていたヨーコ鳥が羽ばたく。

「逃げよ!」

ルネイが懸命に張る水の壁を、ヘビは難なく突き抜ける。
とっさにグロスが、ドンと杖を床についた。

「地の精霊よ!剣となり守護せよ!ヴァルト!」

杖の先から床を這うように真っ直ぐに光が走り、リリスの手前で光が立ち上がってヘビを切り裂く。
しかしそのヘビは変異し、黒い鳥へと変わる。

「はっ!」

ガーラントが剣を抜いてそれを切り裂くと、鳥は霧散して大きな黒い闇の塊となった。

「これは!」

それは先日襲われたすべてを飲み込む闇。
とっさにガーラントを背に回しリリスが前に出た。

「風の翼よ盾となれ!ビルド!」

ごうと風が吹き、闇を退ける。
しかしビルドはその一瞬を退けるのみ。

「リリス!無理をするな、逃げるのだ!」
「いいえ!逃げるなら皆一緒に!」

リリスは意を決し、手を引くガーラントの手を振りほどくと、魔を退けるべく印を結び高位の術を唱え始めた。

「風を統べるセフィーリアの名の下に、その黒き門の存在を否定する。
黒き門よ無に帰せ!
イエサルド・キーン・セ・ガラム!」

リリスの手から、風が吹き荒れ光が走る。
闇の塊が、その力に吹き飛んで風に巻かれて消えた。
リリスはまた、息を整え呪を唱え始める。
圧倒的に押され、障気を吐く魔物に防御のみで翻弄する魔導師2人を見て、一瞬で理解したのだ。
ここに戦える魔導師はいないのだと。

「リリス!無理だ!」



お逃げ下さい、ガーラント様!そして誰か助け手を!



巨大な獣の顔は、口から障気をまき散らしそして大量の黒い鳥を吐き出す。
その黒い鳥は一斉にルネイ達に鋭い爪とくちばしで襲いかかり、部屋は悲鳴と真っ黒い闇に覆われた。

45、

「ルネイ様!グロス様!ギルバ殿!何とか後退を!」

「駄目だ!こんな奴を城に解き放つ気か?!ここで食い止める!」

ギルバが叫び、襲ってくる鳥を切り落とす。

「しかし、これでは……!」

ガーラントは剣を振り回し、リリスとおのれを護るので精一杯だ。
ルネイ達2人は、鳥に襲われながら杖を振り、必死に呪をつづった。

「おのれ!おのれ!聖なる水よ、その力を持ってこの地を清めよ!」
「地の精霊よ!地の精霊よ!その身を震わせ光を起こせ!闇を照らし、忌みたる影を消すがよい!」

床の聖水が霧となって舞い上がり、地の精霊が起こす光を乱反射する。
カッとあたりがまぶしい光に包まれ、黒い鳥達は燃え上がり、そしてチリになって消えて行った。
獣は楽しそうに、顔を上げ笑い始める。
よろめき膝を付いたグロスに、ベロリと長い舌を伸ばした。

「ヒ、ハ、ハ、ハ、ハ!ナント面白イ!
ククク!ホンロウセヨ、白イ魔導師!ソレ、女ガ死ヌゾ!ヒハハハ!」

ギュッとレナファンを握る爪に力が入り、彼女の身体が折れ曲がる。

「きゃ、あ、あ、ああ、ああああ」

結界で石のようになっていたレナファンが、とうとう声を上げた。
彼女の顔に生気が戻り、激しく身を震わせる。
結界が完全に壊れてしまったのだ。

「レナファン!」

グロスとルネイが力を合わせ、大きな力を笑う獣の頭に当てる。
しかしそれはびくともせず、レナファンはいっそう壁にめり込んで行った。

「ううう……ルネイ殿……グロス殿……もう、私のことは……」

意識を取り戻したレナファンが、涙をこぼし2人に首を振る。
リリスはガーラントに護られ、複雑な呪をつづり精霊を集めながら、魔導師2人が戦っている壁から伸びる獣の顔を見上げた。

違う、あれは真(まこと)の姿を現していない。

「……聖なる光を持つ精霊たちよ我が元へ集え。その清らかな光を持って邪な者の真実を映す鏡となれ。
我が手に集まれ、我が言葉に答えよ、汝らの光はすべての者を慈しむものなり。
我らに救いの手を!ことわりによって真をあらわせ!」

リリスが高く掲げた手が、次第に光り輝いて行く。
その光は魔物をまぶしく照らし、そして巨大な魔物の顔を、レナファンを掴む爪の真実を暴いて行く。

「な!なんと!」

笑う獣の頭、それは壁から伸びた青黒い小さな無数のヘビの塊、そしてレナファンを掴む鳥の爪は、巨大な一匹の青いヘビが彼女の身体に絡み付き、壁にポッカリと空いた真っ黒な空間へと抜けようとしていた。

「本体はあの巨大な蛇! 頭はおとりです!」

リリスが大きく叫んで指を指す。
その声に、獣の頭を成していた小さな蛇はドッと一斉に床に落ち、絡まり合って一匹の巨大な大男のモンスターとなってゆく。

「コシャクナガキヨ、オ前カ?顔無シト赤目ヲ倒シタノハ?
りゅーず様の杞憂ヲ、消シサッテクレヨウゾ」

その問いにリリスは答えず、両手を掲げ心を集中する。
モンスターが手を広げると、その手の平から蛇が無数に出てからまり、大きな斧となった。
ガーラントがリリスの前に立ち、剣を構える。
太刀打ちできないのは目に見えている。
だが、身を挺してもリリスを護らなければ。

「ガーラント!」

グロスが、杖をガーラントの剣に向けた。

「地の精霊よ!剣に宿りて守護の力となれ!」

ガーラントの剣が、光り輝き軽くなる。

「オオ!」

モンスターが、渾身の力で斧をガーラントに振り下ろした。

「うおおおお!!」
バシンッ!

それは金属音ではなく、火花を上げて斧を受け止めはじき返す。
弾みでよろけたガーラントが、息を弾ませ再度来る攻撃に剣を構える。
モンスターが斧をもう一度振り上げた時、その動きがぴたりと止まった。

「精霊達よ、聖なる光を我が手に!」

すべてを清める光が、次第にリリスの手に集まりまぶしいほどにあたりを照らす。

「ナニ!」
モンスターが顔を手で覆い、思わず数歩後ろに下がった。

「風の翼よ!邪なる者を貫く矢となり、聖なる光をまとい我らの力となれ!
ルナルーン・ファルファス・セ・ガルド!」

ごうと風がリリスの手に集まり、そして手の中で光と風が絡まるように一つの矢となって行く。

「コノ光?!」

恐怖するモンスターが慌てて斧を振るう。
ガーラントが横なぎにそれをはじき、急速に弱まっていく輝きにリリスを振り向いた。

「リリス殿!」

リリスの身体が、矢を投げることも出来ず小刻みに震え動かない。

「ピピッ!リリスしっかりして!
誰か!早く来て!ピピピ」

ヨーコ鳥は、尋常でない様子に加勢はまだかと外へ飛び出して行く。
その時リリスは過度な緊張の中、すでに疲れ果てていた身体が悲鳴を上げて、膝がガクガクと震え、まるですべての血が抜かれていくような強烈な脱力感と寒気に、気が遠くなっていった。



なんてこと!ち、力が!身体が動かない!誰か……



矢を手に掲げたまま、意識が遠のき後ろにふらりと崩れて行く。
ガーラントが何かを大きく叫ぶ。


誰か!母様!




フワリと、後ろから誰かに包まれた。

「まったく、リーリは無茶をする」

「は……は……さ……」

ガクリと気を失うリリスの手にある矢を、セフィーリアが受け取る。
その矢はまぶしいほどに輝きを増してゆく。

「我が愛し子に手を挙げた。それを後悔するがいい!無礼者めが!」

「ヒイッ」

巨大な蛇は、慌ててレナファンを捨て、闇に逃げ込もうとする。
しかしセフィーリアがその矢を投げると、矢が突き抜けたモンスターは四散し、闇の空間で射抜かれた蛇の身体は大きく膨らみそして壁ごと弾けて消えた。

「やった!やったのか?!」
「魔物が消えた!」

喜びもつかの間、壊れた壁に支えを無くした天井がガラガラと崩れ、屋根の一部が落ちてくる。

「危ない、早う皆下がれ!」
「レナファン!手を早く!」

崩れ落ちる屋根の一部からレナファンを救い出し、這うように皆が何とか出口を目指す。
一同は安全な場所まで下がり、そしてようやく息をついた。

「レナファン無事か?」

魔導師2人に支えられていた彼女はその場にヘナヘナと座り込み、大きく息をつく。
死を覚悟していた緊張感から一気に解き放され、気が遠くなっていった。

「は、はい、ご迷惑をおかけして申し訳ない。ああ……」

レナファンの身体が、ルネイの手の中にゆっくりと倒れてしまった。

「レナファン!早う医者を……!」

ルネイが彼女を介抱する横で、グロスが崩れた壁に呆然とつぶやく。

「な……んという……我らが束になっても敵わなかったものを……」

グロスが肩を落とし、セフィーリアが抱くリリスを見つめる。
セフィーリアは小さく首を振り、そしてグロスと目を合わせた。

「私が教えたのは、風の精霊を使役して行う魔導。お前達が師に習った物とさほど変わらない。
しかし、この子は精霊と会話する。
そして巫子の呪も合わせて勉強している。
わが弟子で、ここまで戦える弟子はいない。
気に病むなグロスよ。この子は戦う宿命であったのだ。」

「戦う……宿命……か。わしらは戦うことなどありませなんだ。この年で経験不足などお恥ずかしい。」

ルネイがグロスの肩を叩く。

「元より魔導師は、人々を良き方向に導く為の存在。
今まで戦う必要もなかったのだ。致し方ない。
しかし、リリス殿には驚いた。」

何という機転。
何という知識の応用力。

これでは他の魔導師は皆かすんでしまう。
先にルネイへ送られてきた、魔導師の塔の長ゲールの信書にあった言葉にも気持ちが理解できる。
ゲールの信書からは、リリスに対する良い印象は受けなかった。
大らかな彼らしくもない、卑下する言葉と合わせてリリスの無能ぶりを強調する言葉。
城から魔導師として送られてくるにもかかわらず、リリスは魔導師としてではなく、召使いとして扱うように書かれてあった。

魔導師の指輪を持たぬ彼には、元より魔導師の指輪など与えられぬのだ。

それは、塔の選りすぐりの魔導師たちの存在までも、脅かしてしまう。

もしこの戦いぶりを目の当たりにしたならば、ゲールはどうしただろう。
まさか、自己の保身のために暗殺者を送るだろうか。
自分は一体どうしたら……

「皆無事か?!」

騒ぎを聞きつけ、ガルシア達が駆けつけてきた。

「何と、あの魔物はいかがした?」

部屋へ飛び込むと、そこにレリーフのようにあった魔物が消え、壁が崩れて美しい外の景色が見えている。

「御館様、壁に天井も壊れております。
奥は危険でございます!」

声に振り返ると、兵達もバタバタ中に駆け込んでくる。
ガルシアは辺りを見回し、すでに危険が去ったと判断して兵を下がらせた。

「わかった、ここは崩れるやもしれん、早く下へ!
医者を呼べ、グロスもルネイも手当をしなければ。気を失った者もいる。はやく!
おお、何とレナファン!ルネイ、どうやって助け出したのだ?」

「それが……」

ルネイが視線をリリスにやる。
自分たちでなせなかったことが、この少年1人の登場で解決できたなど、老齢の魔導師には立つ瀬がない。

何と語ればいいのか……

ルネイの戸惑いにガルシアはうなずき、ここで語ることではないと察し、それ以上口をつぐんだ。

「よい、あとで聞こう。とりあえずは大儀であった。早く治療せよ。
人は完璧ではない。ルネイよ、万全を尽くし彼女は救われた、それでよい。」

「は……これしき、軽いケガでございます。」
顔にあるキズを押さえ頭を下げるルネイに、ガルシアがその手を取る。

「さ、皆と共に降りようぞ。転んで骨など折られぬよう。」

嫌みにルネイがフッと笑う。

「なんの、この老体まだまだ御館様のお役に立ちましょうぞ。」
「その意気だ。」

ニヤリとガルシアが笑った。




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