桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 16

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46、

その頃、地の神殿からは6人が巨大な鳥グルクに乗って旅立ち、そしてレナントへ向かっていた。
3羽のグルクには、クラを乗せてそれぞれ2人ずつ騎乗している。
グルクは野生ではアトラーナにいない鳥だ。
ある地方にしかいない鳥で、アトラーナでは一部の少数部族が牧場形式で繁殖し、長距離や急ぎの旅に用いられる。

天気も良く風も少ない好条件の中、動きやすい乗馬服姿の騎手の後ろには、寒さに身体をすっぽりと覆うグレーのコートに、フードを被っている者が2人。

そのコートは毛皮の縁取りのある上質な物で、襟元には紋章のような百合の刺繍があり身分の高さが見える。
グレーのコートの2人以外は、騎手も合わせそれぞれ従者なのだろう。
従者の1人は少年のようで、背後に大きな荷物を積んでいる。
必死に騎手にしがみつきグルクに慣れていないようだった。

「いかがです?御気分は悪くありませんか?」

中央を行くグルクの騎手が、背後のコート姿に声をかける。

「大丈夫だ、今のところオエッて来てない。」

気圧の変化と高度の上下に酔いやすい彼は、率先して希望したもののグルクで旅と聞いて気が重かった。
しかし、この調子ならレナントまで無事に着くだろう。

「天気が良くて、ようございました。」
「まあな、お前の背中にゲロせずに済みそうだよ。」
「ご冗談を。」

騎手が苦笑いで横に出てきたグルクに合わせて併走する。
すると急に突風が吹き、3羽があおられた。

「わっ!イネス様、ご注意を!」

「なに?セフィーリア様?!」

フードが倒れてストレートのショートボブの白い髪が舞い上がる。
イネスと呼ばれた少年……いや、19歳の彼は小柄でも青年と言うべきだろう。
騎手にしがみつきながら、ブラウンに近い赤い瞳を見開いて、風が巻く空を見つめた。
空にゆらゆらと、薄くセフィーリアの姿がイネスの前に現れる。
回りには風の精霊が集まり、イネスは嫌な予感で苦笑いしてニッコリ微笑んだ。

「これはセフィーリア様、お久しゅう……」
「挨拶はよい、イネスよ急ぎの用じゃ。あとの者はゆっくり来るがよかろうぞ。」

「え?え?あの、それはどういう……」

「私のリーリが死にそうじゃ!苦しんでおるのじゃ!ええい、早う来い!!」

突然セフィーリアの姿が空に大きく広がり、イネスの乗ったグルクを両手で掴む。

「ひっ!ちょ、ちょっとセフィーリア様?!」
「よし、行くぞ!」

ビョウッ!


「よしって、ちょっ!ギャアアアア!!兄様ああぁぁっ!」

風がうなりを上げて高く舞い上がると、まるでジェット気流に乗ったかのごとく、イネスの悲鳴を残しあっと言う間に飛びさっていった。

「……ああ……ど、どうしましょう、セレス様。我々も急ぎましょうか?」
もう一人のコート姿が、戸惑う騎手に問われため息をつく。

「放っておけ、イネスが行けば事は足りるのであろうよ。
まったくセフィーリア様も、リーリ、リーリと……振り回されるこっちの身にもなって欲しいものだ。」

その言葉に、クスリと騎手が笑った。

「リリス殿は神殿では人気者だったようですが?てっきりセレス様も大好きかと思っておりました。」
「お前が思ってるだけ!」

ギュウッと騎手の腰を締め上げた。

「ぎゃっ」

よろよろと、グルクがコントロールを失って落ちて行く。

「ぎゃあああ!こらあっ!しっかりしろルビー!」

「すいません!すいません!」

慌ててグルクを操り上空へ。
大きく息をつき、一行はレナントを目指した。



ビョオオオオオ!!

すさまじい風が、レナント上空を吹き荒れる。
精霊の姿で、巨大なセフィーリアが手にグルクを掴み一息にレナントへ飛んできた。
すでにイネスや騎手、そしてグルクまでも気を失い、ぐったりと城の庭へと降りて行く。

「イネス!イネスよ起きろ!えーい!」

セフィーリアはまた人の姿に戻ると、イネスを小脇に抱え、城内の部屋を目指して一息に飛んだ。



ベッドで、苦しそうにうなるリリスが身をよじる。

城内で戦った彼は極限を超えて力を使い果たし、身の置き場がないほどに倦怠感と虚脱に襲われ、今まで感じたことがないほど苦しんでいた。

「うう、うう………………う、うう……」

「しっかりなさいませ、お母様はもうすぐですよ。」

この城でセフィーリアの侍女を勤めるリナが、意識が混沌とするリリスの顔をタオルで拭きながら窓を見た。

「ガーラント様、今の突風はセフィーリア様でしょうか?」

ガーラントが組んでいた腕を下げ、ドアを開ける。
ゴオッと風が廊下を走り、イネスを小脇にしたセフィーリアが、切羽詰まった形相で一目散に飛んでくる。
風圧で窓ガラスが音を立て、今にも割れそうに揺れた。

「どうやらそのようだ。」

声と同時に彼女が飛び込んでくる。
ベッドに飛びつき、リリスの顔を愛おしそうになでた。

「リーリ!リーリは生きておるか!
おお、なんと苦しんで可哀想に。
イネス、イネスよ!早う、早う起きよ!」

リリスの横で、イネスをガクガク揺する。
コートはボタンがはじけ飛び、半分脱げて乱れた服にボサボサ頭のイネスが、ハッと目を開けた。

「こ、ここは?……あ…れ?」

「イネスよ、早うどうかしておくれ!わらわではどうにもならぬ!」
「ちょ、おまちくだ……おえっぷ」

またガクガク揺すられて、猛烈な吐き気にウッと手を口に当てる。
しかし前のめりになった彼は苦しむリリスに気が付き、バッとリリスの身体を探った。

「なんだこれは!貴様なんでここまで……
これじゃマジックポイントゼロどころか、マイナスじゃないか、馬鹿野郎……
駄目だ、これは駄目だ…死ぬ気か?まずい!」

振り向き、ガーラントを指さす。

「おい!お前!こいつを一番デカくて元気のいい木の元に寝かせとけ、大地に直接だ。
いいな、俺は後から行く。
俺は……

俺は……うっぷ……ちょっとゲロしてくる。」

思い出したように口に手を当て、切羽詰まった様子で部屋を飛びだして行った。
ガーラントは呆然とそれを見送り、リリスを抱き上げる。

「また変わった方だ。地の神殿の巫子様で?」

「あれでも地の神殿では、一目を置かれる者だ。
リーリが十の時から仲良しこよしの仲、安心して良い。さ、早う下へ。」

「は。
またずいぶんと身分の離れたご友人で……」

マジックポイントとか訳のわからぬ言葉に、巫子様らしくない言動とか、見た目美しく華奢な少年だが、ずいぶんと変わった方だ。

「ガーラントよ、二人に身分を言うてはならぬ。よいな。」

セフィーリアが険しい顔で念を押す。
これは禁句なのだろう。

「は、承知いたしました。では、庭にお連れします。」
「うむ、頼むぞ。」

部屋を出ると、一体どこで吐いたのやら、侍女達がキャアキャア騒いでいる。
はた迷惑この上ない。

「うう、ん……」

リリスが手の中で辛さに身じろぎする。
「もう少しの辛抱だ、がんばれ。」

意識が混濁して聞こえていないのだろう、抱き上げられているのもわからない様子で、苦しさに宙を探り始めた。

「これほど魔導と言うのは危険と隣り合わせなのか。」

すでに疲れ切った身体で、魔導の力を絞り出して使い切った。その結果がこれだ。
あのとき、回復していないことを知っていて止められなかった。
こんな弱った子供に頼るしか、すべがなかったことが口惜しい。
ガーラントは庭を思い浮かべながら、一番元気の良い木を考えつつ廊下を進んでいった。

47、

日当たりの良い庭の中央にそびえる、一際大きな一本の木。

「おお、これならよかろう。」

セフィーリアがリリスの頭を撫で、ガーラントが地面にそっとリリスを下ろす。
柔らかな芝生のシーツにヒヤリとした地面の感触が心地いい。
リリスがふと意識を取り戻し、乱れた呼吸をなんとか整えようと大きく息を吸った。

回廊を数人の兵や侍女が遠巻きに見て、ヒソヒソ怪訝な様子で話している。
一体何をするのかと、不思議に見えるのだろう。
やがて廊下をイネスの高い声が響き、やっと気が付き追いついてきた、騎手で侍従のサファイアを怒鳴り散らしていた。

「……だから、なんでお前がすぐに来ないんだよ!ゲロ袋はお前が持ってただろうが!侍女にもの凄く怒られたんだぞ!なんで俺がこんな嫌な目に遭うんだ。だいたいゲーしてる最中に、ここで吐くなってバカか!あの侍女はっ!頭からゲーしてやれば良かった、ああむかつく!」

廊下を行く人々は、その姿に巫子であることを察し、横に避けて頭を下げた。
巫子は王族の次の位にある。
白い髪、白い肌、ブラウンに近い赤い瞳のイネスの出で立ちは、その燃えるような意気と反して白くゆったりとしたブラウスと白いズボンに、細かな百合の模様が縁取られた、腰まであるベストジャケットを羽織る落ち着いた巫子服だ。
背にも美しい百合の紋章が、百合の戦士とも言われる地の神殿の巫子であることを表していた。

前を歩くイネスのあとを、彼のコートを手に黒髪の青年が涼しい顔をして付いてくる。
彼は身体にフィットした紺色の騎手の装束で、タスキにかけた大きなバックをヒョイと背に回し、横で目の合った騎士にニッコリ微笑み会釈した。
すでに20代前半に見える落ち着いた青年だ。
こういう事も慣れているのだろう。

「あ、イネス様あちらのようでございます。」

急ぎ足で通り過ぎようとする彼を、声をかけ引き留めた。

「わかってる!俺はあっちから降りようとしたんだ!」

振り向くと、セフィーリアとガーラントがひどく心配そうな顔でリリスを介抱している。
イネスの顔が、キッと締まった。

「サファイア、とにかく急ぐぞ。」
「はっ」

イネスが駆け寄ってリリスのかたわらに膝を付き、シャツの合わせから手を入れ彼の胸に手を添える。

「どうじゃ?イネスよ、こんなにひどい状態は初めてじゃ。苦しんで、見ておられぬ。」

まるで雪の中、水浴びしたように冷たく、顔は青白い。唇は真っ青で、歯がカチカチ鳴っている。
生気が消えて、危ない状態であるのはセフィーリアの動転した様子からもわかった。
イネスがリリスの頬を両手で挟み、ユラユラと揺する。
うつろな目のリリスは、まるで死の淵にいるように視線が定まらない。

「リリ、リリ、聞こえるか?
息を整えよ。
教えただろう、大地と息を合わせるのだ。心を身体の中心へ、大きく息を吸い、吐いて腹の中に。そして胸へ、ゆっくりと手の先へ、先へ。」

イネスが言葉と共に手を移動して、リリスを導こうとする。
しかし聞こえている様子もなく、リリスの身体からはどんどん力が消えていくようだ。

「駄目か」

「サファイア」
「は」

イネスがリリスの胸のボタンをはずしていく。
サファイアは聖水を腰のバックから取り出し、イネスに渡して急ぎ、回りに咲く花を切り集めてきた。

「どうじゃ?」

「駄目です、限界を超えてすでに自分の力では回復が望めません。
このままでは死を待つばかりです。
復活の儀式を行います。」

サファイアが、リリスの身体を木が頭の上に来るよう直角にずらし、花を身体の上に散らす。

「よろしいでしょうか?」
「よし」

サファイアが後ろに下がり、膝をつく。
イネスがリリスの傍らに正座すると目を閉じ、パンッと両手を合わせた。

一息にその空間が静粛に包まれ、ピンとした清浄な気が張りつめた。
セフィーリア以外の回りにいたギャラリーが、思わずその場に膝を付き頭を下げる。
巫子の祈りはアトラーナの人々にとって聖なる祈り、何よりも大切にされていた。

「聖なる地の王よ、汝の子らの声聞き届けたまえ!」

リリスに向かって一礼する、そしてジャケットの内に両手を入れ、両腰から短剣を抜くとリリスの顔の両側に突き立てた。

「我が声に答える、我が主の声を聞け。
地の精霊よ、弱き迷えるものに祝福を。」

リリスのはだけた胸の上でもう一本の短剣を取りだし、聖水を振りかける。
そして胸の上に置いた。
しかし、ぴたりとイネスの動きが止まる。

「……おかしい」

つぶやき、イネスがリリスの身体を探りはじめた。

「イネス様?どうか?」
サファイアが横から声をかけると、小さく彼にささやく。

「わかりました。」

イネスが立ち上がり、サファイアが変わってリリスの身体を探った。
セフィーリアが心配そうに、イネスに小声で問う。

「どうしたのじゃ?」

「わかりません、何か違和感がします。何かひどく汚(けが)れたものがあるような……
それが祈りを邪魔します。
私は祈りの途中ですので、サファイアに探させます。
何かお気づきのものはありませんか?」

「汚れたものか?うーむ、そう言えば髪をくくるリボンにひどく嫌な印象を受けたくらいかのう。
リーリもわかって使っていたようじゃが。」

「髪だ、サファイア。」

「は、……ありました。これです。」

サファイアが、焼けこげた青いリボンを取り出す。
イネスが遠巻きに見て、突然ガーラントの剣を抜き、刃に指を置く。
小さく呪文をつづり、リボンを切り捨てた。
リボンは地に落ちると同時に、青い炎に包まれ消え失せる。
皆驚いて顔を見合わせた。

「なんだこれは!なんでこんな物を身につけている!コイツは馬鹿か?!」

リリスに向かって言い捨てると、イネスは剣をガーラントに返し、またリリスのかたわらに膝を付いた。

「あれは高位の術者、もしくは巫子かそれ以上の奴の呪いがかけられている。
一体誰に貰った?あとで聞かせて貰うぞ、馬鹿野郎!」

リリスは意識が混沌として、聞こえているのかわからない。
イネスはリリスの身体に聖水をまき、そして両手を組み、印を結んだ。

「我が主の声を聞け。
地の精霊よ、弱き迷えるものに祝福を。
汝の手に横たわる者の、身を清め、内を清め、宿る悪しき気配をはらい清めたまえ。」

3本の剣が、共鳴してリンリンと鳴り始めた。
イネスがリリスの胸の剣に手をかざし、せわしく印を結ぶ。

「地は清浄なり、地に宿る一切これも清浄なり。
その清浄なる地を巡る尊き力、祝福を持ってこの身に宿りたまえ。」

イネスが胸の剣を取る。
踊るように両手で大きく弧を描き、ブツブツと早口で祝詞を唱え始める。
かたわらの大きな木が、風もないのにザワザワ騒ぎ、リリスの頭の両側の剣が輝き始めた。

「地に宿りし者よ、御身(おんみ)は慈愛に充ち満ちて、その血、その気、その力を弱りし者に分け与え、ますます神気に近づく者なり!

地よ!

祝福あれ!」

イネスが、木の幹に剣を突き立てた。


ザアアアアアアアッ!!!


震える木の半分が一気に枯れ、ドッと葉を落とす。
リリスの身体が弓なりに跳ね上がり、大きく息をついてガクリと力を失った。
イネスが落ち葉を払いのけて急ぎリリスの身体に取り付き、身体全体を流れるように撫でて気の流れを整える。
リリスの身体は一気に流れ込んだ生気が身体中を翻弄し、青白かった肌が花が咲くように赤く燃えていた。

「終わったのか?」

「もうしばらくお待ちを。気を整えねば逆効果です。」

小さく唱えながら丁寧にリリスの身体を撫で、しばらくしてようやく息をつく。

「これでよい。地の精霊よ、感謝します。」

イネスが葉を散らした木に平伏した。

サファイアが渡した懐紙で、イネスが地面に刺した剣を拭いてサヤにもどし、静かに寝息を立てるリリスの頬を指で撫でた。

「良かった、間に合って良かった。本当に、死んでしまう所だったぞ。」

リリスの身体は生気を取り戻し、呼吸が落ち着いて静かに寝息を立てている。
イネスが振り向き、セフィーリアに一礼した。

「終わりました。これでしばらく眠れば元に戻るでしょう。」

「おお、おお、やはりお前に来てもろうて良かった。礼を言うぞ、イネスよ。」

セフィーリアがリリスを抱き上げ、ギュッと抱きしめる。

「本当に、死んでしまうかと思うたぞ。心配させおって。」
「私が部屋へお連れします。」

ガーラントが横から声をかける。
「頼むぞ、そっとな。」

セフィーリアからリリスを受け取った時、彼女がハッと空を見上げた。

「どうか?」
「いや……ザレルが、わしを呼んでおる。」
「何かあったのでしょうか?」

セフィーリアが、眉をひそめて唇をかむ。

「うぬ、これは……いかん。
まったく、何故わしの子供達は無理をするのじゃ。」

どうしたものか、空を見上げた。

子供達……
確か、ザレル殿には娘がいたはず……

ガーラントが眠るリリスを見て、セフィーリアに目を移した。

「ここは我らにお任せを。どうぞ本城にお戻り下さい。お嬢様の危機なれば、それは人間ではどうしようもない事でありましょう。」

「ならぬ、それは敵の魔導師の思うつぼであろう。
近く隣国から使者が来る。
魔導に対して強固であらねば、この国に明日はない。そのためのドラゴンじゃ。」

「しかし……では他のドラゴン様は?」
「むう……」

だが、地のヴァシュラムは日本にいるし、水のシールーンは人嫌い、火のフレアゴートは危なくてとてもリリスと二人には出来ない。
きっとリリスの体調不良をいいことに、口実を作って連れ去ってしまうだろう。

「セフィーリア様!我ら地の巫子にお任せを!
力が足りぬ時は、無理矢理でもヴァシュラム様を呼び寄せまする!」

イネスが多少イラついた口調でグッと拳を握った。
気が短いだけに、さっさと行かない風のドラゴン相手にイライラする。
セフィーリアが、そんなイネスに苦笑して一つ大きなため息を漏らした。

「元気でよいのう、イネスよ。お主の余った元気をリーリに分けておくれ。
この子は時々我を捨てて無理をする。
イネスよ、このレナントと私のリーリをお主に託そう。
シールーンにも、私から手を貸すよう告げていく。用が済んだらすぐに戻るゆえ、頼んだぞ。
では、わらわはガルシアに一言告げて本城に戻るとしよう。」

「は!お任せを!」
イネスが頭を下げる。

セフィーリアはリリスの頬にキスをして、風を巻き白い精霊の姿で空に飛び立つと、ガルシアを捜して外から城を飛び回りやがて消えていった。

「では、リリス殿は部屋へお連れします。」
「ああ、たのむぞ。」

頭を下げるガーラントにイネスがうなずいて振り返り、一同を見渡す。

「確か、ここには魔導師グロスがいたと記憶するが。」

「はい、先ほど確認しましたが、もう一人の魔導師の治療を行っているようです。」

「治療?まだ弱っている者がいるのか?」
「は、魔物に捕らわれていたとか。」

「魔物?」
「はい、リリス殿が聖なる光の矢でお救いになったとか。それは大変な……」

イネスがわなわな手を握りしめる。

「あ、い、つ、は〜〜〜馬鹿かっ!」

ドカッと横の壁をゲンコツで殴った。

「いっってええっ!!」

「壁は固い物と決まっております。」
サファイアが頭を下げる。

「わかってる!
あの馬鹿、あんなけがれを身につけて聖なる力を呼び出すなんて、ほんとにバカッ!
あんな物ずっと身につけてたら、回復できないのは当たり前だ!
ええい、兄様が来る前に一度公へ挨拶に行くぞ。」

「は」

振り向き、近くにいる若い騎士のミランをビシッと指さす。

「おい!ガルシア殿の元に案内せよ!」

いきなり指さされたミランはあたふたと周りを見回すが、周りの騎士はひょいと小さく肩を上げて首を振る。

「あの、御館様をお探しして、お迎えに参りますのでお待ちを……」

「俺は待つのが嫌いなんだ。さっさと適当な場所に連れて行け!」

「ええっ!そう言われましても……あのう。」
煮え切らないミランに、イライラしてイネスがずかずか近づいてゆく。
そして腕を掴み、右に回廊を歩き始めた。

「いいから歩け、歩けばどこかで当たる!」

「し、しかし、あの……」
「貴様は、あのあのとうるさい!はっきり物を言え!」

「では申します。こちらはお住まいの方で、執務は左の建物でございます。」

ピタリとイネスの足が止まる。
怒られるかとビクビクしているミランに、くるりと振り向きにっこり笑った。

「わかってる、俺はお前を試したんだ。
さあ、案内してくれ。」

「はい、承知いたしました。」

ミランがホッとして先を、城内の案内もかねて歩きだす。
あとを行くイネスに、サファイアが声をかけた。

「大人になられました。方向音痴は相変わらずですが。」

「お前はいつも一言多い。」
「は、ありがとうございます。」

「ほめてない!」

ビクッとミランの肩が震える。
しかし、振り返る勇気はなかった。
清々しい見た目と性格のギャップがこれだけ大きいなんて、なんだかよくわからない人で気が重い。
早く離れたい。

「おい、ここは何の部屋だ。」
「はい?」

振り向くと、一つドアを開けてのぞいている。
そして返事も待たずに、好奇心満々でまた次のドアを開けて中をのぞきはじめた。

「ああ……」

なんて変わった人だろう……


不意に捕まったことを後悔するミランは、以後出来るだけ離れていようと誓うのだった。

48、

「ちっ」

トランの一室で、リューズが顔を上げ舌打ちした。
杖の先端にある水晶玉に、リリスの頬をなでるイネスの姿が映る。
苦々しい顔で水晶玉をなで、フンと息を吐いた。

「あと少しであったのに。
あと少しで愛し子の魂が手に入れられたというのに口惜しい。
地の神殿の巫子か、最年少の百合の巫子……
なるほど、愛し子にも等しい美しき魂よ。
まるで、双子のような……」

のぞき込んだ時、
突然、水晶玉がまぶしいほどの輝きを放った。

「うあっ、ひっ!」

その輝きに、思わずリューズが顔を手で遮る。
隙を突くように、水晶玉の輝きの中から突き出すように手が1本現れ、リューズの首をつかんだ。

「なにっ!」

その手はリューズの首をギリギリと締め上げ、あらがうリューズが引きはがそうとしてもビクともしない。

「お、おのれ!くあっ!ぐうう……」

苦しさに身もだえしながら、杖を離しその手を両手でつかむ。
杖はまるで腕の一部のように、宙に浮いて苦しむ主の姿を冷たく見ていた。

「は……な…せ!この!!」

恫喝するリューズの瞳が青く輝く。
すると首をつかむ腕が青い炎を上げ、燃え上がった。

「リューズ様!」

顔の無い部下の魔導師が1人、リューズの声に引き寄せられるように空間に姿を現す。

「この腕、断ち切れ!」

杖を振り下ろすその魔導師は、しかしその腕に触れた瞬間光り輝き、腕から次第に無数の百合の花に姿を変える。

「……お、おお………リューズ……さ……ま……」

顔の無い魔導師は、手の杖を残し全身を百合に変えて消えた。

ぱさぱさと百合の花が地に落ち、床に積む。

カラン、カラン、カラカラカラ…………

空虚な音を立てて、床を杖が転がって行った。

「ぐうっ、し…まった。」

消えた部下に、リューズが苦悶の顔で声を振り絞る。



『なるほど、お前の下僕は我らの影から作られし者か』



揺れるような声が、あたりに響いた。
腕はゆっくりと首から手を離して、水晶玉へと消えて行く。
腕が消えた瞬間、リューズの杖は地に落ち、水晶玉も元の透き通った色に戻っていった。

「ゴホッゴホッ!はあ、はあ……お、おのれ、ヴァシュラム……
我が力、それで知ったと思うな。」

消えた部下に、口惜しそうに部下の残した杖を手に取り床にたたきつける。
それは自らが生み出した、下僕のよりしろ。
王に1本の巨大な神木を切らせ、それから数十本作らせた。

「ヴァシュラムめ、脅しのつもりか?
くく……ふざけたことを、お前の神殿を襲ってやろうか?巫子どもすべて、皆殺しにしてやろう。」

よろめきながら、首をさすり立ち上がる。
息をついてふと横の鏡に目をやり、小さな悲鳴を上げた。

「ひ、ひっ!」

慌てて服の前をはだけ、胸を見る。
そこには胸から首にかけ、まるで入れ墨のように百合の花が咲き乱れていた。





レナントの城では、崩れた城の一部の復旧も夕暮れと共に中断し、静かな夜が訪れていた。
セフィーリアがいなくなった事も知らないリリスの部屋で、すうすう寝息を立てて眠る彼は、身体も楽になり気持ちよく夢を見ていた。

青い空の下、フェリアと手をつなぎ野原を歩く。
さわやかな風が吹き、野には可憐な黄色い花が一面に咲き誇り美しい。
顔を見合わせにっこり笑い、フェリアが指さす場所に座り、持ってきたお弁当を広げる。
ところがお弁当箱は空っぽで、フェリアが怒って泣き出した。
どんなになだめても彼女は泣き止まない。
すると突然、小さな彼女とは思えない体重でのし掛かってきた。

うーん、重い
ごめんなさい、フェリア許して、何か探してくるから…
うーん……重いよ〜〜


ぼんやり、ようやく目が覚めた。
あれ?私はどうしたんだっけ?

ずしっと重い何かを見ると、突然腕が顔に覆い被さってきた。

「うっぷ、こ、これは一体……え?」

「くかーーーっ」

何とか首を回して横を見ると、そこにはよだれをたらした眠るイネスの顔が。


「え?え?ええーー??」

狭いベッドの上、何故かリリスに添い寝するイネスが寝相も悪く爆睡していた。


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