桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 18

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52、

その夜、ガルシアの元に知らせが走った。
国境の砦に隣国トランより使者がきたという。

「とうとう来たか!」

ベッドから飛び起きたガルシアは、ガウンを羽織って寝所を出た。
そこには側近に案内された砦からの使いが、息を切らして膝をついている。
夜空をグルクで飛んできたのか、寒さに身体が震え、歯がカチカチと鳴っていた。

「その方が使いの者か?難儀であったろう。
気付けだ、飲むがいい。」

テーブルのグラスに酒を注ぎ、使いに勧める。

「なんともったいない、しかし助かります。
では、失礼して。」

使いの男は頭を下げ、一息に飲み干した。

「使者は親書を持ってきているのか?
武装は?兵をどのくらい連れている?」

使者は酒にホッと息をつき、落ち着いて頭を整理する。
そしてグラスを返し、頭を上げた。

「トラン王のご親書を携え、隣国の貴族の方1名にそば付きの騎士3名、そしてその他兵を15名お連れになっております。
武装はそれぞれ剣のみで、魔導師はお連れにならず正装の軽装と言った出で立ちでございます。
かなりお気を使われていると、お見受けいたしました。
砦の司アルカンド様は、ただ今出来るだけの歓待で使者の足止めをなさっています。
ガルシア様の指示を待ち、城へお通しになるとのことでございます。」

「わかった、別室でしばらく休め。
すぐに賢者、大臣達を招集せよ、会議を執り行う。」

「はっ」

慌ただしく、側近が出て行く。
変わってすぐに、身の回りの世話をする小姓の青年が入ってきた。

「お着替えを。」

「レイト、起きていたか?」

「いえ、少々眠りましたので目はさえております。」

着替えをしながら、ガルシアがクックと笑う。
レイトがちらりと、その横顔を見た。

「さて、使者との謁見が白と出るか黒と出るか。
戦いとなれば、まずはこのレナントから戦火に焼かれるだろう。」

「そのような……あり得ません。」

「人同士の戦いであれば勝つ。
国境の町なれば、ここはその覚悟を持って皆武道に長けている。
だが、あの奇妙な魔導師どもが相手では、わからぬと言うことだ。
風殿がルランに行ったのは痛いな。」

「風様のお弟子の方がいらっしゃるではありませんか。
それに地の神殿の方と、魔導の戦力も十分でありましょう。
弱気など、ガルシア様には無縁かと。」

「フフ……風の弟子はまだ子供、巫女も若すぎる。
子供に命をかけさせるなど、このガルシアも地に落ちた。」

神妙な顔で、わざとらしくため息をつく。
それは、レイトの意見を聞く合図だ。
彼は手を動かしながら少々考え、思ったことを口にした。

「風の方は自分を子供と思ってらっしゃらないのではないでしょうか。
聞くところによりますと、生まれは家無しの召使いと聞きます。
この国では、最下の最も厳しい身分の出です。それは、別の意味から毎日が戦いでありましょう。
十分、コマの一つになり得ます。」

帯を締めて着付けがすみ、レイトが立ち上がる。
剣を下げるベルトを腰につけていると、ガルシアが彼の頭をゴツンとこづいた。

「ようわかった、あれを一戦士と見よと言うことか。」

「状況次第では。きっとガルシア様の無理難題にも、ニッコリ微笑みながら心でため息をついて答えることでしょう。
召使いとはそう言うものでございます。
しかしセフィーリア様のいない今、あの方の扱いをどうするか迷っておられる声も聞きます。」

「何故迷う。」

「魔導師か、使用人か。それは天と地でありましょう。」

「あれはレナファンを救った魔導師である。
そう伝えよ。
風殿のご子息と扱え、このレナントでは生まれは関係無い、今が重要なのだ。
あれは貴重な、この城最大の戦力となる。」

その言葉に、クスッとレイトが笑う。
ガルシアが、またゴツンと彼の頭をこづく。
「笑うな。」

「変わり身の早いことで。」

「このガルシアは、順応しやすいのだよ。」

「しかし、あまり私の頭を叩かれましては、私が馬鹿になります。」

「お前は馬鹿でちょうどいい。今のままでは頭が良すぎる、嫁の来手がないぞ。」

「ガルシア様こそ、お早くご結婚なさいませ。
皆ご世継ぎを心待ちになさってます。」

「忙しすぎて、結婚などする暇がない。」

「私もです。」
ククッと笑い合う。
眠気も吹き飛び緊張感がほどよくほぐれ、ガルシアが目を輝かせて部屋を出る。
レイトは頭を下げ、その背中を見送った。

53、

その深夜、イネスはベッドに転がり悶々と枕を抱いていた。
ゴロンゴロン、右へ左へと何度も寝返りを打つ。
客間ではあるが、ゆったりとしたベッドに豪華な装飾は、巫子だからこそ一番上等の部屋に通されたからだ。
隣室には、サファイアが休んでいるがどうも落ち着かない。
真っ暗が苦手なイネスは、いつもろうそくを一本灯したまま眠りにつく。
ドラゴンであるセフィーリアの息子として迎えられたリリスも、同じフロアの突き当たりの部屋だが、あいつのことだ。
セフィーリアのいない今、明日には部屋を別棟の大部屋あたりに変えて貰うだろう。

どうしよう、どうしよう

明日は兄様が到着するだろうし、それまでには謝りたい。
絶対、絶対謝って、また一緒にニッコリしたい。
リリと口も聞かないなんて、自分には耐えられない。
だいたいどう考えても、カッと来て一方的に怒った俺が悪い。
あいつにも、あいつの生活があるんだ。友達の2,3人いても不思議じゃないじゃないか。
なんで俺はこう、カッと来るのか、何か病気なんだろうか。
ああ、リリの気持ちを一番わかってると思い込んでた俺は、なんておろかだったんだろう。
あんなひどいこと言って、突き放して……怒ってるだろうな、悲しんだろうな。

バカだ、俺はバカだ、バカバカ!

絶対に俺が謝るべきだ。
絶対俺が悪い。
あいつがあんな気持ちで俺に会いに来てくれていたなんて、俺全然知らずに……バカバカ!

あいつからはきっと、何も言えない。
俺が早くあやまらなきゃ!

でも……
でも、いつ謝る?
どうやって?みんなの前で?こっそりと?う〜ん……

どうしよう、どうしよう、どうしよう、どう……

ゴロンゴロンゴロン  「あ」

ドターーンッ!


枕を抱いたまま、とうとうベッドから落っこちた。
「い、痛てえ……」
転んで鼻とおでこの次は、お尻か。
これもきっと、すべてお見通しであるヴァシュラム様の嫌がらせに違いない。
きっとまたお会いした時、嫌みを言われるな。

………………うー………………

「ああもう!」

立ち上がり、枕片手にそうっと寝室を出る。
どきっと動きが止まった。
ソファーにサファイアが寝てる。

くそ、隣で寝ればいいのに。

起こさぬよう、そうっと進み、部屋を出た。
廊下は明るい月明かりで照らされ、真っ暗ではないことにホッとする。
衛兵が首をかしげて、何かを言いたげに息を吸った。

「しっ!」

イネスがすかさず指を立てる。

「なにか?」
衛兵がひそひそ声でつぶやいた。

「夜這いだ、口外無用。」

「は、はあ……??」

巫子が夜這い??そんな姫が、このフロアにいたかな?

衛兵が、彼の姿を目で追う。
別の衛兵にも手で合図を送り、見て見ぬふりを装ってじっと見送った。
そうっと進む彼が、長い廊下の突き当たりの角部屋に着くと、ノックしようとしてドアのノブに手を置いた。
鍵がかかってると思ったが開いている。
そうっと忍び込むと、剣を手に持ちガーラントが正面に寝衣で立っていた。
隣の控えの部屋と、中でつながっているらしい。
その隣がセフィーリアが使っていた、広い客間だ。

「なにか?」

ガーラントが、イネスの姿に剣を降ろす。

「しいっ!うるさい、夜這いだ。」

「夜這いとは、また……」
「自室に戻れ、邪魔だ!」
「クックック……では、私は戻ります。」

ガーラントは、耐えきれずにプッと吹き出して隣室に戻って行く。
奥のベッドにはリリスが、目をこすりながら半身を起こした。

「イネス様?」

イネスがドスドスと歩み寄り、狭いベッドに自分の枕を並べる。
そしてリリスを尻で押して布団に潜り込んだ。

「あ、あの……」

「いいから寝ろ、明日は早いんだ。」

「はい。」

並んで寝ると、イネスは背中を見せる。
リリスも眠れるわけもなく、じっと天井を見る。
イネスは暖かい布団にリリスの体温を感じ、背中に触れるリリスの身体が気持ちいいのに、なんだか微動だにできない。

よし、言え!言うんだ俺!
リリに、ごめんって一言言えば眠れる!

喉が渇いて、何度もつばを飲み込む。

ごめん

口を動かすが、声が出ない。
イネスがぱくぱく口を動かしていると、リリスがクスッと小さく笑った。

「昔……よくこうやって休みましたね。」

ドキッとイネスの身体が震えた。
「う……うん。」

「私は嬉しくて、なかなか眠れませんでした。」
「そうか……」

じっと、互いの呼吸を目を閉じて聞く。
窓から星明かりが部屋を照らし、二人はすうっと大きく深呼吸した。

「リリ」

「はい」

「ごめん、俺……わかってないのは俺の方だった。」

「イネス様……」
「二人の時は、『様』はいらないよ、リリ。」

リリスがにっこり、イネスの背中を向いた。

「イネス……様、私の、友達以上に一番大切な方が何をおっしゃいます。」

イネスがその言葉に、満面に笑みをたたえる。
くるりと寝返りを打って、リリスと向き合った。

「くすくす」「うふふふ」

笑い合って、ゴツンと額をくっつける。

「俺はたとえ何があろうと、ずっとおまえの味方で親友で、そして兄弟だ。頼りがいのある兄だろう?」

「はい、じゃあ何かあったら地の神殿へ逃げ込みます。」

「うん、よし。困ったら俺を頼れ。
お前に頼られるのは俺の至上の喜び、俺はお前が大好きだ。」

「イネス……様、あ……りがとう。ありがとうございます。」

「馬鹿、もう泣くな。俺ももう泣かない。
まあ、たまに目から汗が出るかもしれないけどな。
とりあえず、二人の時に俺に『様』はいらないって覚えろ。」

「はい、うふふ」
「くすくす」

「お休み」

目を閉じて、狭いベッドでひしめき合うように眠った。
しんしんと、静かな夜が二人を見下ろす。
城の一室では遅くまで会議が開かれ、やがて夜明け近くに一頭のグルクが国境の砦に向けて飛び立った。

54、

翌日早朝、
もう一人の地の神殿より来た巫子セレスがレナントの城へ着いたとき、城は緊張した空気が漂い、皆落ち着かない様子で隣国の使者を迎える準備をしていた。

ガルシアに挨拶をと謁見の間に向かっていると、イネスとリリスが走ってくる。
相変わらず仲のいい二人に苦笑しながら、連れてきた身の回りの世話をする少年カナンに、荷物を部屋に運び込むよう指示した。

「兄様、早かったのですね。」

息を切らせ、イネスが嬉しそうに駆け寄った。

「ああ、寒くて早くに目が覚めたので、夜明けと共に出たんだ。
霧が出て、ひどい湿気で参ったよ。」

「湿気?大丈夫かな、いい音出るかな。」
イネスが振り向き、荷物の所へ向かうカナンと言う少年に声をあげた。

「カナーン、荷物にフィーネがあっただろ!」

「はい!ございます!」

慌てて引き返して、カナンが息を弾ませる。
「持って参りましょうか?」

「ああ、でも状態はどうだ?」

「大丈夫だと思います。野宿があると聞いて湿気に左右されないよう、センネの木の箱に入れて参りましたし。」

「そうか、あの箱なら大丈夫かな。じゃあリリに渡してくれ。」

「はい、まだグルクの背にありますので出して参ります。」

ダッと駆けだした彼を見送り、リリスに声をかけた。
「リリ、先に行って。俺は兄様と一緒に公に会って行くから。」

「はい。では先に行って調律を済ませておきます。」

カナンを追って行くリリスの後ろには、ガーラントがぴったりと付いて歩く。
セレスがイネスに、クスッと笑った。

「おや?あの騎士はリリの護衛かい?イネスの恋敵だね。」

「誰が恋敵ですか!俺は親友です!」

「おやおや、リリがいるからフィーネを持って行くと聞かなかったくせに。
フィーネは人の心をいやし、また恋を語る楽器でもあるよ。
だだっ子の親友は疲れるだろうな。くくっ」

「もう、男同士で誰が恋を語りますか。フィーネは神事ですよ、神事!兄様は意地悪ですね。」

むくれるイネスに、サファイアがぽつんとつぶやく。
「昨夜はリリス殿の所へ、夜這いに向かわれたようですが。」

「ばっ、ばかっ!お前は口が軽い!」
顔色を変え、チラリとセレスの顔を見る。

セレスはにっこり微笑みながら、目はちっとも笑っていなかった。
「イネス、帰ったら話があるから。」

「に、兄様〜」

「巫子らしからぬ言動は控えるように。」
「はい。」

浮かれたイネスがシュンとする。
後ろで、プッと吹き出すサファイアとルビーの声が聞こえた。

くそー、神殿に帰ってからいじめてやる。

イネスはうつむいたまま、グッと拳を握りしめ固く心に誓った。



そうして客間に通され、謁見ではガルシアの言葉も短く、どうも仮眠の途中だったらしい。
ずいぶんと濃いお茶を流し込んで、無理矢理覚醒を促している様子だ。
しかし隣国の使者が午後に到着予定のため、その迎える準備をしていると忙しそうだ。

「使者には不穏な動きも見られないと言うことだ。
問題の魔導師殿の部下も同行者にないということなので、巫子殿の出番はないかもしれぬ。
未だ隣国とは友好国の協定を破棄してはいない。
こちらも後ろに武装した騎士は控えさせるが、表向きは歓待を持って迎えるつもりだ。
だが、気は抜けぬのでよろしく頼むぞ。」

「はい、しかし……本城からの増援が襲われたと聞きましたが。」

セレスの言葉にガルシアが、大げさにため息をついた。
それは宣戦布告かと城内が大きく揺れて、また城下の町も大騒ぎになったことを治めるのにたいそう苦労したため息でもある。
とりあえず、本城が決起にはやらなかったことが救いだ。
戦争となれば、ここトランとの国境の町レナントが戦場になるのは必至。
それだけは避けなければならない。

「あれは敵の正体が見えん、早々に隣国の魔導師と断定は出来かねる。こちらも調査中だ。
襲われた者の話を聞けば、隣国の魔導師の暴走とも思える。
叩かれて、すぐに声を上げるのは今は避けた方が良かろう。
死者が出たのは辛いが、誰も戦争など願ってはおらぬよ。」

「はい、神殿も戦いの回避のために我らをここへ派遣しました。
それはヴァシュラム様のご意志。
ヴァシュラム様は隣国の王ともご親交がございましたゆえ、きっと力になりましょう。」

「うむ、では使者が来るまで休むと良い、お疲れであろう。部屋は準備させている。
少々騒がしいかもしれんが、耳をふさいで我慢してくれ。」

「ふふ……はい、それではお言葉に甘えて、そうさせていただきます。」

部屋を出ると、セレスが小さくため息をついた。
「ガルシア殿もお疲れのご様子だな。」

「は、昨夜は朝方まで会議であったとか。
しかし、強い緊張感があまり感じられないのも、あの方らしいかと。」

サファイアが頭を下げる。
横でイネスがパッと駆けだした。

「兄様、それでは後ほど!」

あっという間に見えなくなるイネスに、セレスが怪訝な顔でサファイアを見る。

「あれはリリと何かやるのかい?」

「は、昨日リリス殿を回復されるのに木を1本枯らしたので、礼祭を行うとか。」

「この緊張の中で?非常識ではないか?」

「しかし、礼をするのが習わしです。それに、皆様の良い癒しとなりましょう。では。」

サファイアが慌ててあとを追いかける。
回廊に近づくと、なるほど遠くにポンポンと音を調節して軽く奏でている音が聞こえてくる。
フィーネは小さなハープだ。
リリスは4、5歳の頃からセフィーリアに師事し、知るものは皆名手と認める腕を持つ。
セレスが足を止めて目を閉じ、耳を傾けた。

「いつ聞いても、リリは音を合わせるのがうまいな。耳がいい。」

そばでルビーが、大きくうなずいた。
「はい、楽士長のレドル様が、フィーネ担当で是非来て欲しいと、ずいぶんセフィーリア様を説得なさっていましたから。」

「ああ、知ってる。泣き落としも駄目だったと嘆いていたっけ。」

クスクス笑いながら回廊に出ると、すでに沢山のギャラリーが集まって芝の上に座っている。
皆忙しいだろうに、よくまあこれだけ集まった物だ。
すでに音合わせも終わり、リリスは祭事に使う曲を思い出すように試し弾きをしている。
なるほどひときわ大きな木は、その半分がリリスに命を与える代わりに葉を落とし枯れたようになっていた。

「なるほどこれは立派な木だ。これに礼を欠いてはヴァシュラム様に叱られよう。」

見上げるセレスの下で、イネスが上着を脱いで剣舞の用意をして木の元に歩んでいく。

「リリ、準備はよいか。」

「はい、いつでも。」

リリスが木の下に座り準備して、サファイアが酒瓶をイネスに渡す。
イネスはその酒を根本にまき、数歩下がって一礼した。

パンッ!

手を合わせ、再度一礼して1本剣を抜く。
そしてその剣を捧げるように両手で掲げた。

「聖なる地に宿りし者よ!
御身は神であらず、また木でも無し。
慈悲深く尊き者なれば、礼を尽くしここに舞を捧げん。」

イネスがチラとリリスに視線で合図する。
リリスは軽くうなずき、そして流麗にフィーネを奏でだした。

イネスが2本目の剣を抜き、音を立てて合わせると舞い始める。

それはフィーネの音とピタリと息が合い、またイネスの舞は力強く、流れるように無駄のない動きは目を奪われるほどに美しい。


シャン!キーンッ


時折皆は剣を合わせる鋼の音にハッと我を取り戻し、そしてリリスのフィーネを操るその指に見とれた。



言葉を忘れ、息をのむ。



その軽やかな音は風を呼び、精霊をその場にあふれさせ、すべての思いや願いを浄化し、昇華させて行く。
皆気がつけば心安らかに、すでに隣国との不和のことなど忘れようとしていた。


セレスがじっと見ていると、横にいたルビーが後ろに下がった。
見ると、ガルシアが隣に立っている。

「これは公。この木は許しもなく枯らしたと聞きました、まことに申し訳ありません。」

「なに、これはずいぶん昔、山から持ってきたと聞く。
何代前のじいさんか知らんが、気まぐれもたまには役に立つな。」

王族らしからぬ言葉に、セレスが苦笑して木を見上げた。
半分がすっかり葉を落としているが、枝振りはたいそう立派だ。
生気を分けて貰っても、木は死んだわけではない。
だからこうして少しでも早く元気になって貰うため、術を伴った舞を奉納して木を活性化するのだ。


「ふむ……」


ガルシアが、しばし考え神妙な顔でセレスに聞いた。

「酒宴の席で舞えと言ったら怒るかな。」

「おやめなさいませ、殴られますよ。」
ククッとセレスが笑う。

「なんと、それは怖い。」

「ええ、たいそう激怒するでしょう。あの子はああ見えて気が短いんです、相手に関係無く。」

「そうか、じゃあやめておこう。剣舞で誤って首を落とされてはかなわぬ。」

「フフ……、それではあのフィーネだけでもいかがでしょう。
彼は最近、滅多に弾かないらしいのですが、腕は落ちていないようです。」

「ほう?何故あれだけの腕を持ちながら弾かないんだ?」
「さあ、ルランではあの赤い髪と色違いの眼が最大の障害になりますから。
酒の席に出よう物なら、音を出す前に叩き出されるでしょう。」

「本城の奴らはバカばかりだな。」

「え?」

「音楽は目を閉じて、耳を傾ければよい。
それもわからぬから損をする。
自らこれほどのフィーネの音を聞きそびれる、バカというわけだ。
では、あの魔導師殿に話を通しておいてくれ。礼ははずむとな。」

大きくあくびをして、ガルシアが居室に戻って行く。

「承知いたしました。」
セレスは頭を下げ、そしてルビーにぽつりとつぶやいた。

「今、このレナントの長があの方であるのは、幸運であったかもしれぬ。」

「はい。」

見事な剣舞は、人々の惜しむ中やがて終わりを告げる。
リリスの手が止まった瞬間、人々は祭事であることを忘れ思わず手を叩き、あたりは拍手が鳴り響いて城を揺らした。


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