赤い髪のリリス 戦いの風
魔導を教えていた風のドラゴンセフィーリアの元で、使用人として魔導師として暮らしてきたリリスは、先の王子の旅に同行したことで自分が王子の兄、王位継承者であることを知りました。しかし彼は赤い髪と色違いの目という奇異な外見から、生まれてすぐに殺されるところをセフィーリアに救われたのです。
旅のあとも以前と変わらない使用人生活を送ろうとする彼ですが、アトラーナの危機が彼の身にも変革を促します。
自ら苦難に飛び込むことで、彼の進むべき道は見えてくるのでしょうか?
>>その1(1〜3)
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>>その5(13〜15)
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>>その29(85〜87)
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>>その31(91〜93)
>>その32(94〜96)
>>その33(97〜NEW!99)
>>戦いの風 人物紹介 12月16日更新
>>拍手お礼短編集1
>>拍手お礼短編集2
>>拍手お礼短編集3(放蕩息子の気まぐれ)2月2日更新
※人物紹介は、前作を読まれる方はネタばれ要素を多く含みますのでご注意下さい。
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お礼掌編:「赤い髪のリリス 生まれてくる二人の子へ」12/16掲載
55、
ザレルの呼ぶ声に誘われ、セフィーリアが本城へと急ぐ。
精霊の姿で上空から城を見下ろすとルランの町並みの外れ、高台に王城が見えてくる。
城は一回り小さな城と大きな王の居城が並び、奥に魔導師の塔がそびえる。
王の居城と魔導師の塔の間にある美しかった庭園は荒れ果て、目を覆うばかりに草木は倒れて嵐のあとのようだ。
あの胸騒ぎは、あの子の仕業であったか……
何という荒れようじゃ
空に広がる身体を人間並みに小さくして、胸に響くザレルの声を探して目をやると、配下の精霊達が一つの窓を指さす。
その窓に向けて飛ぶと、窓にザレルが身を乗り出し手を挙げた。
「セフィーリア!」
「ザレル!」
彼の手に、セフィーリアが飛び込んでゆく。
ザレルは彼女を手の中に受け止め、久しぶりの再会に力強く抱きしめた。
「無事で良かった。
不甲斐ない父で済まぬ、娘一人守れなかった。」
「良い。この子は精霊、お主の力の及ばぬ事もある。」
奥のベッドには、フェリアが消えかけた身体を横たえ、傍らにレスラカーンが手に手を添えている。
「レスラカーン様、フェリア殿の母上、風のドラゴンのセフィーリア様です。」
ライアが憔悴した彼に手を貸し、立ち上がらせた。
「お主は確か、宰相殿のご子息ではなかったか?」
「はい、レスラカーンと申します。
フェリアは、魔物から私を救うために無理をしてこのような……
私は、私は彼女を……フェリアを守ることができなかった。
私は……この目さえ見えれば……」
眼に拳を押さえつけ、口惜しさに涙を流す彼にセフィーリアが優しく手を添えた。
「風のドラゴン殿、申し訳……ない。」
「優しい子よ、レスラカーン……」
言葉を震わす彼に、風のように暖かく抱き寄せる。
レスラカーンは言葉もなく、ただ声を殺して涙を流した。
「自分を責めずとも良い。
お主のその心、きっとこの子の力になろう。
力を尽くし戦ったその姿、我が配下の者がちゃんと見ておる。よう戦ってくれた、感謝する。」
セフィーリアがレスラをライアに託し、フェリアの様子を見る。
横からザレルが心配そうにのぞき込んだ。
「どうだ?戦いの中、思い余って精霊の姿で大きくなったのだ。
空を包み込み、何かに手を伸ばしているように見えた。
どうも、この城に隣国の魔導師の部下が紛れ込んでいるかもしれぬと、このレスラカーン殿とひっそり探していたらしい。
もしかしたら、それを見つけたのかもしれん。」
「うーむ、しかしこの様子では話は無理じゃ。
今は辛うじて、人の部分がこの世につなぎ止めておる。
一度わらわの体内に戻さねば、本当に消えてしまおうぞ。」
「わかった、では頼む。」
ザレルが身を起こし、一歩下がる。
レスラがしばらく会えないと聞いて、慌てて手を伸ばした。
「フェリア、どうか最後に!」
ライアがその手をフェリアの手に重ねた。
レスラがしっかりと両手で手を包み込む。
「フェリア、きっと戻ってくるのだ!私はいつまでも待っているから。
また、あの庭で一緒に話をしようぞ、フェリア。」
すると、フェリアが弱々しく手を握りかえす。
レスラの顔がパッと明るくなった。
「ああ!」
大きくうなずく彼には、何か確信が芽生えたのだろう。
見えない彼の不安を除く、それは大きな力となった。
「では……我が身より分かたれし我が子よ、この身に帰りしばし休め。」
フェリアの身体が穏やかに輝き、セフィーリアに光となって吸い込まれてゆく。
「これでしばし休ませ、力を得たところで復活させよう。」
「どのくらいかかりそうだ?」
「さて、一週間か、一月か。一年かもしれん。
精霊はひとたびバランスを崩すと消えてしまう、もろいものじゃ。
消えかけている子を復活させるのは容易ではない。
しかし、この子の中の半分の人間の生気が、きっと精霊よりも力強く、生きようとするだろう。今はそれを信じるしかない。」
「強い子だ、きっと戻ってくる。大丈夫だ。」
ザレルが力強くセフィーリアの肩を抱いた。
「ライア、杖を。」
「はい」
レスラカーンが、ライアから杖を受け取り姿勢を正すとセフィーリアに頭を下げる。
そしてザレルにも改めて、フェリアと共に何をしていたかを話しをしようと向き合った。
キアナルーサが、側近のゼブラを連れてザレルの居室へ向かう。
庭の騒ぎのことを他の臣下から聞いた物の、要領を得ないからだ。
アイはベッドの下に隠れて出てこないし、レスラの話を聞こうとしたら、ザレルの娘のそばから離れないという。
「もう!一体何だあいつ!
ちゃんとみんなに話をしないと、何があったのかさっぱりじゃないか。
なんでザレルの娘に張り付いてんだ?」
「王子、あの巨大な精霊がどうも、ザレル殿のご息女のようでございます。」
「知ってる、あの暴風を起こした犯人だろう。
全く、あの庭の惨状を見ろ!ミレーニアが母上に持って行く花がないとキーキーわめいていたわ!」
「聞いた話では、危篤のご様子とか。ザレル殿も、セフィーリア様を何とか呼び寄せると。」
「何?風のドラゴン殿を?うわっ!なんだ?」
ゴウッ!ビョオオオオッ!
上空に音を立てて強い風が吹き、城を取り巻くように吹き荒れて思わず顔を覆った。
「王子、あれを!」
ゼブラの指す方を慌てて見上げると、空に薄く広がる精霊のセフィーリアの姿がある。
「本当に来たのか?!帰ってきたのか?!
この非常時に、なぜ他のドラゴンは誰も来ない!くそっ!」
口惜しい、口惜しい、動いてるのは風のドラゴンだけ。
しかも、彼女は国境のレナントへさっさと向かい、肝心の城の守りは薄くなってしまった。
ドラゴン使いを受け継いだ自分がいるこの城へ、率先して守りに来る精霊王がいないとは。
ラーナブラッドの契約は、これほど甘いのだろうか。
風はこうして動いてくれる。
だが、火のフレアゴートはベスレムにいて動かない。
水のシールーンは使いと会おうともせず、大地のドラゴンヴァシュラムドーンは神殿にはいつも不在だ。
「城の守りを固めるのがあいつらの仕事じゃないのか?
精霊の国と言われるアトラーナが、危機を迎えているというのに。」
グッと手を握りしめ、唇をかんだ。
やっぱり……やっぱりリリスじゃないと駄目なのか?
僕は長子じゃないから
父上が嘘をついて決めた世継ぎだから
だからドラゴンは、精霊王達は僕に付いてこないのか?!
「王子、セフィーリア様はザレル殿の居室へ向かわれたようです。
姿が消えて光が向こうへ飛びました。いかがされますか?」
ゼブラが彼女の消えた方向を追って確認すると、こちらを向いてチラリと後方へ目配せした。
ハッと気がつき振り向けば、廊下の隅で貴族の子息が数人ひそひそと語り合っている。
「これはご世継ぎ、ご機嫌よろしゅう。」
彼らはキアンと目が合うと、うやうやしく頭を下げた。
だが、何を話しているかなんてわかっているのだ。
見る目がほくそ笑み、貴族達が自分を影でバカにしているのは知っている。
「行くぞ、ゼブラ。」
「は」
無視して彼らに背を向け歩き出した。
遠くクスクスと笑い声が聞こえる。
ゼブラが、剣に手を添えつぶやくように言った。
「王子、いずれ無礼な輩にもわかるときが来るでしょう。」
「何がわかると言うんだ。あいつらは将来、僕を支えるこの国の柱になるんだぞ。
あんな奴らが、まともに国を思う奴が一人でもいるのか?あんな奴……」
貴族なんて、馬鹿ばかりだ。
人の噂と自己保身ばかりしか考えない。
気位ばかり高くて……
「では、やはり手打ちにいたしましょう。」
ごく真面目な顔で、極端なことを言うゼブラにキアンがきょんと目を向いた。
「馬鹿なことを。お前らしくもない。」
「私は王子の側近でございますから、王子のためでしたら何でもいたします。愚挙の輩を切り捨てるのも、私の仕事でございましょう。」
「お前が内乱を僕に進言するのか?お前は止める立場であろう。」
慌てたように話すキアンに、クスッとゼブラが笑った。
「おわかりであればいいのです。王子は聡明でいらっしゃる。」
満面に笑みをたたえ、穏やかな顔でそれでも剣に手を添えている。
ゼブラは食わせ物だ。
最近何考えているやら、キアンも一杯食わされることが多い。
「お前に、剣は持たせるべきじゃない気がしてきた。」
「おや、では大きな盾を持ってお仕えしましょうか?
手が滑ったと殴れば、口の軽い輩も静かになりましょう。」
「お前には、剣や盾より口にタオルで十分だ。」
呆れてひょいと肩を上げるキアンが、ふと気がつく。
心が少し軽くなったことに。
クスッと笑って、ゼブラの肩をバンッと叩いた。
怪訝な顔で、ゼブラが向く。
「なにか?ご無礼を言いましたでしょうか?」
「お前は無礼を言って良し!」
「はあ……ふふっ、はい。」
冗談なのか、本気なのか、ゼブラの言葉もわからない。
二人は笑いながら、ザレルの居室へと急いだ。
56、
二人がザレルの部屋に近づくと、奥からレスラカーンの大きな声が聞こえた。
「フェリア、きっと戻ってくるのだ!私はいつまでも待っているから!」
キアンの足が止まった。
彼はまるで、恋人に別れを告げているようだ。
「あいつ、あんな小さな子に何言ってるんだ?」
「残念なことに、姿はお見えになりませんから。」
「まったく、何も見えない者が何か役に立つわけでも無し、邪魔にならぬよう部屋でじっとしてればいいのに。」
「王子が騎士長にお会いしたいと仰せだ。」
ゼブラが部屋の前にいたザレルの部下に告げる。
「お待ちを」部下が頭を下げ、部屋をノックした。
「キアナルーサ王子がお見えであります。」
ドア越しに声をかけると、中からライアがドアを開ける。
騒ぎのあとで、髪が少々乱れたライアは疲れたような顔をしている。
キアンの姿に慌ててピンと背筋を伸ばし、一礼した。
「これは王子、このような所までわざわざ足をお運びに……」
「よい、レスラ何をしている。叔父上が部屋でじっとしているよう、言われたのではないのか?
叔父上にご心配をおかけするな、あまり城をうろうろと……」
「キアナルーサ王子」
レスラカーンが、聞いたこともない張りのある声を上げた。
「な、なんだ、びっくりした。」
レスラカーンが立ち上がり、キアンの声のある方に向いてキッと顔を上げる。
酷く焦燥した顔は泣いていたのか眼が赤く、どことなく今までのふわふわとした存在感のない彼とは大きく変わったイメージを受けた。
「このたびはご迷惑をおかけした。
結果的に庭を荒らし、フェリア殿を危機に追い詰めてしまったことをお詫びする。
私が彼女と何をしていたのか、王子にもお話ししよう。」
「あ、ああ、それを聞きに来たんだ。
これはセフィーリア殿、良く帰って来た。」
セフィーリアがいちべつして軽くうなずく。
「我が子の危機に駆けつけるのは当然のことじゃ。見ると他のドラゴンは来ておらぬようじゃが、呼ばずとも良いのか?」
キアンがぎくりと目をそらした。
おおやけに呼んで誰も来ない時を思えば、今は使いを出すくらいしか勇気が出ない。
「良い、おまえ達はアトラーナの守護精霊。
契約をしている僕が呼べばいつでも駆けつけよう。
とりあえずはお主がここにいる、心強いことよ。頼りにしている。
ザレル、邪魔するぞ。」
何かレスラの雰囲気に気圧されるように、キアンがゼブラのすすめるイスに座る。
それぞれイスにかけ、落ち着くとレスラが一つ深呼吸して頭の中を整理して、丁寧に語り始めた。
頭に浮かぶのはフェリアの明るい声、そして暗い声、嬉しそうに笑う声。
見えないだけだ。
見えないだけ、そのことに、どれだけ自分は隠れていたんだろう。
暗闇に隠れ、ただおびえるように耳をふさいでいた。
フェリアは小さな身体で、精一杯自分にできることをしていたというのに。
彼女はまるで見えないことなど忘れたように、自分と接してくれた。
私を命がけで救ってくれた彼女に、私は……応えねばならぬ。
レスラカーンはフェリアに聞いた、精霊の放つ香のこと、魔導師が精霊の力を増幅して力をふるうとき、その香も強くなる。使者が燃えた事件で変わった香りに気がつき、それを探していたことを簡潔にまとめ話して聞かせた。
「そうか、隣国の王女の使者が燃えた事件、あの時精霊の香りがしたと?
確かにあの時、あの子の様子が違っていた。そうか……それに気がついたのか……」
ザレルがため息混じりで、そして険しい顔になる。
思い返せば、確かに何かに気がついたようでもあった。
あの時は、あの惨状を子供が見るべきではないとの思いが先に立ったが、話を聞くべきだったのか。
「……で、私は相談を受けましたが、その香りは精霊にしかわからないというのです。
彼女が一人で探すというのを止めて、召使いの女たちに紛れ探すように手を回しました。
食事の世話は、城内の者と接する機会も多いでしょう。
ですが、結局はわからなかったと嘆いていました。」
セフィーリアが大きく頷きザレルを見る。
「確かに、あの子は良いところに気がついたのであろう。しかし、父に言わなんだのはまずかったのう。きっとザレルに褒められようと気負ったのであろう。けなげな子よ……」
母であり、自分の分身であるフェリアの気持ちはよく分かる。
娘の性格を思い、夫婦が大きくため息をついた。
「しかし……するとその間、接触の無かった者であると仰るか。
食事の世話をする女たちと直接接触がないと言えば、身分の高い者ばかりになるが……」
ザレルの頭には、次々と高位の身分の人間が浮かび上がる。
確かに、一筋縄でいかない偏屈な人間も多い。
だが、この国を売るような人間が果たして……
「もしくは……木を隠すなら、林の中と。」
ライアがつぶやいた。
フェリアが魔導師の塔は、沢山の匂いがあってわからなかったと言った。
魔導師であれば、精霊のことは知っているはずではないのか?
ならば、気がつかれる前に口封じを考えたと思うのは自然だ。
まして今、ここにはザレルの妻となったセフィーリアがいる。
普通を装う人間が、ますます気がつかれてはまずいと思うはずだろう。
「まさか、魔導師の塔の?」
ザレルが腕を組み考える。
確かに。
フェリアは精霊の姿の時に塔の方向へ手を伸ばしていた。
そして意識を失う前、見つけたと言ってなかったか?
「魔導師の塔か……娘は確かに精霊の姿で塔の方に手を伸ばしていた。調べた方がよいのかもしれんな。
俺もこの騎士長の職に就いたとき、魔導師の塔には手をつけるべからずと言われてきた。
あそこは城中にあって、城中ではない魔導師の城。
何代か前の王が、城の守りを固めさせるために他の土地から移させたと聞く。
それがこうして裏目に出るとは思いもしなかったであろう。」
ザレルの言葉に、レスラが顔を上げた。
「しかし厄介な。彼らが素直に調べに応じるとは思えぬ。私は直接彼らに会うた事は数えるほどしかないが、王の覚えも高く口を出すことさえままならぬ。
王子はいかがか?」
「え?あ、ああ、うん、そうだな。」
キアンが魔導師達を思い浮かべ、首をひねる。
だが、自分も説教されることはあっても、意見を言ったことなど無い。
いくらか親しいと言えば、遠見のルークくらいか。
「僕も……特に……そうだな……
わかった、僕からも王に言葉添えをしよう。
父に許可を得られれば、塔の者達も黙って応じるだろうから。」
でも、父は自分の話を聞いてくれるだろうか。
自信がない。
レスラが不意に顔を上げ、うなずいた。
「私も父に今夜、力になってくれるように話してみよう。
今は王もお身体の具合が悪く、あまりお話を聞いてもらえぬかもしれない。
王子のお力になるように、私も父に頼んでみるとしよう。」
「そうか!そうしてくれると助かるよ。
じゃあ、明日にも宰相殿に会いに行くからよろしく頼む、レスラ。」
「わかった。」
レスラの助け手で、キアンの顔がホッとゆるむ。
後ろに立つゼブラが、少し眉をひそめチラリとライアを見た。
ザレルが腕を組み、渋い顔でうなずく。
まさか、敵の手下が城内にいるとは考えたくはない。
が、すべて考えられることには手を打っておいた方がいいだろう。
「では、こちらも手を回し、王子のご指示をお待ちする。よろしいか?」
「わかった。ではザレル、そちらは頼むよ。」
「了解した。こちらは塔へ踏み込む際には部下を同行させるようにするとしよう。俺自身が赴くと、ゲール殿にも反感を買うことになろう。恐らく宰相殿も、同じ考えで部下殿を送られることだろう。
話を聞くだけと言う空気を作ることも大切かと思う。
今回は、揺さぶりをかけて様子を見ることが先決。あとは……王子の采配次第。」
「う、うん、わかっている。」
キアンが緊張感に固くなる。
この問題には、率先して当たれと父からも言われている。父は、これで自分の力を見るつもりなんだろう。
結果的にどうなろうと、精一杯がんばろう。今はそれしか考えられない。
話を終わり、キアンと共にレスラ達も部屋をあとにした。
部屋に戻るキアンを頭を下げて見送り、レスラカーンが顔を上げる。
「私は……ひどい顔だったろう?」
一つ大きな息をつき、たもとで涙のあとをふいた。
心の中のショックが、ようやく落ち着いて一つの決意に変わってきている。
「いえ、お変わりなく。なにか?」
「なんでもない。
ライア、今夜父上にお時間をいただきたいと伝えてくれ。」
「はい、お伝えいたします。ではいったん部屋へ戻ります。
お疲れでございましょう、部屋に戻りましたらなにか口当たりの良い物をお持ちいたします。
とにかく、おけがが無くて何よりでした。」
レスラがライアに手を引かれながら、ギュッと手を握った。
「ライア、私は立つことにした。」
それが何を意味するか、ライアにはよく分かる。
もう、今までのレスラと違う、この方はひっそりと生きることをやめるつもりなのだ。
「はい、ライアも死力を尽くし、お側におつかえいたします。」
「すまぬ、迷惑ばかりかけるな。」
「いいえ、私はそのお言葉をお待ちしておりました。そう……思います。」
「そうか……父には恐らく、無理だと言われるだろうがな。」
ゆっくりと部屋へ向かう二人のあとを、青い蝶がひらひらと追い、そして廊下の壁にある飾りに留まった。
『寝た子を起こしたか……』
虫から、ぽつりと声がした。
蝶はゆっくりと羽を動かし、廊下の影の暗闇を向いてその毒々しいまでに青い羽を開く。
『援軍を襲ったことで開戦するかと思ったが、なかなかそう簡単には行かぬ』
もう一つの声が、ひっそり暗闇からささやくように聞こえてくる。
『今の王は、思慮深い重鎮に囲まれている。
宰相を揺さぶって、かえって敵を増やしていたのでは何事も進みがたい。難儀な事よ……』
『やり方を変えよ』
『うるさい、命令などするな下賤が。
この失態、お前の玩具が引き起こしたこと。この借りはいつか返して貰うぞ。』
風に吹かれ、飛び立つ蝶が魔導師の塔へと飛んでゆく。
『下賤か……青い事よ、そこが可愛いがな。ククッ』
不気味なかすれた笑い声が響いて暗闇に赤い相貌が光り、それはやがて閉じて消えた。
57、
部屋へ戻るキアンが、思い立ったように顔を上げ、ふと足を止めた。
振り向いて、何か考えている様子でゼブラから目をそらす。
「いかがなさいました?」
「うん、ちょっと母上に会いに行こうと思う。」
「お后様にで?……あ!」
ゼブラの声に振り向くと、取り巻きを引き連れた貴族院の長が足を止めてこちらに頭を下げている。
「父上!」
思わず声を上げたゼブラに、キアンがポンと肩を叩いた。
「行ってくるといい、久しく会ってないだろう?僕は母上の所に行くよ。」
「しかし……お一人では。」
「一人じゃないし、たまには一人にしてくれよ。」
笑って近くの近衛騎士を一人呼び止め、警護を頼んで先を歩き出す。
ゼブラはその背中に頭を下げ、貴族院の長である父の元へ走っていった。
「お久しゅうございます、父上!」
「久しいな、ゼブリスルーンレイア。元気にしていたか?」
「ああ……その名、久しぶりに聞いたような気がします。城では皆、私のことはゼブラと呼びますから。
あの事件での会議にご出席になられたんですね。今日もお忙しいのですか?」
この事件での非常呼集に呼ばれてきたのだろう。
城内でも良く姿を見るが、父は忙しくこうしてゆっくり話すことは滅多にない。
白いヒゲを蓄え、珍しく穏やかな顔の父は笑うとゼブラの肩をやさしく叩いた。
「このたびの事件、王子に難が及ばず幸いであった。お前も大変であろう。
王子のお世話も身辺警護も、お前の仕事の評判は高い。お前のおかげで今後レナパルド家も安泰であろう。
王子が王となりし折りは、王家との距離も更に近くなる。期待しておるぞ。」
「はい。
そう言えば、オルセウス兄様のご婚礼がお決まりになったとお聞きしましたが。」
「おお、さすがに耳が早いな。
相手は……覚えておるであろう?お前と同年の、幼少時に仲の良かったグラント伯のご息女ミリテア嬢だよ。
お前も婚礼には暇を戴いて来るがいい。きっと二人も喜ぶことだろう。」
ゼブラがふと考えて、ニッコリ微笑んだ。
「ああ、彼女には2年ほど前に帰りましたとき、久しぶりにお会いしました。たいそう美しくなられて……私の姉上になられるのですね。」
父は機嫌良く、大きく何度もうなずく。
よほど嬉しいのだろうと、この機嫌の良さもうなずけた。
「今日は少し、時間があるのだ。お前の部屋にお邪魔するとしよう。」
「はい!喜んで!
父上はお忙しすぎるのです、しばし我が部屋でお休み下さい。」
父と共に歩いて行くゼブラの明るい声に、周囲の兵達が驚いて見送る。
やがて姿が見えなくなると、ホッと息をついた。
「あのキリキリ坊やも、親父の前じゃえらく可愛い声出すなあ。ビックリしたぜ。」
「ピリピリしていても、やっぱりまだ子供だからな。
甘えたい年頃で城に上がるんだから、可愛そうなもんだよ。」
その場に残っていた取り巻き貴族の一人が、兵をジロリとにらむ。
兵は姿勢を正し、口をつぐむとまた見回りを始めた。
その日の夕方、宰相の部屋ではレスラカーンが父と食事をしながら、心に決めた重大な決心を父に告げていた。
それは宰相には喜ばしい言葉であったが、レスラの予想通り穏やかに反対された。
書類に目を通すことさえできない彼には、とても高いハードルがそびえていたのだ。
宰相の仕事は、書類に目を通しサインをする仕事も多い。
だが彼の決意も固く、それはライアの負担が増えることを意味していた。
翌日夕食も終わり一息ついた頃合いに、ライアの元にゼブラが訪ねて来た。
「ライア殿、先日取り決めた宰相殿へのお話。あれはいかがとなった?」
「これは……こちらから出向きます物を。」
ライアが一礼して、椅子を勧めた。
騎士の養子ではあるが元は庶民の出のライアは、この貴族院の長を父に持つ貴族のゼブラが苦手だ。
同じ王族の王子に仕えると言っても、育ちの格が違う。
それを鼻にかけるゼブラではないが、どう接して良いのかライアには不安だった。
ゼブラにお茶を勧め、向かいに立っていると座るように笑って指示された。
「何を固くなっておられる。我らは共に王子にお仕えする身、助け合いましょう。」
「は、はい。あ、レスラカーン様でございますが、昨日宰相様に話はお済みでございます。
分かったと宰相様には仰っていただきましたので、滞りなく王子のお力になられるかと存じます。」
「そうか、それはよい。こちらも準備は上々、あとは宰相殿の後押しがあれば王子もお喜びになられよう。
ところでレスラカーン様は少々お変わりになられたと昨日感じましたが。」
「はい、昨夜お父上様とお話になられましたとき、ご自分もキアナルーサ王子をお手伝いになられたいと……」
「つまり宰相殿の跡目に?」
「はい、しかしお父上様は荷が重かろうと反対なさいましたが、レスラカーン様の決意は固いご様子です。」
ゼブラが茶を飲み、少し考える。
「しかし……レスラカーン様は外と接する機会がこれまで少なかったのでは?
私もこう申してはなんですが、王子の右腕となられるには少々……」
無礼は承知で言葉を濁す。
ライアもそれは覚悟している。
ニッコリ笑って首を振った。
「いえ、ずっとそばにお仕えして私は分かっております。あの方は幅広い知識にあふれ、聡明で慈悲深いお方。
きっと王子のお力に」
「ならば!」
ゼブラが突然話を切る。
その顔は非常に厳しく、ライアも初めて見たものだった。
「そのお力をお見せいただきたい。
それに昨日の発言のご様子を拝見しますと、王子と王のご関係が悪いように聞こえます。
騎士長の前でしたからお気が緩まれたかと存じますが、下の者に誤解を与えるようなご発言はお控えなさるよう願います。
無礼は承知の上、このゼブラがそう申していたとお伝え下されませ。」
強い言葉に、ドキッと身体がすくんだ。
「はい、私も気づかず失礼をいたしました。
今後気をつけられますように主にも申しますので、どうか今回は穏便に願います。」
固くなるライアに、ゼブラが微笑んだ。
「と、まあ今日はこの辺で。
これは私が気づきましたことで、王子からは特にご不興は買っておりませんのでご安心を。
私も今後を楽しみにしております。
では、よしなに。私はこれで失礼いたします。」
「はい、今後ともどうぞよろしゅう願います。」
穏やかそうで、やはり王子の側近だけのお力がある。
怖い方だ。
ゼブラが部屋を出たあと、リンリンと隣室のレスラから呼び鈴が鳴った。
「お呼びでございますか?」
「すまないがこの書類に何が書いてあるのか教えておくれ。先ほど父の使いの者が届けてくれたんだ。」
「はい、承知いたしました。しばしお待ち下さい。」
紙を受け取り、ろうそくの明かりに照らして目を通す。
間違いの無いよう簡潔に読んで聞かせる。
彼の目であるライアの重要な仕事だ。
目を通していると、クスッと横でレスラが笑った。
「ゼブラが来てたようだね。声が大きいからすっかり聞こえてしまったよ。
いや、聞こえるように言ったのかな。」
「怖い方です。」
苦笑いで返す。
レスラの様子を気にするように探ると、それが見えているように顔を上げた。
「彼は彼なりにキアナルーサを一番心配しているんだよ。
キアナはなかなか自信を持って話さないところがあるから、つい横から口を出してしまった。私も悪かった、注意するよ。」
「王もお加減が良くないので、王子もご心配なのでしょう。
お后様もずっと伏せっていらっしゃいますし、王子もお気の毒です。」
「そうだな、キアナが隣国の姫とのご婚礼が決まったとたいそう喜ばれていた頃は、お二人ともとてもお元気だったのに。
隣国との関係が悪化して、ご心配が増えられたのだろう。
早くこの問題が解決でき……れ……ば……」
不意に、レスラカーンが立ち上がった。
「いかがなさいました?」
「ライア、ライア、杖を!父に会わねば!」
ライアが慌てて杖を渡し手を取る。
「どうなさったのです?」
「わからない、これははっきりした事ではないし……でも、少しでも可能性があれば父に話さなければ!」
「可能性が?」
「そうだ、城内で体調を崩したら誰が薬を作る?」
「それは……医師が診たあとは薬草を魔導師殿が……あっ!」
「すぐに、薬湯を飲むことをお止めしなければ。父が進言したら、聞き届けていただけるだろう。」
「はい。」
手を引かれ、部屋を出るレスラを青い蝶が見送る。
レスラが宰相である父に話し、重い腰を上げさせて許しを得て王の部屋に行ったとき、そこにはすでにキアナルーサが王のそばにいた。
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