赤い髪のリリス 戦いの風
魔導を教えていた風のドラゴンセフィーリアの元で、使用人として魔導師として暮らしてきたリリスは、先の王子の旅に同行したことで自分が王子の兄、王位継承者であることを知りました。しかし彼は赤い髪と色違いの目という奇異な外見から、生まれてすぐに殺されるところをセフィーリアに救われたのです。
旅のあとも以前と変わらない使用人生活を送ろうとする彼ですが、アトラーナの危機が彼の身にも変革を促します。
自ら苦難に飛び込むことで、彼の進むべき道は見えてくるのでしょうか?
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>>戦いの風 人物紹介 12月16日更新
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お礼掌編:「赤い髪のリリス 生まれてくる二人の子へ」12/16掲載
4,
「先ほどは失礼した。」
追っていた二人が立ち上がり軽く礼をする。
リリスはやや気が抜けた様子でガックリ肩を落とした。
「結局ここを見つけられたのですね。」
「どうしてもあなたには逃げられてしまいますので、遠見のルーク様にお願いしたのです。」
そう言って目を移す男は、リリスを見ようともせず座ったまま茶を飲んでいる。
リリスは遠見の名を聞き目の前の男の地位を思い出すと、その場に膝をついた。
「これは名高きシリウスの遠見様、無礼をお許し下さい。わざわざ城からお越し頂き、お手を煩わせることとなり申し訳ございません。」
頭を下げるリリスに、ため息をついて男は顔を背ける。
ここへ来たのは余程不本意だったのだろう。
「悪かったと思うなら、せめてその気味の悪い頭を何かで隠せ。血のような赤い髪、その色違いの目、見ると身震いがする。」
「申し訳ありません、すぐに御前より消えますゆえ……」
リリスがどうしようもなく、腰を落としたまま部屋を出ようとする。
こちらの世界ですっかり緩んでいた気持ちが、突然アトラーナの世界に引き戻された気がして体中の血が下がって行く気分だった。
しかし苦々しい顔で、奥に座る中年のスラリとした男が手を挙げる。
遠見の前でも足を組みくつろぐ紳士は、ロマンスグレーの髪をオールバックにしてコロンの香りを漂わせていた。
「良い、リリスこちらに来るがいい。お前の姿は美しい。それをわからぬアトラーナの石頭の言うことなど気にせずとも良い。
それに逃げていたのはわしの指示だと、はっきり話すがいい。」
「はい……でも、少々失礼いたします。」
解放されて容姿を気にもかけずに過ごしたここに、ベールなどはない。仕方なく近くにあったウールの膝掛けを手に取り、頭からかぶってショ−ルの代わりにした。
「稀代の魔導師殿が、なんと滑稽な姿よ。」
その姿に、女がクスリと笑う。
「お目汚し、誠に相済みませぬ。」
リリスが紳士の横に膝をついて座り、深く頭を下げた。
「失礼な奴ら、王子なのに。」
「うぬ!」
部屋の外からアイ達と一緒に覗き込んでいたフェリアが、手を震わせたまらず飛び出す。
怒りに燃える少女の髪は逆立ち、部屋の中を風が吹き抜けた。
「おのれ〜黙って聞いておれば、我が巫子に数々の無礼、許せぬ。」
「フェリア様、いけませんおさがり下さい!」
「いいや!これだけリーリをいじめられては黙っておけぬ!」
ビョウと風が巻き、カーテンが舞い上がって壁の絵がガタガタと音を立てる。
高価そうな大きなツボがカーテンに引っかかってかしぐのをリリスが慌てて押さえ、少女に向かって声を上げた。
「フェリア様!リリスは怒りますよ!」
ドキッとフェリアの動きが止まる。
紳士がジロリと視線を向け、少女を睨み付けた。
「アトラーナに帰りたいようだな。」
重い声に、少女が血相を変えブンブン首を振る。いつの間にか風が止み、少女は小さくなった。
「フェリアはリリスと一緒にいたい、帰りとうはない。しかし、ヴァシュラムは腹がたたんのか?」
「えっ!ヴァシュラムって、あのじいさん?!」
アイが驚いて声を上げた。
学校で用務員をしていたヴァシュラムは、ヨボヨボの爺さんだった。それがこの紳士と同一人物?
「ほう、久しぶりだな。町であったのか?」
「はい。隣室でお待ち頂きます。」
「いやよ!キアンも絡んでるし一緒に聞くわ。」
アイがその場にドスンと座り込み、ヨーコもその隣に座る。
渋い顔の男女だが、ヴァシュラムは気にしない様子で話を続けた。
「まあ、よかろう。
さて、フェリア。向こうの世界の奴に何を言っても無駄であろうよ。お前は知らぬが、リリスは生まれた瞬間からその髪と目のおかげで艱難辛苦と対峙してきた。今は控えよ。」
フェリアがブウッとして、リリスに寄り添い彼の服を掴む。
リリスがホッと息をつき、少女をそばの大きなクッションに座らせた。
「ルークよ。そのベスレムのうわさ、そこの2人はまだしも、遠見殿はわかっているはずだがな。
うわさが本当かそうでないか、何故進言せぬのか?おぬしこそ、この騒ぎが収められる人物の1人であろう?」
ヴァシュラムがルークに問いかける。
答えぬルークに、男が一つ咳払いした。
「フレアゴート様は何か勘違いをしておいでに違いない。
その魔導師殿が王子の兄弟などと、そのようなことあるはずがないであろう。王も王妃も、まったく覚えがないと仰せだ。
とにかくリリス殿、どうかアトラーナへ戻り、この騒ぎを静めて頂きたい。」
「私がですか?私になにができましょう。
私にできるのは、こうして騒ぎが収まるのを待つのみです。」
「いや、はっきりせねば騒ぎは落ち着かん。
ラグンベルク公がこのまま騒ぎを大きくされでもしたら、キアナルーサ様の戴冠に傷が付くことになる。」
「公が耳を貸されたおかげで、フレアゴート様も声を大きくされつつある。
これで謀反でも起こされようものなら、国が二分してしまうのだ。おわかりであろう。」
しかしリリスには、この国を2分しようかという窮地に、自分が何をできるかなど考えも付かない。
元よりこちらへ来たのは、王位継承権が絡むことで国にいても命が危ういと、ヴァシュラムや母代わりの風のドラゴン、セフィーリアからアトラーナの使者とは接触しないよう言われてきたのだ。
「この状況、何とか打開を試みたい。だからあなたには来て頂き、王子のもとに忠誠を持って仕えて欲しいのだ。
そうなれば公も強く出ること敵わぬはず。」
「それは……」
顔を上げるリリスに、ヴァシュラムがそれを制した。
5、
「それは許せぬ。わしはこの子を母であるセフィーリアから預かっている。お主らがどうしてもと引きずって行くなら、その手を土塊に変えても守ろうぞ。」
「地のドラゴン殿!アトラーナへの誓いをお忘れか?!」
「忘れはせぬ。だが、城の内紛は我が身をしばる誓いの内に入っておらぬ。心してものを申せ。
それに、今のままでは近い内に誓いも破棄されよう。我らが誓いを立てるのは、王の中の王のみ。
このような騒ぎさえ押さえることも出来ぬキアナルーサに、果たして国を背負うことが出来るか疑問ぞ。」
「なんと言うことを、ドラゴン殿!」
グッと男が声に詰まった。
女と顔を見合わせ、どうしたものかとルークを見る。
しかし、肝心の遠見の御仁は置物のように座して一言の助けもない。
男の心に、ふと、うわさは本当ではないかと不安がよぎった。
「私は……城へ行っても構いません。」
リリスがヴァシュラムに構わず声を上げる。
「馬鹿なことを、リリスよ。
これらはキアン側の人間、城へ帰るなりお前を殺すやもしれぬ。」
「わかっております。が、私が願うのはアトラーナの平静。私が参りますことで、王子のお力に少しでもなるのでしたら馳せ参じましょう。」
「お前が何と言おうと、刃の先に立つことなど許せるわけがない。
まして城に上がるなど、また別の意味で地獄を見るであろう。」
「そのお気持ちだけで、リリスの心は救われます。ですが私はアトラーナの魔導師なのです。この力が何のためにあるのか、この世界にいて安穏と暮らすうち忘れ去るところでした。」
目を閉じ、じっと黙していたルークが顔を上げた。
そして我が身も省みず言い放つリリスの姿に、大きくうっすらとアトラーナの紋章が揺らめき、リリスがそれと重なって見える。
遠見は近い未来、遠い過去さえ見通せる。
その力がこれまでで最も強いと言われたこのルークは、シリウスの山の麓に城まで与えられて大切にされているのだ。
だからこそ、遠見のルークにはわかっている。
あのうわさは、真実であると。
いや、もしかしたら、このリリスこそ玉座を狙って公やドラゴンを動かしているのではないか……
いまだかつて経験したことのないほどに、モヤがかかって未来が見渡せない。
城でも疑惑が渦巻き、リリスが城へ行ってもかなり風当たりは強いだろう。
そのことは、彼もわかっているはずだ。
だからルークには、リリスがうなずくとは到底思えなかった。
よほどの馬鹿か、策略家だな。
ルークがうつむき、ほくそ笑む。
その前で、リリスが決意を固め、唇をかんだ。
自分の存在のために起きた、キアナルーサの危機。たとえ殺されようと、それは運命。
自分はもとより、このことを憂慮した両親に捨てられた身。どんな扱いを受けようと仕方ない。この国の安定のために死ぬのなら、それこそ本望。
リリスは心を決めて立ち上がり、胸に手を当て頭を下げた。
「どうか、城への同行をお許し下さい。私は、キアナルーサ様にお会いしとうございます。」
「おお!来てくれるか!」
男が明るい顔で立ち上がった。
「リーリ!」
フェリアがリリスのコートを引っ張る。その顔は、不安そうで怒って見える。
「大丈夫でございますよ。リリスはしばらくお暇しますが、また戻って参ります。」
「いや、わしも行く。」
「またそのようなことを。」
「私も行くわ!」ヨーコが声を上げ立ち上がった。
「ええ!ヨーコ、何で……あたしは……」
アイが戸惑ったようにうつむく。
以前行った時の、衝撃的な光景が浮かんで尻込みする。出来ればあんな事、2度と見たくない。
「アイ……」しかしヨーコは、驚いて彼女を見る。
それでも、1人でもリリスを守りたいと思った。
「あたし、1人でも行くよ。アイは先に戻って。」
「でも!そんなこと……あたしだってリリス様の力になりたい。でも、恐いんだもの。」
それでもと、顔を上げリリスと目を合わせるヨーコに、リリスが目を伏せた。
「……困りました。リリスもお気持ちはわかりますが……」
「私、リリスの力になりたいの。」
「この異世界人を城に?冗談ではない!」
怒る男にリリスがどうしたものかとヴァシュラムを見る。
ヴァシュラムはしばらく考え、そして首を振った。
「ならぬ、今回これは我が身さえ危うい状況にある。お前が行けば、これは更にお前のことも命をかけても守ろうとするだろう。リスクを増やすことはない。」
「でも!」
「今はお前に構っている間はない、のちほど話そう。」
取り付くヒマのないヴァシュラムに、ヨーコの顔が見る見る真っ赤になった。
クールな彼女がそんな顔をするのを、アイは初めて見た気がする。
「もういい!クソジジイ!」
「あっ、ちょっと、ヨーコったら!」
足音を鳴らして部屋を出るヨーコを、慌てて追ってアイも部屋を出る。
リリスはホッと胸を下ろし、それでも自分を思ってくれるヨーコに頭を下げた。
6、
「話が決まったら早々に城へ戻れ。わしは人間の争いなど好まぬ。先に話したこと、キアナルーサへ伝えるがいい。」
男女がやや戸惑った様子でうなずき合う。
「では、リリス殿よろしいか。」
「はい、準備いたしますのでしばしお待ちを。」
一礼して部屋を出るリリスに、フェリアも急いでついて行く。
後に残された3人に、ヴァシュラムが睨みをきかせた。
「王子の持つ、ブラッドストーンを日々確かめよ。石が輝きを失った時、それは我らドラゴンの総意としれ。」
「そのようなこと、アトラーナを見捨てるおつもりか?
隣国のトランが我が国を狙っているのです。今ドラゴンの後ろ盾を失えば、我が国は戦場と化するでしょう。」
男がゾッと震える言葉を放つ。
「だから心せよと言うている。
ククク、そうよな……それはアトラーナの弱体を語る言葉であろうな。」
「予言とは申されますな。ヴァシュラム殿は、キアナルーサ様に仕えておいでだと言うことを、どうぞお忘れ無きよう。」
「さあ、わしもリリスに付くかな?」
「なっ!」
愕然とする男に、ヴァシュラムがからかうように笑う。
「そうやってそれぞれのドラゴン殿がリリスにご執心であること自体が、混乱させる原因の一つであるとわかりませんか?彼はすでに王族ではないのですよ。」
見かねてとうとうルークが重い口を開いた。
「王族……?」
男と女がつぶやきルークの顔を見る。
ヴァシュラムがククッと笑い立ち上がった。
「そう言うことだ。波風立たせたくなければ、キアナルーサの尻をたたけ。あれが立派な王になると誓いを立てたからこそ、我らも忠誠を誓ったのだ。しかし我らは人間ではない。」
見捨てることもありえると、暗に臭わせる。
あのリリスこそが後継者なのか……
まさか……そんなことはあり得ない。
男と女ははっきりと答えを聞くのも恐ろしく、そのまま口を閉ざしてうつむいた。
異世界へと続く道を通り、久しぶりに訪れたアトラーナは、前と変わらない景色でリリスを迎え入れた。
アトラーナの王都ルランにあるこのキアナルーサの住む城は、山肌に立つ石造りの中世の城を思わせ、門を中にはいると仰々しく兵が槍を構えて警備している。
案内されて城内へ入り、階段を上がって廊下の覗き穴のような窓からチラと見下ろすと、眼下にはビルなどあるわけもなくただ小さな家々が整然と並んで人々が生活する町が広がっている。
「向こうの世界とは全然違うのう。」
「フェリア殿、遊びではありませんぞ。」
「わかっておる。」
先を急ぐ一行に急かされ、伏し目がちにひっそりと歩くリリスを追いかける。
そして彼を力づけるように、フェリアは彼の華奢な手をしっかりと握りしめた。
「こちらへ」
大きな開き扉をくぐり、守る兵を横目に薄暗い廊下を歩いて行く。
ヒソヒソと囁く声は、やはりリリスの姿のことをうわさしているのだろう。
やがて慌てて女官らしき女性がベールを手に駆け寄ってきた。
「リリス殿、こちらをお使い下さい。城内でそのような姿は困りますので。」
「はい、申し訳ありません。」
やはり当然のように、ベールを整えすっぽりと彼は頭を隠そうとする。リリスには、それが自然なのかもしれない。
しかしむくれたフェリアが突然横からベールを奪い取り、ビリビリと引き裂いた。
「我が巫子にベールなど不要じゃ。リリスの美しさがわからぬ者は、目を閉じると良い。」
「何という無礼な!」女官がわなわなと声を上げた。
「申し訳ありません、どうかお許しを。」
どうしたものか、頭を下げるリリスを横目に、フェリアはプイとそっぽを向く。
「よい、下がれ。」
突然彼の前に、大きな男の手が前に出て女官に下がるよう言いつける。
顔を上げると大きな扉の前で、正装し見慣れたがっしりとした体躯をした男が一礼して皆を迎えた。
「良い、気にするな。王はお前の容貌をすでにご存じだ。そのまま進むが良い。」
「お父ちゃま!」
フェリアがリリスの手を離れ、その男に飛び込んで行く。
リリスがキュッと唇をかんで前に出た。
「お久しゅうございます、ザレル様。」
「やっと来たか。逃げ回るのをやめる気になったようだな。」
「おたわむれを、私は母上の言いつけを守っただけでございます。ザレル様。」
「様はいらん、私はお前の父代わりだ。昔のようにザレルと呼ぶがいい。
ずいぶん手を煩わせてくれた、ヴァシュラム殿も相変わらずよ。たわむれが過ぎる。」
ザレルがため息をついて腰に手を当て背を見せた。
「ヴァシュラム様はかくまって下さっただけで……私が悪いのです。」
リリスがうつむいて手を合わせる。
「さて、覚悟は出来たか?」
問われて答えは……自分が願うのはただ一つ。
その為にここに来たのだ。
「私は……争いを避けるためにと思っていました。ですが、それは間違っていたようです。私自身も足を踏み入れねば筋道は通らない。
どうか、王子にお目通りを。」
ザレルが振り返り、ニヤリと笑った。
そしてフェリアを女官に託し、リリスを見る。
「よかろう、王がお会いになるそうだ。
王子のために、お前はここに来たと伝えてある。」
「ええ、私は王子のために何なりといたしましょう。」
「来るがいい。」
先を歩き始めたザレルのあとを、リリスがついて行く。
「リーリ!」
「フェリア様はこちらでお待ちを。」
「う……うん、わかった。」
長い廊下を歩きながらザレルの大きな背中を見ていると、守られている気がしてホッと気が休まる。
やがて数人の貴族と女官、そして兵士が並ぶ謁見の間へと通され、皆が膝をつき頭を下げた。
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