桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 20

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58、

衛兵を横目に、宰相である父が王の居室へ入ってゆく。
風が通り良い香りの香が鼻をつき、レスラカーンはライアに合図されて一礼した。

「おお、サラカーン、息子連れとは珍しいな。」

椅子にゆったりと腰掛ける王が、傍らに立つキアナルーサに引くよう手を挙げる。
一歩横に引いた王子の足音に耳を傾け、レスラカーンが父に並び頭を下げた。

「久しく挨拶もままならず、申し訳ありません伯父上様。」

「良い。レスラよ、城で不自由はないか?遠慮のう側近に申せ。
お前とて王家には大切な男子。お前は見えていなくとも、ちゃんと皆お前に頭を下げている、胸をはるがよい。」

「はい、ありがとうございます。」

きちんと挨拶のできる息子に、宰相が微笑んで肩をポンと叩いて下がらせる。
王がその様子ににやりと笑った。

「フフ……サラカーンよ、お主も息子殿に尻を叩かれて来たか。」

王はいつにも増して怠そうな様子で椅子にもたれかかり、皆の心配する姿に嬉しそうに顔をゆるめている。
サラカーンは、弟として心配そうな顔で前に手を組み兄の表情を伺った。

「兄上、王子がいらっしゃるところを見ると、同じ用件でございましょう。
魔導師からの薬の件で参りました。」

「うむ……キアナルーサは、魔導師ラインの煎じ薬を飲むなと言うのだ。
ラインは良うしてくれる。あれの心配はいらぬと言うに。」

「でも、ゼブラも怪しい物には口をつけない方がよいと……
僕も父上にはお身体を大事にして欲しいのです。母上にも使いを出しました。
お二人に今何かあったら……僕はどうしたらいいんでしょう。」

気弱に父の足下にひざまずくキアンに、父王がやれやれと肩に手を置いた。

「甘やかしすぎたか、キアナルーサ。今のおまえの様子では、わしもまだ地に眠ることもままならぬ。
風の女王が先ほど挨拶に来たが、しばらく本城にいるように言うておいた。
今のドラゴン使いはおまえじゃ、気ままなあれ達を操るのは容易ではない。心せよ。」


「父上……」


僕には世継ぎの資格があるのでしょうか?



訪ねたい気持ちがわいてくる。


しかしキアンはグッと言葉を飲み込み、王の手を握って大きくうなずいた。

「このキアナルーサ、父上のご期待にきっと添えて見せます。どうかご心配なきよう。」

「うむ、……ラインの煎じ薬はしばらく留め置こう。
セフィーリアが自ら薬を作ると言うてくれておる。あれの薬はよう効くと評判らしい。
ラインもドラゴンの言うことならば納得しよう。
大儀であった、部屋で休め。」

「はい、父上も……
……最後に一つおたずねして良いでしょうか?」

キアンがうつむき、息をのむ。
言っていいのか悪いのか分からない。
王はいぶかしい顔で、悟ったようにふと顔を背け目を閉じた。
そして手を振り、人払いする。
ゼブラやライア、側近達が頭を下げて窓を閉め、部屋を出た。

「私は……いかがしましょう?」

ライアたちの気配が消えて、レスラカーンが杖を握りしめ、どうしたものか見回すように首を振る。
父のサラカーンが王にうなずき、彼の肩を抱いて引き寄せた。

「おまえも父を手伝いたいと思うなら、ここへ控えよ。ただし口外をしてはならぬ。よいな。」

「はい、わかりました。」
レスラカーンが緊張して父の傍らに立つ。

王が眉間にしわを寄せてうつむき、そして顔を上げた。

「良い、キアナルーサよ、ここには身内しかおらぬ。おまえの心にあるわだかまりを申せ。」


とうとう、このときが来た。
本当のことを、訪ねるときが。


キアンは落ち着きが無く指をかみ、気持ちを決めて顔を上げた。


「はい…………



ち、父上は……

僕は一人で生まれてきたと申されました。

でも、僕はフレアゴートから聞いたのです。おまえは王の長子、世継ぎではないと。
僕は、2番目に生まれたのだと。
きっと、これを知っている者は、城内にもいるはずです。
叔父上からの使者が漏らした言葉から、先だっての一部の貴族達の動きも良く存じております。
僕ではない者を王座に就かせようと、あからさまな動きとか……
あれがおおやけで僕に忠誠を誓ってくれた事や、ゼブラのおかげで動きも治められましたが……

ドラゴンたちは……それを知るからこそ、もともと僕に仕える気は薄いのではないでしょうか?
精霊の国の王子が、精霊に無視されているように思えてなりません。
僕は……本当に世継ぎの資格があるのでしょうか?
父上、どうか……どうか本当のことを教えて下さい。」

王が目を伏せ、言葉を探す。
レスラカーンは、否定しない王の沈黙に愕然としていた。

「まさか……ベスレムの叔父上様の話といううわさは……」

レスラがふと漏らした言葉を遮るように、父が彼の口に手を当てた。
慌てて口をつぐみ、父の手を握る。
周りの人々の息づかいが、不安げにひっそりとしているようで早い。
動かない空気の流れに、緊張感が張り詰めた。


まさか、本当にフェリアの家の使用人が正当な世継ぎだと?
馬鹿な、そんなことあり得ない。


王がゆっくりと口を開く。
キアンが、すがるような目で父を見つめた。


「おまえが生まれたとき、確かにもう一人生まれてきた。
だが、それは死産であったのだ。
精霊達の夢見がちの話など、聞かずとも良い。」

「でも父上、それではリリ……あれの存在を無かった物にすると?
あれは僕に仕えると言ってくれます。
でも、それでよいのでしょうか?
ベスレムの叔父上が私でなくあれを押しているのが、とても不安なのです。
すでにうわさが城外の者の耳にも入っております。
たとえあれの髪や目の色がどうだろうと、あれの強さを皆が知れば、きっと僕なんか……」

キアンの声が詰まり、涙が流れた。

きっと父には叱責されるだろうと、覚悟の上で胸のわだかまりを吐き出した。
世継ぎとして育てられ、世継ぎとして覚悟するべき時期に来て、この弱気。
自分でも、なんて覇気がない男だろうと嫌になる。

「キアナルーサよ。
ラグンベルクが言うことに、耳を貸すことはない。
たとえうわさがどうあろうと、おまえは世継ぎなのだ。
わしには、おまえの他に息子はおらぬ。
あの魔導師は一切関係ない、ラグンベルクは間違ったことを言うておる。」

「でも、でもリリスは……」

「あれは騎士長の使用人。
魔導師といえど教養もなく卑しい身分の者。
あのように身分の低い者が、おまえの従者など本当は反対なのだ。
あのような者、わしとは何の関わりもない。
だからこそ、騎士長の希望を受け入れ登城も許可したのだ。
お前もそれを望んだのであろう?
おまえまでうわさに惑わされるでない。
息子よ、鏡を見よ。おまえと似ても似つかぬあの使用人を、双子と言われてうなずくか?」

「それは……私も不思議で……」

キアンが視線を泳がせ指をかむ。
確かにそれは、フレアゴートから告げられたときも思った。

「あの使用人は親も分からぬ拾い子、セフィーリアさえ親は知らぬ。
精霊どもの夢に振り回されるでない。
お前の大切な兄を、このわしがどこかにやるはずもないではないか。
おまえが正当なる世継ぎ、もっと自信を持て。」

「はい……」

それは、本当にリリスは自分の兄ではないと言うことだろうか。
でもアイやヨーコが言っていたように、確かにリリスはラグンベルク叔父の息子、ラクリスにもよく似ていると思う。
レスラにだって、目元が似ている。
だいたいそれを言うなら、僕の方が誰にも似ていないじゃないか……

精霊王達が嘘をつくことなど……



ありえない



脳裏にリリスのひざまずく姿が、裏表なく素直に微笑む顔が思い浮かぶ。
この事を聞いてから、キアンの心にはずっとさざ波が立っている。
それはそれを知ったところでも変わらない、自分が世継ぎという戸惑いと不安と。

そして……

大きな優越感。

それが、今では恥ずかしいほどに自分を責め、焦燥感をかきたてる。
王座が近づくごとに、この位置にいる不安感が大きくなる。
リリスがどう言おうと、あの時自分は事実をさらけ出し、正当な世継ぎの座を譲るべきではなかったのだろうか。

僕は……

僕は……王の器では………ない…………


父である王に、大きな声で叫びたい衝動に駆られた。

59、

キアンが大きくため息をつき、前髪を掴む。
父はこれ以上、何を言ってもリリスの関わりを否定するだろう。
結局何も変わらず、解決することは無い。

「それとこの話、母にすることは禁じる。
リザリアに……后に心労をかけるでないぞ。」

やっぱり……口止めされる。
やっぱり……捨てたんだ。
もし、僕の髪が赤かったら、きっと僕が捨てられていた。

きっと…………
あいつのように毎日毎日、人の下で働かされて…………

僕は知ってる。
リリスの背中には、うっすらと沢山の傷跡が残ってた。
リリスは気付いてないようだけど、僕は何も聞けなかった。きっと叩かれて、叩かれて毎日働くんだ。

王子なのに!この国の世継ぎなのに!

胸に、何かしら恐怖を帯びた絶望感のような怒りがふつと沸いた。
親を見ながら、死んだことにされた子の気持ちは、どんなに絶望感に満ちていることだろう。
リリスは、どんな顔でこの城に来て父の顔を見ていたんだろう。

僕は、ただただ自分の不安感からザレルに相談して……
逃げるあいつを捕まえて、無理矢理連れてこさせたのに……



「わかりました。母上には申しません。
でも、僕は一人で生まれたのではないと、それはお認めになるのですね。」

急に険しい顔になった息子に、王が眉をひそめる。

「そうだ、だが生きて生まれたのはお前のみ。
二言はない、下がって良い。」

きっぱりと言われて、キアンがグッと拳をにぎり頭を下げた。
何も言い返せない自分が腹立たしい。
リリスも、そんな気持ちでこの城にいたんだろうか。

「わかりました、もうこの事は二度と申しません。では」

頭を下げ、きびすを返しドアに向かう。
どこか、両親との間に深い溝ができたような気分になった。

「キアナルーサよ。
そろそろレナントにやった使者も帰ってくる頃であろう。
援軍の被害状況など詳しく聞いて、落ち着いて対処せねばならぬ。
おまえは率先してこの一連の件には当たるように。分からぬ事などあったら、すぐにサラカーンへ相談せよ。よいな。」

「はい、そちらの件は叔父上に相談の上で決めるようにいたします。
では、失礼いたします。」

キアンが、ドアを開け父に一礼して部屋を出る。
見送って、王がホッとため息をつき頬杖して、チラリとこちらに耳を傾けるレスラカーンを見た。

「レスラよ、おまえは父を継ぎたいか?」

急に声をかけられて、声の方に顔を向ける。
父の手を離し、杖を降ろして背筋を伸ばした。

「はい、目が見え無いことに甘えて参りましたが、このたびの事件で目が冷めました。
見え無くともできることはあると思います。
私は父を継いで、王子のお手伝いをしとうございます。」

ふふっと王が微笑み、レスラに手を伸ばす。
サラカーンが息子の手を引き、その手を王の手に引き寄せた。
王はレスラの細い手をしっかりと包み込むように握り、うなずく。

「おまえは生まれたときから目が見えぬ。
おまえにとって目が見えぬは自然なことであろう。それは些細な障害でしかないと私は考えている。
キアナルーサの力になってやってくれ。」

「こ、これは伯父上様、なんともったいないお言葉。
未熟者ですが、誠心誠意尽くします。」

「期待している。下がって良い。
このたびは大儀であった。」

「はい。では伯父上様、父上、失礼いたします。」

レスラカーンが杖をついて父に導かれ、部屋を出る。
戻ってきたサラカーンに、王がようやく息をついた。

「レスラはしっかりした青年になったな、おまえがうらやましい。」

「何を言われる、兄上。キアナルーサもたくましく育ったではないか。
息子は、ずいぶんと甘やかしてきたから心配だよ。

……キアナルーサは、我らに怒りを感じているのだろうな。」

とうとう口に出し始めた王子に、サラカーンがため息をついて漏らした。

「あの子は思っていることであろう、何故たかが色違いで子を捨てたのかと。
せめて……あの子なりとも普通に生まれてきてくれたことを、神に感謝するしかない。」

遠く昔を後悔するように、王が目を閉じる。
兄の辛い様子に、弟が小さな声でささやいた。

「まさか、あそこまで兄上に似ているとは。
あれを見ては、我らの子供の頃を知るものがうわさするのも仕方なかろう。
ましてラグンベルクがいらぬことを……」

「ベルクは……あれは養子に行くことは不本意であったろうからな、本城をかき混ぜて笑っていることであろうよ。」

「私から、控えるように手紙を送っておきました。兄上もあまり思い詰められますな。
使用人として育った子が、たとえ魔導師になろうと何ができましょうぞ。
私ができるだけ王子を守り立てるように計らいましょう。
……しかし、何故今、あの子に登城をお許しになられたので?」

聞かれて王が、傍らのグラスを取り、水を一息に飲んだ。
兄弟だから、聞けたのだろう。
秘密を知る誰もが、リリスの容姿を見てそう思った。

何故、今更許したのか。

かつてアトラーナで一番の美丈夫と言われた王と、ベスレムの白百合と歌われた后の美貌。
それにますます似てくるリリスの整った顔立ち。
キアナルーサが両親に似ていないからこそ、余計に際立ってしまう。
だからこそ、王や王妃の知らないところでセフィーリアの家におけるリリスの監視や指導は育つごとに厳しくなり、徹底的に身分の低さを叩き込むことで王家に目を向けないようにした。
だがそれも、素性を知る精霊達に壊されようとしている。

「他意はない。ザレルの申し出を受けただけだ。」

「しかし、キアナルーサも言っていましたが……一部の貴族に、あの子を押して傀儡としようとする動きもあるようですよ。
気の早いことだ、兄上はまだこうして元気でいらっしゃるのに。」

「そういうものだよ、貴族というものはな。」

「まったく、世継ぎ争いがなければよいが……
とりあえず、あの子をレナントへやったのは正解でしょうな。」

険しい顔の弟に、王がやれやれとため息をつく。

「世継ぎ争いか……
長く平和の続いたこのアトラーナの貴族など恐るるにたりぬ。それに翻弄される世継ぎなど、王たる資格はない。
強さを顕示し、国を導き人を導く精神力を示す。だからこそ、ドラゴンを巡る慣習が残っているのだ。
ラーナブラッドの存在意義は、それを指し示す物。
キアナルーサはドラゴンに認められた者だ、必ず立派な世継ぎとなろう。」

「確かに、ベルクが謀反を起こしかけたときも、怖い思いをしながら不問としたあの判断は器の大きさを感じさせます。
13才であの旅は相当きつい物ですが、とっさの判断には的確に対応できましょう。」

「王道を歩く子に横道はない。あの子にもすでに迷いはなかろう。
この件も、いずれ時間がたてば忘れるだろう。」

ため息混じりに目を閉じ、天を仰ぐ。



2年前王子の旅立ちの時……
赤い髪を隠す厚いベールで、顔を見られなかったのが残念でならなかった。

ザレルの申し出を、気がつかぬうちに待っていたのだろうと思う。
初めて顔を見たリリスの、そのりりしい顔と力強い意志を秘めた視線。
何故か初めて顔を見た瞬間、安堵が心に浮かび、そして愕然とした。

たとえ風に庇護されようと、使用人の中でも最下の身分でさげすまれ、人から疎まれ、時にはムチ打たれる事もあっただろう。
おどおどと人の顔色をうかがうような、猜疑心で心をねじ曲げてしまった子供を思い浮かべていた。

そう言うものだ。
人が生まれつき虐げられ、理不尽に叩かれ続けて育って真っ直ぐに育つはずがない。



それが……何という真っ直ぐな視線。



これは、子を捨てた罰に違いない。


そう、思うほかなかった。
あれこそ……あれこそが……王の…………





「兄上?お加減がお悪いので?」


ハッと王が我に返り、弟の心配そうな顔を見る。

「いや、なんでもない。
王子の後押しを頼む。わしはできるだけあの子の意見に耳を貸すとしよう。
あの子の政治的位置も、確立していかなければならない時期だ。」

「ええ、そうですね……」

なにやらじっと考える兄の顔に、サラカーンがにやりと笑った。

「本当は……会いたかったんでしょう?」

「誰とだ?」
知っていて、知らない振りで目を閉じた。

「さあ」

じろり、苦い顔で白を切る弟をにらみ、大きくため息をつく。

「意地悪だな、悪い弟だ。わしにはろくな弟がいない。」

「ベルクは手紙で言ってましたよ、ろくな兄はいないとね。」
「それはお前のことだろうさ。」
「彼に兄は二人います。」
「では、どちらを指すのか今度わしから聞くとしよう。」

二人、静かに笑い合う。
閉めたはずの窓がほんの少し開いて風が吹き、揺れるカーテンにふと目が引きつけられる。
サラカーンが窓を閉め、ため息をつき思いをはせた。

あの子等が生まれたとき……
赤い髪を呆然と見つめる兄は、ただただ泣きじゃくるリザリア殿にこの子は死んだと告げて別室へとあの子を連れて行った。
赤い髪の子は生まれれば殺すのが密かな掟。

しかし……あの子は簡単に殺すことができなかった。

赤子でありながら騎士の剣でさえはね付け、殺意を持って手を伸ばせばその腕は燃え上がった。
あれを守護する古霊を恐れれば、どこかの塔へ幽閉しかなかったのだ。
だが、セフィーリアがそこに現れた。

あの子を彼女が引き取るならば、拾い子の使用人として育てるのが約束。
だからこそ、キアナルーサが不安に思うほど強く育ったのであろう。
しかしあれは……あの子を守護していた者は一体何であったのだろう……

二人がリリスのことを語るのは、セフィーリアに託した後これが初めてのような気がする。
それほど禁句であったのだ。
ラグンベルクにしてみれば、リリスを目の当たりにして彼を死者として扱う王家の、それが許せなかったのだろう。
だが、それも仕方がない。

「あれについてはこのまま、レナントに足止めさせるよう取りはからいましょう。
この城に帰ってこられても、また貴族どもが裏でコソコソ動いて迷惑なだけだ。
よろしいか、兄上。」

「うむ……」

王は目を閉じ、しばし考えている。
即答しない兄にため息をついて、サラカーンは小さく首を振った。

「すでに指輪を持たぬ魔導師としても働いているようですし、今では色に捕らわれて虐げられることもないでしょう。
騎士長が養子にと言う話もあったようですが、身分が上がるのは良しとしませんし……のちのち子でも残されても困りますから、機を見て…………」

弟の王家を思っての厳しい言葉に、王が眉をひそめる。
だが、それが本当の道だろう。
王は絶対であらねばならぬ。
先々代が城外に落胤を落として継承者騒ぎを起こしたことは、小さい頃からしつこく聞かされている。
結局、騒ぎがあれば血を流す結果となるのだ。

「もともと死ぬ運命の子だったのです。
それがここまでセフィーリアに育てられて大きくなった。十分ではありませんか。
こうして城に上り父や弟の顔も見て、もしや復讐なども考えているかもしれません。
ガルシアには、この騒ぎが収まりましたら勅命で、密かに始末するよう伝えましょう。」

「うむ…………」
「今更あの子を王家に迎えるなど、間違っても申されませんよう。」
「……それは……心得ておる、案ずるな。
あれのことは、お前に任せる。」

今更王家になどと……そんな事が、できるはずもない……
親としては、すでに顔向けできぬ。
今でもこうして殺す算段をしている親に、ほとほと愛想を尽かすことだろう。

「風が、強うなってきましたな。」
窓がガタガタ音を立て、夜風が音を上げて吹き抜ける。



その中を風など関係がないように青い蝶が窓辺に留まり、じっと二人の話を聞いていた。


『宰相は、赤毛を殺す気か……だが、気乗りしない王が気になる。
目の当たりにして情がわいたか。
甘い事よ』


青く輝く鱗粉をまき、風など無いようにふわふわと飛び立つ。
そして夜空の闇に、溶けるように消えた。

60、

翌日キアナルーサは、ザレルの部下の親衛騎士二人と兵十数人、宰相の側近も同伴の上で魔導師の塔へと乗り込んでいった。
城内でありながら、外部の者の侵入を拒む閉鎖された魔導師の住む塔は、確かに何者かが潜むには良い場所であっただろう。
特別な場所であるその塔には、キアンでさえ入ったことはない。
途中、どうしても同行するというレスラカーンも伴い、ぞろぞろと塔へ向かう。
突然兵を連れて訪れた王子に、対応する他の魔導師をよそに、メイスは驚き慌ててゲールへと報告へ階段を駆け上がった。

「まさか……いや、わからぬからこそ調べに来たに違いない。
あの、のろまの王子に何がわかる。」

舌打ち、それでも正体が知れる心配はないだろうと思う。
息を切らせて上りながら、最上階のゲールの部屋に飛び込んだ。
ゲールはすでに気がついていたのか、自ら身支度して杖を持ち、窓辺に立っていた。

「長様!下に兵が!」

「よい、わかっておる。王子の元へ参ろう、メイスよ手を貸しておくれ。」

「は、はい!」

年老いたゲールは、呪文をつづり身を浮かせてメイスに手を伸ばす。
メイスはゆっくりとその手を引きながら、緩やかならせんの階段を下へ下りていった。

「あ、あの……ここはどうなるんでしょうか?」
「心配いらぬ、我らは王の庇護の下にある。
兵が入るかもしれぬが、今までと同じように生活できよう。」
「はい。」

ビクビクと、メイスが泣きそうな顔で長の手にすがる。

ちっ、これまでより動きにくくなるか。
面倒な事よ、偉そうに吠えることしか知らぬ、役立たずの王子が。

「メイス、大丈夫ぞ。お前は何も不安に思うことはない。」
「はい、でも恐ろしくて……」

メイスが弱々しく震えてみせる。
ゲールはその姿を見てなだめるように、彼の手を握りしめた。


塔の一階の部屋には、塔にいる魔導師が部屋の一角に集められ、キアナルーサの側近であるゼブラの指示で兵がそれを取り囲むように立っていた。
宰相の秘書官シャールが王子に並び、魔導師の名と帰属の確認を指示する。
階段を下りてきたゲールは、本格的に乗り込んできた王子に驚きを隠せず、その前に立ち怒りに手を震わせた。

「王子よ、これはいかがなことか。
返答次第では我らは居を移し、今後王家とは一切の関係を断つことも辞さぬ。」

いきなり強く出られて、キアンがひるんだ。

「そ……それは……父上がお許しになられない。
とにかく、隣国の魔導師らしき者が侵入している疑いがある。
だから調べたい、それだけだ。」

「無礼ではないか!国の行く末の安定に手を貸す者に、この仕打ち!」

「で、でも……」

言葉が出ないキアンが、気圧されて思わず一歩下がる。
ゼブラがその背を後押しして、キアンの横に並んだ。

「失礼、私は王子の側近ゼブリスルーンレイア・レナパルドと申します。
無礼は承知の上でございます長、ゲール殿。
先日は宰相殿のご子息とセフィーリア様のご息女が、この目の前にある庭園で危うく命を奪われるところでありました。
このアトラーナの異常事態、何があってもおかしくありません。
魔導師の塔の方々の、身の潔白は王もご存じでございます。
だからこそ、調べるならば存分に調べても良いとのお許しを戴きました。
宰相殿の右腕、秘書官でありますシャール殿も、同席いただいております。
我らに不作法あれば、王に怒りを買うのは我らの方でありましょう。」

ゼブラの言葉に、ゲールもため息をついて首を振る。
ゆっくり振り向くと、魔導師たちが長にうなずいた。

「承知した。そちらも相応のご覚悟があるわけか。
では、私は何も申すことはない。
我らは潔白なれば、納得されるまで調べられればよい。」

ドンッ!

威圧するように、ゲールが床に杖をついた。
キアンの身体が知らずビクッとする。

「で、では、お一人ずつお話を聞きたい。
シャール、後は任せて良いか。」
「は」

すでに逃げ腰で後ろに下がるキアンを見て、メイスが隠れて密かに口端を上げる。
毅然とした魔導師達に隠れていれば、知れることもないだろう。

恐れることはない。
これさえ見られなければ……

うつむき、不安そうに肩を揺らしトカゲの入れ墨を隠すように腕を撫でる。
その様子に、横にいたラインが彼の肩を抱き寄せた。

「大丈夫、心配いらないよ。」
「はい……でも、恐ろしゅうてたまりません。」

口元に震える手を当てる。
ふと、シャールが怪訝な顔でメイスに視線をやった。

「その方は使用人か?名は?どこの出の者か?」

「この子は……」

「メイスは7年ほど前に魔導師ラインが旅に出ましたときに、山向こうの村から保護して参りました孤児でございます。
ちょうど親を亡くして難儀しておりましたところを保護しました。
その後は、この塔から出たことはございません」

メイスをかばうように一人の魔導師が前に出て、シャールに告げる。

「塔から出たことはないと?では外部の者との接触はないのだな。」
「はい、メイスそうであろう?」

メイスが緊張して、震えるように小さくうなずいた。
「はい、私はここに参りましてから外に出たことがありません。」

シャールが険しい顔で、手に持つ書類にペンを走らせる。

「よし、ではお一人ずつ話を伺おうか。
ここを出て離れを使おう。」

シャールが兵たちに指示をしてくるりと背を向ける。
メイスがにやりと笑った。

馬鹿め。何が宰相の右腕だ、愚かな奴。
魔導師は国のかなめとも言える者たち。
この城を中から崩壊させてやる。

メイスの下ろした手から、青いトカゲが一匹ぺたりと床に落ちた。

レスラカーンが、聞き慣れない微細な音にふと顔を上げる。

しかし誰も気づかぬうちに、そのトカゲはするするシャールの方へと進む。
そして彼の足下へ行くと霧となって立ち上り、彼の身体を取り巻いた。

「塔を出て、離れの屋敷に参ります。
向こうが落ち着いておるのでよろしかろう。」

シャールの言葉にキアンがうなずき、塔を出ようとドアに向かう。
しかしその後ろで、シャールの足がピタリと止まった。

「うむ?ん?……お?」

「いかがした、シャール?」

キアンが怪訝な顔で見ると、彼の顔がみるみる赤く充血してゆく。

「どうした?どうしたんだ!」
「シャール殿!しっかりなさいませ!」

シャールは口をぱくぱくさせて、首元をかきむしっていた。


息が!息ができない!


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