桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 22

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64、

その夜、ザレルはテーブルに折れた剣を置き、ほんの少し酒の入ったグラスを傾けていた。
その剣は、呪いをはね飛ばしメイスを切った、あの剣。
ようやく騒ぎが落ち着いた頃、魔導師の一人が尋ねた。

「その剣は、たいそう名のある剣でございましょう、巫子殿のお手にかかった破魔の剣とお見受けしましたが?」

ザレルは刃の先半分失った剣を、唇をかみしめて見つめ、しばらく答えることができなかった。

剣は名のある物ではない。
これは剣の鍛錬に使った、なまくら刀だ。
だが、狂獣とうたわれた彼の持つ刀で人を切ったことのない、唯一の刀だった。
騎士長となって久しくすっかり忘れていたが、これを見つけたリリスは「良い物を見つけました」と言って、なぜか山に入り一週間もこもってしまった。
そして、巫子に教わった術で「破魔の剣」を作ったと自分に託したのだ。

「これは人を切る刀ではありません。
これで大切な方々を、魔物からお守り下さい。
私が作った不完全な物でございますから、きっと人を切っては折れてしまうかも知れません。」

なのに、怒りに忘れて切ってしまった。

自分はまだ、この年にして未熟だ。
あの子が丹精込めてくれた剣、よからぬ事が起きなければよいが……
これしきのことで、なんて嫌な気持ちになるんだ。



ドアが開き、そっとセフィーリアが部屋に入ってきた。
落ち込むザレルに、何となく苦笑して隣に座る。

「騎士長殿は気を落としておいでだと、お主の副官殿が言っておったぞ。
どうも、塔が崩れたよりも剣の方がショックだったのであろうとな。
呆れた騎士長だ。」

大げさに、ため息をついてセフィーリアがザレルをのぞき込む。
そして彼のグラスに酒を継ぎ足し、ぐいっと飲み干した。

「それは俺が飲んでいるのだ。無礼者。」

「おや,珍しい。酔っておいでか騎士長殿?
わらわに無礼者とは無礼者じゃ。」

ムスッとして人の顔を見ようともしない。
クスクス笑って、セフィーリアが彼の前にグラスを差し出し酒を注ぐ。
しかし元気のない彼の様子に、そっと手に手を重ねた。

「リーリのことを心配か?
あれは大丈夫じゃ、レナントには地の巫子が加勢に来ておる。
ほれ、あの小生意気なイネスという子供よ。
覚えておいでか?」

「ああ……あの……、なかなかの剣の腕だったな。
しかし、俺の剣の腕も地に落ちた。」

折れた剣は、持つと軽い。
剣を折るなど初めてではないが、それがどこか自分を責めるようで寂しかった。

「お主らしゅうないのう、リーリが聞いたら
“物は壊れる物でございましょう?”と、キョトンとすることであろうぞ。」

「フフ……そうだな。
リリスであれば、どんな状況になろうと……あいつなら……」

「大丈夫じゃ!何しろわらわの息子じゃからな!」

えっへんと胸を張る彼女に、ザレルが笑う。
二人は大きな不安感を抱えながら、それでもこの場から動くことができない現状に、ただ祈ることしかできなかった。



その朝、レナントの城下では、兵の多さに町が騒然としていた。
なにしろ戦争が始まるかどうかの瀬戸際に、その隣国からの使者が堂々と来るというのだ。

「ガルシア様は、大丈夫だろうか。」
「このままここは、戦場になるのではないだろうな。」

一部が不安感を持って隠れるようにその様を見つめる横で、ガルシアを知る人々は確信を持って大きくうなずく。

「大丈夫だ、わしらはあの方が小さい頃から知ってる。
大きな方だ、そりゃあ王様よりすごいさ。」

不安感の中、大きな声で笑い飛ばす。
表を歩く兵が、ギロリとにらんだ。






「ふあああ……」

イネスが昼食も済んで庭で散策しながら大きなあくびをして空を仰ぐ。

「空はキレイなのに、地面を這ってる奴らは騒々しいものよ。」

屋敷の一角に、使者を迎える準備も慌ただしく、兵達も話し合いや伝達にと走り回っている。
普段、客人の多いこの城でも魔物におびえる今、またその魔物を送り込んでいるのではないかと疑惑のある隣国から、使者が来るとあって緊張感が更に増しピリピリしていた。
何が戦の引き金になるか知れない。
何事もなく帰って貰わねばと、気が重いのだろう。
不安にため息をついている若い兵もいて、隊長に尻を叩かれていた。

「何とも騒々しい。
相手も戦にはしたく無かろうて……無駄に怖がっても仕方なかろう。」

つぶやいてため息をつく。

「イネス様」 ひゅっ!

パシン

彼のそば付きサファイアが、突然横から拳で突きを出す。
イネスが手の平でそれを受け止めジロリと睨んだ。

「何をする、無礼者。」

「イネス様が、少々緩んでいらっしゃるかと思いまして。このような所にいらしてよろしいのですか?」

「俺は百合の戦士だ馬鹿者。あまりふざけたことをすると手打ちにするぞ。
他は忙しいだろうが、俺は特にやることも無し。
使者が来たら兄様の所へ行けばいいだろう?」

と、言ってまたあくびが出る。



「イネス」



聞き覚えのある、きつい声に思わずあくびを飲み込んだ。

「うっ、こ……れは兄様。なにか?」

「先ほどからあくびが3回、どうもたるんでおるな。」


数えたのか……兄様も陰険


「いえ、これは緊張から来る物で。
あれ?兄様も正装をなさったのでございますか?」

まだ軽装でうろうろしていたイネスが、兄巫子セレスの姿に舌を出した。
地の巫子の服は、白装束が基本だ。
軽装の動きやすい服と違い、正装となると銀糸の派手な刺繍の入った長いローブやドレスのようなシフォンの上下。
ドレスは丈の長いチュニックをベルトで止め、下は長いシフォンの巻きスカート。
しかし、ちゃんと下履きもある。

それに装飾品も多く、飾り剣を片側一本。
装飾や剣の数は巫子によって変わり、イネスは剣舞をすることがあるので両側に2本となる。
軽装を長くしていると、この重ね着の正装は非常に動きにくく感じてしまう。
イネスは嫌って、滅多に正装しない。

「私も正装した方がいいんでしょうか?」

「当たり前だ。公が礼を尽くすと仰った以上、我らも共に礼を尽くすのが定石。
さっさと着替えて来るように!」

「は、はい!」

慌てて駆け出す彼に、サファイアがクスクス笑いながらついて行く。

「お前が確認しないから、怒られたじゃないか!」
半泣きでイネスが怒って叫んだ。

「申し訳ありません。」

……だから、申し上げたじゃないですか。

サファイアはため息混じりでつぶやきながら、まだまだ子供だなと主の後ろ姿を見ながら苦笑した。

65、

バタバタと着替え、まだ使者が付いてないと聞いて間に合ったと息をつく。
ドアの外もバタバタ忙しそうで落ち着かない。
暇をもてあますイネスが、見るからにひ弱な飾り剣を抜いて眉をひそめた。

「飾り剣をやめ、本剣にする。神事じゃないけどいいだろう?」

「頭にカッカと来やすいあなた様が、本剣で何をなさいます。
神事もないのに本剣を携えて、巫子が人を切っては人心を失います。
飾り剣で十分でございましょう。」

「ちっ」

顔をそらし、小さく舌打ちした。
別に自分が騒ぎを起こす気はない。
飾り剣はやたら派手なだけで、格好悪くて嫌いなだけだ。
先日木の下で剣舞したときはちゃんと本剣使ったのに、神事を離れるときは飾り剣とか神殿の決まり事には辟易する。

チュッチュン

声に振り向くと、ほんの少し開けた窓の隙間から、小鳥がのぞき込んで笑うように小さく鳴いていた。

「あれ?こいつリリにベッタリくっついてる鳥だ。」

目があって、飛び立とうとする鳥にイネスが素早く手元の服を投げる。

ピイーーーーッ
バタバタ、バタバタ

鳥は服の中で暴れながら、床に落ちてしまった。
イネスはひどく面白そうに、窓を閉めて鳥を捕まえる。
両足を片手で掴み、目の前にぶら下げてニイッと笑った。

「お前、ヴァシュラム様の匂いがプンプンしてるぞ。
一体誰だ?しゃべってみろ。」

顔の前でブンブン揺らす。
鳥に姿を変えているヨーコは、ひどく後悔しながら目を回した。

ピッピピッ!ピピッ

「やめてよ馬鹿っ!チュッ!」

「ほら、正体現したぞ。」
サファイアに差し出してみせる。
サファイアは脱いだ服を片付けながら、チラと鳥のヨーコを見た。

「何か訳があってリリス殿に付いていらっしゃるのでしょう。
別に、よろしいではありませんか。離して差し上げたらいかがです?」

冷めた言い方に、イネスがムッとする。
せっかく面白そうなのに、大人過ぎて面白くない。

「フン、こいつ女だぞ。考えてみろ、リリの着替えから風呂やトイレまでついて行ってるんだ。問題じゃないか。」

「そんなところまで付いていかないわよ!失礼ね!」
ヨーコがバタバタ羽をさせてイネスの指にかみつく。

「いたっ!この無礼者、焼いて食べるぞ!」

手の平で掴んで、ギュウッと締め上げる。
ヨーコはたまらず悲鳴を上げた。

「あんた巫子でしょ!なんて乱暴者なの?離してよ!」
「ふん」

手を離すと、慌てて飛び立ちサファイアの肩に留まる。
イネスがまたムッとして、ダンと足を踏みならした。

「なんでお前は男にばかり留まるんだ!不埒者!」

「だって、物に留まるとあんた物投げるじゃない!」

「あんたとは何だ!俺は巫子だぞ!」

「あたし、かんけ−ないもーん。」

プイとそっぽを向く。
ギリギリ歯がみしながら、イネスが気がついた。

「お前のその話し方、向こうの人間だな。リリとお友達とか言ったら、送り返してやる。」

「あら、私はリリスのファンよ。そうねえ、愛人1号って感じ?ピルルル!」

笑うように鳴いて飛び立ち、イネスの頭に留まる。
銀髪に近い真っ白な髪に、透けるような地肌。
ヨーコはこんなに綺麗な髪を初めて見た気がする。
リリスの髪は燃えるような赤で、それはそれでビックリしたけど。

「愛人だって?ふざけた奴。鳥で愛人?ククク……あいつの?
で、リリスは何してるんだ?」

頭に乗って怒られるかと思ったら、なんだかクスクス笑ってイネスはそのまま椅子に座る。
怒っていたかと思うと、今度は笑っている。
気性が激しいって、こういう奴のことなのかと、ヨーコも少し拍子抜けして、そのままぺたりと座った。

「なんか楽士ってのになるんだって。だから着替えてるのよ。
あんたの所へ行っててって言われて、だから来たの。まあ、気が進まなかったけどね。」

「ふうん、そう言えば兄様が言っていたな。
で、お前の名は何というのだ?」

「ヨーコよ、ヨーコ。チュチュッ、可愛いでしょ。」

「へえ、横か、縦じゃないのか。クスクス……」

先ほどまで、緊張からかひどく不機嫌だったイネスが、鳥を頭に乗せたまま楽しそうに話し始めた。
サファイアが片付けを済ませ、クスッと笑う。
イネスはあまり外へ派遣されたことがないので、ここへ来て少々情緒不安定になっていた。
あれだけ仲のいいリリスと仲違いまで引き起こすとは、想定外のこと。
友達ができるのはいいことだ。
これからたとえ修羅場があるとしても、未熟な彼は心を平安に保つことが肝要。
鳥であれば身分の差もない。

「セレス様の所へ参りましょうか?」

「うん、そうだな。俺もこういう席は初めてだし、兄様に付いていった方が心強い。」

イネスが立ち上がると、ヨーコは彼の肩に留まる。
それを特に責めることもなく、イネスはそのまま兄巫子の所へと急いだ。




巫子セレスが、塔の上から城下を見下ろす。
町の向こうの森からは、恐らく隣国の一行が歩んできていることだろう。

「隣国からは、魔導師が来ていないそうですが。」

従者のルビーが、横から声をかけた。
一陣の風が吹き、セレスの金の髪をなびかせる。
緑の瞳を輝かせ、セレスがクスクスと笑った。

「さあな、見えているのに気がつかないだけかもしれぬよ。
ククク……私は巫子でも甘くないぞ。
さあ、私を楽しませよ、面白うなければ来た甲斐がない。」

ぺろりと薄い桜色の唇を舐める。
その顔は美しくも影を秘めて、およそ巫子とは思えない。
ルビーが眉をひそめ、彼の手首にあるリングに触れた。

「そのようなことを。
またヴァシュラム様のお怒りに触れますよ。
我らは戦いを止めに参ったのでございます。
どうぞお忘れ無く。」

「ふん」

冷めた物言いに、セレスが冷ややかな目で右手首のリングを見る。
その金のリングは、外そうとしても外れない。
ヴァシュラムとセレスを繋ぐ、愛しくも忌々しいリング。
輝く金の表面をつうっと指で撫で、ルビーにその手を差し出した。

「巫子は巫子らしく、血を流すことは避けねばならぬ。
だが……」

セレスの整った顔が、ニヤリと不気味に笑う。

「巫子をやめるとき、私はこの腕切り落としてもリングを外してやろう。」

ゾッとするその微笑み。
だが、ルビーは顔色一つ変えず、彼の足下に膝をつく。

「では、腕を切り落とすのは、私を殺してからに願います。
私はルビー、地の巫子セレス様だけの従者にございますから。」

あっさり気をそがれ、セレスがプイと外を見る。
気の弱かったルビーは、すっかり彼のコントロールに長けてきた。
すかした兄弟だ、ヴァシュラムの従者選びは的確すぎて腹も立たない。

「最初はずっと泣いてたくせに。」

「ええ、あなたはずっと本を読んで下さいました。お優しい方です。」

「本当は鬱陶しいから殺そうかと思ったんだ。」

「でも、私は今、こうして生きております。
死ぬまでお仕えいたしますから、ご覚悟下さい。」

「しつこい奴。」

「ええ、良くおわかりで。」

風は優しく頬を撫で、そして戦いの気配を運んでくる。

「ふん、どうせこのリングが外れるときは死ぬときだ。その時俺は、やっと自由になれるのさ。」

言い捨ててセレスは、一瞬目を閉じ、また穏やかで優しい巫子の顔に戻る。

「行くぞ」

きびすを返して階段に向かうと、らせんの階段を階下へと降りていった。

66、

イネスが急いで兄巫子の元へ行くと、二人はさっそくガルシアの居住フロアへと通された。
すでに使者は早朝に砦をたち、夕刻にも城に到着すると連絡が来ている。
先刻の会議では、できるだけ刺激せず歓待して友好的に接するとなったが、相手の出方次第でもある。
皆がソワソワと落ち着きのない中、居間でくつろぐようにと言われた物のやっぱり落ち着かない。
中には魔導師からルネイとグロス、そして騎士や貴族の長達5人とそのそば付きなど、主たる者が集まっていた。

「ガルシア様は?」
「まだご自分の部屋からお出になっていないらしい。」
「何をしておいでだ!まったく」

イライラする主人に、そば付きが小さく声をかける。

「先ほどレイト殿が、昼寝をなさっているので起こして参りますと……」

「なにいい!!」

それは真実を伝えたのだが、火に油を注ぐ結果となった。

「御館様、おいででございます!」

兵が外から声をかけ、慌ててドアを開ける。

「ふあああ……、ああ、やっと頭がはっきりした。」

ガルシアが大きく伸びをして、あくびをしながら部屋に入ってきた。

「なっ!御館様!」
「緊張感がございませんな!」

ワイワイ責め立てる声を物ともせず、普段通りの佇まいで静かに椅子に腰掛けた。
しかし、ふと気がつくと皆は、頭に血が上った様子で立ち上がりこちらを見ている。
ガルシアが、はてと首をかしげ椅子を指さした。

「それ、何をしている。年寄りが長時間うろうろしていると腰を痛めるぞ。
椅子は飾りではない、職人が座るように作った物だ、安心して腰掛けよ。」

済ました言い方に頭をカッカしながら、皆近くの椅子に腰掛ける。
イネスがプッと小さく吹き出すと、セレスが横からドンと肘でこづいた。
並んでガルシアの横の椅子に座る。
イネスはヨーコを指に留まらせ、手の中で遊んで暇をつぶした。

「広間の配備は指示しました。御館様のお側には、この騎士ケルトと別室におりますギルバが控えてにらみをきかせましょう。」

立ち上がり大きな声で進言する横の大男を、チラリとガルシアが見る。
そして小さく首を振った。

「お前達がいては、野獣と羊だな。俺がさも弱々しく見える。
そうだな、バランスから言って、ミランとガーラントでいい。」

「なんと!あのふぬけのミランで?!
それでは十分にお守りできませぬ!なにかあった時はどうなさるおつもりですか!」

ペッペとつばを吐く大きな男に、ガルシアが嫌そうに顔を背ける。

「いいから控えよ、お前は少々うるさい。
このままでは耳が壊れて、使者の声が聞こえなくなってしまうではないか。」

「なんと!」素っ頓狂な顔をして、ケルトがドスンと椅子に座る。
横にいたケルトの部下が、ガルシアに頭を下げた。

「広間には兵の配置も済んでおります。
一部を出し、他は何かありましたらすぐにも出てこられるよう、隠し扉に配置しました。」
「良し、ご苦労だった。落ち着いて行動するよう……」
「規律は正しております。
魔物騒ぎで親類から死者を出した者などには、今回は控えるように通達を出しました。」
「良し、信頼しているぞ。」
「はっ」

「お迎えの部屋も整いました。万全に万全を重ねております。」
「わかった、警備も重々にな。彼らに何かあってもこちらの落ち度となる。
変わったことあれば、すぐに上の指示を仰ぐよう申し伝えよ。勝手に判断してはならぬ。」
「はっ、昼夜問わず警備を増やします。
人員は手抜かりなく選出しましたのでご安心を。」
「良し、まかせた。」

一寝入りしたのが良かったのか、ガルシアからは疲れが消えている。
彼らしい安定感のある様子が、かえって皆の心を落ち着かせた。

おのおの報告が済み、最後に魔導士のグロスが声をかける。
横のルネイに頷きながら、それは魔導師達で話し合って決めた事だった。

「我々魔導師は後ろに控えるようにしております。
相手が魔導師を連れていないからには、前に出るわけにも参りますまい。大国と国境を接する隣国での魔導師は、薬師や賢者としてよりも強力な戦力だと聞きます。
アトラーナとは少々おもむきが変わりますので、余計な警戒感をもたれよう。」

「しかし、相手は突然現れる魔物を引き連れた魔導師ですぞ。
すでに多くの同胞が死したのだ。
これ以上死者を出さないためにも、魔導師がもし一般兵の中に紛れていましたらどうなさいます。
一瞬が命取りになりますまいか?」

「うむ……本城から来た兵の間では、復讐を考える者もあるかもしれぬ。
こちらの出方にも警戒が必要か。」

「広く目を配る必要がありますが……
しかし今回、巫子殿にも来ていただいている。
争いを止めるために来ていただいているのだ。
場を治める事にも効果がありますまいか?」

「しかし、やはり身を守るためにも魔導師殿は御館様の傍らにいていただかねば、我らは安心できぬ。」

不安の声に、グロスが手を挙げる。
「それには及ばぬ。こちらには強力な魔導師がおりますのでな。」

ノックがして、魔導師アルマが入ると頭を下げる。
グロスが立ち上がり、ドアへ向かった。

「準備が済みましたので、連れて参りました。」
「おおそうか、多少変わったように見えても構わぬ。入るがいい。」

促され、頭を下げてフィーネを持った金髪の少女が入ってくる。
顔も上げず、部屋に入るとひざまずいた。

「ふうん、良いではないか。顔を上げ立ってみよ。」

アルマが促すと、少女は立ち上がり渋々顔を上げた。

「ほう……これは」

ため息をつく皆をよそに、イネスが愕然と立ち上がる。
ヨーコが飛び立ち、少女の肩に留まった。

「お、お前!」

「これ、」

セレスが引っ張り、イネスを無理矢理座らせた。
その少女は、女性楽士の着るシンプルなドレスに身を包んだ、美しい金の髪に変わったリリスだったのだ。
さすがに瞳の色は無理だったのか、赤い瞳を隠すように髪を結ってある。
ほんのりと薄化粧が、美しさを際立たせてどう見ても少年には見えない。
リリスは皆に見られ、恥ずかしさに頬を赤く染めてうつむいた。

「あの、すいません。お目汚し申し訳ありません。」

何度も謝るリリスの頭をポンと叩き、アルマが額の汗を拭く。

「いやあ、赤い髪には難儀いたしました。擬体魔術の効きが悪うございまして。
この子の魔導力も強うございまして反発したのか、なかなか……
3度目で、ようやくここまででございますよ。
この子の赤い髪は魔導師の間では有名でございますからな。しかし何のきっかけで元に戻ります事やら。」

「良い、この2日ほどの話だ。
戻ったときはすぐに下がらせ、また術をかければ良かろう。」

「またでございますか?!」

アルマが辟易とした顔で悲鳴のように返す。
皆がクックと笑い、リリスを近くに寄らせた。
長老ザールが、ふとその姿に頭を巡らす。

どこかで……見たような……誰かに似ている。

ガルシアがリリスに語りかけ、リリスがホッとしたようにニッコリと微笑み返す。
その二人の様子に、ハッと思わず立ち上がった。

「いかがされた?長老殿?」
「まさか、まさか……あのうわさは……」

金の髪のリリスの姿、それはまさに現王の若い頃に生き写し。
しかし、それを口に出せようか。

確かに、ベスレムから流れるうわさの真偽が、王に関わることでなければ普通はすんなり信じただろう。
だが、それは世継ぎの問題なのだ。
今の王子が世継ぎだと、本城では通っている。
しかし、本城の貴族間では真偽をよそにこの子を持ち上げようとの声もあったと聞く。
それはもちろん、傀儡として現王族の強い力をなし崩しにしようという働きもあるからだ。
今は内乱を押さえる余裕がない。
貴族達が浅はかな考えで自分たちの力を鼓舞しようとすると、必ず内からヒビが入って行くだろう。

「いや、なんでもない。」

ザールが息を飲んで、心を落ち着ける。
そしてそっと周りを見回した。

ここにいる者で、王の若い頃を知るものはおらぬだろう。
それが幸い。

「御館様、使者殿が城下に入られたそうでございます。」

知らせが息を切らせてやってきた。
「よし」
ガルシアが立ち上がり、一同も立ち上がってうなずき合う。



「それでは皆、国のため領民のため、より良く働け!」



「はっ!」



ガルシアが声を上げ、一同が頭を下げる。
そしてガルシアを先頭に広間へと向かった。
睨むセレスを無視してイネスがリリスの手を引き、頬を赤らめて小さく話しかける。
ふと、ガルシアが横の長老に耳打ちした。

「髪が金色になるとベスレムのラクリスにそっくりだな。
キアナルーサの方が全然似てないと思わんかね?」

ニヤリと笑うガルシアは、長老の動揺に気がついたのだろう。
噂のことでカマをかけてきているのか、長老が顔を引きつらせて目をそらした。

「ご冗談を。ただの魔導師に何をおっしゃいます。」

「ククク……」

「年寄りをからかいめさるな。」
まったく、こんな時に緊張感のないことだ。
それでも、このまま見過ごすべきかは後で考えるとしよう。
今は、国の行方を左右する大事の時。
戦いが始まれば、多くの若い命が絶たれてしまう。
それだけは回避しなければならないのだ。





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