桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 25

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73、

騒ぎはじき収まり、夜の静けさを取り戻して行く。
やがてセレスは部屋に帰ると、隣室のルビーの部屋へと赴いた。
ルビーはケガの手当も済み、カナンが着替えを手伝っている。

「どうか?」

セレスの問いに、少年カナンがルビーの着ていた服を示した。

「服にかけられた守護がなければ危のうございました。ルビー様の破魔の術も効かないとは、どんな魔物でしょう。」

不安げに語るカナンに、セレスが頭を撫でて下げさせる。
そして厳しい口調でルビーに告げた。

「修行が足りぬ、慢心と破魔の剣に頼るから隙ができるのだ。」

「はい、申し訳ありません。」

「横になるがよい、癒しを施す。
カナンは下がって良い。明日も早い、心配せずお休み。」

「はい、では失礼します。
何かございましたら、いつ何時でも何なりとお申し付け下さいませ。」

カナンが一礼して部屋を出る。
セレスが上着を脱ぎルビーに視線を戻すと、彼はベッドに座ったままグッと拳をにぎり、目に涙を浮かべ唇をかんでいた。

「悔しいか?」

「は……い……。口惜しゅうございます。」

わざと負けたことはあっても負け知らずのルビーには、初めて感じる完敗だった。

「フフ……それでよい。」

セレスが子供をあやすように、ルビーの頭を撫でて笑う。
そして優しく額にキスをした。

「あれとの戦い方、考えよ。
次は恐らく迷いや恐れを捨ててくるだろう。
お前は人を、あれから守らねばならぬ。」

「いいえ、私が守るのはセレス様です。」

「ククク……お前が守るのは人だ。
私を守るなどと、過ぎたことを……可愛い奴よ。」

壁のろうそくが、フッと消えた。
月明かりが窓から差し込みセレスの姿を青く照らす。
するりと服を脱いだその姿は、やがて穏やかに輝き何かが重なって行く。

「ああ……」

恐れにも似たため息を漏らし、ザワザワと気配に皮膚が総毛立つ。
ここにあるのはセレスであり、セレスでないもの。

ルビーはそれを見ることが許されない気がして、ギュッと目を閉じるとベッドに身体を横たえ思わず手を合わせた。





リリスの部屋の前には、サファイアを後ろにイネスが立っていた。
イネスが中をうかがい、ピッタリ耳をドアにくっつける。
サファイアが呆れて首を振り、小さく彼にささやいた。

「もうお休みなさいませ。リリス殿も一人になりたい時もありましょう。」

「うるさいな、お前はルビーの様子を見てこい。」

そうっと取っ手を握り力を入れると、ドアは相変わらず鍵もなく開く。
隙間から見ると奥のベッドには、リリスが膝を抱いて身じろぎもせず窓を向いて座っている。
頭の上に留まっている小鳥のヨーコが、くるりとこちらを向いた。
しっと唇に指を立て、うなずく。
静かにドアを閉め、イネスが思い立つとダッと自分の部屋に駆け出した。
枕を抱いて、再び戻るとまたドアを開ける。
隣の部屋に通じるドアから眉をひそめたガーラントがチラリと見えたが、出るなと手で合図するイネスの姿にひっそりと引っ込んだ。
イネスは黙ってずかずか入り、ボスッと枕を並べる。
もそもそベッドに上がり、気合いを入れて枕を叩いた。

「よし、明日も早いから寝るぞ。
あいつらいつ来るか知れんからな、眠れるときに寝ておかねば。
ほら、お前も寝ろ!」

うなだれるリリスから上着をはぎ取り、その上着でリリスの顔をごしごし拭いた。

「うう、痛い、痛いです。」

「お前はほんっとに泣いてばかりだな。
男だろう、泣くな!」

「泣いてません、目に何か入ったんです。」

「ウソつけ、川みたいに涙流してたくせに。
巫子を謀るとバチが当たるぞ。
さあさあ、寝るぞ!」

腕をグイと引いて、服のまま一緒に横になる。
ポンと布団を着て、大きくため息をついた。

「ああ、もう、本当にゾッとした。
兄様がこの城を半壊させたら、地の神殿の権威が落ちる。」

「ああ………セレス様……凄いですね。」

「あれは凄いというか、怖いくらいだ。
小さいとき、兄様が修行中に川で滑ってドボンしたのを、ついみんなで笑ったんだ。
そうしたら、無言でいきなりひと山突き抜けるほどのトンネル作ったんだぞ。
ひと山だ!向こうから光が見えたんだ、ホントに!
もーーー、すっごく怖かったというか……ああ、あのゾッとした感じ、お前にはわからぬだろうなあ。」

「ひと山……って、まさか先日釣りに行ったあの?
真っ直ぐそこだけ木が低いのはなぜだろうと思っていましたが……」

「そうだ、あそこ。
ヴァシュラム様がもの凄くお怒りになって、兄様は一週間戒めの間に閉じ込められたんだけど、いつの間にか逃げ出して行方不明。
もう大騒ぎだ。」

ちらと、リリスの顔を見る。
リリスはクスクス笑っている。
ホッとして、ポンポンと頭を撫でた。

「落ち込むな、リボンの件から少しは覚悟が出来ていたであろう?」

リリスは視線を落とし、そして目を閉じる。
覚悟はあった。
でも信じていたかった。
だから誰にも話さなかったのに、それが魔導師の塔を壊してしまう結果に繋がらなかったろうか。
もう……もう駄目だ。
もう、メイスは諦めるしか……ない……

「俺はお前の味方だ。お前はどうしたい?」

「えっ?」

「お前はどうしたいんだ。このまま目をつぶってあいつと戦うか?
それ、ここに力強く頼りになる、お前の兄が力になると言うている。
俺は巫子である前に、お前の兄だ。」

ハッとリリスの目が見開いた。
驚きと、そして言いようのない感動と。

自分が、本当は何をしたいか。
リリス自身、それにフタをするしかなかった。
それを彼はわかってくれるというのか。

「だって、私は、……だって、そんなこと無理です。だって、だって、そんなこと無理です。」

「だからどうしたいと聞いている。」

ギュッとリリスが唇をかむ。
相手は魔物か、隣国の魔導士の手の者とわかっている。
きっと、この城の人々は恨んでいるに違いない。
自分自身、明日から冷たい目で見られることは、覚悟しなければと思っているのだ。
それで、それだけで、自分は精一杯だと……

「それ、どうしたいか言ってみろ。
心を吐き出して、それから眠れ。
世には出来ることと、出来ないことがある。
だけど、諦める前に死力を尽くせと俺は言われて修行に励んできた。
地の巫子は、巫子という名目の戦士だ。
だが、巫子という高い地位をヴァシュラム様が与えて下さった。
俺は、それを利用してもお前のためになりたい。
俺は、人のために生きよと言われている、でも俺は今、今は大事な友であり兄弟であるお前のためになりたいんだ。」

イネスが薄い色の瞳を真っ直ぐにリリスに向ける。
布団の中で、痛いほどにギュッと手を握りしめた。
この痛いほどの気持ちを、リリスにわかって欲しいと。

リリスの泣いて赤くなった目に、また涙が浮かぶ。

「また!泣くな、男は泣くな!」
「だって!だって!嬉しくて、本当に嬉しくて。」
「じれったい奴だ!だから言って見ろ、ほら!」

イネスが乱暴に手を何度も引っ張る。
その目にも、いつの間にか涙が流れていた。

「イ、イネス様だって、泣いてるじゃありませんか。」
「馬鹿!これは涙じゃない!ほら、お前の見間違いだ!」

ごしごし目をこすり、イネスが布団を掴んでリリスの顔を拭いた。

「いた、いたい、痛いです。お布団が濡れます。」
「じゃあ、なめるぞ無礼者。湿っぽい奴。」

顔を見合わせ、クスクス笑う。
そして、布団を直し二人目を閉じた。

「リリスは……あの、メイスと……もう一度、もう一度、話がしとうございます。
彼の、気持ちを聞きたいのです。
メイスと話をした、あの楽しい時間に偽りはなかった。私はそう信じています。」

「わかった。」
イネスは一言だけ答えた。


しばらくして、リリスの寝息が聞こえてくる。
イネスは眠れず薄く目をあけ、彼の顔をのぞき込む。
それは、少し安心したような、不安そうな複雑な寝顔で、ちょっぴり胸が痛い。

それほど大事に思ってるなんて……
メイスって奴、魔物のくせにちょっとやける………

なあ、リリス。
俺と、そいつと、どっちが一番大事?


『はい、どちらも大事です!』
平気でニッコリ答える顔が浮かぶ。

「罪作りな奴」

イネスはささやくと、そうっと指でリリスの白い頬をつつき、小さくため息をついた。

74、

翌朝、無事に朝を迎えた物の、城内は昨夜の事件で多様な噂が一人歩きし始めていた。
特にリリスが魔物と知り合いだったと言うことは、彼を良く思わない者の格好の話題となり、騎士や兵達の中でも声を潜めてあちらこちらで話をする姿が見られた。

大きく伸びをして、ギルバが朝の鍛錬を終わり庭園をぐるりと回り回廊に向かう。
ヒソヒソ語る女たちの姿が、ギルバたち本城からの一行を見て慌てて去ってゆく。
眉をひそめ、舌打ちすると背後から友人の声が聞こえた。

「ギルバよ、聞いたか?本城の魔導師の塔が崩れたそうだ。」

「ああ、シルジアか。どうも召使いが魔物だったらしいな。
何とも滑稽な物だ、あのお高くとまっていた魔導師どもが足下も見えていなかったとはな。」

回廊を進み、朝食を取る為に食堂へと向かう。
本城の騎士は、その多くが魔導師の事を良く思っていない。
王から勝手を許されてばかりで権威を振りかざしプライドばかり高く、特に魔導師の長であるゲールは最近とみに的外れな予見をすることがあり、騎士達は振り回されることも多かった。

「俺の所に昨夜、兄弟から伝書鳥で手紙が届いたのだ。
なんでも、塔の魔導師は一切手出しができなかったと。
ザレル殿が息子殿から託された破魔の剣で一掃されたらしい。」

「息子?騎士長に息子殿がおられたか?破魔の剣とは、巫子殿にしか作れない物だろう?」

「あいつだよ、指輪のない魔導師、赤い髪の。
養子にしたいと何度も申請されていただろう?
以前は認められなかったらしいが、今度のことで認めてはどうかと話に上がっているらしい。
あいつは巫子殿が懇意にされているからな。習ったんじゃないのか?」

「習ってできることなのか?良くわからんガキだな。
火のドラゴンが世継ぎにしろと言ってみたり、どうも訳がわからん。
しかし、魔物相手に指をくわえていたとは、魔導師失墜のていたらくだな。ククク……」

「笑い事ではないぞ、ギルバ。
さすがにこの一件で、ゲール殿は長の座をシリウスのルーク殿にお譲りになるそうだ。
ルーク殿が城に入るとなると、若い魔導師も増えるだろう。」

「なんだ、あっさり失脚か。もう少しもめるかと思ったが、年寄りが精も根も尽き果てたか。」

食堂に入り、先に来ていた本城の仲間と合流する。
シルジアはさっそく本城のことをまた話題にし始め、先に来ていた仲間はここで聞いた昨夜のことを話して聞かせてくれた。

「……それでな、巫子殿の次にリリス殿が駆けつけられたそうだ。どうも友人と口走ったのが悪かったらしいな。」
「ガキは口が軽い。」
「まあ、そう言うな。友と思っていた奴が魔物で現れたら誰もがビックリするだろう。」
「そうだ、魔導師の塔がな……」

朝というのに尽きない話に、ギルバが周りを見回す。
レナントの人々の冷たい視線が、あちらこちらから突き刺さる。
本城にいた召使いと言うことで、不甲斐ない話だとこっちにも飛び火しそうな気配だ。
まったく、とんでもないことになった。

「ガーラントは、来ていないな。」

「ああ、今日は遅いな。リリス殿も、昨夜は眠れなかったろうからな。
眠れる時に眠っておかれたが良かろう。」

「まったく、あいつもあんなガキに随分惚れ込んだもんだ……」

殺そうとして殺せず、諭されて主の命令を切り捨てた。
騎士としてトップを歩いていたくせに、とんだ堕落者だ。

……でも、お前は見つけたんだな、自分の本当の主を。




空から、3人が乗ったグルクが降りてくる。
早朝から眠い頭をスッキリさせようと、イネスが朝食前にグルクで近くを飛ぼうと提案したのだ。
サファイアが騎手を務め、リリスは初めて乗るグルクにドキドキしながらイネスにしがみついていた。

「ガーラント様!」

リリスが昨夜の重い表情を一掃させて、明るい顔で手を振っている。
ガーラントの肩にいたヨーコが、嬉しそうにチュンと鳴いた。

「良かった、元気になって。チュ、チュン
ね、だんだんリリスがイネスにべったりになってない?ねえ、チュンチュン」

ガーラントはムスリとして返答しない。
まあ、ヨーコも別に悔しそうな顔を見たいわけでもない。
ほとんど相手にしてくれないだけに、本当はしゃべる鳥が気味が悪いのかもしれない。

グルクが着地してイネスとリリスがサファイアの手を借りグルクから降りる。
借りていたのだろう、コートをサファイアに返し、なにやら楽しげに話をすると、ペコリとお辞儀して下で待っていたガーラントの元に駆け寄ってきた。

「寒かっただろう、グルクは怖かったか?」

「いいえ!とっても楽しゅうございました!
お待たせして申し訳ありません!」

「リリー!じゃあまたあとで!」
「はい!」

イネスが手を振って部屋に戻って行く。
ガーラントとリリスが頭を下げて見送り、ホッと息を吐いた。

「朝食に参りましょう。お腹がお空きになったでしょう?
私だけで行ってしまって、申し訳ありません。でも、グルクがあれほど力強いとは知りませんでした。
久しく風の精霊たちと戯れていなかったので、みんな喜んでくれました。」

「そうか、いや、気分転換になられて良かった。」

昨夜の騒ぎで、かなり落ち込んでいた姿を見ていただけに、心配していたがやはり同年代の友人は心強いのだろう。
しかし、現実は厳しい。
世話をしてくれる下女が、皆が悪い噂話をしているらしいと教えてくれただけに、何事もなければと願っている。

友人が襲ってきたなど、一番傷ついているのはこの子であるのに……

ガーラントは、重い気持ちでリリスと共に朝食に向かった。

「……ほら、あの子じゃないか……」

やはり、リリスの姿を見ると、廊下で通り過ぎる人々がひっそりと話を始める。

さぞ身の置き場がなかろうと、ガーラントが彼をちらりと見る。
しかし彼は、驚いたことに顔を上げにっこりと微笑み、いつものように元気に挨拶をした。

「おはようございます。」

「は、はい、おはようございます。」

言われて驚いた様子で、なんだか拍子抜けしたのか戸惑いがちに返事が返ってくる。

「あ、おはようございます!良いお天気でございますね。」
「は、はい!」

なんと、豪気な。

ガーラントは目を丸くして、プッと吹き出しクスクス笑って後をついていった。

「ね、大丈夫?チュ、チュン」

肩に留まるヨーコ鳥が、リリスの耳にひっそり話しかける。

「ええ、ご心配はいりません。大丈夫です。
私は一人ではないと、皆様に教えて頂きました。
それはイネス様、ガーラント様、そして、あなた様です。ヨーコ様。
私は、友人を……大切な者を守る為に、戦うことに決めました。」

キッとしまったリリスの表情。
あなたは何と戦うの?
ヨーコは少し心配になる。
それでも、迷いのない顔は力強ささえ感じる。

「おはようございます、リリス殿、ガーラント殿。」

後ろから肩をぽんとたたかれ、リリスが振り向く。
そこには朗らかな笑顔のミランが手を挙げ、挨拶を交わし並んで歩き出した。

「昨夜は大変だったそうですね。
私は今夜が泊まりの順番なので、何もないことを祈るばかりです。どうぞよしなに。」

「こちらこそ、よろしゅう願います。」

「今朝は寝坊して食べてこなかったので、何かいただけないかと食堂へ行くところなんですよ。ご一緒しましょう。」

ミランは何も聞いてないはずはない。
きっと、彼なりに心配して気を使ってくれるのだろう。
話をしながら歩いていると、食堂からは慌ただしくいつもの喧噪が聞こえてくる。
皆が昨夜の様子を語り、聞き、やや興奮した様子だ。
しかしリリスが入り口に立つと、すっと水を引いたように静かになった。

一斉に、視線が彼に集中する。

「おはようございます。」

ぺこりとリリスがいつものように頭を下げ、気後れする様子もなく中へと足を進める。
そして調理場のカウンターにいき、シェフににっこり微笑んだ。

「私と、騎士様お二人に朝食をお願いいたします。」

「おお、おはよう、丁寧坊ちゃん。その辺に座って待ってな、持っていかせるから。」

「はい、承知いたしました。」

中央の、空いた席にいって三人で座る。
すると、騎士の一人が面白くなさそうにリリスに寄ってきた。

75、

「おはよう、指輪のない魔導師殿。昨夜はたいそうご活躍のご様子。
ご友人にはいろんな方がいらっしゃるようだが、お館様もまさか、貴方が魔物にまで取り入っておられるとは思われなかったでしょうな。」

大柄な騎士の圧力を持ったその冷たい視線は、子供相手には大人げない。
おろおろするミランを横目に、ガーラントが助け手を出すべきかと一息吸ったとき、リリスが顔を上げた。

「いいえ、私は昨夜何もしておりません。
騒ぎを納められましたのは、地の巫子セレス様とお付きのルビー様。
私などには手を出す暇もございませんでした。
襲ってきた彼は、確かに私の友人。
本城にいたとき、話していてとても楽しく、心安らげる唯一の心強い友人でございました。
何かワケがあるのでしょう。
何者にも代え難い友が、こんな形で再会するとは思いもしませんでした。
残念でございます。」

視線を落として、本当に残念そうに話す。
それに微塵も卑屈な曲がったところが見られないだけに、騎士もぐっと言葉に詰まった。

「な、なにを・・貴方は知っていて取り入ったのではないのかね?
さぞ、何ぞ良い条件でも提示されたのであろう。
魔物が何の見返りもなく、身分の低い人間と話しをする物か!」

鼻で笑う騎士に、いつもならばただ頭を下げるであろうリリスが、キッと顔を上げた。
ヨーコが肩から飛び立ち、ミランの肩に留まる。
彼女も、リリスが自分の気持ちをはっきりと言葉にする様を見るのは初めてのような気がする。
そこには、強くなったと感じさせるリリスの、厳しく締まった顔の少年には過ぎるほどの強さを感じさせた。
彼は、戦っているのだ。

「友人に、なんの見返りがありましょう。
見返りがあるとすれば、それは心の平安。
人は弱いものです、まして私のような未熟者はあなた様のように強くはございません。」

「ふざけたことを!そいつらのせいで何人も命を落としているのだぞ。
何が心の平安だ!」

リリスが騎士をまっすぐ見つめ立ち上がる。
思わず一歩引く彼に、リリスは身を落とし一方の膝をついた。

「友人の罪は私の罪でもありましょう。
ですが、友人の罪を納めるのも私の仕事と存じます。
身の振り方を考えよと仰せでございましたら、私はその仕事を終えた後にこの首さらしてもかまいません。
それまで、どうぞお待ち願いたく申し上げます。」

「ほう、これは大した物言いよ!だが、口ではなんとでも言えよう!
お前のような者に、そんな気概があるものか!
お前に友を裁けるというのか?
え?お前に友が殺せるのか?
首をさらすだと?お前のようなガキが命がけという言葉を軽々しく言うな!」

カッカと熱い騎士に、リリスが鋭い瞳を向ける。
意を決したように、立ち上がり騎士を見据えた。

「私などに、たとえ魔の者であっても裁く権利などありましょうか。
この世に本当の魔物などありはしない。
それを述べるのであれば、私の心にも、あなた様の心にも魔物は潜んでいると思うのです。
彼らが罪を重ねるそのわけを、私は聞きたいと思います。
ただ目の前にいる魔物を倒しても、殺しても、またどこかで大きく歪んだ心は育ってこの先襲ってくるでしょう。
どこかでそれを、断ち切るすべを探さねばなりません。
私のような未熟者に、果たしてそれができるかわかりません。
しかし、アトラーナのためなればこそ、我らは語り合わねばならないのです!
その為にはこの些細な命、かける事などいといませぬ!」

騎士が、呆然と立ち尽くす。
ハッと息をのむ、その潔さ。
こんな子供がそこまで考えているのかと、信じられない気持ちでゴクリとつばを飲む。
食堂の中は静まりかえり、騎士も頭が巡らず何もいえなくなった。


パンパンパンパン


唇をかむその騎士の後ろから、何故か手をたたく音が響きわたる。

「よせよせ、お主の負けよ!
あっぱれ、そこまで言い切るとはさすがアトラーナの子!あっはっは!」

豪快に笑うその声は、本城から共にきた騎士ギルバ。


「やめろやめろ、レナントの騎士は了見が狭いぞ。」


他の仲間も、共にはやし立てて拍手を送る。
ギルバがニヤリと笑い、苦虫をかむ騎士に拳を差し出した。


「おう、口で負けたら殴り合うか?
子供相手だ、殴り合いならばわしが相手になろう。
それとも何か?共にルランから来たわしも魔物の一人だというのかね?それこそくだらん。

それ、お主の仲間ももしかしたら魔物が潜んでいるかもしれんぞ。
ほれ、わしの隣も魔物かもしれん。
賢いお主でも、友の腹の中なんぞさっぱりだろう?
友が魔物だからその子も魔物だと、決めつけるなんて馬鹿馬鹿しいとおもわんか?」


ギルバの助け手に、リリスが驚いて目を丸くする。
手を叩く他の騎士達にも、信じられない気持ちでぎこちなく頭を下げた。
本城の、気位の高い騎士達が自分を認めたとは思えない。

これは何かの夢だろうか。
彼らにとって、自分は魔導師とは名ばかりの気にもかけることのない召使いのはずだ。

頭を下げた拍子に金に変えた髪が、ふわりと顔にかかる。
ああ……
リリスがフッと笑って苦笑した。
髪の色が違うだけで、こうも人の心が変わるのか。
きっとこの、術で変えた髪の色が心の壁を下げてくれたんだろう。


「フンッ!何を言うか、我らの心の広さを知らぬのはそちらよ!
レナントの民は国境の戦士だ、この結束の硬さをその曇った目でよく見て行かれるがいい!」


吐き捨ててくるりと背を見せる、その騎士にリリスが頭を下げる。
そして胸に手を当てた。

「レナントの勇猛さは王都ルランでも人々が良く口にすることでございます。
だからこそ、皆が安心して日々を送れるというもの。
アトラーナの今があるのも、レナントがあってこそでございましょう。」

騎士が立ち止まり、くるりとリリスを見る。
リリスがニッコリ、微笑み返す。
騎士がニヤリと笑い、グッと拳を見せた。

「俺の名はブルース・ザナフィー。お前、気に入ったぞ。
何かあったら俺を呼べ、何なりと力になろう。
赤い髪の魔導師リリス殿。」

「は、はい!……えっ?」

今度はリリスが驚いた。
思わず髪に手が行く。

「リリス、鏡を見てご覧よ。
髪が半分赤に戻ってるよ。」

「ええっ!」

ミランが笑って懐から小さな鏡を出した。
小さな鏡に映る、自分の頭はほとんどが赤い髪に戻って、前髪の一部が辛うじて金色を維持している。

「わああ!なんですこれ!ひどい。」

「あはは!気がつかなかったの?たった一晩しか持たなかったね。」

「ああ、なんて滑稽な姿。がっかりです。
ガーラント様、ヨーコ様、教えて下さってもよろしいでしょうに。リリスは傷つきました。」

がっくり、しおしおとしおれた様子で鏡をミランに返す。
リリスのあまりにシュンとした姿が先ほどとのギャップを産んで、回りからどっと笑い声が上がった。

「まったく可愛いガキだな!
そら、メシを食え!もっと太らんと女も寄ってこないぞ!」

ギルバがバンバン背中を叩き、リリスをグイと食事をおいたテーブルの前に座らせる。
思いもかけないこの自分への心遣い。
リリスが顔を上げ、ガーラントを見た。
ガーラントはいつものムスリとした顔で、小さくうなづく。
先ほどの騎士ブルースを見ると、こちらを見てニヤリと歯を見せる。

リリスがゆっくり、ぐるりと周りを見回した。

誰もが笑い顔を見せ、指を立て、そしてうなずく。

この騒ぎ、これこそこれに乗じてリリスへの憂慮を一掃させるためのブルースの、そしてギルバたちの気遣いだったのだろう。
なんという、大きな男たち。

リリスが立ち上がり、テーブルの横に出て前と後ろに大きく頭を下げた。
そして、テーブルについて手を合わせる。



皆様、ありがとうございます。



胸が熱くなる。
どうして、こんなに良くして下さるのだろう。

「さ、暖かいうちに食べよう。」
ミランがニッコリ笑う。
リリスが大きくうなずき、声を上げた。



「いただきます!」


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