桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 26

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76、

小鳥がさえずり、頬にポタリと葉露が落ちる。
ふと、森の中で目を覚ましたメイスはゆっくりと身体を起こした。

ここは……どこだっけ?

身体からは、昨夜感じた燃えさかるような強烈な熱がすっかり消え去り、身体の芯から冷え切っている。
今まで簡単に火を操れたことがウソのように、リューズから与えられた力の片鱗も残っていない。
身体を抱きしめ、ブルリと一つ震えてよろめきながら立ち上がった。

「リューズ様……」

辺りを見回しても、誰もいない。

「リューズ様!!」

アトラーナ領であれば、見つかることさえ忘れて声の限り叫ぶ。
木の陰から、ふわりふわりといくつもの小さな光が漏れる。
見ると、何か小さな鳥のような、小人のような、形容しがたいものがこちらをおずおずとのぞき込んでいた。

「な、なに?魔物?怖い、誰か!」

恐怖に後ろへよろめいて、木の根に足を取られ尻餅をついた。

「いたっ」

腕や足が痛み、額を押さえると血が流れている。
なぜか普通のことに、ホッとして心が落ち着いた。

「血が……腕を切られた時は、身体から火がこぼれたのに。」

目を見開き空を見上げ、大きく息を吸う。
落ち着くと共に、昨夜の様子がありありと思い出された。

セレスに負け、その場を一旦逃げようとして、それから……

城を出て、空を飛び一息にトランのリューズの元へ帰ろうとした自分の前に立ちふさがった物は……

あれは……大きな赤い炎の固まり?

いや、違う。
あれは炎の……何か動物だった。

そして、その口から吐き出される赤い炎。
それを浴びたとたん、意識を失いここに落ちたのだ。
両手を広げ、手の平を、そして手の甲を見る。
袖をまくり上げ、くるくると回して探した。

トカゲの入れ墨が……無い。

焦って探し、服をめくって裂けた所を破り捨てた。

「無い、無い!あ、ああ、あああ!!」

服を脱ぎ捨て、身体中を探す。

無い、無い、無い!

背中は?背中は見えない!

「私の、私の火トカゲ!どこに行った?!出ておいで!
どこに行った?出てくるんだ!出てこい!」

身体は白く、荒れていた手は綺麗になっている。

「これは?これは一体なんだ?違う、私の身体なのか?
何が変わった?
リューズ様!リューズ様!」

叫ぶメイスの前に、ポッと青い炎が現れた。
「……あ、ああ……」
ホッとするメイスが、手を合わせ請うように膝をつく。
やがてその炎は大きく広がり、顔の無い魔導士が現れた。

「リュ、リューズ様は?」

「オ前ハ失敗シタ。
りゅーず様ハ、オ怒リデアル。」

その言葉に、メイスの身体がサッと冷たくなった。
こんな所で、こんな状況で見捨てられたら、自分はまた物乞いをして生きなければならない。
また、あの地獄のような、虫のように追い払われながら寝る場所さえ探してさまよう日々を送るなら、いっそ崖から飛び降りた方がマシだ。

「お願い、お願いします。もう一度お力を!
どうかもう一度行かせて下さい。
今度は必ず使者を殺してきましょう、いえ!あの巫子やリリスも殺してきます!
どうか、どうかお許しを!あっ!ああっ!!」

必死ですがり、手を合わせる。
しかしそれを煩わしく思ったか、顔の無い魔導師は手の杖で、メイスの身体を叩いて払った。

「無様ナ薄汚レタがきヨ、我ニ触レルナ!
オ前、下僕ノ印ハイカガシタ。
アレヲナクスハ裏切リノシルシ、りゅーず様ニハゴ報告スル。ドコヘナリトモ消エヨ!」

「お願いします!
どうかリューズ様に会わせて下さい!
なんでも……なんでもやりますから!」

「ナンデモ……カ?」

魔導士の声が、更に歪んで聞こえる。
「手ヲ出セ」
ハッと顔を上げると、魔導師がメイスに杖の先を向ける。

「下僕ノ証、我ガ主ノ名ノ下ニ」

メイスが恐る恐る出す手に、ベチャリと黒い泥の固まりのような物が、杖からどろりと注がれた。

「ひっ!」

「飲メ、オ前ガ我ラニ忠誠ヲ誓ウトイウノナラ。」

手の黒くドロドロした物は、ゾロリとうごめき手首を這い上がる。
払い落としたくなる気持ち悪さに耐えながら、震える手を怖々と口元に寄せる。

イヤだ!イヤだ!誰か助けて!

「ククク、サア、飲ミ込メ!飲ンデ身体ノ芯マデ汚サレヨ!
ソシテ汚レタけものトナレ!」

メイスがギュッと目を閉じ思い止まろうとしたとき、黒い固まりは意志を持ったようにメイスの口へと飛び込んで行く。

「あっ!うぐっ!

ひっ!……うぐあっ!ひいっ!!
いあああああっっ!!」

そして、慌てて吐き出す間もなく、それはまるで身体中を浸食していくがごとく暴れ回り、身体を内から食い尽くされているような激しい痛みにメイスは悲鳴を上げて転げ回った。

「りゅーず様ノ気ニ入リカ知ラヌガ、生意気ナ人間メ。
印ガ無ケレバ、りゅーず様ノ目モ届クマイ。
ソノ身体、私ノ物ニシテクレヨウ。」

次第に意識が遠のくメイスをのぞき込み、顔の無い魔導師がその白いローブを大きく広げる。
その中身は何もなく、ただ肘から先の先端だけが爬虫類のような手となり杖を握っていた。

「身体ガ欲シイ、りゅーず様ハ我ラニ手シカ与エテ下サラヌ。
功績ヲ上ゲレバト言ウガ、モウ待テヌ。
オ前ノ身体ヲヨコセ!」

声を上げ、姿のない魔導師のローブがメイスに覆い被さる。
そしてバサリと彼の身体にローブが落ち、杖が横に転がった。

77、

城の一番高台の場所で、強い風に吹かれながらルネイとその弟子、そして背後にリリスとガーラントが見守る。

「聖なる水よ、シールーンの名において、邪なる物を阻み我らを護りたまえ。」

ルネイが呪を唱え、城の四方に打ってある魔除けのくさびに聖水をまき、杖でコンと叩く。
くさびは輝いてキンと音を上げ、光を放つ。
ルネイはホッと息を吐いて、弟子の背後に立つリリスとガーラントを振り返った。

「ふう、これで結界の補強は終わった。
セレス様の結界と二重に施すことで、魔物は入ることも叶わぬじゃろう。
リリスよ、シールーン様の機嫌取りに付き合わせて悪かったな。」

「いいえ、私も久しぶりにお会いできて嬉しゅうございました。」

「お前はほんに精霊達の気に入りだな。
我らからすると、うらやましくさえある。」

「私は……精霊に育てられたも同然ですから。
父であり、母であり、兄弟でもあるのです。
恐らく……精霊達がそばにいてくれなければ、私は小さい時に命を落としたでしょう。
命の恩人でもあります。」

「辛かったかね?これまでの道のりは。」

思わぬ問いに顔を上げると、ルネイはくさびをあとにして城内へと向かう。
リリスも後を追いながら、視線を落とし強い風に舞い上がる赤い髪を押さえ、肩にいたヨーコ鳥を手に留まらせて包み込んで見つめた。

「……辛くなかった……とは言えません。
たいそう母上には可愛がって頂きましたが、人で理解して下さる方は本当に少なくて……何度も辛いことがございました。」

ルネイが足を止め、リリスを振り向く。

「恨んでいるかね?両親を。」

ドキッと胸が波打つ。
ルネイは知っているのだろうか。
噂を信じたのだろうか。
今まで噂を聞いて声をかけてきた者達は、心から信じてはいなかった。
ドラゴンの言葉を盾にキアナルーサを追い落とし、自分を立てて傀儡としようと企てる、自分を見下した目で見る貴族達。
だからこそ精霊の母は、ザレルの反対を押し切って自分を向こうの世界へと避難させたのだ。

「恨むという言葉が、私の心に当てはまるのかは存じません。
ただ……ただ……知りたかったのです。どんな人たちから自分が生まれたのか。
小さな頃から、ずっと……ずっと夢見てきました。両親が現れ、自分を抱きしめてくれることを。
この髪と目では、捨てるしかなかった事はわかります。
でも、守ってくれたらと……親ならば守って育ててくれる道もあったのではないかと、問うてみたいとも考えました。
でも……今さらもう……どうでも良いことです。」

力なく、リリスが微笑む。
本当の両親を、知ってみればあまりにも身分違いの所にいる。
同じ場にいて真実を知ったキアナルーサが、世継ぎの座を追われることにおびえる姿を見て、自分に何が言えよう。
親だという人が、子ではないと認めないのに声に出せるはずもない。
噂はウソだと、自ら否定するしかないではないか。
ザレルもそれをよくわかっている。父として、リリスの気持ちを一番理解してくれる。
確かに最善の方法はトランを離れるか、それでなければ魔導師として、王子に忠実に仕えることだったろう。
それでキアナルーサは落ち着き、また彼に仕えることで簡単に命を狙われることもなかろうし、一度でいいから見てみたいと願った本当の両親の姿も見ることができる。
実際、王に会えて……これが自分の父なのだと、ずっと心につかえて来た何かが一つ下りたような気がする。
妹であるのだろう、少女とも会うことができた。
それに……ザレルのそばにいることで、彼も父として守るつもりだったに違いない。


ルネイがリリスの元に歩み寄り、まるで子のように慈しみ、ポンと肩に手を置き引き寄せる。
そして並んで歩き始めた。

「人というのは弱い物じゃ。自ら厳しい道を選ぶ者は少ない。
子に赤い髪の子が生まれたからと言って、手放してしまおうとお主の親が本当に思ったのかはわからぬ。
だが、しきたりに捕らわれている家柄の者であれば、それを破るのは困難であっただろう。
密かに育てることもできなかった理由が、お主の両親にはきっとあったと思うのだよ。」

「……ええ、わかります。きっと、わかっていたのです……でも……」

久しぶりに会うキアナルーサの姿。
不安に揺れて、なんと気弱なその振る舞い。
自分が口を閉ざした事で、彼は充実した日々を送っているとばかり思っていた。

「どうしてこんなに……人は思い悩むのでしょう……」

つぶやくようにポツンと漏らし、眼下に並ぶ家々を見下ろす。
そこに暮らす人々、一人一人にも悩みがあるのだろうか。
身分がどんなに高くても、満たされない思いが必ず人にはある。

「万物に、完璧などありはしない。
人は悩みを抱えるからこそ、そこに強さがあり弱さがある。
それこそ、愚かなる人間の生きる原動力だよ。
……と、わしの師は言っておったな。
まあ、酒好きの型破りな師であったが、なぜかシールーン様の気に入りでな。」

「悩みが……満たされないからこそ、生きる原動力と……」

「そうだな、追い求めるのは悪いことではない。
人は意識することもなく、必死で日々を生きているのだよ。
生きることにどん欲である事には罪はない。
人は、愚かであるのが普通なのじゃ、なにも恥じる事はないのじゃよ。」

ちらとルネイがリリスを見下ろす。
そして驚いたことに、遠くを見つめ明るく微笑む彼の表情に目を見開いた。

「ええ、ええ……本当に、人はなんて愚かなんでしょう。
きっと、私は憎んでいたのです。
うらやましくて、たまらなかったのです。
それがとても醜くて、きっと目をそらしていたに違いありません。
でも、でも、それが、それこそが……
きっと、真実の私。
私も愚かで小さく、弱い人間なのです。
だから、両親の気持ちもわかります。
同じなのです。
私はこれ以上、人に嫌われたくなかった。
何もかも失う気がして、小さく震えていた。
でも……
でも、それでは周りが見通せない。
それは……結局は人を信じていなかったと言うこと……

それは…………


なぜ?なぜだろう……なぜ私は道を誤ってしまったのか……



そう、



私は、人を、周りの人間達を、きっと……小さく、甘く見ていた?

そう、そうです!

私は見くびっていました。
周りの人々は、小さな人間達ばかりだと。
ずっと、小さな頃から……


昨夜あんな事があって、皆様に良くは思われていないことは重々承知しておりました。
だからこそ今日は朝食の時、何も気にしてないように大きく振る舞うことで、周りを跳ね返そうと思っていました。
すべてと戦うつもりで。

でも、でも…………私は愚かでした。
すべてと戦うなどと、それは大きな間違いでした。

私は馬鹿です、愚か者です。

ああ、なんて大きな人たちでしょう。

私はもっと信じていいのだと、皆さんから教えられました。
人は小さくて、そして大きくて、頼っていい時には頼ってもいいのだと、知らされたんです。
ありがとうございます。
私は、きっと迷っていたのです。臆病だったのです。
何をすべきかわかっているのに。
私は、もっと勇気を出します。
お味方になって下さる方は、必ずいるのだと信じます。」

明るく一気に話すリリスに、周りがポカンと見つめる。
リリスはここに来て見たこともないような笑顔で、手にあるヨーコ鳥を空高く放り上げた。

「チュチュッ!」

ヨーコが驚いて空に飛び立ち、リリス達を見下ろす。
今朝の出来事が、こんなにリリスを変えるなんて。
彼にとって、それは生まれて初めてのことだったに違いない。
なんてことだろう、彼はもっと、もっと大きくなって行く。

人の姿なら、ヨーコの顔は燃え上がっていただろう。
以前にも増して輝いて、美しく、りりしい。
本当に、生まれつきの王子なんだ。

好き、大好き。やっぱり好き。


やがてリリスはルネイに一礼して、城の中へと走り出す。
慌てて追いかけるガーラントの横をすり抜け、リリスと共にヨーコも飛んでゆく。

後に残されたルネイがそれを見送っていると、弟子がポカンとした顔でつぶやいた。

「変わった……方でございますね。
本当に、召使い上がりなのですか?」

「フフ……自問自答して、それで答えを導き出しおった。
ほんの少しの言葉から、自分で全部答えを出して走り出しおった。
なんて変わった、なんて型破りな魔導師よ!」

ルネイが大きな声で笑い出す。

「のう、人の成長を見るのはなんと楽しい事じゃ。
だから人間は止められぬ。たとえどんなに愚かでもな。」

「は……はあ、そうでございますね。」

ルネイには、リリスの後ろ姿が初めて出会った時のガルシアと重なって見える。
身分という物に疑問を覚え、貴族のプライドに疑問を覚え、王家の血筋に疑問を覚え、すべてを自分で答えを導き出して、そしてレナントに自由な風を吹き込んできた。

「まことの、世継ぎかもしれぬ……」

師の小さくつぶやいた言葉を、そこにいた弟子は愕然とした面持ちで聞いていた。

78、

ガルシアが、側近のクリスを連れて自室を出る。
ドアの外にいた騎士ケルトが、大きな身体を揺らし眉を寄せて頭を下げた。

「どうした。そんな顔をしていると百才老けるぞ。」

いつもと変わらないガルシアに、ケルトがビシッと背筋を伸ばす。
「いや、心配ご無用でござる。」

するとクリスがクスッと笑い、ガルシアに耳打ちする。

「ケルトは、昨夜の騒ぎであまり寝てないのですよ。」

「まあ、昨夜寝てる奴の方が珍しいだろうな。
話の途中で寝るなよ、お前のイビキは大きいから、ごまかしようがない。」

言われてケルトがアゴのヒゲをザリザリ撫でて、ニイッと笑う。

「世に女房より怖い物はないが、御館様に恥をかかせるは末代までの恥でござる。
睨みをきかせてお守りいたす。」

「フフ、当てにしているぞ。」

謁見の間に入ると、すでにトランの使者達も控え、一斉に頭を下げる。
ガルシアが城主の椅子にかけ、エルガルドが一礼して一歩前に出た。

「昨夜は大変なご迷惑を……」

「良い、ところで王の返事を待たずして、本国へお帰りになるというのはまことか?」

「は、このままではこちらに大変なご迷惑をおかけするやもと思いますし、また本国に報告することも必要かと。」

「フム……」

ガルシアが、あごに手を添え考える。
これは、考えられたことだ。
だが、彼らが帰ってそれを報告したとしても、王がまともに信じるとは考えがたい。
娘でさえ、密かに後ろ盾を求め父に反旗を翻そうとしているのだ。
小細工されたとこちらに難癖つけて、宣戦布告でもされては面倒だ。

「エルガルド殿、気持ちは察するが手ぶらで帰られるのもどうであろう。
このまま王の親書を待たれよ。
お帰りになる時は、こちらも国境までは護衛をつけることができる。
が、昨夜狙われたのもそなたらなれど、狙ったも貴方らの国の者と見た。
それを考慮すれば、安全に城へ帰る事には更に万端を期した方が良かろう。
そなたらは我が国と隣国との架け橋、何かあっては大事へと発展することも考えられる。
こちらも対処を考える、しばし待たれよ。」

「なるほど……私も安易でございました。
皆を説得し、王の親書を待つことにいたします。
元より、それこそ我らの指名。
ガルシア様の賢明なご助言、痛み入ります。」

「後ほど席を設けるとしよう。
そちらからも、話し合いに数名選出されよ。」

「承知いたしました。それでは。」

エルガルドの退室を見送り、ガルシアが肘掛けに肘をつく。

「レナファンはいるか?」

「はい、ここに。」

横から青いローブを羽織った女性が歩み出る。
魔導師レナファン、魔物に捕らわれていた彼女は、リリスに救われようやく体調も元に戻ってきた。

「遠見では何か見えたか?」
「はい、予見では彼らを襲う者の姿が。
そして、立ち上がるトランの兵達の姿が。
しかし、それはごくぼんやりと、未だ確定できぬ予見と心得ます。」

ザワザワと、回りがざわめきガルシアが手を挙げる。
声が収まり、ガルシアが身を乗り出した。

「予見は予見。それはこれからの対処でいかようにも変わることもある。
このまま彼らを帰すと、そうなるという事よ。
さて、護衛をどこまでつけるかは考えねばなるまい。」

「騎士を、10名ほど選出しましょう。
多くても騒ぎの元ですし、少なくても危険です。
これは微妙な選択でございますが。
あと魔導師をお一方、お貸し願えると嬉しいのだが……」

「魔導師は城の守りにも貴重だ。
一人を失うと国の基盤にも関わる。」

皆がシンとして、顔を見合わせる。
魔導師は一人だと戦いには弱い物だ。
一人ではそれぞれの精霊力に属する為に力の片寄りがあり、通常魔導師の戦いは複合的に立ち向かうことで力となる。
まして、あれだけの強力な魔力に魔導師として太刀打ちできたのはリリスだけ。
あとは……


「私が参りましょう。」


巫子セレスがガルシアの前に歩み出て頭を下げた。
ガルシアが苦笑して腕を組む。

「さて、どうしたものかな。巫子殿は城の守りの要になっていただきたいのだがね。」

「巫子はイネスもおりますし、私なら同行しても構いません。
地の神殿は隣国とも交流がございますから、トランの方々にも理解していただけるかと。」

「なるほどな。貴方ならば安心ではある。」

涼やかに話す兄巫子に、壁際に立つイネスが愕然と息をのむ。
兄巫子の存在は、イネスにとって大きい。
未だ一人で行動したことのない彼は、一人残ることが怖かった。
しかし、それを悟られてはいけない。
自分は巫子なのだ。

横にいたサファイアが、そっとイネスに寄り添った。
ドキッと背を伸ばす。

「イネスよ、良いな。」

セレスが空々しいほど微笑んで声をかける。
一斉に視線がイネスに集中し、ゴクリとつばを飲んだ。
引きつる顔をニッコリと、息を吐いて緊張を無理矢理に解く。

「ええ、この城のことは私にお任せを。
兄様は隣国の方をお守り下さい。」

それだけ、ようやく絞り出した。
口がからからに渇き、他に言葉が浮かばない。
セレスがクスッと笑って見える。
きっと馬鹿にされた。

「イネスもああ話しておりますし、どうぞお任せ下さい。」

「そうか、ならばそのように。
騎士長、騎士と兵の選出は任せる。
他はエルガルド殿との話し合いの準備をせよ。
魔導師ルネイはいるか?水鏡での本城との交信はどうなった?」

「ルネイは結界の補強に出ております。
本城側の水鏡が未だ安定しないと話しておりましたが……」

「手紙は向こうを出たのか、聞いて報告してくれ。
向こうの状況も報告するように。
魔導師の塔の復旧は時間がかかるだろうな。」

「はい、ゲール様が長を退陣されましたので、少々混乱もあるかと存じます。」

「長がルークに変わったと言ったな、とりあえず水鏡だけは何とかしろと尻を叩け。
伝書鳥の通信だけでは時間がかかる。」

「は。」

ガルシアが立ち上がり自室に戻る為謁見の間を出る。
部屋を出る時のざわめきに、ため息をついて小さく首を振った。

「まったく、城の守りがまた欠ける。」

つぶやくようなため息混じりの言葉に、側近のクリスが耳元にささやいた。

「昨夜セレス殿の力を目にしただけに、皆も当てにしていたようで。
イネス様は剣舞では有名ではありますが、あれほどのお力は……」

「守りになるのか、イネスの力は実際俺も知らぬ。
教えろと一発殴ってみようか。
はてさて、せめて向こうの魔導師が何者かさえわかればな。」

「一発殴るはご遠慮下さい。」

「冗談だ。」

まったく、ガルシアの言葉はどこまでが冗談かわからない。
幼少の頃は側付きでクリスは随分振り回された。

「リリス殿!」
「御館様にお目通りを!」

階段を上ったところで声が響き、向かいの廊下から息を切らせ、リリスとガーラントが走ってくる。
途中で止めようとする兵を制し、ガルシアが足を止めた。

「なにか、騒々しいぞ。」

クリスが前に出て、怪訝な顔で声を上げる。
リリスは彼らの前に来ると膝をつき、頭を下げて静かに告げた。

「ガルシア様、お話がございます。大切な……事でございます。恐らく。」

「何か、はっきりと申せ。御館様はお忙しくあらせられる。」

「私は、過去に魔物と関わった者を存じております。」

クリスがキョンとして、ガルシアの顔を見る。
気でも狂ったかと、首をかしげた。

「過去とは、伝承で伝わる事と申すのか?
あれは数百年前の事、ふざけた事を…………」


ドーーーーンッ


心を決めて話そうとするリリスを遮るように、突然地響きが大きく城を揺らし城中から悲鳴が上がった。



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