桜がちる夜に

HOME | 赤い髪のリリス 戦いの風28

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 28

>>目次のページへ

82、

リリスが、暗闇の中で目を閉じ、じっと立ちつくす。
ふと、人の気配に目を開けると、赤く燃える髪の美しい女性が優しく微笑んでいた。

「あなた様は、リリサレーン様でございますね。」

女性はゆっくりうなずいて、細い手でそっとリリスの顔を包み額にキスをする。
そして自分の手から、赤く透き通った石が付いた指輪をはずし、リリスの右手の人差し指に付けた。

『私はお前の内にあり、お前の心の声をずっと聞いてきた。
我が罪の重荷を負ってしまったお前には、わらわは詫びねばならぬ。
悲しみを負わせ、すまぬ事をした。』

「私は……あなたの生まれ変わりなのでしょうか?
ならば、私は……」

『セフィーリアはお前を、フレアにあまり近づけようとはしなかった。
それは私のような目に会わせとう無いという、親心であったろう。
だが、時はすべてを整えつつある。
お前はお前の道を進まねばならぬ。
良いか、この指輪は私の物。
お前の世ではこの指輪は幻、本来の力を持つお前の指輪はきっと王家の宝物殿にあろう。
これを取り戻さねばならぬ。』

「これは?」

『これは代々継がれしもの、そしてわれらの印(しるし)じゃ。
これとフレアの額の目を取り戻せ。
さすれば道は開けよう。
迷えし巫子の内に封じられていた火の化身キュアは、地の巫子により我が身を取り戻した。
お前はまだ指輪を持たぬが、この私の指輪でキュアとも語れよう。
あれは風より早く飛び、きっとお前の助けになる。
お前は心を鍛え、そして苦境にもかかわらずわらわ以上に修練してきた。
きっとこの苦難にも立ち向かえる力を持っている。』

「なぜ……なぜ隣国の魔導師様は、このような事をなさるのですか?
なぜアトラーナに害を……まさか、本当に隣国は攻めてくるのですか?」

リリサレーンは首を振り、どこか遠くを見るように宙を見つめる。
そして、寂しそうな顔でリリスを見下ろした。

『わらわに出来なかったこと、お前がやってくれると信じておる。
どうか、皆と手を合わせ、この国を救っておくれ。』

「リリサレーン様、教えて下さい。どうか」

消える彼女に手を伸ばす。
その手を、突然誰かが握った。
ハッと目を開くと、そこはガルシアの執務室兼謁見室で、自分はソファーに寝かされている。
そして膝枕をしてくれているイネスが、しっかりと手を握って心配そうにのぞき込んでいた。

「大丈夫か?リリ。」

「あ……はい、あっ申し訳ございません。
えと、あの……あの、メイスは?メイスはいかがしました?」

慌てて起き上がり、真っ先にメイスの事が浮かんだ。
イネスがため息をついて、リリスの髪を指でかき上げる。

「大丈夫、気を失っているけど生きてるよ。
兄様が預かって、今はルビーが付いてる。」

「ああ、良かった、ありがとうございます。」

ホッとして見回すと、向かいのソファにはセレスに魔導師のルネイ、執務机にはガルシア、その横には側近のクリスがいる。
そしてドアの脇には、ガーラントの姿もあった。
慌てて立ち上がろうとするリリスを、イネスが制して座らせる。

「よい、ゆっくり座っておれ。」

うなずいてガルシアが、チリンとベルを鳴らす。
静かに部屋の奥のドアが開き、穏やかな表情の青年が頭を下げた。

「レイト、魔導師殿に茶を。頭がはっきりするようにな。
子供だから酒は入れるなよ。」

「承知しました。」

隣室とは中で繋がっているらしく、レイトは同じドアに向かい、すぐに茶器を持ってやってくる。

「どうぞ、熱いから気をつけて。」
「ありがとうございます。」

リリスに差し出すカップからは、さわやかな柑橘系の甘酸っぱい香りが広がった。
受け取ろうとしてふと見ると、右手の人差し指に赤い石の指輪が透けて見える。
それは先ほどのことが夢ではないのだと、教えてくれた。

「ああ、いい香りですね。」

リリスが一口飲み、ふうっと一つ息を吐く。
それを待っていたかのように、セレスがくつろいだ様子でニッと笑って言った。

「リリサレーンと対話は済んだかい?」

「えっ」

「何を聞いた?隣国の魔導師の情報は?」

ガルシアも、身を乗り出して聞いてくる。
つまり、自分の中にリリサレーンがいることは、すでに皆に知られてしまったと言うことか。
何をどう話すべきか。
茶をもう一口飲む。

「リリサレーン様は、隣国の魔導師のことはあまりお話になりたくないようです。
……そう、感じました。」

「つまり、何も聞けなかったと?」

「はい、ただ、自分に出来なかったことをして欲しいと……
つまり、リリサレーン様と私たちが魔物と称している物は、見知った間柄ではなかったのかと存じます。」

セレスが、一瞬目を見開き、そして顔をそらした。
イネスがそれを見て、怪訝な目で唇をかむ。
兄巫子は、どこか正体不明だ。
数百年前を生きたリリサレーンとも、驚くことに親しい間柄に見えた。
昔の名を持っている……しかし、自分は確かに兄巫子と共に成長した覚えがある。
何かの生まれ変わりで、前世の記憶を持っているとしか思えない。
しかし、それをここで聞いていいのだろうか。

「それはそうだろうな、伝承ではその魔物に取り憑かれて暴れ回ったと聞く。見知った仲でもおかしくあるまい。
で、他には?何か聞けたことは?」

リリスが、右手を前に差し出した。
そこには幻の指輪が確かに存在している。
だが、それが皆に見えるのかわからない。

「指輪を……探せと。」

「指輪?どう言う指輪だ?」

「あの……私には見えるのですが……」

「私にも見えるよ。赤い石の指輪。」
「俺にも、見える。」

巫子二人には見えるらしいが、ガルシアが眼を細め、そして見開いてみる。

「うーむ、お前の人差し指にぼんやり赤い炎が見えるような……お前には見えるか?クリス。」

「はい、私にも人差し指に小さな火がぼんやり見えます。」

「同様に。」皆がうなずく。

「なるほど、巫子殿には赤い石の指輪で我らには炎に見えるワケか。
その指輪を探せとは?」

「はい、これはリリサレーン様の指輪で、私には私の指輪があると仰いました。
これは代々受け継がれる物で、実物は王家の宝物殿にあると。」

「つまり、その指輪があればどうなるというのだ?」

「それは……」

それで、この事態がどう変わるのか、核心が見えない。
返答に困って、視線を落としじっとただ幻の指輪を見つめる。
隣に座るイネスが、たまらず声を上げた。

「に、兄様は、何も、ご存じないのですか?
知って……知っているのに、ご自分がお答えにならないのは、…………ず、ずるい!と……思います。」

セレスには、いつかイネスがそう切り出すとわかっていたのだろうか。
まるで待ちわびていたように、なぜか嬉しそうにクスクス微笑む。

「そうだね、私の大切な弟よ。」

セレスが足を組み直し、背もたれにもたれてため息をつく。
知っているけど、答えたくない。
そんな気配がして、ガルシアが指を机でとんとん鳴らした。

「ここは、なんとも……不可思議な者たちの化かし合いの世界だな。ふふ……」

「笑い事ではありません、国の存亡がかかっているのです。」

主人の面白くないような、冷めた笑いにクリスが首を振ってぴしゃりと言った。
ガルシアが、ひょいと肩を上げてリリスを見る。

「それで結局、お前の本当の親は誰なのだ?」

単刀直入な問いに、皆が目を剥く。
リリスは、どう答えて良いのかわからない。
ドア脇に控えるように立っていたガーラントも、ハッとリリスの横顔を見つめる。
リリスは、どこか確信が持てずうつむいたまま小さな声でささやいた。

「これは……本当なのかわからないのです。
フレア様が、私に言われたことで……
本当に、恐れ多い事なので……話して良い物か……」

「本当だよ、お前は王の長子だ。間違いない。」

するりと、横からセレスが何事もないように語った。
ガルシアが、思わず立ち上がる。

「やはり!なぜだ?本家は何を考えている?」

本家とは、本城の王族のことだ。
レナントやベスレムの一族は分家となって、その地を代々治めている。
リリスにどこか親類でも見たような近しさを感じていたガルシアは、思っていたとおりの最悪の事実に絶句して肩を落とした。
セレスはようやく顔を上げ、ガルシアを見上げた。

83、

「すべてはあの時の王グレンロードが、火の巫子であり、問題を起こす事になった娘リリサレーンを王族より排除したのが間違いの元。
確かに王族の権威に傷はつきませんでしたが、王家は隔世遺伝で時折現れる赤い髪の子を、秘密裏に殺さねばならなくなったのです。」

淡々とセレスが述べる。
ガルシアがドスンと腰を下ろし、脱力したように顎に手をついた。

「赤い髪の子などと……たかが髪が赤いだけではないか。俺も城を継いだときにそう口伝を受け継いだが、ハナから守る気など無いぞ。
俺の伯母である王妃も、一緒になって殺そうとしたのか?」

「あの時私はヴァシュラム様の共として参りましたが、あの夜、城は大変静かでした。
未だ王妃は出産途中で、先に生まれたこの子をどうされるか、殺すよう迫る弟君や側近の言葉に、王は頭を抱えておいででした。」

セレスが一息ついて、手元のカップを指さす。
緊張して聞いていたレイトが、慌ててお茶を用意して注いだ。

「しかし王にしてみれば初めてのお子、可愛くないはずもない。
ところが次にようやくキアナルーサが生まれ、それが男子と見た側近は、早まって赤い髪の赤子に刺客を送ってしまった。
だが、この子にはリリサレーンが守護に付いていた為に、剣ははじかれ殺せない。
まして、それを知った王は激怒して、この子に剣を向けた騎士の首をはね、側近を王妃の前で殺してしまったのです。」

「なんてことを……」
イネスが愕然と思わずつぶやく。
セレスはお茶を飲みながら、話を続けた。

「王はまだ若く、激情に走られた。
あれは大きな過ちだったと後に仰せだ。
しかし王妃は産後の疲れもあって心が不安定となり、この子の赤い髪を見ると悲鳴を上げる始末。
結局、王は殺すことはならぬが籍を外せと仰せになり、里子に出すことになった。
だが、この子の赤い髪や色違いの目はかなり異質だ。悪くすると、人買いに売られ目の届かない所へ行ってしまうかも知れぬ。
そこでヴァシュラム様のお計らいがあり、セフィーリア様にお声がかかったのだよ。
ヴァシュラム様も先々をお考えになって、いずれセフィーリア様が魔導師として修行を積ませる事になるのはご存じであったろう。そして、この子にはそれが必要な事も。
だが、城はそれを放って置くはずもない。
後に世継ぎ問題を引き起こす可能性がある為に、この子には始終監視が付けられたのです。」

「では、キアナルーサがラーナブラッドの試練を超えたのはなんだ?
あれは正当な世継ぎだけが受けられる物。
私も祝いには呼ばれたぞ。それともドラゴンたちの怠慢かね?」

「いいえ、あれは……慈悲、とでも言ったがいいのでしょうか。
しかし、だから結界が解かれてしまったのです。
ドラゴンマスターとしての強固な国を守る決意、そしてそれに従するドラゴンとの契約。
それを結晶化した証、そして魔物と言われた物を閉じ込めた鍵があのラーナブラッドという物。
キアナルーサで良しとしたのは、王に対するドラゴンたちの特別な計らいではありましたが、やはり結束に欠けました。それに恐らくは、ラーナブラッド自身がキアナルーサを認めていないのです。
今ごろラーナブラッドは、色を失いその力を完全に失っている事でしょう。
本城の守りが欠けている事は、すでに明白です。」

リリスが、ハッと顔を上げる。
『フレアの額の目を取り戻せ』
そう、リリサレーンが言った言葉を、ふと思い出した。

「なるほど。それで合点がいった。
しかし、もっと早く教えて欲しかった物だな。」

不服そうに、ガルシアが腕を組む。
セレスはクスッと笑って、清々しく微笑んだ。

「この子の気持ちの整理が付いてから話せとは、我が主、地のドラゴンの意志ですから。
私が軽々しく口を開くと、世を乱す事にもなりましょう。」

「まったく、精霊どもの気まぐれにも、本家の隠し事にも振り回される。
すると、この話はベスレム側は知っているというワケか。」

「あちらには最近、フレア様がお住まいになっているとお聞きします。
神殿の再建をお考えと言う事ですから、もちろんこれはお話になった事でしょう。」

「神殿ね、巫子も無しに……ん?リリサレーンの生まれ変わりと言う事は……?」

「火の巫子ですよ、この子は。」

「えっ!」

思わず、全員の目がリリスに向いた。

「なるほど!それでお前の力は敵に最も影響を及ぼす事が出来たのか!これで合点がいった。」

魔導師ルネイが大きくうなずく。
リリス自身も、改めてはっきりと言葉で聞くその事に幻の指輪を見た。

「では、この指輪は……」

「それは代々火の巫子が受け継ぐ物。
火は光、そして聖域の象徴。
火の神殿は、アトラーナには最も重要な物であり精霊の国の象徴だった。
すでに火の神殿が消えて二百数十年、王と共にあったその光は失われ、精霊の国としての権威は消え去り今や風前の灯火。
精霊の加護が消えようとしている今、隣国に攻め込まれれば、それをきっかけにこの国はあっという間に四方より攻め込まれ、解体するのは必至。」

ガタン!

「巫子殿とは言え、無礼でございましょう!
御館様の御前です、お控え願いたい!」

カッとしたクリスが、立ち上がりセレスに声を荒げる。
だが、セレスもプイと顔を背け話を続けた。

「火の神殿を破壊したのは人々の怒り。
だがそれを止めもせず、目を背けていたのは王族たち。
火の神殿の巫子は、なぜか半数が王族から生まれてしまう為に王に並ぶ力を持ってしまった。
リリサレーンの先代は、巫子と王をしばらく兼任した為に特に民衆の心を強く引きつけるものがあった。
常々人心が火の神殿へ傾くのを見て、王族たちは危機を感じたのであろう。
火の神殿を再興することを許さず、王はドラゴンマスターとして精霊王をかしずかせ、王族の権威だけを上げる事に専念した彼らの行為は、そのまま今も受け継がれている。
火の神殿は、精霊達にも心のよりどころであった。
それを破壊され、生まれてくる火の巫子は次々と殺される。
この非道、精霊達への裏切り行為以外の何者でも無かろう。
高位の精霊達は聖地としてアトラーナに留まっていますが、果たして戦いの時に手を貸す精霊がどれだけいるのか。」

「兄様!お言葉が過ぎます!それは地の神殿の総意ではありません!」

「そうだな、これは私の私意でしかない。
だが、ずっと見てきた者の真意でもあるのだよ。」

「兄様は一体……」

セレスは何者なのか。

皆の心にその言葉が浮かんだ。
セレスが、ため息をついて立ち上がる。
彼には一つの、ある決意が浮かんでいた。

「私は巫子だよ。私は……リリサレーンのいた時代、地の巫子は私一人だった。」

「馬鹿な!巫子は元より長命とは聞くが……巫子と言ってもただの人間。そんな事が……」

「いいえ、魔導師ルネイ殿。私はリリサレーンへの、火の精霊達への償いの為にこうして輪廻をはずれて生きているのです。
巫子は最も精霊に近い人間。
しかも神気に満ちたドラゴンに常に寄り添っている為、その影響もあってゆっくりと年を取り、普通の人間よりはるかに長命と言われています。
しかしそれでも私には、時間が足りなかった。
これは私の意をくみ、力を与えて下さったヴァシュラム様のお慈悲でもあるのです。
明日、王からの手紙が届くでしょう。
私は使者と共に隣国に行き、魔導師リューズと直に会い話をしてきます。」

「兄様!兄様は……まさか!」

死を覚悟して、隣国に行くというのか。
元より危険な事とは知ってはいるが、隣国の者が巫子を殺すとは思えない。
まして、兄巫子は神殿でも最も人望のある……

「イネス、今は平時ではない。たとえ巫子といえどアトラーナからの使者としてならば、死を覚悟するのは当然と言えよう。」

「い……やです、いやです、私も行きます。
どうか同行させて下さい。」

「ならぬ、お前はここを守る使命がある。
城の魔導師殿と共にここを守れ。でなければ、リリスは本城に行けぬではないか。」

ハッとイネスがリリスを見る。
リリスがイネスを見つめている。
切羽詰まった状況に、迷う二人の心が揺れる。
リリスが唇をかみ、そしてイネスの手を握った。

「私はここに……」

「ならぬ、お前は本城へゆけ。それが事を先へ進めるのだ、お前にはそれがわかったはず。
力を得よ。」

「でも」

「兄様!」

「静粛に」コンコンコン

突然、ガルシアが机を指で鳴らした。
ため息をついて怠そうに首を回し、椅子にもたれる。
何とも重苦しい空気に頭が痛い。

「3人で悩んでいても事は始まらんな。
我ら凡人にもできる事はあるだろうて。
まして巫子殿、俺は貴方に命をかけて国を背負えとは言った覚えはないのだがね。」

「ふふ、それは私の個人的な事。あなた方が心配される事ではない。
私よりも、このリリスを大事になさいませ。
これに換えはありませぬ。」

「そんな!私には過ぎたご期待でございます。とても国を背負えるほどには……」

急な話ばかりで、心の整理が付かない。
指輪を手に入れ、火の巫子にといきなり言われても、自分は風の修行をしてきたのだ。

「なるほどな、しかし戦力不足は否めん。
できればリリス殿にも供を付けたいが。」

「そ、そんな滅相もございません。私はこちらへはお手伝いに参りましたのに。」

ガルシアの言葉に、驚いて立ち上がる。
イネスがその手を握り、引いて座らせつぶやいた。

「そうだ、出来れば俺はそっちにも行きたい。」

イネスの本音に、セレスがキョンとしてクスクス笑う。
まったく、この弟巫子は可愛いほどに人がいい。

「大丈夫、あの火の鳥は恐ろしく早い上に強いよ。
今私が心配しているのは、指輪とフレアゴートの3番目の目が本城の宝物殿にあるという事。
リリサレーンは目のことも話したのだろう?」

セレスはなんでも知っている。
リリスが言わずともわかってもらえてホッとした。

「はい、フレア様の3番目の目を取り戻せと。」

「やはり。
それにあの保護した巫子。
今はイネスの剣で糸が断ち切れているが、あの子はリューズと繋がりやすい。
繋がるとあの子はリューズの手足となって、都合の良い武器になるだろう。
すでに何年も酷使された上に今回の事で心も体もすり減らしている。もう二度と繋いではいけない、今のまま無理をさせたら心が壊れてしまう。」

「あいつ、巫子として本当に必要なのですか?」

なんの巫子か知らないが、あの年まで修行無しで精霊の道も見えないド素人を、兄はどうして今さら修行させようと思うのかわからない。
だがセレスは厳しい顔で、ぴしゃりとイネスを叱った。

「イネス、お前がそれを口にする事は、自分自身の存在意義も脅かす事だ。
口を慎み、お前がリリスの不在の間は守るのだ。」

「は……はい、申し訳ありません。」

シュンとするイネスに、ガルシアがクスッと笑う。
まだまだ子供だなと、この素直な地の巫子が可愛く見えた。

「我らレナントの民は、イネス殿に期待しているよ。余計な気を払い、どうか民を守って欲しい。」

「はい、申し訳ありません。
私も百合の戦士、ここへ残るからには全身全霊でお守りいたします。」

大きくうなずき、そして腕を組む。
ガルシアには、しかし宝物殿という言葉には確かに大きな壁があると思った。
城の宝物殿は、何か行事がないとそうそう開く物ではない。
そこはたとえ王族でも、王の許しがないと足を踏み入れる事さえ出来ない場所だ。
自分もこれまで一度も行ったことも、その部屋がどこにあるのかさえ知らない。

「うむ……しかし宝物殿か。それは困ったな。
子とも認めぬ貴方の言葉を、どこまで取り合ってもらえるか。
俺も一筆書いてはやれるが、あとは自分で説得するしかない。
しかし……ドラゴン殿の目玉まであるとは初耳だな。」

「いえ、ご存じのはず。名をラーナブラッドと申します。」

セレスの言葉に、一口飲み込もうとした茶を思わず吹き出しそうになった。
咳き込むガルシアに、慌ててレイトが背を叩く。

「あ、あれは世継ぎの印だぞ、ますますマズイではないか。」

「だから心配しているのですよ、ガルシア様。」

セレスが大きくため息をつく。
結局、対応策など結論のでないままリリスは退室し、ガルシアとセレスはレナントからの使者との話し合いに加わった。

84、

コンコン

リリスがセレスの部屋のドアを叩く。
部屋のドアの前には、兵が特別に2人。
怖い顔でどこか納得できない様子なのは、何度も襲われたことを思えば気持ちもわかる。

「まあ、確かに腹も立つわよねえ。」

リリスの肩で、ヨーコがつぶやく。

「だからセレス様がお預かりになったのでしょうけど、ご不在になられるこれからが少々心配です。」

「一応イネスも巫子なんだし、だいじょうぶじゃない?
なんだか、いっぱい凄い事聞いちゃって、あたし疲れちゃったわ。
ガーラントのおじさんも随分ビックリしてたみたい。」

「私もビックリしましたから、お互い様です。」

ずっとガーラントの肩にいたヨーコ鳥は、肩で彼の動揺を感じていた。
でも、どこか納得したように、大きくうなずいたのを見逃さなかった。
彼は彼なりに、自分の目は間違いなかったと思ったのだろう。

「これはリリス様、どうぞ中へ。」

ドアが開いてルビーが顔を出し、リリスを部屋に招き入れた。

「あの……メイスは……」

「こちらの部屋に。」

セレスの部屋は、イネスの部屋より一部屋多い。
そこにお付きで来た少年カナンが休んでいたのだが、そのベッドを今はメイスに譲っていた。
案内されていくと火の鳥キュアがベッドに留まり、その横ではカナンが手際よくメイスの汗を拭いている。
メイスの左手は白い布に覆われ、身をよじりひどく苦しそうにしていた。

「どこかケガを?」
リリスがカナンに尋ねると、困った様子で首を振る。

「左手の肘から下をあちらの魔術で作っていたようです。
困りました、地の神殿に伝わる癒しでは効かないようで。恐らくは破魔の剣で切られたのではと思うのですが、押さえられていた剣の予力と反発して腕が暴れています。」

破魔の剣と聞いて、リリスの胸がどきりとする。それは、もしかするとザレルに渡したあの剣ではないかと思ったのだ。
布の中では奇妙に何かがうごめいている。

「セレス様は?」

「このままであれば、心身ともに影響が大きいので上から切って落とすと。今ちょうど隣国の方々とお話し合いに行かれていて……」
「そうですか。」

メイスの腕を包む布は、何か結界がかけられているようで、中でボコボコと暴れるたびに光を出して牽制している。
リリスが手をかざすと、それがいっそう激しくなって見えた。
布越しに、赤い炎と青い炎が混じり合うことなく白い力の中で戦って見える。
青い炎でなんとか形を成そうとする腕が、赤い炎の力に食われていくように見えた。

「やはり、私の破魔の剣が不完全だったからなのか?
どうか静かに、腕をやさしく包んで苦痛を与えぬように。」

布の上からさすりながら、願いを込めてつぶやいた言葉に、炎が争いをやめ反応した。
それはメイスには親和性の高かった青い炎が、無理に腕を成すのをやめてやさしく包み、その上を守るように赤い炎が包み込む。
布の下はようやく落ち着き、メイスも痛みが減ったようで息をつく。
カナンとリリスが、明るい顔で顔を見合わせた。

「やはり、火の巫子様でいらっしゃる、リリス様のお力でしょうか?」
「滅相もない、きっとリリサレーン様の指輪かと。」
「とりあえずようございました。このまま腕はこの聖布で包んで養生させましょう。」

腕を綺麗に包み直し、メイスの額に濡れたタオルを置くと、ふとうつろに目を開ける。
リリスが顔を覗き込み、頬をそっと撫でた。

「メイス、わかりますか?リリスです。
あなたは安全な所に保護されたのですよ、だから安心してお休みなさいませ。」

唇が、リリスと動く。
目が探すように動いて、見えない様子でゆっくりと閉じた。
髪を撫で、手を握ると安心したのか身体中から力が抜けたように見える。

「メイス、これからは一人ではありませんよ。」

枕元のキュアが、くるくると喉を鳴らす。
ぼうと火を上げ、カナンが驚いて小さく悲鳴を上げた。

「す、すいません。燃え移らないか怖くて。
私は家族を火事でなくした物で、火が苦手なのです。」

「そうだったのですか。私もこの鳥のことはよくわからないのですが……」

リリスがキュアにリリサレーンの指輪を差し出し、話しかけてみる。
果たして自分の言葉を聞いてくれるか、心配ではあったが……

「キュア……さん、その炎を収めて普通の鳥のように出来ますか?」

鳥をさん付けで言うリリスに、カナンがプッと吹き出した。
キュアは一声鳴いて、ゆるゆると火を収め頭から背中に火を残し、他を瑠璃色の羽毛に覆われた青い鳥へ変わる。
カナンがほうっと息をついた。

「良かった、このくらいなら。
私も服に火が付いてひどい火傷を負ってしまって、これだけは……どうもご迷惑おかけします。」

そう言って、カナンが襟を少し開けてやけどのあとを見せる。
首に引きつったケロイドが見えて痛々しい。

「それは大変でしたね。カナン様はそれで地の神殿へ?」
「はい、私は神殿で学び、療術師になるつもりです。まだ道は遠いのですが。うふふ」

療術師とは、医師と魔導師の間のようなものだ。
二つの長所を生かし、患者の痛みを和らげ早く直す。
しかし、長い修行を要する為にこの世界では非常に少ない。

「とてもすばらしい事ですね。
……そう言えば、なぜ私を火の巫子と?」

「セレス様がキュアに語りかけられていたのです。それに、ここは噂も早いですよ。
明日になったら、皆あなたを巫子様とお呼びになるかもしれませんね。
うふふ、私もうすうす、あなた様は巫子ではないかと思っておりました。
でもてっきり風の巫子だと思っていたのですけど。はずれましたね。」

「そんな……滅相もない。私は魔導師のリリスで十分でございます。」

微笑む小柄の少年は、リリスよりもまだ3つ下だ。
でも、優秀で気が利いて勉強熱心な彼は、いずれ神官にと話があるのを聞いている。
神官も色々階級はあるが、人の為に直接関わる物ではない。
彼は目指す物が違うのだろう、それを蹴って医の道を歩いているらしい。
リリスは年下の彼を、とても尊敬していた。



メイスの側についていると、やがてセレスが部屋に帰り、居間にリリスを呼んだ。
椅子に向かい合って座ると、セレスが落ち着かない様子で足を組む。

「さてリリ、さっきガルシア殿と話をしてきたよ。
お前も準備でき次第、本城へ旅立つようにとこれを。必ずお前の手から、直接王に手渡すのだ。」

そう言って、リリスにガルシアから王への口添えの手紙が差し出された。
「えっ、あ、はい」
わかってはいたが急なことでリリスが息をのみ、震える手を出し受け取る。
その瞬間、セレスが彼の手を取り、そしてギュッと握りしめた。

「セ、セレス様……」

それは、本城の人々と戦うこと。
やもすれば、それはキアナルーサさえ敵に回す。
今乗り込んでも、味方が果たしているのかどうか、手打ちにされればすべてが終わる。

「キュアに鞍を載せられればキュアに、無理ならグルクを貸して下さるそうだ。
お前は乗ったことがないだろうから、騎手をガーラントがやってくれる。
あと、レナントから2人護衛に付けて下さることになった。
これはお前にガルシア殿の後ろ盾があることを意味する。安易に剣を向けることはなされぬはず、きっと彼らが守ってくれるだろう。
グルクなら、休みながらでも本城まで2日で着ける。
本当は、私が共に行った方がよいのであろう。私は真実を知っている。
……今は、まだその時ではないのかもしれない。本当は、もっとゆっくり事を進ませたかった。
だが、お前は行かなくては。
向こうにはセフィーリア様がいらっしゃる。
きっと力になって下さるだろう。」

「私は……子と、認められずとも……良いのです。」

「わかっている。」

「私は、母様と、ザレルを父とそれで……」

「わかっている。だが、お前が手にしなければならぬのは、成り行きとは言え世継ぎの印となっている物。
何とか説得せねば、道が開けぬ。」

「……私には、……私には、きっと………出来ません。」

声が小さく消えてゆく。
自信がない。
とても怖い。
どうして自分が指輪と目玉を手に入れなきゃ駄目なのか、よくわからない。
自分はただの召使いで、今後を考えて魔導を教えて貰って、家族をただ欲しくて……それ以上を望んでないのに。

「リリ、お前が指輪を手に入れることで火の巫子となる道は出来る。だがそれは、お前の意に沿う物ではないことはわかる。
しかし今はフレアゴートの力が必要なのだ。
リューズを押さえねば、あれはきっとアトラーナを滅ぼすだろう。
今は、ヴァシュラム様がリューズの力を押さえている。だからこそ、身動きが取れずにあの子を使っているのだ。」

「どうしてそこまで!なぜそのようなことをなさるのです!」

「それは……」

セレスが視線を落とし、唇をかむ。
いつも自信に満ちた彼の、そんな表情を見るのは初めてだ。
しかしセレスは顔を上げ、そして後悔に満ちた言葉を発した。

「すべては……私のせいだ。リリ、私が……」

「セレス様」

「話しただろう、その頃巫子は一人だった。
だからこそ、神殿同士の繋がりも深く、我らは助け合って人々を救うことにも全力を傾けていたのだ。
だからこそ、リリサレーンを救えなかったのは心残りでならない。
リューズはひどくこの国を恨んでいる。
精霊の国が精霊を利用することばかりを優先してきた、それが歪みを生んでしまったのかもしれない。
精霊には精霊の、人間には人間の、大切な物があり、しきたりがあり、その間を取り持つのが我ら巫子だ。
火の神殿を再興するかしないかは、お前とフレア様の気持ち次第だ。
だが、お前は一人ではないことをどうか忘れぬよう、精霊は、常にお前の横にいる。」

「は……い……」

大きくため息が出る。
リリスには、考える暇がない。
何もかもが急ぐことばかりで、あまりに重いことが肩に覆い被さってくる。

「私には、お断りしますと言うことが出来ないのですね。」

苦笑いで顔を上げる。
セレスが苦笑してリリスの隣に来ると彼の肩を抱いた。

「静かな生活が送れる時はまだ遠い、それは皆同じだよ。
リリ、イネスを頼む。
あの子はしっかりしているが、純粋すぎる。」

「セレス様も絶対にお帰りになって下さい。
約束です。」

「もちろん、私は死なないよ。
あの、メイスと言う子は一旦イネスに託す。だが、またリューズに利用されぬ保証はない。後ほど地の神殿に移るまでは何とか守ってやらねばな。」

「はい、私も急いで帰るようにします。
何とか、指輪と目だけは……せめてお貸し願えないかと……」

「それは無理だ、答えは返すか、返さないかの2つしかない。
フレア様は気まぐれだ、あやふやな事を言っていると手を貸してはくれないだろう。
王も同じだ、お前は火の巫子であることを貫き、返して貰うことだけを願うんだ。
国を救いたいという、強い意志が試される。
とりあえず、神殿の再興や世継ぎのことは後回しだ。」

「後回しに出来ますでしょうか。」

「こう言うの、問題の先送りって言うんだよ。
ひとまず、とりあえず、とにかく先に。ってね。」

「はあ……頑張ってみます。」

セレスがリリスの頭をポンポンと叩く。
そして椅子の背もたれにとまるヨーコ鳥を指さした。

「それとその鳥、異世界人だろう?良く話しをしているね。」

「え、はい、ヴァシュラム様の術で、一時的にこちらの世界へ……」

「わかっているよ。
済まないが今回、イネスの手助けをしてくれないか?異世界人にはこちらの魔導は効かない。イネスの力になって欲しいんだ。」

「え、ええーー!!チュンチュン!私いやよ!チュン!」

「そうだな……はっきり言うと、君がそばにいるとキュアが焼き餅を焼くかもしれないってことだよ。
言うことを聞かなくなっても困るだろう?」

「う、うーんそれは〜」

私、リリスの足手まといは嫌だわ。
むう、あっちも鳥だし、こっちも今のところ鳥だし……
これでアイとも会えると思ったのに。
でも……

「わかったわ、でも今回だけよ。」
「すまぬな、しかしイネスには心強い。
それでは、よろしくな。」




>>赤い髪のリリス 戦いの風27へ戻る
>>赤い髪のリリス 戦いの風29へ進む