桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 29

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85、

リリスは手紙を手に、セレスの部屋を出て自室へ戻り、後ろ手にドアを閉めて呆然と立ち尽くした。
ヘナヘナと座り込み、ドアにもたれてがっくりと手紙を見る。
何と書いてあるのか、上等の紙に蝋で封がしてある手紙がなんだか重い。

「なんか、疲れた。」

聞いた事もない弱気のリリスの言葉に、ヨーコが膝の頭に留まって顔を覗き込んだ。

「やめる?」

「そうですね、逃げたい気分です。」
「キアンが、力になってくれるかしら。」
「さあ、……王子に頼るのは、無理だと心にとめておきます。」
「ザレルは?騎士長なんでしょ?」
「ザレル……様には……ご迷惑はかけられません。」


帰ったら、父様と、勇気を出して呼ぼうと思っていたのに……それはご迷惑になってしまうな……
家にも、帰らない方がいいのだろうか、なんだかもう、自分の居場所がどんどん無くなっていく気がする……


かつかつかつ

足音が、背後で止まる。
ボウッとしていると、いきなりもたれかかっていたドアが開いた。

「うわっ!」

バッタリそのまま廊下に倒れ、寝たまま見上げるとガーラントが目を丸くしている。

「いかがなされた?」
「いえ、別に。ちょっと考え事を。」
「夕食に参りましょうか。それともこちらで召し上がられますか?」
「とんでもございません!食堂に参ります。失礼しました。」

慌てて飛び起き、ガーラントに頭を下げる。
するとなぜか、ガーラントは一歩引いて、先に歩くよう促した。

「どうなさったのですか?ご気分を害されたのでしょうか?」

「いいえ、巫子様とも……とも知らず、これまでのご無礼お許し下さい。」

いきなり頭を下げるガーラントも、王の子息と巫子のダブルでどう接して良いか迷っている。とりあえず一度非礼を詫びて、あとはリリスの判断を仰ぐことにした。

「は?えーと、えーと、私は何も変わっておりませんし、火の神殿などありませんから巫子は関係ございません。
ですので、これまで通り指輪のない魔導師と、セフィーリア様の使用人でお願いします。」

あたふたと、突然態度を変えたガーラントの後ろに立つ。
リリスの顔はなぜか青ざめたり赤くなったり、自分の身分の変化について行けず、混乱しているのが容易に見て取れた。

「くっくっく」

「私は真剣です!お笑いにならないで下さいな、変わらずよろしくお願いいたします!」
笑われてプイと腹を立て、むくれる顔なんて初めて見る。

「貴方も子供だったな、そう言えば。しっかりしすぎて忘れそうだったが思い出した。
では、失礼してこれまで通りに。」

「もう、早く食事に参りましょう。あ、そうだ。このガルシア様から王様へのお手紙はどういたしましょう。ご身分の高い方のお手紙など、どう扱って良いのかわかりません。」

「ああ、わかった。ではお渡しする時まで私がお預かりする。」

「そうして下さると助かります。なんだかすっごく重たいのです。」

「重い??手紙が?」

「ええ、石より重とうございます。さ、参りましょう。
そうだガーラント様、また旅になりますがよろしくお願いします。
グルクの騎手も出来るなんて凄いんですね。今度私にも、是非教えて下さいませ。」

「レナントの騎士は皆一通り出来るのだよ、ここは国境の町だからな。」

「どうしてガーラント様は本城へ?こちらのご出身なのでしょう?」

歩きながら、リリスが問うて彼を見上げる。
ガーラントはチラリとリリスを見て、ニヤリと口角を上げた。

「ザレル殿は、国の騎士達の目標なのだよ。
あの方のそばに少しでも近づけるならば、一度里を離れるのも良いかと思ってな。」

「ふうん、ザレル様はアイドルだったのですね?知りませんでした。」

「あ?あいど……る??」

「いえ、主人が人気者とは存じませなんだ。
私も、隠してた上等のお酒をこっそり飲まれても怒るのはやめます。」

「ザレル殿は、リリス殿を息子とお呼びになっていたが、リリス殿は父と呼ばれぬのか?」

「はい、主が使用人をどうお呼びになるのもご自由ですが、使用人の身分である私が父とお呼びするのは、……アトラーナでは……ルランでは無理です。」

「もう、身分の事は気になさらずとも良いのでは?」

「どうでしょう。火の神殿はありませんし、私も今さら巫子様などと、おこがましいばかりで……使用人の方がラクです。」

ふうむ。

ガーラントが腕を組み、リリスをチラリと見る。
使用人が巫子や王の子などと言われると、普通は少しは上を見るようになると思うのだがな。
欲のない何とも変わった方だ。

「リリス殿は、良い暮らしに興味はないので?」

「さあ……
術のアイデアが浮かぶのは無心で水くみしている時ですし、それを深く考えるのは床を掃除している時ですし……
良い暮らしとは使用人の上に立つと言うことでしたら、私には今のところ不要です。」

「無心になれるのは、何も水くみだけではないでしょう。」

「うーん、そうですよね。薪割りとか、もっと上手に出来れば他の事を考えることも出来るんでしょうけど、薪割りは難しくてザレル様にはヘタだといつも笑われます。
そうだ、私は帰ったら、剣の勉強をせよと言われてるのでした。」

「いや、そう言うことではなくて……」

リリスも、ではどう言うことかと見上げて腕を組み考える。
二人して渋い顔で悶々と考えながら歩いているうちに、食堂へ着いた。

「お?巫子様だぞ。」
「おやおや、巫子様だ。」

リリスを見て、皆がはやし立てる。
一体どこから聞きつけたのか、とりあえず王の子だと言うことは秘密のようだが火の巫子はばれているらしい。

「えと、騎士様と私の分のお食事をお願いします。」
いつものようにカウンターで頼むと、厨房の皆も顔を見合わせる。

「ここじゃ、みんなと同じしか出ませんぜ?」
シェフの親父さんが、ニイッと笑ってイヤミを言う。

「はい、私はただの下級魔導師でございますから、皆様と同じ物を食べます。」
ニッコリ微笑みながらも、なんだかどっと疲れが来る。

嫌われているんだろうか。
リリサレーンがこの身の内にいることは知れてしまったのだろうし。
そう言えば、うっかりしていた。

どう返事が返るかドキドキしていると、親父さんがにやっと笑った。

「座って待ってな、坊主。」

あれ?「はい、では。」
リリスが満面の笑みでうなずき、ガーラントの座る席に行き向かい合って座る。

「今朝はずいぶん偉いガキだと思っていたら、巫子様とはねえ。」

隣で食事をしている兵士が、にやけてこちらを見る。
周りの騎士や兵も、面白くないのか面白いのか、いや、面白くないのかもしれない。
身分が下だと思っていた子供が、いきなり身分の高い巫子だと聞かされたのだ。

「こんな所で食わんでも、お部屋でお食事なさればよろしかろうて。」

大きな声でつぶやく近くの席の騎士も、ジロリとこちらを見る。
リリスはキョンとして首をかしげ、そしてニッコリ笑って答えた。

「私、ただのガキですから。ご迷惑をおかけします。」

ぺこりと頭を下げる。
向かいのガーラントがプッと吹き出し、たまらずクククと笑う。

「ちぇっ、まったく澄ましたガキだぜ。」

肩すかしされて、兵や騎士達もひょいと肩を上げ笑っている。
そのうち食事が来て、シェフの親父さんがあとから小さな焼き菓子を色々袋に入れて持ってきた。

「そら、ただ者じゃねえガキにはおやつだ。」

差し出す袋からは、ほんのり甘い香り。
リリスがパッと顔を明るくして受け取った。

「えっ?!本当ですか?わあっ嬉しいです!凄い凄い!!わあっ!凄い、いっぱいお菓子が入ってる!本当に?本当に私が頂いてもいいんでしょうか?」

「あ、ああ、お前さんにお裾分けだよ。食ってみな。」

普通の菓子を見て、派手に喜ぶ様に皆が驚く。
リリスが一枚手に取り、大事そうに口に運ぶ。
サクサクかむと口の中でほろほろと溶けるクッキーが、何とも香ばしくて甘くて美味しい。
お菓子なんて本当に、この世界では滅多に食べられないので嬉しくて泣きそうになる。

「なんて美味しいんだろう、大事に大切に頂きます!ありがとうございます!」
「いや、そんなに喜んでくれるとは思わなかったんだがな。」
「お菓子って、滅多に食べられないのでとっても嬉しいです。こんなに沢山。」
「家じゃ、おやつくらい出ないのかい?」
「私は使用人ですから。お出しする事はあっても口に入れる事はありません。」

フェリアにお菓子を用意する事はあっても、それは自分の物ではないので食べるわけにはいかない。
小さい頃からつまみ食いではたいそう怒られてきたので、監視役のいない今でも食べる気がしないのだ。

「美味しい〜、嬉しいな。」

「お前さん、巫子を認めてもらいに本城に行くんだってな。やっぱり、火の神殿作るのかい?
偉い奴だぜ、俺あ影ながら応援するぜ。火はコックの命だ。火の神殿がこの精霊の国にないってのがおかしいぜ。
な?道中野営するって聞いたから、なんか作っといてやるよ。大変そうだがガンバレよ!」

「はい!」

悩みを忘れて満面の笑みのリリスに、やっぱり子供だなとガーラントが笑う。
お菓子の余韻を楽しむ間もなく、リリスが夕食を食べ始めると、食堂に今朝世話になったブルースがドタドタ走ってきた。

「よお!ここにいたか、巫子殿!
俺が供で本城に行くことになったので、よろしくな!」

「えっ!でもブルース様は隊長様じゃなかったでしょうか。」

「バーカ、レナントは一人二人抜けても構わんほど騎士はウジャウジャいるんだ。
俺のグルクはな、騎士の中でも一番になった最速だぞ。お前のあの火の鳥でも追い抜いてやるぜ。」

「追い抜いたら護衛にならん。」
ぼそっとガーラントがつぶやく。

「チッ、まったく面白くない男だな、ガーラント。
明日準備して、明後日早朝出発するぞ。よし、いいな!じゃ!」

「は、はい、よろしくお願い……」

慌てて立ち上がり、頭を下げて顔を上げた時は、すでにブルースの姿はなかった。
なんだかすごく嬉しそうで、ウキウキして見える。リリスはちょっと心配になりガーラントを見た。

「まあ、昔からグルクが大好きなんだ、あいつは。
しかしレナントではなかなか乗る機会がないからな。」

「はあ、でも出発を明日と仰いませんでしたから助かりました。」

「まあな、浮かれてるようでしっかり足を地に付けてる奴だから、隊長にも任命されるのさ。
明日は旅の準備をしなければな。
リリス殿はコートをどうなされる?買いに城下へ行かれるか?」

「あ、ああ……そうですね。」

空は確かに寒い。
でも、実はリリスはレナントへ来る時の騒ぎで、荷物を一切失ってしまったのだ。
服は一通りセフィーリアが用意してくれたが、金もないので不足分を買いにも行けない。

「大丈夫です。服を重ねて着て行きますから。」


と……

そう言った物の、不格好な姿で本城に行って、精霊や騎士長の主に……父と母に恥をかかせてしまわないだろうか。
自室に戻るとベッドに下着や服を広げ、全部重ねて着てみようと思う。

「あの偉い人にお金を貰ったら?王族だってわかったなら親戚でしょ?薄い物ばかり、これじゃ寒いわよ。」

ヨーコが椅子の背もたれに留まって首を振る。
どう見ても、防寒には遠いように思う。

「まあ、いざとなったら魔導で何とかします。」

「魔導って魔法じゃないんでしょ?本当に、大丈夫かしらねえ……チュッ」

ヨーコの心配もわかるが、その夜はそのまま床に入りとりあえず寝る事にした。
本城に帰ってからの事を考えると、恐くて眠れない。
何とかなる。何とか……ならなかったら?
どうにもならなかったら、その時は……どうすればいいんだろう……

大きくため息ついて、枕を抱いて足をバタバタしてみる。
そう言えば、昼の騒ぎからイネスを見ない。

お忙しいのだろうな。

そうして色々考えを巡らせているうち、やはり精神的にも疲れているからだろう、いつの間にか眠ってしまった。

86、

翌日、リリスは朝からセレスの部屋を尋ねた。
王からの返事が来たそうで、セレスは使者と供に隣国へ旅に出ると旅支度中だ。
メイスはようやく気がついたらしいが、彼の世話はカナンが続けて行うという事だった。

「イネス様は?どちらにいらっしゃるのでしょう。昨夜からお姿を拝見しませんが。」

セレスはルビーに着替えを任せ、装飾をつけて髪を解いてもらっている。
荷造りはすでに済んで、部屋のかたわらにまとめてあった。

「あの子は昨日から城の高台で瞑想してるよ。
ほら、結界の印の所。あそこはいい眺めだろう?」

「一晩中ですか?」

「心配ない、あの子は時々やるんだよ。一人になるから気を集中させて、地力を身体に巡らせてるんだ。
リリ、お前は旅支度で困ってる事はないのかい?」

「えっ、……えと、ありません。」

「困った事があったら、イネスやサファイアに言いなさい。カナンでもいい。
準備金もちゃんと貰えるから、遠慮無く言うんだよ。」

「い、いいえ!とんでもございません。私は、ガーラント様に相談しておりますから。」

「そうか、ならば良い。
リリ、指輪と目を手に入れたらフレアゴートを呼び、必ず守って貰うのだ。
キュアはリューズに奪われぬよう、常にお前の配下に置くように。
リューズが接触してきても気を許してはならぬ、お前は力を手にするまで身を守る事を最優先しなければならない。
リリサは気を許していたからこそ、身を操られてしまったのだ。
二度と繰り返してはならぬ。良いな。
お前の願う対話は、まだその時では無い。見極めるのだ。」

「はい。」

「ではまた後ほど、ルビー行くぞ。」

セレスは、身支度を調えるとルビーと供に部屋を出ていった。
ヨーコが腹立たしげに、頭をつつく。

「なんで言わなかったの?コートやお金に困ってますって。」

「……いいのです。何とかなりますから。」

何とかなるかわからないが、お金を下さいとは言いにくい。
今まで何かをねだった事なんて皆無なので、物怖じしてしまう。

勇気を出して、ガーラントに相談しようか……

思い悩むのはあとにして、奥の部屋にメイスを見に行く。
カナンはずっと世話をしているらしく、彼の側にいるキュアにも慣れたようだった。

「ほら、リリス様が見えましたよ。」

メイスは複雑な顔でリリスを見て、サッと布団で顔を隠す。
今までの事を思えば、どう接して良いのかわからない。
許して貰うべきなのか、このまま頼って良いのか、まだリューズを頼って自分に嘘をついてでも反抗するべきなのか、判断に迷っていた。

「良かった、やっと落ち着きましたね。
食事は食べられましたか?」

リリスの問いに無言のメイスに変わり、カナンが残念そうに首を振る。

「それはいけない。ちゃんと食べないと元気が出ません。さあ、少しでも食べましょう。」

メイスは無言で寝返りを打ち、リリスに背を向ける。
リリスはフフッと笑い、彼の背をそっとさすった。

「良かった、やっと手の届く所にメイスがいる。良かった。」

メイスがバッと飛び起きて、リリスをはねのけ睨み付ける。
腕に巻いた聖布がとけ、はらりと落ちて肘から下のない腕に息をのんだ。

「ひ……いっ!」

「メイス、魔導で作った腕は、術のバランスを失って消えたんだ。でも痛みはないだろう?大丈夫、傷は綺麗になっているから大丈夫だよ。」

メイスはガクガクと震え、そして力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。
カナンが慌ててその身体を支え、リリスも手伝いベッドに横たえさせた。

「も、もう駄目だ、もう駄目だ、もう……」

小さくつぶやく青い顔に、リリスが手をギュッと包む。
メイスはその手を振り切り、リリスをジロリと見て表情のない顔でつぶやいた。

「お前なんか、嫌いだ。死んでしまえ。」

リリスがキョトンと笑って、メイスの頭をゴツンと叩く。

「私も、あなた様にはひどい目に合わされました。」

そう言って、ボロボロに焼け焦げたリボンの切れ端をポケットから取り出して見せる。
それはメイスに貰ったリボン。
レナントに来る際、戦闘中にリボンは蛇に変わり、背を食い破って侵入し、身体の中を這い回ってきた。
ゾッとする感触、それだけを覚えている。

「だから、おあいこです。
メイスは嫌いでも、私は変わらずあなたが好きですよ。
だって、あなたは私の大切なお友達です。
あの日お茶を飲みながらなめた蜂蜜、美味しかったですね。
元気になったらまたお茶をしましょう、今度は美味しいお菓子で。」

そう言って、焼き菓子を数枚包んだ紙を彼の手に渡す。

「頂いたからお裾分け、メイスと半分こ。
とっても美味しいんですよ。」

メイスはそれをじっと見て、手を振り上げ床にたたきつけようとする。
でも、それも止めようとしない二人に顔を上げた。

「メイス、あなたの好きにすればいい。
あなたはもう、自由なのだから。あなたを縛る物は何もないのです。」

カナンが淡々とそう告げる。
メイスは振り上げた手をおろし、そして手の中の包みを開いた。
握りしめた為につぶれたお菓子が、形をいびつに変えてそこにある。
自分は、リューズにとってお菓子だったのかもしれない。
形を綺麗に成していた時は利用され、こうしてもろく崩れてからは捨てられた。

自分は今まで一体何をしてきたのだろう。

「私は、許されない……死んだ方がいいんだ。」

メイスの思い詰めた言葉に、言葉を返そうとするリリスを制し、カナンが前に出る。

「大罪を犯したならば、あなたはその倍を良い行いで返さねばならない。
人の為に尽くしなさい。
その為に生きるんだ。たとえ苦しくても。」

「私は今までだって苦しかったんだ。でも、それでもまだ、苦しむ為に生きろって言うのか?人の下で散々こき使われて、汚されて、それでも人の為にだって?」

「ええ、そうです。生きなさい。」

「神殿で不自由なく生きてきて、何を偉そうに言う。」

「苦しんでいるのは、あなただけではない。私はそう言いたいからです。」

そう言ってカナンが上着とシャツを脱ぐ。
それは昨日一部を見て知っていたリリスも驚くほど、首から下の左半分が、胸から腹まで焼けただれ引きつったケロイドに覆われ、目を背けたくなるほどのひどい傷跡だった。

「私は5歳の時、家が焼けて両親と祖父母、そして妹と5人の家族を亡くしました。私はきっと、普通なら死んでいたと思います。
でも、ちょうど村近くを訪れていらっしゃったセレス様に救われ、こうして生き延びてしまいました。
それでも左手は半分しか挙がらず、暑い夏場は傷跡が熱くて水浴びが欠かせません。
私は生きているのが苦しくて、泣きながら何度も窓から飛び降りようとしました。
でも、私はその苦しみを負いながらも生きねばならないのです。
なぜなら、家に火を付けてあの優しかった家族を焼き殺してしまったのは私だからです。」



絶句したリリスとメイスが、言葉もなく立ちすくむ。
それ以上の不幸がどこにあるのか。
口を開きかけて、そして閉じた。
リリスが一つ息をつき、そして歩み寄るとカナンに服を着せる。
前の合わせを閉じ、服を整えて彼の身体を抱き寄せギュッと抱きしめた。

「私は、火の巫子だと言われました。
だから私は、詫びねばなりません。カナン様。」

「いいえ、あなたが詫びる必要はありませんリリス様。
あの時の事は良く覚えています。
夜中皆が寝静まっている時、ぐずって起きてしまった妹に本を読んで上げようと、台所の残り火でろうそくに火を付けました。
あれほど一人で火を使ってはならないと言われていたのに。
そして、本を読んでいる途中でそのろうそくが倒れてしまったのです。
私は、火が付いた事を皆に伝える事を忘れて、必死で一人で消そうとしました。
私はその時、ただ……ただ両親に怒られるのが恐かった。
でも、火は本を燃やし、服に移り、寝具へと広がり、そして手に負えなくなると、私は一人で逃げたのです。
小さな子供とは言え、私は身がすくんで動けないでいた妹さえも、熱さと恐怖で見捨てて逃げてしまった。
燃え広がる火の中、妹の小さな手を離してしまった自分を、私は一生許さないでしょう。
メイス、私も生きなければならないのです、人の為に。それは自分の為でもあります。」



ポタポタと、メイスの目から涙がこぼれ落ちる。
手を震わせ、しゃくり上げながら途切れ途切れに、今まで胸にしまっていた言葉を吐いた。

「私は……私は、恨んで恨んで……くやしかった。

家族……みんな病気で……どうしていいのかわからなくて。
私は……僕は、何も出来なかった!苦しんでいたのに、うつる病気だと医者にも来てもらえなくて!
誰も助けてくれなかった!助けてって言ったのに!!
父さんも母さんも、婆様も、みんな次々死んでいったのに!
村の人は…………そして……何とか葬儀だけでもと頼んだ僕を無視して、そのまま家に火を付けたんだ。
病気を恐れて、井戸も埋めて、僕には村を出ていけって……
でも僕は、家の焼け跡から離れる事が出来なかった。
あれは、家族の墓なんだ。あれは……
僕は、毎日水と食べ物と寝る場所を探してさまよった。
虫のように追い払われても、石を投げられても……
僕は、あの村の人が……この国の人が許せない!」


カナンがメイスを胸に抱き涙を流す。
リリスも二人を抱いて、涙を流した。

不幸と不運と人の過ちの重なりが、一人の人生を狂わせてしまう。
そこに救いがあるか無いかで、歩む道を踏み外してしまった。
神殿は、アトラーナの人々の救いの場であり、学びの場であり、導きの場である事をリリスは地の神殿に通って良く知っている。
地の神殿がなかったら、今の自分はあり得なかった。

もし、メイスが神殿に助けを求めていたなら……
家族を救えなくとも、一人残ったメイスの心を癒す事が出来たのかもしれない。
心の中で、リリサレーンが泣いている。
自分やカナンは地の神殿に救われた。

ならば……


リリスが顔を上げる。
自分は今まで、自分の事ばかり考えて術をひたすら磨いてきた。
自分はこれから、人の為に術を磨き精進しなければならない。
国の力で、一人一人を救う事が無理なのならば……

火の神殿の再興を。

出来るだろうか、自分に。
それで人が救われるかなんてわからない。
人を救うなんて、このちっぽけな自分がおこがましいけど、心の支えになるならば。

その為に、指輪とフレアゴートの3番目の目を手に入れなければ。
リューズがもし火に関係する術師であれば、和解して共に火の神殿を再建出来ないだろうか。

「私は、やらねばならない事が見えてきました。」

リリスが二人に力強く語りかける。
不安と迷いで揺らいでいたリリスの心が、強く一つに固まった。

87、

ミューミュー、ミューミュー

この世界の馬である大型の猫のミュー馬の声が城中に響く。
城の中庭に、隣国の使者達が旅支度を済ませ集まっていた。
ミュー馬が十頭ほどに一頭立ての馬車が2台。
途中の野営の為に食料を積み込み、交流して親しくなった兵が歓談を交わし別れを惜しむ姿も見えた。

ガルシアに挨拶を済ませたエルガルドが馬に乗り、手を上げる。
その後ろで、ルビーと共に馬に乗るセレスがイネスに手を挙げた。

「兄様!どうぞご無事で!」

「後を頼むぞ。」

セレスの無言の視線を受け、リリスも頭を下げて見送る。
名残惜しく手を振って見送るイネスの後ろで、リリスはサファイアを見上げた。

「あの、ルビー様のおけがは大丈夫なのでしょうか。」

「ええ、ご心配なく。セレス様の癒しはたいそう効くらしいのですよ。
リリス様も明日は旅立ちでしょう、イネス様も気を落とされなければいいのですが。
そう言えば、何か困ったことがございましたらお気兼ねなくおっしゃって下さい。」

「え、いえ、大丈夫です。特に何も……」

「グルクでしたら、コートはお持ちですか?
イネス様のコートをお貸ししましょう。」

「い、いえ、あの……」
ドキッとリリスが視線をはずし、うつむいた。

どうしよう。
貸して下さいと言って良いのか、イネス様もお使いになる時困られるだろうし、自分があの真っ白なコートを着るなんて身分違いも甚だしいし……

「リリ!」

気がつくと、イネスが腰に手を当て怒った様子で目の前に立っていた。

「お前はー、また遠慮しているな!
サファイア!俺のコートをリリスに渡す、……いや、待て、破魔の術を強化して渡すから準備しておけ。
あと……えーと、いくらか金貨も用意しろ、旅にはお金がいる時もあるんだろう?他に必要な物があれば、準備に手を貸してやれ、いいな!
お前の荷物は腰の剣だけじゃないか、毎日同じ服着てるくせに、強がってんじゃない!」

なんと、

リリスが呆然とイネスの顔を見る。
そこまで気がついていたとは、気がつかなかったのだ。

「はい、イネス様。」

嬉しくて、リリスが明るい顔でニッコリ笑う。
しかしイネスは内心くやしい、そう言う身の回りのことに自分は疎い。
気が回らなかったのが、なんだかくやしい。
兄宣言したんだから、なんでもしてあげたいのに。

「でも、イネス様がお困りに……汚してしまうかもしれませんし。」

「俺はコートを使う予定は今のところ無い。
コートは神殿に帰れば何枚も持ってるんだ、真っ黒になっても、真っ茶色になっても構わん。
それにアレには強力な護符の術を織り込んで作ってある、今のお前には必要な物だ。
それと……お前が必ず無事にここへ帰ってくるように、俺の願掛けだ。」

「イネス様……
リリスは必ず、指輪を取り戻して帰って参ります。」

「いいや、指輪なんかどうでもいい。
お前が必ず無事に戻るんだ。いいな。」

「はい。」

イネスがリリスの頭を両手でくしゃくしゃに撫でてニッと笑う。
そしてくるりときびすを返し、城内へと戻っていった。

「服は侍女のリリーダ殿に頼んでいるのだが、コートは巫子殿の物が良さそうだな。」

「えっ!」

リリスが振り向くと、ガーラントが彼の背に手を置きどこかへと歩き始める。

「俺は実家がこちらにあるので不足はないが、貴方はお困りであろうと思ってな。
今日はグルクや荷物の準備と、本城までのルートを話し合うようにしている。
空の旅は地面と違って、天候に左右されやすい。日の向きだけが目印だから、慣れてないと迷いやすいんだ。」

「気を使っていただきありがとうございます。
なるほど、そうですね。私はいつも精霊が教えてくれるので、気がつきませんでした。」

騎士であるガーラントが、そこまで気を回すことが出来るというのも珍しい。
リリーダと言う侍女が、助言してくれるのだろうか。

「リリス殿!」

ミランが、一緒にいたギルバの元を一礼して離れ、こちらに駆けてくる。
息を切らして笑みを浮かべ、二人に頭を下げた。

「明日、お供をする事になりました!
ブルース殿のグルクに同乗させていただきお守りいたします。どうぞよしなに。」

「それは……どうぞよろしゅうお願いします。
でも私などの為に……ミラン様はこちらでお忙しいのでは?」

「何を仰います、私などここでは無駄飯食い。
リリス殿に是非お供したいと思っておりましたが、なかなか言い出せぬ所をギルバ様が口添えして下さいました。
自分の分までお守りせよと言われております。
この命かけて、お守りさせていただきます。」

リリスの胸に、ミランの言葉が染み渡る。
ミランにはずいぶん世話になった。
何かお返ししなければならないのは自分の方なのに。

「どうか……よろしゅうお願いします。
私も命をかけてお守りいたします。」

リリスのちっとも変わらない言葉に、ミランがキョトンとしてプウッと吹き出した。

「本当に、あなたという方は。
皆あなたを守る為に共にゆくのです。われらにたとえ何かありましても、あなただけは生きていなければなりません。
あなたは我らを命がけで守る必要はないのです。
良いですか?我らの仕事は、あなたを守ることです。どうか心して下さい。」

「でも……」

「でもは必要ありません。我らは騎士なのです。お守りするに値するお方を、命をかけてお守りすることこそ本望。」

見上げるリリスに、ガーラントも大きくうなずく。

「わかりました。ではしっかりと守られることに精進いたします。」

「あはは!変な会話ですね。これからどちらに?」

「姉にリリス殿の服や旅の準備を頼んでいたのだ。侍女の支度部屋へ行くのだが……ミラン殿にお頼みしても良いだろうか。
俺はキュアとグルクの準備をしたい。」

「リリーダ様ですね?わかりました、では私がお連れしましょう。お任せ下さい。」

リリスの杞憂もウソのように、周りがきちんと旅支度を進めてくれる。
ガーラントの姉リリーダは優しく明るい人で、知り合いの同じ年頃のお古やガーラントの少年時代に来ていた上等の上着など沢山持ち込んでいて、他の侍女達やミランにも付き合ってもらい、あれこれ着てみて数枚を選んだ。

その後ブルースとガーラントが準備をしているグルクとキュアの様子を見に行き、一日を慌ただしく過ごして準備を万端に済ませた。

「ああ、なんか準備だけで疲れた。」

夕食を取りながらぼやくリリスに、ブルースがワッハッハと笑う。

「貴方は旅慣れていると聞いたが、俺とミランは長旅は初めてだ。
風の息子殿なれば、道を迷うこともあるまい。
当てにしてるぞ!」

「子供を当てにしてどうする、まったく……
早さ自慢なだけで使えない男だ。」

「なにい、空じゃもちろん俺が先に行くぞ!」

「お前に前が任せられるか、俺が先を行く。」

話し合いでもじっくり考えるガーラントと、あっさり事を進めようとするブルースとで、なんだか時々話がかみ合わない。
それでも旧知の仲らしく、仲はいいような悪いような微妙な二人に、リリスとミランが顔を見合わせクスッと笑う。

肩に留まるヨーコが、嬉しそうにチュチュッと鳴いた。

「なんだか、来る時とは全然違うわね。とても大事にされてる感じ。ね、良かったね、リリス。」
「はい、ありがとうございます。」

食事をしながら、確かにそうだと思う。
来る時は、魔導師とは名ばかりで結局都合のいい下働きと同じだった。
自分に魔導の力が無ければ、一緒に馬車に乗っていたあの少年たちのように死んでいただろう。

本当に、運が良かった……

でもそれが、これからも続くとは思えない。
本城は、こことは雲泥できびしい所だ。ひたすらまた、頭を下げて、少しのミスもないように気を使っていればいいことなのに、気が重い。

いいや、今度はそれだけでは済まされない。
自分は、この命をかけて交渉しなければならないのだ。
王家の宝物を、こんな自分に譲って貰えるなんて確率はゼロに近い。
玉座を狙っているのではないかと思われたら、そこで終わりだろう。
取り押さえられ、首を落とされる自分の姿が目に浮かんで、血が下がるように背筋がずんと来る。


首を……切られる時って、痛いのかな…………罪人の死体って、どうされるんだっけ……


顔を上げ、夕暮れの空を窓から見上げる。

せめて、死ぬ時には産んでくれた母様を一目見てみたいな……

リリスはぼんやり思って、風の精霊達が戯れ流れる雲を見つめた。


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