桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 3

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7、

王はまだ姿が見えず、横に並ぶ貴族や兵と、ただ玉座だけが一行を見下ろしている。
ザレルが先頭に膝をつき、その後ろにリリスが床に伏して頭を下げる。
そしてその後ろに男女が並んだ。
リリスの胸が高まり、不安と交差する。
父親が王だと聞いてからも、一度も会ったことがない。
たとえ冷たい顔をされても、それは仕方のないこと。覚悟を決めておかなければ。

「王のお越しでございます!」

どこからか声が上がり、皆が一斉に頭を下げた。
床にひれ伏すリリスの耳に、衣擦れの音と共に重い足音が響き、やがて玉座へ座る音が届く。
しかし初めて対峙した父親の顔を見る勇気が出ない。
手が震え、じっと床を見つめていると、王の側近がリリスの頭にバサリと布をかけた。

「ザレル、何用か。」

「こちらは風の魔導師リリスでございます。
どうか王子のおそばにお仕えしますことをお許し下さい。」

「ふむ」

久しぶりに聞く王の声は、どこか生気が無く張りがない。
荒い息を漏らし、病に冒されているのかと訝しく思い顔を上げかけると、王が不機嫌にドンッとしゃくで床を鳴らした。

「呪われたその姿、気味の悪い物を見せられ不愉快きわまりない。ザレルよ、何が望みだ。」

「このリリスは、王子のために仕える所存。魔術では右に出る者のない魔導師として、きっと役に立ちましょう。」
「何故役に立つと思うのか。」
「はい、隣国のトランとの折衝には、これ以上の味方はありますまい。隣国にはリューズという正体のわからぬ魔導師が、常に王や王子のそばに仕えているとか。惑わされぬ為にも、このリリスはきっと王子のお力になりましょう。」

「この、拾い子の下賤な者をこれ以上置いてなんとする。ますますうわさに火を付けよう。ベスレムより生まれ出たこの奇妙なうわさ、不愉快きわまりない。
今こそそれを断ち切る良い機会ではないか。

兵よ!この者の首をはねよ。」

兵がズイッと前に出る。


「お待ちを!」


ザレルが立ち上がり、リリスの前に出た。
「このアトラーナの危機を、乗り切ってこそ王子の王として力量を計られましょう。
ラグンベルク公に認めて頂くためにも、何よりアトラーナのためにも!
それには魔導師の力が必要なのです。」
「魔導師は他にもおるではないか。何故お前はその者に固執する?まさかお前まで……」


ドーンッ!


ザレルがカッと目を見開き、地響きを上げ一歩踏みだした。
その気合いに気圧され、まわりの貴族達が思わず身を引く。

「王よ!我が眼、ご覧下され!この眼に曇りが見えるとおっしゃるならば、この場で取り出してご覧に入れようぞ!」

吼えるようなその言葉に、王がガクガクとうなずいた。
「わ、わかった、お前の好きにするがよい。
だが、その魔導師が少しでも怪しきそぶり見せたなら、即首をはねる。良いな。」

「よしなに。良いなリリスよ、お前も心せよ。」
「はい、この身も心も、王子のため一つに捧げて参ります。」
リリスが布をかけた頭を下げる。
王が冷たく見下ろし、そして立ち上がった。
「よい、城内でその布はずすことを許す。だが、伏せっておる后の前にその呪われた姿を見せることは許さぬ。」
驚いて、側近が王の前に出る。

「王よ。ですが、あまりにもこの者の姿は不吉です!このような時に、なにか悪いことを呼ぶのではありませんか?」

不安に側近達がざわめき、ヒソヒソとささやき合う。
王がそれを一掃するように、大きく手を振った。

「凶事を呼ぶなら殺せ!殺されるのがイヤなら凶事さえその魔導で跳ね返して見せよ!
キアナルーサこそ次の王、その命をかけて守るのだ。」

「はい、この命をかけて。」

リリスが額を床にすりつけ、そして顔を上げた。

「あ……」

布がスルリと落ち、ふと、王と目が合い見つめ合う。
一瞬の静粛が2人の間に生まれ、そして無言で目を逸らし王はそのまま奥へと消えて行く。
初めて、リリスは本当の、あれほどこい願った父の顔を見た。
自分を殺しても、弟であるキアナルーサを王にしようとする父に。

似ている?いいや、似てはいない気がする。

いや、違う。
私には、この世に血の繋がった者などいない。
師である母上だけが、私の親なのだ。

胸の中で何度も自分に言い聞かせる。
胸が、えぐられるようにズキズキと痛んだ。

8、

「王子の元へ行こう。」

「え……?ええ。」
ザレルに促され、奥へと案内される。
リリスが終始無言で、うつむき何か考えている様子にザレルがポンと肩に手を置いた。

「つらいか?」
「いいえ、この姿をさらすことをお許しになったのは、意外でした。」
「まあ、そのうち皆慣れるだろう。気にするな。」
「そうですね、あの無口なザレルもこれほど話されるようになられたのですから、私も変わらなくてはなりません。」

クスリと微笑んで、ようやく顔を上げる。
ザレルがキョトンとしたあと、ニヤリと笑ってゴンと頭を小突いた。

「いた!」
「口の悪さは相変わらずだ。」

ザレルはセフィーリアと暮らすようになって、ずいぶん性格が柔らかくなったように思える。
リリスも少し、それが嬉しい。

「で、あれから母上様はお帰りになられましたか?」
「まだだ。時々風と共に現れるが、隣国との境が気になるらしい。」
「そう、ですか。」

国を守護する風の精霊王ドラゴンである母セフィーリアは、早くに隣国の気配を察知して風となり国境付近へ向かった。
死ぬことはなくても、やはり心配だ。

「リリス!」

突然声が響き、奥からキアナルーサが駆け寄ってきた。

「王子!お久しゅうございます。」

リリスが立ち止まり、胸に手を当て頭を下げる。
キアナルーサはしばらく見ない間にずいぶん背が伸びて、ぽっちゃりしていた以前よりも少し痩せ、男らしくなっていた。

「良く来てくれた!さあ、僕の部屋に来るがいい。」

キアンの思っていたより元気そうな様子に、リリスも微笑んでうなずく。
駆け寄ってきたキアンは以前よりも更にリリスより高くなって、少し見上げねばならないほどだ。
そばかすも薄くなり身体に筋肉も付いて、しばらく見ぬ間に立派になられたと嬉しくなった。

「なんとご立派になられて。王子もお健やかな様子でリリスも嬉しゅうございます。」
「リリスは相変わらず痩せたチビだな、同じ年とは思えぬ。」
「申し訳ございません。」

謝るリリスも変わらない。
キアンはホッと息をつき、部屋へと招き入れた。

「では、お茶菓子など準備して参ります。」

キアンの背後にピッタリと歩く、キアン達より、2,3才年下の少年が頭を下げる。
彼は身の回りの世話をする従者なのだろう。
身なりは綺麗だが、荒れた手が昔のリリスを思わせる。

「ああ、ゼブラ。美味しいお茶を頼むぞ。大事な友人なのだ。ザレルは目障りだ、下がって良い。」

ヤレヤレと苦笑して、ザレルが頭を下げ足を止め下がっていく。
しかし部屋に入ったとたん、キアンが突然リリスに抱きついてきた。

「リリス!」

「ど、どうなさいました?」
「どうしよう!どうしよう!また叔父上が僕を失脚させようとしているんだ!ドラゴンたちも、僕を見放そうとしてる。僕は、きっと王になれない。」

ボロボロ涙を流し、鼻を赤くして押し殺すように泣き始めてしまった。

「王子、そのようなこと……聞けば国の大事の時、公が国を乱すようなことをなさるはずありませぬ。」

どうしたものか、リリスがそうっとキアンの背中を撫でる。

「でも、叔父上の使者が来た時言ったんだ。フレアゴートが重大な事を告げた。
それが真実なら王位継承者は別にいると。」

『赤き髪の少年こそ真実、次代の王だとフレア様は言っておられる』

酒の席で思わずこぼした使者の言葉を、遮るように王が笑い飛ばし、そして翌日早々に追い返してしまった。
しかしそれはドラゴンの言葉のこと、普通なら真実と疑わない。キアンもそうと知っているだけに、大きくうろたえてしまった。
そしてそれから、皆の心には大きなわだかまりが生まれてしまったのだ。



そっと、部屋から離れた廊下の突き当たり、階段の影からそうっと少女が耳を立てる。
彼女はキアンより3つ下、2人の妹のうち下の妹だ。
上の妹は、子のないレナントへと養女に出された。行く末は、また親類を婿にとってレナントを納めることとなる。
王位継承権は男性のみのアトラーナであるが、血族での婚姻を繰り返した為か死産も多く、男子に恵まれないのが最大の悩みであった。

「ミレーニア様、このようなところで立ち聞きですか?」

「きゃ!」

部屋に置いてきたはずの侍女が、後ろで息を切らして目をつり上げている。

「まったく、コッソリ抜け出されるなんて、ルールーの首をお切りになさるおつもりですか?」
「ほら、この兄上以外の男の子の声が、うわさの魔導師でしょう?なんでも不吉な姿をしているとか、見てみたいわ。」
「なりません、戻りましょう。見ただけでどんな災いが降りかかるか。考えただけで恐ろしい。」
「ルールーは恐がりね。魔物の姿の人間なんて、どんなに醜いのか見るのも楽しみだわ。
絵本のリリサレーンのように、きっと長い鼻が曲がって口が耳まで裂けているのだわ。
兄上も物好きよね。」

「まったく、物好きでございますな。」

また背後で声がして、ミレーニアが飛び上がった。

「なんだ、ルーク?お前も兄上に仕えるの?」
「ま、それはご依頼があれば。
私は城の魔道師長ゲール様から、あの赤い髪の魔導師を連れてくるよう言付かってきましたのでね。」
「なんだ、お前直々に?下男はどうしたの?ものぐさルークが今日はよう働くこと。」

ルークが、この物怖じしない王女にクスリと笑った。王家で飛び抜けて明るい王女だ。
ルークの目には、彼女は美しく黄金色に輝いている。

「皆気味悪がって来たがらないのですよ。顔色を変えてうなずく彼らが可哀想でね。」
「ウソばっかり。面白いからでしょう?」
「フフフ……」

まったくと言いたそうに笑い、キアンの部屋へと向かう。
ワクワクして隠れて待つ王女が様子をうかがっていると、やがてキアンに見送られルークのあとを赤い髪の少年が部屋を出てきた。

9、

「では、しばしお暇いたします。」
「ああ、話しの続きはまた後で。……おや?なんだミレーニアじゃないか?」

チョイチョイ顔を出していた王女を、キアンがめざとく見つけて声をかける。
リリスは王女の名にサッと身を返し、膝を付いて頭を下げた。
ミレーニアがぺろりと舌を出し、仕方なく顔を出した。

「見つかってしまったわ。ごきげんよう兄上。」

ドレスをつまみ、ぺこりと挨拶する。

「どうせお前のことだ、リリスを見に来たのであろう?母上に止められているだろうに困った奴だ。」
「あら、はしたない。見に来るとか、そのような事ありませぬ。お兄様にご挨拶をと思っただけよ。」

と言いつつリリスを覗き込む。

「ふふ、まあいい紹介しよう。これが先の旅で世話になった魔導師のリリスだ。
まだ若いがなかなかの物だぞ。」
「これはお初にお目にかかります、ミレーニア様。しばらくこちらにお世話になることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。」

リリスが少し顔を上げて微笑み、そしてまた深々と頭を下げた。

なんと可愛い王女。
これがキアン様の……私の、妹…………

「ふうん、お前があのうわさの?お兄様もお人の良いこと。」

訝しい顔で、ミレーニアがリリスを見下した。

「まあ、なんと気味の悪いリリサレーンのような髪、不吉な。叔父様は夢でもご覧になったのかしら。フレア様の言葉を鵜呑みにするなんて、戯れ言に構っていられるほどヒマなんだわ。
聞けば召使いか奴隷の出とか。よく魔導師になれたこと。お兄様、成り上がりを近くに置くのは良いこととは思えませぬ。」

「口の悪い、誰からそのようなことを聞いた?可愛くないな。」

「だって気味が悪い。フレア様や叔父様のお言葉がどうにも解せません。今、お兄様に悪いことがあったら大変だわ。」

「悪いことなど無い。何を言う。」

「この者は一時ベスレムにいたと聞いております。叔父様だって、この子を懇意にしたために何か言いくるめられたに違いないと思いません?きっと口の上手な詐欺師よ。」

冷たい言葉に、リリスの胸がズキンとうずいた。

気味が悪いなんて聞き慣れた言葉なのに、血の繋がった者の言葉はなんて重いんだろう。
そうか、ヴァシュラム様が言った別の意味で地獄とはこのことか。
あれほど探した本物の家族を前にして、名乗ることもできないとは……
ましてこの姿をさらすことの、不信の目を受けることのなんと苦しいこと。


「お前、顔を上げよ。その醜い顔をよくお見せ。髪の色ばかり目について、お前の顔をよく見なかったわ。」

ミレーニアが、キアンのかたわらに来て身を乗り出す。
しかしもう、リリスは顔を上げることが出来なくなった。

「どうか、お許しを。」

色違いの目を、見られたくない。
きっと髪より悪い印象を与えるだろう。
皆この目を見ると、とてもいやな顔をする。
今更ながら、どうして自分はこんな姿で生まれてきたのかと、本当に呪われているんじゃないかとさえ思えて心が暗くなる。

「いいからお見せったら!もう!」
「どうか、どうか……」

ギュッと目を閉じ、ますます深く頭を下げる。

「ミレーニア、もうそれ以上リリスをいじめるな。さあ、リリス行け。」

キアンが彼の背を押し、ルークの元へと押しやった。
ルークがキアンに一つ礼をして、先を歩き出す。

「まあ!せっかく見に来たのに!ルーク!」
「またのちほど、お楽しみに。」
「意地悪!」

ぷいぷい腹を立てる王女に、ルークが笑う。
廊下を歩きながらチラと振り返り、片手で顔を押さえうつむいて歩くリリスに、歩きながらルークがボソリとつぶやいた。

「来るんじゃなかったと、後悔しても遅い。」

「そのようなこと……思ってはおりません。」

リリスはハッと我を取り戻し、そして顔を上げて真っ直ぐ前を向いて歩き出した。

「元より覚悟の上。生まれたときより悪魔だ魔物だと言われて育ちました。
今更傷つくことなどありません。
王子のお悩みを思いますと、私の悩みなど些細なことです。」

きっぱり言い放つ彼にキョトンとルークが呆れ、そしてプウッと吹き出した。

「それじゃ、私はお前のことを赤ネズミとでも呼ぼうか。招かれざる魔導師殿。」
「お好きに。」

ひどい言葉にも、リリスが顔色一つ変えずに返した。

「冗談だよ。
リリ……リリスとは女の名のようだな。フルネームは?家の名はなんというのだ?」
「親のない召使いに家の名などありません。
リリスとお呼び下さい。名を呼んで頂けるのでしたら。」

セフィーリアとの親子関係は、個人的なことだ。元よりセフィーリア自身人間ではない。
ザレルの養子にと話しがあったが、城付き戦士の彼に身分違いの縁組みなど城の許しは貰えなかった。
いまだ正式には、彼らの使用人だ。

「少女のような見かけと違って気の強い奴だ。面白い奴。」
「少女は余計でございます。いっそこの髪、そり落としてしまいましょうか。」
「あはは、そりゃいい。髪を落として神に仕えるか、その悪魔の姿で。」
「フフ、おたわむれを……」

ルークは、初めて会ったときより穏やかに見える。
まわりは理解のない者ばかりの中、ほんの少しホッとして話していた。
やがて城の中でも東の塔へと導かれ、らせんの階段を上がり始める。

「ああ、いつ来てもこの階段は苦手だ。目が回る。」
ブツブツ文句を言いながら上がって行くと、やがて階段が途切れた。

「ルーク様、お手間を取らせ申し訳ありま……ヒッ!」

出迎えたリリスと同い年ほどの浅黒い肌に金髪碧眼の少年が、リリスの姿に息を飲む。

「お初にお目にかかります。風の魔導師、リリスにございます。」

リリスは落ち着いて穏やかに微笑み、そして深く頭を下げた。
「来るのはわかっていたろう、無礼だぞ。」
息を飲んだ少年に、ルークが睨め付ける。

「も、申し訳ありません。お姿に動揺してしまいました。
小さい頃より、ババ様に昔話しを聞かされ育ったものですから。」
「お優しいおばあさまだったのですね。」
「えっ!ええ、よく色々な昔話を……申し訳ありません。どうぞこちらへ。」
「ありがとうございます。」

塔の何階だろうか、そのフロアを抜けて開けられたドアの向こうに、また階段が現れる。
それを上がるとまたドアが現れ、少年がコンコンと小さくノックした。
「メイスでございます、お客人をご案内いたしました。」

内から音もなくドアが開き、目つきの鋭い男が顔を出す。
ゆったりしたローブに杖を持ち、城の魔道師の1人だろう。
リリスが硬い表情で頭を下げると、男がドアを開け中に入るよう手で招いた。
ルークが先に入り、そして部屋の奥に頭を下げる。
リリスも息を飲み、後に続いて足を踏み入れる。
サッと温かな風が緊張した彼の顔を撫で、赤い髪を舞い上げた。



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