桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 30

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88、

その夜、リリスは休む前にメイスの元へ、セレスが留守をしている部屋へと赴いた。
部屋の前には、相変わらず兵が神妙な顔で二人番をしている。
二人には軽くお辞儀して迷いながらノックをすると、間を開けずにサファイアがドアを開けた。

「あれ?部屋はお隣では?」

「イネス様がこちらへ移られたのです。どうぞ、イネス様は寝室で瞑想中ですのでお静かに。」

「はい、それでは失礼します。」

リリスがそっと中へ入り、メイスの部屋へと通される。
カナンは疲れも見せず、にこやかに笑ってメイスとひっそり話を交わしている様子だった。

「おや?少し元気が出たのですね?」

「ええ、先ほどイネス様が癒しを行なわれたのがとても効いたようです。
イネス様の癒しは、自然と一体化することでとても身体に優しくて回復も早めますから。」

メイスは腕の痛みが減って身体もラクになったのが幸いしたのか、顔つきも穏やかになっている。
カナンが十分に世話をしてくれるおかげで、心も落ち着いたのだろう。
しかしメイスも今朝のこともあり気まずいのか、リリスの顔を見ると布団に顔を埋め未だ戸惑って見えた。

「メイス、あなたは時が来ましたら地の神殿で修行をしなくてはなりません。
あなたは巫子なのだそうですよ。恐らくは火の関係だと思うのですが、フレアゴート様に尋ねなければ私にもよくわからないのです。」

「それは昨夜、セレス様からお話が。
メイス様も地の神殿で修行を積まなければならないことは、お聞きになりましたね?」

メイスが布団の中でこくりとうなずく。

「でも……自信……ない……」
小さな声が、布団の中でぽつりとした。
急な話で戸惑っているのは、メイスも同じなのだ。

「どうやら私も火の巫子なのだそうです。
私は明日から旅に出て、本城へおもむき火の巫子のお許しを得てきます。
それで隣国の魔導師様の事も、道が開くかも知れません。
まだ何も、わからないのですが……
火の巫子として、何か引き継ぐ物など何も残っていないのは不安です。
ですが、魔導師としての知識と、地の巫子様から授かった知識とで、何とかなると思うしかありません。
それと……
事が落ち着いたら、もう一つやるべき事が出来ました。
巫子が許されたら、火の神殿の再建を願い出てきます。
それが叶うか叶わないか、今の私にはわかりません。
恐らく……一笑に付され終わってしまうでしょう。
でも、もし叶う時には、メイスにも手伝って欲しいのです。だから、頑張りましょう、すべての為に。」

「すべて??」
メイスがようやく顔を出す。

「ええ、あなたの為、そして私の為。
困っている人の為、救いを求める人の為、すべての人、そして精霊達の為に。」

「そんな……無茶な……」

メイスが苦笑して冗談ごとと眼をそらす。
リリスはしかし笑って彼の頭をなで、大きくうなずいた。

「その何分の一でも実現できたらステキでしょう?
でも……城の援助は受けられないと思います。
きっと、身分は認められず、最初は貧しくて食べるにも困るかもしれません。
でも、それでもいつか、皆さんに受け入れられ心のよりどころとなると思っています。
実現できなかった時は、地の神殿でお世話になりましょうか?
一緒におふだを売りましょう。」

「おや、おふだを売るのも大変なんですよ。
計算間違いすると、一人で外来者用ご不浄(トイレ)掃除1ヶ月の罰が待ってます。」

カナンが横から笑って言う。
3人でクスクス笑って、手を重ねた。

「きっと許しを得て帰って来ます。だから、メイスはどうか心をしっかり持って。あなたはあなたでいて下さい。」

「どうか、無事で帰ってきて。僕はリリスを待ってるよ。」

「メイスのことは、私にお任せを。リリス様はどうかご無事でお戻り下さい。」

「ありがとう、頑張ってくるよ。」

メイスが落ち着いた様子なのでホッとして、リリスがカナンにあとを頼み部屋を出る。
それを見送り、メイスがクスクス笑った。

「なんて馬鹿な奴だろう。本当に夢みたいな事ばかり言って、本当にあいつ……馬鹿だ。」

「出来ないことだと思いますか?」

「当たり前だよ、そんな大きな事。
途絶えた神殿を起こすなんて無理な話だよ。
巫子として、何も受け継ぐ物がないんだよ?
なんとかなるかもとか、わからないとか、そんなのばかりだ。
ゼロから始めるなんて、出来るわけ無いじゃないか。
だいたいあの城の、身分にうるさい奴らがあいつの話をまともに聞くわけ無い。
僕らは下働きの奴隷と同じだよ、あいつらにとってゴミみたいな物だ。
それを、それを巫子だって?ははっ!きっと取り合ってももらえないさ。
そうさ、あいつが帰ってこない時は、首でもはねられたに違いないよ。」

「あの方は、本当ならば王のご長子様、このアトラーナのお世継ぎなのですよ。」

メイスが眼を見開いて、思わず身を起こした。

「そんなこと……ありえない。だって、あいつは使用人で……」

「王子であるはずの方が、あの髪と目の色の為だけで生まれてすぐに最低の身分に落とされたのです。
それが何を意味するか……
あの方は、命をかけて直訴なさるのです。
自分の周りすべてを敵に回しても。
騎士長であるあの方のご主人様でさえ、風のドラゴンの師でさえ、どちらに付かれるかわかりません。
それでも、あの方は人の為に巫子になる事を、火の神殿を起こす事を決意なさったのです。
誰にも、あの方を馬鹿だと笑う事など許されないでしょう。」

メイスがギュッと唇をかむ。

生まれが違う。
なにかすでにリリスと差をつけられているようで、どこか悔しい。

そんな、そんな醜い感情が先に立つ自分が……
こんな自分が巫子なんか出来るわけ無い。

「ああ……いやだ、僕はイヤだ。僕は心がねじ曲がってる。」

急に自分が嫌いになって、ギュッと髪を掴みうつむいた。
カナンがベッドに座り、彼の肩に優しく手をまわす。
ギュッと抱きしめ頭をゴツンと当てた。

「そう、自分で自分の姿をかえりみるのも大事なのです。
あなたはずっと自分の感情を押し殺し飲み込んできた。
心の澱を吐き出して、新しいあなたを作り出していくのも修行のうち。
さあ、あなたの修行はすでに始まっています。」

醜い自分も、すべて受け入れそれを見て直してゆく。
メイスが髪から手を離しカナンの腕をギュッと握る。

「僕は、自分が一番嫌いなんだ。」

「じゃあ、これからどんどん好きになっていきますよ。僕もメイスが大好きです。」

「………ありが……とう……」

自分を好きと言ってくれる。
それが二人もいてくれる。
メイスはセレスの気高い姿を思い浮かべ、自分にその片鱗も近づけるかと、キュッと顔を引き締めた。

89、

そして翌日、早朝にかかわらずガルシアを始め多くの人々が見送りに来てくれた。
準備も済んで、イネスから白いコートも受け取って羽織る。
少し大きいが、再度破魔の呪をかけ念を入れておいたとポケットに聖水も忍ばせてくれた。

「じゃあ、あたしイネスの方に行くね。」

「はい、メイスのこともどうかよろしゅうお願いします。」

「リリスも気をつけて、帰りを待ってる。」

ヨーコが、リリスの肩からイネスの肩に飛び移る。
そして、イネスはリリスを祝福するためにと前に立たせて眼を閉じた。

手を合わせ、気を統一して手を叩く。
凛とその音が辺りに響き、皆がその場で頭を下げた。


「神気充ち満ちて、この息吹地の精と共にあり。
地を巡る気は力となり、この者の救いとなれ。
道行く道々祝福あれ、我が気分け与えん、地よ力となれ。」

イネスがすうっと息を吸う。
そしてリリスに唇を合わせ、フッと吹き込んだ。

突然のことに、神事とは言え二人の顔が真っ赤になる。

「よ、よし!これでお前の身体に地の力が巡ってだな……えーと、神事だ。別に意味はないぞ。」
「はい、ありがとうございます。」

なんだか皆の前でばつが悪そうな二人に、クスクス笑う声がする。

「ですから昨夜のうちになさいませと申し上げました。」
サファイアがぼそりと呟く。

「う、うるさい。神事だと言ってるだろう。
これが一番効き目があるんだ!」

ブルースが呆気にとられ、フムと顎に手を置いた。

「そりゃあ、相手を選ぶワザですなあ。むさい男同士じゃ、精霊も逃げちまいそうだ。」

思わず、皆に笑いが起きた。
ガルシアが、リリスの元に歩み出る。

「王への手紙は受け取ったかね?」

「はい、王へ直にお渡しするようセレス様よりお預かりいたしました。」

「恐らく周りの貴族どもがうるさいだろうが、お前は王と話をするのだ。
もし、危険だと感じたときはあの3人を盾にしろ。あの3人はお前を守る騎士だ。
城内で馬鹿ども相手に術は使ってはならぬ。
お前は本城から来たが、このレナントが本拠と見て構わぬ。このガルシアを主と頼ってよいのだ。
巫子でない者が巫子を語ることは大罪、もしそれを持ち出された時は私の名を盾にせよ。
向こうには親代わりの主もいるだろうが、当てに出来ぬと覚悟せよ。とにかく、生きて帰る事を優先するのだ。よいな。」
「はい。」

ガルシアが、ここまで自分を考えてくれることに胸がじんとくる。
ベスレムのラグンベルクもだが、思った以上によくしてくれる事につい甘えてしまう。
これから戻る本城は、自分には厳しい所なのだと気を引き締めなければならない。

「リリス」

魔導師ルネイが、懐から手紙を取り出しリリスに手渡した。

「私からはこれを。あなたが間違いなく火の巫子であることを記した手紙だ。
これまであったことを簡単に述べて、証明すると書いてある。
水鏡であちらのルーク殿にも話は通しておいた。
以前の魔導師達からはたいそうひどい扱いを受けたであろう、だが、今度は何人も交代してルーク殿が長となっている。
彼は若いが大きい人間だ。
お前の力になってくれよう。」

「ありがとうございます。心強いです。」

「うむ、せめてフレアゴート様が一緒にいらしたらと思うがな。あの方は本城を嫌っておいでだ。
お前がお前自身で説得するしかないのは辛いな。まして、過去の遺恨があるからには簡単に火の巫子を認めることも、火の神殿の再興も難しいだろう。
しかしお前一人が国を背負う事はない。
とにかく今は、生きて帰ってくることを考えるのだ。」

「はい」

「どうか道中も無事で。」
ルネイやグロスたち魔導師がリリスの肩に手を置き、何度も叩いて力づける。

「よし、騎乗するぞ!」

鞍を載せた巨大な鳥キュアは、火を収めて瑠璃色の羽根を輝かせた青い鳥となって、リリスとガーラントを背に乗せる。
たてがみのように青い火がゆらゆらと頭から背に残り、手を貸すギルバが顎をさすった。

「この火は危なくねえのかい?」

ガーラントがニヤリと笑って、炎のある背を撫でる。

「不思議と熱くない。大丈夫だ。昨日少し飛んでみたが、扱いはグルクと変わらん。
どうも調教されているようだな。」

後ろでは、もう一頭のグルクにブルースと背に弓を背負ったミランが騎乗する。

「それでは、参る。」

ガーラントが手慣れた様子でキュアに合図を送る。
大きく羽ばたいて、瑠璃色の身体が軽々と舞い上がった。

「気をつけてな!」
「がんばれよ!」

「ありがとうございます!行って参ります!」

リリスがガーラントの腰に手を回し、片手で見送りの人々に大きく手を振って返す。
城の人々は、気のある少年の行動にそのほとんどが感心して、リリスが小さく、見えなくなるまで皆手を振って見送った。

「ああ……行っちゃった。」

イネスの肩で、ヨーコが呟く。

「これで……俺は…………」

イネスが青い空を仰ぎ、立ち尽くして眼を閉じた。
頼る者のない、この大きな不安感を誰にも気取られぬようにしなければと思う。
身体が、知らずブルリと震えた。

「イネス様」

サファイアが後ろに控え、頭を下げる。

「今一度、結界の強化を行う。今日は城下にも出て町の入り口に地の番を張りに行くぞ。
先日被害にあった場所も、祝福して浄化した方が民の気持ちも収まろう。」
「は」

イネスはこの地に一人になる事で大きな不安に駆られながらも、これが自分に科せられた試練だという気がする。
甘えが許されないこの現状で、それでも、一人で耐えてばかりだったリリスの過去を思えば、自分にもきっと乗り越えられると思う。

「サファイア、俺は一人ではないな。」

「はい、あなたは大地の巫子。
地は必ずそこにあり、あなたの周りは精霊に満ちあふれております。
そして、私も必ずお側に控えております。」

「よし!」

イネスが大きくうなずき、意を決したように走り出す。
サファイアはその後ろ姿に微笑み、あとを追って走り出した。




青い蝶が、青い空をひらひらと舞う。
それはレナントの空を旅立ったリリスの姿を見ると、ポッと青い火を灯した。

『旅立ッタナ』

『手を出すなよ、アレはこちらで片をつける』

『当テハアルノカ?』

『私を誰だと思っている。見よあの地の巫子のコートを。銀に輝き魔導など跳ね返すぞ。
だが相手はただの召使いあがり、暇さえあれば掃除と水くみだ。剣の練習などしたこともなかろう。
魔導だけが万能ではない』

『良カロウ、オ前ニ任ス』

『ふん、元より裏ではすでに手を回している』

『……コノ国ニ火ノ巫子ノ復活ナドアリエヌ、復活など……呪ワレヨ、呪ワレヨあとらーな』

燃える蝶から、ボソボソと会話が聞こえる。
鳥も近づく事を恐れるその蝶は、会話が終わるとやがて燃え尽きるように消えていった。

90、

その日、貴族院の長レナパルド公の館は、明るい声で包まれていた。

跡継ぎである長男オルセウスの嫁となるミリテアが婚礼準備に訪れてきた来たこともあったが、何より珍しく、幼少のおりに王子の側近となって家を出た、ゼブリスルーンレイアが久しぶりに館を訪れたことが大きい。

ゼブリスルーンレイアは城ではゼブラと親しく呼ばれ、家臣たちからも一目置かれて頼りない王子の右腕となってよく勤めている。
レナパルド家の誇りだ。
まだ母が恋しい年頃から家を出されたにもかかわらず、この年まで家には数えるほどしか帰ったことがない。
我慢強く、家のためによく働いているのが貴族院の長でもある父の自慢でもあった。


機嫌の良い父と母を交え皆で昼食を共にしたあと、居間で兄とミリテアと3人でお茶を楽しんでいると、ゼブラにミリテアが親しく話しかけてくる。
ミリテアは元々ゼブラの許嫁で小さな頃はよく一緒に遊んでいた。
しかし、城に上がる予定だった兄は非常に不器用で、精神的にも、また身体も弱かったために、小さい頃からしっかり者で病気もあまりしなかったゼブラが城に上がることになってしまったのだ。
父にしてみれば面目躍如だっただろうが、てっきり自分は家の跡継ぎだと思っていたゼブラはそこから自由を失う事となり、たいそうショックだった。

「それでね、リリーナったら騎士のお3方に求婚されましたのよ。それもステキな方ばかり。」

「彼女は美しいからね。君には負けるけど。」

「キャッ!お上手ね、ゼブリス。
あなたも今度、社交の会にいらしたらいいのに。
あなたもステキだから、すぐに女の子が集まりますわよ。」

「それはいいね、考えておこう。」

楽しそうな二人に、傍で見ている兄のオルセウスは少々面白くない。
許嫁と言え、ミリテアはやはり自分よりもゼブラの方が好きに見えて仕方ないのだ。

「私は仕事があるので失礼するよ。ゼブリス、お前はゆっくりしてゆくががいい。
ミリテア、私の部屋で婚儀の話をしようか。」

兄はカップを置いて立ち上がると、プイと部屋を出て行く。
ゼブラはカップを置いて立ち上がり、軽く頭を下げた。

「兄上、お時間をいただきありがとうございました。」

「ゼブリス、またお会いしましょう。」

ミリテアは戸惑った様子で、ゼブラの頬にキスをして慌ててあとを追っていく。
二人が消えて一人、静かな部屋で椅子にもたれて座り、窓から見える庭の景色に一息つく。
小さい頃の自分は、跡継ぎになるためしっかりしなければと一生懸命だった。
それが裏目に出るとは思いもしなかったが、あの頃は自由で毎日が楽しかったな……

眼を閉じて、家の香りを胸一杯に吸ってみる。
小さな頃に良く聞いた、母の奏でるハープの音色がどこからか聞こえてくるような錯覚にとらわれ、頭を軽く振って笑った。

「久しぶりに、母上様にねだってみようか……フフ……」

「ゼブリスルーンレイア様、御館様がお呼びでございます。」

「ああ、わかった。今行こうと思っていたんだ、丁度いい。」

執事に呼ばれて書斎へと向かう。
中へ入ると、部屋の片隅には間者に使っているミスリルのガウズが一人、ひざまずいていた。

「確認が済んだよゼブリス。お前の言うとおりであった。
赤い髪の子は巫子となって火の神殿を起こすために、レナントの騎士とこちらに向かっているそうだ。
お前も良い間者を持っているようだな。」

「はい、父上。私は、この事に大変憂慮しております。
巫子は位の高い者。しかもどんな地位の低い人間でも巫子であることは特殊であり、ドラゴンがそう訴えればたとえ王でも覆すことは難しいことです。
あの者はたいそう精霊に気に入られていると、ゲール殿も仰っておりました。
恐らくはそれを利用し、レナントの人々を丸め込んだのでしょう。」

ふむ、とレナパルド公が腕を組む。
すでに、あの赤い髪の子は自分こそが王位継承者だと知っている。
ならば、なんとしても奪還しようとするのは眼に見えているのだ。
使用人の身分に落とされた恨みもあるに違いない。
しかし、キアナルーサの失脚は我が子の失脚にも、そして我が家にも関係してくる。

あってはならないことだ。

「ガウズ、魔導師に敵う手練れを向かわせよ。
相手は赤い髪の15だが小柄の少年だ。だが魔導師としてはこの国でも一二を争う腕、しかもレナントの騎士が3人護衛に付いている。」

「15……まだ子供でございますな、ならば良いはぐれミスリルの姉弟を存じております。
魔導はさておき、下働きの奴隷あがりであれば剣の腕はさっぱりでしょう。
で、見返りはいかほど。」

「そうさな、首と引き替えに金100枚とシリウスの星の指輪はどうか。」

シリウスの星とは、精霊達の好む霊力を持つ宝石だ。
それを持つ者はそれをエサに容易に精霊を配下に収め、魔導師でなくとも簡単な魔導を使える。
だが、力を使うごとに石の容量は減ってゆくので、過去に重宝されて今では非常に貴重な物となって滅多に見る物ではない。

「それは上々。ですが、赤い髪の子は相当の美形と聞き及びます、子供好きゆえ首は欲しがるかもしれません。」

「確かに死んだとわかればよい。
しかし子供好きなれば、よもやほだされる事はあるまいな。」

「くくっ、御館様、好きにも色々ございますので。アレはミスリルでも異端の者。闇落ちした精霊に近いミスリルです。ご期待に添えましょう。では」

後ろ手に窓を開け、ガウズが消える。
気味の悪さにゾッとしながら、公が立ち上がり美しい香水瓶のふたを開けて清めに中の聖水を窓に振りまく。

「汚らわしい物言いだが、下賤の者でも使いようだ。
ゼブリスルーンレイアよ、お前の願いはこの父がなんでも叶えよう。
お前は王子をお守りし、そして側近として地位を確立するのだ。
それがお前のためにも、そして我が家の繁栄にも繋がろう。」

「承知しております、父上。」

「お前は私の誇りだ。お前の働きは王にも覚えめでたい。
何か気にやむことがあれば、いつでも父に相談せよ。ここはお前の家なのだ、遠慮のう来るがいい。」

公が息子を大きな手で抱きしめる。
まだ16才の息子は、家を背負うには若すぎる。
一人、城で王子に仕えて頑張っている姿を時々見かけると、かけたくなる声をグッと飲み込んでいた。
そしてそれは、もちろんゼブラ自身も同じだったのだ。
父の姿を横目で追いながら、声もかけることも出来ず、わがままな王子にひたすら尽くしてきた。

「父上どうかご安心を。ゼブリスは王子が無事に王位継承なさるその時まで、全力で王子をお守りします。」

王子が王にならなければ、自分がこれまで尽くしてきたことはすべて水泡に帰する。
両親から離れ、許嫁をあきらめ、自由を捨ててひたすらやってきたのは、王子が王位継承者だからなのだ。
それが、まさかあんな下賤な奴隷風情が出てくるとは。
育ちの悪いあのような下卑た者が、なぜ登城を許されたのかわからない。
王の心変わりがあったのかも知れぬ。

許せない

絶対に



王子は、絶対に王にならねばならぬのだ。








夕暮れのルランの本城の庭で、ネコの姿のヨーコが回廊の屋根伝いにキアナルーサの部屋へと向かう。
ほのかに青い光が目前を横切り、驚いて毛を逆立てた。

「フギャァ!ひ、火の玉!お化け!」

しかしよくよく見ると、それはきれいな青い蝶だ。
はあっと大きく一息ついて、小走りでキアンの部屋に急いだ。
城の出っ張りを伝って歩くのも、最初は高い所が恐くて出来なかったが、最近は慣れた物だ。

灯りのともるキアンの部屋の窓を額で押して開き、中へと入ってゆく。
いつもはこの時間、ゼブラと何か勉強してるようなのに、今夜はゼブラの姿がない。

「では王子、失礼いたします。」
キアナルーサには女官が一人世話をしていたのか、お茶を用意して頭を下げ部屋を出て行った。

「あれ?ゼブラは?」

「ああ、ヨーコか。またレスラカーンの所に行ってたのか?
ゼブラなら、朝から実家に帰ってるぞ。」

「家って近いの?」

「ああ、馬で行けばすぐかな。
ほら、向こうの方の窓から見ると小高い丘に白くて大きな家が見えるだろ?あれだよ。」

「ああ、あるねえ。あのでっかいお城みたいな家か〜。」

「まあ、あいつは9の年で僕の側近になったからな。
最初は隠れてよく泣いてたけど、……数えるほどしか帰ってない。たまには帰って良いのに。
今度兄の婚儀には暇を出そう。あいつは少し働きすぎだな。」

「9才で親と離されるの?馬鹿みたい、この国の決まりって。」

「まあ、それがしきたりなんだ。本当はあいつの兄が来るはずだったんだけどさ。
王族はだいたい側近がいるぞ。ほら、レスラだってライアがいるだろ?
ライアは使用人の息子だったけど、小さな頃から友人だったんだ。
でも、あいつはどうしてもレスラの側近になりたいって、身分も関係無く押しの一手だった変わった奴さ。
まあ庶民がいきなり側近にってのは無理だから、わざわざ騎士の養子になったんだ。」

「ふうん……色々この世界も大変なのねえ。」

アイが窓のさんに座って空を眺める。
またほのかに青い炎を散らす蝶が空を通り過ぎて、目で追ってゆくうちに消えた。
この世界は、自分たちの住む世界ととても似てるけど違う。
帰ろうか……、いや、帰りたいと最近ひどく迷っている。
魔物に襲われけが人ばかり増えてゆく現状はとても恐い。
それでも、こちらに来るらしいリリスに一目会って、それからまた考えようと思う。
見上げれば、満点の星が瞬く澄んだ空。
これだけは、こちら側には敵わないなと思いながら、アイは一人、ネコの姿でその美しさに見とれていた。



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