桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 31

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91、

パチパチと、木の爆ぜる音も心地よく森の中でたき火を囲む。
出来ればどこかで宿をとも思っていたが、ルートの近くには家がポツポツ点在するばかりで結局野宿になった。
まあ、それだけの準備はしてきたので、食料は十分だ。
リリスが精霊の導きを元に、小さな小川を捜してその近くに休むことにした。

旅慣れたリリスは、てきぱきと薪を拾って着火に四苦八苦するミランから火打ち石を受け取り、あっという間に火をつけてしまう。
そして金物に水を入れて湯を沸かし、またコックのおじさんが包んで持たせてくれた豆と米に味をつけて蒸した料理や、キッシュのような物などを更に葉で幾重にも包み、たき火の下に入れて蒸し焼きにして軽く暖める。

騎士3人が自分も何かしなくてはとウロウロ、おろおろ。
しかし、あれよという間に食事の準備が整ってしまった。

「さあ、冷めないうちにいただきましょう。」
「まことに、……申し訳ない、巫子殿。」
「いえ、まだ巫子じゃありませんから、お気遣いなく。」

にこやかに勧めるリリスから苦笑いで食事を受け取り、落ち着いて食べ始める。
まったく、結局は召使い歴の長いリリスに、こう言うことに敵う者はいなかった。

「美味しいですね、コックのおじさんに帰ったら御礼を言わなくては。
なんだかちょっと、楽しいです。」

どこか楽しそうで、多弁なリリスは無理して何かをごまかしているようにも見える。
ミランやブルースはあまり気がつかない様子だが、ガーラントは心配そうな顔でチラリと彼の顔を見て白湯を口に運んだ。

「ミラン様は弓がお上手なのですか?」

思いがけず弓を背負ってきたミランに、珍しそうにリリスが聞いた。

「ええ、『弓も』上手いのですよ。」

ニイッと笑う彼に、リリスがアッと口をふさぐ。

「これは失礼しました。弓も、お上手なのですね?」
「うふふ、ええ、私は目がいいのです。今年のグルクで空を飛びながら目標に当てる競技では2番でした。優勝戦で一つはずして、惜しかったんですよ。」
「まあ、それでも一発はずしたわけだ。」

横から茶々を入れるブルースに、ミランがプウッとむくれる。
自慢も2番止まりは悔しい。

「大丈夫です。来年はちゃんと1番取ってご覧に入れますから!」
「へえ、そりゃ楽しみだ。クックック」
「意地悪ですね、ブルース殿。
性格の悪さを競う競技だときっと一番でございましょう。」
「じゃあ、気の弱さじゃミランが一番だな。」
「うむうーー……」

ギリギリにらみ合う二人に、リリスが楽しそうに笑う。
ブルースは明るく陽気な男で、やがてミランを引っ張って歌を歌い出した。
ガーラントが嫌そうな様子で顔をそらすと、次はガーラントの子供の頃の話で盛り上がる。
殴り合いになりそうになりながら、その夜は酒もないのに随分盛り上がった。


「じゃ、明日は早いし寝ますか。」
「順番は先ほどの通りで、リリス殿はごゆっくり。」
「本当にいいんですか?私も仲間に入れて下さいませ。」
「これは騎士の勤め、子供はごゆっくりどうぞ。」

騎士3人が順に火の番をすることにして、まずはブルースが、次にミラン、そしてガーラントが起きることになった。
リリスは恐らく眠れないのではと思うガーラントの配慮を、他の二人も無言のうちにわかってくれたのだろう。

皆が寝静まると、暗く静かな森の中、木の爆ぜる音と小さな小川のせせらぎが、静かにささやくように響く。
不安な気持ちを払拭するように、リリスは身体にかけるイネスのコートをギュッと握りしめた。
コートから香る神殿の香りと、イネスの優しい匂いが心を落ち着かせてくれる。
今はただ、セフィーリアとザレルとフェリアの姿を思いながら、久しぶりに会えることを楽しみにしようかと心をそらし眠りについた。



ウトウトしながら火の番と辺りの警戒に、ブルースが伸びをして大きなあくびを繰り返す。
何か起きるかと実は緊張していたが、どうもその心配も杞憂に終わりそうだ。
グルクもキュアも、仲良く並んで丸くなって眠っている。

小川で水を飲み、月の高さにそろそろ交代しても良かろうかと熟睡中のミランを小突く。
騎士3人の中でも一番若いだけに寝起きが悪いかと思っていたら、ミランはパチッと目を開けさっと起き上がった。

「交代ですね、お疲れでございました。」
「なんだ、起きてたのか?」
「いえ、ちゃんと寝ましたよ。私はこう言うことも得意なんですよ。で、変わりは?」
「変わりない、動物の気配一つしないよ。」
「承知しました。火を絶やさぬ事と周囲の警戒はお任せ下さい。リリス殿、良くお休みのようですね。」
「ああ、もう腹をくくってるんだろうよ。図太いのか繊細なのか、良くわからん奴だ。
じゃあ、休ませてもらう。何かあったら遠慮無く起こしてくれ。」
「はい。では遠慮無く。」

ミランが、リリスの身体にかけている白いコートのズレをそっと直してやる。
静かな寝息にクスッと笑って、弓を手に辺りをうかがい火に薪をくべた。



リーリンリンリン、リーリンリン……
ピピピピピ……

小さく虫の鳴く声がする。
皆よく眠って、ブルースはイビキがうるさい。
彼は横になるとすぐに眠り、少し驚いた。どこでも眠れる人なのだろう。
ガーラントは反して、非常に静かに眠っている。
眠る時まで寡黙な人だ。

ミランが目を閉じ、剣を立てて身を任せる。
無心で目を開き、薪を一つくべた。
風が吹き、空を見れば雲が出て星の輝きがかすんで行く。
一番星の傾きでだいたい時間を切って決めていたが、見えなくなるかも知れない。
雨は、大丈夫のようだと思う。

一つ、息を吐いた。

耳をすませ、ふと顔を上げる。
シンと辺りが静まりかえり、虫の音が消えた。

ヒュウウ……

風はあまり強くない、が、どこからか風のような音がする。
ガサッと音に振り返ると、いつの間にかリリスが立ち上がり、ユラユラと歩き出した。

「リリス殿?どこへ行かれる?」

「母上が……」

「セフィーリア殿が?」

怪訝な顔で、この音は彼女が飛んでくる音かと考える。いや、ならば虫が鳴きやむのはおかしい。彼女は精霊だ。

「待たれよ!」

ミランが飛びつくように彼の腕を掴みグイと引いた。
しかし、まるで彼は石の様にビクともしない。

「しまった!魅入られたか!」

ミランの声に、ガーラントとブルースが飛び起きる。
そして一瞬で状況を察し、ガーラントがリリスの前に出て彼の身体を受け止めた。
が、ズシンと重く歩みが止まらない。

「ブルース、コートだ!」
「そうか!」

巫子のコートをリリスの頭からかぶせると、彼の身体がガクリとくずおれた。そのまま抱き上げ、薪の元まで駆け戻る。
それをかばいながらミランが、リリスが進もうとした方向へ弓を構えた。
かすかに白い物が見え、迷うことなく射る。

「ミラン、いたか?」
「わかりません、でも何か見えました。」

「リリス!リリス!目を覚ませ!」

ガーラントがコートをかぶせたまま、リリスの身体をゆらす。
が、目を覚ます気配がない。
彼がここまで術にかかってしまうなど、予想もしていなかっただけにガーラントはひどく焦った。

「一体何があった?」
「音がしました、風がないのに風の音が。」
「風はこいつの配下だろう!」
「……そうか、……いえ、あれは風の音ではなかったかも……口笛?歌?」
「ちっ、さすがに音まではコートの護りも効かなかったか。」



「ククッ、ククッ、慌ててるよクレディエア」



「そうね、オウゥンエア。
私の歌は子守歌、純粋な子にだけ聞こえるんですもの。」



囁くような、声が聞こえた。
剣と弓を構え、リリスを守る。

ピュウウ……ヒュウウ……

歌うような、風の音に似た口笛が辺りに響く。
それは低く、高く、ジンジンと空気をゆらすほどの強さで、とうとうコートの中でびくんとリリスの身体が跳ね上がり、引き留めるガーラントの腕を払って立ち上がった。

「この音か!リリス!」

コートがさらりと落ちて、ガーラントがまたかけようと思っても払い落とす。
足を払おうとしても、ビクともしない。
懸命に後ろに引っ張っても、大の男がズルズルともの凄い力で引きずられた。

「さあ、おいで、おいで」

「うるさい!黙れ!」

暗闇の中から声がして、ミランがまた矢を放った。
その矢がやぶから出てきた手に受け止められ、背の低い男が姿を現す。

「なんだ、あれは!魔物か?!」

男は、どう見ても普通の人間には見えない。
長い黒髪から覗く顔は、獣の顔で鼻先が突き出てハアハアと息も荒くよだれを流している。
ブルースが総毛立つような戦慄を覚え、思わず声を上げた。



「エア姉弟だ!最悪のミスリル!

こいつはレナントで子供3人食ったんだ!こんな所にいやがった!!」



その言葉に、甲高い笑い声が辺りに響く。
男の横に人の女の顔を持つ白い巨大なミュー馬が、ケラケラひどく不快な声で笑いながら現れた。

92、

「ひどいわ、最悪だなんて。私の歌声綺麗でしょう?ホホホ!
まあオウゥンエア、これは本物よ、正真正銘の巫子。
なんてステキ、これを生きたまま食えば神気がついて精霊になれるわ。」

「本当かい?凄い凄い、食おうよクレディエア、僕はあの綺麗な顔がいい」

「まあオウゥンエア、私にはあの赤い方の目玉をちょうだいな。まるで雨に濡れた野いちごのように、つややかな赤い目玉。
とっても甘くて美味しそうだったわ。」

「じゃあ半分こだね、頭は半分こだ!」

ゾッとする会話を楽しそうに交わし、4人に近づいてくる。

「くそっ!止まれ!止まれリリス!目を覚ませ!」

未だうつろな顔で歩みをやめないリリスに、ガーラントとブルースが抱きついて何とか止めようとする。
ミランが矢筒を探り、一つの青い矢を取り出してブツブツ呪を唱えた。

「ブルース殿、どいて!」
「ミラン、何を!」

ミランが水色に光る矢をリリスに向ける。
ブルースが反射的に避けた瞬間、ミランの放った矢がリリスの胸を貫いた。

「ぎゃっ!」

声を上げ、リリスがその場に崩れ落ちる。
とっさにガーラントが抱き上げ、目を見開きミランを見た。

「ガーラント殿、矢は抜かないで!」

ミランが、すでに次の矢を弓に継いで呆気にとられる姉弟に狙いを定める。
ミュー馬の姉が、ブルリと身体を震わせた。

「なんと言うことを!神気が消えたわ!なんと言うことを!滅多にない獲物なのに!」

姉のクレディエアが、腹立たしげに毛を逆立て息を吐く。

ガーラントは立ち上がったキュアの背に彼を乗せ、空に逃げるか迷った。
しかし、二人を置いて逃げるわけにはいかない。ミスリル相手では、2対2で普通の人間が敵うわけがないからだ。
それは死を意味する。
見捨てるわけにも行かず、剣を抜いてキュアの前に立つ。

オウゥンエアが獣の顔でニイッと笑い、牙を見せてべろりと長い舌で口をなめた。

「死んでてもいいよ、僕は食いたいんだクレディエア。」

「そうね、そうよね、死んでも少しくらい神気があるはずよ。
綺麗な目玉が曇らないうちに食べましょうオウゥンエア。
じゃあ、邪魔な大人は殺しましょうね。」

「逃げないように、鳥も殺してしまおう。」

フッと二人の姿が消えた。
とっさにガーラントがグルクとキュアの前に立つ。
きらりと閃光が見え、オウゥンエアの剣が迫る。

ギイイィィン

ガーラントが寸でで跳ね返し、襲いかかるクレディエアをブルースが剣で追う。
そして口笛を鳴らし、自分のグルクに合図を送った。

「エリザ飛べ!逃げろ!」

ピュイイ!

グルクが飛び立ち、ガーラントもオウゥンエアの剣を受けながらキュアを逃がそうと尻を蹴った。
キュアが驚いて羽ばたき、ふわりと身体が浮き上がる。

「逃すものか。」

オウゥンエアがその小さな身体からは想像できないほどの力で剣を振り下ろす。
いや、あまりに早いその剣に、振り下ろす刃さえ一瞬見えなかった。
しかしその瞬間、鮮やかにキュアの首が断たれ、リリスを乗せたその身体が音を立てて地に横たわる。
背のリリスは矢が刺さったまま地に転げ落ち、その矢が途中で折れて消えた。

「キュアが!」

火に照らされ、首を落とされたキュアから青い火混じりの血が吹き上がる。
地に転がるリリスが、一つ小さく息を漏らす。
するとその身体を守るように、草や木が一斉に伸びて覆い尽くし、彼の身体を繭のように包み込んだ。


「なんだ?なぜ地の精霊が!この草、邪魔!邪魔!」

オウゥンエアが草木の繭に駆け寄り、剣を振り下ろす。

「この!」

ミランが横から弓を射る。
一本、振り下ろす手に矢が刺さったが、物ともせず繭に突き刺す。
が、だが繭は剣にもビクともしなかった。

「これは助かる!やるぞ、ガーラント、ミラン!」
「よし」
「わかりました」

3人がうなずき会い、こちらに向きを変えエア姉弟に向かう。
彼らは獲物に手が届かず、次第に苛ついて気が立っていた。

「面白くない、面白くないよクレディエア!
こいつら強いんだ。」

「オウゥンエア、相手はただの人間よ。
たいしたことないわ、私が、わたしが、ワタシが、かみ殺す。」

女の顔のクレディエアの口が大きく裂け、地につく獣の手には長い爪がメキメキと伸びる。
ブルースが、じりじりと間合いを取りながら問いかけた。

「お前たち、隣国の差し金か?それとも、城の誰かに……」

「ホホ!ホ、ホ、ホ
隣国が何ですって?人間は、わからないとすぐに問いかけるのね。」

「納得がいかないからさ、あんたもアトラーナじゃ暮らしにくかろう?」

「まあ、わかってないわ。この国ほど住みやすい国はないのよ。だって、修行して神気の高いエサが沢山いるんですもの。」

「と、言うことは城の誰かか。王ではなかろうな。」

「さあ、誰でしょうね。あなたを食べながら教えて上げるわ。」

「うおお!」

ブルースが剣を振り上げ、クレディエアに向かう。
振り下ろした刹那、しかし相手の姿は視界から消えた。
「はっ!」
横から気配を感じ、彼は剣の軌道を器用に変える。
火花を散らし、横から来たオウゥンエアの剣を受け止めた。

「ブルース!」

ガーラントが、上から飛びつくクレディエアの鋭い爪に剣を振り上げる。
剣はしかし宙を切り、気配に身体を引いた物の気がつくと獣の爪が顎から頬をかすめる。

「ぐっ!」

大きく顔を切られ、ガーラントが後ろによろけた。
その攻撃の隙を突いて、ミランが矢を獣の首もとに撃ち込む。

「ひっ!」

かすかに声を上げ、クレディエアがブルリと首を振る。
矢が折れて落ち、とっさに振ったガーラントの剣が彼女の顔を傷つけた。

「ひいっ!顔が!私の美しい顔が!」

「うおおおおお!!」

一瞬ひるんだ姉にミランが首もとに剣を突き刺し、ガーラントが渾身の力で眉間に剣を突き立てる。

「ググ……グガアアッ!」

クレディエアがたまらずそれを振り切って、大きく口を開けガーラントの左の肩口にかみついた。

「うおっ!」

苦悶の顔で、ガーラントが腰から短剣を取り彼女の首を刺す。

「この!」

ミランが更に剣を大きく打ち下ろし、クレディエアの首を打ち落とした。

「クレディエア!」

ブルースと剣を交えていたオウゥンエアが姉の元へ走り、ミランの脇腹を切り裂く。

「うわっ!」
「ミラン!」

血をふいて倒れた姉に弟が駆け寄り、その身体を呆然と見つめた。

「クレディエア……」

最強であったはずの姉が倒された。
これまで数え切れないほどの騎士や魔導師を殺してきた姉が。
オウゥンがリリスの眠る草の繭を憤怒の表情で睨み付ける。

食わねば収まらない。

みんな、みんな食ってやる!




「ガーラント!」

ブルースが駆け寄り、ガーラントの肩からクレディエアの頭をはずす。
ガーラントは苦悶の顔で、肩をさすりうなずいた。

「大丈夫だ、骨まで行ってない。」
「くそ、お前がかじられてちゃ巫子殿は守れん!」
「すまん。」

かたわらには、ミランが脇腹から血を流して地に伏せ、何とか身体を起こそうともがいている。
ブルースが視線を向け、剣はオウゥンエアに向けたまま小さく囁いた。

「ミラン、動くな。そこに寝てろ。」
「くっ、まだ……動けます。」
「駄目だ、動くな、隊長命令だ。はらわたが出たら終わりだぞ。」

いつから隊長になったのか知らないが、ガーラントも右手一本で剣を構えている。
五体満足は自分一人。
ブルースがじりじりと前に出て、覚悟を決める。

「食ってやる。みんな食ってやるぞ。」

怒りでオウゥンエアの剣先が震える。
ゾッとブルースの背に冷たい物が走った。

「食われてたまるかよ。」

ようやくひと言返した。
にらみ合う緊張感の中、傍でガサリと物音がする。



「う、う、うう……気持ち、悪い。この……」


リリスの声がかすかにして、草の繭がガサリと動く。
オウゥンエアがハッと顔を上げ、ニイッと笑って繭に向かって飛び上がった。

「エサが生きてる!」
「リリス殿!」

ブルースが叫びを上げる。

「風よ、盾となれ、ビルド」

ゴウッ!
「ギャッ!」

落ち着いた声が繭の中から響き、飛びかかるオウゥンが風に跳ね返された。

93、

「ここは、どこ?ああ……そうでした。
私は、怒りました。怒ることにします。」

リリスのつぶやきが、繭の中からこぼれる。
やがて繭は中から灯籠のように赤く輝き、突然ボウと火を噴いて赤く燃え上がった。
燃える繭からゆっくりリリスが立ち上がり、気分が悪そうに髪をかき上げて首を落とされたキュアの姿を、眉をひそめていちべつする。

「何をしているのです、死んだふりなどおやめなさい。」

キュアがその声に反応するかのように、地面に広がる血を吸い込みながら、切り落とされた首が独りでに動き一瞬で繋がった。
そして一声上げて立ち上がり、身体が青い炎で包まれる。

「ああ、気分が悪い」

リリスがそれにフラフラ寄りかかり、騎士たちの姿に驚いて目を見開いた。

「皆様!なぜ、なんという!なんということ!
……あっ……」

駆け寄ろうとするリリスの足下がふらついて、大きくよろける。
後ろから、オウゥンエアが剣を振り上げ飛びかかった。

「動くな、巫子殿!」

ブルースが走るが間に合わない。

「くっ!」

とっさにガーラントが自分の剣を投げる。
ブルースの顔の横を剣が後ろから風を切って飛んでいき、オゥウンの肩に突き刺さった。

「ぎゃあ!」

オウゥンエアが後ろに飛び退き、悲鳴を上げながら肩から剣を抜く。
ブルースがその隙に襲いかかった。

「このクソ!くたばれ!」

ギィン、キーン

火花を上げて、剣の応酬が始まる。
しかしオウゥンエアの剣は、それまでの早さがグッと鈍り、鬼気迫るブルースに押されて次第に後ろへ、後ろへと下がりとうとう大木の根元へと追いやられた。

「人間め、おのれ人間め、クレディエア!」

オウゥンエアの叫びに、クレディエアの首のない身体が起き上がって走り出す。

「なにっ?!」
「ブルース、後ろだ!」

ミランが傷を押して必死で矢を放ち、ガーラントがミランの剣を取ってその身体に斬りかかる。
しかし、首のない大きな獣の身体は痛みがないのか、傷もいとわず鋭い爪でブルースに襲いかかる。

「うわあっ!」


「迷えし魂。汝、ことわりに帰せ!」


リリスの言葉に、ごうと音を立ててクレディエアの身体が燃え上がり、ブルースの寸前で灰となって風に消えてゆく。
赤く輝くリリスがゆっくり立ち上がり、すくみ上がるオウゥンエアを冷たく見下ろした。


「私は、怒りました。」


「ひいっ!なんだ??いったいこれは!まさか火?!火の巫子だって?そんな物、聞いた事無い!」

オウゥンエアがひっくり返り、尻餅をつく。

「食うんだ、食うんだ!お前を食ってやる!ウオオオオォォォォ…………」

四つ足で叫びを上げ、その声が大きく森に響き渡り、空気が、森が振動してざわめき耳をつんざく。

「うわああ!耳が!頭が痛い!」

騎士たちが耳を押さえて身動きできないでいると、オウゥンエアが剣を捨てて駆け出しリリスに飛びかかった。

「グガアアッ!」

オウゥンエアの獣の顔が、目前に迫る。
リリスが手をのばすと、その手から赤い炎が渦を巻いて吹き出した。


「フレアゴートが告げる!汝、輪廻の輪に立ち返れ!」

「ヒッ!!」

オウゥンエアの姿が炎に包まれ、そしてまるで異空間に身体だけがすっぽりと吸い取られるように消えた。
あとには彼の服や装飾品がガチャガチャと落ちる。
オウゥンエアの身体だけが、服の中身がすっぽり消えたのだ。

「な、なに?!一体何が起こった??」
騎士たちが、愕然とリリスを見つめる。

「ああ、熱い、身体が熱い……」

リリスの身体は赤く輝いたまま、熱さに苦しみながらよろめき、ケガをして動けないミランに足を向ける。
ミランが身動きも出来ず、目を見開いて思わず恐怖にもがいた。

「大丈夫、動かないで……今なら、治せます。」

苦しそうに、かたわらに膝をつきミランの血だらけの脇腹に赤く輝く手を添える。

「あつっ!」

刺すほどの熱さに、ミランが顔をゆがめ身をひいた。

「少し、我慢して……下さい。
火の紡ぎ糸、フレアゴートの力を持って断たれし物をつなげ。
弱りし者に、火の祝福を。」

リリスの手から、赤い炎が糸のように絡まりながら吹き出し、ミランの傷を包む。
ミランが熱さにたまらず悲鳴を上げた。

「うわああっ!」

飛び上がるような痛みが走り、焼きごてでも当てられたかと思わず転がり怖々傷を見る。
しかし、傷は消えてただ赤い筋が皮膚に残っていた。

「あれ?あれ?治ってる。」

「治り……ましたか?」

リリスが苦しそうにしながらも、ホッと顔がほころんだ。
何とか立ち上がり、肩から血を流すガーラントに足を進める。

「俺はいい、お前をどうにかしろ!大丈夫なのか?」
「大丈夫、傷を治したら冷やしますから。」

ガーラントの肩に手を添え、呪を唱えて傷を治す。
次にブルースを見ると、慌てて彼は手を振った。

「俺はかすり傷だ、大丈夫。巫子殿、どうすればいい?手を貸そう。」

「いえ、私に触れないで。キュア!キュア!」

キュアが呼ばれて一鳴きすると、リリスの元へ羽ばたいてくる。
そして彼の身体を足で掴み、大きく口を開いて食べるように覆い被さり熱を吸い取った。

「うう、ああ……痛い、爪が……爪が痛い!キュア!」

スッとリリスの身体から輝きが消え、キュアが乱暴に彼の身体を放る。

「あっ、……痛っ……」

転げて身体をしたたかに打ち付け、リリスは軽く頭を振って起き上がり、満足げにバタバタ羽ばたいて鳴くキュアを睨み付けた。

「この、いつかお仕置きしますからね。
いたた、もう、熱くてたまらない。水を……もう、恥ずかしいとか言ってられません。燃えそうです。」

「おい、大丈夫なのか?」

ガーラントが、心配そうに彼の肩を掴む。
まだ熱の残る身体は、服も炎天下に置いていたように熱く、カッカと火照っている。

「すいません、水を浴びます。」

よろめきながら小川までいくと、服を脱いで浅い水に入り川底に身を横たえた。
ちょうど身体が浸かるくらいの深さで、石に頭を乗せると顔が水面から出て丁度いい。
頭から足へ、水が身体をゆるゆると流れて心地良く、火照ってどうしようもなかった身体がようやく冷えた。

「あああ、死ぬかと思った。やっと冷えました。気持ちいい……」

「参ったな、これでは明日の早朝立つのは無理か……」

川の畔にガーラントが座り、疲れたように大きく息をついた。
後ろでは、ブルースが空に向かって口笛を吹く。
心配していたグルクは、傷もないようで元気に帰って来た。

「どうだ?巫子殿、ほんとに生きてるか?」
「胸はどうもありませんか?」

ミランとブルースが、小川に寝そべるリリスに声をかける。

「いえ、私は何とも。一体なぜ、私は黄泉の国へ行ってしまったのでしょう。」

「そうだ、ミランはあの時一体何をやったんだ?」

「あれは、不死の矢の効果で一時的に仮死になるそうです。一か八かでしたがでも、あなたをお止めするには仕方がありませんでした、お許し下さい。」

「いえ、私も隙があってのこと、修行不足でした。情けないことです、助かりました。」

「不死の矢か、そんな物どこで?」

「城で魔導師のレナファン様に、きっと必要になるからと。
あの方は先見の力をお持ちですから、この事が見えていらしたのかもしれません。
でも……リリス殿もあのような術を持っていらっしゃるとは存じませんでした。」

「ああ……」

リリスが、ため息にも似た吐息を吐いた。
ようやく身体が冷えて、半身を起こし川の中で座る。
赤い髪が緩やかなウエーブを残し、身体に張り付き水が流れた。

「黄泉の川のほとりで、たいそう先々代にしごかれてきました。」

「先々代というと……巫子であり王であったと言う……えーと……」

「ヴァルケン様で。
もう、それはそれは豪気なお方で……ミスリルごときの術にかかるとはけしからんと、散々怒られてきました。
火の巫子の口伝を伝えて下さるのですが、もっと怒れ、お前は怒りが足りんと仰いまして。」

「ああ、それで怒りましたと?」
「はい、火の巫子は怒りの巫子だと、ほんと短気なお方で……」

術を使う前の、妙に落ち着いた言葉が思い出される。
ちっとも怒ってない様子なのに、まるで自分に言い聞かせるような。
プッと皆が笑った。

「笑い事ではありません。もう……上がりますから、あまり見ないで下さい。」

むくれるリリスが服を取って立ち上がる。
恥ずかしそうな仕草に、ブルースが笑って腰のタオルをポンと払って差し出した。

「これは眼福。なかなか少年の裸もいいではないか。なあガーラント。」

「ふざけた奴だ、自分も少年の時はあったろうに。」
「まあな、俺は悪ガキだったがね。はっはっは!
ああーあ、もうすぐ世が明けちまうな。結局徹夜か。」

「どうする?本城に向かうか?少し休んでから出るか?」

「そうだな、日が昇ってからだと暖かいから日没前には着くだろう。
少し仮眠を取っていくことにしようか。
馬と違ってグルクは居眠りしたらサヨウナラだ。」

たき火に戻り、薄暗い森の中でしばし仮眠をとる。
皆、心の中では先ほどの姉弟が、偶然現れた物ではないことがわかっていた。
思った以上に、リリスが帰ることは警戒されているようだ。
果たして巫子として認められるのか、それ以前に入城さえままならないのではと色々な考えが心を占める。
あの姉弟を動かせると言うことは、ミスリルを使える身分の高い者に違いない。

ミランとブルースは、リリスの生まれのことは知らない。
が、巫子の問題だけでないことは薄々気がつき始めていた。


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