桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 32

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94、

「ふう……」

リリスが横になり、指にある指輪を見る。
それは幻のリリサレーンの指輪とそして、もう一つの巫子の指輪。
またそれもこの世の物ではない仮初めの物。
目を閉じて、口から火が出そうなあの熱さを、黄泉の国で起こったことを思い返した。

信じられない事だが、あの仮死状態になった数分を、リリスは黄泉の国で体感半年ほど修行してきたのだ。

夢見心地をミランの矢に射貫かれ気がつけば、一緒に死んだキュアが頭をつつき、そして暗い川の畔で仁王立ちの体格の良いヒゲを蓄えた壮年の男、ヴァルケンが腕を組み怒りの表情で見下ろしていた。

ここはどこでしょうと尋ねてもそれの答えはなく、尖った砂利の上に正座させられ、ミスリルごときの術にかかるとは何事かと延々修行不足を説教された。
そしてようやく事態を飲み込み、一刻も早く帰ることを望みながら、ヴァルケンの元で火の巫子としての口伝や大切なことをたたき込まれたのだ。
ヴァルケンは王であった名残か気位が高く、気が短いことこの上ない。
そして時間がないこともあったのだろう、会話はほぼ一方的な物で、夜も昼もない世界でひたすら暗唱と知識の詰め込みばかり。
またヴァルケンには忠実なキュアは、リリスの言うことを少しも聞かず、その扱い方を聞くも振り回され馬鹿にされる。
そしてようやく現世に戻れるその日、リリスはヴァルケンと初めてまともに会話が出来た。

「さて、世が伝えるは以上である。
が、これはお主の指輪を持って完成となる。
だが、未完成であっても我ら火炎の巫子は火の化身、この火は汚れを払い、自ら聖域を作り出す。
しかし、指輪はないよりあった方がよい。」

「なぜ、指輪が必要なのでしょうか。」

ニイッと巫子らしからぬヒゲもじゃの顔が、不気味に笑う。

「あれは火打ち石じゃ。」

「は?」

「あれは普通の宝石ではない。フレアゴートが血の結晶、純粋な火の固まりじゃ。
普通の人間が指を通さば、燃え上がり炭になる。が、我ら火の巫子がつければ我が血にフレアの血が流れ、それは一つになり大いなる力を受ける事となろう。
お前のかたわらにいるキュアは、世がこの指輪より生み出したる火の化身。
指輪と共にあるが本来の姿。だが、今のお主の指輪は幻、これはまだ仮初めの姿ゆえ普通の鳥と変わらぬ。」

そう言って、ヴァルケンが自分の指輪をはずしてリリスに見せる。
その指輪は確かにリリサレーンの持つ指輪と同じ石が付いているが、かなりデザインは違っていた。

「世の指輪はこの黄泉で名残を結晶した物。
しかし、お前の今つけている幻の指輪よりも火に近いであろう。
ほんの一時でも、必要なときはお前の身体に火をつけるはず。それは火の巫子としての力の転生となる。
さあ、手を出すがよい。お前に火を灯してやろうぞ。」

「は……い」

ヴァルケンが恐る恐る出すリリスの手を取り、大きな手でリリサレーンの指輪に重ねてつける。

「あっ!ああっ!」

その瞬間、リリスは今まで感じたことのない、身体の奥底からちろちろと灯り、どんどん勢いを増して身体が芯から熱く、耐え難いほどに燃え上がってゆく火の存在を感じた。

「あ、熱い!身体が熱い!」

「それでよいのだ!
世の肉体は転生をすでに済ませ、現世と魂を分かちお主がここへ来るのを待っていた。
だがそれも限界、お主にこの指輪を与え現世の身体に戻るとしよう。
さあ、行くがよい、そしてまたまみえようぞ、我が血族の子よ。」

「でも!私はまだ指輪を手に入れることができるのかもわからないのです!
私は、命を落とすかもしれ……」

「わっはっは!何を言う!お主の周りを見よ!忠臣を得たお前に敵など恐れるに足りぬ!
我が道を信じて行け!火の巫子の精神は現世に生まれたときより戦いの道を歩むのだ!
怒れ!もっと怒れ!お前は怒りが足りぬ!

そして……

そして、生まれては死する事しかできなかった、お前の先代となるはずだった者達の意志を継ぐのだ。
フレアを……頼むぞ……」

遠くヴァルケンの声が響き、そして、現世に戻ってきた。
ずっと不安だった巫子としての口伝も引き継ぎ、ほんの少し火の巫子に近づけた気がする。
それにしても、なんと重いのだろう。
一旦途切れた神殿の復活は、自分が思っている以上に大変な事なのだ。

しかし今はただ、ひたすら誤解を招かぬよう祈るのみ。
自分は一切王位には興味が無いのだとどうすれば伝わるのか。

「フレア……ゴート様……」

どうか、助けて欲しい、自分を皆の前で巫子だと公言して欲しい。
手を合わせ、ひたすら願いを込める。
その願いがこの国のどこかにいるフレアゴートに届く事を祈りながら、リリスは眠りについた。







数時間仮眠を取り、少し頭がはっきりした所で出発して本城に向かう。
何度か休みを取り、順調に飛行を続けた。
そろそろ最後のポイントとなる小高い丘の、大きな3本の木が右手に見えてくるはずだ。
青い空には鳥が数十羽群れをなし、遠くを優雅に飛んでゆく。
少し風が吹き、ヒヤリとした冷たい空気と雲を運んできた。

「ブルース殿、天気が……」
ミランが心配して空を仰ぐ。

「いや、あの雲の色なら今日中は大丈夫だろう。
もし降り始めたら、下りて休むしかないな。」

チラリと離れた所を飛ぶリリスの姿を見る。
リリスはこちらを向いて、手を上げた。

「お天気ならまだ大丈夫ですよ。この分なら明日は雨でしょうけど!」

叫ぶように返す彼に、苦笑してミランが手を上げて答えた。
こっちを見ていたんだろうか。それにしても……

「ブルース殿、私は時々リリス殿の勘の良さにビックリしますよ。何も言ってないのに、ちゃんと天気の話だってわかるんですから。」
ミランがブルースに、ぼそりと呟く。

「あいつはきっと、悪口も全部聞こえてるぜ。」

ブルースが笑って、全くだとうなずいた。
そして、ふとブルースが横を向く。
ミランが身を乗り出し、耳をそばだてた。

「なあ、ミランよ。どうも正面からってのはマズイと思わねえか?」
「と、言いますと?」

「どうも、なあ。
巫子ってだけじゃないような気がするんだ。
ここまで手の込んだことをされるってのはよ。」

「他に帰られては困る理由が?」
「そうだな、あの子が高い地位に上がると困る輩がいるんだろうな。」

「それは…………ブルース殿、あの鳥おかしいと思いませんか?」

ミランの指さす方から、先ほど見た鳥の群れが列を乱し、狂ったように飛び交いながらこちらへ一斉に向かってくる。

「まずい!こっちに来るぞ!」

ブルースが前に出て、ガーラントに合図する。
二人はグルクのスピードを上げて、追いつく鳥を振り切ろうと高度を下げ、森の木々ギリギリを飛んだ。
振り向くと、見るからに正気ではない鳥が高速で追いかけてくる。
その中の数羽が高い木に引っかかって落ちるが、やはり逃げ切れる物ではない。

「ブルース殿!」
「喋るな、舌をかむ!」

次第に間は狭まり、後ろを飛ぶブルースの背にいるミランに鳥が追いついてぶつかってきた。

「ガーラント様、私の魔導は印を組んだ方が効果的なのです!どうかスピードを落として!」

「駄目だ、術者から離れたら鳥も正気に戻るはず!
今、一人離れるのはまずい、術を唱える間は無防備であろう!状況がわからぬうちは勝手をするな!」

リリスが唇をかみ、鞍につけた命綱をチラリと見る。そしてガーラントの腰から手を離して印をくんだ。
身体がふわりと浮いて、思わず驚いたガーラントが片手で足を掴む。

「馬鹿野郎!」

「惑いし鳥よ!風の力を持って邪な術を払い我が身を取り戻せ!リム・ラ・ファーン・ラナス!
鳥を惑わせし者よ、世を乱すは聖地を乱す者なり、リム・ラ・ファーンセラフ!風よ、そのものを捕縛し我が前より消せ!」

びょうと風が大きく鳴り、鳥たちを巻き込んで渦を巻き離れてゆく。
そして遠くでは術者なのか、一人の男が悲鳴を上げながらどこかに遠く吹き飛ばされていった。

「馬鹿!お前が命をかけてどうする!」
「だって!わっ!!命綱をはずします、私には風が付いてますから!」
「駄目だ、ゆるさん!下りるぞ!」

リリスの身体がキュアの背に戻れず、風圧で舞う。
命綱が邪魔をして身体が逆さまになり、風の精霊達も彼の力になれず困惑していた。

「この……俺の身体をどこか掴め!」
「やってます!」

ガーラントのベルトを掴んだリリスを何とか片手で抱き込んで、キュアを操り森へと下りていく。
そして無事地上に降りると、あとからブルースたちも降りてきた。

「ああ、良かった。あれだけの大群に襲われては地に落ちていたかも。リリス殿、助かりました。」

背中をつつかれていたミランが、グルクを降りて一息つく。
ガーラントはキュアを降り、はずれず困っているリリスの命綱をはずしてやると、思わず彼の頬を打った。

95、

バシン!

「うっく!……ガーラント様……」

「ガーラント殿!」

頬を打たれ、リリスが驚き愕然とガーラントを見る。
ミラン達も、突然のことに遠巻きに見守った。

「なぜあんな無茶をする!お前は我らが護ると言ったはず!なぜ信用できない!
一人になった所を射られては、護る事も出来んのだ!なぜわからない!」

「だって、あのままじゃ!   ……申し訳……申し訳ありません。」

頬を押さえながら、リリスが唇をかみ、視線を落として彼に深く頭を下げる。

「違う!そうじゃないんだ!あなたは……わかってない!何もわかってない!」

ガーラントは腹立たしそうに、大きく首を振って地に左膝と左手の拳をつき、そしてリリスに深く、深く頭を下げた。

「ガーラント様!」

「私は、一度はあなたの命を狙った者だ。
だが、今はあなたの、あなたを護る家臣、騎士だ。
手を上げた事はどうかお許し願いたい、だが、あなたは我らに頭を下げる必要はない。
ただ、その意味を考えていただきたいのだ。」

ガーラントの心の内を初めて見た思いで、リリスが愕然として彼を見下ろす。
自分に頭を下げる騎士が、自分に忠誠を誓う騎士が生まれていた事が、リリスには理解できず混乱した。

「だ、だ、だめです!そんな!私などに膝をついてはなりません!」

慌ててガーラントの身体を起こそうと、前から肩を懸命に押す。
しかし、ガーラントは頭を下げたままビクともしない。

「ご冗談を!リリスはまだあなた様に頭を下げられるような……!」

「リリス殿!」

声に振り向くと、ミランもまた、そしてポカンと見ていたブルースもため息混じりに片手片膝付いてリリスに頭を下げた。

「どうして皆様は……!?」

絶句するリリスに、ガーラントが顔を上げる。
その顔は、今まで見た事がないような真剣な顔だった。

「あなたは、もう魔導師でも召使いでもないのだ。
皆、あなたを火の巫子と認めています。
あなたはこれまで人に冷遇されてきた。だが、あなたを慕う人間もこうして生まれ、そしてあなたのために命をかけてもいいと思っている。
それは、あなた自身がそうさせる何かを、我らに与えてくれたからだ。
リリス殿、もうすぐ城に着くだろう。
だが、このままではあなたは、あの狡猾な人間達の中で追い詰められ、すぐに死を選んでしまいそうで恐ろしい。
リリス殿、あなたは一人ではない。我らがこうして守りについている。
我らは命をかけてお守りしよう、だが、あなたは我らを護るために命をかけてはならない。
そして、あなたはこの国の人々のために、たとえ城の者に火の巫子と認められなくても生き抜かねばならない。
火の巫子としては、城の人間に認められなくては正式に神殿など与えられないだろう。
だが、城に認められなくても、あなたが火の巫子である事に変わりはないのだ。
それはきっと、この国の救いになる。」

リリスが唇をかみ、ガーラントを見つめる。
最低の身分に撃ち込まれた自分の立ち位置が、大きく変わろうとしている。
ずっとそれを望んできていたのに、それはなんと恐ろしいことだろう。
それは恐らく自分のことを知る城の人間にすれば王子の地位を脅かす者ととらえられるだろうし、だからこそこうして、命を狙われるのだろうと容易に考えられる。
そしてそれは、この騎士たちの命さえ脅かす事になるのだ。

「わ……かりました。」

ズシンとガーラントの言葉が重い。
二人の様子を見ていたブルースがため息をつき、そして立ち上がるととうとう切り出した。

「リリス殿、我らに何か話し忘れたことはあるまいか?
ガーラントは知っているようだが、俺とミランも命を賭して守るからには知っておかねばなるまい?」

「それは……申し訳なかったと思います。でも……」

ガーラントが、話した方がいいのか迷うリリスを制して口を開く。

「貴方らに話さなかったのも、内容がこの国の根幹に関わることであったからだ。
これは王族内でも極秘のことであろう。なにしろガルシア様もご存じなかったのだから。」

「どう言うことだ?」

「リリス殿は王のご長子であったが、訳あって城を追放されたご身分であったのだ。」

ポカンと二人が顔を見合わせ、首をひねる。

「えーっと、つまり王の長子って事は……あれ、噂だろ?」

「真(まこと)の話だ。」

「真??すると、嘘だろうと言われていたことは、本当のことだって??
待てよ、王子の兄って事はだぞ、普通に行ってたら次の王って事?」

「そうなります……ね。」

「つまり、追放されてなかったら御世継ぎ?」

「はあ、そのはずだったのでしょうね。」


「えええええええええ〜〜」


ミランとブルースが一歩引いて驚く。
が、一息ついてなるほどと大きく頷いた。
しかし、そんな大事なことなら最初に言って欲しいと思う。
少々ムスリとして、ブルースがあごを撫でながらガーラントを横目で睨んだ。

「それで、ガーラントはいつ知ったんだ?」

「知ったのは、つい先日だ。この鳥キュアが来た日に、セレス殿に知らされた。」

「あの噂は本城から流れてきたんだろう?
なんで本城の奴らは知らないんだ?たかだか15年前のことだろう?」

「秘密という物はそう言う物だ。生まれてすぐに極秘裏に風殿へ預けられた御子だ。
しかも王族からは完全に切り離され、上を見ないように厳しく躾けられたんだろう。この子を見ているとわかる。」

「だから命を狙われてると言うことか?
追放した子の身分が上がるのがそんなにまずいことか?」

「それをきっかけに、王位を狙ってると思われても致し方ない。だからこそ、この任務は重いのだ。
だから貴方らにも護衛をお願いした。
俺一人では、あの狡猾な貴族どもから護ることが出来るかわからん。」

「貴族さん方には関係無かろう、頭が変わろうと、貴族は貴族だ。」

ブルースの言うことはよくわかる。
だが、ガーラントは本城に行って、貴族たちの考えていることはよくわかるのだ。

「騎士長より聞いた話だが、噂が流れた頃、真偽はよそに下の貴族はこの子を立てて傀儡としようとしたらしい。
その貴族たちは貴族院の長からかなり制裁を受けたと。
長の息子は王子の側近だ。
今でさえ長はかなりの実権を握っているお方、息子の失脚など許さんだろう。
たとえこの子を殺してもな。」

「貴族院の長ってのは、確か、えーっと、レナ……レナ……何とかって……」

「貴族院の長はレナパルド様ですよ、ブルース殿。
表向きは非常におおらかで良い方に見えるそうですが、一度睨まれると失脚するとか。
叔父上のご友人が酒が過ぎて失言したとかで、本城の大隊長から国境警備に飛ばされたそうです。
恐い方ですよ。」

「なに?酒の席で??酒飲んで失言なんて珍しくないぞ。それなら俺は、百回失脚だ。」

「でしたら本城での酒はご遠慮下さい。
リリス殿、ガーラント殿、教えていただき助かります。
やはり、それは知って置いたが最善でしょう、我らの覚悟もそれ相応のものになります。
では、それは極秘に。口外してはリリス殿のお立場を悪くしましょう。」

「お願いいたします、ミラン様、ブルース様。
私はもう、王族とは関わりございません。
私の母は風のセフィーリア様、そして父は騎士長ザレル様なのです。」

親に様をつける事に、ミランがクスッと笑う。
そして、うなだれるリリスの手をしっかり握りしめた。

「あなたの芯の強さは、王族ならではのものなのでしょうね。
あなたが必要な物、あなたが必要な地位、あなたのために、そして我らが国の民のために、何とか勝ち取りましょう。
これは、小さな戦いです。」

「戦い……ですか?」

「ええ、頑張りましょう、私も頑張ります。」

「そうだな、俺も頑張るぞ。」

ミランとリリスの手に、ブルースが、そしてガーラントが手を重ねる。
3人の顔を、目を潤ませ唇をかんでリリスが見つめる。
御礼を言うべきか、詫びるべきか、リリスは声が詰まって言葉が出なかった。
ただ、4人大きくうなずき合う。
今は、それだけで心が一つになった。

「私は……必ず生きて……レナントへ……」

「そうだ。
必ず生き延びろ、たとえ何があっても。」

「はい!」

流れる涙を拭くのも忘れ、リリスは明るく笑って返事を返した。

96、

日が傾き、沈む夕日を背にして、遠くの高台に美しくも懐かしい、アトラーナの王城が見えてきた。
ねぐらへ帰る鳥たちを横目に、冷たい風が吹く中をひときわスピードを上げブルース達が乗るグルクが先を行く。
ミランが振り向き、城を指さし城の手前にある森を指さす。
つまり、城か一旦森に降りるか、という事なのだろう。
ガーラントは迷わず城を指さし声を上げた。

「ガルシア様の命だ!城に行き王に謁見を願う!それからだ!」

ミランが手を上げ、わかったと合図する。
先ほど休憩時にも一応、リリスの義父であるザレルに連絡を付けて、先に城の様子を確かめてはどうかと進言してみたのだが、ガーラントは強気で行くらしい。
考えが変わらないと言う事で、ブルース達も腹を決めた。

城の上空に来ると、王家の一人であるガルシアの書簡を持っている事を印す、レナントの紋章の入った旗をミランが手に持ち城に向けて振った。
すでに薄暗いので見えるかどうかは運任せだ。
だが、魔導師から知らせは行っているはずなので、まさか下から矢が飛んでくることはあるまい。
ガーラントの背を、リリスが不安そうにギュッと抱きしめる。

「母上が、お出迎えにいらっしゃると思っていましたが……いらっしゃらないのでしょうか……」

寒いのか、不安なのか、リリスの唇が震える。
ガーラントが横にあるリリスの足をポンポンと叩き、大丈夫だと力づけた。



たいまつを持ってくるくると回す誘導に従い、すっかり暗くなった城の広場へとキュアとグルクが降りて行く。
ざわつきながら人々が集まり兵達が前に出て、隊長らしき男がキョロキョロ怪訝な顔で4人を見回した。

「私は衛兵7番団長のサーバーと申す。貴方らが連絡を頂いているレナントの騎士殿であろうか。
失礼ながら、確認の上で御用向きをお聞きしたい。」

ちらりとガーラントを見て、ブルースが前に出る。

「いかにも私はレナントの騎士、ブルース・ザナフィーと申す。我らは現在魔導師の身分に置かれているリリス殿の……」


「リリス!」


声に顔を上げると、息を切らせてザレルが人をかき分け大きな身体で走ってくる。

「ザレル様!」
変わらない姿に、リリスがパッと明るい顔で走り寄った。

「ザレル様!リリスは……リリスは……」

久しぶりに見る姿に、思わず涙が浮かぶ。
ザレルが大きな手を広げ、リリスの肩を抱きしめた。

「よく、無事に帰ってきた。
お前の働きはこちらにもちゃんと届いている。
よく頑張ったな。」

「はい、……はい!」

ホッとしながら、涙を拭いてニッコリ笑う。
久しぶりに頭をグシャグシャに撫でられて、ようやくリリスの緊張がほぐれた。

「あの方がザレル殿か?」
ブルースとミランが、多少緊張して姿勢を正す。
ふと視線が合い、ガーラントがザレルに深く頭を下げた。
心の中で、申し訳ないと心から思う。
この人にとって、この子は本当に大切な息子だったのだ。
尊敬する騎士の、我が子にと選んだ人間を信じ切れなかった自分が恥ずかしい。
奴隷のずる賢い子供に騙されているのだという話を、自分は愚かにも信じてしまったのだ。

「ブルース、よくこの子を護ってくれた。礼を言う。
こちらはレナントの騎士か。なんと皆、血だらけではないか。
すぐにケガの治療を……」

「いえ!治療はリリス殿により済ませましたので、大事ありませぬ!
お、お会いできて、光栄でございます!」

ブルース達がザレルに話しかけられカッと血がのぼる。
狂獣と呼ばれ、名を上げた勇猛な騎士が、随分思っていたと違い柔らかくて驚いた。

「そうか、内容は魔導師の塔からも連絡を貰っている。王子もご心配して朝からお待ちだ。さあ、謁見の間へ。」

歩き出すザレルに慌ててリリスが話しかける。

「あの!王に謁見は許されますでしょうか?」

ザレルがため息をついたように見える。
恐らくはきっと、話は良い方には向いていないのだろう。
リリスが手を合わせ、唇を噛む。
ザレルは引き返してリリスの背に手を添え、並んで歩き出した。

「急くでない、それはあとで話そう。
まずは王子にお会いして今夜はゆっくり休め、食事をしながらお前の話しも聞かせてくれ。」

「はい。……あの、母上は……セフィーリア様はいかがされたのでしょう?」

「彼女はお前が来ることを知って、フレアゴート殿の説得に向かった。が、居所がまだつかめぬらしい。
配下の者から逐一報告は来てるのだが……何とも言えぬ、腹立たしい事よ。」

「いえ、……それは覚悟の上で参りましたから。」

荷物を下男達に任せ、皆が歩き出す。
その場から立ち去るリリスの背を見つめ、キュアが一鳴きすると羽ばたいた。

「キアアアッッ!!」

「な、なんだ?!この鳥!」

自分も連れて行けとばかりに、数回羽ばたいて身体が見る間に小さくなる。
鞍や荷物をドサドサ落とし、慌ててリリスのあとを追った。

「ああ、そうでした。おいで、キュア」

リリスが差し出す手を無視して、赤い髪の頭に止まる。
キュアは鳩ほどの大きさになっていて、髪をつつき置いてきぼりを怒っているようだった。

「いたた!もう!お前はほんとに私を馬鹿にしてますね。忘れて悪かったのはあやまりますから、つつかないで下さい。」

「キキッ、キュルルル」

リリスの頭に止まる変わった瑠璃色の鳥に、ザレルがチラリと見る。
鳥のことを聞かれるかと思ったが、無言で謁見の間へと進んだ。



日も暮れて遅い時間に、謁見の間もひんやりと数人の側近と貴族が並んでいるのみだ。
やがてリリス達4人とザレル、その部下が、王子の姿を見て頭を下げた。
キアナルーサは特に変わりなく、リリスを見ると喜びの声を上げる。
しかしどこかよそよそしい印象もあり、王子が椅子に腰掛けるとリリスは床に両膝を付いて、行きの旅の途中でのことを詫びた。

「レナントへの道中、皆様をお守りできなかった事は力不足でまことに申し訳なく……」

「良い、お前の働きはこちらにも届いておる。
お前無くては全滅であったろう、大儀であった。僕もお前を家来として鼻が高い。
しかし、用があって一時帰って来たとは聞き及んでいるが、お前がレナントの者を連れてくるとは思わなかったぞ。」

「はい、ガルシア様のお取りはからいで、身に余ることでございます。
おかげでこうして無事に城へ戻れました。」

「そうか、お前はガルシア殿の父上への手紙を持参してきたそうだな。
僕から父上にお渡ししよう。」

キアナルーサの言葉に、ゼブラが歩み出てリリスに手を差し出す。
迷いながらも、しかしこれは王へ直接と言い聞かされてきたのだ。
しかも、今自分は同胞の中にありながら警戒するしかない。
リリスは床に平伏して、それを詫びるしかなかった。

「これは、王へ直接お渡しせよとお言いつけの手紙でございます。申し訳ございません!」

王子の心証を悪くするに決まっている。
リリスはどっと冷や汗を流しながら、ただただ頭を下げた。

ゼブラがリリスを冷たく見下ろし、ため息をついて王子に目を移す。
キアナルーサも怪訝な表情をしながら、一息ついて背もたれにもたれた。



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