桜がちる夜に

HOME | 赤い髪のリリス 戦いの風33

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 33

>>目次のページへ

97、

ガルシアからの手紙を渡そうとしないリリスに、キアナルーサが眉を寄せる。
不服そうに目を細め、ため息をついて頭を下げる彼を見下ろした。

「ルークから、今朝話は聞いた。
お前は巫子の許しを得に来たらしいな。
先の旅でも、お前はよく精霊達と会話していたから不思議じゃない。
だけど、なんでフレアゴートが一緒に来ないんだ?他の巫子は、みんな精霊王が一緒に来て挨拶に来るんだ。おかしいじゃないか。」

「それは……まだ、フレア様とは……お会いしていないので。」

痛い所を突かれ、リリスが口ごもる。
死んだ先代達に指南を受けたと言って、信じて貰えるのかわからない。

「は?なんだって??フレアと会っていないというのか?
じゃあ、なんでお前は自分が火の巫子だとわかるんだ?おかしいじゃないか。」

「それは先代の……教えを受けたからです。」

「おやまあ、死んだ人間を持ち出すとは……くっくっく……」
横にいた、二人の貴族がクッと笑い出した。

どっと、冷や汗が流れる。
信用して貰えるか、これは一つの賭けだ。
巫子となると、ますますすんなり認めることなどされないだろう。
だが、とにかく王と話をしなければ事は進まない。

「私は先代達の御指南を受けました。
それを信じていただけるかはわかりません。
ですが、火の巫子であるとわかった以上は、自分にできる事をしていきたいのです。
レナントのガルシア様や地の巫子様方のご助力もあり、火の巫子として必要な物がこちらにあるとも知って参りました。
どうか巫子としてのお許しを、そして私の話を王にお聞き入れ願いたいと、切にお願い申し上げます。」

「父上に、直接か。」

「はい」

「リリス、僕はさ、お前は僕の家来だと思っていたんだけど。」

「もちろん、私は王子に忠誠をお誓いしております。それは何ら変わっておりません。
私のような者でも巫子となる事で、この国に大きな力となるとお聞きしまして決意いたしました。
ただ、火の巫子には、恐れ多くも王にお頼みしなければならない事があるのです。」

なぜ王に会わなければならないのかを、どこまで話していいのかわからない。
生きた心地がしない一時が、なんと重いのだろう。
率直に、すべてを話せればどんなにラクか知れない。
しかし、ミランの話を聞くと最も警戒しなければならないのは王子の側近なのだ。

黙って聞いていた別の貴族が、貴族同士目配せを交わして口を開いた。

「その方、自分の身分をわかっているのか?
王子の寛大なご配慮でここにこうしていられるが、本来であれば城に上がることも許されぬ身。ましてその気持ちの悪い髪と目を隠しもせず、そうしていられるのも王のお慈悲があればこそ。この上自分は巫子だなどと、よくもその口が言えたものよ。
その百合の戦士が羽織る上着、よもや盗んだ物ではあるまいな?」

ヒソヒソと語り合う言葉が響き、疑いの目を向けられサッと血が下がった。
イネスの心使いが、まさか盗品扱いされるとは。

「いいえ!いいえ!これはイネス様にお貸しいただいた物!ちゃんとお手自ら……」

「卑しい者が、何とでも言えよう。
巫子をかたるは重罪ぞ?その首明日も繋がっていると思うな。」

「うぬううう……」
傍で聴いていたブルースが、耐えかね真っ赤な顔を上げる。
ジロリと貴族を睨み付け、たまらずとうとう声を上げた。

「貴族殿と思えぬ、何という無礼なお言葉か!言うに事欠いて、盗んだなどとあまりのお言葉!
リリス殿は間違いなく巫子とむぐぐぐ……!」

「ブルース殿!お控え下さい!」

ミランが慌てて彼の口をふさいで押さえ込む。
本城の貴族にレナントの騎士が意見など、許されるはずもない。
ここは上下が厳しい所なのだ。

「レナントの騎士殿は口の利き方も知らぬと見える。城付きと言え、田舎育ちは不作法な事よ。」
「まことに。ガルシア様も勝手を許すにもほどがあるという物。」

ヒソヒソと侮蔑の表情でブルースを見ながら、貴族たちが言葉を交わす。
だが、ジロリと視線を向けたザレルの怒りに満ちた表情にビクンと飛び上がり、小さく悲鳴を上げて凍り付いた。

「な、なにか、騎士長殿。無礼であろう。」

貴族の言葉を無視して、プイとザレルが王子の前に出て頭を下げる。

「今宵はこれにて。
明日、王への謁見もお許し願えれば幸い。出来ますれば王子のお力添えも頂ければありがたく存じます。」

「う、うん、そりゃあ僕だって家臣が巫子だと言ってきてるんだ。僕も出来るだけ力になろう。
つもる話もあるだろう、部屋はザレルのそばに用意させた。レナントの騎士は客間で休むが良かろう。」

「いえ!我らはリリス殿の護衛に来ておりますので、行動を共にさせて頂きます。
王子のもったいないお言葉だけで、我らは十分でございます。」

「そうか、随分大げさなことだなリリス。」

「はい、もったいない事でございます。」

「まあ、好きにせよ。お前達の自由は許す。
明日父上に、話だけでも聞いて頂けるよう僕からもお願いしてやろう。
しょせん巫子など無理な話だろうが、お前も何か証明できるような物を考えてこい。
巫子を語るのは死罪だが、今のお前の身分は低すぎるからな。上に上がりたい気持ちはわかるし、そこまでは仰らないだろう。
じゃあ、疲れたであろう、今日は下がってゆっくり休め。
後ろの者も、大儀だった。」

「はっ」
「はい、ありがとうございます。」

リリス達が立ち上がりもう一度頭を下げる。
キアナルーサも席を立ち、ゼブラと共に背を見せ歩き出し、そしてふと足を止めた。

「しかしリリス、火の神殿ってのはまずいな。」

「……はい?」

「ベスレムでフレア殿が再建を目指していると聞いたが、使いが許しを得に来たけど父上はお許しにならなかったんだ。
火の巫子や火の神殿って絶えて久しいし、あの伝説もあるからな。
アトラーナじゃ火の神殿とかそう言う物はタブーなんだよ、お前も目の付け所が甘いな。
どうしても巫子とかに地位を上げたいなら、いっそ地の神殿に頼めば良かったんだ。
あんまり期待するなよ。じゃ」

頭を下げながら、リリスがギュッと手を握る。
まさか、フレアゴートの願いさえ聞き入れられなかったとは。

駄目かもしれない。
指輪さえも、それどころか……

「巫子のかたりは死罪以外はない、お主もよう一晩考えられよ。湯浴みの時、良く首を洗っておくのだな。」

侮蔑の視線でクスクス笑い、貴族たちが部屋を出てゆく。
ひとりの貴族が、リリス達に聞こえるようにひときわ大きな声を漏らした。

「まだ少年と言うに、なんと恐ろしきほどの詐欺師よ。末恐ろしい。
レナントを、まるごとだまし果せたと見える。
騎士長殿もお困りであろう、奴隷の思い上がりで使用人から死罪人を出しては失脚も目に見えておるわ。」

「まったくで……」
「クスクス……」「ククク……」

周りからも、ザレルを前にして失笑が漏れる。
リリスはうつむいたままハッと目を見開き、胸の前で手をギュッと握りしめた。

98、

ザレル……様に?ご迷惑が……?


自分のことばかり考えていたが、まさか主人にまで迷惑をかけるのだろうか?
王子の言葉にも、少しも信じて頂けるような様子がない。
誰にも信用して貰えなかったら、最悪の結果になるに違いない。

どうしよう、どうしよう、もし、もし……

胸の鼓動が早鐘を打ち、何度も取り押さえられて自分の首が落とされる光景が浮かぶ。
でも、それでザレルまで恥をかかせた上に左遷されるようなことになったら。

どうしよう、どうしよう


「リリス、さあ、部屋に戻ろう。」

ポンと肩にザレルの大きな手を置かれ、リリスの身体がビクンと跳ね上がる。
顔を上げることが出来ずにいると、ザレルは固く小さくなっているリリスの肩をグイと引いて歩き出しながら囁いた。

「惑わされるな、お前は自分の進む道を信じるのだ。」

「ザレル……様……」

「顔を上げよ。お前の意志の強さを皆に見せるがいい。」

唇を、ギュッと噛んで顔を上げた。
厳しい瞳のその顔は蒼白であったが、ザレルの変わらない表情を見ると少しずつ色を取り戻して行く。

「よし!まずは旅の汚れを落とし、それから食事だ!腹が減っては戦も出来ぬ!」

「はい!」

ニッコリ微笑み、心配そうなガーラント達に大丈夫とうなずく。
ブルース達もホッと一息ついて、いつもの調子で陽気に声を上げた。

「おお!やっとまともなメシが食える!
是非、ご一緒させて下さい!」

「もちろんだ、息子が世話になった礼もしなければな。良い酒を準備させよう。」

「なんと!酒だぞ、ミラン!」
「飲まないって、言ってませんでしたっけ?」
「馬鹿者!酒は飲むためにそこにあるのだ!
空は寒かったから、身体が温まってちょうど良いではないか!はっはっは!
さあ、湯浴みでさっぱりするぞ!」

ブルースのひときわ大きな声が、普段静かな城に響き渡る。
謁見の間にひっそり残っていたレスラカーンが、何か考えているように首をかしげた。

「いかがなさいましたか?お部屋にお戻りになられますか?」

「そうだな……ライア、ちょっと気になることがあるんだ。あとで彼の部屋に行ってみようか。」

「は?彼とはリリス殿でございますか?
しかし、微妙な立場であるあの方と、接触なさるのはあまり良いことと思えませんが。」

盲目のレスラカーンの手を引き、彼の側近ライアが部屋に戻りながら意見する。
もし、本当にリリスが嘘吐きで、それがレスラまで巻き込むようなことになればと思うと、よく考えて行動しなければと思う。

「ライア、お前は目で見てどう感じた?」

「そうですね、あの方はいつも頭が低くて、ご自分の地位は良く理解されていると思います。
それに護衛の騎士3名やザレル様にも大変大事にされているようです。
まだ15と聞きましたが、それだけの信頼を得うる者なのでしょう。
しかし巫子という物は精霊王が認めて証明される物です。巫子が自身だけで証明するのは困難でしょう。
まして、あの方は魔導師でもありますから、奇跡を起こしてもそれは魔導であると言われては、証明しようがありません。」

「なるほど、困難を極めるか。」

「巫子のかたりは死罪です。知っているでしょうに、やはり地位に目がくらんで大きな賭にでも出たんでしょうか……」

「そうだよ。知っている、でも自分は巫子だと許しを得に来たんだ。城嫌いのフレアゴートが姿を現さないことは承知の上で。
これは命がけのことだ、それが何を意味するか。」

「まさか、本当に巫子だと?火の巫子など、絶えて久しいではありませんか。」

「ライア、絶えてなど……いなかったんだとしたら?
火の巫子は、ずっと存在していた。
フレアゴートが存在していると言うことは、そう考えられるんじゃないか?
過去にも火の巫子を申し出た者はあったが、すべてかたりだったと聞く。
それは本当にかたりだったのだろうか?

アトラーナは精霊の国、ここは王家と精霊は等しくならなければいけなかったのだ。
だが、現実は王家の力が勝っている。

ドラゴンに頼らなければ魔物も倒せなかったのに、ドラゴンは王に忠誠を誓い……
だが、王はラーナブラッドに忠誠の印を貰わなければ王になれないとされている。
矛盾だらけだ。
私はずっとそれを解き明かしたくてたまらないんだよ。
そもそもあのラーナブラッドという石は、一体何で出来ているんだ?
不思議に思わないかい?ライア。」

ライアがあまりの話に驚いて周りを警戒し、怪訝な顔でレスラカーンの顔を見る。
王家の人間が、王家と精霊との関係に疑問を持つことはタブーだ。これまで誰も口にしたのを聞いたことなどない。
それは遠巻きに王家の権力を否定することであり、それを口にしてしまうなど、ずっと王家から離れるように過ごしてきたからこそなのかも知れない。
だが、あの頃と今は違う。

「王家があってこその精霊王、そして精霊の国でございます。レスラカーン様。
そこに疑問を持つことはタブーです、お控え下さいませ。」

ライアのたしなむような言葉に、レスラカーンがクスクス笑う。

「ライアには敵わぬな、わかったよ。」
「では、部屋を尋ねるのはご遠慮下さいませ。」
「いや、目で見えぬから聞かねばならぬ。
私には私の方法があるのだ。
タブーには触れるまい。」

ライアが目を丸くして、レスラカーンの横顔を見る。これほど積極的に動かれることなど無かったのに。

お変わりになられた。

ライアは苦笑して、彼の手をギュッと握り返答した。

「承知いたしました、お心のままに。」

部屋へと歩き始めた二人の前に、深い緑のローブを羽織り、魔導師の杖を持った若い男が部下を引き連れ立ち止まり、頭を下げた。

「これは、長のルーク殿。なにか?」

「このたびのリリスの件で。少々お話をと思いまして。」

「何か先が見えましたか?王や王子に……」

「いえ、これはレスラカーン様にお力添えを頂きたいと思い参じました。」

ひっそり話すルークに内容を察してレスラカーンがうなずき、ライアをうながし先を歩く。
ルークの連れの魔導師が背後に目をやり、小さく呪を唱えて杖を一降りした。

パシン

音を立て、追ってきた青い光を放つ蝶が千々に散る。

「今の音はなにか?」
レスラカーンが見えない目を開き顔を上げる。

「のちほど」

ルークの重い声が、何か薄ら寒い気配を感じさせ、レスラカーンはライアの手をギュッと握りしめた。





「あいつ、一体何のつもりだ、馬鹿が!」

キアナルーサが、椅子にあるクッションを腹立たしげに床に放った。
驚いてネコのアイがピョンと避ける。
ゼブラがそれを取り、ドスンと椅子に腰掛けたキアナルーサの横に、ソッと戻した。

「なんで巫子なんだ、そんなに地位が欲しいのなら、魔導師の指輪を与えるように僕から進言してやってもいいのに。
巫子なんて、認められなかったら首をはねられるんだぞ。」

「致し方ございません。身分に不満があるのは理解できます。
せめて魔導師の指輪が得られたならば、このような野心は芽生えなかったでございましょう。」

首を振ってため息をつくゼブラが、指をかみ落ち着かないキアナルーサ王子を見下ろす。
王子はリリスが巫子の許しを得に帰ってくると聞いて、最初驚いていたが次第に不安に駆られるようになって行った。
リリスの身分が王の座に近づくことが、これほど不安にさせるとは。

ゼブラがチラリとネコのアイを見る。
アイはなんとなく視線をはずし、身体をペロペロなめ始めた。
このネコが、なぜすぐにリリスの元へ飛んでいかないのか、不思議でたまらない。

なにか、レスラカーンに入れ知恵されたか……厄介な。

「まさか、本当にリリスは王の座を狙っているんだろうか。」

聞きたくない言葉に、ゼブラが眉をひそめる。
キアナルーサは、リリスがレナントに旅立ったあと、大きな不安感から胸に秘めていた出生の秘密をたまらずゼブラに話してしまった。
それは秘密を分かち合う事で、キアナルーサの心を少し軽くしたが、逆にゼブラの心に大きな影を落とすことになった。

キアナルーサは、王位継承者としての自信がないのだ。

リリスのことばかりを気にして、彼の挙動に不安を覚える王子が、またゼブラを不安にさせる。
どうして王としての教育を受け、次の王にと約束されてきたのにこうも自信を持てないのか。
もどかしささえ感じるほどに口惜しい。

「リリスは、僕を……王家を恨んでるのかもしれない。
……いや、あいつはそんな奴じゃなかったはずだ。僕に忠誠を誓うとあんな真っ直ぐな目で言ったじゃないか。
父上はどうなさるんだろう。
もし、リリスを懇意にされるようになったらどうしよう。」

不安をつぶやく王子に、ゼブラがため息を飲み込んだ。
そして膝をつき、王子の手をギュッと握って顔を覗き込む。
泣きそうな顔の王子をみっともないと思いながら、満面に微笑みをたたえ優しく囁いた。

「いいえ、不安に思うことなどありません。
あの方は純粋に、この地の平和を思って巫子にと言っていらっしゃるのでしょう。
今は表面だけでもお力になるのが賢明かと存じます。

……どうか、どうかご安心を、キアナルーサ様。
あの方が仮に自分こそと言いましても、誰も信じる者はおりません。
あなたこそ、真の王位継承者。どうぞ自信をお持ちになって下さい。
このゼブリスルーンレイアは必ず、何がありましても全力で王子の力となって見せましょう。」

キアナルーサが、ホッと息をついて力なく笑う。

「そうだな、うん、僕にはいつもゼブラがいる。お前の言うとおりにして、間違いだったことはない。当てにしてるよ。
じゃあ、僕は父上に会いに行こうかな。」

「リリス殿のことでございますね?」

「ああ、一応は僕の部下だし、せめて命くらいは救ってやりたい。
みんなの前でああ言って、もし何も言いに行かなかったら、あとで父上のお耳に入った時に何か言われるかも知れないし……」

「なんと慈悲深い。それでこそ私の王子でございます。では、侍従殿に許しを得て参りましょう。」

「うん、頼むよ。」

ゼブラが一礼して部屋を出る。
衛兵に一声かけて微笑み、王の元へと歩き出した。

「ゼブラ様、足下が暗うございます。ランプをお持ちしましょう。」

気を効かせた兵が声をかけるが、聞こえないのか彼は歩みを止めない。
やがて廊下の角を曲がり、姿が見えなくなった。

誰もいない暗闇の廊下で、ゼブラが立ち止まりギリギリと唇をかみしめる。

『みすりるハ、失敗シタヨウダナ。
アレガ指輪ヲ手ニ入レタラ、オ前ナド太刀打チデキヌゾ』

声にチラリと視線を向ける。
暗闇の壁にちょろちょろと、青く輝くトカゲが姿を現した。

「うるさい、巫子を証明できねば死あるのみ。
すべて否定すればいいのだ、たやすい事よ。
まして、この国では火の巫子は禁忌。その巫子の指輪とやらを、王が渡すわけがない。」

『アレノ気概アフレル姿ニ、王ハ、心ガワリスルヤモシレヌ。くくっ
オ前ノ王子ハ、王ノ器ニアラズ……』

ドンッ!

突然ゼブラが、腰からナイフを取って壁に突き立てた。
串刺しのトカゲは痛いそぶりもなく、するりと刃を抜ける。

「お前は巫子の指輪を処分しろ。」

『ソレハ出来ヌ相談ヨ。我ハ火ノ巫子ニハ関セズ』

「なぜだ、裏切るのか?!貴様はこのアトラーナを憎んでいるんだろう?」

『オ前ゴトキガ知ル必要ハナイ。私ハ静観サセテモラオウ』

「待て、私との契約は遂行して貰うぞ。」

『オ前ニハ、我ガ力ヲ分ケ与エタ。アトハオ前次第。手並ミ拝見シヨウ』

「待て!」

トカゲは待つ様子もなく、闇に溶けるように消えて行く。


何故だ?!

あいつは、リリスを殺してでも欲しがっていたじゃないか。どうしてここに来て手を引こうとする?まさか……心変わりか?


一体あいつの正体は何なのだ!


「ゼブラ様!こちらでお声が聞こえましたが、何か?」

兵が2人、ゼブラがつい大きく上げた声が聞こえたのか様子を見にやってきた。
壁にはナイフが刺さったままで、ため息混じりに右手で引き抜く。
あのくらいの挑発に乗るのは、未熟な証拠だ。

「なんでもないよ。蛇がいたので驚いてナイフを刺してしまったよ。」

「毒がある物でしょうか?他の兵に探させましょう。」

「いや、大丈夫だ。庭でよく見るやつだったから。こんな事で済まないね、お疲れ様。」

軽く手を上げ、ゼブラが廊下を歩いて行く。
いつも冷静で、声を上げることもないゼブラには珍しいことだ。
何事かと思ったが、蛇とは思いがけない弱点を見た。
兵は顔を合わせて笑うと、やれやれと持ち場に戻っていった。

99、

青く揺れる火に照らされ、部屋の中がまるで水中のように冷たく、青く揺らめく。
痩せて華奢な手を、部屋の中央にある大きなカメの中の青い火にかざした白いローブの青年が、ゆっくり顔を上げる。
息をついて横に浮いた自分の杖を持ち、杖の先端に付いた水晶を撫でた。

「リューズ様、こちらに向かっております地の巫子一行はいかがいたしましょう。」

まるでトカゲのような顔をした側近が一人、頭を下げて伺いをたてる。
白いローブに身を包んでいるが、背は丸く身長も低い。

「セレスは厄介な相手だ、お前達には太刀打ちできぬ。放って置くがよい。
上手く利用すれば、それをきっかけにアトラーナに攻め込む理由ともなろう。」

「は。
それと、右のゼルと左のローが、明日の夜にもレナントの城を落として良いかと申しておりますが。
メイス様を取り戻しに馳せ参じましょうと国境に控えております。
今ならレナントには2番目の地の巫子が一人でございますゆえ。容易いことでございましょう。」

「メイスか……」

杖の水晶には、カナンと楽しげに食事をするメイスの姿が映っている。
リューズは愛おしそうにその姿をなで、目を細めた。

久しく、このような微笑みなど見なかった……
しばし休息するも良かろう、敵中なれば使いようもある。

「良い、捨て置け。」

「その……メイス様の件ですが。
愚かな右手がメイス様を乗っ取ろうとして暴走した折りに、地の巫子によってメイス様に封印されていたキュアが解放されたようでございます。」

「そうか……あれは小枝ゆえ致し方あるまい。
愛し子が力を得ねばキュアは大した戦力ではない、普通の鳥よ。
皆に伝えよ、リューズが告げる。
すべての杖は待機せよ。
アトラーナの王が我が愛し子の願いを聞き入れ、火の巫子と火の神殿の再興を果たすのかしばし見守ることとする。」

「承知しました。」

側近が丸い目を細め、頭を下げ部屋を出る。
リューズは眉をひそめ、杖の水晶にリリスを映す。
そこには、明るい表情の中に時折暗い影を落とすリリスの顔がぼんやりと写っているが、時折揺らめいてはっきり写らない。

「今度の長はルークと言ったか、侮れぬ。」

ゲールが長を務めている時は結界がザルのように抜けていたのに、最近は長がルークに変わって良い魔導師を連れてきたのだろう。
結界の質が上がり抜け目がない。
メイスは本来巫子だけに、結界の中に彼がいれば結界などあって無いような物だった。
それを上手く利用していたのだ。
だが、メイスは今、手元にいない。

 『私との契約は遂行して貰うぞ』

ふと、ゼブリスルーンレイアの声が浮かび、顔の半分を覆う仮面を指で撫で、クッと笑った。

「そうだったな。いざという時に、一つ穴を開ければよいのだ。
キアナルーサの側近の小僧よ、時が来ればお前の身体利用させて貰う。
たとえ焼き切れようが、それがお前との契約。
我が力は思う存分使えばよい、だが、私にはそなたの身体を捧げよ。
裏切ることは許さぬ。
私との契約は遂行して貰うぞ。」

部屋にあるすべての炎が、青く燃え上がる。
しばし考え、手を差し出してその手の中に青い炎の鳥を生み出すと、その鳥は水晶に向かって吸い込まれるように飛んでゆく。
リューズは長いすに腰を下ろして杖に身を任せ目を閉じ、やがて眠ったのか身動きしなくなった。








レナントの城は壊れた場所の修復も始まり、メイスが来た時より後は魔物の襲撃もなく静かな時が過ぎていた。
人々の不安も落ち着いてはいるものの、根本解決にはなっておらず祈るような日々が続いている。
しかもガルシアの元には離れた所で静養する父の元へ避難していた妹姫のルシリアが、勝手に戻って来て彼の頭を痛めていた。

「ねえレイト、聞いた話だと巫子の元に魔物に取り憑かれた子が保護されているって話じゃない?
私会ってみたいわ、案内して。」

ガルシアの部屋のろうそくを換えに行く途中、歩くのが遅いレイトをルシリアがさっそく廊下で捕まえ袖をグイと引いた。

「それは、御館様のお許しを得ませんと……姫様、どうぞお許し下さいませ。」

レイトが困って逃げ腰で先を急ごうとする。
しかしそれを許す彼女ではない。
サッと前に出て立ちはだかり、腰に手を当て睨み付けた。
ルシリアは王家でも変わった女性で、いつもドレスではなくズボンの乗馬服を着ている。
だからと言って馬が好きと言うわけでもなく、動きやすいからであり腰には剣をぶら下げて、男勝りでその腕はたいそう強い。
しかも、もうすぐ18歳と普通ならとうに嫁入りを済ませているはずの年齢だが、見合いの相手はすべて却下と嫁に行く気もないらしい。
政略結婚などさせる気もないガルシアは、「勝手にするがいいさ」と人ごとだ。
まあ、その本人も未だ相手を見つける暇もないのだが。

「まあ!レイトは私の行動をいちいち兄様に言いつけるつもりなのね!
ひどいわ、私には自由がないのよ。」

しくしく嘘泣きをしてみせる。
レイトが呆れて大きくため息をつき、首を振って頭を下げた。

「どうか、私を困らせないで下さいませ。
側近のメリーメア様はいかがしました?」

「ああ、あの子にはしばらく暇を出したわ。だって母親が病気だというのよ。
それでね、兄様ったらひどいのよ!私が持たせた土産が気に入らないって言うの!
病気の時は物じゃなくて金だって、お前は何もわかってないですって、酷い言いようじゃない?」

ああ……それで御館様が怒ってらしたのか。
まあ、あの方も急いで金貨を使いに持たせてやったのを見ると、帰したことには怒っておられないのだろうけど。
こうして一人でフラフラされるのが、一番困ったことなのだろう。

「ねえ、レイトが私の側近になってくれたら私、部屋でじっとしててもいいわ。」

「えっ!」

「駄目だ!!」

突然ドアが開き、ガルシアが廊下に飛び出してきた。
呆気にとられる警備兵をよそに、ガルシアが急いでレイトの腕を引く。

「お前がレイトを狙ってるのはわかってるんだ。このじゃじゃ馬!
だいたい女に男の側近なんて聞いたことがない!さっさと嫁にいけ!」

「あら、失礼ね。だって私に付いてこれる女の子なんているわけ無いじゃない。
女同士で世間話と楚々として毎日お茶でも飲んで、なんてまっぴらよ。
でも、レイトならすっごく癒やされると思うの。見目もいいし、物腰も優しいし、お茶も美味しいし、気が効くし、その辺のがさつな騎士よりうんとステキ。
兄様、レイトを譲ってよ。」

「却下する!部屋に戻るぞ、俺は忙しい。」
ガルシアがレイトの腕を引き、急いで部屋に戻ろうとする。
しかし後ろから、ルシリアがレイトの上着を引いて引っ張り合いになった。

「だったらせめて、魔物付きの子の所に連れてってよ!そのくらいいいでしょ!」

「何しに行くんだ、面白半分なら……」

「あら、それは秘密よ。さ、レイト行きましょ。」

妹のいたずらっ子のようにキュッと笑う顔には、何かわけを感じる。
ガルシアはレイトと目を合わせ、渋々頷くと妹にレイトを託した。
ルシリアはレイトからろうそくを取り上げ、兄に渡して嬉しそうに彼の腕をしっかり抱きしめ、並んで歩き出す。
一人残されたガルシアが、歪めた顔で妹の背を見送りながらあごをさすった。

「クリスはいるか?」

「は、ここに。」

先ほどから呆れて兄弟げんかを見ていたクリスが、慌てて横に控えると頭を下げた。

「あいつがあのような顔をする時は、何か良からぬ事があるんだ。
あれほど父を気にかけていたくせに、このタイミングで帰って来たことも気になるな。」

「実はその事でお話が……フレアゴート様が……」

クリスがガルシアの耳元にささやきかける。
ガルシアはやはりとニヤリと笑って、彼にろうそくを渡し自室に戻っていった。



最近足の具合が悪く、歩くのが遅いレイトに歩幅を合わせ、ルシリアが彼と手を繋いで歩く。
レイトは困った様子で顔を伏せ、懸命に痛い足を引きずり歩いていた。

「足、具合悪そうね。この騒ぎが終わったら、しばらく湯治に行ってらっしゃい。
兄様は気が効かないだろうから、私から言って置いて上げるわ。」

「申し訳ありません、ありがとうございます。でも、大丈夫です。」

「いいのよ、別に気にすることはないわ。お前は兄様の大切な片腕なんだから、末永く勤めて貰うためにも身体を大事にして貰わないとね。
ベスレムのセルクルは小さな町だけど、良い湯が出るのよ。実はお父様と行ってきたんだけど、腰の痛みがたいそうラクになったのですって。うちの別荘を使っていいから行ってらっしゃいな。」

驚いた顔を上げ、レイトがルシリアの横顔を見る。
まさか、そう思われているなど、考えても見たことがなかった。
嬉しくて、足からスッと痛みが引いて行くような気がする。
レイトは素直に満面に笑顔をたたえ、彼女に礼を言った。

「ありがとうございます。身に余る光栄でございます。」

「足が悪くても、何も引け目に感じることはないわ。兄様やクリスはもう、あなた無しじゃやっていけないほど生活で依存してるんですもの。
ホホ、兄様には私がセルクルに行ったことはナイショよ。」

指を立て、パチンとウインクする。
本当に、少しもじっとしていらっしゃらない、困った姫様だ。

「承知しました。秘密は厳守いたします。」

クスクス笑って、うなずいた。
すっかり暗くなった廊下で、ろうそくに火を点けて回る少女が二人に頭を下げる。
レイトが前を通る時、その頭を軽く撫でて声をかけた。
「足下にお気をつけなさい、お疲れ様です。」

「は、はい!姫様、レイト様、良い夜をお過ごし下さいませ。」

「ありがとう、良い夜を。」

真っ赤な顔で下がって行く少女に、ルシリアがククッと笑う。

「女殺しだな、もてるだろう?」
「ご冗談を、怒りますよ。」

姫とも思えない言葉に、レイトはため息をついて巫子の部屋に向かった。


>>赤い髪のリリス 戦いの風32へ戻る
>>赤い髪のリリス 戦いの風34へ進む