桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 34

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100、

イネスの部屋につくと、サファイアが二人を迎え入れルシリアとイネスが小さなテーブルを挟み向かい合って座った。
二人は何度か会ったことはあるが、言葉を交わすのは初めてだ。
彼女はてっきりここにいるのはセレスだと思っていたらしく、イネスの姿を見て少々ガッカリして見せた。

「……そう、セレスはいないのね。残念だわ。」

「私も地の巫子です、どうぞご心配なく。」

ムッとしてイネスが腕を組む。
後ろでサファイアが、ゴツンとイネスの椅子を叩く。
小さくチッと舌打ちしてイネスが、ニッコリ優しく微笑んだ。

「残念です、きっと兄巫子もお会いしたかったと思いますよ。また滞在先にお帰りになられるのですか?」

「そうね、まだ考えてないわ。兄様次第かしらね。
ところでこちらに魔物憑きだった子が保護されてると聞いたのだけど。」

「ああ、あれは魔物じゃなくて魔導師らしき者に操られていたようです。
わ、た、く、しが払いましたので、今はもう大丈夫です。」

そこを強調して大きな声で話すと、控えていたカナンにメイスを連れてくるよう合図した。
ようやく元気を取り戻してきたメイスが、カナンに連れられおずおずと顔を見せる。
メイスは部屋の片隅にうつむいて、まともに顔を上げる事など出来ない様子で立ち尽くした。

「名は何というの?」

「メイスと……申します。」

「そう、今の状況は落ち着いているようね。
先日私の元にフレアゴート様がいらしたのよ、あの方は自ら城へ行きたくないと仰ってね。
メイス、こちらへいらっしゃい。」

「は、はい。」

「お前には、フレア様から言づてがあるの。」

恐る恐る前に出るメイスに、ルシリアが立ち上がり微笑みかける。

「あのね。」

ドッ!!

「あっ!」

そっと耳に唇を寄せるその時、彼女はいきなり腰の剣を抜いて彼の胸を刺し貫いた。

「なっ!」

驚いて立ち上がるイネスの前にサファイアが飛び出し、ルシリアに手を伸ばす。

「お待ちを!」
思わずレイトが割って入ろうとして、思うように動かない足がつまずきサファイアへ倒れかかった。

「あっつっ!」
「レイト!」

ルシリアはメイスの身体を抱き留めながら、彼にも手を伸ばすが届かない。
サファイアはとっさに判断してルシリアから手を引き、レイトの身体を抱き留めた。

「メイス!メイス!」

驚いたカナンが泣きながら飛びつき、胸を貫かれ意識を失ったメイスの身体にすがりつく。

「大丈夫、これは術にかかっただけよ。任せていいかしら?」
「は、はい。」

カナンがその身体を受け取り、近くの椅子に横たえさせる。

「上手く行ったのなら……うん、きっと大丈夫よ。」

確認するルシリアに、カナンがうなずき流れる涙を拭いた。
確かにメイスの胸から血は流れず、切れた服の下の胸に傷はない。

「傷が……ありません。イネス様。」

「姫様!つっ!」

「レイト、大丈夫よごめんなさい。ビックリさせちゃったわ、足は痛むの?」

「いえ、いつもの事ですから大丈夫です。あ……すいません。」

サファイアが手を貸してレイトを近くの小さな椅子に座らせる。
イネスも彼と目を合わせ、ホッと息をついて椅子にかけた。

「姫、これはどう言うことでございますか?」

「ごめんなさい、まあ、見て頂いた通りよ。
先日突然フレアゴート殿が見えて、手を貸せって。
なんでも青の巫子を見つけたけど、力不足で良からぬ物に利用されてるから何とかしたいと仰って。
術をかけたこの剣で心臓を貫くと、異世界へ精神が旅立つことが出来るのですって。
そこで修行させるからと言うことなのだけれど。」

「青の巫子?火の巫子も一人ではないと?青?じゃあリリスは……??ま、いいか。
ふうん……異世界……か。」

イネスがフッとため息をつく。

「あら、やっぱり問題なのかしら。私にだって勇気が必要だったのよ。」

「いえ、まあ場所が黄泉の国だろうが異世界だろうが、彼には必要なことでしょうからお任せしましょう。」

「それと、彼の目が覚めたらこれを渡して欲しいの。」

ポケットからハンカチに包んだ物を取りだし、手の平の上で開いてみせる。
それは、繊細な彫刻が入り、青く済んだ宝石の付いた銀の腕輪だった。

「これは、過去に青の巫子と呼ばれた者が代々身につけていた物らしいわ。この子の物だからって預かってきたの。
身を守る物らしいから、必ず着けさせて欲しいそうよ。」

「代々?それじゃそれはリリの方がいいんじゃないかな?」

「リリ?あの本城に行ったって言う子?
さあ、私はこれをこの子の物だからと預かってきただけだわ。」

イネスが受け取りながら、小さくため息をつく。どうしてリリスのことは気にかけて下さらないのか、腹立たしい。

「それで、フレアゴート様は本城には向かわれたんでしょうか?
本城へ行ったのは私の大切な友人で、本当の火の巫子なのです。」

ルシリアは椅子に戻り、腰を下ろしてため息をつき首を振る。
イネスの表情が、リリスの話に変わると一変して心配そうな顔になる。確かに、巫子を認められないと言うことは、巫子でもないのに巫子を語ったとなって死罪だ。
地位が高く、影響力も大きいだけにそれは大変な重罪となる。

「さあ、それはわからないわ。でも、ベスレムへ帰られたのではないのかしら。
今はベスレムのおじ様の所に居を置かれているようだから。この子もこちらが落ち着いたら、ベスレムを頼ってくればよいと言われていたわ。」

「リリの事は……もう一人の巫子の事は何も仰っていなかったのでしょうか?」

「いいえなにも。元々巫子を迎える気はないけど、この子は不憫だからと。」


迎える気はない?!

それは、リリを見捨てるという事なのか?
まさか、まさか…………


イネスの心臓がドクンと鳴って、めまいに頭を抱えた。

「チュッ!チュン!」

部屋の隅に留まっていたヨーコ鳥が飛んできて、イネスの肩に留まる。
白い顔がますます真っ白に色をなくし、小鳥が心配そうに髪をつつく。
イネスの頭の中では出発の時のリリスの顔が浮かび、自分に言い聞かせる言葉がぐるぐると巡っていた。

もし、フレア様が現れなかったら……
いや、それは覚悟の上でリリは本城へ行ったんだ。
あいつには、生きることを優先しろと何度も何度も言ったじゃないか。
大丈夫、大丈夫だ。きっと帰ってくる。
でも、もしかたりだと信じて貰えなかったら?
ああ、やっぱり自分も一緒に行けば良かった。
どうしよう、あいつが死んだらどうしよう。

あまりに落ち込む様子に、ルシリアが手をのばしイネスの手に重ねた。
驚いて顔を上げるイネスが、顔を赤くして思わずパッと手を引く。

「あら、ごめんなさい。ね?元気をお出しなさいな。
あなたのような友人がいて、そう簡単に人というのは死ぬものではなくてよ。
それに、騎士3人が護衛に付いてるんでしょう?大丈夫よ、レナントの騎士は守護する者を必ず守るわ。」

「わ、わかっております。私も友人を信じておりますので。
でも、フレア様がリリの元にいらしたら、それだけで何も心配はいらないのに……」

口惜しさで胸がいっぱいになる。
肝心な時に何もしてやれないなんて。
あの旅立った夜、リリスにかけた守りの呪が発動したことを感じ飛び起きた。
遠くから、一晩中瞑想して力を送り続けたのは、彼の力になったのだろうか、あれで上手く行ったのだろうか。

無事で。
どうか無事で。


イネスはヨーコ鳥を指に止め、優しく撫でながら祈ることしかできない自分を悔やんだ。

101、

いくつもの、衣擦れの音が耳に囁き人の気配はしないのに、沢山の人が周りを歩いている音がする。
身体は軽く、まるで水の中にいるように奇妙な浮遊感がある。
風はないのに風が吹き、近くをさやさや水の流れる音がしてメイスは目を開けた。
そこは夕暮れのように薄暗く、空は雲一つ無いのに星がない。
怪訝な顔で起き上がり周りを見回すと、人々が濃い霧がかかった川に向かって脇目もふらず歩いて行き、そしてその中に消えていく。
メイスは不思議とそれが恐ろしいとも思えず、ただ淡々としばらく見入っていた。

「ここは……死後の世か?」

「いいや、厳密に言えばその一歩前だな。」

女の声に驚き、思わず振り返る。
そこには、見事な黒髪を腰まで伸ばし、まるで一枚の布の真ん中に穴を開けてただそこから頭を出したような、奇妙な白い服を着た10才ほどの少女が酒瓶を持ち、ひどく不機嫌な顔でメイスを見下ろしていた。

「わしはお前の師匠じゃ。
向こうの世界で楽しう酒盛りしておったのに、貴様のためにフレアに呼び出された。よってわしはたいそう不機嫌である。」

「はあ……お師匠様?ですか??」

「貴様はド!素人ではあるが、受け入れる入れ物としては大きいようじゃ。だが、それはただの入れ物でしかない。
今の貴様はなんでも来いの、ただのオケ。
ゴミだろうが汚物だろうが、ただだば〜んと受け入れることしか出来ぬ。
思い当たることがあろう。」

「は、はあ。」
確かに、リューズ様の元では、あの方の力を受け入れたり身体をお貸ししたりはしていたし……

ふと、あの森で身体を乗っ取られた時の恐怖が思い出されて身震いした。

「あります、恐ろしい目にあって……自分では、どうしようもありませんでした。」

少女はフンッと鼻を鳴らし、酒瓶からぐいぐい酒を飲む。

「うむっぷは〜!
そうであろ!入れる物はなんでも良い訳じゃない。貴様は青の巫子。聖なる青き炎を宿す生き宮でなくてはならぬ。
ゴミなど入れてはならぬのじゃ!
じゃから、わしがお前の木桶を金の鍵付き宝物庫にしてやる!
ここには時という物がない。じゃが、サクサク覚えぬとわしが宴に戻れぬ。
よいな!基礎からみっちりサクサクやるぞ!
休みは無しじゃ!」

「で……も、私が、本当に巫子様になれるのか……私は……汚れているのです。きっとなれません……」

うつむき、小さな声でうなだれるメイスが、自分の身体を抱きしめる。
魔導師の塔で夜、時折あの魔導師達に女の代わりを強いられた。
ひどく屈辱的で、悲しくて悲しくて、絶望しか感じなかった。
いっそ死んでしまおうと井戸に身を投げた時、井戸の中の暗闇でリューズに救われたのだ。


「それで相手を殺したか?」


ドキッとメイスが飛び上がった。

顔を上げると、少女は燃えるような青い瞳を見開き、メイスの目をじっと微動だにせず見つめている。
まるで引き込まれるような恐怖を感じ、メイスは思わず後ろにひっくり返った。

「あ、あいつらが憎い!憎いから殺したんだ!僕がどんな目にあったのか、お前になんかわかる物か!!」

「わからぬ。
だが、お前の中にある底深い悔いと悲しみは見える。
それはドロドロとお前の中で澱のように沈んで、澄んだ心を少しずつ濁している。
それはお前が自分で、少しずつ取り除いて行くしか無かろう。」

「そんなこと、できる物か!」

「うい奴よ。お前はまだ、生を受けて何年だ?
人としてはまだまだ、先が長い。
過去の禍根はゆっくりと、明日、また明日と日々を明るい方を向いて癒やして行け。
人は過ちだらけじゃ、聖人君子などどこを探してもおらぬ。
憎しみも悲しみも、それはお前が生きている証拠じゃ。
だが、殺した者は、お前の苦しみを知っても悔いることも詫びることも出来ぬ。お前はその悔恨も背負って行け。
人生日々修行よ。
それに、青の巫子は聖なる火の入れ物、お前はそれを管理できればそれでよい。
お前は、お前であればよいのじゃ、あとは赤の火の巫子と仲良う、そして次代の巫子を見つけ育てねばならぬ。
火を継いで行くのじゃ。
大切な、聖なる火は灯火、闇を灯す明かり。そしてけがれを払う浄化の火。
それを断ってしまったから世が乱れた。

さて、修行の始まりじゃ。
お前が巫子とも呼べる代物になるまで、わしは断酒するとしよう。
よって早う覚えぬと、わしはどんどん機嫌を損ねるのでよいな!
わしの名は、青の巫子マリナ・ルー。赤の巫子リリサレーンが相棒じゃ。」

少女が酒瓶を置き、メイスに手をさしのべる。
メイスは恐る恐るその手を取り、明るくニッと笑う少女の優しさに安堵した。

102、

レナントの夜の酒場は、最近城下の町に兵が増えたこともあって遅くまで賑わっていた。
レナント各地から兵が集められて人が増えたこともあって、宿屋や酒場が繁盛し、思わぬ景気を上げている。
兵達も魔物の恐怖と言うより、国境の町の民らしく国の危機に意気揚々として沸き立っていた。

酒場に、巡回中の兵が顔を出し主人に何かを告げる。
酒を飲んでいた一人の男が、それを見ながらつぶやいた。

「夜なのに表、兵隊が多いな。」

「なんでも巫子さんがおっしゃるに、町に魔物が入った気配がするんだとよ。
いつも1小隊なのに、昨日から夜は3小隊に増やされてんだ。」

「へえ、巫子様ってこんな事でもなけりゃ、見ることも出来ない方だろ?」

「祭りの時に地の神殿には行ったことあるが、神事でもなけりゃ見ることも出来ねえさ。
なんでも男ばかりの巫子さんらしいけど、若い子は随分綺麗だったぜ。」

友人の情報にふうんとつぶやき、男が酒をあおった。
魔物と聞いても、襲われるのは城ばかりだ。
なんとなく、ここは関係がないような気がして気がゆるんでいた。


ガヤガヤと騒がしい酒場の中で、頭からすっぽり覆ったフードも取らず黒く長いローブを羽織った者が一人、壁際の席に無言で酒を飲んでいた。
体つきから小柄の男のようだが、のそのそとして不気味な雰囲気をかもしている。
隣のテーブルの男が、立ち上がろうとしたはずみに肩にぶつかった。

「あっ……すまん……」

詫びつつ、男が思わず一歩引いてぶつかった場所をさする。
ブヨブヨとした奇妙な感覚が、何かわからずふと手を伸ばした時だった。

「無礼者メ」

ローブの男がフイに立ち上がった。
曲がった背中がボコボコ盛り上がる。
それはローブを引き裂き、そこから大量の黒いカエルが跳びだしてきた。

「うわあっ!」
「ひいっ!カ、カエル??」

悲鳴を上げ一斉に逃げ惑う中、たかがカエルかと立ち止まる者もいたが、見る間にそれは部屋を押しつぶす勢いであふれ出てくる。
暗い町中に慌てて逃げ出た人々が振り返ると、道にあふれ出たカエルは次第に溶け合って一つの固まりとなり、やがて巨大な黒い大きなボールになった。

「なんだ?一体なんだってんだ?」

呆然と見上げる人々の前に、黒いボールがぐにゃりと形を変えながら動き出す。
杖を突き、酒場からあのローブの人物がゆっくりと姿を現し、人々に向かって杖でぐるりと指した。

「捕ラエヨ」

黒いボールは、突然ぼよんと大きくバウンドし、まるで伸したように大きく広がり人々の頭上に広がる。

「ひっ!」
「ひえっ!」

悲鳴を上げる間もなく、大きく広がった黒い膜は十数人を飲み込み、くるんと丸め込んでまたボールに戻って地に落ち、ぼよんと跳ねて近くの建物を上から押しつぶし半壊させた。

「の、飲み込まれた!」
「逃げろ!」

物音の大きさに、道に沢山の人が様子を見にでてくる。
一体何があったのか、呆然とする人々も逃げる人と共に慌てて近くの物陰へと逃げ込んだ。

「家から出ろ!あいつから離れるんだ!」

さすがに兵が多いらしく、巡回中だった兵達が町中の人を即座に逃がし、休みだった者も酒臭い息を吐きながら剣を構えて皆でカエルに立ち向かう。

「きええええい!」

駆け寄りながら振り上げた剣を、カエルに向けて渾身の力で振り下ろした。
だが、その剣はまるで泥水に飲まれるように、刺さった瞬間ドボンと勢いを無くし黒くドロドロとしたカエルの身体に飲み込まれていく。

「駄目だ!城から魔導師を呼べ!
うわあっ!」

叫んだ兵士の前に大きな黒いボールが転がってくる。
それは、またぐにゃりと形を変えて巨大なカエルの形を成し、立ち上がって空へ大きく口を開けた。
口の中から舌が伸び、その先端に先ほどのローブの男が長い杖を持って立っている。
逃げ惑う人々を見下ろし小さく一つ笑うと、ガルシアの館を見上げた。

「サテ、行クカ」

「ゼルよ、リューズ様のお言いつけを破るのか?彼の方は動くなと仰った。仰った。」

「ろーヨ、めいす様ハりゅーず様ニトッテ大切ナオ方、ソレモ知ラズ小枝ガ余計ナ事ヲシテシモウタ。
コノ、愚カナ小枝の失態。
めいす様ヲ、我ラガ救ワズナントスル。」

「しかし、村や町に手を出してはならぬと仰せだったはず。城だけを狙えと。狙えと。
それはリューズ様にお考えあってのこと、意味があるに違いない。違いない。」

「ワカッテオルワ、殺シハセヌ。コノ者達ヲ人質ニ、めいす様ヲ渡セト言エバ速ヤカニ事ハ終ワロウテ。」

「見よ、騒ぎを大きくしてしもうたではないか。リューズ様もお怒りになろう。なろう。
お前が酒を飲みたいと申したから付き合ったのに、こんな事なら許すのではなかった。なかった。」

「ウルサイ奴ヨ。デハ城ニ行ケバイイノデアロウ。めいす様ヲ迎エニ行クゾ。」

なぜか、男の中から二人の声が漏れる。
男は手の杖で、トンとカエルの舌の表面を突いた。
高く伸ばしたカエルの舌が引っ込んで、男を乗せたままにゅっと頭から伸びて角に代わり、カエルの身体がやや細長く長いしっぽが生えてきた。
そして背の肉が両側に盛り上がって、それがバサリと広がり大きな翼に変わる。
カエルは巨大なドラゴンへと変身すると、風を巻き上げて羽ばたき、ガルシアの館に向かって飛び立った。



夜空にそびえる高台のガルシアの館は、夜中でも真っ暗になる事はない。
襲われることが頻繁だった館は警戒も強く、結界もあり普通魔物は近づけない状態だ。
だがそれでも万全を期して、松明が至る所に燃えていて夜通し兵が交替しながら巡回して警備している。
襲ってくるのは館ばかりだった現状で、魔物はピンポイントでガルシアを狙っていると考えられたからだろう。
夜半、床に入っていたガルシアは、側近のクリスからの知らせに起き出した。
すでにイネスからは城下に仕掛けた小さな結界は破られ、魔物が町に侵入したらしいとは聞いている。
レイトが急いで上着を持ち駆け付け、ガルシアの着付けを手際よく整えた。

「城下に騒ぎだと?けが人は出ているのか?」

「数人が食われたあと、魔物がこちらへ向かっているとの情報です。
魔導師によりますれば、城の結界を破るかどうかは敵の魔物の器次第でありましょうと。」

「やれやれ、これまで結界を破られたのは何度だ?一体何人隣国には大物がいるんだ。」

「結界と申しましても、城全体の防御にはやはりどうしても死角ができると魔導師ルネイ殿の仰ることもわかります。
しかし今は地の巫子殿の結界もございますので、少々話が変わるかと。」

「イネス殿は?」

「すでに兵を率いて外に。御館様は安全なところで待機なさって下さいますようにと。」

「はっ、魔物相手に安全なところなど無かろうて。このガルシアに余計な気遣いは無用だと言っておけ。」

その時、大きな鳥が羽ばたく音が何度も聞こえ、窓から雷のような光が部屋を照らした。
外は星が瞬いている。
雷とは考えにくい。

「なんだ?あれは。」

クリスがサッと窓に向かう。
彼は空を向いて舌打ち、思わず腰の剣に手が行った。

「何か黒く巨大な鳥が!結界に阻まれているようでございます。」

「ほう、結界が効いているとはさすが巫子殿だな。
行くぞ。」

「どちらへ?!奥へ避難なさって下さい!」

「人が食われたというのが気になる。相手によっては兵を引かせることも考えねばならぬ。
あの結界を破ってくるならば、相手も相応の奴だろう。
上から様子を見る。」

ガルシアの言葉に、クリスの顔から血の気が引いた。
冗談ではない、魔物相手に自分たちでは守りきれるかさえ自信がない。
だが、ガルシアはさっさと部屋を出て見渡せる部屋の方へと歩き出す。
外では雷鳴のように、結界が音を立てて魔物を拒み攻撃していた。




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