桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 36

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106、

食事のあと、用意された部屋にそれぞれが別れてゆく。
リリスの部屋にはガーラントが控えることにして、隣室にミランとブルースが休むことにした。
廊下には兵がザレルの指示で配置され、二つ隣はザレルの部屋とこれ以上ない好条件だ。
これで今夜はゆっくり休めると思いたい。


落ち着いた頃、ザレルの部屋に夕食の給仕をした侍女の一人と一人の女魔導師が尋ねて来た。
まだ書類に何か書き物をしていたザレルに、侍女がそっと頭を下げる。

「どうだったのか。」

ザレルがひっそりと尋ねる。
侍女がうなずき、横にいる女魔導師に視線を送った。

「やはり、一人騎士が接触してきました。
その時入れられた物かと。こちらですぐに替わりの物を用意してお出ししましたが。」

女魔導師が杖をくるりと回す。
そこには揺らめく水面が現れ、先ほどの騎士との様子と果物のジュースで毒味の術をかけた水が黒く変色する様子が映し出された。
ザレルが何故か、フッと笑う。

「わかりやすい事だな。」

「はい、恐らくこの騎士殿の本意ではなかったのでしょう。
ひっそり入れられたのであれば、そうとは限りませんが。
しかし、入れられた事に変わりはございません。」

杖を逆に振って水鏡を消し、とんっと床を突く。
部屋が奇妙にシンとして、この部屋の空間が閉じられ外部と遮断された。

「この騎士は最近、金に困っているらしいと聞き及んでいる。大方そこに目を付けられたのだろう。
しかし、本当に毒殺しようとするとはな。」

「シールーン様によれば、幾度か火の巫子を名乗る少女や少年が許しを得に来たようですが、そのたびに密かに暗殺されているそうです。
最初は共にフレアゴート様も登城されていたようですが……」

「フレアゴート殿でも守れなかったと言うことか。」

「はい……
火の神殿は遙か昔、精霊と人を取り持ち、浄化し魔を払う最も頼りにされ、慕われた神殿だったそうです。
特に王家から多く巫子を輩出したために、この国でもその地位は格段に高かったと言われています。
それは返せば、王家にとって鼻につく目障りな存在だった事でしょう。
王家としては、その再建は良しとしないことかと。
それに、シールーン様が昔ふと漏らされた事ではありますが、フレアゴート様は何か大切な物を王家に握られているとか……」

女魔導師はルークが水の神殿からスカウトしてきた新しい魔導師の塔の魔導師だ。
彼女は果たしてどちらの味方なのか、心にある情報をストレートに伝えてくる。
それは、今のザレルにはとても助かる情報で、彼女はリリスの事も知っているらしく力になってくれた。

「なるほど……どうも王家とドラゴンの間では、いにしえに密約が交わされたようだな。
その大切な物とは恐らくラーナブラッド、フレアゴートの第3の目だろう。
それと、先ほどリリスから聞いたのだが、火の巫子の指輪がここにあるはずだと。」

「ラーナブラッド?!あれが第3の目だと仰るのですか?
……なるほど、それは存じませんでした。シールーン様も多くは語られませんので。
しかし、あれはご存じの通り王子が再契約の折りに携帯してドラゴンたちによって再生します。
奪い返そうと思うなら、その時にもできるはず。
さすればその巫子の指輪でしょうか。」

「うむ……だが巫子の指輪が巫子より重いとは考えにくいな。
精霊を縛る密約なれば、証文となる紙かもしれんし言葉かもしれん。さて……」

「精霊の文字は、我ら精霊の道が見える者と精霊にしか見えぬ物、証文を残すとは考えられません。言葉は移ろいやすく、長く伝えて行くのに向かないでしょう。
精霊が誓約に残すのは、多くは水晶や金細工のような物です。
ですが王にはそのような気配を感じません。
どこかに仕舞われているのか、封印されているのか……
我ら古書を読みあさる者でも、そのような話を聞いたことはございませぬ。」

「なるほどな、日頃身につけられぬ物か……王の側近に味方となって下さる方がいればいいのだが、ああ嫌われているのでは望みは薄い。」

ザレルが腕を組み、考え込んで顎の無精ヒゲをザリザリと指でこする。
ザレルとリリスの関係には、籍を入れたからここまで肩入れするワケではないのだろう、もっと深い何かを感じて、女魔導師が問いかけた。

「もし…………かりにそれが分かったとして、どうなさるおつもりか。」

問われて、ザレルが真顔で女魔導師の顔を見る。
それは、この国の騎士の長と言うよりも、国の行く末を考える顔だった。

「そうさな、制約が破られれば、このアトラーナ王家の威信は先々において大きく揺らぐやもしれぬ。
だが、フレアゴートは巫子を得て火の神殿を再建することが出来るだろう。
アトラーナは今、王家が権力を独占して精霊達は力を持ちながらも隷属している。
精霊の国と言われながら、精霊の心は人から離れている。
それはこの城の窮状に、他の精霊が駆けつけることもない状況からも明白だ。
この長い年月の中で、すでに王家とドラゴンの間で交わされた密約は、この国に悪い影響を与えている。
精霊の国でありながら、精霊によって揺らぐなどあってはならんのだ。
今、もし王に何かがあったなら、隣国は一気に攻め込んでくるだろう。
キアナルーサ王子は婚約も破棄されようとする舐められよう。冗談ではない。
ここで火の神殿を興し、精霊の国の威信を取り戻す事はアトラーナの発展に繋がる。
俺はそう思うのだ。
だが、それは次代を担う王子、そしてそれを支える者の手にもかかってくるだろう。
精霊と共に発展出来ねば、アトラーナに先はない。
精霊と共に生きる精霊の国として、この国は原点に返るべきだ。」

言い切るザレルの言葉に侍女と女魔導師が息をのむ。
魔導師達は知っている。
このアトラーナという他国に囲まれた国が、いかに小さな国であるかを。
だが、精霊の国であるからこそ、この国は攻められる事もなくここまで長らえてきたのだ。
それを、王家は失念している。

「王に代々伝わる物は多くございます。
それを知るのは王以外では……」

「うむ、ご兄弟であればもしや……だが、宰相殿に話を聞くのは無理だろう。あとはドラゴンか……だが彼らも口は重い。セフィーリアさえ何も語ろうとはしないのだ。」

「ですが、時間がございません。では……ベスレムのラグンベルク様にお伺いを。」

侍女の言葉に、ザレルが険しい顔で顔を見る。
確かに時間がない。巫子の審査の時間は多く見て3日だろう。
今回は、レナントの騎士が護衛に付いていることを考えれば、その場で殺すことは考えにくい。
しかし王がリリスをどう思っているかは別として、周りは多くの猶予を許さないはずだ。

「ベスレムか、ラグンベルク様ならば話も聞いて下さるだろうが……しかしここから何日かかると……」

「私が……このパドルーが参りましょう。
私は水月の戦士、水鏡のあるところならどこへでも移動出来ます。
ベスレムには水の魔導師グレタガーラがおりますゆえ、移動は可能です。
ラグンベルク様とは面識もありますし、今夜一晩頂ければ。
そうとは知らずとも、王が戴冠された折りに何か目にされた物があるかも知れません。」

彼女は表向きにはこの女魔導師の侍女として、密かに水の神殿から送り出された「水月の戦士」と呼ばれる水の神殿の女戦士の一人だ。
彼らは水の巫子を守る親衛隊のような役割で、普通神事の時以外は、一般に水月の戦士の姿を目にする事はほとんど無い。
水月の戦士は皆、水の精霊女王シールーンから与えられた「水月」という剣を持っている。
それは身を守る剣であり、時には水を媒介にしたあらゆる術を可能にする魔導剣だ。
このアトラーナでは最も恐れられる戦士だが、それだけにひっそりと隠密行動しか取らないために噂だけが一人歩きしている。
一方自身が巫子である地の神殿の百合の戦士とは、何故か世間ではライバル扱いされていい迷惑だ。

「わかった、では頼む。あとは我らが護る。」

「お任せを。」

「では、これにて。
リリス殿の部屋はご自分で結界を張っていらっしゃるご様子ですが、ここは結界同士が干渉して弱くなる部分もございます。
私も何かございましたら水鏡を通じてお力になりましょう。
とは言え、あの方はすでに魔導師でも先を行く使い手、私などが出る幕もありませんが。」

シャラナがクスッと微笑み、そして杖で床をとんと叩く。
閉じていた空間が解かれ、部屋の外の音もパッと開けるように響いてきた。

「では、失礼する。」

二人が軽く頭を下げ、ザレルの部屋をあとにする。
部屋を出ると、何故か廊下の角にミレーニアの姿が見える。

「これは王女、このような時間にお忍びでございますか?」

シャラナが皮肉を込めて尋ねる。
高貴な女性が夜遅くに男の部屋を尋ねるなど、あり得ない事だ。
側近の女も、ビクビクした様子で戸惑っている。

「お前は最近来た魔導師ね?余計なお世話よ、ちょっと通りかかっただけですもの。
赤い髪の魔導師がどんな顔をしてるのか、ちょっと見たかっただけよ。」

ルークが随分姫は気にしているようだと面白そうに話していたが、確かに噂もあって気になるのだろう。
リリスは本来この姫の、良い兄となるはずだった少年なのだ。

「しかし……あ、これはレスラカーン様。」

「ミレーニア?ミレーニアの声ではないか?」

ちょうどそこへ、猫を連れてライアに手を引かれるレスラカーンが現れた。
王女はばつが悪そうに、軽く礼をする。

「こんばんは、レスラ兄様。ちょっと通りかかっただけですわ。赤い髪の子の顔を見てみたいと思ったのだけれど……明日にします。」

おとなしく引き下がる王女は、この盲目の従兄弟には弱いらしい。
女魔導師がクスッと笑うと、王女が赤い顔で慌ててレスラの頬にキスしてくるりと引き返し始めた。

「お休みなさいませ兄様。ルールー、部屋に帰るわよ。」

「待つがよいミレーニア。ライア、近くに兵はいるか?暗闇は危ない、兵に送らせよ。」

「もう!兄様ったら子供扱いなんだから!ここは私の家なのよ!」

ぷいぷい立腹しながら戻りつつ、後ろを振り返る。
盲目の従兄弟は、彼女の密かな思い人だ。
すらりとした姿態に細く長い指、後ろで束ねた長い髪がサラサラと、彼の整った白い顔を時折隠す。
小さい頃は何とも思わずに時折手を引いて城内を連れ回したのに、いつからか手を握るのも恥ずかしくなってしまった。
中庭でフィーネを奏でる姿には、うっとりして見入ってしまう。
彼は見えないから気がつかないらしいが、好意を寄せる貴族の子女も多い。

「ステキな方ですね、レスラカーン様。」
ふと、ルールーが横で小さくこぼした。

「わかってるわよ、当たり前じゃない。私の従兄弟なんですもの。
ルールー、お母様にお休みのご挨拶に行くわ。」

むうっとむくれるミレーニアには、すでに許嫁も決まっている。
トランとは違う別の隣国の王子の元へと、数年後に輿入れも決まっていた。

「あーあ、許嫁もステキな人ならいいのにな。」

つぶやく彼女は、まだその相手とも会ったことがない。国のためとは言え、好きな人も選べない腹立たしさに、思わず大きなため息をついた。

107、

リリスの部屋は、ザレルと並びで二つ隣に用意されていた。
その続き部屋に、ブルース達も休むように準備して貰っている。
良い部屋で、ザレルの使用人のままであったなら許されなかったろう。
巫子だと申し出ても、認められなければ身分は何も変わらない。
ザレルもまさかこのような状況になるとは思っていなかったが、彼を守るためにも養子の申請を急いで良かったと安堵していた。

だが一方……

リリスは奥のベッドに膝を抱えて座り、キュアを頭に乗せたままションボリ肩を落としていた。
リリスの横のベッドにはガーラントが休むようにしているが、今は入り口にある小さなテーブルを他の2人と囲んで対策を話し合っている。
3人はチラリとリリスの後ろ姿を見て、そろってため息をついた。

「リリス殿、喜んでいいのですよ。良かったではありませんか、ずっとザレル殿の子供になりたかったのでしょう?
あなたは使用人のままでは身分が低すぎます。これで動きやすくなるではありませんか。」

「………だって、どうして今……」

何度慰めても、返ってくるのは同じ答えだ。
どうして今なのか。
リスクの多いリリスには、あまりにもタイミングが悪すぎる。
もし巫子がかたりだとされ罪を問われても、それが使用人と家族では迷惑をかける度合いも大きく違ってしまう。

自分は死んでも、誰にも迷惑をかけたくないのに…………

……そうだ、いっそ破棄してもらおう。
いっそ、使用人も首にしてもらおう。
何もしがらみはない方が、ダメだった時も気がラクでいい。

キュッと唇を噛み、心を決める。
流れる涙と鼻水を、ごしごし拭いて顔を上げた時だった。

コンコン
「レスラカーン様がお見えでございます。」

ドアの前で警護してくれるザレル付きの兵が、ドアを叩いて教えてくれた。

「レスラカーン殿?……」

「王の弟君、宰相サラカーン様のご子息です。
私もお会いしたことはないのですが……確か目が御不自由だとお聞きしております。」

宰相の息子が一体どうして来られたのか、不思議な面持ちで4人顔を見合わせる。
慌ててリリスがベッドを降り、彼の頭にいたキュアが飛び立って近くに留まった。
ドアを開け、一同が頭を下げてレスラカーンを迎える。
ライアが手を引き、鋭い目で見回した。

「こちらは王の弟君、宰相サラカーン様のご子息レスラカーン様である。貴方らにお尋ねになりたいことがあり、わざわざ足をお運びになられた。
無礼の無いよう。」

「にゃあ!」

突然、ネコがレスラカーンの横をすり抜け、リリスに飛びついた。

「わっ!こ、これは一体……まさか?!」

「にゃあ!アイだにゃあ!会いニャかったあ!ヨーコは?ヨーコはどこニャ?」

「ヨーコ様は、レナントに居残りで……ああ、お久しぶりです。」

「ヨーコ来てにゃいのお??」

アイネコがガッカリうなだれる。
ネコを抱くリリスを、横からガーラント達が呆然と見つめた。

「ネ、ネコが喋った……」

「あっ、これは訳がございまして。私を心配して来て下さった方なのです。魔物などではございません。ヴァシュラム様のお知り合いで……」

慌てて説明するリリスに、ガーラントがわかったと手を上げる。
ひとまずブルースもレスラカーンにあらためて頭を下げた。

「失礼しましたレスラカーン様、このようなところに良くおいで下さいました。まずはどうぞこちらへ。」

ブルースが前に出て、一礼して椅子を勧めた。
レスラカーンを座らせて、ライアがかたわらに立つ。
レスラカーンが顔を上げ、リラックスした様子でテーブルの上で手を組んだ。

「ネコの彼女とは友人でね。喋ることは内密に頼むよ。
さて、休んでいるところを申し訳ないが、少しリリス殿と話がしたくてね。」

「あ、はい。私とでございましょうか?」
ヨーコがポンと飛び降りて、レナントから来た騎士を見る。
トコトコ歩き、じっと目で追うミランの横に座った。

「どうぞ、前にかけるがよい。そなたのことは、あのネコとフェリアから良く聞いていたよ。
フェリアは私を守って死にかけた、その事については詫びを言いたい。済まなかった。」

ハッとライアとリリスがレスラカーンの顔を見る。
彼は少しうつむき、唇を噛んでいた。

「もったいない……お言葉でございます。
フェリア様は私のお仕えする主のご息女様ではございますが、とても懐いて頂いておりました。ですがそれだけでございます。
私などにお詫びなど、とんでもございません。」

ああ……そうだったのか、あの子はあの小さな身体で、友人のために命をかけて戦ったのか。


ライアがリリスを側に招きレスラカーンの前に座らせる。
二人の間に、フェリアが明るい顔で座っているような、そんな気がして心が落ち着いた。

「私を襲ったのは魔導師の塔に住まうメイスと言う使用人であった。
捕らえようとしたが、魔術を使い塔を破壊して逃げてしまったのだ。捕らえれば背後にいる者のことも聞けたろうに、残念だ。」

ガーラント達が思わずリリスを見る。
メイスのことは、今喋るべきではない。だが……

「メイスは……レナントで保護いたしました。」

「なんと!では、取り調べは?なぜ報告がないのだ?」

「あの子に魔力はありません。
ただ、利用されていただけです。
レナントの城を襲ったところを、地の巫子様に魔を払われようやく自分を取り戻したところでございます。今後は地の神殿で修行をなさるこことなっております。」

「修行?何の?」

「あの方も巫子なのです。だからこそ、秘めたお力がありそれを利用されたのかと存じます。
恐らく……あの方も火の巫子かと。」

「火の?どうして火の巫子が問題を起こすのだ。」

「それは……あるべき神殿がないからです。
私は小さい頃から精霊と共にありましたが、火の精霊とは1度しか会ったことがありません。
その精霊も酷く弱っていらっしゃいましたから、フレア様の元にお帰りになられるよう師が話されていましたが……今思えば、あれはきっと私を頼っておいでだったのでしょう。
むごいことをしてしまいました。」

「そうか……そうであれば合点がいく。
レナントからは、今回の騒ぎは隣国の魔導師が引き起こしているらしいと連絡が来ている。
何かわかったことはないか?」

「いえ、それ以上のことは……
隣国の使者を送って、地の巫子セレス様が同行していらっしゃいます。
ガルシア様もセレス様のご報告をお待ちになっている状態かと存じます。」

「なるほど。
……では、リリス殿は巫子の許しを得てどうなされる。」

「はい、まずはこの国の脅威を取り除くことから。
出来ますれば私もアトラーナの巫子の一人として隣国を尋ね、恐らくはこの騒ぎの元となっているらしい魔導師と、なんとか和解出来たらと思いますが……」

「ふむ、確かに国同士の諍いには、中立の立場で巫子が仲裁に立つのが理想的ではある。
しかし、だからと言って向こうに聞く耳があるとは限らない。話し合いが駄目なら戦う覚悟も必要だ。」

「承知しております。
だからこそ、それを出来るだけ回避することを願って、すべて整えた上での話し合いを致したく。
隣国との戦争は、なんとしても避けなければなりません。
精霊王を後ろにした、巫子の力は周知のことです。それは敵にも脅威となりましょう。
その為にも私は、力を得るために王に話を聞いて頂かねばならないのです。
火の巫子、そして火の神殿は今こそ必要な時です、リリサレーン様の悲劇を繰り返さぬ為にも。」

「リリサレーンはたいそう力の強い巫子であったと聞く。それでもあのような騒ぎを起こした。お主がそうならないという保証は無かろう。」

「……ありません……それは……
でも、火の巫子はたとえ私が死んだあとでも生まれるのです。そしてそれを保護する神殿がない、その事の方がこの国には脅威となるでしょう。
それは先日肌身でお感じになったことと同じ事、身に秘めた力を持つ巫子が放置され利用されてしまう。これはこの精霊の国アトラーナでは、あってはならないことなのです。」

「……精霊の……国か……」

ここは、精霊の聖地アトラーナ。
そうなのだ。
王家があって精霊があるのではない。
精霊あってこそのこの国の存在意義。
この国は人だけの物ではない。

「で、貴方は王に直接何を申し出るつもりなのだ?私で良ければ話して貰えぬだろうか。
フェリアには借りがある。私は出来ればそなたの力になる事でそれを返したいと思うのだ。」

レスラカーンが思いがけない言葉を漏らす。
側近であるライア、そしてリリスたちには思ってもみなかった言葉に、一同が驚き目を剥いた。

108、

「えっ」

思わぬ言葉に、リリス達が驚きを持って戸惑いの顔を見合わせる。
だが、ライアはやはり恐れていたことと焦り、レスラカーンに声をかけた。

「レスラカーン様、どうか今夜は……」

「良いのだライア。
リリス殿、今の私には大した力はない。
貴方が必要な物、それを知ったとしても何も出来ぬだろう。
だが、なにか……この私にもできる事があるかも知れぬ。
そなたは火の巫子の許しを得に来たと聞いた。
火は魔を払い、人々の生活を助け、闇の中の灯火ともなる。
この国にひと筋の灯火ともなるならば、神殿は再興しても構わないと思う。
私は、そなたの力となろう。」

「なりません!」

ライアが焦りを見せてレスラカーンの前に出る。
この国の行く末を考える前に、何より彼には主の安全が最優先なのだ。
もう、2度と危険な目に合わせたくない。ましてようやく父の後を継ぎたいと明るい目標が出来て喜んでいたのに、こんな危険なリスクを背負わせるなど許せない。

「ライア……」

ライアの気持ちがわかるだけに、レスラカーンも肩を落としてうつむく。
これまですべての危険に背を向け、逃げることで安全に道を歩いてきた。
だが、それでは駄目だと気がついたのだ。

「私は、リリス殿を信じたい。」

「なりません、この事が父君に知れれば跡をお継ぎになる事さえままならなくなりましょう。
リリス殿は今微妙な立場、巫子と認められなければ……おわかりでございましょう!
巫子のかたりは重罪、やもすればお味方なされたレスラカーン様まで失脚なさいます。そうなれば父君がどれほど悲しみになられるか!
どうか、慎重になって下さいませ。」

「ちょっとライア!本人前にしていい加減にしニャさいよ!」

たまらずアイネコがテーブルに飛び上がり、ライアに食ってかかる。
それを無視して、レスラカーンの手に手を重ねた。

「ライア……しかしフェリアの……」
「それとこれとは別です。どうか、お考え直し下さい。」

険しい顔のライアが、チラリとリリスの顔を見る。
リリスには、王族であるレスラカーンの助け手は喉から手が出そうなほど欲していることだろう。
きっと苦々しい顔で自分を見ているに違いないと思ったのだ。
しかし、ライアは驚いて彼を見た。
リリスは、穏やかな顔で自分たちを見て微笑んでいたのだ。

怪訝な顔で自分を見るライアに気がつき、リリスは慌てて頭を下げた。

「あっ、失礼致しました。ちょっと、うらやましくて……」

「うらやましい?レスラカーン様に失礼であろう。」

「はい、申し訳ございません。」

「どうしたのだ?ライア。」
様子がわからずレスラカーンが見えない目を開く。

「いえ、リリス殿が笑っているので注意申し上げたまで。」

「あっ、いえ、笑っていたのではありません。
レスラカーン様、ご心配なさるお付きの方のお気持ち重々承知致しております。
リリスは、お気持ちだけで十分でございます。
わざわざここまでおいで頂いただけでも、フェリア様もきっと喜んでおいででしょう。」

「しかし、私は本当に……」

「いいえ、いいえレスラカーン様。
あなた様を大切に思っていらっしゃるお方は、納得していらっしゃいません。この事を押し通しても、それはいずれあなた様のお心を痛める事にもなるやもしれません。
それは、このリリスも、そしてフェリア様も望まぬ事。
巫子という言葉を口にする事で、人の運命さえ左右する時がある。私はこの存在の重さを、あらためて知る事が出来ました。
私は巫子になれないかもしれません。
ですが、私は否定される言葉に抗って見せましょう。私は……
私は、ザレル様に家の名を頂きました。
私は、リリス・ランディールとなれるのだそうです。
ずっと、ずっと、私がずっと欲しかった物……それが、やっと頂けるなんて。
こんなに嬉しい事…………でも、でもこれほど重い事…………
………………
この名がある限り、私はおいそれと罪人になるわけには行きませぬ。
どうか、レスラカーン様。
心の片隅でひっそりと見守って下さいませ。
私はそれで十分でございます。
今日、このようにお声をおかけ頂き、リリスは幸せ者でございます。ありがとうございました。
間を取り持って頂いたフェリア様にも感謝しきれません。」

レスラカーンが口を開きかけ、そして小さくうなずくと立ち上がった。

「お主の気持ち、了解した。私は私に出来るだけの事をしよう。
ライア、戻る。」

「ええ?戻るの?ねえレスラったらニャーン」

レスラカーンがアイネコの頭を撫でて立ち上がり、ライアに手を引かれ部屋をあとにする。
一つ大きく息を吐き、ライアの手をギュッと握った。
無言のまま廊下をしばらく行くと、父の側近の一人が白いヒゲを撫で厳しい顔で待ち受けている。
恐らくは、誰かが密かに知らせたのだろう。

「レスラカーン様、軽はずみな行動はお控えなさいますようにと、お父上様からのお言葉です。」

「わかってるよ、アイボリー。
でも私は彼が信じるにたる人間か、そうでないのか、話を聞きたかったのだ。
あの噂の真偽にも興味があったしね。」

「父君をお継ぎになると宣言なさったのをお忘れか?お控えなさいませ。それは王子に対して無礼なお言葉にもなりましょう。
あまりお言葉が過ぎますと、謹慎をお言いつけになられるやも知れませぬぞ。
ライア、お前は側近であるならお止めする事も仕事のうち、主人の足を引っ張るような事をするなら側近から降ろさせる。よいな。」

「はい、父上様。申し訳ありません。」

「うむ、返事はよろしい。ライアはあとでわしの部屋に来るように。」

アイボリーはくるりと上着を翻し、暗い廊下をドスドス歩いて消えて行く。
なんとなく二人ポツンと廊下に残され、レスラとライアが顔を合わせた。

「怒られちゃったよ、ライア。」
「はい、怒られちゃいました。」

クスクス笑いながら、部屋へと足を進める。
アイボリーは厳しいが優しい男だ。
昔は相当腕を鳴らした騎士らしいが、腰を痛めて騎士廃業した。
それでも、デスクワークが得意だったのが幸いして、そのまま宰相の側近を続けている。
そして、サラカーンの屋敷で下働きだったライアの願いを聞き、自分の養子にしてレスラカーンの側近にまでなる事に手を貸してくれた。ライアの義父だ。

「あとできっと、私は父上に聞かれますね。
さて、どこまでお話ししましょうか。」

「そうだな、とりあえずリリス殿は死ぬ気は一切無さそうだと。」

それはつまり、本物の巫子だと言う事か。

「承知しました。」

「おや?ライアは随分素直だ。」

「まあ、………そう言う事です。
私は、年上に何か言い聞かされている、そんな気分でした。きっと詐欺師なら全財産持って行かれますね。」

「そうだな、面白い。こんなに面白そうだと感じた事はない。
叔父上との対面が楽しみだ。」

「あの方は命がけ、周りはすべて敵でございましょう。
悪趣味でございますよ。」

回廊に出て、空を仰ぐ。
空には星が瞬き、青く澄んだ空気が肌にヒヤリとする。

「ライア、彼の声は……誰かに似てたと思うよ。」

「どなたでしょうか?気がつきませんでしたが。」

レスラカーンは答えずただ笑っている。
ふと、建物の影に青く燃えるように輝く蝶がチラリと見えた。
ライアが気がつかない様子でプイと顔を背ける。
蝶はひらひら舞い飛びながら、リリスの部屋の方へと消えていった。

「影は消えたようです。」

ルークから知らされた、あの怪しげな蝶の存在。
ライアが目で追ってホッと息を吐き、主の耳にささやいた。
レスラカーンがうなずき、彼にひっそりとささやく。

「ふふ……彼が飛びついてくるようなら、手を貸さないつもりだったのに。
やれやれ、これで仕事が増えた。」

「この3日が勝負でございましょう。
では、まずは長老のデヴリス様の側近に使者を送ります。
彼の方は長くアトラーナをご覧になってきて、最近の王家のありように密かに不安を感じていらっしゃるとお聞きします。
説得もいくぶん容易かと。
そこが突破出来れば、あとの方々にも話が付けやすいかと存じます。」

「神殿信仰の強い者にも話を付けよう。」

「はい、今密かに調べさせております。」

「さすがライア、頼む。」

「は」

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