桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 37

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109、

レスラカーンが去ったあと、リリスの部屋では少しガッカリとしてブルース達がまたテーブルを囲んでいた。
王族の一人、宰相の息子の助け手を、むげ無く断ったリリスの欲のなさに呆れる。
ムスッとした顔で腕を組むブルースが、これ見よがしに大きくため息をついた。

「あんないい申し出を断るとは……リリス殿は味方を増やそうと思われぬのか?」

「いえ、そう言うわけではございません。
今はその期ではないと思っただけです。
それにこう言うことは、私から頼みに参上することが筋でございましょう。
あのお方が周りの反対を押し切って私にお味方なさっても、後々孤立なさるのでは意味がございません。
それは私も望まないことです。」

「そ……そうだな、変に憶測を呼んでもまずかろう。」

思慮深いリリスの言葉に、ブルースがキョンとする。
どっちが年上なのか、わかったものじゃない。

「ところでリリス、元気だったかニャ?ヨーコはどうしてる?」

アイ猫がテーブルにピョンと跳び上がり、リリスに首をかしげた。
ふと見ると、猫の首輪代わりのハンカチに、小さな紙が挟んである。

「失礼、なにやら紙が」

ブルースが取り、広げてみる。
皆で覗き込むと、中にはレスラカーンのサインがあり、そこには本城内には未だ隣国の魔導師の手先らしい者が、潜り込んでいるようだと注意があった。
青い蝶にご用心と。
密かにどこかで聞き耳を立てている様子なので、内密な話ではご注意なされよと書いてあった。

ブルースがシッと指を立てる。
リリスがうなずき、指を組んで呪を唱えた。

「我が名をもって我が結界とす、閉じよ!」

ストンと、なにか遮断されたような、わずかに閉塞感が部屋を包んだ。
ミランが周りを見回し、窓から外を見る。
外の景色は普通に見える。

「声は漏れないんですか?」

「ええ、立ち入ることも、声を聞くことも出来ません。ただ、閉じた空間はことわりに逆らう物なので、あまり長くは続けられませんが。」

「じゃあ、レスラがキアンの様子を教えてあげなさいって言ったんだけど、話していいかニャ?」

「王子の?是非教えていただけないでしょうか?
私はどうも、不在の間にご不興をかってしまったようです。出来れば訳が知りとうございます。」

ヨーコが元気にうなずく。
やっぱりレスラの助言のおかげで、リリスのためになる事が嬉しい。
ヨーコは最近のキアンの不安な様子や、ゼブラのどこか不穏な言動、王の体調が一時思わしくなかったことなど、リリスが旅立ったあと自分が来てからの話を思いついただけ話した。

「なるほど、やはり私が玉座を狙っていると思われてしまっているのですね。」

ヨーコがうなずき、騎士達がやはりと顔を合わせる。
ガーラントがため息をつき、思っていたことを話し出した。

「どうも……先ほどの王子や貴族殿のお言葉には、この国の厳しい現状が良くご理解なさっておられないような印象をお見受けした。
どさくさに紛れて身分を上げようなどと、この国の事態とリリス殿の真剣な様子から、まず浮かぶような現状ではないはず。」

「そうだな、兵に少し話を聞いたが、上の者達は魔物に対して緊張感に欠けているようだ。
まあ、矢面に立つのは下の兵に騎士達だ。
貴族や王族は後ろでコソコソやってるだけだからな。」

「聞こえないからと不謹慎ですよ。」

ブルースが、鼻で笑って肩をひょいと上げる。
ミランがそう言えばと、ルネイ達に聞いた話を思い出した。

「そう言えば弓を頂いた時にレナントで魔導師の方々からお聞きしたんですが、巫子の審査は普通、魔導師と長老、各役職の長、地の神殿から城に務めておられる神官殿、王族、貴族の長と、意外と多人数らしいですよ。
正否は多数決の後に、総合して王族がご判断なさるとか。
でも、まずは王に認められて審査開始の許しを得ねばならないそうです。
今回は多少緊急性をご理解いただけていれば、人数を絞った形かと存じますが、明日、まずは王にその許しを得ることが第一の段階ですね。」

「はい、レナントへ一日も早く戻れるよう頑張ります。」

「えええ〜!また戻っちゃうの?」

アイ猫がガッカリして、リリスに飛びついた。
リリスが膝に抱き、申し訳なさそうに頭を撫でる。

「ええ、今レナントは最前線となっていて大変な状態なのです。
私も戦力の一つになっておりますので、いち早く戻らねばなりません。」

「ええ〜、じゃああたしも行こうかニャア。
ヨーコと一緒に帰りたいし。」

「そうですね、じゃあそれまでにお考えになっていて下さい。
私に余裕がない時は、彼らレナントの騎士様に。ミラン様お願い出来ますか?」

ミランがうなずき、アイも彼ならと気に入った様子で話がまとまった。
アイはまた、キアナルーサの様子を偵察する意味もあって部屋に戻って行く。
リリス達も二部屋に別れ、その夜は数日ぶりにゆっくり休むことにした。

「ガーラント、何かあったら起こせよ。と言うか、ぐっすり寝すぎて寝首かかれるな。外に兵がいてくれるが……」

「わかってる。兵だけを当てにはせんよ。」

手を上げ、ブルースとミランは隣室へと入って行く。
部屋が中で繋がってるのは都合がいい。
従者付きの客人用の部屋だろうが、これならと、騎士3人もようやくベッドで休めることに少々気を抜いた。

ベッドに入り、フッと一息吐く。
ガーラントもようやく剣をかたわらに、隣のベッドで休んだのを見てリリスも目を閉じた。
キュアはリリスのベッドの枕板の上に留まって、じっとりリスの顔を見下ろしている。
その頭の青い光りが、部屋を柔らかく照らして落ち着いた。

「リリス殿、あの猫のことですが。」

「はい?」

「レナントへはご自分でお連れ下さい。
ミランもブルースも大の猫嫌いです。」

「え?そうで……したか?わかりました。」

ネコ嫌いには見えなかったけど……
……あ、ああ、そうか……

つまり、生きて自分で連れ帰れと言う事か。
もしもの時を思って自然に頼んだつもりだったのに、見透かされちゃったな……

リリスが苦笑して目を閉じる。
そしてヴァシュラムは、この事態でもアトラーナに帰ってくる気はないのかと思うと、イネスの不安な気持ちを考え少し気が重くなった。



翌日、朝から部屋で控えるように言われていたリリスたちは、昼前になってようやく午後からの謁見が許された。
城内では下級の魔導師ではあるが、身分の低い召使いの少年が巫子をかたって帰って来たらしいと噂で持ちきりだ。
特にリリスはその外見に特徴があったこともあり、知らない者がいないほどの嫌われ者だったので、あまり良い噂ではない。
一度も本城へ来たことがなかったブルースが、謁見前に城内の案内をザレルの部下に頼み、一緒に周りながらため息をついて苦笑した。

「リリス殿は随分嫌われておいでで。」

皮肉を込めて、ブルースが案内の騎士シーラムに話しかける。
シーラムはブルースとは同年代で、騎士としては中堅だ。
ザレルにはリリス一行の世話を頼まれ、他の2人と共に色々と手はずを整えてくれている。

「まあ、ここはレナントよりも上下が厳しくてね。
こう言ってはなんだが、あの子は見た目も悪いから特に毛嫌いされているんだよ。
騎士長の養子にと話が出た当時は、噂ももっと酷かったよ。ガーラントに話を聞けばいい。」

「そう言えばガーラントも見た目で判断したことを、ひどく後悔していたな。
今はあの子の一番騎士だよ。
俺もあの子は綺麗な子だと思うがね。」

「さあ、色さえ気にしなければそうだろうな。
騎士長も随分可愛がっておいでだ。あの子を養子になさるお気持ちはわからんではないが……アトラーナじゃ社交界に出るのも無理だと思うよ。
まして巫子なんて、なんでそんなこと言い出したのか、騎士長が落胆される結果にならなければいいがね。
じゃ、そろそろ戻ろうか。」

シーラムは苦笑いして首を振る。
ザレル殿の部下でもこれか……これは、理解されるにはかなり厳しいものがあるな。
リリスへの本城での厳しい待遇が、ブルースはここに来て初めて肌で感じた気がした。

「これでは諦めたくなるのもわかるな……」

まず、彼を理解しようという人物がいない。
辛うじて義父のザレルと、宰相の息子か。
しかし宰相の息子は、まだ肩書きも持ってないらしいから弱い。

ブルースが、うっすらヒゲの生えた顎をさすってため息をつく。
グルクの小屋も行って、ミランとガーラントが話し合っていた、いざというときの退路は確認した。
リリスを殺させるわけにはいかない。
巫子と認められず罪人とされるようなら、自分とミランは盾になってもこの城からリリスを逃がし、レナントへ連れて帰る。
これは主ガルシアからの頼みであり、珍しくも命令だ。
命をかけよなどと言わない人が、そう言って目を閉じた。
もし彼のために自分たちが捕らえられても、ガルシアは手を尽くすと。

「巫子なれば、尊いお方。それをお守りして死ぬは本望でござる。だが、俺はレナントで死にたい。
意地でもみな生きて帰りましょうぞ。」

ブルースはそう言って、ガルシアの命を快く受けてきた。
あとは、リリスが切り抜ける事が出来るのかどうかだ。
昨夜からを見ていると、まったく落ち着いていて腹立たしいほどだが。

「腹のすわったガキだぜ。そのガキの力を当てにする俺たち大人も相当ずるいがな。」

刻々と時は過ぎる、今レナントはどうなっているのか、早く帰りたいと言う気持ちを飲み込み、リリスの事に集中すると心を引き締めた。

110、

謁見を控え、側近たちと共に玉座に向かおうとする王に、廊下で后が身支度を調え頭を下げた。

メイスの呪が原因で体調が思わしくなかった彼女は、久しく公式の場に姿を現していない。
最近セフィーリアの処方した煎じ薬の効果もあるためか、すっかり元気を取り戻しようやく朝と夕の城内の散歩にも出ている。
食欲も出たこともあって、以前のように侍女達ともお喋りを楽しむことも苦ではなくなり、
巫子と申し出てきた少年にひどく興味が沸いてきた。

「いかがした、お前はまだ控えていなさい。」

「いえ、ご一緒させていただきとうございます。
私も随分王妃としての仕事を休んで参りましたが、これを期に復帰致しとうございます。」

王妃の力ある声に、確かにもうそろそろ、その期だろうとは思っていた。
だが、さすがにリリスと会わせるのはまずい。
産後、引き取ることになったセフィーリアが最後にあの子に会わせたとき、悲鳴を上げて錯乱したのが記憶に新しい。
あの時、赤い髪を血と勘違いして死んだと思いこんでしまった事を、否定せずそうだと伝えた。
だまして子を取り上げたことが、ずっと王には負い目になっている。
まさか、皆に口止めしたはずだが、あの子が来ていると知っているのだろうか?

「今日は罪人かどうかを判断せねばならん、復帰は次にせよ。」

厳しく言い、先を歩き出す。
だが、后は構わずあとを追ってきた。

「キアナと旅をした魔導師見習いの子なのでしょう?
皆、たいそう身分の低い子が巫子にと言ってきたと噂してますわ。
その巫子の正否を判断されるとお聞きしました。
なればこそでございます。
その判定には、私も加わってよろしいのでしょう?」

「勝手に決めるな、誰もそのようなこと……」

強く言い聞かせるつもりで振り向いた。
が、后は穏やかに微笑み毅然と立っている。

「あなたを驚かせようと思って支度しましたのよ。
どうぞお供させて下さいませ。
巫子の判定など、滅多に見られる物ではございませんでしょう?」

この微笑みは、何を言っても聞く耳持たぬ顔だ。彼女は元来男勝りで気が強い。
病で寝込む前は、裁縫片手に剣も練習を欠かさなかった。
キアナルーサの気弱な性格は、どちらかというと自分に似ている。
王は諦め、渋々承諾すると側近にはリリスに、顔が見えないよう厚いベールを付けさせよとささやくように命じた。




しばらくして、リリスの元に使者が来てとうとう謁見の時間が来た。
しかしその手には厚い布が差し出され、それを頭に付けてくるように、王の前では絶対に取らないよう厳しく命じられた。
説得するのに顔が見せられないのは辛い。
声だけでは、どうしても訴えが弱くなってしまう。
以前城内では許しが出ていたことを話すが、王命だと聞き入れて貰えず、仕方なく彼はその布を頭からすっぽりかぶり、前が見えない不便さからガーラントに手を引いて貰った。

廊下を歩いていると、あまりの不格好さからクスクス笑い声が聞こえてくる。
まるで、罪人のようだとささやかれながら、謁見の間へと案内された。

「魔導師リリス殿、入ります。」

足下しか見えない中で、謁見の間に到着した。
兵の案内の声に、頭を下げて前に進む。
周りは沢山の人の息づかいの音と、ヒソヒソ声。
それでも、リリスはかえって見えなくて良かったかな?と思いながらどの辺で止まって良いものかわからず、ガーラントの足の動きをじっと見つめた。

「まあ、あの子はなぜいつもあのような布をかぶっているの?」

ささやくような女性の声が、前方から聞こえた。

「ひどく醜いからでございます、陛下。」

ひっそり返す側近の言葉のあと、大きく咳払いが聞こえた。

「リリス殿、御前です。」

ガーラントが声をかけ、慌ててリリスがその場にひれ伏した。

「王陛下の御前である。その方、巫子である許しを得に参ったと聞くが相違ないか。」

「はい。
私は地の巫子セレス様、および先代達の声を聞き、火の巫子であることを知ってここへ参りました。
レナントでは、魔物や魔導師の攻撃に遭い強い力を求められています。
私は魔導師ではありますが、巫子としての力を得ることで更にアトラーナのために、そして王のために働くこと叶えばこれ以上の幸せはございません。
どうか、お許しを頂き、まずはこちらに保管されるという、火の巫子や神殿に伝わるお品をお返し願えればと思いこちらへ参上致しました。」

「返すだと?無礼な物言いよ、それは何か?」

「はい、それは私の知る限りでは火の巫子代々伝わる火の指輪、そしてフレアゴート様の第3の目でございます。」

「指輪……?フレアゴートの目?
それがあると、何かが変わるのか?」

「はい、火の巫子も、そしてフレアゴート様も本来の力を充実させることが出来ると聞きました。」

ざわつく周囲の声に、王が顎に手を置きフムと考える。
何も知らない后は、王の顔を横から見つめた。


やはり………僕の世継ぎの印ラーナブラッドを……

玉座の横で、キアナルーサが眉をひそめる。
キアナルーサは知っているのだ。
フレアゴートの目、それが世継ぎの印であるラーナブラッドだと言う事を。

「レナント領主のガルシア様からの書状、そしてレナント魔導師の長ルネイ様、そして地の巫子セレス様よりのお手紙を合わせて持って参りました。
どうかお納め下さい。」

ガーラントが王の側近へと渡し、王がそれを受け取って次々目を通す。

「父上、なんと書いてあるのでしょう?」

キアナルーサがたまらず横から声をかける。
その手紙を見せてくれるかと身を乗り出したが、王は渋い顔でそれを側近へ無言で渡す。
無視されたようで不安に拍車がかかり、キアナルーサはぎりりと唇を噛んだ。

「手紙には、そなたが確かに巫子であると書いてある。必要な物を渡して欲しいとな。
だが、この城にはこの城のやり方があり、この国の決まり事がある。
巫子は審議を経て皆の同意を得、ようやく決まるものだ。
ガルシアの言うように軽々しく決まるものではない。」

ハッとリリスが顔を上げる。

「いいえ!ガルシア様は決してそのように軽々しくお言葉を発する方ではありません!」

「無礼者!王は発言をお許しになってはおらぬ、控えよ!」

一喝されて、慌てて頭を下げる。
王はどんな顔をして今の言葉を言ったのか、ガルシアに対して悪い印象を与えなかったろうか?
周りの様子が見えないのが腹立たしい。
布が厚くて、息苦しさに胸が詰まりそうになる。

「良い、発言を許す。
お前は火の巫子と言ったな、しかし火の神殿はアトラーナにはない。
フレアゴートは存在するが、火の神殿を造ることは未だ叶ってはおらぬ。
つまり、火の巫子も必要のない者だ。
なのに、なぜ火の巫子になろうとする。
現状で、世は火の神殿の再興を許す気はない。」

「だからこそ、でございます、王様。
火の神殿は、このアトラーナには必要な物。
私は、巫子となり神殿を再興したく存じます。
なぜなら、アトラーナは精霊の国、精霊の聖地。火の巫子は、望まずともずっとこの国にあるのです。
巫子がなぜ恐れ、敬われるのか、それはその異なる力があってこそ。そしてそれが神殿に保護されることなく放置されることは、ひいては………火の巫子リリサレーン様が引き起こしたようなことの、再来を及ぼすからでございます。」

ザワザワと、周りでざわめきが起こった。
リリサレーンが巫子であったことは、ほとんど知られていない。
伝説は、人の口を伝わっているうちに次第に形を変えている。
自分も聞いて、ようやく知ったくらいなのだ。
もしかしたら、これを発言することはタブーかも知れない。でも、だからこそ神殿が必要であることは、知って貰わねばならない。

王が手を一振りすると、しんと静まり皆が聞き耳を立てる。

「あれは神殿があるときであった。修行を積んだ巫子であったろう、それでも起こったのだ。
なぜ神殿があれば防げると思う?」

「何も知らず、ただ普通に暮らして死ぬならば何もございません。
でも、その身には大きな力を秘めています。
修行もせず、何者にも守られず、身を守るすべの無いまま邪な者に操られることがあれば、それは容易にこの国の脅威となるでしょう。
神殿があれば未熟なうちは守られ、修行して身を守るすべを手に入れられます。」

「厄介な者よ、ならば殺してしまえば良かろう。」

「いいえ、殺しても、殺しても、殺しても巫子は輪廻の元に生まれ変わり蘇ります。
この私のように。
その場、その時に命を絶つことは簡単です。
ですが、一つの命に関わる者が多いのが人の世、そこには禍根しか残しません。」

「禍根ならばリリサレーンが残した物は大きい、火の神殿の再興など許されるものではない!」

「それはこの身で十分承知しております!
この髪の色で!
リリサレーンと同じ色であったばかりに、私は親に捨てられ生まれなかったことにされました!
私は普通の人間です、たとえ色が違っていても!
それで苦しんだ私だからこそ、神殿は興すべきだと思うのです!」

布に手をかけ、勢いに任せ取ってしまおうかと握りしめる。
でも、リリスは取ることが出来なかった。
そうすれば、憎しみだけが口から出てしまいそうな気がする。
目の前にいる父親は、自分を何とも思っていない。
罪人として、殺しても構わないとさえ思っているはずだ。
あれはこの国の王だ、自分の父ではない。
自分は今、火の巫子として許しを得に来ている。
冷静になれ、恨み辛みは今語るときではない。

ふと、昨夜のザレルの顔が思い出された。

そうだ、自分には、こんな自分を分け隔て無く愛してくれる親がちゃんといるではないか。

一息、大きく深呼吸して心を落ち着ける。
無言の王は、今どんな顔をしているのだろう。

「お前は親を憎んでいるか?」

王が、低い声で尋ねてくる。
なぜそんなことを聞かれるのか、不思議だが気になるのかと思わず笑みが浮かぶ。
リリスは、布の中で小さく首を振り目を閉じた。

111、

「いいえ、それは……もう、今さら仕方のないことです。
その時両親が下した判断は、そうしなければどうしようもなかったことなのでしょう。
恨みや憎しみがないとは申しません。ですが、こんな私でも子にして良いとおっしゃって下さる方がいらっしゃいました。
それでもう……」

そうだ、それ以上何がある。
父はザレル、そして母はセフィーリア。二人といれば十分幸せを感じる。
私は……それで……それで!

「それで、十分でございます。」

明るい声で返すリリスに、王がフッと息を吐く。
隣の后をチラリと見る。
彼女は大きく目を見開き、微動だにしない。
もう、きっと彼女にはピンと来たはずだ。
親であれば子はわかる。そう言うものだ。
キアナルーサは落ち着きのない様子で、わなわなと震え、こちらの顔ばかりを気にしている。

狭量な子よ……

この子を見ていると、『なぜ』という言葉しか浮かばなくなってしまった。
自分も王という言葉に奉られながら、なんと狭量なことか。
その器量の狭さゆえに、王として生まれてきた子をこの手の中から失うことになってしまった。

あれほどに、守ると誓いながら……情けない。
自分には、キアナルーサを責める資格など無い。

それにしても双子とは言え、似ていないことが幸いかと、王はうつむき力なく笑った。

「お前が言う火の巫子の指輪など、この城になかったらどうする。フレアゴートの第3の目も同様だ。」

「あります。それは私にはわかるのです。
黄泉で修行したあと、火が灯った私の心には指輪の炎が感じられます。」

「黄泉で修行だと?面白いことを言う。
それをどう証明する?信じる者はおらぬぞ。
そのすべがないお前の言う事は、すべて狂言だと言われても仕方が無かろう。」

クスッと笑う声もする。
確かにそれは、信じがたいことに違いない。

「私の指には2つの仮初めの指輪がございます。一つは黄泉で出会い、教えを請うた遠い過去の火の巫子。もう一つは私の前世とも言える巫子。
フレアゴート様がいらっしゃらない今、私は師である遠い過去の巫子様に頼るしかございません。」

「ほう、何をする?お前が巫子である証拠を見せよ。」

「承知しました。
ただ、今はまだ私の指輪がありません。
ですので、力が弱くご期待にお応え出来るかわかりませんが、やってみます。」

あまりにあっさりと、うなずくリリスに一同が驚きの声を上げる。
リリスはその場に立ち上がり、布で視界を遮られたまま指輪のある手を胸に押し当て、目を閉じ息を整えた。


どうか、どうか、イネス様、母上様、ザレル様、そしてリリサレーン様、

リリスに、力を与えて下さい。


「火よ、灯れ。

我が血に流れる灯火よ、フレアゴートの名の下に、その炎を分かち我が手に灯せ。

聖なる火より生まれしキュアよ、来たれ!
ここに古に尊き命を全うせし者のため、聖域を作れ!」

「キアアアア!」

キュアが雄叫びを上げ、背後から壁を通り抜けて飛んでくる。
そして身体を青い炎で包み、リリスの差し出す手に留まって大きく翼を広げた。

「おお!」

驚きの声を上げ、人々が思わず壁際まで下がる。
キュアは身体を燃え上がらせ、炎が渦を巻いて吹き出し、リリスの周りに炎で結界を作った。

「我が手にある、古の巫子が指輪よ。
黄泉への道をたどり、その主の姿を映せ。

大いなる王にして、火の巫子ヴァルケンよ!
ここに顕現せよ!」

声が余韻を残して響き、そこにいる人々皆が不安と恐れに口を閉ざし、目を見開いて辺りを見回す。
不意に耳をすませると、しんと静まった部屋に、かすかに足音が近づいてきた。


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……


一体どこからなのか、その足音が響いてくる。
それはだんだん大きくなり、やがてリリスの前に床から火が大きく立ち上ってゆく。

やがて結界の中、その火の中から、古いデザインの大きな靴が一歩踏み出した。


「我を呼びしはお前か!我が教え子よ!」


怒号にも似た野太い大きな声が、謁見の間に響き渡る。
小さく悲鳴を上げて、貴族たちが恐怖にひとかたまりになった。

「わが師よ、王の御前に御出になられよ。」

「王とはたれぞ!我こそが王である!」

炎から、ヌッと大男が現れマントに絡みつく炎を大きく払った。
それは、巫子とは大きくかけ離れたイメージの猛々しい大男。
赤い髪は燃えるようになびき、マントを止める金細工は王家の紋章を模して、鈍く輝いている。
腰の大剣は装飾も派手で、鞘には精密な彫刻に見たこともない美しい螺鈿細工、そして柄の頭には彼の瞳と同じ色の大きな赤いルビーが飾ってあった。
それは確かに、王や宰相サラカーンにも見覚えがある。
何代も前の王がたいそう気に入りの剣だったらしいと伝え聞いたが、すでに螺鈿は割れて剥がれ落ちて、愛されていた頃の姿は残していなかった。

男はカッと目を見開き、玉座に座する現王にニヤリと笑う。
そして不敵に大きな声で笑った。

「なんと!我が玉座に座りしうぬは何者か!」

あまりの迫力に唖然とする。
現王は思わず身をただし、心配そうな后に軽く手を上げ一息ついて顔を上げた。

「お前こそ何者だ。
おぬしが我が先祖というならば、その身の証を立てよ。」

「やれ、証を立てよとしか申さぬ者の、器が知れる。
これが我が子孫か、ぬかったわ!
お前の目は節穴か?証無くては人間を見通せぬ。なんという情けない、これがこの時代の王か!」

グッと王が息を飲む。
確かにそうだ、人を見る前に証を要求する。
それはその方がラクだからだ。
判断することをおろそかにしている。だから自分の息子さえ守れなかった。

誰もが言葉を発することを忘れた中、背後でリリスが顔を上げる。

「師よ、我らが王にこれ以上の無礼をおっしゃるのであれば道を消します。」

ヴァルケンがフンと息を吐き、振り向いてリリスを見ると驚いた。

「我が教え子よ、なんだその姿は?お前は罪人か?
誉れ高き火の巫子なれば、その美しきかんばせを堂々と晒すがよい!」

「あっ」

ヴァルケンが手を一振りする。
リリスの頭にあった布が燃え上がり、千々に消えるとやっと彼は暑苦しいその呪縛から解放された。
真紅の髪が燃え上がるように舞い上がり、赤とグレーの瞳が輝く。
絶対に取るなと言われていただけに、戸惑うリリスの顔を見てヴァルケンは懐かしそうに微笑んだ。

「お前は、まことに我が后に良く似ておる……
良かろう、お前に免じて我が証立ててやろうぞ!」

スッと玉座を指差し、玉座の背後にあるタペストリーを指さす。

「その掛け物の下にある白いタイルをはがせ、丁寧にな。
そこには早世した我が后エリアラーダの冠と美しき髪が一束隠されている。
確認した後は戻せ、戻さねば祟ってやろうぞ!
そして我が弟子に火の巫子が指輪、速やかに返すがよい!」

現王に、そう言い放ちきびすを返すとリリスの頭をポンと撫でて消えていった。
炎の結界がかき消え、キュアも火を収めるとリリスの肩に留まる。
リリスは大きく息をつき、その場に手を付いて頭を下げた。
やはり自分の指輪ではない上に実在さえしていないせいか、身体からごっそりと力を持って行かれる。
キュアが言う事を聞いて手伝ってくれたおかげで、術が安定してヴァルケンの召還が成功したのだと感じた。
周りのざわつきが、緊張が消えて大きくなる。
リリスの疲れた様子に、後ろからガーラントが肩に手をかけた。

「リリス殿、大丈夫ですか?」
「え……え……少し、息を、整えます。」

顔さえ上げる事が出来ず、苦しげに息をついていると、キュアが肩から飛び立ち一鳴きして部屋をぐるりと飛んだ。
それも目に入らず、王妃がふらりと立ち上がる。

「やはり……まさか…………」

后の様子に眉をひそめ、王が遮るように立ち上がる。
ざわついていた一同が、しんと静まった。


「火の巫子の、審議を許す!」


「なんと!王よ正気か?!」

サラカーンが驚いて詰め寄る。
火の巫子を認めることは、火の神殿の再興を許すと言う事だ。
だが、王は答えず部屋をあとにしていった。

「ありがとうござ……」

リリスがようやく顔を上げたとき、そこに后がいることに初めて気がついた。

まさか……

言葉を忘れて后と見つめ合う。
そして侍女に二人の間を遮られ、そのまま后は侍女に促されて謁見の間をあとにしてしまった。

リリスの時間が止まったように、ぼんやりと玉座を見つめる。

まさか、あれが自分の母だろうか?
追い求めても、決して顔さえ見ることを許され無かった、あれが……

「その方!」
宰相が苦い顔で上げた声にハッと我に返った。

「巫子の審議は準備が整い次第開始される!
それまで部屋で待機するように。よいな!」

「は、はい、承知致しました。」

頭を下げるリリスを冷たく見下ろし、無言でキアナルーサも部屋を出て行く。
が、その胸は焦りとどこか悔しさと、そして大きな不安感が入り交じって膨らんで行く。

「王子、どちらへ。」

ゼブラの声が、背後から重く響いた。
父にどうするのか問うべきか、母はあれが自分の子だと気がついたのか。
部屋に帰ってゼブラに相談するべきか。
とにかく、誰かに何か安心出来る話が聞きたい。
いや、安心出来ることなど何一つ無い。
父も母もリリスに傾いている。
自分の不出来が、何も出来ない凡人ぶりが、あまりに強烈に感じられた先ほどの光景。
そして、あいつが呼び出したのが誰だったか。

『王であり、巫子であった』

その言葉。

自分の足下が、自分の居場所が、根こそぎあいつに奪われようとしている。

「ゼブラ、話がある」

王子の低くささやく声に、ゼブラ……ゼブリスルーンレイアの顔が密かに不気味に笑った。


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