桜がちる夜に

HOME | 赤い髪のリリス 戦いの風38

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 38

>>目次のページへ

112、

后リザリアが、廊下をうつむき元気のない様子で自室に戻って行く。
侍女が心配して、彼女の手をそっと手に取った。

「お疲れではございませんか?
あのような光景は、たいそうお心にご負担になられたのではないのでしょうか?」

ぼんやり何か考えている様子で、ふと立ち止まる。
3人の侍女が、ぶつかりそうになりながら慌てて歩みを止めた。

「王の所へ参ります。」

そう言って、王の居室へ足を速める。
しかし、忙しい王に突然訪問して時間をとらせることは難しい。
また宰相の怒りを買うかもしれない。
まして、いつも穏やかな彼女がこうも強い姿勢をとることは珍しい。
何か粗相があったのかと、侍女も不安になってくる。

「お待ち下さい!王にはお時間を頂きませんと!」

「妻が夫に会うのに許しを得る必要などありません。お退きなさい。」

侍女が止めるのも聞かず、その顔は怒りも秘めて厳しくなって行く。
結局彼女は驚く兵や騎士達も押しのけ、王の居室へと乗り込んでしまった。

「我が王よ、お話がございます。お人払いを。」

王に先ほどのことで、宰相や貴族たちも話を聞きに来ている。
人が集まっている中、それでも后はとにかく自分の話を優先するようにと、有無を言わさぬ迫力があった。

「あとにせよ、リザリア。」

「いいえ、今話をお聞きいただけないのでしたら、私はそこから飛び降りますわ。」

「なんと……」

部屋にいた家臣達が驚いて顔を見合わせ、一礼してぞろぞろ部屋を出て行く。
王の弟であるサラカーンは兄と苦い顔で目を合わせると、仕方なく部屋をあとにした。

二人きりになった部屋で、后が王の前に詰め寄る。

「私が、何を話しに来たのかは御察しがお付きになりましょう。
なぜ私にお隠しになったのです。
なぜ、私に嘘をつかれたのです。」

王は、ため息をついて目をそらす。

「突然、何のことかわからぬ。」

「母が子をわからぬはずございません。
ましてあれほど特徴ある子を。それでも知らぬとおっしゃるのですか?」

王は、目を合わせることもなく、ただ険しい顔でため息をついて椅子に腰を下ろす。
后は昔の状況が次々と思い起こされ、それは口からあふれ出てきた。

「あのとき、私は二人の子を産んで疲れ切っておりました。
それに加えて生かすか殺すかとあの騒ぎ、その上あなたが切ってしまったあの騎士の一件。
もう心身ともに疲れた上に、あの子とひと目も会わせて貰えない不安で、このまま会えないのではと、それはそれは不安でいっぱいで……
風殿が最後に見せた……あの子が血を流して見えたのは……あれはあの真紅の髪だったのですね。」

産着から見えた赤い血、それは髪の毛だったのか。
風殿は、あの時「最後にひと目」と見せに来た。
殺されて息絶えた姿を見せに来たのかと、自分は錯乱して叫び声を上げ、彼女は驚いてそれから一切あの子の話をしなくなった。
それは厳密に口止めされたのだろうが、勘違いとは言えなんと言うことをしてしまったのだろう。
それから、結局生まれた子は一人とされ、あの子の存在は抹殺されてしまった。

それが、まさか生きていたなんて……

リザリアの目から、ポロポロと涙がこぼれる。

「あなたは、守ると言ったから安心して産んだのに……

きっと守って下さると……

……いいえ……いいえ、もうその事は申しません。
あの子は、名をリリスと申しました。
それはセフィーリアの弟子、キアナルーサの旅で供をした魔導師ではありませんか。
なんてこと、私はあの子にすでに会っているのだわ。
だからあの子の頭に布をかけたのですね。
だから、あの子には決して登城を許さなかった。
なんて酷い方、低い身分に落とされ、あの子がどんな生活を送っていたか……あの子にはきっと私に捨てられたと思われているのね。
捨てるなんて、大切なあの子を、私はどんな姿でも決して離したくなかったのに。」

王は、顔を覆って涙を流す后の姿に、来るべき時が来たのだと、まるで奈落の底を見ている気分だった。
ウソをどんなに隠そうとしても、それはいつか露呈してしまう。
あの子の顔は、自分の若い頃に似ている。
自分の子供の頃を知る者達が、弟ラグンベルクが流した噂もある以上は気付かぬはずもない。
ベルクは……あの賢い弟だけは最初から子を手放すことには反対だった。
そうだ。
何を言われようと、手放すべきではなかった。

これは罰だ。
后の心が、自分から離れていくのを感じる。

とてつもない孤独なこの時間。

それは、あの子を護りきれなかった自分の不甲斐なさがもたらしたもの。
王ヴィアンローザは、自分の深い罪を呪って大きくため息をつき、酷くうろたえていたキアナルーサの姿を思いだしていた。

113、

だるい……
灯っていた火が、身体中からすべて消え去ったように寒い。

リリスは手を借りて、だるい身体をなんとか部屋まで引きずるように帰る途中、先を行く監視兼案内の男に、途中にある庭で休みたいと懇願した。
初めて行った魂寄せが、これほど自分を消耗させるとは思わなかった。
どこかおかしいほどに、酷く疲れて強い脱力感がある。
城には強力な結界が敷いてあるが、結界内で結界を発動させたために感じた反発は胸が苦しいほどだった。

しかしこれは、術のためだけではないのかもしれない。
なにより、火の精霊がいない違和感。
火の術を使うときは、すべてを自分の中から出すしかない。
本当に、火の精霊はどこへ行ってしまったのだろう。
消耗したとき一番いいのは、イネスに教えて貰った地と気を還流させ、自然に満たす術だ。
だが、それを知ってか知らずか、案内の男は頑として首を縦に振らなかった。

「ほんの少しでいいのです。お許し下さいませんでしょうか」

「申し訳ないが、部屋で休んでいただく。
これから審査が終わるまでは、他の者との接触も許可が必要です。
体調が悪ければ、近くの者に申しつけるように。こちらで薬湯を準備させましょう。」

こちらを振り返りもせず、男は無粋に淡々と話す。
薬湯なんて、頼んだら一体何が来るかわかったものではない。
どうにも融通の利かなそうな男に、ミランが珍しく意見した。

「ですが、巫子や魔導師には自然の気も必要だと聞きます。あの狭い部屋に閉じ込めたままというのも、消耗せよと言っているような物ではないですか?」

「だから、許可を得て下さいと申し上げております。」

取り入ろうともしない男は、許可を申請しても聞きもしないで却下しそうな感じだ。
リリスが廊下を抜けて回廊に出ると、綺麗に手入れのされた中庭から吹き込む外の風に気持ちよさそうに目を閉じる。
ブルースがそれをチラリと見て、ニッと笑い一歩先へ大股で歩み出し派手につまずいた。

「おおっと!おお、これはいかん、靴に石が入ってしまった!」

入るわけもない。綺麗に掃除された回廊、しかもブルースはブーツだ。
しかし彼は、もたもたと列をせき止めるように足を投げ出して座り込み、時間をかけてブーツを脱いで中を確かめポンポン払う。

「ああ、さすが本城の庭はたいそう手入れされて美しいですな。
レナントもここまでとは行きませぬゆえ、本当に見応えのあるお庭でござる。」

手を止め、ブルースが派手に大きな声を上げる。
ミラン達も芝居に気がつき、クスッと笑って大きく伸びをした。

「ああ、なんと気持ちの良い風でしょう。
さすが本城は良い風が吹く。
この香りはどこから来るのでしょうねえ。」

ミランがクンクン鼻を鳴らす。
文句を言おうかと構えた男や兵も、釣られて鼻を立てふと考えた。
その隙に、リリスの手を取りミランが庭へと歩み出る。

「ほら、この花いい香りがしますよ。リリス殿、この花知ってますか?」

「あっ、これ!」
慌てて追おうとする兵を、ガーラントがズイッと前に出て遮った。

「いっとき頂きたい。」
「しかし……」
「いっときだ。」

問答無用の迫力に気圧され、案内の男が口をつぐむ。
ガーラントがチラリと見ると、リリスはその隙に手で小さく印を結び、ブツブツ呪文を説いている。
地と気を巡らせ、大きく深呼吸する。
風の精霊が彼の周囲に集まり、穏やかに身体の中に風が通り抜けて彼の疲れを癒やしていった。

閉塞感が消え、身体から重い疲れが抜けていく。
洗われるような清々しい空気。

時間稼ぎしてくれる間、そうして術を使って少しでもと回復に力を注ぐ。
目を閉じると、輝く何かがリリスを包み込むようにして身体を通り過ぎて行く。


『ここに、いるよ……』


どこからか、遠くから優しい声が聞こえた。
ふいに、空からキュアが飛んできて肩に留まる。
「どこに行ってたんですか?悪い子ですね。」
リリスが笑って顔を上げ、前で手を組み背伸びする。

よし。

「ああ、気持ちいい。なんだかさっぱり出来ました。」

明るく話し、ブルースたちに礼を込めて微笑む。
そのいつもの明るい顔に、芝居を打った皆もパッと明るい顔になる。

「おお、そうか。それは良かった。」

ひょいとブルースが立ち上がり、渋い顔の男にニッと笑った。

「出来ますれば、またこの素晴らしい庭を堪能させていただきたい。レナントへの土産話にしたいのでな。」

「わかりました、許可を取っておきましょう。」

男もこうまで言われては、むげにも出来ず神妙な顔でうなずいた。






アトラーナは3つの地方に別れ、ルランは王城のある王都、そしてレナントとベスレムは王家の親族がそれぞれ領主として統治している。
昔から諍いの多かったトランと接するレナントと違い、ベスレムは隣国とは特に問題もなく婚姻によって良好な関係を築いてきた。
しかし、これといった産業もなく、アトラーナでも最も貧しい地方であった。
しかし、子に恵まれなかった領主の元に、王の末弟ラグンベルクが養子となりあとを継いで様子が一変した。
ラグンベルクは元々手工芸で細々とあった絨毯作りに目を付け、まずは各家庭で細々と飼育していた飼育が難しいと言われる羊の一種、シビルを巨大な羊牧場で飼い増やし始めた。
そして技術者を集めて養成し、織物産業を大きくすると共に交易を活発化したのだ。
人々は生活にも余裕が出来、豊かな領地となったベスレムはアトラーナ王家の大きな収入源となっていた。



コンコンコン
額から伸びた角を、遊ぶように手すりに当てて鳴らしながら廊下を歩く動物と、そのあとをサラサラと衣擦れの音をさせながら、こつこつ歩き回る音がする。
猫科のミュー馬よりもスリムでしなやかな動物は、炎のたてがみを首に残し、金の毛並みは動くたびに風になびく麦畑のように輝いている。
あとを追う女性は白い肌に白い髪をなびかせ、美しい顔の金の瞳は酷く焦りながら前を行く動物を、眉間にしわ寄せ見ていた。

ベスレムの城から見下ろす草原には、シビルが放牧してありのんびり草をはんでいる。
時折シビルの鳴き声が聞こえる穏やかな景色と違って、彼女の気持ちは焦ってかなりいらついていた。

「フレア、お前は私のリーリを見捨てるつもりか?もうリーリは城についておるのだぞ!
おお、あの腹黒い奴らに囲まれて、どれほど心細い思いをしておるか……
わしが帰れぬのも、全部お前のせいじゃ!」

白い髪の美しい女は風の精霊女王、風のドラゴンと呼ばれるセフィーリアだ。
前を行く動物は火のドラゴン、フレアゴート。
二人はベスレムの領主、ラグンベルクの城にいた。

「お前がここにいるのはお前の勝手であろう。
わしは知らぬ。」

「一体今までどこで何をしていたのじゃ。わらわはずっとお前を捜していたのに、ようやくここで追いついた。」

「お前の知ったことではない。」

不機嫌な火のドラゴンは、取り付く暇もない。
セフィーリアはため息をついて、腕を組み小さく首を振る。

「のうフレアよ、何度も申すがこれはお主の神殿を復活させる最高の機会じゃぞ。
あの子は必ず巫子にせねばならぬ、のう?お前も待ち望んでいたのであろう?
もう……もう絶対に火の巫子は殺させてはならん!
お前の巫子はわらわの子、そして王の子ではないか!
これは王家と和解出来るに最高の機会じゃ!」

セフィーリアが声をひそめながらも、強くフレアゴートに訴える。

「何が最高の機会だ、お前はあの子が王や王家に殺されると一番危惧していたではないか。
あの王と崇められる下賤な男が、あの子を認めるはずもない。
あの子が口を開く前に口を封じるに違いない。
お前も早々に帰るがいい、早う帰らねばあの子の首が落とされて野ざらしになっておることであろうぞ。」

「何と言う事を言う!そんなことザレルが許さぬ!
わしの大切なあの子を、命をかけて守ると言うてくれたのじゃ!あの男は絶対守る!」

真っ赤な顔で、心配で仕方ないセフィーリアがカッと来て怒り出す。
フレアゴートは逃げるように足を速め、ラグンベルクの部屋へと急いだ。

114、

フレアゴートとセフィーリアが領主の部屋に入ると、そこには領主ラグンベルクと息子ラクリス、そして見慣れぬ女戦士の姿があった。
女戦士はセフィーリアたちを見知っているらしく、二人を見て深く頭を下げる。
セフィーリアは女戦士の持つ剣に気がつき、ため息をついた。

「その剣は水月、お前は水の神殿の者か。シールーンは何をしておる?なぜ出てこぬのだ。」

「は、私は水月の戦士パドルーと申します。
このたびは我が主、シールーン様よりリリス殿をお守りするよう仰せつかり、表向きは城付きの魔導師の供として城に派遣されました。
我が主にもお考えあって動かれておいでかと思います。」

「わかった。で、そのお前がリーリから離れ何をしている?」

口を開きかけたパドルーを制し、ラグンベルクが渋い顔でとりあえずは座るよう椅子をさす。
セフィーリアは腹立たしそうに椅子に座ると、ラグンベルクが苦い顔でため息をついた。

「パドルーは、昨夜来たのだ。
王の継いだ物に何らかの、火の精霊に関係する物がないかと。
だが、わしが兄と共に宝物庫で見た物は古臭い書物や、いわれはあっても何でもないただの宝石。
果たしてどれがあの子が必要としている物か見当も付かん。
何か特別な物など、一晩考えたが思い当たらぬ。
そのような物……どうにも思い出せず困っているのだ。」

火の精霊王はもちろんそれがどんな物かを知っているはずだ。
それを聞けば、大きなヒントになるのはわかりきっている。
しかし、ラグンベルクたちはそれを直接無理に聞こうとはしなかった。
リリスを助けたいと考えているはずの彼らが、どうしてもそれを自ら語ろうとしない、何か約束された禁忌があるのかもしれない。
セフィーリアは眉間にしわ寄せ、ジロリとフレアゴートを睨む。
そして、とうとう重い口を開いた。

「わらわは……知らぬのじゃ。
知っておるのはフレアと……恐らく王との密談に立ち会ったであろうヴァシュラム。
わしはあの後フレアの変わりように驚き、何があったのか聞いたが二人とも何も語らなかった。
それで仕方なく、人間とは深く関わらぬよう神殿を持たぬ代わりに魔導師を育てる事とし、城とは常に接触を持つようにした。
シールーンは知っているのか知らぬのかわからぬ。
彼女はあれから人間をたいそう嫌って山奥へ引きこもったが、巫子のために神殿だけは残しておる。
じゃが、火の巫子が次々と殺されるのを見て、彼女もいずれは手を貸そうと戦士や魔導師を育てる事にしたのじゃ。」

ラグンベルクが、すんなりと話すセフィーリアにニヤリとする。
やはり彼女としても、今がその謎を解く好機と考えているのだろう。

「風殿、その時何が変わったのかお教え願えるか?」

セフィーリアが唇を噛み、苦々しい顔で寝そべるフレアゴートを見る。
フレアゴート自身は何も語らない。が、今セフィーリアが語るならそれはそれでよいと言う事なのだろう。

「リリサレーンが騒ぎのあと、この世から一切の火の精霊が忽然と消えた。
そしてフレアは額の目を失い、力のほとんどを封印されていたのじゃ。
われらはそれぞれの眷属を束ねる、ドラゴンと呼ばれた精霊王。
その中でもこれは、人間世界で一番の権勢を誇っていた。
ヴァシュラムも教えてはくれぬが、人間に力と眷属を封印されたに違いない。」

「なるほど……
それで、火の精霊がどこに封印されたか,
何か見当はおありで?」

パドルーがセフィーリアを探るように見る。
だが、彼女は力なく首を振った。

「わらわには……わからぬ。
だが、巫子が復活すれば必ず眷属が解放されるに違いない。
それは神殿の復活を意味する。
しかし、なぜ王族が巫子を殺すのかはわらわには理解できなかった。
人間の考えることは、精霊には理解に苦しむ。」

「それは……」

ラグンベルクには、その理由は見当が付く。
彼が小さい頃に巫子の許しを来た少女が、やはり城内で毒殺された。
美しい少女で前日に会って話しをしただけに3兄弟の衝撃は大きかったが、その時父王にこう諭されたのだ。

「火の巫子はアトラーナに必要のない物だ。
王家が安泰である為には、常に精霊の上に立たねばならぬ。
精霊は、地、水、火、風、その四元精霊がそろったときに本来の力を発揮する。
その力は今より強く人々の興味を引き、人には無い力ともてはやされるだろう。
人心は奇跡に弱い。
移ろいやすい彼らの心は、安易に王家から神殿へと移ってしまおう。
火の精霊を解放すると言う事は、すなわちそれは王家の威信を失墜させる。
わしは子供の頃そう父に言われた。
それはやはり、巫女を名乗り出た少女が毒殺された夜のことだ。」

「なんと言う事じゃ、我ら精霊にそのような野心など無い。
人間はなぜそのような疑心暗鬼に捕らわれる?」

「……人間は罪深い。
それはお主らが良く知っていることであろう。
権力の座に目を奪われ、あの我らに抗うすべもない少女さえ殺すのだから。
わしは父を尊敬しているが、あの一件だけは今でも納得出来ぬ。
だが兄たちは王家の掟を忠実に守ることが、王家の安泰に繋がると信じている。
しかしそれは違う。それこそこの国を弱体化させる原因なのだ。
精霊の強さは、この国には必要な物だ。
共に歩むことこそ選ぶ道、それをあの子はきっと兄に教えてくれる。叩かれ研磨されたあの子の強さは、今の腐った本城の奴らを打破して突き進むだろう。
だからこそ、わしはあの子を護ってやりたいと思う。」

皆がうなずき、そして無言でフレアゴートを見つめる。
しかしこの精霊王は、もう人間に絶望したのだ。
精霊王にとって、巫子はいっときの配偶者だ。
心と力はシンクロして巫子は精霊の橋渡しとなる。
だからこそ、巫子が殺されるたびにその断末魔の声を聞き、悲しみの淵に投げ込まれてきた。
しかし、そんな火の精霊王の前に現れたリリスは、今までと少し違っていた。
身分と言うものに打ちのめされながら、それを受け流して前を向く力強さが感じられた。
だから、彼はずっと引きこもっていたあの火の山から出てきたのだ。
暗闇に、星が瞬くような一粒の光を感じて。
それに惹かれるように。

だが、また駄目かもしれない。
また殺されるのかもしれない。

心が揺らぎ、向き合うことが恐くなる。
フレアゴートはふて腐れたように目をそらし、フンと鼻を鳴らした。

「……どうせ……ろくに話し合いもせぬ内にまた殺される、無駄な事よ。」

捨てるようにつぶやくフレアゴートにイライラして突然、セフィーリアが立ち上がった。
拳を握りしめ、ブルブルと震える。
透き通るほどに白い肌が紅潮し、部屋をビョウと音を立てて突風が吹き抜けた。

「わらわは……
わらわは……あの子のためなら消えても構わぬ。
あの子は、あの子はずっと苦しんできた。
生まれてすぐに親に捨てられ親の顔も知らず、人間たちに蔑みを受けて、そして……そしてまた!最後は親に殺されるというのか?!
2度も……2度も親に裏切られるというのか!
わらわは許さぬ!お前たちすべてを敵に回そうと、わらわはあの子を護る!」

「落ち着かれよ、風殿。あの子はあの城で一人ではない。
ガルシアも3人騎士を付け、父代わりであるザレルも付いているではないか。
大丈夫だ。」

「わかっておる!だが、なぜこ奴は立ち上がらぬのだ!
私のリーリはただひたすらに、これに呼びかけておるのに!
あの子は前を向いて戦っているのに!」

「風殿……」

気が立っているセフィーリアを、なだめるようにラグンベルクが諭す。
唇を噛む彼女の気持ちは痛いほどにわかる。
そこに、部屋のドアが開きドア脇に立つ側近へ知らせが来た。
「なに?まことか?」
「は、」
側近の顔色が紅潮し、立ち尽くすセフィーリアをチラリと見る。
そして、ラグンベルクの元に歩み寄った。

「御館様、本城から水鏡を通じて知らせが。
リリス殿が、巫子の審査を許されたそうです。」

「なにっ?」
「おお……」

フレアゴートが、目を見開き身を起こす。
セフィーリアは、思わず彼のたてがみを掴んでグイと顔を寄せた。

「あの子は頑張っておる!これまで審査さえ許された子はおらなんだ!
お前はこのままふて腐れて動かぬ気か?!
お前があの山から起きてきたのは何のためじゃ!」

フレアゴートの目が見開き、ジロリとセフィーリアを睨み付けた。
ボウとたてがみを燃え上がらせて、セフィーリアを撥ね付ける。
そして立ち上がり、ブルリと身体を震わせた。

「セフィーリア、お前は疾く城に帰れ!」

吠えるように叫ぶ。
その声は、空気を振動させてそこにいる者の身体をすくみ上がらせた。



>>赤い髪のリリス 戦いの風37へ戻る