桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 39

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115、

自室にこもり、無言のままじっと目を閉じ考える。
キアナルーサは話しをすると言ったものの、時間が欲しいと部屋からゼブラも追い出し、ただ一人暗く苦悶に満ちた顔でうつむいた。


自分は事実を知ったあとも、リリスを兄だと思ったことはない。
友人や、自分の家臣だと思ってきた。
あいつ自身ももう、自分は王家とは関係無いと断言して、一部の貴族たちが噂に踊らされても、あいつは決して乗るそぶりを見せなかった。
だからあいつが登城してきたときも、相談できる者が増えて僕は随分ホッとしたんだ。

ずっと、次の王はお前だと言われてきたし、そのつもりで勉強だって剣だって頑張ってきた。
だが、先ほどの光景を見て、父や母は思っているはずだ。そう感じているはずだ。

『やっぱり、リリスは特別だ』と。

あいつは精霊王に育てられた。
そりゃ下働きで苦労もしただろう。でも、それ以上に魔導師として、凡人にない力を手に入れ、特別に精霊達に目をかけられた本当の意味で特別な人間だ。

あいつはずるい。

そんな特別な人間なのに、見た目で損をしたからと言って、みんな同情する。
ザレルなんか、可哀想だと自分の養子にしたいとまで言っている。
その上、火の巫子だって?
どこまで恵まれてるんだ。
馬鹿にしてる。

僕はあまりに平凡だ。
臣下に慕われているかと言われても、ゼブラ以外数人しか浮かばない。
このままだと、きっとリリスは僕のところまでのし上がってくる。
自分の力で。
あいつは、僕なんか比べものにならないくらい、ずるくて賢くて強い。
下の身分だから許せていたのに、いつの間にかこの僕と並ぶどころか、僕を蹴落として玉座を僕から遠ざけようとしている。
僕は、大人になったら王の冠をかぶって、玉座に座るのが当たり前と思っていた。
今は違っても、いつかあの玉座に座って、みんなにかしずかれるのが当たり前だと思っていた。

でも……僕は、王になるのが恐かった。
王は一身ですべてを担わなくてはいけないと思っていたから。
この国を背負う事が恐かった。
でも違う、父上の近くで仕事をするようになってわかったことは、国はみんながみんなの力で支えてくれるものだと言う事。
王は、それを見て間違った方に行かないよう指図すればいい。

そうだ、僕でも王になれる。
難しく考えることはない、凡人の僕でもやれることなんだ。
いや、凡人などではない。
僕は、王として育てられた、僕は王になるべくして育てられた、生まれながらの王なのだ。
僕は王の息子、特別の人間だ。凡人などではない。

何を血迷っている。
リリスが僕を蹴落とそうとするなら、僕はその前にあいつを蹴落とすべきだ。
僕こそ、王になるべき人間なのだから!

ああ……でも……でも……僕は…………

心の中で、葛藤に苛まれつつ拳を握りしめて額に押し当てる。
リリスを嫌いな気持ちと、それでも友人として信じたい、でも信じ切れないと言う複雑な思いと。


いっそリリスがはっきりと、自分を、この自分だけを頼ってくれれば、もっと違った気持ちじゃなかったのか。
いいや、僕はあいつが帰ってきたときから、あいつが巫子だとは信じてなかった。
あいつを、最初から信じていたら、そうして最初から迎えていたら……

僕は……僕は……
強くなりたい!あいつのように!
強く、もっと強く!!



『強く、なりたいか。我が血縁の者よ』



ビクッと身体が震えた。
耳元でささやく暗くかすれた声に、ゾッと凍り付く。

『強くなりたいか、我が血縁の者よ。
汝は選ばれし者、希代の王となる者』

「え、えらばれた?」

『そうだ、お前こそ王の中の王となりし者。
我は徳の高いそなたの魂に引かれ、そなたの危機に現れた。
我が名はグレンロード。最初にドラゴンマスターとなりし王である』




一匹のネコがキョロキョロしながらそっと庭に出て、キアナルーサの部屋の方角へと歩き出す。
アイはなんとかリリスの部屋へ入ろうとあらゆるルートを取ったものの、結局彼の部屋に入ることが出来ず諦めて王子の部屋に戻ることにした。
先ほど王の前で行った術を窓からこっそり見ていただけに、どうしても会いたかったが仕方ない。
高揚した気分が削がれ、てくてくいつものルートを歩く。
すでに日も暮れ、まだ下女がろうそくに火を付けていないらしく、廊下が暗い。

「まあ、ろうそくついてても暗いんだけどさ。
この世界って、火が暗いのよニャ。」

そう言えば、火の神殿がないって言ってたわね。
そう言うのも関係するのかな?
リリスが巫子になったら変わるのかしら?

ぼんやり考えながら、足音をひそめて歩いて行く。
フッと、何か黒い影が動いた気がした。
背後に何か気配を感じ、そうっと振り向く。
突然、上から網がかぶせられ、驚いて走り出した。
が、網に足を取られ思うように走れない。
そうしている内捕まって、身体をぐるぐるまきにされた。

「ニャーー!!助けてニャ!リリ……むぐむぐ……」

口にも網が挟まりうまく言葉が出せない。
そして麻袋に押し込まれ、ひょいと抱え込まれた。

「ニャーーッ!」

「あなたがいると、事が面倒なのですよ。
彼にこちらのことが筒抜けになるのは迷惑です。
異世界人なれば、命までは取らないことがせめてもの私の慈悲。どこへとなりと行くが良かろう。」

ゼブラがそう言って指を鳴らす。
一人の兵がかたわらにひざまずき、麻袋を受け取った。

「城を出て森に捨ててこい。」

にゃにいいーー!!

ザアッとアイの血が下がる。
毛が逆立ち、身体中が毛糸玉のように膨れあがった。
外に出ても食い物で困るし、悪くすればもとの日本に戻れなくなる。
頼りのリリスだって、もうすぐここからいなくなるのだ。

「承知しました。」
「王子には、わからぬようせよ。」
「お任せを。」

お任せをじゃニャああーーい!!
リリス!レスラ!助けてえええ!!

「アオー、ニャオー……」

アイ猫の叫びもむなしく、麻袋は木箱に押し込まれ、馬に積まれて城を離れてゆく。
ゼブラはほくそ笑み、清々した顔で自室へと戻っていった。

チリンチリン

自室に戻ると、間もなく王子が呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。
立ち上がると、忌々しいあのネコの毛が服に付いているのを見て、慌てて払い王子の部屋に急いだ。

「お呼びでございましょうか。」

「ゼブラ、僕の気持ちが決まったんだ。」

「お気持ちが?」

「僕は、世継ぎだ。この事実は変わらない。
王の座は僕の物、それを狙う者は許さない。
僕を蹴落とそうとする者には鉄槌を下す!」

ゼブラが、口をポカンと開けて王子を見つめた。
それは、聞いたこともない力強い言葉、彼の発する初めての自信に満ちた、王位継承者らしい容赦ない言葉だったのだ。
しかし、それはこれまでと同じ、口先だけのものかもしれない。
身をただして王子を険しい顔で見ると、ゼブラは声をひそめた。

「では今回の件、いかがなさいましょう。」

頭を軽く下げて、上目遣いで王子の様子をうかがう。
王子はしかし、いつものうろたえる様子もなく、小さく笑い窓を閉めるとくるりとゼブラを向いた。

「障害は、いかなる者も排除する。処分せよ。」

ザワザワ全身の毛が逆立ち、心が自分でも驚くほどに高揚する。

そうだ、自分はこれを待っていた。
これこそ私の仕える王子なのだ。
あるべき姿がここに現れた!

しかし、こうも変われる事がこの王子に出来ただろうか。
いいや、果たしてそれが何によるものなのかは、今は考えるまい。
それがあいつによる物だとしても、自分はこれでいい。
これをずっと待っていたのだ。

「いかように?」

ゼブラが顔を上げ静かに尋ねる。
王子はゆっくりと椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んでニヤリと笑った。

116、

王妃が窓辺の椅子に腰をかけ、階下を見下ろし指を噛む。
その視線の先には、リリスがいるであろう部屋がある。
だが、中をうかがうことなど出来るはずもなく、王妃はつのる思いを抱えて迷っていた。

会いに行きたい。
でも、あの子はきっと恨んでるに違いない。
あの言葉は、諦めで恨みを覆っているような言葉だった。
ザレルとセフィーリアが養子に迎えるという。
それで果たして良いのか、良いのだと思いたい。

でも……本心は……本当の気持ちは……

「嫌よ!あの子は私の子、取り戻したい。
たとえ何があっても。
守れなかった非を……詫びたいのよ……」

涙があふれてポタポタ落ちる。
生まれて一度も抱いてあげられなかった。
お腹の中で二つの命があると知ってから、すべてを慌てて二つずつ用意していったのに、陽炎のようにあの子は消えて、残された物すべて彼が燃やしてしまった。

許せない……


「……リザリア様……」

ドアの向こうから、ささやくような声がした。
それは聞き覚えのある、侍女の一人だ。
だが、それは特別な侍女だった。

「ミザリー、入りなさい。」

返事を聞いて、その侍女は足音も立てず滑るように入ってくる。
そして膝をつき、覚悟を決めて頭を下げた。

「なぜ呼ばれたか、お前はわかっていますか?」

「はい」

「お前を10才の誕生日に父上から頂いてのち、私の輿入れの時も付いてきて、これまでよく仕えてくれました。
私も、お前だけはと信じていました。」

「はい」

「お前は……知っていましたね?」

ミザリーの顔からうっすらと汗が流れる。
つばを飲み込み、視線を上げる事も出来ず声を詰まらせた。

「は……い……」

王妃がため息をつき、立ち上がる。
そして彼女の元に歩み寄ると片手を振り上げた。
知っている。はずだ。
彼女がミスリルであることは、他に宰相と王しか知らない。
彼女にもミスリルとしての力がある。
それはいずれ本城に嫁に行く娘を心配して、父親が彼女を選んだだけにとても助かる力だった。
だからこそ、知っているのが当たり前なのだ。
そして、彼女は自分にだけは隠し事無く仕えてくれていると信じていた。

なのに……なのに……夫に裏切られ、信頼していた彼女にまで裏切られるとは!

震える手を握りしめ、胸に押し当て涙を流す。

わかっている。
彼女は王に口止めされた。
それに逆らえなかっただけ。
でも……

「信じてたのに………」

ミザリーは、びくりと身体を震わせその場に平伏した。
床に額をすりつけ、たとえ彼女に足蹴にされようとも、この場から出て行けと言われようとも、死ねと言われても構わないと思う。
自分は命をかけて仕えようと決めてきた。
だが、あの時、王に最初で最後の願いだと、彼女を思うなら語るなと口止めされたのだ。
錯乱状態でしばらく泣き止むことの無かった彼女の姿に、消えた王子の事を……もう戻ってくる事の許されない王子の事を、どうして語れようか。
だから、せめてあの王子には親族を一人、時折様子を見に行かせていた。
小さい身体で一人旅をするときは、必ず気付かれぬように護衛に付かせ、せめて見守る事だけを続けた。
でも、それが何になるのだろう。
王妃は母として、手元で愛情を込めて育てたかったのだ。

「ミザリー、お前は私を裏切った。私はこのままでは、お前をこれまでのように信用できぬ。
だが、私は友としてお前が好きだ。
だからお前を失うのは惜しい。
お前は……私との間にあいた溝を自らの行為で埋めねばならぬ。
お前はどうしたい?」

王妃の言葉に、ミザリーが愕然と顔を上げた。
胸がいっぱいになり、身体が震える。

「私に………そのような機会をお与え下さいますのですか?
私は、リザリア様がすべてでございます。
あなた様が、死ねとおっしゃるならば私は死にます物を。」

「死ぬ事は許さぬ。
お前は生きて、老いて死ぬまで私につぐなうのだ。」

ミザリーがギュッと手を握り胸に当て、片膝を立てて深く頭を下げる。
そして、涙をひと筋流し、王妃の顔をじっと見つめた。

「この身は、あなた様だけの物。何なりとお申し付けください。」

「私の王子が望む物を手に入れよ。
そして必ず、お前の手で確実に渡すのだ。
それがあの子を私に近くし、あの子の命を守る事となる。」

「承知致しました。我が主の御心のままに。」

ミザリーは真摯な顔でうなずき、自分に出来るすべての力を使っても、彼女の願いを叶える事を誓った。





リリスの元にはその夜、翌日午後から巫子の審査が始まることが知らされた。
貴族院の重鎮や騎士、長老、賢者、魔導師の長、そして神殿の神官など、揃うメンバーはそれぞれを束ねる地位の高い者ばかりが招集される。
彼らが一致して認めて、そしてようやく巫子を名乗ることができるのだ。
ただし、彼を養子で迎えるザレルは、私意が影響するのではないかと貴族から意見が出されてメンバーから外された。

そのザレルは、リリスが巫子の審査が許されてから、騎士団長の地位を十分利用して彼の身辺警護には信頼の置ける者を選抜し、食事にも十分気を配ってリリスの身を守ることに専念していた。
巫子の審査がどうなるかは気になる所だが、彼としては裏に手を回すなど騎士道精神に反することなど頭に浮かばない。
それよりも、ただただ無事だけを願って自分の側に置き、レナントの騎士と共に保護することを優先させた。

しかし、その過剰とも言える警護ぶりは、宰相の耳にも入り眉をひそめさせる。
それは返せば暗殺を密かに企てようとしても、隙のない状況に苦々しく思う宰相側の都合でしかないとわかっていた。

夜も更けてサラカーンに呼ばれたザレルは、不機嫌そうな彼の様子に表情もなく頭を下げた。

「お呼びでございましょうか?」

「このような時間に呼び出しすまぬな。
さて、時間も時間だ、単刀直入に申すとしよう。
なぜ呼び出されたか貴方にも見当は付こう。」

「いえ、存じませぬが。」

サラカーンが、ザレルの動じぬ姿に顔を歪める。
立派な体躯のこの騎士の迫力は、できれば二人きりで同じ部屋にいたくないと思えるほどに昔から苦手だ。

「……ふむ……
明日から巫子の審査が始まるが、彼の者に対して貴方の兵の配置が過剰すぎるのではないかと言う声が、わしや王の耳にも届いておる。
ここは城の中だ、養子を心配する気持ちはわかるが少し控えよ。」

「いえ、王からは思うようにせよとお言葉を頂きました。
故に我が子のことなれば、できる事を全力で致したいと思うのが親心でござる。
聞けば火の巫子は、なぜか巫子の審査にも手が届かぬうちに、事故にて命を落とすのが常と耳にしましたゆえ、何かこの城には呪いでもかかっているのではと心配でなりませぬ。
あの子にも我が子となったからには、大船に乗ったつもりで命を預けよと豪語致しましたゆえ、どうか数日のことでございますので大目に見ていただきとうござる。」

親を持ち出されては、サラカーンにも何も言えない。
自分も息子を心配して、手元に置いておきたいとわざわざあの自分の城からこの本城へ呼び寄せている。
グッと言葉に詰まり、養子を認めたのは早計だったと後悔して苦々しい顔でザレルを睨む。
大きくため息をつき、もう良いと顔をそらした。

「とにかく、少し兵を減らすように。
それとこの城に呪いなどと、ふざけた事を申すな、お主らしくもない。良い、下がれ。」

「は、それでは失礼致す。」

部屋を出て、ジロリと視線を周囲に目配せてにやりと笑う。
腰の剣を少し抜き、そして音を立てて鞘に戻した。

「ふん」

鼻で笑って自室に戻ってゆく。
その彼の後ろ姿を見送り、暗い廊下の影から気配を殺した男が現れた。

117、

男は黒装束に身を包み、暗闇ではそれに溶け込むように気配が薄い。
眼光鋭く、腰には短い剣を差し、他にも武器を何かしら持っている様子だが、廊下の途中で警護する兵さえ彼がいることに気がつかない。
しかしそんな彼を、部屋を出たザレルは容易に気がついて、剣で音を立てて牽制した。

「やはり狂獣よ、どれだけ気配を消しても丸見えか。
あの方にはミスリルとて命がいくつあっても敵うまい……」

かすかにぼやいて、宰相の部屋のドアを叩く。
「入れ」
返事を聞いて、そっと部屋に滑り込む彼に、サラカーンが酒を一口ふくんで見もせずにため息をつく。
男は床に膝をつき、滑るように宰相のかたわらへと寄っていった。

「動きがあるのか」

「は、特に城内では変化はみられません。
ただ……レスラカーン様が外で動いておいででございます。」

「どういうことか。」

「わかりましただけでも、長老や賢者、貴族の一部に密かにお会いになっております。
恐らくは火の神殿の再興への手回しかと。」

「あの子がどうしてそのようなことをする!」

「お考えあってのことかと。」

「わかっておらぬ!あの子は何もわかっておらぬ!王家にとって、精霊など邪魔でしかないものを!」

宰相が立ち上がり、ドアへ向かおうとする。
しかし、男はスッとドアの前に行き頭を下げた。

「ご子息様は、まだお帰りになっておりません。」

「このような時間まで何をウロウロと……
ええい!帰ったら何時でも良い、すぐに来るよう申せ!
ううむ……それで、例の始末はどうなっているのか?」

「は、何度か食事には秘伝の毒を潜ませましたが、ことごとく毒味の術に見破られてしまいます。
また、配下の虫使いの毒虫も、何らかに阻まれ死にまする。
刺客を直接送ってもよろしいのですが騎士殿の守りも高く、恐らくは人死にが多く出ましょう。
いかがなさいましょうか?」

「人死には出してはならん。あくまであの者1人を暗殺するのだ。
そのまま隙を探れ、良いな。下がって良い。」

怒り収まらぬ様子で、酒をコップに注いで一気に飲み干す。
男は静かに頭を下げて、音もなく部屋をあとにした。
廊下の暗い角に立ち、しばし指を噛んで考える。
顔を上げて身を引き締め、そのままレスラカーンの部屋へと向かった。

レスラカーンは、すでに部屋に戻り服を部屋着に替えて、ライアと茶を飲んでいた。
先ほど賢者の2人と話しをしてきたが、火の神殿の再興を許すかどうかに直結する話しなだけに、宰相の目も厳しく巫子を許すかどうかは難しい判断だという話しだった。
だが、精霊と共に歩むことこそアトラーナの道であると言う考え、つまり原点回帰を訴えるレスラカーンの気持ちは重々わかってくれたと思う。
次世代を担うレスラカーンがそれを真摯に考えていることは喜ばしいと、非常にいい雰囲気で語ることができた。

やがて、ドアをノックして許しを得て入ってきた男に、レスラカーンはニッコリ笑って手を差し出した。

「キリル、少し足音が乱れているね。
疲れてるのかい?」

「は、いえ。」

男はひざまずいて戸惑いながらもその手を取り、両手で包み込むようにして額に当てる。
それが、昔からこのミスリルである男の、レスラカーンに対しての挨拶だった。

「父上様にはひと言申し上げておきましたが……これでよろしいのでございますか?」

「うん、いいんだよ。僕の仕事は一通り終わったから、これで謹慎受けてもお前が気に病むことはないよ。
キリル、今まで黙っててくれてありがとう。
あとでわかって父を裏切ったようなことになるよりも、先にわかっていた方がいい。
父は賢者や長老に釘を刺すだろうけど、そのあとに判断するのは彼らたちの問題だ。
皆がそろって火の神殿の再興を良しとしないのならば、アトラーナはここまでだと思う。」

「あまりご無理をなさらないで下さい。
父上様が、部屋に来るようにと仰せでございます。」

「わかった、じゃあ怒られに行ってくるよ。
キリル、他に動きはあるかい?
僕に話してもいい範囲で、気になることがあったら教えてくれるかい?」

キリルは父サラカーンのミスリルだ。
だが、父はミスリルを他の貴族たちと同様に昔から蔑視している。
それを小さい頃から耳にしながらも、レスラカーンは彼を兄のように慕って良くこっそりと川遊びなどに連れて行って貰った。
キリルもレスラカーンを、サラカーンと同様に……もしかすればそれ以上に密かに忠誠を誓っている。
先ほどの挨拶も、彼にとっては親愛の情を表す物だ。
父のサラカーンは、彼の名さえろくに口にすることもなかった。

少し考え、キリルがレスラカーンの側に寄る。
そして声をひそめ、彼の耳にひっそりとささやいた。

「これは我ら、ミスリルのみが知ることでございます。
先日フレアゴート様が、ミスリルの村を訪れになりました。」

「それで?」

「我らの村には昔火の神殿の神官だったミスリルが、火の神殿の再興の日のために密かに数百年の時を眠っておられます。
フレアゴート様が、それを起こしに見えたそうです。」

「それは……どういうことか?」

「彼らは一度起きると再び眠りにつくことはできません。寿命をまっとうすれば、火の神殿の教えはそこで途切れましょう。
火の神殿の復活には、絶対必要な方々です。」

レスラカーンの表情が硬くなった。
それは、フレアゴート自身もこれが最後の機会と思ったのだろう。
つまり、これを逃したらあきらめると言う事か。
彼にとってリリスは最後の希望、もうきっと待つ事に疲れてしまったに違いない。
これでアトラーナは、これを逃すと少なくとも火の精霊王から見捨てられてしまう恐れも出てきた。
元々彼を先に見限ったのは人間の方だ。
神殿の無い彼に留める物はなにもない。
風の精霊女王とて同じだろう。
リリス次第では彼らがこの地に留まる意味は消えてしまう。
精霊達が居を移すと、このアトラーナはどうなる?
精霊の聖地でなくなった小国が、近隣の国に蹂躙され消滅する事もあり得ないことではない。
レスラカーンの背を、冷たい物が走った。

「我らも、……試されているのだ。彼ら精霊に……そして、これがその最後の機会だと。
アトラーナが精霊の聖地である意味を、父や叔父上はお考えにならねばならぬ。
リリス殿を守っているミスリルは誰かいるのか?」

「いえ、同族にはおりません。
ですがあの方とは別の魔導師殿の気配を感じます。
恐らくは別の場所から、水鏡でお守りになっているのかと。」

「守っているのか、狙っているのか……騎士だけでは心配だ、キリルの信頼置ける者を一人回して貰えないだろうか。
……できるかな?」

「承知、お任せ下さいませ。弟を1人配置します。」

その言葉に、ライアが横から顔を出した。

「なりません、恐らくはキリル殿は宰相様から別の命をお受けになっているはず。
それ次第では、ご兄弟で相対する命となりましょう。
お父上様はリリス殿を疎ましく思っておいででございます。」

「だからだよライア。私は父からあの子を護りたい。」

レスラカーンも、それはわかっている。
しかし、それでも……だからこそ父にあの子を殺させたくないのだ。
キリルはその意を汲んで、小さくうなずいた。

「どうぞお構いなく。我ら一族は重々承知しております。
我が弟はまだ主を得ておりません。
私の元で修行中の身、それでよろしければ。」

「ありがとう、頼むよ。
ライア、私は恐らく父に謹慎を言いつけられると思う。
お前もきっと、一時的に僕の側近から外されるかもしれない。
もしそうなったら、先ほどの情報をリリス殿と魔導師のルーク殿にも伝えてくれ。
魔導師は必ずルーク殿だけに。城内は誰が火の神殿再興に賛同しているのかわかりかねる状態だ。極力注意してくれ。」

「承知しました。必ずお伝えします。」

レスラカーンが立ち上がり、ライアが杖を渡して手を取る。
彼の見えない美しい瞳が、真っ直ぐに前を向く。
そして意を決めたように微笑んだ。

「さあ、では宰相殿の元へ参ろうか。」

ライアにも、キリルにもわかっている。
彼はひっそりと、国を背負って戦っているのだと。




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