桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 40

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118、

明日から審査が始まる。
それがどういうものかは誰も知らない。
どうやって彼が巫子であるかを審議するか、それさえ召集された神官たちも恐らくは決めかねているだろう。
火の神殿の関係者が世にいないという事は、火の巫子が何を知っていて、何が出来るかという事がわからないからだ。
すべての資料はなぜか一切残されていないために、フレアゴートも城に寄りつかない今、どうした者か皆頭を抱えるか、最初から認めないつもりなのか、始まってみないと見通しも付かない。
地の神殿の神官はすでに1人城に常駐しているらしいので、明日の朝に水の神殿からも急遽神官が来ることになっている。
慌ただしいことだ。

「まあ、なるようになると言うことで、休みましょう。」

ミランがにっこり、渋い顔のブルースの背をたたいた。
今夜から一人、順に寝ずの番をしようと決まった。
安全なはずのこの城内の部屋が、まるで野宿の森の中のような気がする。
雨風しのげるだけ安全じゃないですかと前向きなミランが、皆の気持ちを明るくしていた。

「まさか、飯には毒入り、天井からは毒虫がボタボタ落ちてくるとは思わなかった。」

ブルースがげんなり、ベッドに横になることも出来ないとため息をつく。

「キュアが虫はだいたい見つけてくれますから、大丈夫ですよ。
どうも結界同士が干渉して、隙間が出来た所から入り込まれているようですね。
私も今日は少し疲れたので、隙が出来ているのでしょう。」

リリスがキュアの首をなで、横になって目を閉じ、なんでもないように話す。

「隙が出来てるなどと、自らほざいてどうするリリス殿。命をねらえと大声で言ってるようなものだ。」

「この部屋の結界を強くできないんですか?」

心配そうなブルースに、ミランが横から身を乗り出す。
彼も心配なのだろう。

「そうしたいところですが、城に張り巡らされている結界に干渉してしまうので、あまり強い物を長く張るとご迷惑をおかけしてしまいます。
通常、結界に結界を重ねて張ると言う事は、術者同士の相性もありますので重々注意せねばなりません。
私の術と、こちらの大きな結界ではあまり相性が良くないようです。
干渉したところが相反する力で無効化し、穴が空くと魔物を容易に侵入させてしまいます。
大丈夫、私にはお強い騎士様が3人もついておいでですもの。
私はゆっくり休ませていただきます。」

「何とも……難しい話しだ。
まあしかし、図太い巫子様だな。」

呆れるブルースがふとガーラントを見る。
随分黙っていると思えば、すでに彼は、長いすに座ったまま腕を組んで眠っていた。

「こいつも図太い。俺だってなあ、本当は図太いんだ。」

「アハハ、ブルース殿が見かけ倒しでない事を祈っておりますよ。」

「うるさい、さっさと寝ろ、ミラン。」

「はいはい、じゃあ私も休ませていただきます。何かありましたらご遠慮なく。」

ミランが手を上げ、ブルースは触るのもいやだと思っていたベッドに平気で横になる。
心でアッと声を上げて、ブルースがちょっと悔しそうに舌打ちため息をつく。
とは言っても、部屋の外は兵が交代で番をして、何かあったら加勢に飛び込んできてくれる。
森の中よりうんと安全……なはずだ。
皆が寝静まった後、ブルースは何をすることなく、ろうそくの蝋が交替の印の所まで溶けて流れるのを眺めながら、時間が過ぎるのを待ち続けていた。



水盤に、清水をたたえて魔導師の男が一人、城の地下でぶつぶつ呪を唱える。
その横には身分の高い男だろう、顔を見せぬようにすっぽりとローブで身を覆い、その様子を見守っている。
そのローブの男の前には彼の下僕なのか、いることも気がつかないほどに気配を消した、ミスリルと思わしき男が控えている。

二人の前で魔導師の男は、脂汗を流し鬼気迫る顔で力を振るっていた。
彼、水の魔導師ゼルダは、魔導師の長であったゲールと共に城を出たものの納得できず、あれからどうにもやるせない気持ちを知り合いの貴族に吐き出しながら、また城に仕える機会をうかがっていた。
しかしそこへ、ミスリルの男がひっそり尋ねてきたのだ。

「あの小僧を確実に殺せ。さすれば魔導師の塔に帰れるよう口利きしてやろう。」

彼は一も二もなく、その話に飛びついた。
これは大変な好機だ。

ゼルダは男の指示に従って、夕刻こっそりと商人のふりをして城内へと進入した。
これまでここに威厳を持って住んでいた事を考えると、コソコソと入り込む事ははなはだプライドを傷つける。
だが、彼は魔導としては禁忌の呪詛をもってリリスを殺しにきたのだ。
それは、以前ベスレムの城で水の魔導師が見せた呪詛を思い出した、キアナルーサの思いつきだった。


ブルースが大きなあくびをして延びをする。
ロウソクはもうすぐ交代の印の所まで溶け落ちた。
あたりはしんとして、時々ドアの外の兵の足音や話し声がする。
あいつらも大変だよなとつぶやきながら、立ち上がって部屋の隅々を天井まで点検する。
異常は特にない。

しかしどうも、部屋の中だと変化がなくて眠気がつく。
音を立てるわけにもいかんし。

体を動かし、ふと、何かいやな感じに辺りを見回す。
耳を立て、リリスたちの様子に変化がないことを確認する。
そろそろ交替か。
ガーラントに声をかけようとしたときだった。
ずしんと、何かが覆い被さってきたような違和感を覚えた。


いかん、何かおかしい!起こさねば!


とっさにガーラントに手を伸ばす。
が、届く前に体がこわばり、なぜかその手がテーブルの上の水が入っているコップに延びた。
コップを握りしめ、中をのぞき込む。
ブルースはぞっとして体が凍り付いた。

なんだこれは!

コップの水には、おぞましい目が一つ大きく映り込んでいる。
その目がほくそ笑み、じっとブルースと目を合わせた。

駄目だ!見ては・・駄目だ!!

あらがうブルースが、しかしその目に次第に魅入られる。
ガクリと力を失い、ゆらゆら体を前後に揺らしてコップの水を床にまいた。

パシンッ!

青い火花を上げて、リリスの張った結界が消える。
ブルースへの術はますます強く、彼の意に反してどうする事もできぬうちに手が腰の剣を抜いた。



殺せ!殺せ!殺せ!

殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!



頭の中に、その言葉だけがこだまする。

「ころ・・せ・・・」

小さくつぶやき、眠るリリスの傍らにいくと大きく剣を降りあげた。
キュアが、それをじっと見ている。
そして、ギャアと一声鳴いた。

ガーラントがぼんやり目を覚まし、眠そうに片目を開く。
剣をふりあげるブルースに飛び起き、彼に飛びつき後ろから羽交い締めにした。

「なにしてるんだ、目を覚ませ!ブルース!
リリス殿、起きろ!」

「うん……え?あっ、ブルース様。」

リリスが目をこすり、慌てて飛び起きる。
よほど疲れて睡眠が深かったのか、まだはっきりしない頭でよろめきながら起き上がった。

「少し離れて……あたりに気をつけろ!
ブルース、正気に戻れ!」

「ブルース殿!あなたらしくない、しっかりして下さい!」

ミランも起きて、彼の手から剣を取り上げようとする。
だがブルースは顔をゆがめながら、自分の意志ではどうしようもない様子だ。

殺せ!殺せ!殺せ!

頭の中では何度もその言葉が繰り返される。
彼の瞳の中には、ここにはいない男の姿が映り込んでいた。

「リリス、部屋から出るんだ。ザレル殿の元へ!」

「あ、はい……あれ?結界が…切れてます!
なんで気がつかなかったんだろう、これは……なにか違う……水の魔導?だとしたら、触媒がどこかにあるはず!」

「触媒だと?水を外に捨てれば……ええい!他に方法は?!」

「乱暴ですが、かけられた術を強制的に切ります!」

リリスが返答しながら頭をはっきりさせようとゴシゴシ目をこすり、魔導師の術を断ち切ろうと印を組んで呪を唱え始める。
壁際まで下がったとき、壁から突然男の手がヌッと出てきた。
それががしりとリリスの身体を掴み、抱きかかえるようにして男が壁の中から現れる。

「ひっ!だ、だれ?!」

さすがに驚いたリリスは、凍り付いて動けない。

「リリス殿!」

慌ててミランがブルースをガーラントごと押し倒し、剣を抜いてそれに駆け寄ろうとするが、壁からもう1人小柄の男が現れ二人の前に立ちふさがった。

「チッ!またミスリルか!ガーラント殿!
誰か!くせ者だ!」

なぜか、廊下の兵は誰1人入ってくる気配がない。触媒を経ると、場を支配する魔力は増大する。
城を覆う結界の中に、更に室内で結界を敷いていたリリスは、城内からの敵に油断していた。

「くっ、くそっ!この馬鹿野郎、目を覚ませ!」

ブルースに手間取るガーラントは、彼を傷つけるわけにも行かず横に押さえつけ、剣の柄を握る手を殴り取り上げる。
そして彼が身を起こしたところを拳で殴り、やっとの事で気を失わせた。

「この……無礼者!リリス殿を離せ!」

ガーラントがようやく剣を向けてリリスを抱えるミスリルに向き合う。
リリスを抱き込んだ男は、ニヤリと笑って腰から短剣を抜き、くるりと手の中で返すとリリスののど元に向けた。

119、

「あっ!」「やめろ!!」

皆が息を飲んだその時、

ドンッ!!

「うわっ!」「うおっ!」

ズシンと空気が震え、そして次の瞬間隣室との壁が凄まじい勢いで吹き飛んだ。
ろうそくの火が消え、暗闇の中ででたじろぎながら、ミスリルの男がとっさに逃れようとするリリスの身体を、片手でギュッと引き寄せる。

「一体……」

つぶやいたその時、ビュンと風を切る音が耳元に響き、鋭い風圧が顔面をかすめた。

「うおっ!」

気がつくとナイフを持っていたはずの男の腕が手首から断たれ、ひるんだ瞬間脇腹に剣が刺さっている。

「うおおっ!く、くそっ!たかが人間が……」

「不埒者め、その手を離せ。」

暗く怒りに満ちた声に、その場にいた一同がゾッとした。

「ザレル!駄目です!殺しちゃ駄目!」

リリスがとっさに震える声で叫ぶ。
キュアの青い炎と雲合いから月の光がこぼれ、共にそれが穏やかに室内を照らす。
そこにはザレルが風をまとい、鬼神のごとき表情で剣を振り上げ、リリスを抱く男の首をはね飛ばそうとしていた。
とっさに、リリスが男の手をふりほどこうともがきながら叫ぶ。

「駄目です!殺しちゃだめ!僕は大丈夫!だから……うっ」

「リリス!」

男の血が顔にかかり、血に含まれる毒気にリリスの気が遠くなる。
思わずザレルの手が止まった。

「兄者、引くぞ!」

男は痛む脇腹を押さえ、気を失った彼を抱き込んだまま壁に飲まれて消えた。

「しまった!」

もう1人のミスリルも、ミランの剣を跳ね返してそれを追いかけて壁に消える。

「外へ!早く!」

慌てる皆を横目に、なぜかキュアは動かず黙って成り行きを見ている。
と、ザレルの背後から、突然全身を覆う黒装束に仮面を付けた男が現れ、風圧に吹き飛び壊れた窓に身を滑らせた。

「お任せを!恐らく相手は血に毒が、始末にお気を付け下さい!」

「お前は誰か?!」

「主にリリス殿をお守りするよう仰せつかりました!どうかお任せ下さい!」

仮面の男は、そう言って窓から飛びだしてゆく。
ザレルはそれを見送りながら、苦々しい顔でドンと壁を拳で叩いた。

「すぐに!すぐに追いましょう!」

ミランがガーラントに詰め寄る。
ガーラントは唇を噛み、辺りを見回して無言で剣を戻し、上着を取ってキュアの元に行く。
そして、鳥を睨め付けその首をギュッと掴んだ。

「貴様の主人は誰だ!なぜ動かない!」

細い首をギリギリ絞めてもまるで手応えがない。実体があるのか無いのか、いいや、自分たちはこれに乗ってここに来た。はずだ!
が、彼の握る手は、力を入れるとするりと抜ける。
キュアは笑うようにくるくると喉を鳴らし、ようやく気がついて身を起こすブルースに目を移した。

「ブルース殿、正気に戻られたのか?」

ミランが恐る恐る彼を覗き込む。

「す、すまん。俺のせいで……うう……む、くそっ」

ブルースは、どこかはっきりしない様子でふらりと立ち上がる。
だが、ザレルがキッと振り向く。
これほどの騒ぎというのにまだ廊下の兵が入ってこない。

「まだだ、まだ終わっておらぬ。」

ザレルの言葉にニッと笑い、ブルースがミランの腰から剣を抜いた。

「ブルース殿!」

ブルースはザレルに向き合い、剣を向ける。
思わず止めようと駆け寄ったミランに、躊躇無く剣を振り下ろした。

「あっつっ!」
「ブルース!」

肩口から胸を切られ、よろめくミランの襟首をとっさにグイと後ろからガーラントが掴み引き倒す。
そして再度ミランに振り下ろされる剣を、ガーラントが剣で受け止めた。

「貴様は誰だ!」



ブルースの瞳の奥の、水盤を覗き込む魔導師がククッと笑う。
背後にいるローブの男は、横のミスリルにヒソヒソささやく。
そのミスリルらしい男が、魔導師に強く命じた。

「皆殺しにしても構わん、ザレルを確実に殺せ。
良いか、これを成し遂げれば、お前には城を与えようと仰せだ。
今、ここで確実に討つのだ。」

「お任せを。ククク……この男、私の術と相性が良いようでございます。
たとえ死しても屍を動かして見せましょう。」

水盤の中、呪詛で黒く濁りつつある水面に映るガーラントが、剣に押されて後ろによろめく。
これはブルースの目に写る光景なのか、ザレルは手を出す気もないらしく、剣をおろして成り行きを見ている。
元より、彼が手を出せば一瞬でブルースは命を落とすだろう。
ガーラントはなんとか、自分で彼を止めたい。

ふと、ブルースの視線がキュアと合った。
ブルースの瞳の奥の、魔導師ゼルダをキュアが見つめる。

「キアアアアアッ!!!」

突然キュアが叫びを上げ、身体をボウと青く燃え上がらせる。
そして大きく羽ばたき、ブルースの顔にその鋭い爪を向けた。

「うわあっ!!」

キュアの足が、ブルースの瞳に吸い込まれる。
そして同時に魔導師ゼルダが術をかける水盤の表面を青く燃え上がらせ、突然その中から巨大な鳥の足が鋭い爪をあらわにして大きく開いて現れた。


「ひいいっ!!」


爪はゼルダの顔面を包むように上半身を掴み、一瞬で水盤の中へと引き込んでゆく。
バシャバシャ水を叩いて暴れる足が水の中に消え去り、呆然と見るローブの男の前に水盤が床に落ち、音を立てて砕け散った。

「一体……あれはなんだ!」

ローブの男が腹立たしげにフードを後ろに倒す。
あらわになった顔を片手で覆い、彼、ゼブリスルーンレイアが苦々しく唇を噛む。
かたわらのレナパルド家に仕えるミスリルが、思いがけないことに動転して頭を下げた。

「例の子供の始末を確認して参ります。」

「当たり前だ!あの魔導師も始末しろ!
我が家名に傷を付けることまかり成らん、良いな!」

「はっ」

ミスリルの男は、風のように階段を駆け上がり地下室から消えてゆく。
彼はゼブラの父が所有するミスリルの一人だ。
父が自由に使えと差し向けてくれた。
が、一瞬で済むと思っていたことがどうして上手く行かない。
念入りにしたはずが、ミスリルを買いかぶりすぎたのか。
せっかく私の王子が現れたというのに、これでは今度は私が役立たずではないか。
連れ去ったはぐれミスリルは、ちゃんととどめを刺したのか。
この目で確認できなかったのは心許ない。
殺したと報告を受けても、きっと安心できない。信用できない。

ゼブラは唇を噛み、しばし考えると腰から剣を抜いた。
ローブを背中にやり、左手の手首に刃を当てる。

「古の精霊よ、契約に従え。
我が血を持って、分身を成す。

我が血はすなわち我が命、これをにえとし契約を果たせ。」

一気に、刃を引いて手首を切る。
流れ出す血はしずくとなって落ち、途中からそれにポッと青い火が付いて床には青い炎の固まりができた。

地下の部屋がその輝きに照らされ、まるで水の中のように青い空間が広がる。
ゼブラは痛みに眉をひそめながら、その冷たい輝きに心まで落ちてゆくような奇妙な感覚に包まれた。

「出でよ、我が分身。
あの子を追い、死を確認するのだ。」

火だまりの中から、ひときわ大きな青い蝶が生まれ出る。
それはヒラヒラ飛び立つと、青い火の粉のような鱗粉をパッと散らして、ゼブラの差し出す血に染まった指に留まった。
ゼブラが大きく深呼吸して目を閉じる。

「ああ、そうだ。お前は私、私はお前。
美しく輝きながら、あの子を追って飛んでゆけ。逃がしてはならぬ、私の王子はあの子の死をご希望なのだ。

………誰も、……誰も信用できぬ。
信じることができるのは自分だけ。
だから私はお前を望んで契約した。

さあ、お行き。私のもう一つの命。」

青く輝く蝶は、ふわりと舞い上がって外へと飛んでゆく。
ゼブラは大きくため息をつき、うなだれると水差しの水で手の血を洗い流して傷口を手ぬぐいで縛った。
もう何度も切った腕は、傷だらけで癒える暇がない。
それでも構わないとさえ思える。
もう、どうなってもいい脱力感に襲われ、目から一粒涙が流れた。

兄から結婚の日、正式に父のあとを継ぎ爵位を賜ると手紙を貰った。
父は近いうちに別荘に引き取り、家の一切を兄に譲る。
兄が正式に当主となり、ミリテアとあの館で、幸せに暮らすのだ。

兄は、父のあとを継いで貴族院の長となるだろう。
やがて彼女との間に子ができて、またその子があとを継いでゆく。
これからずっと、それを笑って祝福できるのか自信がない。

ミリテア……

僕は、君と一緒になれるのだと、ずっとそうなのだと思っていたよ。
だから、僕はその日の為に立派に役目を果たして、君を迎えに行くのだとそう思っていたんだ。

なんて、滑稽なんだろうね。

僕には、僕の手にはもう、あの心許ない王子だけしか残らなかった。

だから、

……だから、あの王子は王にならなければいけないんだ。
邪魔になる者は排除する。
火の神殿など誰が許す物か。
この命をかけても……

120、

城内を走り、息を切らせてリリスの部屋に水の魔導師シャラナがたどり着いた時、そこはすでに事が終わったあとの部屋だった。
捕らえられた、元城付きの魔導師ゼルダが縛り上げられて、うなだれている。
シャラナはゼルダにつかつかと歩み寄ると、彼の頬を力の限り叩いた。

「ゼルダ!この、愚か者!水を呪いに使うたな!
おのれ、水の魔導師の名を汚しおって、シールーン様のお怒りを受けよ!」

ゼルダは叩かれた拍子にひっくり返り、兵の手を借り身を起こす。
血のにじむ唇を噛み締め、キッとシャラナを睨み付けた。

「生まれつき魔導に長けた者が何を言う。
俺は城に帰りたかっただけだ。
あんな気味の悪いガキ1人の命で帰れるなら俺はなんでもする!」

吐き捨てるようなその言葉に、シャラナはブルブルと手を震わせる。
これが先日まで水の魔導師の代表としてこの城にいた男かと、情けなさにはらわたが煮えくり返った。

「あなたは忘れたのか?
生まれつき魔導に長けた者などいない、それは素質の問題だ。
だからこそ、あなたは修行を積み、勉学に励み、権威ある魔導師の塔へたどり着いたのではないか?
それは皆同じだ!
それが、この有様はなんだ?
あなたは城に来て修行を続けたのか?
神殿に勉学のため何度足を運んだ?
一体、あなたがいつ艱難辛苦にあえぎながら修行をしたと言うのか!
安易に水を濁らせたお前が、人の命を奪ってまで城に来てなんとする!
お前の前に立ちはだかる壁を見よ!恥を知れ!」

ゼルダがグッと言葉を失った。
城に上がった時は、あれほど心が締まり、ひたすら高見を目指し、修行を続け水の精霊に慕われていた。

それが、この堕落した有様は……
水が濁るのは、自分の心が濁っている証拠だ。

「誰に頼まれた?」

ザレルが厳しく問う。
しかし、ゼルダは首を振って「わからん」とひと言答えた。

「ただ、わかるのは……わしに接触してきたのが初めて見るミスリルだった。それだけだ。」

「……貴族か……」

大きくため息をつく。
ミスリルは横の繋がりも多い。
城にいたミスリルは熟知していただろう元城付きの魔導師が、見たこともないミスリルを使った事が、返ってそう確信させる。
王が直接手を下したのではない事は、安易にミスリルを使った事からわかる。
王ならば精霊王との契約の手前、恐らく事故や自然死に見せるだろう。

「良い、明日取り調べを行う。連れて行け。」

「は」

ゼルダは兵に引かれ、苦々しい顔で部屋を出された。
シャラナがため息をつき、大穴の空いた部屋の壁に目を移す。

「やりすぎましたか。」
「いや、結界を破っていただきひとまず助かった。だが、そのあとのことは俺の力不足だ。
あのミスリルがあんな技を持っているとは、油断した。」

ザレルが剣をしまい、鋭い目で部屋を見回す。
深夜にもかかわらず、この騒ぎに部屋の外がざわついて人が集まってきた。
そして、暗闇の窓の外を見て忙しく考えているガーラントの肩を叩いた。

「仲間と追ってくれ。あの子を頼む。」

「しかし、どこをどう行けば良いのか……」

うなだれるガーラントに、ブルースが焦って駆け寄る。

「俺も、俺にも責任がある。どうか一緒に行かせてくれ。」

「私も……うっ、つ……」

ブルースに続き、肩を切られたミランが身を起こす。
ミランは流れる血に半身を染め、シャラナがとりあえず癒しの術を施していた。

「駄目だ、ミランは傷が深い。お前は残れ。
俺とブルースでなんとかあとを追おう。」

「ああ。
ミラン……すまない。俺はお前の分も頑張るから、済まん。」

ブルースがミランに頭を下げ、上着を手に取り着込んでガーラントと目を合わせうなずく。
どこをどう探すか、あとは運任せだ。
だが、ザレルが長いすの背もたれに留まるキュアに目を移す。
キュアは燃える身体で煌々と室内を照らし、冷めた瞳で人間達の様子を見つめている。
なぜあの子を追わないのか、この鳥もどこか迷いが見られる。
ザレルは取り巻く兵を散らし、キュアの元に歩み寄ると膝をついた。

「高貴なる火の鳥よ、どうか手をお借し願いたい。
あの子は火の巫子だと俺は信じている。
だからこそ、あの子は我が子以上に、この国にも必要な人間なのだ。
どうか、手を貸してくれ。お頼み申す。」

鳥に頭を下げる。
もう、この火の鳥に頼るしか今は手がない。
ガーラントや、ブルース達も背後で頭を下げた。
その時、部屋の外で大きな声が上がり兵が騒然としつつ壁際に下がる。

「お后様!危のうございます!どうか、お控え下さい!どうか部屋に!」

侍女や王の側近の声が激しく響きながら迫ってくる。

「うるさい!無礼者、下がれ!」

聞いたこともない乱暴な声を張り上げ、やがて簡素なゆったりとした寝間着姿で髪を振り乱し部屋に飛び込んできた王妃に、一同は驚いて頭を下げた。

「あの子は?あの子が襲われたと聞いて……!
どうなったのです、ザレル!あの子は無事ですか?!今どこに?!」

「申し訳ありません、気を失ったところをさらわれました。1人追っておりますので、今すぐに彼付きの騎士に追わせます。」

「何をしている!早う兵をかき集め追わせよ!
あの子に……あの子に何かあっては許さぬ!」

震える手で指差し、鬼気迫る王妃にザレルはひたすら頭を下げる。
しかしまさかこれほど取り乱すとは、捨てた子に未練があるのかと内心眉をひそめた。

「おお……これはあの子の……」

王妃は服にすがる侍女の手をふりほどき、床に落ちるリリスの上着を拾い上げ涙をこぼしてほおずりする。
やがて案の定、バタバタと足音が響き、ガウン姿のサラカーンが直々に慌てて駆けつけた。

「何をなさっている!さあ、早く部屋にお戻りを!
皆、慈悲深い王妃は、この騒ぎに驚いて取り乱されている。今宵のこと、口外は一切せぬように。
さあ、何をしている!早うせよ!」

「サラカーン!早く兵を!あの子を追って!

私の……私の大切な……」

「姉上!言葉を慎まれよ!」

王妃の言葉を遮り、サラカーンがグイと腕を引く。
強引に部屋を出ようとした時、急に部屋が昼間のように明るくなった。


「ククッ……ククカカカカッアハハハハ!!」


横で見ていたキュアが、笑うように鳴いて立ち上がり煌々と燃え上がりながら大きく翼を広げる。
その姿は揺らぎ、炎の向こうに何か大きな角を持った動物を映した。

「王妃ヨ!トウノ昔ニ捨テタあの子を今更何とする!
抗うすべもない乳飲み子を、お前たちは平気でうち捨て命さえ奪おうとした!
わしは許さぬ!
おぞましきこの城に、たとえ悪霊がいようとわしはこの城の者に手を貸すことなど無いだろう。
心せよ!
リリスはわしの赤の巫子、それを審議するなどたかが人間風情が片腹痛い。
このフレアゴートはこの地に火の神殿などもういらぬ!
人間達よ、勝手に殺し合うがいい!」

キュアは燃え上がりながら、城内すべて、いや、城下までもすべてに響き渡るような叫びに似た言葉を吐き出し、その姿をみるみる膨れあがらせた。
それは建物を壊すことなく壁を突き抜け巨大化し、その大きな爪でガーラントとブルースを掴むと、羽ばたいて城から星の瞬く大空へと舞い上がった。


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