桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 41

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121、

風が音を立てて吹き、町の家々の窓をガタガタとゆらす。
すでに酒場も店を閉め人々が寝静まり、静かな中を時折見回りの兵が、ランプを手に夜回りをしている。
一つあくびをして、道ばたで酔って眠りこけた親父を見つけ声をかけた時、何かがブオンと風を切って通り過ぎた。

「な、なんだ?」

素っ頓狂な声を上げ、ランプをかざして辺りを見回す。
しかし手のランプに血が付いているのに気がつき、顔を近づけようとした瞬間、なにかがランプを貫き思わず地に落とした。

「あっ、ランプが!い、一体何だってんだ!」

壊れたランプからは油が漏れて、ゆるゆると燃える。
その側に、一束の金の髪がチリチリと焼けて消えた。
兵は見えない何かに恐怖を覚え、酔っぱらいを叩き起こして慌ててその場から逃げていった。

その様子を見下ろしながら、先の影を追う一つの影が家の屋根から屋根に飛び移っていく。
彼はレスラカーンの命で兄のキリルに頼まれ、リリスを守りに来たミスリルだ。
名をエリンと言った。
キリルとしてはレスラカーンに仕えさせたいと思っていたが、彼の容姿にサラカーンがそれを許さず結局未だ兄の下で働いている。
仮面で顔を隠しながら彼としてはその方が気がラクだと兄には言いつつも、この顔では主を得ることは諦めざるを得ないだろうと思い始めていた。


町中を駆け抜け、リリスを担いだままのはぐれミスリルの2人は、すでに追っ手に気がついている。

「ゼル、森で振り切るぞ!」

「兄者、腕を片方切られた!切られた!」

「血を流すな、あとを追われる。」

「わかってる、俺の血は毒だ。わかってる、血は毒だ!」

「巫子を落とすな!二度と無い得物だ。
守りのない巫子なんて火の巫子くらいだからな。こいつは食っても売っても精霊の守護がない。」

「兄者、兄者、でも……火の巫子は、火の巫子は、かか様に、かか様に……」

「ゼル!俺たちを火の精霊が助けてくれたことがあったか?火は力を無くし、火の精霊なんて見たこともない。そんなありもしない物を束ねる巫子なんて、今の俺たちに必要無い者だ。
いいか?今必要なのは金だ。お前は俺の言うと通りにすればいい。いいな!」

「わかってる兄者、これは金になる。わかってる、金になる!
兄者、金に換えてこの国出よう。出よう。」

「そうだな、まずは追っ手を切り抜けないとな。これが最後の仕事だ、気を抜くな。」

「うん、隣の国に行って畑を耕して暮らそう。普通に暮らそう。」

森に飛び込み、身を潜めて気配を探る。
あたりはしんと静まり、風一つ吹いていない。
葉っぱ一枚動いた気配もなく、兄弟はそれでも気配を消して森を奥へと進んだ。

追ってこないのか?
いや、そんなはずはない。
これは本物の巫子だ。まとっている気の色が違う。赤い、赤い火の色だ。
それは、懐かしささえ感じるほどの、暖かな色だ。

「う……うう……」

肩に背負ったリリスが、ようやくうめいて目を開ける。
目を開けてもそこは真っ暗で、頬に当たるヒヤリとした空気と撫でるように触れた枝葉の感触で、ここが森の中だとわかった。

毒の血が少し口に入ったのかノドが焼けるように痛く、呪を唱えようにも声が出ない。
手足の先がしびれて抗うことも出来ず、薄く開けた目を左右させて状況をなんとか掴もうとした。

ミスリルの男は無言だが、時折息が乱れるのを聞くと、普通の人間には聞こえないほどの声でもう1人と会話しているのかと思う。
彼らは普通の人間を超越している。
果たしてどこに連れて行かれるのかと考えた時、あの先日の半獣のミスリル姉弟を思い出した。

“巫子を食べると精霊になれる”

ハッと息を飲み、ゾッと背に冷たい物が走った。
自分でなんとかしないと、こんな事で死にたくない。
自分はやる事が沢山ある。
誰か追ってくる気配はない、彼ら相手では誰も助けに来る事はできないだろう。

身体をなんとか動かしてみる。
男が気がつき、グッと腕に力を入れてきた。
そして、もう1人の男が、赤い髪を掴んで顔を上げさせる。

「動くな、何も喋るな」

暗闇に、双眸がギラリと光り息を飲んだ。


駄目だ、駄目だ、恐い。
母様!母様!ザレル!助けて!誰か助けて!


むなしく心の中で叫ぶと、涙がボロボロと流れイネスの顔とつぶやく声が浮かぶ。


“まったく、リリは泣き虫だなあ、もう泣くな”


ああ、イネス様!
もう、もう、リリスは会えないかもしれません……


リリスがギュッと目を閉じた時、何かが飛んできて担いでいる弟が大きく後ろに飛んだ。
腰の剣を抜き前に構えるが、気配がつかめないのか左右を忙しく警戒している。

「兄者、わからない。わからない。」

「しっ!」
兄が弟に手を伸ばし、前に出てそして振り向いた。
ヒュンッ!
「ぎゃっ!」

兄から小さな悲鳴が上がり、リリスを担ぐ男がたじろいだ。

「兄者?!」

「ゼ、ゼル、気をつけろ、何か……針だ!」

突然、兄の背中から大腿にかけて一面を鋭い痛みが走る。
慌てて払おうと手を回すが、何か細い針のようだ。
それは払っても容易に抜けず、身体中がしびれて数本を抜き去るので精一杯だった。
弟はリリスを盾に振り返り、針の来た方角に剣を向ける。

「兄者、木に隠れよう。」

そう言う弟の半身は、すでに大木の中に同化している。

「駄目だ、向こうが上手だ。逃げ……るぞ!ぐおおお!」

「兄者、どうした!」

兄は剣を振り上げ両手を挙げて背に手を回し、身もだえながらドサリと前のめりに倒れる。
夜目の利く弟が、兄の身体に手を伸ばそうとして息を飲んだ。
兄の身体中を、無数の髪がピンと突っ張り、針のように伸びて刺し貫いている。

「兄者!」

「巫子を……盾にし………げろ」

そう言って、兄はヒクヒクと身体を震わせる。
弟はリリスを放り、兄の身体に飛びついた。

「兄者!兄者!俺を残して死ぬのか?!俺を残して死ぬのか?!
いやだ!いやだ!俺を残して死ぬな!俺を残して死ぬな!一緒に畑を耕そう!耕そう!」


ザッ、


足音に、弟が涙でグシャグシャになった顔で振り向く。
そこには、ぐったりとしたリリスを抱き上げた髪の長い仮面の男が、無言でまた闇に消えてゆく。
弟は立ち上がり、男の消えた方へ両手を大きく広げて叫んだ。

「おおおおおお!いやだ!いやだ!助けてくれ!助けてくれ!
巫子よ!巫子よ!輪廻の巫子よ!火の巫子よ!兄者を!兄者を!
わしはお前に命を捧げる!
命を捧げる!」

弟が、暗闇が燃え上がったような光りに思わず顔を背ける。
空に明るい火の固まりが飛んできて、それが燃え上がりながら大きく翼を広げた。

「その言葉、真か!」

空を覆う大きな火の鳥が、弟の前に降りてきて問うた。

「オオオ!輪廻の鳥よ!鳥よ!わしは、わしは頭が悪い、頭が悪い。
わしの血は、かか様(母様)を殺した。殺した。
兄者を失えば死んだと同じだ。死んだと同じだ。
だが、兄者は賢い。賢い。
わしの命で兄者を助けてくれ、兄者を助けてくれ!」

火の鳥は、目を細めて懇願する弟と、すでに虫の息の兄を見下ろす。
ククッと笑うように喉を鳴らし、ボウと身体を燃え上がらせた。

「だが、お前は我が巫子を殺そうとした。
輪廻をはずれ、永劫に闇をさまよいその報いを知れ!」

火の鳥が大きく口を開くと、口からとろとろと溶岩のように火が漏れる。
それは怒りに燃える、フレアゴートの心の業火かもしれない。
二人を焼き尽くそうと身を乗り出した時、あたりにか細いかすれ声がどこからともなく漏れ聞こえた。

「お待ちを………どうか……」

その微かなリリスの声に、チラリと鳥が視線を動かし口を閉じる。
弟にはそれっきりリリスの声は聞こえなかったが、鳥はじっと耳をすまし心の中で彼と会話しているように見える。
目を閉じ、再び弟と向き合うと、火の鳥の全身から吹き出す炎は落ちついて、ただ煌々と神々しく光り輝いた。

122、

「輪廻の鳥か……久しく聞くことのない言葉よ。
お前は我が眷属の血族か?」

「はい。かか様が、かか様が、火の精霊の婆ちゃんの娘で、で、とと様が地の精霊の子でした。でした。」

「そうか…………
良かろう、我が巫子への無礼は許し難いが、あれの願いを聞くのも心地良い。
この罪、滅びの時までその身であがなうがよい。
我に今できるのは……!」

火の鳥が、カッと口を開き凄まじい炎を吹き出した。

「兄者!」

弟が炎に包まれながら、反射的に兄の身体をかばう。
二人の身体はそのまま火に溶け込み、やがて吐きだした火を再び飲み込んだ火の鳥の中に取り込まれてしまった。


シンと静粛を取り戻した森の中、火の鳥キュアがスルスルとその身を小さくしぼませてゆく。
それは人を乗せるグルクと同じほどの大きさになると、頭を起こし火の羽根をそろえるように2,3度羽ばたいた。
振り向く先に、先ほどの長髪の男がリリスを抱いて現れる。
そして、鳥の前にリリスの身体を抱いたまま膝をついた。

「フレアゴート様?あなた様はフレアゴート様ですね?」

「いかにも、我が巫子はどうか?」

「いけません。あのミスリルの血は、かなりの毒のようです。しびれ毒の一種かと。
イスカの村には毒抜きの術を持った者がおります。お連れした方がよいかと存じますが。」

「ふむ、なれば託そう、わしにはまだやる事がある。
ひとまずそこに、巫子の身体を置くがよい。」

「は」

男がそっと地に身体を横たえさせ、一歩引いて頭を下げる。
目を閉じたまま身体を震わせるリリスにフレアゴートが近づき、そしてまるでひな鳥を温める鳥のように覆い被さった。

「眷属を封じられた我らに、本来の力はまだ無い。リリスよ、それを取り戻せぬ限り、わしがお前をそばに置く意味はないのだ。
あの王は仮初めの神殿でさえ許さぬと言うた。
わしは我が身のためではない、救いを求めてくる人間のために光りを灯したかっただけというのに。
リリスよ、わしはもう待つことに疲れた。
わしは、アトラーナを……」


「おーい!おーい!」

城の方角から、ガーラントとブルースが息を切らして走ってきた。
暗い森の中で、火の鳥の明かりだけが頼りなのだろう。そのおかげで迷わず真っ直ぐに走ってこれた。

「はあ、はあ、おーい!なんて野郎だ!途中で落としやがって!はあはあ!」

「リリス殿は?ご無事か?そなたは?」

長髪のミスリルが立ち上がり、二人に頭を下げた。

「私はレスラカーン様の命で、リリス殿をお守りする為に参りました。名をエリンと申します。
リリス殿は今、フレアゴート様が癒しを。」

「レスラカーン様の?だが、サラカーン様はそれをご存じなのか?」

「いえ、若様の独断でございます。
若様は後々のアトラーナを思えば、火の神殿は必要な物だとお考えです。
ですが、まだ父上様を十分に説得されておりません。それには時間が必要かと存じます。
若様のために、どうかこの事はご内密に願います。」

なるほど、レスラカーンの指示ならわかる。
ミスリル相手にはミスリルで対抗するしかないとは彼には重々わかっているのだ。
盲目の彼が、一番状況を把握して予見していた。

「承知した、この剣にかけて。
それでリリス殿は?」

「これからミスリルの村にお連れします。
悪い毒を抜かなくては。このまま王城へお連れしても、お命に関わると思いますので。」

エリンがピュイッと口笛を吹く。
どこからとも無く黒いグルクが飛んできて、エリンはフレアゴートの癒しが終わったあとのリリスを手際よく毛布に包み、グルクに横たえさせてベルトで固定した。

「ちょっと待ってくれ、俺たちは……」

村への足がないブルース達が、火の鳥を振り返る。
が、彼に乗るなんてもうすでに考えられないし、また足に掴まれてと言うのもごめんだ。
それに彼はどうも、村に行く気はないらしい。

その時、空からグルクの鳴き声が一つ聞こえた。
ブルースが空を見上げるが、まだ空は暗くどこを飛んでいるかもわからない。
まさか、小屋に繋がれている自分のグルクが追ってくるわけがない。
だが、もしかしてという気もあってブルースが空に向かって口笛を吹いた。
それに、答えるようにまた鳴き声が響く。

「あなたの鳥のようですね。」

「まさか……」

バサバサと近づく大きな羽音に何度も口笛を吹く。

「エリザ!」

空に向かって手を伸ばすと、主人めがけて降りてくるグルクが一声鳴いた。

「なんで?!どうしてきたんだ?!どうやって!」

降りてきたグルクには、しかし見たことのある人物が乗っていた。
それはレスラカーンに影のように寄り添っていた、側近のライア。
彼は皆の前に降りると、ニッコリ微笑んだ。

「そのご様子では、リリス殿はご無事だったようですね。
グルクが必要かと思いまして、出過ぎたことを致しました。私は……」

「先日お会いしました、ライア殿ですな。いや、助かりました。
リリス殿が毒にやられておりまして、これから治療にミスリル殿の村へ行くのにどうしようかと困り果てておりました。」

「おお、それは良かった。
急いだので荷物を持ち出せなかったのですが、グルクだけでもと。お役に立てて幸いです。」

「レスラカーン様には何から何までお世話になりました。どうか御礼を……心から感謝しますと。」

「主人に伝えます。
主からはその村のことで伝言を受けておりましたが、これから行かれるのであれば不要でございましょう。」

「なにか?」

ライアがチラリと火の鳥を見る。
あの鳥がフレアゴートだったと、城で騒ぎになっているだけに面と向かって話しづらい。
だが、ライアは声をひそめてブルースの耳にささやいた。

「古の火の神官殿が復活して、ミスリルの村にいらっしゃると。フレアゴート様は、これが最後の機会とお覚悟なさっているようです。どうかあちらで神官殿とお話し合いを。
さ、お早く。」

「ふむ、承知した。情報感謝する。
では、かたじけない、失礼して……出発を!」

慌ただしく2羽のグルクが飛び立ってゆく。
それを見送っていると、一匹のネコがヤブからよろめきながら現れた。

123、

「ああああ!行っちゃったニャ!
聞き覚えのある声と思って急いだのに、行っちゃったニャ〜!
ニャーッ!怪獣?!あ、あれ?ライアニャ!助けてー!!」

「おや?王子の猫じゃないですか?なんでこんな所に?」

アイ猫が、泣き声を上げてライアの腕に飛び込んでゆく。
麻袋に入れられてここまで連れてこられ、そして森を一人でさまよっていたのだ。
真っ暗闇の森の中は不気味で心細く、このまま死ぬのかと思った。

「キアンの家来に捕まって、こんなとこに捨てられたニャ!
もう嫌ニャ!あっちの世界に帰るニャ!
ライニャ、魔導師紹介してニャ!」

「それは構いませんが……どの魔導師でもと言うわけにも………
いかがしましょうフレアゴート様。」

ふと、フレアゴートを見た。
フレアゴートはふいと目を背け、しばし考え見下すようにアイを見た。

「異世界人よ、お前には契約があったはず。
忘れたとは言わせぬ。」

「えっ!け、い、や、く??なんだったかニャ?
えーとお……」

目の前の鳥がフレアゴートと聞いて、恐怖にアイが焦ってライアにしがみつく。
ライアがイケメンでも、ふんにゃりする暇もない。
アイたちは、確かに地の精霊王と口約束をしてきたのだ。
今まですっかり忘れていたけれど。

「あのヴァシュラムが、利もなくお前たちに力を貸すわけも無かろう。
もう一人は運命を受け入れ、水の流れのごとく動いているぞ。
お前はここで退くのか?
お前はそれで、異世界に戻れば元の姿に戻れると思うのか?
ククククククク…………………」

「なっ!ニャンですってえええええ!!」

バッと飛び降り、フレアゴートの元へ駆け寄る。
全身の毛が逆立ち、だまされたと言う思いが身体中を駆け巡った。

「あたし達は、ただ、キアンとかがどうなってるか見に来たかっただけなのよ!
なんでよ!元に戻してよ!冗談じゃないニャーーーッ!」

声の限り叫んでも、精霊王は涼しい顔で彼女を見下ろしている。
フンと鼻であしらわれ、カッと頭に来た。
しかし、だからと言ってどうしようもない。
飛びかかって爪で掻き立てても、相手はここに実体があるのかさえわからないのだ。
アイが知っているフレアゴートは、長い角がある四つ足の馬か鹿かわからないような動物で、少なくとも鳥ではなかった。
フーフー荒い息を整え、つばを飲み込んでとりあえず落ちつく。
もう、どう足掻いてもあとがない。
腹をくくるしかなかった。

「いいわ、わかったわよ。
あれが契約とは思わなかったけど……こんなずるいやり方……悪魔みたいニャッ!
フンッ!
そうよ、あれね!
ヨーコは導く、あたしは盗む。
それが何か知らないけど、あたしは泥棒猫って事。
でも、何か力をちょうだい!今度のことで懲りたわ。
城に戻れば、またあいつがあたしを狙ってくる。もうそれだけは嫌!」

火の鳥が何を考えているのか顔をそらして、そして突然アイに向けて火を吐いた。

「ぎゃああああああ!!」

一瞬火に包まれ、悲鳴を上げて腰を抜かす。
が、特に別段身体は変わったと思えないが、よく見ると毛の色がグレーから真っ黒に変わった。
しかも、なんだか前よりほっそりスレンダーになっている。

「びっくりするじゃない!し、死んだと思った!
ん?これなによ、ちょびっと色が変わっただけニャン!ケチ!」

「城内は暗い、見つけにくくしてやったのだ。
その内わかる、泥棒猫。クククク……」

なんて根性のねじ曲がった精霊!
思わずおしっこ漏らしたが、猫で良かったと思った。

「しかし、見た目は全然別の猫ですよ。
これならレスラカーン様のために、私が拾ってきた猫としましょう。」

「あ、そうか。じゃああたしはキアン達に知らんぷりしてればいいのね。」

「そう言うことです。
ん?迎えが来たようです、では私はこれで。」

ライアに抱き上げられ、ホッと一息ついた。
近くにミュー馬の泣き声がして、ライアがそちらへ手を上げ火の鳥に頭を下げる。
火の鳥は無言でうなずき大きく羽を広げると、リリス達が向かった方向へひと筋の光となって飛んでいった。





2羽のグルクが飛ぶあとを、追うように青く輝く蝶が風に逆らい飛んでゆく。
ミスリルの村はミスリルしか知らない。
だからこそ、見失わぬようにピタリと一定の距離を置いて、再度リリスを襲う機会をうかがうため、ただ殺意だけをまとってゼブリスルーンレイアの分身の蝶が飛んでゆく。
だが、あまり離れすぎると本体との糸が途切れてしまう。
彼は魔導師ではない。
精霊の道も見えぬ彼だからこそ、その術には彼自身の血が、命の炎が必要だった。
命を削って術を無理矢理発動しているのだ。

駄目ダ、見エナクナル。イマ……イマ、殺サネバ……

蝶の中で彼のつぶやきが漏れ、蝶の姿が乱れて一振りの剣の形へ姿を変えた。
そして一息に、エリンが操るグルクめがけて飛んでゆく。

その剣を、突然大きな鳥の足が優しく掴んだ。

その足の持ち主の大きな力の衝撃に、か弱い蝶は剣の姿を崩し、今にも消えそうな青い火の玉となる。
それはフレアゴートの中へと吸収されて、ふと気がつくと彼は暖かな光りの中に倒れていた。

「ここは……私は死んだのか?」

顔を上げると、目前に長い角と炎のたてがみを持つ動物が自分を見下ろしている。
それは穏やかな顔で目を閉じ、ブルリと首を振った。

「なにをそれほど悲しんでいる。
何をそんなに諦めきっている。
お前の心はただ、悲しみに満ちて光が見えぬ。希望の一片もない。
まるで泣きながら暗闇を手探りで進む赤子のようだ。人間よ……」

それは、フレアゴートという精霊王ではなかったか。
だが、自分の心を見透かされ、今はそんなことどうでも良かった。
今まで、誰も自分の気持ちを考えてくれたことなど無かった。
誰も、自分を気遣って声をかけてくれることもなかった。

「私は………何もかもを諦めねばならなかった。
だからこそ……だからこそなのだ。
この命賭してもあの子を殺さねばならぬ。」

「諦めか……
わしも巫子が殺されるたびに、ただ諦めてきた。
今のわしにはあの子は希望、今までただ諦めるしかなかった暗く沈んだわしの心に、あの子がひと筋の光となってわしを導いてくれた。
お前の、諦めと言う暗闇の先に救いはあるのか?人間よ。
あの子を殺すことが、お前の本当の望みか?」

「ああ!望みさ!あいつがいなければ、王子は確実に王になれる。
王子のために全部諦めてきたんだ、私は!

……私は……

諦めの先に救いだって?
そんなこと……わかっているさ。
でも、家のため、父のため、母のため、王子のため、私は自分を犠牲にして……すべて失ってきた!
諦めるしかないじゃないか!
邪魔者は殺すしかないじゃないか!」

ゼブリスルーンレイアの目から、涙があふれて流れ落ちる。
身体中の水と共に、何かが堰を切ってあふれ出す。
フレアゴートは、ただそれを、優しく見つめて受け止めていた。

「迷える者よ、お前の姿はつい昨日までのわたしのようだ。
光りを探して暗闇を必死で這いずり回り、疲れて探す事さえやめてしまった……

迷える者よ、お前は自ら暗闇だけを見つめているのではないのか?
お前に大切な物は無いのか?
お前の、愛する者はおらぬのか?
お前を、求め愛する者はおらぬのか?
いいや、確かにいるはずだ。
お前はその短い生を、諦めだけで満たして終わって、それでよいのか?
お前が本当にやりたかった事はなんだ?
お前の望みを自らに問うてみよ。」

「うるさい、うるさい!
お前に僕の気持ちがわかる物か!」

「迷える者よ、輪廻に悔恨を残すな。
お前を迷わせたその、青き聖なる炎との契約はわしが預かる。
あれも器を亡くして迷っている。我が配下の者が、お前を惑わせた事には謝罪しよう。
いたずらに命を削る前に踏み出して見よ。
わしは、暗闇からあの子に救われた。
お前を救うのは誰だ?人間。」

「………何を……私の、この大切な力を奪うだと?
やめてくれ……僕は僕しか信じられない。
それは僕の、唯一の頼れる力。ただ一つの大切な物!
やめてくれ、火のドラゴン。
やめてくれ!」

「迷う者は心迷える者を生み出す。
お前の王子を見よ。
道を違える前に、お前にはやるべき事があるはずだ。」

フレアゴートが遠く、遠く離れてゆく。
ゼブリスルーンレイアは、やがて自室の長いすにもたれるようにして眠っている所で目覚めた。

……夢か……?
いや、違う!

涙を拭って、先ほど切った腕の変化にふと気がつく。
急いで血に濡れた布をほどくと、そこにあった切り傷は傷跡を残して閉じていた。


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