桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 42

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124、

国境を越えて数日、旅を続けてアトラーナの隣国トランへ入っていたセレス達は、城下町の関の手前で足止めを食っていた。
先に知らせに走ったトランの兵が帰ってこない。
トランの騎士エルガルドが、おかしいと言って縁故の者に使いをやった。
彼はレナントで殺されかけてから、自身の国というのに随分慎重になっている。

「あの王付きの魔導師が、また暗躍しているのかもしれません。
王に近い親族に話を聞いて、それから城に入りましょう。
関には兵が増やされていますが、人の往来も数人あり、変わりはないようです。」

見通しの良い、森の木立が途切れた場所から望めば、白亜で目立つ城は遠くに見えている。

トランの白鳥と言われた、特に白さを際立たせて作られた美しい城は、周囲に広がる森の緑の海に浮かぶ鳥のようだ。
遙か昔はアトラーナと同じ国であったこの城は、本城と対で立てられた。
その後、この城に居していた領主が、独立戦争を経てトランという国を建国したものだ。
トランはその後国を大きくしたが、アトラーナとの間に出来た確執から争いの絶えない関係となってしまった。
だが、今ではアトラーナより国も大きく人も多い。
城下には比較的大きな町があり、奥に広がる湖の畔には、町がいくつも点在して普段は人の通りも多く賑わっている。
だが、隣町への道と交わる所まで出ても馬車も通らず人が少ない。

森の中で休憩を取り騎士や兵が話しあっている場に、やがてエルガルドの叔父が部下と共に現れ彼の無事を喜んだ。

「おお!これは地の巫子様もご同行なさっておられるのか。ありがたいことだ。
エルガルド、お前たちが行ったしばらくあと、隣国との通行制限のお触れが出たんだ。
今は通行証がなかなか出ない為に、食料以外は物の流通が止まっている状態だ。
城下は特に、この先の西側の関を通り抜けるのがなかなか厳しい。
アトラーナには、化け物じみた精霊の交わり者も多いからな。
王は間者にひどく神経質になっておられる。
若い騎士は、みんなアトラーナとの戦争も近いと噂しているよ。」

「なるほど、それで通行人が少ないのか。
で、城に変わりはないのですか?」

叔父は渋い顔で返答に困っている。
しかし、皆の促すような表情に押され、とうとう口を開いた。

「実は、王女があの魔導師を排除しようと画策されて、東の塔に幽閉されている。
その計画を魔導師が事前に予見で察知して潰したことで、返って王の寵愛を厚くしてしまったようだ。
あの方の言葉が重みを増して、権力がますます強くなっている。
城内で、うかつにそれを非難しようものなら失脚も珍しくない。
お前も城に入るなら、重々注意せよ。」

「王女が?!やはり……早まれたことを……」

王女からガルシアへ手紙を託された騎士も、自分を待てなかった彼女に悔しさで唇を噛む。
返事が来るまで、くれぐれも早まった事をしないようにと釘を刺してきたのは無駄だったのか。
しかしガルシアからの手紙も、中身は良い返事ではない。
それを憂慮していた彼女は、どうしても動かずにいられなかったのだろう。

「とにかく、これで事情はわかった。
王はアトラーナ王のお返事をお待ちであろうから、魔導師殿の疑惑はさておきご報告だけに留まろう。
アトラーナの方々もそれでよろしいだろうか。
ひとまずはトラン王へのご挨拶だけに留めていただきたい。」

エルガルドの言葉に、目を閉じ無言のセレスを横目にアトラーナの騎士ゴートがうなずいた。
ガルシアからも、彼らを見送り無事に帰る事を優先するよう命を受けている。
元々ガルシアの命ではトランの城まで来る必要もなかったのだが、セレスが王に面会を求めると言うので兵達も護衛に同行してきた。
セレスとエルガルドが護衛に同意してくれたので、一度トランの城の様子を見て来るのも目的だ。

「承知した。我らも今回はあなた方を無事送り届けるのが優先任務。
魔導師殿の詮議はまた繊細な事項ゆえ王の勅使殿が改めてと言う事に。
セレス殿も、それでよろしいでしょうか?」

「もちろん、私が意見を述べることではないよ。私もただ王に挨拶に来ただけだ。
ここは君たちに従おう。」

セレスが、目を開き穏やかに微笑むとゆっくりうなずく。
騎士達は、ではと一礼し城へと一斉に立ち上がった。


トランの首都は近くの山に上質の白い石が取れる石切場が近いために石畳も町壁も白く、トランの白い城と相まって、それはまるで純白の町を成している。
その白く固い石畳にガラガラと音を立てて馬車が行き交い、物売りがどことなく暗い顔で並んでいる。
物流が減っているのは、店の品数が少ないことからも良くわかる。
少ないと言う事は、物の値段も跳ね上がっていることだろう。ひどく不機嫌な客にとがめられて困っている店主の様子も見受けられる。
町の人々も生活する上で不満が増しているのだろう、彼ら一行が町に入ると、白百合の紋章の上着を着た地の巫子セレスを見つけ、駆け寄り拝む人々もいた。
地の神殿はトランにも信者が多く、国境を越えて参拝する人々も多い。
セレスは第一巫子、巫子のトップだ。
祭りの時以外は滅多に目にする機会もなく、突然現れた彼に町ではちょっとした騒ぎとなった。

「どうか巫子様、王様に通行制限の解除を!」

「このままでは生活が成り立ちません、せめて荷物の自由な出入りをお許し願うようお話を!」

口々に直訴してくる。
セレスは軽く手を上げ微笑みを返しながら、王にお伝えしましょうと返してゆく。
しかし、今回それは目的ではないだけに、兵達はセレスの言葉にも心苦しさを感じながら城へと足を進めていた。

「エルガルド殿!おお、よくご無事に帰って見えられた!
これは……アトラーナの方々もご同行なされていたとは。」

城から迎えの騎士が兵を引き連れやってきて、一行を迎え入れてくれた。
しかしアトラーナから付いてきた騎士達に、訳を知らない彼らは顔を見合わせ怪訝な顔をしている。
だが、彼らも頭を下げるセレスが王に会いたいと申し出て、アトラーナの兵達はその護衛だと聞き納得していた。


城では、セレスも共に来たという知らせに、明るい顔で王子が父の顔を見た。

「父上、セレス殿とお会いになるのはお久しぶりですね。
私も后にさっそく知らせをやりましょう。
元気になるよう、彼女に地の祝福を頂かなくては。」

父王も、セレスは気に入りの一人だ。
巫子としても一番高位な彼は、国を隔てて交流のあるトラン王族とも顔を合わせる機会も多い。
だが、最近のアトラーナとの不和に、めっきり地の神殿との交流は機会を減らしていた。
だが喜ぶ王子に、王の横に侍るリューズが横から首を振る。

「なりません、夢見の占いはひどく不吉な物でした。
あの巫子は、陛下の大切なこのトランに災厄をもたらします。
それを避けるためにも、なるべく早くこのトランから追い出すのです。」

「馬鹿な、セレスは地の一番巫子だぞ。
そのような事があるわけがない。」

素直にうなづく王と違い、王子は眉をひそめてリューズに意見する。
リューズが顔を上げ、ブツブツ呪を唱えて杖で床を鳴らした。

コーー………ン

王子が一瞬目を見開き、そして表情から力を失ってぼんやりと頷く。

「いや、そうだな。
セレスも巫子と言え人間だ。
もしかしてと言う事もある、ここはリューズの言う通りにしよう。お前の言う事に間違いはない。」

リューズの顔の半分を仮面に覆われたその表情は読み取りにくいが、ひどく悲しそうに微笑み立ち上がる。

「そうなさいますように。
このリューズは陛下のため、王子のため、このトランのためにここにおります。
しばし失礼を。部屋で準備をしてすぐに参ります。」

頭を下げて部屋を出る。
廊下を自室に向かいながら、人の気配が消えたところで後ろを歩く、白いローブをすっぽりかぶっている顔の無い魔導師にささやいた。

「王子を監視せよ。」

「承知イタシマシタ。」

魔導師は音もなく消える。
リューズは首に手をやり、忌々しく舌打ちした。

王子にかけた術が切れかかっている。

ヴァシュラムに、百合の紋章を身体に刻まれてから力が弱まっているからだ。
どうすればこれが消せるのか。
いかなる破術を試しても薄まるどころか濃くなって行く。
今、地の巫子で力が一番強いと言われる、一番巫子のセレスに来られるのはまずい。
何とか早々に追い返さねば、取り返しのつかないことになる。
やっとここまで思い通りにやってきたのだ。

仮面を撫で、アトラーナへの復讐をつぶやく。
それを考えることだけが、考えている間だけが、自分の存在意義を感じる。

「マリナを殺したアトラーナを滅ぼす……
アトラーナを滅ぼして、滅ぼして……滅ぼして…………かたきを取る……」

彼の脳裏には、優しい微笑みをたたえる美しい女性が、兵に襲われ殺される場面が繰り返される。
彼の記憶の中で、そのシーンが強烈に残って他を押しつぶしている。
だが、自分はその女性が誰なのかをよく覚えていない。
わかるのは、その女性がマリナと言う名前で大好きだったこと。
相手がアトラーナの兵だと言う事。

もしかしたら、あの女性は母かもしれない。
とても、とても好きだった。
とても愛していた。
それだけはわかる。

そして、もう一つ記憶にあるのは、燃え上がるアトラーナの景色。
どこまでも、どこまで飛んでも地は燃え上がり、人々は逃げ回り息絶えていた。

何百年も前、アトラーナを滅ぼそうとしたのは自分だ。
大切なマリナを目の前で殺された激情に駆られ、火の巫子リリサレーンと一つになりアトラーナを滅ぼした………と、そう思い込んで眠っていた。
だが、
目覚めてみればどうだ。
アトラーナは存在し、あの王家も何事もなかったように繁栄して次代をまた子に継ごうとしている。

許せない。
なぜあの王家がそのまま存続しているのだ。
なぜ、人々は笑ってあの王家を称えるのだ。

マリナを殺したアトラーナが許せない。
ただ、ただあの国を、あの王家を滅ぼしたい。

アトラーナを滅ぼせば、何かわかるような気がしてならない。
自分は何なのか、誰なのか。
あの女性が誰なのか。

「マリナ……会いたい。会いたい。
寒いんだ、とても寒い。」

自分を誰が包み込んでいたのか、記憶の奥底にもう一つの手が見える。
優しく自分を抱きかかえるその手。
それを待っていた気がするのに、誰の手なのか記憶が定かではない。
心が二つあるような、その心の半分にポッカリと穴が空いたような、喪失感がずっと埋まらない。
自分の部屋に入ると、レナントから連れてこられたメイスの姿の人形が、彼を待ち受けたように抱きついてきた。
メイスそっくりでもメイスではないけれど、中身の無いそれでも今は十分だ。
リューズがそれを愛おしそうに抱きしめると、メイスの複製の人形は意味もなくはしゃいでもたれ掛かり、リューズの腕の中にすっぽりと収まる。
満たされなくともそれでいい。
このぬくもりが愛おしい。

セレスが到着するまでの時間を、二人はただ無言でじっと抱き合って過ごした。

125、

セレスたち一行が城に着いたとき、すでに先に走らせていた兵の知らせでセレスもエルガルド達と共に謁見を許された。
兵の後ろに、ちらほらと白いローブをすっぽりとかぶり杖を持つ、顔も見えないその魔導師らしき人影が見える。
それがまるで兵達の動向を監視しているようで不気味だ。

あれがあの夜レナントの城で見た、顔の無い魔導師という物の仲間か。
リリスが2人、私が2人倒したが……あと何人いるのやら……

セレスがチラリと横目で見る。

「騎士エルガルド殿、ご帰還成されました!
地の巫子セレス様おいででございます!」

謁見の間を見回すと、粛々と一礼する貴族や騎士が下座に追いやられ、白いローブの魔導師達が異様な様子で玉座近くに並んでいる。
セレスがそれを冷たく一別し、エルガルドと並んで玉座を見上げた。
トラン王は王冠もぼさぼさの白い髪に埋もれ、一気に老いた様子で椅子に座る事も辛いのか息も荒く、背もたれにだらりともたれている。
その玉座に座るトラン王の横には仮面を付けた純白の長衣に細かな刺繍の入ったローブを羽織る小柄の魔導師が侍り、王子が一歩置いて横に立っている。
その魔導師達の権威の有り様は、セレス達アトラーナの者にはどう見ても異様にうつり寒気がする。

そうして一同が息を飲んでいると、王子がセレスの姿に明るい顔を見せ、まずはエルガルドに声をかけた。

「エルガルドよご苦労だった、無事で何よりだ。
アトラーナ王に会う事叶わなかったと聞いたが?」

「は、このエルガルド、王と王子のため、このトランのために大役を授かり恐悦至極に存じます。
誠意を持って勤めましたが、心急くばかりでお待たせする事になり、大変申し訳ございません。
結局アトラーナ王はお風邪を召していらっしゃいまして、会う事叶いませんでした。
しかしガルシア殿に王の手紙はしかとアトラーナ王にお渡し頂き、こちらにこうして返事をいただく事叶いました。」

エルガルドが、懐からアトラーナ王家の紋章で封をした手紙を取り出す。
だが、薬と言えば薬草しかないこの世界で風邪は、死にも直結する事もある病として忌み嫌われる。

「お風邪とは……それはいけません。」

仮面の魔導師がかたわらの白いローブの魔導師たちに指示すると、その中の1人が歩み出てエルガルドから手紙を受け取り、呪を唱え始める。
だが、その行為にセレスは厳しい顔を見せ、白いローブの魔導師を一喝した。

「控えよ、それは我らが持参した物。
この地の巫子セレスが同行した物に邪な気が宿ると申すか。」

「セ、セレス殿、御前でございます。お控えを!」

驚いてエルガルドが彼にささやく。
だが、セレスの射るような目に白いローブをすっぽりとかぶった魔導師は身震いして、慌てて王子の側近にその手紙を渡した。
仮面の魔導師はため息をつき、おびえる部下に杖を向ける。

「下がれ。」

部下の魔導師は一礼して音もなく下がって部屋を出て行き、他の白いローブの魔導師達もただ頭を下げて、セレスからおびえるように目をそらした。

「エルガルドよ、よい。こちらが無礼だった。」

王子が気を取り直して手紙を開き、王にヒソヒソと読んで聞かせる。
横から仮面の魔導師が、なにやら小さく王にささやいた。
王はゼイゼイ息も荒くうなずき、震える手を上げる。

「大儀であった。休むがよい。」

しわがれた声で、それだけをゆっくりと述べる。
中はこれまで通り、より良く友好的で共に発展したいとの内容のはずだ。
王女の輿入れを楽しみにしていると一筆加えるようガルシアから伝えてある。
しかし、それでは納得出来ないのか王の表情は苦い様子で、横から頻繁に仮面の魔導師は王にささやきかける。
落ちくぼんだ王の瞳がふと、セレスに向いた。
穏やかに微笑みかけるセレスから、どこか気まずいのかふと目をそらす。
王子はそれに気がつかないのか、明るい表情でセレスに手を伸ばした。
しかし何気なく伸ばすその手が、なぜかセレスには、まるで助け手を欲する迷い人の手のように感じる。
王子の声は、不気味な王宮で妙に明るくよそよそしく響いた。

「おお、セレスよ、久しく顔を見なかったが息災であったか?
相変わらず美しい。
もっと近うよって、父上に顔を見せてくれ。」

「お久しぶりにございます。
お二方ともご機嫌麗しく、トランのますますの繁栄、地の神殿としましても大変喜ばしゅうございます。」

「堅苦しい挨拶などよい、貴方が来てくれるとは思わなかった。
思いがけなく嬉しい事よ。
地の神殿には一度参ろうと思っていたが、なかなか行けずじまいだ。
我が后もそなたに会いたいと常々話しておった。
どうか、彼女にも会って話しをしていって欲しい。きっと元気になろう。」

「これは、私ごときをお気にかけて下さり、恐悦至極に存じます。
妃殿下のご体調も気になるところなのでございますが……申し訳ありません。
本日、私がこの城に参りましたのは、そちらにいらっしゃる魔導師殿の事でございます。」

「リューズの?いかがした?」

その言葉に、エルガルドやアトラーナの騎士たちが驚いて顔を上げる。
怪訝な表情の王子をよそに、セレスがゆっくりと視線を仮面の魔導師に向けた。

「王子メディアス様、ヴァシュラム様がトランに授けたご神木をどうなさいました?」

「あ……あれは……
あれは、魔導師の杖にしたいというので切ってしまったのだ。
いや、地の神殿には知らせを走らせるべきだった。すまない。」

「いえ、それだけではございません。
その魔導師は地の掟を破り、魔導を使って一般の者に危害を加えた嫌疑がございます。
どうか地の神殿にお引き渡しを願います。」

セレスと目が合い、仮面の魔導師の手が震えた。

セレスと直に対面するのは初めてだ。
メイスや水鏡を通して数度話を交わしたことはあるが、ここまで何か大きな物に押しつぶされるような、何か空気さえ変える圧力を感じるとは思わなかった。
相手は自分と変わらない、華奢で女のような容姿の……いや、容姿など関係無い。

こいつは化け物だ。
巫子なんて、神々しい物じゃない。

恐ろしい、こんな、こんな物、早く追い出さなくては!


杖を握りしめ、王の耳にひっそりとささやく。

「早くあの巫子を帰すのです!あの巫子は災いの風をはらんでいます。」

その言葉に、王がカッと目を開き身を起こす。
そしてセレスに向かって手で払った。

「もうよい、下がれ。」

息を切らしてセレスに告げる。

「セレス殿、その話は……!」

身震いするエルガルドが思わずセレスから一歩下がり、皆の視線が一人すっと立つセレスの小柄な姿に息を飲み集中する。
セレスに引く様子はない。
背後に控えるアトラーナの騎士たちが、ただならぬ気配にセレスを守ろうとして身体が動かない事に気がついた。

ここにいて下さい

頭の中にルビーの声が響くと同時に、ルビーが一人セレスの元に駆け寄る。
腰の短剣に手を回しながら、抜刀せず無言でセレスの背に背を合わせて後ろを守った。

しかし突然の緊張した事態に、王子は戸惑いながら父王に歩み寄る。

「父上、セレスの話も聞こうではありませんか。
それが本当であれば、大変な問題です。」

「  うるさい   皆下がれ  」

聞く耳持たず、王は左手にすがる仮面の魔導師の手を握りしめる。
彼には今、その魔導師の声がすべてで他のすべてより勝る物だった。
仮面の魔導師がニヤリと笑い、戸惑う王子に目を向ける。

「王はあの巫子の顔も見とうないと仰せでございます。どうかお引き取りを。」

「しかし……」


「くすっ、クスクス……クク」


セレスがうつむいて口に指の背を当て、小さく笑う。
そしてその妖しくも美しい顔をゆっくりと巡らせ、流し目で王をチラリと見た。

「トラン王ルシェール、なんというお姿。
武勇に優れ、豪傑で名を馳せたあの素敵なお姿の面影もない。
一夜を忍んでお見えになるほど愛して頂きましたのに、このセレスに帰れと仰るのですか?」

王子がセレスの突拍子もない恥ずかしい言葉に、真っ赤な顔で横の父王を見る。
父王はヒゲに覆われた口をポカンと開き、セレスを凝視する。

「陛下!」

横から仮面の魔導師がグイと腕を引くが、その目はセレスに捕らわれ気がつかない様子だ。
最近では身の回りの世話も侍女達にろくにさせない父は、見るからにみすぼらしく色事から遠い。
だが、思い起こせば父は若いときから女好きで、死んだ母はいつもため息混じりに愚痴をこぼしていた。
そう言う事を、すっかり忘れるほどに、父は変わってしまった。

この魔導師が現れてから。

「ああ、おいたわしやトラン王。
そのような魔導師に惑わされ、あなたはすっかり変わっておしまいになられた。
このセレスに微笑み一つお見せにならない。
私は悲しゅうございます。」

芝居がかった言葉を並べるセレスに怪訝な顔で目を向けると、彼が手を伸ばして王子に向けて指をパチンと鳴らす。
その瞬間、王子の視界がまぶしくはじけ、暗い室内が一皮剥いたように鮮明に見えた。

「なんという無礼な事を!王子!」
「王子!」

下座で小さくなって立つ、今は遠ざけられてしまった王の側近であった者達が声を上げている。
目を移すと、白いローブの魔導師達は皆、セレスを直視しないようになのか、皆一様に顔を背けていた。


なんだこれは?
なんだ?この気味の悪い魔導師達は。

頭の中に、ぼんやりとそれまでのいきさつが頭に浮かぶ。
それまで心広く家臣の意見を聞くのが常だった父王が、意見を告げた家臣を次々と遠ざけていった。
しかも、その側にはそれを少しも不思議に思わない自分がいたのだ。

なにか、なにかおかしい。
なぜ、父は忠実な家臣を下座に追いやっているんだ?
そう言えば自分には家臣の声さえ聞こえなかった。
おかしい。この状態。
何もおかしく思わなかった、自分もおかしい。

セレスがチラリと目で合図する。
頭の中に、彼の声が微かに聞こえた。

父王が声を上げようと、ゆっくり手を上げ息づかいが変わる。
王子はそれを遮るように、兵に向けて声を上げた。

「セレスを捕らえ、牢に入れよ!
たとえ巫子といえど無礼の数々許すこと出来ぬ。
アトラーナの騎士達は捕らえてトランからの即刻退去を命ずる!」

兵が即時に反応し、セレスを取り囲みルビーとの間に槍を差し込み二人を離した。
ルビーがその槍を掴み、腰の剣を抜こうと柄を取る。

「ならぬ、控えよ。」

「しかし!」

ルビーの手が、剣の柄から離れない。
だが、彼を守りたい気持ちと裏腹に、ルビーは兵にどんどん離されてしまう。

「セレス様、我らはあなた様に手を触れるのも恐れ多くございます。
どうかここは……」

兵の一人がセレスにささやく。
セレスは微笑んでうなずき、ルビーに振り向いた。

「ルビー、彼らを確かに本国に戻せ。よいな」

ルビーの戸惑う顔に、セレスが行けと目配せして兵の案内する方へ歩き始める。

「馬鹿な!我らはセレス様の護衛として参った者!
セレス様を捕らえるなら共に捕らえよ!」

ルビーが、声を上げながら兵に抗うアトラーナの騎士たちに目をやり、そして迷いながらセレスの背を見送る。


セレス様に何かしらのお考えがあるのはわかる。
だが、何か違うのだ。今までと。
今あの方から離れると、取り返しのつかないことになるような気がしてならない。


ルビーが服の胸元を掴み、ギュッと唇を噛む。
主の命は絶対だ。
こう言う時…………兄ならどうするか……
サファイアなら……………

不安が大きいのはアトラーナの騎士たちも同じだ。
セレスはすぐに行動に出ることはないと思う。
ならば、こちらを急ぐか……それとも…………

ルビーが意を決め、アトラーナの騎士たちを説得して素直にトラン王子の命令に従うよう促す。
セレスが何か行動に出ることは明白だ。
恐らくは、それに自分たちは足手まといになるとお考えなのだ。

とんぼ返りとなってしまった彼らを気使い、エルガルドが自分に出来るだけの事をと馬車や食料の手配をしてくれた。
それを待つ間も、簡単に手を引いてしまったことに、納得出来ない様子でゴートがルビーにささやく。
命がけで守る決意を持っていたのに、これではおめおめレナントには帰れない。

「ルビー殿、我らはあの方をお守りするために来たのだ。
どうしてわかって頂けない?!」

「それは私も同じ。ですが今、恐らくあの方に何かお考えがあるのです。
つまり我らの仕事はここまで、後は任せよと言う事なのでしょう。
これまでお供してきた時も、トランではセレス様は大地の神の巫子としてたいへん大事にされておられました。
恐らく危害を加えられることもないと思います。
ここは一旦引きましょう。」

「あなたは、どうなされるおつもりで?」

ゴートの問いにルビーは、ただ真顔でうなずき指を立てる。
皆は戸惑う顔で見送るエルガルドに一礼し、馬車に乗って城をあとにした。

126、

風の音が城の中庭でヒューヒューと甲高く鳴り響く。
狭い塔の上の部屋で、王女ダリアが退屈そうに小さな窓から空を見た。
空はすでに暗く、雲の間から星が瞬いている。
ドアの鍵を開ける音がして、侍女のリナが息を切らし桶に湯を持って入ってきた。

「はあ、はあ、はあ、お待たせ、しました。
足湯を、準備致します。」

「ねえ、リナが一番大変じゃない?
私いつまでこの部屋にいればいいのかしら。」

「さあ、私に申されましても。」

「ねえ、ダリウスは謹慎解けた?」

ダリウスとは、王女がよからぬ話を持ちかけた兵隊長だ。
王女は彼が普段から魔導師に反感を持っていることを聞きつけ、密かに呼び出して利用した。
数日おきに湖の水源に馬車で水鏡の水を汲みに行くリューズを、眠らせて拉致し、今回の騒ぎの元凶であると隣国に引き渡して欲しいと話したのだ。
まだ13才の王女らしい、単純すぎる計画だ。
だがそれは結局不満を抱えていたダリウスの背を押すことになってしまい、いくぶん手を加えて練り上げた計画も、実行する前に捕らえられてしまった。

「ダリウスは……東の国境に移動になりましたわ。
もうお会いすることもないでしょうから、王女様には遠くからお祈りいたしますと。」

ダリアがため息をつき、腹立たしそうにベッドにボスンと座った。

「やっぱり!あの魔導師、本当に腹立たしい!
リナ、町に出たらダリウスの母親にいくらかお金を渡してちょうだい。
私がここを出たら、きっと城の勤めに戻しますからと伝えてね。」

「は……い……
それより王女様、湯が冷めぬうちにおみ足を温めなさいませ。
きっと身体が温まって、良い夢が見られますわ。」

王女は、昼間は勉学で時間が過ぎていて、特に余計なことをせぬようにと懲らしめる意味で監禁されている状態だ。
無邪気に昼の勉強のことをリナに話し、ようやくベッドに入った王女に挨拶をして、リナが桶を手に塔を降りてゆく。

「どうしよう……」

ダリウスは、捕らえられた後は厳しい調べを受けた後に監獄へ繋がれ、死罪が決まっている。
王女が思う以上に重い罪となったが、すぐに手打ちにされなかっただけ運が良かったのだろう。
だが、刑の執行は3日後だ。
他の同じような政治犯たちと共に、公開処刑される。

「ダリウス……ああ、誰か助けて……」

どんなに止めても聞かなかった彼の、あれは正義感だと思う。
どんどん変わっていく王と王子に、耐えられなかったのだ。
塔を出て水場に行き、井戸から水を汲みながら、涙があふれて止まらない。


『……すまぬ……』


耳元に、囁く声が聞こえて振り向いた。
月明かりに照らされるそこに、他に人影はない。
リナは、星空を見上げ手を合わせ、冷たい風に身を震わせた。


その……声の主セレスは、地下の牢で瞑想して意識を飛ばし、城の人々の様子を見て回っていた。
精神体で空に留まり目を閉じると、人々の声が満ちあふれて心を押しつぶしそうになる。
若い頃から民衆に愛され、恐れられたあの王が、悲しいほどに疎まれている。
魔導師達への不満が満ちあふれ、それでも口にすると容赦なく捕らえられる。
口を閉ざす人々の不満は爆発寸前だ。


あなたは知っていて、それでも動かないんだね。ヴァシュラム……
あの仮面の魔導師からはあなたの匂いがプンプンしていたよ。
なんてひどい人、知っていたのに私たちに隠している。
私がどんなに探していたか、知っていてあなたって方は。
たとえあなたが邪魔をしても、私はやるべき事をやるよ。
私は、その為にここまで来たのだから。


目を閉じ、腕輪のある手首をさする。
肉体のない状態で、目を閉じても意味はない。
眼下では闇の中白い魔導師達が、中庭や回廊をうごめくように歩き回っている。
セレスを封じるためか、地下牢のある建物の外には念入りに何度も結界を張っている様子が見えた。

可愛いことよ、無駄な事を。
目障りな……

手を伸ばし、すべてを灰にしてしまおうかと冷たく微笑む。
その時、身体が誰かに揺り動かされる気配に顔を上げた。

メディアスか

すとん、と、心を肉体に戻した。
目を開くと、王子が鉄格子の向こうに膝をつき、手を伸ばしてセレスの腕を握っている。

「セレス、眠っていたのか?」

「いいえ、瞑想をしておりました。
このような所に自らおいでとは、申し訳ありません。」

「よいのだ、それより巫子殿をこんな所に……その方が問題だよ。
民衆に知れたら、大変な騒ぎとなろう。
寒くはないか?もっと敷物を持ってこさせよう。
リューズがここにしか駄目だと申すので、それに従うしかなかったのだ、すまぬ。」

申し訳なさそうな複雑な表情で、王子が手を離してうなだれる。
しかしすでに、セレスは牢獄とは言え慌てて看守や兵たちが敷いた何枚ものラグの上に座り、さほど硬さや冷たさは感じていない。
看守たちは、せめてと暖かい食事と飲み物を夕刻は用意してくれたし、先ほどは貴族の1人が牢の独特の匂いに申し訳ないと、こっそりやってきて香まで焚いてくれた。
ただ、牢獄にいると言うだけで、特別不自由を感じない状態だ。

「いえ、私はどこでも構いません。
修行で野宿をすることも良くあるのですよ。
返ってここは地の精霊に守られ、私にとっては好条件というもの。
あなたとは話がしたかったので、丁度いい。
どうぞ手を、話をしましょう。」

「手を?」

王子が不思議な顔でセレスに手を伸ばす。
セレスがその手を握り、目を閉じる。
王子も習って目を閉じると、次の瞬間2人は上も下もわからない暗闇に立っていた。

「こ、ここは?まさか、あの世では無かろうな?」

「フフ、ここは狭間です。
あの牢で、こそこそと盗み聞かれるのは気分が悪うございますから。
さて、手短に話を致しましょう。
あの魔導師は最初1人でしたか?神木はなんと言って切らせました?」

「あ、ああ、あれは確か……
城下にたいそう予見の当たる魔導師が来たというので、父が呼び寄せたのが始まりであった。
現れたのは、供の1人もない痩せたごく普通の青年であったが、石切場の土砂崩れを見事予見してけが人を出さなかったことで、父に特別気に入られたのだ。
城付き魔導師として迎え入れ、顔の半分にひどいケガと火傷があるというので、父が仮面をあつらえさせた。
最初はぼんやりしていることも多く冴えない若者だったが……だが、王がそばに置いていると、次第に……なんというか、輝きを増しているように見えてきた。
女ではないが、違う意味で魅力が増して、動く姿はしなやかなネコのようで、声を聞くだけで小鳥のさえずりのように心が落ちつく。
それが、ある日力のある杖が欲しいと言い出した。
力のあるという言葉の意味がわからなかったが、木を選ばせるとあの神木を欲しいと言いだしたのだ。最低19本は欲しいと。」

「それであの木を切って、19本の杖を?」

「いや、それが職人に作らせたが選別すると9本しか良い杖が作れなかった。
あの大きな木から出来た杖のほとんどが出来損ないだと。
そしてその杖を作った頃から、あのローブで顔を見せない魔導師達を呼び寄せ始めたのだ。」

セレスが視線を落とし考える。
確かに、白い魔導師には力に波がある。
あの白いローブの魔導師達に、力の強弱があるのはそれが原因か。

「なるほど、それで……承知しました。
良い情報をありがとうございます。」

「私は、これからどうすれば……
父は、リューズを離そうとしないだろう。
頼ろうにも、親しい臣下も彼らの思い通りに移動させられ、失脚した者も多くいる。
民心も不満が多く荒れていると聞く。
この城をこよなく愛していた妹は、耐えられなかったのだろう。
私にはなぜ、あの子がリューズに危害を加えようとしたのかわからなかった。
どうしてこんな事になってしまったのか……今のままでは我が王家の行く末は暗い。」

額に手をやり、嘆く王子にセレスが膝をついて頭を下げた。

「王子よ、トラン王ルシェール殿には御退位を願うことを進言致します。」

思わぬ言葉に、王子がたじろいだ。

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