桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 43

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127、

「ばっ、馬鹿な!父に玉座を退けと言うのか?!
私に王になれと?!父はあのように健在で生きているのだぞ!」

「ええ、それでも。
すでに人心は王から離れています。
今は城下で収まっていますが、これから関を元のように解くと人の流れは活発になります。
王の悪い噂は全土に容易に広まることでしょう。
それは隣国の大国にも隙を見せることになり、兵の士気にも関わります。
王の威厳を落とさないことが肝要です。
王宮に、素性も知れぬ魔導師を入れてしまった、それはルシェールの最大の過ち。
隙を作ってあの魔導師に付け入られてしまった責任は、彼に取っていただきましょう。
国の頂点に立つ王なればこそ、人間である前に王であらねばなりません。
魔術に惑わされたという事実は、元より有ってはならぬ事なのです。

だからこそ!

この暗闇のような状態に、新しい風を入れて突破するのです。
次代を担う運命であるあなたが、この騒ぎを収めなさい。
人々を一時でも苦しめた、父の罪は息子のあなたがつぐなうのです。
そして、これからのあなたの姿で彼の威厳さえも取り戻しなさい。
あなたしか、この騒ぎを収められる者はおりません。」

取り乱す彼に、セレスの優しく力強い瞳が真っ直ぐに見据える。
それは、王子に大きな決意を促し弱気を許さない。容赦のない、それでいて抱擁感のある視線だ。
確かに、自分でもわかっているのだ。
正気を取り戻した自分に、ひっそりと涙を流し喜ぶ側近たちの顔。
その、すがるような、最後の希望を見つめるようなまなざし。

王は、人間である前に王であらねばならぬ。

王が惑わされることが、ここまで大きな影響を受ける怖さを身をもって知った。
もう、2度と繰り返すまい。

王子が決意し、キッと顔を上げた。
だが、その前には大きな障害が立ちはだかる。
リューズはきっとそれを阻むだろう。

「わかった。
私にできる事はすべてやろう。
だが、その前にリューズを排除せねばならぬ。」

「それはお任せを。
ですが、王は深く心酔しておいでのようです。
彼を失ったときの喪失感は大きいと思います。
どうか、ご家族で助け合って下さいませ。」

「それは……わかっている。
だが、お前にあれが追い出せるのか?
まさか……命かけるようなことを考えてくれるな。私は生涯後悔することになる。」

泣きそうな顔でセレスの手を握る王子の手が、痛いほどに力を入れてくる。
だが、王子の期待する言葉はセレスの口からこぼれることはなかった。

「王子、お覚悟召されませ。
私も、覚悟を持ってあれに向かいます。
それだけの力を持つ物なのです。」

「あれは一体……教えてくれ、私は知る権利がある。」

王子が強く語りかける。
セレスはすべてを抱え込む覚悟を決めた彼に、ごまかしなど言うべきではないと悟った。
いや、もしかしたら、最初からそれを言う覚悟でこの狭間に誘い出したのかもしれない。
悲しく微笑み、王子の手を握り返す。
その手が微かに震えているのを感じて、王子は思わず足を引いた。

「申し訳、ありません。どうか………」

その言葉の後に何が続くのか。
初めて聞く、彼の消え入るような声に背筋が寒くなる。
聞いてもいいのだろうか?
いいや、だからこそ聞かなければ。

「セレス、お前は一体何を悲しんでいるのだ。
セレス、あれがアトラーナから来た魔導師であろう事はわかっている。
杖の話から、地の神殿に縁がある者だと言う事も、私にはわかる。
一体リューズの正体は……ただの魔導師ではないのか?」

セレスが目を閉じ、一つ大きく息を吐く。
しかし次に目を開いた時は、いつものセレスの顔に戻っていた。

「あれは、私がずっと探していた物なのです。
ずっとずっと……苦汁を飲みながら探して探して探し尽くして……
私の願いも、これで成就できるか否か。
どうぞ王子はトランの民のことだけをお考え下さい。」

「教えてはくれぬのだな、寂しいことだ。」

「話してしまえば、私の心が乱れましょう。
どうかお察し下さい。」

「……わかった、これ以上聞くまい。
だが……いや、なんでもない。」

「そうして下さいませ。地の神殿は、トランの永劫の繁栄をお祈りしております。それでは」

厳しい顔で微笑んで、セレスが一礼する。
次の瞬間、2人は元の地下牢で目を開けた。
それはほんの一瞬の出来事だったのか、2人が目で挨拶を交わして王子が牢を出ると、側近たちが不思議な顔でついてくる。

「王子、お話は出来ましたのでしょうか?」

「ここで話すことではない。」

「は、はっ」

「良い夜だ。巫子殿のおかげでトランにも良い風が吹く。」

「はい、今宵おもてなしできないのが大変残念でございます。」

自室に戻る王子のあとを、白いローブの魔導師が1人ついて行く。
何気なく振り向き、不気味で不安な気持ちに覆われていたのがウソのようだとふと思った。




コトコトコト……
リューズの杖が、小さく震えてその先にある水晶を鳴らす。

この奇妙な感情はなんだ?
あの、牢のある方向から感じる圧迫感。

これが恐怖という物か?
たかが巫子ごときに、どうしてこうまで心乱れるのか見当がつかない。
あの、一瞬で白を二人も消した恐怖なのか。
それともあの初めて人間から感じる圧迫感からなのか、目覚めて怒り以外の感情で初めての強烈な心の動きだった。
早く、あの巫子を始末せねば。

「リューズ様、怖いの?」

メイスの姿の人形が杖を持つ手をそっと包む。
リューズは彼の肩を抱いて引き寄せ、ホッと息を吐いた。

「いいや、相手はたかが人間だ。害をなすなら燃やし尽くしてやろうぞ。
お前は心配せずともよい、この部屋にじっとしておいで。
お前はいずれは消える人形だが、今はただ存在してくれるだけで良い。」

「はい。」

この人形を抱いていると、手の震えが収まり、心が強くなっていく気がする。
初めて見たとき、なぜかひどく懐かしく、偽物と知っていて消し去る気がしなかった。

暖かいものに包まれたい。

自分は母の体内に帰りたいのだとさえ思う。
ふと、セレスの自分を見つめる顔が思い出された。
あれは、面白いほど自分を憎む人間たちの顔とは違う。
なにか自分の知らない感情が詰まった、形容しがたい……

あの……

あの……


あの……   顔………


リューズの体が動きを止める。
ぼんやりとした表情で空を見つめ、その顔からはらりと仮面が落ちて音を立てた。

その醜い傷があるという顔半分から、青い炎がちょろりと漏れる。


「……ガー…ー…ラ…………」

惚けた表情で、微かにつぶやいた。
人形のメイスが落ちた仮面を手に取り、そっとリューズの顔に付ける。
それに気付かない様子でボウッと宙を見つめる彼に、メイスの人形がクスッと微笑み髪を撫でてキスをした。



ピチョン……

時折、水のしたたる音が石牢の中を響き渡る。
夜もしんしんとふけり、寒風が牢まで流れ込み、ウトウトしていた牢番がブルリと震えて頭を上げた。
小さな窓から外を見ると、すでに夜中というのに白い魔導師が幽鬼のように右に左にと、これほど城にいたのかと驚く数がユラユラ揺らめいている。

気味の悪い奴らだ。
あいつらが来る前の、平和な城に戻ればいいのに……

考えると気持ちがふさぐ。
首を振って、座禅を組み瞑想にふけるセレスの牢の前に、牢番が赴く。
彼は長く牢番をしているが、いつもはジメジメと陰湿な牢の中をこれほど清々しく感じた事はない。
暗闇にセレスの姿が輝いて見える。
やはり、この方は自分たちとは全然違う、地の神にお仕えする方なのだと恐れ多く感じて、膝をついて手を合わせ頭を下げた。

「セレス様、お寒うございませんでしょうか?」

瞑想を邪魔しそうな気がして、控えめにささやきかけた。
セレスがゆっくり目を開き、美しい顔をなぜか嬉しそうにほころばせた。

「気遣いありがとう、世話になったね。」

なぜか過去形で言う彼に、牢番の男が赤い顔で首をかしげる。

「あの……?なにか?」

「娘はいくつになる?」

「え?えと、今年12でございます。」

「そうか、胸の病は難儀であった。
少々遠いが、地の神殿に静養に連れて行くがよい。あれは治る病だ、希望を持って旅をさせよ。
汝らに地の祝福あれ。」

「えっ?えっ?どうしてうちの娘の事が?」

「良い、案じるな、この城への杞憂も明日には晴れよう。
そなたは全力で止めたが、巫子は勝手に出て行ったとでも言うがよい。
心静かに良い夜であった、さらばだ。」

一体何を言っているのかわからず、呆然とする男に微笑み、セレスが立ち上がって腕輪のある手を天井に伸ばす。
次の瞬間カッと閃光が走り、円く天井が消えて空が見えた。

「参る」

牢番が、言葉もなく目を疑う。
両手を大きく広げたセレスは光り輝き、その背に大きな光の翼が広がる。
その翼は壁をも突き抜け、大きく羽ばたいて鱗粉のように光をまき散らし、セレスの身体を軽々と空へ羽ばたかせた。

128、

月が空高く満月でトランの城を照らし、星がキラキラ散りばめた宝石のように瞬く。
人々がすっかり寝静まり、この時間、起きて動いているのは見回りの兵ぐらいだ。
いや、今夜はいつもと様子が違い、沢山の白いローブの魔導師達が、気味が悪いほど疲れも知らずひっきりなしに城内を音もなく彷徨っている。
ろうそくの火が揺らめく3階の自室で、リューズがチラリと外を見て、何事もない様子にホッと息を吐いて長いすに腰をかけた。
頭を押さえ、ギュッと頭に爪を立てる。
巫子ごときに、これほどビクビクしなければならない自分が口惜しい。
力を押さえられた今、戦っても破れるかもしれない。
その不安感と、また別の不安感が彼の気持ちを大きく揺らがせていた。

先ほど一瞬意識が飛んだのか、記憶がない事にいらついて髪をかき上げる。
一体何が起きたのか、またヴァシュラムの仕業だろうか。
なぜあいつは、あのあと動こうとしないのか。
ずっと見られているようで不気味だ。


「リューズ様、お加減はいかがですか?
どうぞ、砂糖水でございます。」

メイスの人形が器に砂糖を溶かした水を入れ、盆に載せて差し出す。
水ではなく砂糖水に、リューズが怪訝な顔でその器を見る。

「砂糖水?そのような物いらぬ。」

「先ほど甘いお水をと仰いました。」

「覚えていない。なんだそれは?」

「さあ、ぼんやりとお告げになられましたので、夢でもご覧になっていたのかと。」

夢……?
私が夢などと、奇妙な事を。

砂糖水を受け取り、奇異な表情で見つめる。

「違う……違うよ……これじゃない……」

無意識に言葉が出て、思わず口を手でふさいだ。
一体自分の身体はどうなっているのか。
リューズの顔が焦りににじむ。


私は……私は一体何なのか。
精霊なのかと思っていたが、違うのか?
悪霊なのか?
それとも……それとも…………


マリナ、お前は私のなんなのだ?!
誰か、誰か教えてくれ!


「リューズ様?」

メイスの人形が、震える彼の手から器を取りテーブルに置いた。
そっと彼の手を両手で包み、そしてリューズの身体を抱きしめる。

「大丈夫、私がお守り致します。
何があろうと、私はいつもあなたの側におります。」

「お前ごときが、私の何を守ると言うのだ。
……はっ!」

リューズがメイスを後ろに突き飛ばし、両手に杖を構え窓を向く。
窓からまぶしいほどの閃光が室内に差し込み、あまりのまぶしさに手で遮った。

「一体何事か!」


「リューズよ!お前を救いに来たのだ。」


声が響き、次の瞬間壁が一瞬で灰となって消え、外から冷たい風が一気に吹き込む。
部屋の中で風が渦を巻き、服がバタバタと激しくはためいて身体にまとわりつく。
顔を上げて、目を疑った。
巫子というのは普通の人間とは違うのか。
光り輝くセレスの身体からは巨大な金の翼が伸び、セレスの身体を宙に浮かべるようにゆっくりと羽ばたいている。
その美しい顔は、不敵な笑みを浮かべ腕輪のある手をリューズに伸ばしていた。

「セ、セレス!この化け物めっ!!燃え尽きて我が前から消えろ!」

杖をコンと床で鳴らし先に青い炎を灯すと、杖を振ってその先をセレスに向ける。
勢いよく吹き出した炎は、しかし難なくセレスの手の中に吸い込まれてしまう。

「くくっ、何とぬるい火よ。」

「くっ!くそ!」

クスッと笑うセレスに、次々と炎を繰り出す。
だが、セレスの手は限界がないのか炎はあっと言う間に吸い込まれるように消える。

「無駄な事よ、我が前にお前の力は通じぬ。
そうさな。お前が私の質問に答えれば、その人形なりとも助けてやろう。」

「ふざけたことを。」

「私は至って真面目だよ、リューズ。
お前に指示を出したのは誰だ。
お前自身にはこのように邪なことを考える力など無かろう。」

「そのようなこと、お前にわかろうはずもない!」

「わかるから言うている。
二百と何十年前だ?お前がリリサの身体を乗っ取り暴れ回ったのは。
だが、あれは未熟な宿り身の一時の激情だった。
恐怖とおびえと怒り、であったのだろう。
しかしお前自身にその情など元より無い。」

「馬鹿な……事を……」

「マリサを人間たちに殺され、生き宮を失ったお前は訳もわからず彼女の死体から追い出され、そしてその場の強烈な感情に惹かれたのだ。
マリサの死におびえ、彼女を失った怒りに震えるあの………」

「うるさいっ!お前が何を知るという!消えろ!」

セレスの目の前で空間がひずんだ。
ぐにゃりと圧縮した空間が、次の瞬間はじけて爆発を起こす。
トランの民が聞いたこともないような破裂音が響き、城が地響きを上げて揺れた。
リューズの住まう塔が半壊し、屋根が大きく崩れる。
だが、土煙の向こうでセレスは何事もなかったようにため息をつき、片手を伸ばして手の平をリューズに向けた。

「交渉決裂か。さあ、それでは次にお前を飲み込んでやろう。」

手を伸ばし、前に進んで壁が消えてむき出しとなった床にトンと足を付く。
リューズはメイスの人形をかばいながら、杖を振り下ろした。

「ええい!近づくな!」

ズンッと空気が音を立てて、大きな圧力がセレスの身体をはじき飛ばそうとする。
だが、彼は巻き起こる風に目を細めながら軽々とその力を片手で受け止め、まるでボールを返すようにリューズに放り投げた。

「無駄と言うたぞ。」

「なに?!うおおっ!」

そのまま帰ってきたその力を杖で受けた瞬間、リューズの身体が背後の壁や床と共に崩れ落ち、下の階へと落ちてゆく。
とっさに魔導で身体を保護したものの、無様に尻餅をつき歯がみした。

「く、くそっ!メイス、無事か?!」

「はい、大丈夫です。」

身体に落ちた瓦礫を払い、メイスの人形の無事を確かめ杖を付いて身を起こす。
だがその時、杖はブルリと震えて半分がバシンとはじけた。

「つ、杖が!」

「なんてこと、お前の大切な杖が壊れてしまった。クスクス……」

輝き照らしながら言う彼に、歯がみするリューズの目が光る。
セレスの背後から白い魔導師達が駆けつけ、宙を飛びながらセレスに向けてそれぞれ力を放った。

「無礼者メ!闇ヨ、飲ミ込メ!」

1人の白い魔導師が生み出した巨大な闇の固まりが、背後からセレスを飲み込もうと迫る。

「無礼はお前よ、不埒者!」

セレスは一別もすることなく金の翼がその闇をバサリとはねのけ、その黒い霧の闇は難なく四散してしまった。
あまりにもあっさりと無効化された力に驚いた魔導師の横で、もう1人が杖を振って巨大なドラゴンを生み出す。

「飲ミ込ンデシマエ!」

ウヲオオオオオオォォォ

人を一飲みしようかと言うほどのドラゴンが、青い炎を吐きながらセレスに向けて雄叫びを上げた。

「うるさい!」

ドラゴンの咆哮に、セレスが一喝して手を振り下ろす。

「ヒッ!ナ……ナンダ?!」

ドラゴンの身体が、紙のように分断されて一瞬で灰となる。
その場にいた白い魔導師達が、ひるんで身を引いた。

「オ、オノレ地ノ巫子!我ガ力ヲ見ヨ!」

自分たちの力が通じない焦りに、それでもまた術を繰り出そうとする白い魔導師たちを見下ろし、セレスが腹立たしそうにため息を吐いた。

「遙か昔、せいせいたるお前を神木のようだと言うたはこの私だ。
この有様、お前を神木と定めて下さったヴァシュラム様に顔向けできぬわ!不届き者!

神木であった物よ!おのれを思い出し聖なる大地に返れ!
汝が役目は破壊にあらず!この地の守りと悟るがよい!
地に祝福あれ!」

「ナ二ッ!?」

白い魔導師達の手にある、杖がブルリと震えた。
セレスの言葉に応えるように、杖からニョキニョキと枝が伸び、根が生える。
それはズシンと重く、魔導で空飛ぶ魔導師達が地面へと引き戻されていく。
杖は木に戻り、地に根を張ろうとしてところ構わず、城中の魔導師の杖さえもが一斉に反応した。

「ツ、杖ガッ!!」
「オオ!杖ガ!」

セレスの元に急ぐ城内の魔導師も、床に根を張る杖に足を取られ、先に進む事が出来ない。
そうしていると、突然駆け寄ってきた兵たちが白い魔導師達を背後から、または正面から、そして囲むように次々と切っていった。

「オノレ!人間ゴトキガ!ギャアア!!」

術を出す事も出来ず、杖に縛られていた魔導師は切られて杖とローブを残して消えてゆく。
そして、落ちたローブの中には奇妙なほど大きな虫や爬虫類の死骸が転がっていた。

「今こそ決起だ!化け物の魔導師達を排除しろ!
元の平和なトランに戻すときぞ!」

「おお!」
「おおお!!白い魔導師達を切れ!」

声の響く中廊下でエルガルドが叫び、部下たちが剣を振り上げ雄叫びを上げて走る。
エルガルドは横に立つ王子に一礼し、周りの兵にうなずいた。
その後ろには、帰ったはずのアトラーナの騎士たちが控えている。

「あの魔導師の部屋は?」

「あの輝いている所だ、だがすでに半壊していて危険だ。
下から外に回ろう。」

「承知した。少しでもセレス様のお近くに参る。」

うなずきあってエルガルドたちに先導され、セレスの元へと急ぐ。
彼らは、セレスが行動を起こすときこそ千載一遇のチャンスとばかりに準備を急いでいたのだ。
時を置けば、必ずリューズが予見で先読みしてしまう。
だからこそ、この数時間のうちに人を集め、水面下で伝達し、行動を起こす時を待ちじっと息をひそめていた。
ただ、杖を無効化される事は思ってもいないことだったが、白い魔導師達は次々と宿り主を殺され、その数を減らしていく。

「東の塔はあのままでは全壊しますが。」

「良い、この化け物どもを一掃するためなら、セレスにくれてやる。
壊れたらまた作ればよい、それだけの技術はこのトランにはあるのだ。
塔の再建はこのトラン王家再生の礎となろう。」

「は」

王子が進むと、床に根を張る杖の横に切り捨てられたローブから瀕死のトカゲが這い出してきた。

「まさか、人でさえもないとは……」

王子は眉間にしわ寄せ、腰の剣を振り上げる。
すると側近がその手を遮るように抑えた。

「御身の剣が汚れます。」

「構わぬ。汚れも知らぬ王になる気はない!汚れを知って、本物の王となるのだ。」

王子は、ちゅうちょ無く剣を振り落としトカゲの首を落とす。
そして、切られてヒクヒクと身体を震わせるトカゲに、さげすむような目でいちべつしてプイと顔を背けた。

129、

杖を封じられ、人間達が一斉に反旗を振りかざした。
闇に包まれるはずの城は、輝くセレスの翼が太陽のようにまぶしく、その輝きは壁さえも通り越して、まるで昼のように明るく一帯を照らした。
力の礎である杖に裏切られた白い魔導師達が、無様な姿を晒し人間達から逃げ惑う。
城の庭の至る所で杖が根を張り、まだ暗い夜空へ向けて枝葉が音を立ててザワザワと伸びてゆく。
若木は横に横たわる虫や爬虫類の死骸を飲み込み、城はまるで若木の林のようになって行った。

リューズの部屋がある城の一角の東の塔と言われる場所は、最上階がすっぽりと外壁が消え、中の部屋が丸見えとなっている。
だが、その部屋から伸びる輝く金の翼が、そこにセレスがいるのだと指し示していた。

ドドンッ!ガラガラガラ……

爆発音のような、この世界ではあり得ない音が響き、塔の屋根が崩れ落ちて次に金の翼が羽ばたいて空に舞い上がる。
その先には青い炎の火の玉が、人を2人包んで逃げるように飛んでゆく。

「おのれ、おのれ、化け物め!
あいつは人間ではないのか!」

吐き捨てるリューズが短くなった杖を握りしめ唇を噛む。
杖の先には水晶がある。
今はその水晶で力を増幅するしか手がない。
しかし、この弄ぶような仕打ち、城から追い出す事が目的かと思ったがしつこく追ってくる。
このままでは本当に打ち負かされる。
この身体にいる限り、ヴァシュラムの紋章に力が封じられて思うように戦えない。
そうでなければこんな巫子1人、もっと強い炎で灰にしてしまうのに。
全力で力を使えない事にイライラする。
自分はこの人間の身体を捨てれば逃げられるが、このままではこの人形を無くしてしまう。

いっそ、いっそこの身体を捨てて、人形を連れて……

「どこまで逃げるつもりだ、無駄な事を。」

「なぜ、一息に殺そうとしない!」

「用があるのはお前だからだよ。」

クスクス笑ってセレスが手を振り下ろす。
シャッと風を切る音がして、リューズを包む炎が分断され切り離された火が灰となった。

「あっ!」

彼が左手で抱きかかえる人形の腰から下が、左足と共に左半分消えて無くなっている。
その反動でヴァシュラムの泥人形でしかない固まりがバランスを失い、彼の身体が切られたところからサラサラと砂になっていく。人形らしからぬ恐怖に包まれたのか、人形はリューズにしがみついた。

「リューズ様!あ、足が……!身体が消えてしまいます!」

「メイス!駄目だ!消えてはならぬ!」

リューズが悲痛な叫び声をあげ、人形の身体を抱きしめた。

「人形がそれほど大事か!
大事なれば守って見せよ!」

セレスが手の中に光の弓を作り、背から羽根をとってリューズに次々と放つ。
メイスを抱きしめたままリューズが杖を大きく左右に振り、光の矢を振り払う。
そして、自らの腕を噛み、青い火混じりの血を杖に滴らせ渾身の力を込めて杖を振り下ろした。

「理(ことわり)無き、禍々しき巫子よ!
我が血の力を受け灰となれ!」

血を火種に、杖の水晶から大きな火の固まりが生まれてセレスを襲った。

「無駄よ!生ぬるい!」

火は一瞬でセレスの前で消え去り、その手の弓はいつの間にか剣へと姿を変える。
セレスはその剣を振りかざして、リューズの頭上から打ち下ろした。

「くうっ!」

バシンッ!杖で剣を受け止めた瞬間、音を立てて激しい火花が散った。
華奢でしなやかな姿態で飛びかかるセレスの剣は、想像以上に重く圧倒される。

「ええぃ!この化け物!」

剣と杖のせめぎ合いの中、火と火花が舞い散り、その向こうに光り輝くセレスの姿がまぶしい。
こいつの力は次元が違う、何をしても力が通じない。
どうすれば勝てるのか、見当も付かずリューズは決意するしかなかった。

この身体を捨て、あいつの元に!

なんとか杖を返して、渾身の力でひずみをぶつける。
くるりと舞って一旦離れたセレスに、覚悟を決めて顔の仮面に手を伸ばした。

「さあ、次はどうする、もう手詰まりか?
2国を騒がせた男が、なんと手応えのないことよ。」

使える術が、地と火の術である限りこいつに対抗できるものではない。
いや、水でさえこの美しい巫子は灰に変えてしまうだろう。

「すべてを灰じんに帰するお前などが巫子だと?お前の力に希望など無いではないか!
何が巫子だ!」

リューズの言葉に、セレスがふと暗い表情になった。
不敵な顔が、悲しく笑う。
その目から、涙がこぼれている気がしてリューズが目を見開いた。

「お前の目的は……一体何だ?私を救いに来たと言ったな。その意味はなんだ?」

私を知っているなら教えてくれ。
リューズにそう問われている気がした。
自分は笑っているのか泣いているのかわからない。
ただ、目の前にいるあのアトラーナの災厄の元凶となったこの聖なる火を、自分はずっと探してようやく見つけたのだ。
その中に眠る物と共に葬るために。

「私の力に希望がないと申すか?
いいや、あるさ!お前を消し去るという希望が!」

「そんな物……そんな物、希望と言えない!
邪悪な巫子め!灰となり我が前から消えろ!」

リューズが仮面を取り払うと、顔の傷から青い火が噴き出した。
それは一際強く激しい勢いで、セレスの身体を包み込む。
封印された身体から飛び出し、力を解放してセレスをひるませ、空間に裂け目を作りそこから逃げる。
その算段だった。
しかし、それこそ彼は待っていたのだ。

「お前はそこか!」

不気味なほどに微笑み、セレスが剣を捨てリューズに飛びかかる。
腕輪のある手をのばし、火が噴き出す傷を覆うようにリューズの顔を鷲掴みにした。

「うおおおおお!!きっ貴様!」

「この身体の中に潜む、お前の本体を待っていたのだ!
この身体は魔導師の弟子の物、賊に襲われ死んだからと言って、勝手に利用するな愚か者が!」

見る間にセレスの手に本体の火が吸い込まれ、焦るリューズがセレスの腕を掴む。

「はっ、離せ!離せえっ!」

メイスから手を離し、両手で必死にセレスを突き放そうともがく。

「さあ、その身体から出てこい!
その身体はお前の物にあらず!家族の元へ戻すのだ!」

「いや……嫌だ!嫌だ!嫌だ!
……あ、あ、あ、消える……消える!火が消えてゆく……


たす……助け……て……助けて!
恐い……恐い!恐い!恐い!恐いーッ!


…… ——ラ、ガー……ーラ!
……ガーラ!…ガーラ助けてぇ!」


セレスの顔が凍り付き、思わず手が止まった。



「やめよ、ガラリア。」



メイスの人形が静かに告げると、セレスの身体がこれまで感じたことのない力で引き離され、一息に眼下の森の中へと落下して木をなぎ倒し地面に衝突する。

「くっ……なぜ、なぜあいつが、ここにいる!」

気を失うこともなく、セレスはすぐに身を起こしてよろめきながら立ちあがり、再びリューズの元へと飛び立った。

「そこにいてなぜ止めぬ!
私は……私を阻むなら殺すがいい!
この力はあなたが与えた物だ!
私が目障りなら力を取り上げて打ち棄てればいい!!
私は、……このために生き続けてきた!!」

セレスの目から、ひとすじ涙が流れる。
顔を押さえてうめくリューズの前で、メイスの人形が阻むように片足で立ちふさがっていた。
セレスが再び手に剣を生み出し、メイスの人形に向かって飛びかかる。

「私がどんな気持ちで生きてきたかなど、あなたは考えたことも無かろう!
消さねば、殺さねば、終わらせねば、また災厄と呼ばれ忌み嫌われ語り継がれる!
私がすべてを断ち切らねば……!!」

だが、振り下ろす光の剣はメイスの人形の視線一つで止められてしまう。
ギリギリと血が流れるほど唇を噛み締めるセレスに、メイスの人形は場違いなほど優しく微笑んだ。

「聖なる火と共に、すべて灰にしようとするお前を、わしの他に誰が止められよう。
子殺しなど、お前にさせられるはずもない。
わしはずっと、お前を見てきたのだ。」

「何を見てきたという!
あなたはいつもそうだ、遠回しに見るばかりで、道化のように迷いうろたえる私を見て、ただ笑っているだけじゃないか!
あなたにとって、私やこの子はただのオモチャに過ぎない!
もう沢山だ!あなただって……
あなただって後悔していると、はっきり言えばいい。
あなたは人々を欺き、巫子でもない私を巫子とした。
それを後悔していると言えばいい!ヴァシュラム!」

「後悔という感情は、わしには元より無い。
それにお前は間違っている。
私にとってお前は生涯を共にしたい伴侶だ。
永遠を生きねばならぬ、この地の王と呼ばれるわしに、お前は慈悲を取るだけ取って与えぬと言うのか?」

「ふざけたことを!何が…………」

「良い、お前の無礼な物言いは耳に心地良いが時間がない、ここまでとしよう。
だが、お前の言う通り、この子の身体は解放して神殿に戻しておこう。
一時を借りることとなったが、家族には詫びを頼む。」

「頼む?頼む……だと?ふざけるなっ!」

動かない剣を軸に、思い切り人形の顔に回し蹴りを入れた。
崩れかかった人形の顔は見事に半分が吹っ飛び、人形が驚いた顔でケラケラ笑った。

「なんと!地の精霊王であるわしを足蹴にするのはお前くらいのものよ。クックック……

ガラリア、涙を流すな。
お前の涙ほどわしを突き動かす物は無い。
これにはまだ希望がある。
お前もそう思うからこそ、メイスを救ったのではないか、のうガラリア。」

「今はセレスだ、変態の呆け老人め!
何が希望だ!見よ、火に飲まれてあの子の何が残っているという!聖なる火などあの死体の中にはない、あるのは一時の激情でリリサを汚し沢山の人を殺した火だ!
私は果てまでも追ってゆくぞ!」

「お前に追われるのは喜ばしいが、今は困る。」

人形が崩れていく右の手の平を広げ、セレスに向けた。
その瞬間、目の前で何かがはじけ、セレスの身体中から力が吹き飛び輝く金の羽根が消えて全身から力が抜ける。

「これまで待ったのだ、何も急くことはない。
聖なる火はフレアの血、再生の手もある。
お前のために、あの子を救う手は最後まで探ろうぞ。
しばし朝まで頭を冷やすがよい。
怒りに燃えるお前の姿、眼福であった。」

「この……」

言葉が途切れ、彼の身体はゆっくりと後ろに倒れ、そのまま森の中に落ちてゆく。
リューズの炎は彼の杖にあった水晶の中へと移され、メイスの人形はその水晶を大事そうに抱いて、落ちるセレスの姿を見送りながら灰となって消えていった。


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