桜がちる夜に

HOME | 赤い髪のリリス 戦いの風45

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 45

>>目次のページへ

133、

リリスはキョトンとして、口惜しそうなガーラントたちを見上げる。

「えーーと、あの、状況がよくわかりません。
火の神官?神官様がいらっしゃるのですか?え?なぜ?どう言う事でしょうか?」

話を聞いて知っていたガーラントたちが、どう話した物かと思わず長老と長の顔を見る。
長老は、まず落ちついて座れとガーラントたちに手で進めた。

「あの方々は、リリサレーン様の時代に火の神殿で神官をしていたミスリルです。
2人の巫子を亡くし火の神殿が取り壊されたあと、自害なさろうとしたあの方々にフレアゴート様は、火の神殿の再建を約束されてそれに手を貸して欲しいと仰ったそうです。
なればとフレアゴート様のお力でこの二百数十年を眠りについていらっしゃいましたが、あの方たちの時間はあの災厄の時のままです。
どうか、ご理解下さい。」

「それで……合点がいきました。
あの方たちにとっては、リリサレーン様が今でもお仕えする巫子様なのですね。」

「フレアゴート様は、これを最後の機会とお考えなのでしょう。
彼らすべてを目覚めさせた今、再度眠りにつく事は出来ません。」

「はい。
でも彼らが生きておられたのは思いがけなく、とても嬉しい事でございます。
神事など一切わかりませんでしたが、これで光明がひらけました。」

「それではどちらに神殿を?」

「いえ、あの、実はまだ何も決めてないんです。
ただ、神殿造りは人々のためと言いましても、王家のご協力無くして存続しないと思います。
地の神殿のように皆様のためになるようになるには、私の次の、次の代……いえ、それ以上かかると思うんです。
ですがまだ、本城へのお話はこう言う事がございましたので、中途で終わっております。
もし、このまま認めて頂けなくとも、レナントのガルシア様にもご協力は頂けるかと存じます。
でも、その時は神殿とは言えないもので終わってしまうと思いますけど……」

苦笑して、なんだか自然に声が弱くなる。
自分が巫子と認められると、とても困る人がいるらしい。それが王子ではないことを祈っているけど、身分が高い人であることはわかっている。
もしかしたら、王様や……お后様かもしれない。
いらない自分は存在するだけでもとても邪魔なのだろう。

「気の弱いことを、あなたらしくない。
ホホ、あのガルシア殿を見くびってはなりませんよ。
あなたの後ろの騎士をご覧なさいませ、どれほど大切に思っていらっしゃるかはお二人を見ればわかります。
もっと自信をお持ちなさい。」

振り返ると、なんだか退屈そうなブルースと、神妙な顔のガーラントがうなずく。
リリスは二人の顔を見て、ホッと笑った。

「はい、ありがとうございます。
でも、今はその前に私は、力を得て隣国トランの魔導師殿を止めなくてはなりません。」

「それは……状況が変わりました。
トランからは脅威は去ったのです。」

「え?それはどう言う?」

「ですが、アトラーナにその脅威はまだあります。いや、増していると言えましょう。」

「まさか、トランに行かれたセレス様が?!」

長老がうなずいたとき、岩の裂け目の入り口から数人が駆け込んで知らせに来た。

「お方様が参られました!」

「おお!それでどのようなご様子か!」

「レニンが相当お悪いと。ヴァシュラム様は?」

「やはりお呼びしても反応がない。
出来る限りの事をしよう、早うこちらへお連れするのだ。」

長老が慌てた様子で立ち上がり、杖をついて社のあがり口へと歩む。

「お方様!」「お方様!!」
「お方様、お気を確かに!」

岩の裂け目の入り口からは、心配する村人に囲まれてルビーが毛布に包んだ人を抱いて現れた。

「レニン!早うこちらへ!」

叫ぶ長老の横から、驚いてリリスも裸足で駆け寄る。

「ルビー様!まさか!」

「リリス殿、こちらへいらしたのですか……
長老!助けてくれ!
消耗されて、一旦はご自分で回復されたのだが、すぐにお倒れになって……」

「わかっている、私も遠見で見ていた。
さ、早う泉の淵の寝台へ。
その大きな岩の上だ。
おおお、なんということ。力のバランスがすっかり崩れてしまっておられる。」

長老が長や…社の奥から出て来た社の守り人だろうか、短剣を腰に携える白装束の青年や少女と共に杖をつき、異様に長いすそを引きずりながらその岩へと急ぐ。
少女が一際大きな岩の上に、サッと敷物を敷いた。
ルビーがそこに抱いてきた人を横たえさせて、毛布をそっと開く。
すると開いた瞬間、ドッと何か触れる事の出来ない澱のような物が流れて消えた。

「これは……セレ……ス……様……!」

開く毛布の中から現れたセレスの顔に、リリスは息を飲んでよろよろと後ろに下がりガーラントにぶつかった。
気がつくと村人は、少し離れたところに下がり、手を合わせてブツブツと祈っている。
リリスは落ちついて気をとり直し、セレスから装飾品をはずす長老に手を貸した。

「私にできる事はありましょうか?」

「いえ、ここは我らが託された使命。
ああ、ならぬレニン、服はナイフで切れ。
無理に動かしてはお身体が崩れる。
腕輪が細くなっている、これを壊せば大変な事になる、注意せよ。
御身をお清めする間がない、他の金具ははずしたな?良し、下がれ。」

セレスは、それがあの美しかったセレスだと認識できないほどにみずみずしさを失い、肉がそげ落ち皮膚が老人のようにシワを刻んで、触れると崩れそうなもろさを感じる。
金の腕輪はこんなにも細かっただろうか?
なぜか今にも折れそうなほどに、針金のように細くなっている。
髪はツヤを失い、真っ白になって見る影もなかった。

長老が、そのボロボロの手をうやうやしく両手に取り、祈るように額に当てる。
そして数歩下がり泉に向かって声を上げた。

「聖なる泉におわします地の乙女よ、お出でませ!」

ザザザザ………

「おお……」

泉の表面が波打ち、盛り上がってゆく。
それは3人の髪の長い女性の形を成し、リリスはまるで水の精霊のようだと思った。
その乙女は岩の寝台に横たわるセレスの身体に滑るように近づき、彼の身体をそっと抱き上げる。
そして静かに泉の中へと消えていった。

「あっ、ち、長老!息は?大丈夫なのか!」

ルビーが慌てて長老に叫ぶ。

「大丈夫、落ち着け。静かにせよ。
御方様のお身体は、少々人間と異なる。
内と外から力を徐々に取り込む事で、お力のバランスを取り戻すのだ。
しかしかなり消耗が激しい、これは時間がかかるぞ。
シイラ、関を取り払え。もっと濃い神気をどんどん入れよ。
長、濃い御神水が流れる。畑に影響が出ぬように調節を頼む。」

「承知しました。」
「わかった、村の若い衆に指示しよう。
村の衆も作業に戻れ、お方様は長老に任せよう。心配はいらん。」

村人が長に急かされ、ザワザワと祈りを口にし心配そうに振り向きながら、岩の裂け目の入り口へと戻って行く。
泉ではシイラと呼ばれた白装束の少女が、一礼して身軽な様子でピョンピョンと飛び石を伝って水源のような奥の岩の裂け目まで飛び、板で仕切られた関を開ける。
どうどうと流れ込む緑色に輝く水に、泉全体が輝きを増して行った。
しかし守人もまるで、泉の水には何かあるのか触れないように気をつけているように見える。
この地の底で作物さえ生き生きと育てる神水と呼ばれる水だ。
やはり、人間にも影響が出るのだろう。

リリスが手を合わせ祈りながら泉を覗き込むと、セレスの身体は水の奥深くに沈み、澄んだ緑の輝きに包まれて小さく見えた。

「最近お見えにならないので心配していたが、お姿が変わるほど消耗なさったのは初めてだ。やはり、ご無理をなさっていても、すでに転生の時期なのであろう。
元々今のお身体は、多大なお力を使える代わりに非常に危ういバランスでいらっしゃる。」

「転生とは、若返りをここでなさっているのですか?」

リリスの問いかけに、レニン……ルビーも興味深そうな視線を長老に向ける。
ルビー自身、セレスの供でここに来るのは初めてだ。
いつも、時折深夜に1人でひっそりと出かけられるのは知っていた。何度か後を追ったがいつも巻かれて見失い、どこに行かれるのか謎だった、が、まさかここに来ていたとは知らなかったのだ。
村でもここは聖域で、村祭り以外は入ることを固く禁じられていた。

「御方様の事は、我らも詳しく話す事は出来ぬ。
だが、これだけは……あの方は無理に無理を重ねておられる。だから……」

「あの腕輪は何なのです?私は従者としてそれだけは聞いておきたい。
長老、どうか……それだけでいいのだ、教えてくれ。」

ルビーの問いかけに、長老が目を伏せる。
だが、心を決めて、ようやく口を開いた。

134、

「わかった。
仕方ない、確かにお前たちは知っておくべきだ。
あれは……あの腕輪は、あの方の命の砦。あの方の命をこの世につなぎ止める、大切なクサリ。」

「砦?いつもこれは自分に着けられた枷とお言いだったが……」

長老が、重い表情で泉を背にして社に戻る。
皆、それに続いて戻っていった。

「腕輪を通して、いつも主様に……ヴァシュラム様に監視されているようだと仰られていた。だから、そう皮肉られたのだろう。
あの方は転生を繰り返すようになって、あのようなお力を得られた。
だが、当初それは弱く、ご自分に大きな使命を課したあの方の、とてもご期待に応える物ではなかったのだ。
だが、今のお身体へと若返りの施術を成されたとき、あのお力が大きく膨らみ暴走してしまった。
あの場にヴァシュラム様がいなければ、お方様と共にこの村一帯は消えて無くなっていたろう。
あの腕輪は、その時急場であしらわれた、お力を制御する物だ。
だが、お方様はその時、お身体の半分を失われてしまった。
それはヴァシュラム様のお力で失った分を補われ事なきを得たが、お方様はその為に不安定なお身体となっていらっしゃる。
どこか、何かのバランスが崩れれば、あのようにすぐにお命に関わる。
だが、お方様はどうしても今のお身体でなくてはならぬと仰るのだ。
それは、親としてのカンを鈍らせたくないというお気持ちなのだろうが……。」

「親?それは……?」

思わずリリスが横から問うた。
つい口が滑ったと、長老が袖で口をふさぐ。
だが、ルビーが長老の顔を見てうなずいた。

「それは……セレス様から聞いた。
あの方は御子を……聖なる火に飲まれた御子を探していらっしゃる。」

その言葉を聞いて、突然社から神官の声が響いた。

「聖なる火……!
子供だと?!まさか……なぜ……なぜガラリアが生きているのだ!あの偽巫子が!
なぜここにいる!?」

火の神官たちが、社から出て来て長老に歩み寄る。
手が打ち震え、怒りをあらわにして掴みかからんとするそれは、セレスやその子供が、火の神殿を滅ぼす原因となった関係者であると如実に表していた。

「なぜそれを我らに黙っておられる?!
あの時代から生きる者がもう1人いると、なぜ言わなかったのだ!」

「マリナ様が……そしてリリサレーン様まで!
精霊は封じられ、すべてを背負ってリリサレーン様は、いわれのない罪で辱めを受けて……おお、おお、許せぬ、のうのうと生きているなど許せぬ!あの汚らわしい花売りの男の子供があの場にいなければ!」

赤茶の髪の神官が泣き崩れ、剃髪の神官が叫んで突然駆け出し寝台にあったセレスの剣を握る。
そしてそのまま泉に飛び込んだ。
だが、なぜか泉の深さは神官の膝までしか無く、遙か下にセレスの身体は輝いて見える。

「やめられませ!」

神官は止める長老の声を無視してバシャバシャとその姿を踏みにじり、剣を抜いて両手で足下のセレスへ向け突き刺そうと振り上げた。

「おのれ!我が前でその無礼、許さぬ!」

泉に足を踏み入れた神官に、突如追いかける長老の背がぐんと伸びて宙に舞い、覆い被さるように襲いかかった。
剣を握る神官の背後から腕を掴み、その首や身体に伸びた髪が巻き付いて行く。
そしてそのまま彼の身体を釣り上げ、とうとうバタバタと暴れる足が宙に浮いた。

「はっ、はなせっ!」

「おのれ、たとえ主様からお預かりした方とは言え、この無礼は許せぬ!」

もがく神官は、まるでクモにとらわれた小虫のように髪が身体中に巻き付けられ、足をばたつかせながら身動き取れない状態で泉の横に放り投げられた。

「長老、その姿は……」

ガーラントやブルースが、思わずリリスの前に出て剣に手を置く。
彼女の姿を見た瞬間、あの最悪のミスリル、エア姉弟を思い出したのだ。
そびえるその足はよく見ると一本で、白いヘビのような白銀の胴体がうねっている。
表面は金属のようなウロコがキラキラと、剣も通さないような硬質な輝きを放っていた。

「お方様を足蹴にしたその行為、地の神官殿であろうが許せぬ。
いいや、神官だからこそ許せぬ!
愛する御子を魔物と呼ばれ、火の巫子を死に追いやったその苦しみに苛まれ続けながら、このお方は御子を殺すまでと生き続けておられる。
その苦しみを何も知らぬ者が、これ以上無礼を申す事……そのような事、私は許さぬ!
花売りだと?!お方様がどのような目にお会いになったかも知らぬ者が下賤な物言いなど、死に値する!
千の……千の苦しみ与えても……私は………」

ピチョンと、長老の涙が泉に落ちた。
涙がポロポロこぼれ落ち、激しい憤りに言葉が詰まる。
気がつけば神官たちに今にも襲いかからんと、社の守人も腰の短剣に手を回し不穏な雰囲気で迫っている。

髪に巻かれて横たわる神官の男は、顔に垂らした布がはずれ、その顔があらわになって表情が見える。
だが、その顔は獣の目をした半獣の顔で、悲しみに暮れてすでに死さえ訪れても構わない、生気のない暗い顔をして目を閉じた。

長老は怒りの形相で、剣にも似た鋭さの爪を伸ばし神官に向ける。
怒りが治まらない様子で、その爪の先が小さく震え、血がにじむほどに唇を噛み締めていた。

「お待ちを!ご無礼お許し下さいませ!」

リリスが事態に戸惑う騎士2人の間を飛び出し、横たわる神官の前で長老に、そして守人たちに土下座して頭を下げる。

「退かれよ巫子殿、我らミスリルにはガラリア様もヴァシュラム様と等しく大切なお方。
人間に追われ疲れ果て、日々の暮らしに困窮していた我らに知恵を授け、糧を与え、この安息の地を与えて下された。
ヴァシュラム様との間で、この御方無ければこの地の底の豊かな村は無かったのだ。
それを無礼な物言いの上、足蹴にするなどもってのほか!
この御方に仇成す者はこの村の者すべて、命賭しても許さぬ!」

「それでも!それでもどうか、平にご容赦を!
神官様の今のお気持ちは、長老様もご存じのはず。この方々は、あの災厄の時と言われた時間で止まっておられるのです。
どうかお静まりを!私はこの方々から、あの時、本当の災厄が何だったのかをお聞きしたいのです。」

「うむ……しかし、だからと言って不問には出来ぬ。」

「承知しております。確かにこの無礼の責を取らぬのは、この村の方々のお気持ちが静まらぬ事でございましょう。
不問にとは申しません、大切な高貴な御方を足蹴にしてしまった神官殿には、この神官殿なりに責を取っていただきます。
どうか、どうか、今一時のお時間を頂きたいとお願いします。」

リリスを見下ろす長老の動きが止まり、守人を手で制した。
助けてくれと言わず、話を聞くための時間を欲しいというリリスの言葉が、確かにあの災厄の真相を聞きたいという心理を突いてくる。
とっさの機転が効く、頭の良い子だと長老は感心してリリスを見下ろし、神官達に目をやる。
他の神官はうなだれていた顔を上げ、髪に巻かれたままの1人を助けようともしないで成り行きを見ている。

「我らは何も語る事はない。」

意地を張る剃髪の神官に、それでもリリスは長老たちに頭を下げ続ける。
そして、チラリと視線を向けた。

「あなたには断る事など出来ません。
その事態を引き起こしたのは、たとえ長の眠りから覚めたばかりとは言え、おのれの未熟とお知りになるとよろしゅうございます。」

きっぱり言い放つ目の前の子供に、うぬぬと息を吐く。
しかし長髪の神官は、ふと見たその生気のない瞳に、ぽつりと光が灯った気がして顔を上げた。

「……わかった、ここは火の巫子殿にお任せしよう。皆、収めよ。」

長老が爪を引き、守人たちも下がって不穏な空気が収まった。
リリスがホッと息を吐き、深く頭を下げる。

「ありがとうございます。このご恩、のちのち火の神殿を起こす事でお返ししたいと思います。」

「はっ、神殿を起こすだと?お前ごとき子供が何を言う。王族でもない、地位もない子供に。」

悪態をつく剃髪の神官に、リリスが歩み寄ると身体に巻き付いた髪をほどき始める。
彼らが神殿の再興のために、それだけのために生きながらえてくれたと思えば、感謝をしても足りない。
リリスは彼らの姿の背後に、姿を見せずとも自分のために動いているフレアゴートの姿を見た気がして胸が熱くなった。

「子供子供と何を仰います。
先ほどの無礼は大人の方のなさる事とは思えません。
あなたが生きたこれまでの時代とは、大きく変わっているのです。
何が変わっているかを知る事も怠り、一時の感情で取り返しのつかない事をしてしまった責は追わねばなりません。」

「我は神官ぞ!無礼者、さわるな!」

「静かになさいませ。
私を巫子と認めないならそれでも構いません。
でも、あなた方は神殿再興のお力にと、フレアゴート様の頼みをお受けしたと聞いております。
ならばどうぞ働いて下さいませ。
私に仕えるのではなく、神殿再興のために。
そしてこのアトラーナのために。
今のアトラーナは精霊と人との関わりがどんどん薄くなってきています。
その橋渡しのためにも、精霊の国として神殿は必要なのです。どうか、そのお力に……」

なぜか、目から涙があふれた。
心がギュッと締め付けられる。
それは、自分の感情とは違う、リリサレーンの心だと思う。

「……まこと、ホムラは変わりのう……」

ふと、口から言葉が無意識に出た。
剃髪の神官が目を見開き、驚きの顔でリリスを見る。
知らないはずの自分の名を語る、その優しく懐かしい言葉……

「リ……リリサ……様……」

それに微笑み返し、涙をふいてブルースが差し出す短剣で髪を切って行く。

「どうか、この何も出来ないだろう子供に手をお貸し下さい。
地位もなく、お味方になって下さる方は少のうございます。」

剃髪の神官の目から、涙があふれた。

「オオオオオオ………」

身体中の髪を振り払い、地に伏せて身を震わせ泣いている。
長髪の神官と赤い髪の神官が、リリスの前に歩み寄り覗き込むようにリリスの顔を見る。

「我らは、この思いをあなたに託して良いのか?」

リリスは涙をふいてニッコリ笑い、大きくうなずいた。

「託して良いのです。そして力を貸して下さい。
私1人では頼りない子供ですが、あなた方が共に同じ道を歩むことで、私は頼りない子供ではなくなることでしょう。」

「なぜ、ホムラの名をご存じか?」

その問いに、リリスは自分の右手の仮初めの指輪を彼らに差し出した。

「私のこの指にある、仮初めの火の指輪をご覧になればおわかりのはず。グレン様。」

それは、誰にでも見える指輪ではない。
黄泉の国の火の巫子達が、リリスに託した自分の指輪。

「私は先々代のヴァルケン様に黄泉で巫子としての教えを色々と教わりました。
あの方には玉座の前での呼びかけにも答えていただけましたが、もう頼ることは出来ません。もう、すでに転生なさっていると仰っていました。それがどなたか、現世で身近な方なのかは存じませんが……」

誰かがふむと、息を吐く。
長髪の神官と赤い髪の神官が顔を見合わせうなずいた。

「承知した。
だが、我らはまだそなたの器を知らぬ。
そなたを知って膝を折るにふさわしき者と納得するまで巫子とは呼ばぬ。」

「はい、それで結構でございます。」

「そなた、名を何と言われる?」

「私はリリス。……あ、そうだった、私にはお父様が出来たのでした。
私はリリス・ランディール。リリスとお呼び下さい。」

気恥ずかしそうにニッコリ笑う。
長髪の神官グレンが顔を覆う布を取り、赤毛の神官もそれに続いた。
グレンは剃髪のホムラと同じ30代に見えるが、赤毛はまだ二十歳そこそこの若者だ。
二人はごく普通の人間の顔だが、赤い髪の神官は右目が赤で、左目が茶色と微妙に左右の色が違う目をしている。
リリスは驚いた顔で、彼に思わず飛びつき手を取った。

「凄い!私と一緒の色違いの目をした方を初めて見ました!
でも、この色違いの目はすっごく嫌われます。
お覚悟下さい、一緒に嫌われましょう、ゴウカ様!」

赤い髪の神官が、名を呼ばれビクンと身体を震わせる。
握手するリリスの手を包むように手を重ね、両手でギュッと握りしめた。

「貴方は赤様に良く似ていらっしゃる。」

「赤……様ですか?
そう言えばヴァルケン様に、火の巫子には赤の巫子と青の巫子がいらっしゃるとお聞きしました。」

「そうです。そして、あの時青様が……青の巫子、マリナ様が殺されたことからあの騒ぎは始まりました。」

「ゴウカ!余計なことを話すな!」

ホムラの叱責に、ゴウカが口をつぐんで手を離す。
横からグレンがホムラを手で遮り、ゴウカにうなずいて穏やかに話し始めた。

「良いのです、私がお話ししましょう。あの時のことを。
巫子を守れなかった我ら神官の生き恥を晒すことは、覚悟の上でこうして生き延びたのだ。」

「では、お社にお戻りを。
ここで騒ぐと、お方様がゆっくりお休みできませぬ。」

長老に勧められ、皆がぞろぞろと社に戻る。
そして祭壇の前に座して向き合い、グレンが静かに語り始めた。
アトラーナ歴史上最悪の厄災が、どうして起きたのか。
それがどう収束したのか、彼らこそすべてを見て、聞いた生き証人だった。

135、

それは250年ほど昔。いや、すでに300年ほど前になろうか。
その頃周辺国には戦が多く、小国は侵略を受けて大国に吸収され、大国は分裂して更に戦を繰り返すと言ったことが繰り返され、アトラーナもその頃トランを治めていた王家の親族が追われた事により、アトラーナの一地方都市であるトラン独立の憂き目に遭っていた。
元々トランには神殿も無く、地の神殿との交流が活発であったことを残すと精霊の気配は薄かっただけに、精霊の国としては痛手は最小限だったと言える。
小規模な戦争は起きたがそれも早々に沈静化し、また元のようにアトラーナは精霊の国として小国ながら近隣の国にも一目置かれ、そこは聖地として大切にされていた。

アトラーナの各地には精霊王を奉る神殿が点在し、精霊王は神として崇められ国内ばかりではなく他国からも多くの信者を集め、人の出入りも多く、特に神殿の周りには都市が栄え豊かだった。
中でも火や地の神殿は、本城を構える王都ルランのはずれにあって、城下よりも栄えていたと言っても過言ではない。
巫子は位も高く、国民の信望厚く、まして火の巫子は先代ヴァルケンが巫子でありながら他に男子が産まれなかったために王家に戻り玉座にも座ったため、いっそう人心も集めて時にそれは王をしのぐほどであった。

だが一方地の巫子は、長寿で知られた巫子が死して後、ヴァシュラムが次の新しい巫子に据えたのは美しいながらも普通の少年ガラリア。
通常新しい巫子は生まれ変わりを迎えるからには赤子や小さい子であることが常だっただけに、誰もが彼を懐疑的な目で見てしまう。
しかもその表情は暗く、口数も少なく、いつもおどおどして見た目が美しい以外は特別これと言った力もない。
ヴァシュラムの彼を大切にする様ばかりが悪目立ちして世間には悪い噂も流れ、彼をからかう貴族まで現れて、ガラリアは巫子であることの重圧にも耐えきれず、あまり神殿から出ないようになってしまった。

そこでヴァシュラムが頼ったのは、火の神殿の巫子リリサレーンとマリナルーの2人。
元々地の神殿と親交深い火の神殿の2人は、ヴァシュラムの頼みを快く引き受け、彼に同情して時にはかばい、なにか用あって呼ばれたときは同行して手を貸すようになった。

心を閉ざしていたガラリアも次第に心を開き、後にヴァシュラムが彼の子を作ったことで彼は家族も得て、巫子として自信も付けていった。

すべてが順調で、幸せに時が過ぎていた。

「でも、それはあの日、とても………
あまりにも、あっけなく崩れてしまったのです。」

グレンが目を伏せ、しばし目を閉じる。
その時のことを思い出すように。
思い出すのも忌まわしい、その日を



「……その日、リリサレーン様はガラリアと共に城にお出かけになり、火の神殿には青の巫子マリナ・ルー様と、マリナ様を母のように慕うガラリアの子が預けられておりました。
我らも二手に分かれてそれぞれ巫子に付き、神殿にいたのは私グレンとホカゲ、マリナ様側近のオキビ。
先見のホカゲは確かに危機を予見しておりましたので自衛団は増やしておりましたが、まさか本当に神殿が襲われるとは……
しかも神殿を襲ったのは思った以上に強い騎士たちと魔導師。
我らも応戦しましたが、手練れの敵に隙を突かれて神殿の奥まで入ることを許してしまいました。

側近のオキビはマリナ様を守って死に、マリナ様も呪術で対抗しましたがガラリアの子が重荷となり、敢えなく彼らの太刀に……」

「騎士?それに魔導師が襲ってきたと仰るか?手練れ?訓練されていると?」

ガーラントの驚きの声に、グレンがうなずく。

「賊は皆、出がわからぬよう服や装束に気をつけていたようですが、剣だけは使い慣れた物を使っておりました。
数人の剣に城のある師団のメダルが。
何より、彼らを率いていたのは身分の高い御方。
なぜ、あのような事をされたのか、なぜ、なぜ……あの方が……
ですが、我らにはそれを問う暇はありませんでした。
マリナ様は聖なる火の生き宮様、あの御方が亡くなることは、火の入れ物を失うことになります。
聖なる火は生き宮を失うと、一旦祭壇の聖ひつに移り眠ります。
ですがあの時、悪い事に祭壇は破壊され、2つの聖ひつも壊されてしまっていました。
聖なる火は行き場を失い、その場にいた最も精霊に近い者に潜り込んでしまったのです。」

「それが………」

「そう、それがガラリアの子です。
あの子はマリナ様の死を目前にして、激しく動揺し恐怖に駆られ、泣き叫んでいました。
そこに聖なる火が……。
精霊王の子と言えど、まだ小さな子供。
入れ物としては用をなさず、火に覆われその場で苦しんでおりましたが、我らもどうすることも出来ず……
そこに、リリサレーン様がガラリアと共にお戻りになられたのです。」

「リリサレーン様は、すぐにフレアゴート様とヴァシュラム様をお呼びになり、ガラリアには待つようにと仰ったのです。
子供と火を分け、火を一旦フレアゴート様にあずけると。
ですが、子供はガラリアの姿を見ると救いを求め、ガラリアも耐えられず子供の元へと走ってしまいました。
ガラリアはもちろん普通の人間、子供を抱いた瞬間身は焼かれ、2人を離したときにはすでに虫の息。
そして精霊王の方々が駆けつけられて火を収めようとなさったとき、肝心のヴァシュラム様がそのガラリアの姿を見ると、狂ったように叫びながら彼を抱きかかえてその場からかき消えてしまわれました。

……本当に、地の精霊王と言え酷い親たちです。
子供を打ち棄て、ヴァシュラム様はあの男を選んでしまった。
怒りと恐怖の意志を得た聖なる火はフレアゴート様の手にも余る物。
まして意志ある混ざり物があるために、ますます鎮めることが困難になってしまった。
その内火は凶暴化して、あの子をすっかり取り込むと、リリサレーン様の身体を乗っ取り神殿を飛び出してしまいました。
そのあとは……ご存じでしょう。」

「火は?火は子供から離せなかったのか?
精霊王だろう?そもそも聖なる火ってのは何なんだ?」

グレンが、大きく息を吸ってうつむき、長く、重くため息をつく。

「聖なる火とは業の火、フレアゴート様の火とは似て異なる火なのです。
光があれば影があるように、魔を払う明るい光が強ければ暗い業も増す。
あの火は、だからこそ解き放つことを禁忌とし、生き宮の中に静かに眠らせて保管しなければならないのです。
青の巫子は、生き宮の素質を持つ他に代わりのない入れ物です。
この世に業がある限り、最も貴重で最も守らねばならない御方。
なのに、あの方は簡単に殺してしまった。
その重要性も知らず、火を解き放ちあのような災厄をもたらしてしまった。」

「じゃあ、……じゃあ、仮に火の神殿を再建できても、またその青の巫子って奴にもしもの事があったらまた災厄を繰り返すんじゃないのか?」

「その質問は愚問です。
業の火は知られず今でもあります。そして火の神殿がないと言う事は世に解き放っていると言う事。
業の火は、コントロールして使えば力になりますが、ただ解放すれば容易に災いの炎になります。
一刻も早く火と青の巫子を見つけ、混ざり物を除いて巫子に保管しなければなりません。」

「それが、最も安全だと?」

「しかり、古代アトラーナの王は争い耐えない世を憂い、精霊王を奉る神殿を献上して世を治めたと言い伝えに残っています。
その多くは火の神殿のことを詠っていると言われて……今の世では知られていないのですか?」

「献上だって?精霊に?
その話は今じゃちょっと違うな、王が神殿を建てて精霊を鎮めて治めたってなっている。
それに、その言い伝えよりも今は、アトラーナを壊しまくる赤い髪の魔女を、王が精霊王であるドラゴンを率いて戦って成敗したって話しの方が一般的だ。
災厄前の話はあまり伝わっていない。」

「魔女?魔女だと?」

顔色の変わった神官達に、ブルースが慌てて両手で制す。

「待ってくれ、落ち着け。
とにかく、リリサレーン殿はあまりいい話で残ってない。
ただ彼女は、赤い髪と言う事だけが強烈に残っていて、赤い髪の魔導師とか魔女とか言われている。
巫子という地位は今でも高く貴い方だけに、彼女が火の巫子だとは皆あまり口にしなかったのだろう、今ではあまり知られていない。
まして彼女が王族とは全くだ。」

「では……では、火の神殿のことはいかように?」

「神殿は現在、地の神殿と水の神殿しかない。
火は災厄で壊されてそのまま寂れ、風はセフィーリア様が再建されなかったと言われている。
特にセフィーリア様は魔導師を育てる事を主になされ……あと、リリス殿の養母になっておられる。」

「養母?セフィーリア様が?あの、感情に薄い方が。」

グレンがリリスを見て、少し考え目を閉じる。

魔女……魔女か……

昔を思い出し、リリサレーンの最後の言葉が少しずつ脳裏に浮かぶ。
業の火に振り回され、家族だった精霊王達と戦って身も心もボロボロになりながら、それでも正気を取り戻しすべてを知ったとき、彼女は死を決意してこう言った。


『すべての罪は、わらわが背負って逝く。
誰も悪く無いのだ、愛し子達よ。
新しきアトラーナへの道を、王と共に皆明るい方を向いて共に手を携え歩くがよい。
私が……私がすべての罪を背負って行く。』


誇り高い赤の巫子リリサレーン。

「……リリサレーン様は、すべての罪を負って父である王に首を差し出されました。
本当に罪があるのはあの方なのに。
父王様もそれを承知の上で、国を揺るがす事を憂いリリサレーン様を罪人に……」

本当の罪人を責めることは、国さえ揺るがすのか?
そう言いながら、彼らはなかなか話しの核心を突かない。ブルースがいらついて頭をかきむしり、どうした物かとアゴを掴みさすったとき、リリスの隣のガーラントがずいと乗り出した。

「それで、巫子を殺したのは誰だ。
すべての元凶は?」

「それに、そういう事情でしたらセレス様を恨まれるのは筋違い……うぷっ」

「おお!そうだ元凶だ、それを聞いてない。一体誰なんだ?」

ガーラントの率直な問いに、ブルースも話を変えようとするリリスの口をふさぎ身を乗り出す。
しかしその問いに、それまで流ちょうに話しをしていたグレンが、急に押し黙って視線を踊らせる。
ホムラは顔を背けグッと口を閉ざし、戸惑い顔の赤毛のゴウカが、何度も顔を上げては口を閉ざした。


>>赤い髪のリリス 戦いの風44に戻る
>>赤い髪のリリス 戦いの風46へ進む