桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 46

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136、

「城の師団と言ったな?それを動かせると言ったら……まさか、王家の人間なのか?
しかしリリサレーン殿は王の娘だったんだろう?何があったんだ?もう過去の話だ、話してくれ。」

「過去ならばこそ、知らずともよいであろう。」
グレンが苦い顔で返す。

「いいや!聞かねばならん!聞かねば話が進まぬ。」

「ふん、知りたいだけの輩に話すことはない。」
横からホムラがプイと言い捨てる。

「なにいっ!無礼な!」

「ブルース様!落ちついて!ホムラ様も!」

ブルースがカッと来て腰を上げかけ、リリスが慌てて止めた。
うぬぬとにらみ合う2人に、ガーラントがため息をつく。
ルビーが、少し考え口を開いた。

「セレス様が……ガラリア様が戦ったのは、その聖なる火だと思うのです。いえ、そうだと仰いました。
恐らく、隣国で害をなしていた魔導師はそれが関係していたのだと。
そして、ヴァシュラム様はそれをご存じの上で追ってきたガラリア様を制されたのだと思います。」

「ふむ……知らせでは、隣国の魔導師は御方様に追われる形で隣国を出たそうな。
御方様に話しをお聞かせ願えればよいのでしょうが、今は無理でございましょう。
さて、しかしその聖なる火が次にどこへ向かったかは、まだ知らせが来ていません。
その火が怨嗟の火だとしたら、この時代の血縁の者に仇を討とうとするかもしれませぬな。
ヴァシュラム様が追って行かれたならばいいのだが。」

息を吐き、長老も落ちついた口調で話し、鈴を鳴らす。
先ほどの少女が隣室から姿を現し、長老は温かい飲み物を持ってくるよう指示した。

「少し落ちつきなされませ。
騎士殿、私とて御方様を罪人扱いされて腹に据えかねておるがこうして控えている。」

ふうう……

皆が息をつく音が揃って流れ、しばし静粛が訪れた。
心の中で整理しているのか、皆神妙な表情でなにやら考える。
少女が茶を用意し、楚々と1人1人に勧め、一礼してまた隣室に下がっていった。

「精霊の国とは言え、……面倒臭い物だな。」

ブルースが、茶を一口飲んでぽつりと漏らす。
漏らして、なにやら前にリリスにも言ったような気がして苦笑した。

「しかし……今のアトラーナには火の精霊がいないといったな。封印されていると。
フレアゴート様も配下の精霊がいない今の自分には力が無いと言われてなかったか?
そうなると、その聖なる火って奴を押さえる事は出来ないんじゃないか?」

リリスが、こくんとうなずき少し考える。
なんにせよ、情報が増えただけで解決に向けてどうすればいいのか整理しなくてはと思う。

「まず、わかったことを整理します。
一つ、聖なる火にはセレス様の御子が飲み込まれている。そしてそれは、今でも変わらずいらっしゃると。
二つ、聖なる火は、青の巫子の中に保管しなければならない。
三つ、しかし保管するためには、火と御子を離す必要がある。
四つ、火は最近になって目覚め、アトラーナにまた害をなそうとしている。
もしかしたら、長老様の仰るようにマリナ様を殺めた者の縁者に仇成そうとしているかも知れません。
それと、私が思うことを一つ。
恐らく、聖なる火とフレア様のお力は陰と陽、光と影。
フレア様のお力が押さえられている今、聖なる火の力は同じく押さえられていると。
よって火の精霊を解放する前に聖なる火は青の巫子の中に納める必要がある。」

「青の巫子はいらっしゃるのですか?」

グレンがリリスに問う。
リリスは考えることなくうなずき、ブルース達が驚いた。

「誰だってんだ?おい、赤の巫子様。」

「メイスですよ。私は彼と会ったとき、妙に運命じみた物を感じました。
つまり、こう言う関係になる方だったのですね。」

「そうか、そう言えばレスラカーン様にそんなこと話してたっけな。
でもあいつは、まだ巫子としての修行さえしていないんじゃ。これから地の神殿で修行をって言ってただろう?」

「大丈夫、大丈夫と思います。
私も黄泉で修行しました、あの姉弟との戦いの最中に。
こちらとあちらでは時間の流れが違うようです。
私が寝ていた時間はどれほどでした?」

「そうだな、俺たちには長く感じたが、ほんの一時だろう。
くそ、あいつらを思い出すと寒気がする。」

「私は、半年はあったと思います。
それはそれは長い時間でしたが、目覚めたときに状況を思い出すことは容易でした。
向こうとこちらの世界を行き来するのは、精神的には奇妙な感じですが、それが私たち火の巫子の力でもあるようです。
フレア様が導いて下さることを祈りましょう。
事は急ぎます。」

「じゃ、これからどうする?」

「城に戻ります。指輪とフレア様の目を返していただいておりません。
とにかく、指輪だけでも見つけないと。」


「だっ、駄目です!いけません!城に行ってはいけません!殺されます!」

ゴウカが思わず叫んで飛び出す。
リリスが驚いて目を見開くと、彼はリリスの手を取りしっかり握りしめた。

「王子なのです!マリナ様を殺したのはお世継ぎのランドレール王子です!
行ってはいけません、王子の失脚を恨む者に殺されます!」

「世継ぎだと?!まさか、そんなはずが……」

「まさか……本当なのか?
まさか、そんなことあり得ない!
え?本当のことなのか?おい、貴様グレン殿と言ったな。
貴様にも分かっているだろう!これははっきりさせねばならん、はっきり言え!」

冷静だったガーラントがグレンに掴みかかる。
その手をふりほどき、グレンはスッと後ろに引いた。

「本当だ。
だからこそ、リリサレーン様が一身に罪を背負われたとき精霊王の方々は怒り狂ったのだ。
もちろん王も巫子に落ち度がないことを知っていた。しかも、あの方は王の娘だった。
兄が妹を、そして父が娘を切り捨てたのだ。
許されるはずもない。
しかも王は、復興に置いて臣民の理解が得られないとして、火の神殿の閉鎖と精霊の一時封印を要求してきた。」

「馬鹿な!それは冤罪ではないか!」

「だから!
だからその時、交換条件として王はランドレール王子の王位継承権剥奪と地下牢への終身幽閉。そして……
そして精霊王の方々に、ある約束を結んだのです。」

「約束?それは?」

「世継ぎは、精霊王の許しを得ると。」

ブルースが膝を叩いた。
「ラーナブラッドの誓いか!
だがあれは、ドラゴンの忠誠を計る物だと……違うのか?」

「ラーナ……?存じませんが、フレアゴート様は配下を失い巫子を失っては自分も死んだと同じと、力の源である額の目を王に渡されました。
世継ぎが13の歳に色を失い、その世継ぎの王子を精霊が認めたとき目の玉は再生すると。
……今もつつがなく続いて約束は守られているのですか?」

ガーラントとブルースが、苦い顔で顔を合わせる。
長い時間の間に約束の意味はいびつに変わり、何もかもが人間に都合のいいように変わっている気がする。
少し考え、ブルースが言葉を選んだ。

「少し……意味が違っている。
今は、王の下に精霊王がおられる。
その目玉は今ではラーナブラッドという王家の王位継承の印の宝石と言われているが、それは新しい王となる王子への精霊王達の忠誠の誓いの証。
精霊王は、王に仕えるのだ。
だが、王子が精霊王の元を巡るのは、それだけは変わらない。」

グレンが眉をひそめ、ホムラと顔を合わせる。
ホムラが、少し考えて胸に引っかかることを聞いてきた。

「先ほど……その……リリス殿が王の長子だが赤い髪がなんとかと言われておったな。
どう言う事か?」

ブルースが、一方の眉を上げてガーラントを見る。
どうも、この剃髪のホムラは激情型で苦手だ。
しかし、どう説明していいものか言葉を探していると、リリスがそっと顔を覗き込むようにしてホムラに微笑んだ。

137、

「だって、それは仕方ないと思うんです。
魔女と同じ髪の色なれば、それはあまりに印象的で災厄が思い出されて、とても不吉な物なのです。
誰もが皆、物わかりが良いわけではありません。
私もこの髪と目の色ではたいそう嫌われましたが、この色にとらわれず仲良くなることには時間が必要でした。
そして……これが火の巫子独特の物なれば、それは王家にしてみれば決して生まれては……存在してはならないのです。」

「生まれては……ならないとは……」

ホムラの顔がゆがみ、目を見開いてリリスを見つめる。
地に落ちるどころか、権威など元より無く抹消されてきた火の巫子。それを知ることに、彼らがどれほど傷つくだろうかと思う。
自分でも、自分の存在を否定しなければならない言葉だ。
でもリリスはまるで自分に言い聞かせるように、そしてそれは自分のことだからこそ、自ら彼らに言わなければならないことだと思った。

「火の巫子は、王家によく生まれると聞きました。この赤い髪はその証なのでしょう。
でも、魔女の血統が王家に生まれるなど、あり得ないことです。
それは許されません。
王家の、土台を揺るがすことです。
だから……だから、赤い髪の子供は王家から消されたのです。
私は、そう悟りました。

王家以外から生まれた子は生き延びた子もいたことでしょう。
でも、巫子として自分の存在に気がついた子は、密かに命を落とす結果になったと聞いております。
フレアゴート様は、それをずっと見てこられたのです。
あの御方の失望感は、それは底知れぬ物だと思います。
私は運良く生き延びておりますが、だからこそ……この命あるからこそ、あの方のためにも巫子となりたい。
火の神殿を再興したいのです。」

「あなたは……あなたは……一体……どう……」

「私は生まれてすぐに殺されるところを、王のお慈悲で捨て子として風のセフィーリア様の下働きとして育てられました。
セフィーリア様は使用人でしか無い私に、大きくなったあと自立に困らぬようにと魔導を教えて下さいました。
本当に、良い方々と巡り会うことが出来て、これ以上の幸運は……」

「あなたは!あなたはそれでよろしいのか?!」

ホムラがあまりにも物わかりが良すぎるリリスの言葉を遮り、声を震わせ問いかける。

いいのか悪いのかなんてわからない。
ただ、これだけは感じる。

ああ、あるべき物の無いこの国は、それだけですでに歪んでいる。
このアトラーナは、人間だけの国では無い。
それを一番知っているのは王族であるはずなのに、どうしてそれから目をそらすのだろう。

リリスは視線を落として目を閉じ、無言で天を仰ぐ。
そして目を見開くと、バッと立ち上がった。

「良いわけがありません。
私は……生きてここにある!
私の存在を……私の命を狙う者達に、そして火の精霊を排除したにもかかわらず、火に頼る者達に見せつけましょう!
火の巫子はまだこの世にあり、そしてここに生きている!
そして精霊王フレアゴートがいるからこそ、世から火が消えることもないのです。
このままで良いわけがありません。
一緒に我らの居場所を取り戻しましょう!」

「おお……」

ホムラの顔が見る間に泣き崩れ、どうしようもなく手を握りしめる。
そして彼はまた顔の前に布を垂らし、声を殺して泣いた。


その後、気持ちが落ちついた頃、ブルースとガーラント、そしてリリスはアトラーナの現在と城の状況、そしてリリスの周辺のことを彼らに説明し、指輪の在処に思い当たることは無いか尋ねた。
だが、赤の火の指輪は王がリリサレーンの遺骸と共に城に引き取ってしまい、その後の行方は知らないという。
だが、指輪の重要性は知っているはずであり、共に埋葬するはずはないと話した。
それには、リリスもうなずく。
指輪は確かに城内のどこかから感じる。
感じるというのは、大まかなことで方向まで分からない。
火の精霊が封じられ、巫子から長く離れた状況にあるだけに、指輪の力もかなり削がれてしまったのだろう。

「でも、あなたが本当の赤の巫子ならば、指輪はあなたにこたえるはず。
それに、火の指輪は普通の人間には危険な物です。
邪な心を持つ者が指に通すとどうなるか。
まだリリサレーン様が幼かった時、指輪を盗もうとした男が焼けて死にました。
恐らく自らの指に付けようとしたのでは無いかと言われています。
“神の道具は神の下に管理すべし”と言うのが神殿の掟。
指輪は必ず精霊王の下に管理せねばなりません。」

そう言えば、ヴァルケンもそんなことを言われていたっけとリリスがうなずく。
つまり、火の巫子として本当の試練は指輪をつけるときなのだ。
人間が巫子を認めることが試練では無い。
精霊王は便宜上人の姿を取ってはいるが、元より形の無い神。
人間は何かを間違っている。


話が終わってリリスたち3人が聖域を出て村に用意された部屋へ戻って行く。
地下の村では時間の流れが見えないが、村人が皆食事を囲んでいるのを見るともう夕食の時間なのだろう。
それほど時間が過ぎてしまったのかと疲れを感じ、大きくため息をついた。
ブルースが、リリスの頭を後ろからゴツンと叩く。

「随分勇ましかったな、巫子様。」

茶化してククッと笑う。
リリスが痛そうに頭をさすり、プイッと口を尖らせた。

「だって、ああ言うしか無いじゃありませんか。うやむやな答えは彼らを混乱させてしまいます。
目的をはっきりさせるのは大切なことです。
それに………」

急にリリスがうつむいて、ションボリ声を落とす。

「……自分が…いい子過ぎるって、わかってるんです。
でも、なぜかあの、自分の産みの親だという母を見ても、憎いとか悔しいとか、そんな物何も浮かばなかった。
ただ、あの場に母上が……セフィーリア様がいなくて良かったと……
私は自分がどんな顔をしていたのか分からなくて。
もし嬉しそうな顔だったらどうしようとか考えると合わせる顔が無くて、とにかく何も考えるまいと……
結局、僕は逃げちゃってるんでしょうか。
とにかく今は、自分のやらねばならないことを考えなきゃって………

……そう………

……つまり……

もう、今はそれどころじゃ無いって事で、そんな物あとでゆっくり悩むことにします。」

パッと顔を上げ、まるで自分に言い聞かせるように大きくうなずく。

「まあ、すぐに答えが出るような物でも無いし……
色々悩み多きガキだな、お前さんは!」

ブルースが両手で彼の頭をグシャグシャに撫で、リリスが悲鳴を上げて髪を手ぐしで直す。

「キャアッ!もう!ひどい、僕の髪って、すっごくもつれやすいのにー!」

半泣きで髪のもつれを引っ張るリリスに、ガーラントも彼には珍しくニッと笑う。
そしてブルースのように片手でリリスの赤い髪をグシャグシャに撫でた。

「ぎゃあっ!ガーラント様まで!」

「大丈夫、大丈夫だ。きっとすべて上手く行く、大丈夫だ!
さあ、飯を食おう!火の巫子殿!」

リリスが襲われた後、暗い中部屋に飛び込んできた王妃の姿は子供を心配する親の姿だった。
この方は王座など頭にも無いだろう。だが、神殿ならばなんとかなると思う。
彼女はきっとこの子の力になってくれるはずだ。

「あっ!エリン様、お帰りになっていたのですね。」

突然リリスが声を上げる。
見ると、その前に長髪のミスリルが頭を下げていた。
その人物は、表情を木の仮面が隠して心が知れずドキリとする。
仮面は古く、子供の時から付けていたのだろう。
彫刻も無くあっさりとした物で、目の部分に穴が空いてのっぺりとして不気味な物だった。

ブルースとガーラントが、薄気味悪さに思わず顔をこわばらせて迎える。
彼はエリン、城でリリスを襲ったミスリルの兄弟を退け、毒にやられたリリスをここに連れてきてくれたミスリルだ。
彼はブルースの頼みを聞いて、今の状況を書いた手紙をレナントのガルシアまで届けて帰ってきたところだった。

「返事のお手紙を頂いて参りました。
レナントは魔物の襲撃も止み、落ちついた状態ですので心配せぬようにと……」

「そ、そうか。で、どのような状況か?
ん?……リリス殿?」

リリスがニッコリ笑ってブルースの前に出て手を伸ばし、彼の仮面を両手でずらす。

「ここはあなたの家、仮面ははずしてお楽になさって下さい。
私は仮面よりもあなたの無事なお顔が見とうございます。」

「え?しかし……」

エリンが戸惑いながら仮面を押さえ、チラリと戸惑っている騎士2人を見る。
ふと手を止めたが、思い切って後ろの紐を解いた。
仮面の下から獣のような鋭い目が覗き、ゆっくりと仮面がはずされる。
顔面に金色の毛がうっすらと生え、口はネコのように上唇が割れている。
初めて見たその顔に、微妙に眉を動かすブルースとガルシアから目をそらし、やはりと困ったようにうつむく彼にリリスが笑って言った。

「なんてりりしいお顔でしょう!
私のお母様のセフィーリア様は、私に赤い髪と色違いの目を隠す必要はないと常々仰っておりました。
私もあなたのお顔を見るとそう思います。
一緒に勇気を出して嫌われましょう、きっと皆さんお慣れになります。」

「しかし……」

「ね?エリン様。
ガルシア様は『そんな仮面など鬱陶しい、取ってしまえ!』って仰いませんでした?」

エリンが目を丸くする。
「どうしておわかりになるのですか?」

「だって、あの方ならそう仰いましょう。それで、どう言われました?」

「……………あの…………いい、顔……だと。」

「やっぱり!そう仰ると思いました!だって、あの方はそういう御方ですもの!」

声を上げて、リリスが笑いだす。
ブルースも、ガーラントも驚いてリリスを見ている。
知らず自分たちも作っていた、生まれついた容姿の違いという垣根を、リリスは笑い飛ばしてしまった。
明るく朗らかな笑い声が、地下の村に響いて村人が部屋から顔を出す。
エリンが頭をかいて、仮面を片手にそれを見つめる。
リリスが笑うのを止めて彼のもう片方の手を握り、戸惑う顔を真っ直ぐ見上げた。

「人というのは、声だけで会話するのではありません。
表情を見て、その心の内を探る姑息な生き物、ですがそうして心を開き会うことで本当の仲間が出来るのです。
私は頭から布をかぶせられて、心からそう思いました。
私はエリン様と友達になりたい、だから、どうかお顔を見せて下さいませ。
助けていただいて、本当に助かりました。ありがとうございます。」

エリンが驚いてリリスの顔を見る。
ミスリルが主とされる人間の命令に従うのは当たり前のことであり、それに礼を言われるなど思ってもいなかったからだ。
まして自分の顔を初めて見た反応は、ブルースたちのように顔を背けるのはいい方で、それ以上の、命さえ危険を感じる激烈な反応を示されるのが常だった。
レスラカーンは目が見えないからこそ、自分にも良くしてくれたと思う。

人間は慣れるのだろうか、いや、この方は特別だ。
あの大らかなガルシアでさえ。

エリンが息を吐いてフフッと笑い、それでもいいと思う。
この赤い髪の少年は、信用できる。
自分を利用しようと言うのでは無く、友人として力を貸して欲しいと、この美しい色違いの瞳が、暖かく握りしめる少し荒れた手が伝えてくる。
この人の言葉は、痛みを知っているからこそ、重みがある。
まだこうして話しをするのは2度目だというのに、なんて人間だろう。

エリンが深々とリリスに頭を下げ、胸に手を当てた。

「ありがとうございます巫子様。
ですが我らミスリルは隠密行動を主に行っておりますので目立ってはいけないのです。
でも……そのお言葉、救われます。

……さ、食事の準備が出来ております。どうぞ。」

「わあ、本当にお腹が空きました。
いい香り、こちらの食事はとても美味しくて、困ったことに楽しみで楽しみで、仕方なくなっております。うふふ
さあ、一緒にお食事しましょう。」

エリンが顔を上げ、ブルース達の顔を見る。
ブルースはガーラントと顔を合わせ、ニッと笑って肩をヒョイと上げ部屋を指さした。

「まずは飯だ。一緒に食事をしながら話を聞かせてくれ、ご友人。
それと、俺たちもその仮面よりそっちの方がいい……かも知れない。」

エリンはホッと肩をおろしたように見えて、仮面を腰のベルトに挟む。
仮面をはずして共に食事をすることは考えていなかったが、彼の妹が嬉しそうに笑って横から彼の食器を差し出した。

「お兄ちゃん、良かったね。」
「ありがとう、リナ。」

エリンが妹の頭を撫で、食器を受け取り部屋に入って行く。
騎士2人はそれに続いて部屋に向かいながら、ポンとリリスの肩を叩いた。

138、

「リューズ様、リューズ様」

少年の声が耳元にささやき、肩を軽く揺り動かされた。
目を開けると森の中。
遠くには人の声も聞こえる。

自分は……一体どうしたのか……

頭がぼんやりして記憶が無い。
自分の手を見ると、見たことも無い白い手。
サラリと顔にかかる髪は、木漏れ日を受けて輝く金髪だ。

「リューズ様、お水をどうぞ。」

横にはべる黒い髪、黒い瞳の10歳前後の少年が、大きな葉っぱに汲んできた水を差し出す。
リューズはその葉を受け取り、水を覗き込んだ。

「この姿……」

水鏡に映し出された自分の顔。
整った白い顔に金の髪と緑の瞳。
年の頃は17,8
遠くから、もやの向こうから声が聞こえる。

『……シエー……ル……』

優しい声が、サラサラした金の髪が、自分と同じ緑の瞳が、近づいて、頭を撫でようと、手を差し出し…………


『お前を消し去る!』


突然、うりふたつのセレスの顔が浮かんでビクッと身体が震えた。
水がバシャンと波打ち、少年がその手に手を添えた。

「リューズ様、水がこぼれてしまいます。」

「お…前は?」

「あなたの下僕の生き残りでございます。
他は杖を失い皆消え去りました。
私はほら、あなたが水晶を核に作り出した物。」

そう言って黒髪の少年が服を緩めて胸を見せると、確かに自分が使っていた水晶がその胸にある。
だが、作ったかどうか記憶が定かでは無い。

「名は……なんと付けた?」
「まだ、でございます。」

「そうか……では、……ガーラと。」

黒髪の少年が、眉をひそめた。
主の顔に向けて手を伸ばし、大きくため息をつく。

「不粋者が」

「え?」

言い捨てた瞬間、その手から閃光がはじけてリューズが倒れる。
それを冷え冷えとした視線で見下ろし、少年は気を失ったリューズの髪を掴んで顔を引き上げた。

「ガーラだと?
まだろくに自分を取り戻せぬお前が、その言葉を口にするのは早い。許さぬ。」

ささやきかけて髪から手を離し、少年が顔を上げ腕を組んで日の傾きから時を測る。

「そろそろ頃合いだが、ルークどもが張った結界が厄介よの。
ニードは達者な術師よ、気をつけねばわしが忍び込んだことなど容易に知られよう。
さて、気がつかれず入るには、これの意識が無い内に行くが良いものか。」

チラリとリューズに視線を移す。
そしてそのかたわらに腰を下ろし、そのまま覆い被さり愛おしむように身体を抱きしめた。

「お前がいてくれて良かった。
お前が消えたあとのガラリアの悲しむさまには、お前の存在を疎ましくも思ったが、それが思わぬ結果を得た。
なんと孝行者よ、リュシエール。
あれはお前を殺すまで生きると言うた。
儚い人間の命に嘆いていた、わしのこの喜びがわかるか?
お前さえこうしていれば、ガラリアは死ぬこともなく永劫を共にしてくれよう。
なんと良い子よ、だがもう一働きじゃ。それが済んだらまた眠るがいい。」

クスクス笑って少年はリューズの身体を抱きしめる。
そして2人はそのまま、地面に吸い込まれるように消えていった。





夜の酒場の喧噪の中、笑い声の間からヒソヒソと話し声が聞こえる。
ここ、城下町の酒場には、城に務める者が仕事帰りに立ち寄る事が多い。
またこう言う場所にも息抜きに、身分の高い者や顔を知られたくない者がフードで顔を隠してくることも珍しくは無い。
隣り合って言葉を交わすことはあっても、互いに詮索しないことは暗黙のルールだ。

黒いローブに身を包み、顔も見えないその男は会話もせずひっそりと酒を口にしながら、ヒソヒソ声に耳を傾ける。

「……随分大慌てで……で、…箝口令だぜ。」
「あの声、夜だったし……て、城下の奴らみんな聞いて……」
「あれってつまり、……王子の兄弟ってどっちが上なんだ?」
「……箝口令だぜ?まさか本当の世継ぎは………」
「そうとしか考えられないさ、みんなそう思って……」
「あの王子じゃな……赤い髪の子見たか?」

酒場の噂はすでにフレアゴートが最後に言い放った言葉で持ちきりだ。


『王妃ヨ!トウノ昔ニ捨テタあの子を今更何とする!
抗うすべもない乳飲み子を、お前たちは平気でうち捨て命さえ奪おうとした!』


これを聞いた噂を好む人々が、何を指しているのかを詮索するのは容易なことだ。

なんと言うことを言ってくれたと、激怒するサラカーンがどれだけ箝口令を敷いても、火の神の叫びは胸に響いて聞き漏らそうはずも無い。
男はもう十分だと思ったのか、まだ酒の残るグラスを置いてテーブルに酒代を置き、滑るように歩いて酒場を出た。
左右を見渡し、人気の無い路地へと入る。
次の瞬間、男の姿はかき消えてポッと小さな赤い火が浮かび、風に吹かれて消えてしまった。


テーブルの上の大きく燃え上がっていたろうそくの火が、小さくしぼんで風に揺れる。
それに手をかざして精神を集中していた城の魔導師ルークは、我に返って息をついた。
魔導師の塔崩壊後、ゲールから長を引き継いだ彼は短期間で目を付けていた魔導師達を呼び寄せ、城の一角にとりあえず仮の魔導師の塔の部屋を設置しようやく落ちついたところだった。
先日訪れたリリスの事は、シャラナに任せて個人的には会っていない。
なぜかあの時、彼はこの部屋から一歩も出ずに報告を聞いてはどこかと連絡を取り合っていたようだった。

「やはり、あの声は城下まで響いたか。
フレア様にも困った物よ、サラカーン様が怒り狂って何をされるか先読みにも苦労する。」

クスッと苦笑して人の気配に振り向く。

「どうぞ」

ノックの音も聞こえる前に、ルークがドアに向けて言った。
そのドアを開けもせず、杖を持った若い男がドアを通り抜けて入ってくる。

「長殿、街に行くなら声をかけてくれればいいのに。僕だってたまには酒場に行ってみたい。」

「ニード、ドアは開けて入れ。」

「連れて行ってくれたら、ちゃんと開けて入ったさ。ちぇっ」

不機嫌そうに舌打ちながら、向かいの椅子にドスンと腰かける。
そして呪を唱え、床を杖でコンと叩いた。
それで部屋の中が閉じられた空間となったわけだが、ニードの術はそれを感じさせない。
それを見ていないと、気がつかない事さえある。
ごく自然に空間を閉じ、息をするように強力な結界を作る。
地の魔導師ニードは、まだ18才だが若くして結界を作る天才と言えた。
だが、それほどの天才がこれまで魔導師の塔に呼ばれることはなかった。
それは、彼の若さとこの不作法さが、塔の魔導師にふさわしくないとゲールに不興を買っていたためだ。
だが、ルークは能力を優先した。
水の魔導師シャラナも同じだ。
シャラナは生まれが問題だった。
ルークにとっては、そんな物にこだわるのも馬鹿馬鹿しいほどくだらないことだ。
ルークはゲールの弟子だが、師のそういうところは心底嫌いだった。

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