桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 5

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13、

空が赤く燃え、家々が焼かれ城が崩れ落ちる。
緑の草原は沢山の人々が血にまみれて倒れ、隣国の兵が雄叫びを上げる。
魔道師長ゲールは、胸が苦しくなるほどの恐怖に打ち震えながら、その日朝を迎えた。

「だ、誰か!メイス、水を!」

近くの者が部屋に飛び込み、騒ぎを聞いてメイスが水を持ち部屋へ駆け上がる。
ゲールは震える手で頭を抱え、ルークがかたわらに膝を付いていた。

「長様、水をお持ちしました。」
「おお、メイスかありがとう。」

ゲールが水を飲み、一息つく。
「やはり、やはりあの赤い髪が不吉を呼び寄せるのだ。恐ろしい。」
「そのような……少年1人が不幸を呼び寄せるなどと……」

ルークがリリスを庇って言葉を探す。
しかし自らも似たような夢を見た後で、ルークにはうまく話すことができない。

「やはりあの少年は、城に置くべきではなかった。」
魔導師達がうろたえて話す中、メイスが部屋を出て行く。

「うろたえよ、おろかなる魔道師長よ。かき乱せ、そして判断を違えよ。」

クスクスと笑いながら、小さくつぶやく。
慌てて駆け上ってくる他の魔導師たちに頭を下げ、メイスは階段を駆け下りた。




魔導の塔からの使者に、王は急ぎ朝食も早々に貴族や宰相達も合わせ会議を執り行った。
ゲールの見た夢は隣国より国境の城が攻められる夢。
それはアトラーナでもこの王都ルランの隣、レナントにある国境の町シラーが破壊され略取される恐ろしい物だった。

「それがいつか、日が特定できぬのか?」

王の弟であり宰相のサラカーンが、ゲールに尋ねる。
「それは今宵星占で。予見の夢は大きい事柄ほど大まかな物。ルークはどうじゃ。」
ゲールの隣に控えるルークが、一つ頭を下げ王に進言した。

「使者が参ります。」

「使者とは?お前は攻め入られる夢を見なかったのか?」
「いいえ、私が見たのはレナントへ使者が訪れた夢。しかしその使者の背後に、戦火のイメージを見ました。」
「これは……」
「さて、いかがしたものか。」

レナントに隣国から使者が来る。

その応対次第で戦火になると言うことか。
「レナントからは、隣国トランの兵が国境を越えて潜んでいると言う話しも来ています。
今までこのようなこともなく、王子に婚礼の話も持ち上がっていたというのに、一体どうしたことか。」

隣国の王女をキアンが迎え入れる話しは、キアンが旅を終えたあとすぐに持ち上がり、2人は何度か会って話も進んでいた。
ところが、数ヶ月前に不穏な空気が見え隠れしだしたのだ。
一体何が原因なのか、隣国がアトラーナに攻め入る理由もわからない。

「領土を広げようと言うのですか?今更なぜ。」
キアンが、不安そうに声が小さくなる。

「先々代の頃は、領地争いがもっと激しかったのです。王子、しっかりして頂かねば困りますぞ。」
どうにも気弱な様子のキアンに、叔父のサラカーンが檄を飛ばす。

「わ、わかっている、叔父上。」

疲れた顔で王が顔を歪め、ため息をついて口を開いた。
「隣国の使者は、レナントを任せているガルシア卿に一任しよう。
卿はこれまでも数々の危機を脱し、国境を任せるに値する賢者。
しかしもしもを案じて、こちらからも一軍と使者を送るとしよう。」
王はアゴを撫でながら、キアンに手を伸ばした。

「援軍の人選は、お前に任せよう。」

「私に?!で、でも、万一戦いにでもなったら……まだ私の元にいますのは、若輩者ばかりで……」

キアンが恐ろしさに身震いした。

「先日の魔導師がおるではないか。
レナントには、先日魔道師が1人病で身罷ったと聞く。ガルシア卿も今は1人でも多くの魔導師が欲しかろう。」
「リリスを?でも、あれは私のところに……」

貴族の1人が、横で思わず立ち上がった。
「私も反対です、これはアトラーナの命運をかけた事。あのような不吉な者を向かわせるなどレナントがなんと考えるか。」

貴族の言葉に、王がゆっくりとゲールに視線を送る。
ゲールは目を閉じ、一時を考えたあとうなずいた。
「風の魔導師は先の旅にも出ました星に選ばれし魔導師。その力は幼少の頃より、一際秀でております。
我ら塔の者は異存はありません。」

「でも!きっとザレルは許さないよ!」

決まりそうな気配に、キアンが慌てて立ち上がる。
しかしその後も王は引くことなく結局他の貴族達の声も入れ、リリスを加えた一軍を従える若い騎士を代表に、レナントへの使者とすることに決まった。




「何故!父上はそれ程リリスを手元に置きたくないのですか?!」

会議を終わり自室へ戻る父王を追い、回廊でキアンが詰め寄る。
王は眉をひそめ、しつこく迫るキアンの顔を左手で叩いた。

「キアナルーサ、あれは自ら働きを見せねばならぬ。そうしなければ、我らのそばにいること敵わぬ。これは試練ぞ。」

キアンが立ち去る父の背中を見送り、ガックリと肩を落とす。

ベスレムの使者が騒ぎを起こしてのち、前と変わらず自分に忠誠を誓ってくれるリリスが近くにいてくれると聞いてホッとしたのに、一日もたたずこの決定。
またリリスは自分の手元から離れていってしまう。
ベスレムでの夜襲を不問に伏したことが、のちに父王にはとても誉められたのに、あれはリリスの判断だったとはとても言えなかった。

采配を付けるのは難しい、判断するのも自信がない。
自分は……リリスに頼りすぎるのだろうか。

たとえラグンベルク公が公然とリリスこそ後継者だと話しても、父王がそれを認めない限りは安泰だと思っている。
でも、父はどこかリリスを前にして、気持ちが揺らいでるのではないか。
最近身体の具合が悪い父は、リリスの器量をこれで計ろうとしているのではないか?

「ああ、僕は……しっかりしなくては……」

不安で不安で、心に大きな暗い雲が迫ってくる。
国の行く末が危ぶまれる今、肝心のドラゴンたちも自分に付いてくれるのかわからない。

「王子、お迎えに上がりました。」

気が付けばリリスが、心配そうな顔でかたわらに膝を付いている。
さわやかな風が吹き、ウェーブのある赤い髪が柔らかに舞った。

もし、この髪が僕と同じ金色であったなら……

「リリス、お前に使命が下った。」
「はい、なんなりと。」

リリスは、もし王が我が子だと認めたらどうするのだろう。

「リリス……お前は、僕のために死ねるか?」

不意の問いに、リリスが少し驚いた顔をした。
しかし何かを察したように、いつもの穏やかな微笑みを浮かべ頭を下げる。

「王子がそう命じられるなら、私はこの命も捧げましょう。私の忠誠は何を持ってしても揺らぐことはありません、どうぞご安心下さい。リリスはその覚悟を持って城へ参りました。」
キアンがその言葉に目を閉じ、額に手を当てる。

言うのは易い。
だが、
だが、お前が王の地位を僕から奪うなら……


目を開け、庭に目をやると叔父サラカーンの17才の息子、盲目のレスラカーンがそば付きの召使い、同い年のライアという青年に手を引かれキアンに頭を下げている。
目が見えない彼は、なにをできることもなく、ただ費やすように日々を送っていた。
彼にできるのは、近隣国の王女を嫁に迎えアトラーナとの橋渡しになることくらいだと、心の奥底で見下していた自分がいる。

世継ぎ以外はたとえ王の嫡男でもそうだ。
世継ぎである、そのことが重要なのだ。

そう、お前が王の地位を僕から奪うなら……


お前を……殺すしか……
いいや、お前を……殺してしまおう

14、

ピイイイイルルル!!

バサッバサッ!

突然、小さな瑠璃色の鳥が飛んできてキアンの頭をつついた。
「ワアッ!何だ、この鳥は!」

「王子!風よ!リム・ラ・ファーン!鳥を鎮めよ!」

ビョウと風が巻いて、鳥をグルグルと回した。

「キャア!」

悲鳴を上げて目を回し、落ちる鳥をリリスが受け止める。
キアンが目を丸くして、それを覗き込んだ。
「キャアって言ったぞ、この鳥!」
「そのようで……」

「王子!いかがされました!」

騒ぎを聞いて兵が次々声を上げ、王子の元へと駆けつける。
「いや、なんでもない。下がって良い。」
「その鳥が何か?こちらで処分いたしましょう。」

ピー!ピー!ピー!

リリスの手の中で、驚いてバタバタ暴れる。
やがて隠れるように、羽ばたいてその肩に留まった。
「兵は持ち場に戻れ、大丈夫だ。さあリリス部屋へ戻ろうか。」
そそくさと部屋に戻ると、ゼブラがお茶の用意をして待っている。
「おや?綺麗な鳥ですね。いかがなさいました?」
「うん、これは…………そうだな、ゼブラはここにいて良い。」
人払いしてすべてのドアと窓を閉め、テーブルに鳥を降ろした。

「ヨーコ様ですね。」

リリスがため息をついて、椅子にかけるキアンに視線を送る。
「まさか!」

「さすが、私だってよくわかったわね。
ねえ、水くれない?まだ鳥に慣れなくってノド乾いちゃったわ。」

「鳥がしゃべった?!王子これはいかがなさいました?」
「あ、ああ、とにかくゼブラ、水を皿に。」
ゼブラが持ってきた皿の水を飲む鳥だが、これがなかなか飲みにくい。
ゴクゴク飲めないのは何とも歯がゆい。四苦八苦して飲んでいると、横からキアンが覗き込んだ。
「鳥とは考えたな。久しぶりだヨーコ、元気だったか?」
「ふう、そーね普通に元気よ。キアンもちょっとはいい男になったじゃない?腹もへこんだし。クッククッ」
誉められ、赤い顔でキアンが腹をさする。
「これは毎日剣と体術の練習やらされて減ったんだ。
基礎からやるのは大変だったぞ。
おかげでちょっとムキムキだ。惚れたか?」
「バーカ!あたしはリリス一筋なの!」
「なんだ河原はどうした?別れたのか?
リリスは相変わらずチビでナヨッとして、少しも男らしくないがどこがいいのだ?」

「あ!」

ふと思い出し、ピンと顔を上げキアンの鼻先を突いた。

「いたっ!何をする無礼者!」

「あんたさっき、リリスにすっごく悪いこと考えてたでしょ!鬼みたいな顔してさ!」

ドキッ!

キアンが慌ててゴシゴシ顔をこすり、向かいに立つリリスをそうっと上目遣いで見上げる。
リリスはニッコリ、見通しているような顔だ。
「ま、いろいろあるのだ。お前こそ何しに来た。」
「あら、ご挨拶ね。」
「リリスは明日から国境のレナントへ一軍の魔導師として行くことになっている。何があるかわからん使命だ。」

ビクッとリリスの手が震えた。

やはり、早々に話しが来たのか。あのゲールの言葉が耳に響き、魔導師達の冷たい言葉が思い出された。

「私が……そんな大それたお仕事を。」

「恐かったらやめてもいいんだぞ、僕が話を付けてやる。」
そんなこと、到底無理なのだがハンストしても。

「いえ、私でよろしいのでしたら喜んで。
アトラーナのために、働いて参ります。」

あっさりした返事に、思わずキアンがリリスの手を取った。
「お前はわかってないからそんな簡単に引き受けるんだ。隣国から使者が来るのだ、悪くすればそのまま戦争だぞ。死んじゃうかも知れないんだ。」
「私はまだ死ねません、戦争など起こさせないためなら私は何でもやります。」
「お前1人の力でなにができる。危なくなったら飛んで逃げろ。僕が許す。」

知らず、キアンの声が震える。
見つめるその目が、うるんでふせた。
それ程、危険なことなのだろう。

「はい。」

リリスは静かに胸の中で覚悟を固めながら、その涙にあらためて忠誠を誓った。
「王子のために働いて参ります。どうか良い結果をお待ち下さい。」

「ピー!私も行く!リリスに付いていくわ!」

ヨーコ鳥が、鼻息荒く羽ばたいてリリスの肩に留まった。
「いいえ、ヨーコ様はどうか王子のおそばに。
あなたは今の王子にこそ必要な方です。私にはこの先、母上がいらっしゃいます。私は1人ではありません。」

「でも……」

バターーン!

いきなりドアが開き、ビョウと風が部屋を吹き荒れた。

「わしが共に行く。」

フェリアがドアに、仁王立ちで立っている。
両脇には兵が、風に身体をしばられひっくり返っていた。

「無礼な、私はお前を呼んでいないぞ。」
キアンが驚いて振り返り、怒って叫んだ。

リリスが慌ててフェリアに駆け寄る。
「どうかお許しを!師の……セフィーリア様のお子様で、生まれたばかりですのでまだ何もわかっておいでではないのです。
さ、フェリア様お部屋に戻りましょう。」

「イヤじゃ!わしはリリスがうんと言うまで引き下がらん!」
ジタバタと駄々をこねる様子にリリスが困り果てていると、ヌッと大きな手がフェリアの襟首を掴み部屋から引きずり出した。

「礼儀をしらんうちは、城に上げるべきではなかったようだな。お転婆め。」

「お父ちゃま!離せ!」
ジタバタと暴れる娘をポイと部下に放り、ザレルが王子に一礼した。

「娘が失礼を。」

「いや、良い。ザレルも心配事が増えるな。」
「……フフ、まったくでございますな。」
キアンの思ってもいなかった心遣いに、ニヤリと笑う。そして許しを得て、リリスを部屋の外へと呼んだ。


「リリス、話しは聞いたか?」
「あ……はい。レナントへの出発は?」
「明日の朝だ。お前のことは私の部下にも頼んでおいた。ガーラントという戦士だが、見た目で人を差別するような者ではない、心配はいらん。塔にも一応挨拶を済ませよ。」
「はい、承知いたしました。」
「同行できんのが心残りではあるが、お前にはこれを。私が持っている剣では一番軽くお前にも扱いやすかろう。」
そう言って、一振りの剣をリリスに手渡した。

「必要になったら、迷わず使うのだ。必ず帰ってこい。」

「はい。……ザレル様は相変わらず心配性ですね。」
「当たり前だ、親が子の心配をせずして何とする。何かあっても必ず生き延びよ。」
クスッと笑うリリスの頭をポンと撫で、ザレルが無言であとにする。
その大きな背中を見送りながら、リリスは小さくささやいた。


「いつかきっと……ザレル様をお父上と呼ぶことの許される日が来ますように……」


自分に野心があるというなら、今は魔導師として城に認められ、ザレルの養子になること。それだけしか浮かばない。
身分を越えて本当の家族を手に入れたい。
自分の家族は、セフィーリアとザレル、そしてフェリアなのだ。

召使いではなく、あなた達の子供になりたい。
その為にも働いて参ります。

リリスは剣を抱きしめ、目を閉じて誓った。

15、

翌日早朝、旅立ちの為中庭に集まる一軍の中、リリスも王子に挨拶を済ませ今だ駄々をこねるフェリアに言い聞かせていた。

「いやじゃ!わしも行くと言ってるのに!」
「すぐに帰って参りますよ、お利口にお待ち下さい。」

ウルウルと目を潤ませるフェリアが、とうとうしくしく泣き始める。
旅立ちに涙などとんでもない。
慌てて下女がフェリアを奥へ連れて行き、リリスはホッと息をついた。

「心配なのよ、回りはゴツイ男ばっか。」

肩に留まるヨーコ鳥が、ため息混じりに見回す。
この世界の馬は巨大なネコなので、鳥の姿の今は生きた心地がしない。
しかしその馬も稀少品なので、身分のある者しか持っていないのが常だ。
一軍は少数精鋭らしく、ほとんどが馬を持つ、身分も程々の騎士や戦士のようだ。
急ぎの旅だけに、馬のない者はすべて馬車に乗っていく。
総勢40名ほど。
アトラーナの、隣国トラン側を守るレナントの城へは、ここ王都ルランからは馬でも丸一日かかるので、到着は早くて明日の朝となるだろう。
リリスは一頭引きの野営のテントや食料、水を積み込んだ馬車に乗ることになっていた。

「リリスも馬を持っていたわよね。あれどうしたの?」

リリスは先の旅で、王から褒美に馬を一頭貰っている。
しかしフェリアのイタズラでケガをさせた為、結局一度も乗ることなく管理不十分を責められ、返さねばならなくなった。
とがめがなかっただけマシではあるが、先の旅は背に傷跡を残しただけで、リリスに何も残さなかったことになる。

「あれは、私には過ぎた物でしたから、お返しいたしました。元より使うこともありませんし。」
「相変わらず欲のない。」
「ヨーコ様も王子の元へお帰り下さい。お見送りはもう十分でございます。」
「やあねえ、リリスって相変わらずドライな奴。あたしは鳥よ、好きに飛んでいくわ。」

「リリス!」

「あ!メイス。」

塔の方から、メイスが息を切らして駆けてくる。
リリスも嬉しそうに彼に駆け寄ると、メイスは一本の青い紐を差し出した。

「何もないけどこれ、君の無事を祈って……髪を一つにくくればいいよ。」
「本当に?!あ、ありがとう。」

人からプレゼントなんて、初めてで嬉しい!
こんな時でなければ、もっと喜んだのにと、少し残念だ。

「貰っても、いいのかな?」
「当たり前だよ、友達じゃないか。」

微笑むメイスに、リリスがもじもじとそれを受け取ろうと手を伸ばす。
しかしメイスはサッと、思い立ったように手を引いた。

「僕が結んであげる。さあ後ろを向いて。」
「え?でも……悪いから……」

メイスがリリスの肩をポンと叩いて後ろに回る。
燃えるような赤い髪に手を伸ばし、ちゅうちょして苦々しい顔で唇をかむ。
そして意を決し、柔らかくウエーブするその髪を乱暴に掴んだ。

「ピピッ!」

驚いて肩にいたヨーコ鳥が飛び立ち、まわりを回ってその様子を見下ろす。

「何?あいつ……」

リリスには見えないだけに、何か複雑だ。

「君の髪はなんて柔らかくて綺麗なんだろう。ヒモがはずれないように、しっかりしばらなきゃね。」
「綺麗なんて……人から言われたの初めてだよ。」
「……ほら、これでいい。赤い髪に青い紐がよく似合うよ。
どうか、無事にお仕事が済みますように。」

その言葉に、リリスの胸がじんと詰まった。

「ありがとう、ありがとうメイス。友達になれて良かった。」

「じゃ、僕これからまた仕事だから。」

リリスがメイスとギュッと手を握り合う。
メイスは名残惜しそうに手を振り、また塔へと走っていった。
パタパタと、鳥がまた肩へと留まる。

「あれ、なに?」
「メイスはね、アトラーナで私の初めてのお友達なんです。」
「初めて?アトラーナに友達はいないの?」
「ええ……そうですね…………」

どんなに頭を巡らせても、家族以外誰がいるだろう。
この血のような髪を綺麗だと言ってくれる人は……

「彼は本当に、私にとって大切な方なんです。」

つぶやき、また出立を待つ人々の元へ戻って行く彼の横顔を見て首を振ると、ヨーコはどこかへと飛び立って行く。
やがて出立式を終えて馬車や馬に別れ、一行は一路レナントへと旅立っていった。




ザアア……バシャンバシャッ!
メイスが井戸から水をくみ上げ、何度も何度も手を洗う。
赤い髪はまるで、血に塗れたように不吉な気味の悪い物だった。

「ああ、気持ち悪い。感触が消えない。あんな奴、早く消えてしまえばいいのに。
さっさと死んでしまえ!呪われろ!」

いつも洗い物に使う麻のきめの粗い布を取り、赤くなるほどにゴシゴシと手をこする。

「ククッ、しかしあいつ、なんてのんびりした奴だろう。
友達だって?トモダチ?ククッ……ククク……」

肩をゆらし、含み笑いでこらえる。
ふと気が付くと井戸の影から小さなトカゲが姿を現し、舌をちょろりと見せた。

『メイスヨ、首尾ハ?』

「お言いつけの通りに。
先ほどレナントへ加勢が行きました。」

『赤イ髪ノ少年ハイカガシタ?』

「共に旅立ちました。あの血に濡れた汚れし者、捕らえてなぶり殺しにでもされまするのか?細く白い首、危うくこの手で絞めるところでした。クスクス……」

メイスがクククッと鳥のように笑う。

『可愛イ奴ヨ。働キ期待スル。』

「我が君のためなら何なりと、リューズ様。」

メイスが手を差し出すと、トカゲがつるりと袖のスキマから腕を這ってくる。

「あ、ああ、あ、あ……」

身体をはい回るトカゲのヒヤリと湿った感触が心地よく、紅潮した皮膚が快感に泡立ってくる。
やがてトカゲの姿は白い煙となって彼の身体を包み込み、大きく息をつく鼻や口から身体の中へと吸い込まれて消えた。




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