桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 50

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148、

びょうびょうと風が耳をかすめ、壁の岩肌が薄暗闇の中、グルクの羽根をかすめるように走る。
どこまで続くのか、それは底なしにも見える地のひび割れ。
その狭い隙間をひたすら飛ぶ。
それは聖域の場所を特定されないための掟ではあるが、かなり危険な行為だ。
だが、ミスリル達は慣れているのか難なくこなす。
衝突しないかヒヤヒヤと背中を冷たい物が走り、そのスリルと肌に当たる冷たい風が寒いほどだ。
後ろからは、時折ブルース達の悲鳴が聞こえる。

「上へ出ます!」

エリンの声が風に流れ、彼の操るグルクが地の裂け目をくぐり抜け、青く澄み渡る空へと舞い上がった。

「わあっ!まぶしい!」

朝日に照らされ、リリスが彼の後ろで感嘆の声を上げる。
グルクはすぐに高度を落とし、森の木の上ギリギリを飛び始めた。

「死ぬかと思った!」
「うるさい!俺だって死ぬかと思ったんだ!」

ガーラントが珍しく声を上げ、騎手のブルースが気恥ずかしそうに怒鳴り返す。
その後ろには、ゴウカが姿を変えたグルクが付いてくる。
彼のグルクには、ホムラとグレンが乗っているはずだが姿が見えない。
本当に二人は来てくれているのか少し心配だが、リリスはニッコリ笑ってガーラントより痩身のエリンの背に身体をあずけた。

「怖かったですか?」

エリンの問いかけに、リリスは明るく笑う。
なぜか、久しぶりの青空に思いのほか開放感が大きくて、声が明るくなった。

「いいえ!あなたはまるでグルクの身体の一部のよう、あなたの後ろ以上に安心できるところがありましょうか!」

「ふふっ、褒め言葉がお上手ですね。
でも、あなたにそう言われたことは私の誇りになるでしょう。
さて、今日はいい風が吹いているので夕方には城下には戻れましょう。
本当にセフィーリア様のお屋敷に良いのですか」

「ええ、私は逃げたわけではありませんし、父や母が心配していると思います。
もしかしたら誰もいないかもしれませんが、一旦家に帰ることに支障は無いでしょう。」

「では。
しかし本当に我が兄にも伝えて良かったので?
今のところ、私はあなたに仕えよと命じられています。
それは兄が受けたレスラカーン様の命ですが、兄は事実上はサラカーン様にお仕えする者。あなたの不利益になる事なら兄に伝える必要はありませんよ。」

「大丈夫、ご心配に及びません。
だって、私はもう一人ではありませんもの。
だから大丈夫。
あの城を出てレナントに向かうときは、あんなに心細かったのに。
ああ、僕はなんて幸せ者でしょう。
僕は、僕は……」

胸が一杯になる。
自分の志を聞いて、信じて付いてきてくれる人が増えることの喜び。
神官達も、まだ自分を巫子と認めてくれたわけじゃ無い。
でも、それを見極めるためにも、そして神殿再建のためにも付いてきてくれることになった。
信じてくれた、それで十分だ。

「私には、守ってくれる仲間がいるんです。だからもう、何も怖くない。」

そう思うだけで、心がフッと軽くなった。


セフィーリアの家に近づくと、風の精霊がどんどん増えてゆく。
生死不明で心配かけたに違いない。
リリスに気がついて戯れに来る精霊達が、喜び一杯で暖かな風で迎えてくれる。
リリスは大空に両手を広げ、グルクと繋がっている腰のベルトに身をあずけて精霊達に声を上げた。

「ただいま!仲間を連れて帰ってきたよ!」

グルクが、暖かな上昇気流に乗ってふわりと高度を上げた。
まるで、すべての精霊に歓迎されているような、そんな錯覚を覚える。
エリンは手綱を引いて一つ大きくグルクを旋回させた。

「さあ、お休みはおしまいです!
前を向いて、私はまた一生懸命頑張ります!」

リリスが大きく深呼吸して、他のグルクを見る。

「こらー!手を離してはならーんっ!」

また手を離したリリスに、ガーラントが怒って大声で怒鳴っている。
彼は、リリスが風の魔導師でもある事を忘れているのかもしれない。

「ガーラント様―っ!大丈夫!」

笑って手を振り、またエリンの腰に手を回す。
その無邪気さにエリンは、腰にあるリリスの手にいとおしささえ感じて、そっと手を添えた。



懐かしい、セフィーリアの館の庭に降りて、館を振り返る。
誰も出てこないところを見ると、誰もいないのだろうか。
馬屋は空いているが、離れにも人がいるように見えない。

「やっぱりまだ城にお泊まりなのでしょうか……」

誰も館から出てこないので、カーテンが開いている窓を見つけてリリスがつま先立ちで中を覗き込んだ。
見ると、薄暗い居間のテーブルには茶器がある。
あれ?出しっ放しで出かけたのかな?と、思ったとき。

「わっ」

窓の向こうに、おどけた顔のセフィーリアが飛びだした。

「きゃあっ!おっ、お師様!もうっ!ビックリした!」

「リーリ!お帰り!」

窓を開け、セフィーリアが飛び出しリリスに飛びついた。
ギュウッと力の限り抱きしめられて、リリスがバタバタもがく。

「ううーっ!お、お師様、く、苦し……」

「無事で良かったのじゃ!ああ、もう!すっごく心配したのじゃ!リーリ、リーリ、わらわの大事な息子、無事で良かった!」

相変わらずの、この過剰な愛情表現。
呆気にとらわれていたガーラントが一息置いて我に返り、慌ててセフィーリアに耳打ちした。

「その位に願います。
それではリリス殿が息ができません。
それに今日は火の神官殿が同行されています。」

「火の?」

セフィーリアの顔が険しくなり、リリスを抱きしめる手が緩む。

「ぶはーっ!苦しかった。」
ようやくリリスが解放されて息をついた。

「風様、お久しゅうございまする。」

ゴウカが手をつく横に、グレンがどこからともなく姿を現し膝をついた。
遅れて彼らが乗ってきたグルクが、形を変えてホムラに変わる。

「わっ!ホムラ様凄い!」

リリスが思わず感嘆の声を上げ一歩踏み出すと、セフィーリアが制するようにその肩を引き寄せた。

「その方ら、皆目覚めたのか。そうか、フレアももう待てぬのであろうな……
しかしその様子では、この子を巫子とは認めておらぬようだな。」

「はい、それを見定めるためにもこうして恥を忍び陽の下に出て参りました。
我ら火の名を頂いたままでございます。
本当にこの方が巫子であるならば、次代の守にこの名を継がねばなりません。」

殊勝に頭を下げる3人に、気にくわない様子でセフィーリアがプイと顔を背ける。
館の玄関からは、メイド姿の女が出て来てドアを開け放し一礼した。

「巫子様、お帰りなさいませ。」

「あれ?あなたはお城で給仕していただいた方ですね?」

「はい、パドルーと申します。お見知りおきを。」

「では、ザレル様もお帰りですか?」

パッと明るい顔のリリスに、セフィーリアが残念そうに首を振る。

「あれは仕事命でのう、まだ城に詰めておる。
リリが帰るのではないかと、わらわに先に戻れというたので待っておったのだ。
まあ、あれのカンもたまにはどんぴしゃりじゃ!」

またセフィーリアがギュウッとリリスを抱きしめる。
リリスは久しぶりで感じる、その柔かで暖かな彼女の感触にホウッと息をついて、身をあずけた。

「お師様……母上様、お気遣いリリスは嬉しゅうございます。リリスはただ今帰りました。」

「なに、大事な子を迎えるのも母の勤め。
お帰り、リリ。無事で良かった。」

2人の回りを、風の精霊がくるくると舞踊る。
温かく見守る騎士の後ろで、火の神官達は複雑な気持ちでリリスを見つめた。

149、

暖炉の火が、心地良く部屋を暖めようやく身体が芯から温まる。
早朝から出発したので空は寒く、着込んでいても冷たい風をともなう厳しさに身体が硬くなっていたので、やっと心身がくつろいだ。
居間の椅子に座り、すうっと大きく息を吸い、ゆっくり息を吐く。
かすかに独特の薬草の香りがして、懐かしい気持ちで一杯になる。
セフィーリアがはしゃいで、リリスの髪をといて耳の横で三つ編みにしてリボンで止め、可愛い可愛いと何度も抱きついてキスをしてくれる。
嬉しいけど、部屋に二人っきりでもちょっぴり恥ずかしくて、2階の自分の部屋に慌てて逃げた。
窓を開け、なんとなく紙を束ねただけのノートを取りパラパラめくってみる。
今更、よく勉強したな感心感心と、人ごとのように心でつぶやいた。

考えてみれば城で噂が立って貴族が訪れるようになり、困り果てた彼をセフィーリアが向こうの世界のヴァシュラムの家に預けてから数ヶ月も経っている。
その間色々な出来事がギュウギュウ詰まっているだけに、まるで数年を過ごした錯覚さえ覚える。
すべてが懐かしいはずだ。

ふと、机に置いていたフィーネを取りポロンと鳴らす。
久しぶりの音色にクスッと笑って抱きしめ、そのまま居間へと戻っていく。
パドルーが掃除してくれたのか、階段はピカピカ光を反射して気持ちがいいほど綺麗だ。
やっぱり家はいいな、気持ちが凄くラクになる。
またすぐに出る事になるのだろうが、一旦家に帰ってきて良かったと思った。

「ふう、さっぱりした。」

騎士2人は顔と足を洗って、さっぱりした様子で庭から軽装で戻って来た。
あの地下から抜けるときのスリル感には、嫌な汗をかいたそうだ。
風呂を用意してもいいが、セフィーリアの家には温泉が無いので、水を汲んで湧かす面倒がある。
ミスリルの村のぬるい水で良く水浴びしてさほど汚れていないので、水で拭いて暖炉で暖まる方を選んだ。

「タオル頂きましょう、今お茶をご用意します。」

「ん?なんだ神官殿はどうした?」

「神官の方々は、台所へお手伝いに。パドルー様お一人なので、手が足りないそうです。
私がお手伝いしますと言ったんですが、ここで待つようにとお叱り受けまして。」

笑って返すと、横の食堂からエヘンと咳払いの声がした。
聞こえてますよと言うことだろう。
巫子だというなら巫子らしく、雑用は供に任せるのがよろしかろうと軽く説教を受けた。
まあ、彼らは彼らでタイムスリップしたような物なので、今の時代に慣れることも必要だ。
時々誰かの、驚きや感心の声が聞こえる。
きっと勉強しているのだろう

「なるほど……
そうだな、茶より酒を貰おうか。」

「わかりました。
でも飲み過ぎは駄目ですよ、恐らくこれからどうするか話し合いをすることになるでしょうから。」

騎士2人は、もちろんわかってると思い切り顔を歪める。
特にブルース。
まあ、酒好きな彼にはもう少しがまんして貰うしか無い。
パドルーとセフィーリアには、話したいこと聞きたいことが沢山ある。
帰ってすぐ語りかけようとするリリスを、セフィーリアはそれは後でととにかく休ませようとした。
彼にだけは桶に熱い湯を準備し、足を洗い服を家にある普段着に替えさせて、とりとめないことしか話をしてくれない。
それだけ心配かけさせてしまったのだと、リリスはセフィーリアの好きにさせていた。

「朝食べたっきりですっ飛ばしてきたから、腹も減ったな。
ああ、グルクはエリンが世話をしてくるそうだ。馬屋の物は好きに使わせてくれと。」

「ええ、構いません。足りない物があったら村へ買い出しに行きましょう。
お酒はいい物があるか見てこないと……え?なにか?」

顔を上げると、ガーラントがリリスの髪を見て微妙な顔をしている。
そして、自分のこめかみ部分の髪を指すようにつまんで引っ張った。

「ここ、随分可愛い紐だな、また神官殿から小言を言われるぞ。」

「ああ、これは母上のお気持ちです。
フフ、良いではありませんか、風の精霊王のなさることに文句を言ってはバチが当たりますよ?」

笑ってリボンをつまみ、くるくる回す。
ガーラントはヒョイと肩を上げ、やれやれとため息をついて居間へと向かった。




良い香りが漂い、食事の出来た物からテーブルに並べてゆく。
給仕なし、全員食卓について食べることをセフィーリアが提案したからだ。
ゆったりとテーブルに着くことをやめて、みんなできゅうきゅうに座り好き勝手に食おうではないかとか言い出したので、ダイニングの椅子やテーブルを詰めてセッティングした。

「風殿の弟子はもういないのですか?」

ゴウカが皿を並べながら聞いてくる。
リリスはワインのコルクを開けるのに必死だ。
いい酒というのは、これが一番苦手で困る。

「え?いいえ。お弟子様方は・・・・昔より少ないんですがいらっしゃいますよ。
ほとんどが魔道よりも薬草の勉強で。
今はお里に帰っていらっしゃるんですよ。
あの魔物騒ぎで、皆様実家が心配になっていらっしゃったので、ちょうど良いとお師様がお暇をお出しになられたので。
でも、もうそろそろ帰っておいでだと思います。
そうしないとお困りになられる方々がいらっしゃいますし……
んんーーっ、それにしてもこれ、コルクがなかなか抜けません。もう!」


コンコン、コンコン

耳慣れた、木槌を叩く音に顔を上げる。
ノック代わりに玄関横の板を、誰かが遠慮がちに叩いているのだ。
これは玄関チャイム代わりの、作業場にいても音が聞こえるように置いてある物だ。
あっとリリスが返事をして、手を上げる。

「私がでます。しばらく家に誰もいなかったから、村の方かもしれません。
これ、ご自分でお開けになって下さいな。」

そう言って、ヒマそうなブルースにコルクの空かないワインを押しつけて玄関に急ぐ。
その後ろに、音も無くガーラントがついてきた。

「俺がでる。」

「そんな怖い顔の騎士様がでられたら、村の方はビックリしますよ?」

笑って、玄関のドアを開ける。
そこには初老の男が2人、近くの村の出入りの薬草屋と村長だった。
2人はなぜか、リリスの顔を見てビクッと固くなる。
日も傾き、辺りはこれからどんどん暗くなるのにランプも持たず、不安げな顔でうつむいていた。

「これは村長様、ニルズ様お久しゅうございます。」

以前と変わらず深々と頭を下げるリリスに、男2人は複雑な顔を合わせる。
村長がどうもと軽く頭を下げたので、リリスが驚いた。

「えと、あの、薬草ですか?」

「いや、随分と風様のお屋敷が留守にされていらしたようで……少々心配になりましてな。
昨日から灯りがともっていると聞いて、どうしようかと……
今朝、大きな鳥に赤い髪の……が、乗っていらっしゃったと聞いて、慌てて来た次第で。
いや、別に、なんというわけじゃ無いのだが、色々と城下から噂も聞きまして、こちらとなにかご関係があるのかと……」

どうも村長の言葉は歯切れが悪く、いつもリリスをお前呼ばわりしていた割に言葉を必死で選んでいる。
リリスはキョトンとして人差し指を口に当て、首を大きくかしげた。

「噂でございますか?……はあ、まあ別に特段……
ちょっと私事でバタバタしておりますが、こちらはお弟子様方がそろそろお帰りになられますので、薬草のご提供に支障はございませんのでご安心下さいませ。」

「いや、それもあるが、そうじゃなくて……」

プッとガーラントが後ろで吹き出した。
彼らが何を心配しているかはなんとなくわかるが、リリスは薬草が手に入らなくなることを心配していると勘違いしているらしい。
笑われて村長の顔が赤くなったり、リリスの顔を見て青ざめたり、言葉を探している内に横から薬草店の店主ニルズがメモと麻袋を差し出した。

「あの、これ、在庫が少なくなってるので、お分け頂けませんかな?
またしばらくお留守になさるなら多めに。」

「ああ!承知致しました。
それではお寒いでしょうから中でお待ち下さいませ。」

「いや、他にお客人がいらっしゃるようなので、ここで。」

「では急いで持ってきますね。」

リリスはくるりときびすを返し、作業場のある奥へとダッと駆け出す。
残されて大きく息をつき、2人の肩から力が抜けた。

「ご心配にならずとも、あの方は器の大きい方だ。
昔どうあろうと、前しか見ておられぬ。そもそも、そんなことに構っているヒマも無い。」

ガーラントが察して2人に告げると、村長が顔を上げて泣きそうな顔で彼の顔を見つめる。
それだけ、根深く彼は陰鬱の内に育ったのだ。なのに、それをちっとも感じさせない。
それどころか、人々を明るく照らす強さがある。
まったく、人間がここまで完璧だと逆に末恐ろしい。

「そうでしょうか。村の者は、仕返しされないかと心配なのです。そんな、巫子様だったとはつゆ知らず、あの子には小さい頃から大変な仕打ちをしてきました。
何度風様直々に頼まれても、学校だって嫌がらせして通わせなかったのです。
きっとわしらを恨んでいます。」

ガーラントが顔を上げ、暗い中チラチラと丘の下に見える村の灯りに目をやる。
日の高い頃に聞こえた鐘の音は、村の学校なのですとにこやかに教えてくれたときは、そこに通ったのだと思っていた。
そう言えば風の精霊王は、リリスはずっと働いていたのだと話していたなと、少しさみしい気持ちで彼の背を見ていた。

「皆……同じなのだよ。俺とてあの子を殺しかけた……
でも、それでもあの方はお許しになったのだ。この俺を。
本当に、真っ直ぐにお育ちになられた。どんな目に合おうと物ともせず。
村長殿、あの方が目指されることはとても1人で出来る事では無い。
これから、皆で支えてご恩返しすれば良い。
それこそあの方が望まれることだ。」

「そう……でしょうか。それで済むならどんなにいいか。
わしらに出来る事など思い当たりもしませんが、出来るだけでもお力になりたいと思います。」

ガーラントが大きくうなずく。
それで、いいと思う。
元より恨みなどと言う、人間の暗い部分とは遠い純粋な人だと思う。
ホッとしたように見える村長に、ふと、彼が声をひそめて聞いた。

「それで、城下から噂はどう伝わっているのかお教え願えぬか?」

「は?はあ、なんでも火の巫子様が火の精霊王様に連れられてお城にお越しになったと。それが燃えるような赤い髪で、たいそう神々しいお姿だった、と。
わしらも赤い髪の子などあの子しか聞いた事がありませんので、まさかと村中で騒ぎになりまして。
それがこうして騎士様方お供をお連れになって帰られたと聞いて、やはりと慌ててこうして様子を伺いに。
神殿を再建なさるそうなと言う話も聞いたのですが、こちらは風様のお宅がありますし、なにかお話が聞ければと思いまして。
いやしかし……
わしらも赤い髪と言えば災厄の魔女の話しか浮かびませんで、長いこと大変なことをしでかしました。風様がお預かりになるお子と言うことは、やはりそう言うお生まれであると言うことを考えるべきでした。
本当に申し訳ない。」

なるほど、多少の違いはあるが意外とまともに伝わっている。
流布もミスリルの役目ではある。こちら側についている誰かのミスリルが、仕事が早かったと言うことだろう。

魔女が火の巫子だったと一般には知られていないだけに、再建には以外と抵抗がないのかもしれない。
火は当たり前に使う。
だが、火の精霊はいない。
子供の頃から、それだけは不思議に感じていた。
災厄の時に消えたのだと聞かされていたが、その理由は巫子が死んだからとか精霊王が眠りについたからとかはっきりしなかった。
まさか、王家の思惑が隠れているなど、初めて彼と行動を共にすることで知ったのだ。
一から立て直す神殿に、王家を脅かすほどの力が集まるなど考えようも無いが、王族も頭が固い。
だが、王の子である事を認められるのが難しくても、せめて巫子であることだけでも認められれば、再興に向かって多少は動きやすくなるだろう。

話が途切れた頃、奥からパタパタ足音がして、リリスが大きくふくれた麻袋を抱えて戻ってきた。
お待たせしましたと元気な言葉に、思わず村人二人がリリスに頭を下げる。

「お代はこちらに。お忙しいところを申し訳ない。」

「えっ!いいえ!留守がちでご迷惑ばかりおかけしてこちらが申し訳なく思っております。
さ、メモにある分これで。中の麻袋に小分けして中にメモを入れておきましたのでお間違えなく。
外はもう暗いですね、大丈夫でしょうか?ちょっとお待ちください。」

二人の手に何もないのを確認して、ランプを廊下の棚から一つ持ち出し、中に火を入れ村長に差し出した。

「丘を下るのは真っ暗だと危ないですから、こちらをお持ちください。
お返しいただくのはいつでもかまいませんから。さ、どうぞ。」
にっこりランプを差し出すリリスに、村長が目を丸くして遠慮がちに手を出す。
その手にしっかりとランプを握らせ、リリスがぺこりと頭を下げた。

「どうぞ、お気をつけて。」

「お気遣いありがとうございます。ではこれで。」

玄関を出て、二人を見送る。
遠ざかるランプの光が見えなくなると、ガーラントがフフッと笑った。

「貴殿が巫子と聞いて、慌てておいでになったようで。」

「私が?・・巫子になると、やっぱり何かマズイんでしょうか?
小さい頃、色々やってしまいましたし。」

まるで名探偵のように、腕を組み、眉を歪めてリリスが声を潜める。
思いがけない言葉に、ブッとガーラントが吹き出した。
笑いを必死にこらえ、背中を向けて体を揺する。
その様子に、ぶうっとむくれてつぶやいた。

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。
だって、僕だって自由になるお金はほとんどなかったし、城から派遣されたおばあさんがとっても怖い人だったので、それはそれは姑息な世渡りをやるしかなかったんですよ。
それを一番ご存じなのはあの丘の下の村や街の方々です。
実は・・小さい頃甘いものがとにかく食べたくて、何度か村長さんの家の庭にあるブドウを、こっそり忍び込んで食べたことがあるのです。それが珍しい品種なのかとっても美味しいのでついついやってしまいましたが、あれはバレているのかもしれません。
あと、街の用事の帰りに騎士様のまねして棒を振り回したら、パン屋さんの裏の植木の鉢を一個割っちゃいましたし。
あと、のどが渇いてこっそり村の井戸を使っていたら、滑車から綱が外れて動かなくなって、逃げ帰ったこともありました。
・・・うーん、今考えると、私も相当のワルです。」

「なんと・・」

「えっ、あっ!」

ハッと慌てて振り向くと、ガーラントが大きく目を見開いて、満面に笑みを浮かべている。
リリスが慌てて彼に飛びついた。

「こっこれは秘密です!私もたいそう反省して、薬草を勉強してお返ししてますしっ!
ガーラント様!絶対父上母上には秘密ですからね!絶対皆さんに秘密ですよ!ね!ねえ!」

「ははっ、なんだ。あははは!そうか、そうでございますな。クックック・・」

しかしガーラントはただただ笑うだけで、リリスの頭をポンとたたき部屋へと戻っていってしまった。

150

リリスがガーラントを追ってダイニングへと急ぐ。
廊下にはグレンが立っていて、二人が気づくと静かに頭を下げた。
ガーラントがちらりと見て、リリスの背を前へと押す。
リリスはタッとグレンに駆け寄り、彼の手を引いた。

「グレン様!さあ、ご飯食べましょう、おなかがグーグーです。美味しそうな香り!」

指が長く、爪の長いグレンの手は思ったより冷たい。
あれっ?と両手で包みこすりながら、彼の顔を見上げて笑った。

「すっごい冷たいです!ほら。」

グレンが驚いた顔でリリスの顔を見つめ、うつむいて目を閉じフフッと笑う。
そしてそっと彼の手を握り返し、部屋のドアを開けて暖かい部屋の中へと招き入れた。




食事をしながら、リリスたちはレナントであったこと、そこでセレスに告げられたこと、そして城に巫子の許しを得に行ったこと、奇襲を受けてミスリルの村で今まで治療してきたことをセフィーリアに話して聞かせた。
セフィーリアは心配しているような表情を時折浮かべつつも、リリスがレナントへ行った後に起きたこと、死にかけたフェリアを自分の中で休ませていることや、フレアゴートに動くよう説得しに行ったことなど話す。

「その時にな、ベスレムの城でこのパドルーと会ったのじゃ。」

パドルーを紹介すると彼女が立ち上がり、一礼する。
そして腰から水月刀を取り、皆に見せて腰に戻した。

「私は、水月の戦士パドルーでございます。
シールーン様の命により、リリス様のお力になるよう密かに城へ派遣されました。」

「その割にあの騒ぎの中、姿を見なかったな。」

ブルースが皮肉っぽく苦笑いで話す。
パドルーは申し訳なさそうに、頭を下げ椅子にかけた。

「全く申し訳ない。
夕げのあと騎士長殿と話をして、どうも王は指輪などのことをご存じでは無いようだと察しまして、火の巫子に関係する物について何かご存じないかベスレムのラグンベルク様の元へ参りました。
有事にいなかったのは、私の落ち度でもあります。」

「いや、俺も敵の術に落ちたんだから人のことは言えん。お互い様だ。」

思い出せば酒が不味くなる。
皆は口には出さないが、けがをしたミランの事がずっと気がかりなはずだ。
しかし口に出せば、俺のことを責めることになると思っているのだろう、誰も話しに出さない。

なぜあの時・・何度思ったろう。それがどうしようもなくても、口惜しくて仕方が無い。

急にブルースが黙り、じっとワインの赤い液体を見つめる。
心が重く、沈んでいくような感覚にとらわれた。

「何をおっしゃいます、ブルース様。
私も術に落ちてミスリルの方に食べられかけました。
あなた方がいなければ、今頃あの森には私の骨が転がってます。
まことに油断大敵、こう言う手があるのかと驚くばかりでございます。」

リリスが神妙な顔でキッシュを一口ほおばる。
むぐむぐかんで飲み込み、ブルースに向かってフォークを左右に振った。

「そんな顔しちゃ駄目です、あなた様らしくない。
魔導に抗うのは至難の業です、ご自分を責めてはなりません。
ミラン様はお城にいらっしゃるのですよ、きっと一番の手当を受けられているはず、私はそれで安心しています。」

「そう・・かね。」

ブルースが苦笑いでガーラントを見る。
ガーラントは何とも思ってない様子で、リリスの仕草ににやりと笑った。

「リリス殿、行儀が悪いと神官殿ににらまれますぞ。」

見ると、ホムラが渋い顔でにらんでいる。
リリスが慌ててフォークを置いて、ぺろっと舌を出した。

「やっぱり、家に帰ると気が抜けます。
それでパドルー様、ラグンベルク様のお話はいかがでしたか?」

「はい、ラグンベルク様は、残念ながら火の巫子の指輪のことはご存じなかったのです。が、恐らく王がご存じであっても返されることは無かろうと。
なので、探しに行くが良かろうとこれを書いてくださいました。
ただし、これは口外無用、巫子殿のためにのみ使うようにと。」

そう言って、パドルーが懐から一枚の紙を取り出す。
思わず手を出しかけたブルースにたたんだ紙を差し出しかけて、皆を見回し引っ込めた。

「なんだ、もったいぶるな。我らが信用できぬか?水の戦士殿。」

ブルースがあからさまに眉をひそめる。
しかしパドルーは席を立ってリリスの元に行き、改めて彼に差し出した。

「あなた様は王族なれば、元より知って当たり前なのだとお話でした。
かのお方は忍んで取りに行かれるが良かろうと仰いました。
あなたにはその権利があると。」

「馬鹿な!盗みに入れと仰せか?!」

「それこそバレたら死罪だぞ!冗談じゃ無い、そんな危険なことさせられるか!」

皆、驚いて口々にパドルーに声を上げる。
しかし、当のリリスは紙を受け取り開いて見ると、顎に握った手を置き考え始めた。

「まさか・・まさか、まさかな事言わんでくれよ。」

引きつった顔でブルースが立ち上がる。
ガーラントは、無言でリリスの言葉を待った。


「行って、みましょう。」


リリスがうなずいて、皿を避け紙をテーブルに広げる。

「ばっ・・」

言いかけたブルースに手で制し、リリスが至極真面目な顔を上げた。

「私は、指輪がどこにあるかを確実に知っておきたいのです。
これは良い機会です。指輪の力は酷く弱っていますが、これだけ近くまで行けたらわかると思います。
仮にそこにあるとわかりましても、きっと、宝物庫に入ることは出来ないでしょう。
でも、そこにある事さえわかれば、どんな手を使っても・・と、言うわけで考えることも出来ましょう。」

「火の巫子が盗人のまねなど、理解できぬ!」
ホムラがたまらず火を吐くように怒鳴った。
リリスは、それも予定の内なのか驚くそぶりも見せない。
肉に添えてあったソースの味がする口元をぺろりとなめ、シャンと背を伸ばした。

「承知しております。今回は、指輪のありかを知るためです。
私も盗人になる気などさらさらございません。

ただ・・一つよくお考え下さい、ホムラ様。
今の王族は、火の神殿再建にはご理解がありません。
まして、火の指輪のありかはご存じが無い、つまり指輪は行方知れずです。
それだけ火の巫子の存在をなおざりにしたかったのでしょう。
今一番優先することは指輪のありかを探すこと、手に入れるのはそれから手を考えます。
指輪の力は弱っていて、城に入っただけではどこにあるのかまでわかりませんでした。
でも、恐らく宝物庫であろうとセレス様方が仰っておられましたから、まずそこを調べます。
その、すべは問いません。

ずっと考えてきたのです。
なぜ、この数百年という長い時間を秘密だった物が、今すべて解かれてゆくのか。
それは・・・今が、好機だからなのです。

時が、満ちています。
すべてが動き始めます。

私は予見は出来ませんが、何かが急くのです。早く動けと。」

「しかし・・そう簡単に宝物庫に近づくなど・・城のどこにあるかも知らぬものを。
捕まれば死罪ではないか。」

ホムラがため息をつき渋い顔で吐き捨てる。
リリスが小さく首を振ってうなずいた。

「承知の上です。ですが、まだ死にたくはありません。
私が死ぬ時は、このアトラーナから火が消える時だと肝に銘じております。
だからこそ、出来るだけの安全策を考えてラグンベルク様はこの地図を託されたのだと思います。」

皆が一斉にその紙をのぞき込む。
そこには、有事の時に城の中から外へと脱出する時の通路、財を持ち出し人知れず逃げる為の、王族だけに伝わる秘密の通路の地図だった。


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