桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

**お気に召したら拍手お願いします、創作の力になります。よろしくお願いします。

赤い髪のリリス 戦いの風 51

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151、

夕日に照らされ、石造りの狭い渡り廊下に濃く影が落ちる。
手すり下の表面に彫られた文様は陰影を浮かべ、透かしで抜かれた四つ葉の模様はオレンジ色の日の光を通し、ポツポツと床にきれいに並んでいた。

魔導師の長ルークが、ふと歩みを止める。
廊下から庭に出てその先にある井戸に目をとめた。
その井戸は、騒ぎのあとからなぜか水が途切れ、貴重な水だけにどうした物か占って欲しいと話があった井戸だ。
以前は塔に住まう魔導師たちが主に使っていた。
水の魔導師シャラナの見立てでは、水脈に変化はないものの何かおかしいと言うので、日の良い時に占う事になっていた。
途中、庭に出る戸を開き井戸へと歩みを進める。
シャラナが術の名残を感じるとつぶやいていたのを思い出し、井戸の前に来ると廊下の先を振り返って息をついた。

渡り廊下の先、城の再奥にあるそこは魔導師の塔があった場所だ。
再建を目指して崩れた一部の石が職人によって奥の空いた土地に山積みされ、埋めつくさんとしている。
だが、工事の途中石が思いがけない方に崩れて何度も事故があり、作業は中断されたまま再開のめどは立っていなかった。

事故と、水の流れの変化。

暗く深い井戸をのぞき込むのも薄ら寒い気がして、辺りをうかがう。
それでも覗いてみると井戸の中はただぽっかりと底なしのように深淵を写している。
手をかざし、目を閉じる。
ひとしきりのあと、小さく頷きクスッと笑った。

「ふうん・・なるほど、私がここに住んでた時は普通の井戸だったが・・
ここをトランの魔導師と繋いであの子を操っていたのか・・術の気配だけ残っているな。
他の魔導師には悟られないよう、道を作って用のある時以外は閉じていたんだろう。
歪みが残っているな、これは水の神殿の手を借りればまた使えるかな?」

一人解釈してつぶやきつつ魔導師の塔のあとに歩みを進め、まだほとんど手つかずの残骸の山に目をやる。
その遙か下には何か部屋があるらしいと言う。
城は元々小高い山を削り、街を見下ろす高台にして立っている。
相当の難工事だったと言い伝えにはあり、建物は古く歴史も古い。
昔は侵略戦争も多く、城には隠し通路が複数あると聞いている。

「城というのは物々しいのが当たり前だが、アトラーナは平和な時が長すぎた・・」

魔導師の長である自分にもほとんどこの城の秘めた事柄は伝わっていない。
書で残っているはずだが、塔が崩れたために行方知れずになってしまった。
口伝もほとんどが忘れ去られ、それを探求することも無かったのだろう。
先代たちの府抜けた魔導師の姿を見てもよくわかる。
権威に傘を着て守りさえ穴だらけだった。


あの人が長をしていたのだ、その程度の物さ。


心でつぶやいて、クスリと笑う。
しかしふと、自分の手を見て目を閉じ、襟を正した。
とは言え、封印を一つ破られたのは私の失態だ。
顔を上げ、塔が崩れたあとに来て、ブツブツつぶやき髪を一本抜いてフッと残骸の方へ飛ばす。
髪は変化して、一匹の青いトカゲとなって残骸の中へするりと入り込んでいった。
杖に身を任せ、目を閉じる。
トカゲの目となり瓦礫の中を探った。

「そこで、何をしている?」

声をかけられ、心で舌打ちして振り向く。
声が遠くで聞こえていたが、自分を見つけて急いできたのだろう。

「これは王子、お久しぶりでございます。
このような所へ何用においでなされました?」

「問いで返すな、無礼者。ここで何をしている。」

「は、レスラカーン様のお付きの方より、中に埋まっている杖をどうにか出せないかと相談を受けまして、調べている次第でございます。
ここには貴重な品もありますので、早く瓦礫の撤去を進めて頂きたいのですが・・」

一礼しつつ見ると、キアナルーサが最近気に入りの騎士や貴族をぞろぞろと引き連れて、腕組みして見下ろしていた。
以前はおおかたいつもゼブリスと小姓数人だったのに、最近は人が変わったように社交的で弁が立ち人を引きつけている。
トランへの対応が生ぬるいと不満がある者は、こぞって王子に近寄っているらしい。
死者が出ても、隣国トランの魔導師がその原因だとわかっても、事を起こそうとしない王たちに、それだけ不満がたまっていたのだろう。
トランからはかなりの賠償が送られるだろうが、血気盛んな者には満足できまい。


オオ!・・オオオ!

遠くで兵たちのかけ声が響いて聞こえる。
この平和に慣れきったアトラーナで国内外から血気盛んな者を集め、王子は金に任せて自らの下に置く王子直属の部隊を作り始めた
先日は城下の闘技場で競技会も開いて、上位の者をごっそり雇ったらしい。
城下町はおかげで人が増え、商売も景気が良くなったと出入りの業者が下女と話しているのを聞いた。
王子の人気は城下の人々にもそこそこに上がってきているようだ。

しかし、安易に隣国の者を一人殺せば、戦争にまで発展するのはよくあることだ。
王は憂慮して軍の強化は必要ないと仰っていたが、宰相は心動かされたのか共に王を説得し、結果的に王子に一時的な軍の強化を許可された。
王子の急激な変化は親には心配なことだろう。

「そう言えば、ゼブリス様はまだ行方知らずでございますか?」

「知らん、あいつは兄の許嫁と逃げたらしい。
恥知らずよ、探す気にもならぬ。」

「許嫁?まだそのようなお年には見えませんが・・」

「あいつは体は小さいが俺より2つ上だ、結婚してもおかしくない。
お前も勝手に探してはならぬ。これ以上俺に恥をかかせるな、わかったな。」

「は・・」

まあ、キアナルーサが育ちが良くて大きいのだろう。
この世界、栄養状態がいいのは王族か貴族くらいのものだ。
ゼブリスも貴族と言っても彼の使用人と変わらなかったから、思えば気の毒な身上だ。

ん?

ふと、取り巻きの中に金髪で美しい小柄の少年を見て、どこかで見たような気がした。

「そちらの方は?」

「あれは・・俺の魔導師だ。魔導師の塔には属さぬ者、お前には関係ない。」

「ですが、隣国の魔導師の件もございましたし、力を持つ者として見ますればそうはいきません。
その方、どちらで教えを請うたのか?」

金髪の少年はおびえた様子で、もっと小さな黒髪の少年の後ろに隠れる。
黒髪の少年は手を胸に当て、一礼して上目遣いでルークを見た。

「主は一部記憶が定かではありません。なにとぞ御容赦を。」

「お前は・・」

「私は主が水晶から作り出した木偶でございます。
主の名はリュシー、私はフェイクと申します。主は・・」

王子が不機嫌そうに手を上げ会話を遮る。

「もう良い、時間の無駄だ。答える必要は無い。
瓦礫の撤去は急ぐよう叔父上に言付けよう、お前はお前の仕事をするがいい。
だが、俺のやることに詮索は許さぬ。行くぞ。」

「は、失礼をいたしました。」

頭を下げた時、くるりと背を向ける王子の腰の剣に目が行く。
その剣は、なぜか紐で封がしてある。
詮索するなと言われた手前、聞いても答えては貰えないだろう。
だが、その剣の鞘にある意匠にドキリとして思わず呼び止めた。

152、

「王子!」

驚いて、王子が足を止め振り返る。

「なんだ、ビックリしたぞ。」

キアナルーサの顔にハッとして息をのむ。
一息飲み込み、落ち着いて微笑んだ。

「たいそう古い剣のようでございますね。
素晴らしい職人の細工に、思わず大きな声が出てしまいました。
いずこから探し出されたのでございますか?」

王子は満足そうに腰の剣に手をやり、柄をなでてにやりと笑う。

「お前の知らぬ場所よ、いい剣だろう。
だがサビだらけなのでな、飾りだよ。
しかし中を知れては周りに格好がつかぬ、うっかり抜かぬよう紐で封じているのだ。
それだけだ。いくぞ。」

「王子、剣を拝見でき・・」

「王子!」しつこい魔導師の長に、取り巻きの一人が話を変えようとサッと間に入ってきた。

「王子、キアナルーサ様、今日は兵を戦わせて肩書きを決めましょう。」

「そうだな、優劣をつけると兵は上に上がろうと張り切るだろう。」

「おお、今日は楽しめますね。」

ルークが一礼するとぞろぞろ一行はまた王子の機嫌を取りながらついて歩いて行く。
だが、ルークは大きく目を見開き、その胸の内はただならぬ不安に満ちあふれていた。
剣の柄にある意匠、美しく血のように赤く輝くルビーを目にはめた派手な大鷲のデザインは、古の、あの王子が好んで使っていたものだ。
しかもあの剣には誰かが封印の術を使っている。
抜かないようにでは無く、抜けないのだ。
誤魔化すために違いない。
あの、荒らされたほこらの中から取りだしたのはまさか・・

何かが封印されているから、その封印強化のために毎日朝夕城の魔導師が引き継いで呪を上げ、月に一度、地の神殿から神官が来てほこらに聖水を捧げ守り続けている。
ほこらはこの城に3つある。
他の2つは過去の王や城に貢献した勇者を祭った物だと聞いている。
だが、ここだけは何を祭られているのか伝わっていない。

確認に来た神官は不安に動揺した皆に、心配いらない些細なことですとしきりに言っていたが、あれはウソだ。
あれほどの封印、大したこと無い物に必要なわけが無い。
故意に伝えなかったのか、伝えなかったわけは・・

彼は珍しく爪をかみ、せわしく視線を走らせ考えを巡らせていた。
苦々しい顔で瓦礫の石を一つ取って投げつける。

理由やウソはどうでもいい。
だが、剣はすでにそこにある。
なぜ伝わっていないのかは、薄々自分にはわかる。
あの剣こそすべての元凶だった。
呪われた剣は人を変え、国に凶事をもたらす。
そう、あの方は何度も何度もおっしゃっていたのだ。
あれが、あんな所に封じられていたとは・・
もっと城から離れた場所で、忘れ去られるには不安だったのだろう。

あの剣が、すべての始まりだったことを、自分は知っている。
今度こそ、あの剣を浄化し、破壊しなければ。

大きく息を吸って瓦礫の中から出てきた青いトカゲに目をやる。
そのトカゲは口からぽろりと一つの大きな真珠を吐き出し、元の髪となって消えた。
レスラカーンの杖に仕込んであった、母親の形見の真珠。
これを取ってきて欲しいとレスラカーンの側近ライアから頼まれたのだ。

カサリと横から黒猫が姿を現した。
首を伸ばして辺りをうかがい、つぶらな瞳でじっとルークを見上げる。

「見つにゃった?」

猫が囁くように人語を話す。
ルークは大きく深呼吸して心を落ち着け、それを驚きもせずちらりと見て、顎に手をやり考えた。


「ねえ、見つにゃったの?」

「ああ、これだろ?デカい真珠だ、この世界じゃ珍しい。
さすが王族だな。」

「じゃあ、ライアに言ってくるね。かすめるンにゃにゃいわよ。」

「まて」

「にゃによ」

「お前は確かリリスを追ってきたんだったな。
あとで俺の部屋に来てくれ、話がある。」

「やーよ、あんたに恩はにゃいから。」

「確かに」クスリと笑って、ルークが呪文を小さくつぶやきトンと杖をつく。
その瞬間、風に揺れる草木のざわめきが消えた。

「お前はどうも来てくれそうに無いから仕方ない。
これで話をしよう。
さて、お前は小回りがきいてとても便利そうだ、私はしばしお前の手が借りたい。
もちろん安全は保証するさ、帰りたければいつでも帰してやろう、それでどうだ。
帰る時は、もちろん人の姿に戻してやる。」

「えっ?」

「魔導師に借りを作らせるのは、お前にとって損では無いぞ。」

黒猫ヨーコが考える。

「便利って言うのはわかるにゃ、自分でもそう思うもにょ。
でも、あたし怖いの嫌いよ。あんたの補償なんて全然当てにならないにゃ。」

「おやおや、私も信用がない。この魔導師の長が。
向こう流に言えば、魔導師のトップなのだがね。」

「そっか、あんた長だったわね・・でも、あんたって予知で有名にゃにゃい?
予知だけじゃさ、めっにゃ心配。それに知ってるにゃ、私。
魔導師は地水火風どれかに属して、そのどれかしか使えにゃい。
しかも、誰もが器用じゃにゃいって事。
あんたがどれなのかも知らないのよ、たとえ長でもさ、あんたもっと情報公開しにゃさいよ。」

ルークがきょとんと目を剥いて、手の中の真珠を指で転がす。
なるほど、リリスと親しいとは聞いたが、結構付き合いが長そうな奴だと目を泳がせて考える。

「さて・・・、どうしたものか。
異世界のお前は、知りすぎても命が危ういとは考えぬらしい・・・
では、一つだけ教えよう。私も、目的があってここにいる。
それは、お前が気にかける者には利益となるだろう・・

それで、どうだ?」

「・・・うーん、にゃんかさ〜ボンヤリしてるにゃねえ・・
渋いにゃ〜、判断に困るにゃ〜、あたしさあ、それで命かけるのぉ?やだにゃ〜」

黒猫が目をそらしてシッポをパタンパタンと不満そうに左右に振る。
ルークがため息をついて、杖で肩をトントン叩いた。

「なんてイヤな奴だ。話したくないってのに、無理矢理聞き出そうとしやがる。
俺はなんて可哀想なんだろう。
こう言うの、向こうの世界でなんて言うか知ってるぞ、ええと、なんだっけ、俺もずいぶん昔に行ったっきりだからな。
ええと、セク・・ハラだったっけな。」

「やあねえ、パワハラって言うのよ、パワハラ。
にゃんだ、あんたもあっちで暮らしたことあるんだ。」

「あるさ、リリスを迎えに行った時向こうの服だったろう?
空間転移は難技だが、取得するとまず行ってみたいのはあの世界さ。
向こうで困ればヴァシュラム様がいるしね。」

「ふうん、爺様のいた用務員室って、たとえるなら大使館にゃのか。
ふうん、ふうん、ふうん・・」

ちらり、ルークがヨーコを見る。
向こうの世界の話を出して気を引く、これが最後の懐柔策だ。
あまり深く知られるのもまずい。

「で・・返事は?」

「うーーーん、まあ、働けって火の奴に言われたし、危なくにゃいっての条件にゃら・・いいにゃ。
でもさ、あんた、ほんとにリリスの味方?」

ルークがきょとんとして苦笑する。

「ああ!もちろんさ!
今更だが実はな、俺はあいつの味方なんだ。
無論、俺がやろうとすることも、結果的にあいつの為になることさ。
ほら、利益が一致するだろう?」

不自然なほど満面に笑みを浮かべる。
黒猫が、ちらりと横目で見て、ぷいと横を見た。

「うさんくさ〜、半分も信用出来ないわさ。」

長いシッポをパタンパタンと左右に振りながら、彼を見上げる。

「ま、いいわ。で、初仕事ってニャによ。」

ルークがニヤリを押さえてニッコリする。
しゃがみ込んで黒猫の手を取り、小さな手と握手を交わす。
そして口を開いた。

「では、まず最初の頼みだ。」

153、


「じゃ、後でね。」

黒猫は、庭を横切り廊下へと走ってゆく。
昼間でも薄暗い王宮の廊下では、闇に溶けてその姿は滅多に目にしない。

「うーん、泥棒猫でも良さそうだ。これはいい契約をしたな。」

クスッと笑って自室へと戻り始める。
ふと立ち止まり、城の2階の窓から飛び出して飛んでいく精霊の姿を見つけ目で追った。

「あれは騎士長の部屋か。
昨夜から風の精霊が騒がしい・・、そう言えばセフィーリア様の姿を見ないな・・」

柔らかな風がふわりと向きを変える。
空を見上げると、風の精霊たちがキラキラと普通の人間には見えない光を小さく輝かせて町の方へと飛んでゆく姿が見えた。
それは、セフィーリアの館がある方角だ。
普段は別段気にもしないが、ルークは呪を唱えてその方角へ杖を振った。
杖から小さな光が飛び出し、それが小鳥となって飛んでゆく。
精霊たちが今もしセフィーリアの館を目指すのなら、それは理由があるはずだ。

「王子の様子が変わった原因が、もしあの剣なら・・過ちを繰り返す事など許されぬ。」

思わぬ物が出てきた。
必要なのは巫子だ。
だが、王子から剣を離すことが出来るかどうか。
遙か昔、ランドレール王子は決して離そうとしなかったと聞く。

「これは荷が重い。すべての事を慎重に進めなければ。」

つぶやきつつ自室へと足を向け、渡り廊下から城内へと入り、仮設の魔導師の塔へとドアを開ける。
仮設の魔導師の塔は、棟の角にある1、2、3階だ。
居城としていたシリウスから大量に書物を取り寄せたので、その重さに耐えうる、尚且つ術に必要な物を置けるほどほどの広さという事でこの角部屋となった。
隣室は多少狭い寝室だが、そこも書物が積み重なっている。
2階はニード、1階はシャラナが使っている。
他の部屋とは途中の階段を隔てるので、各階廊下にドアを急あしらえてこの縦の階層を塔とした。
これなら薬草の匂いなどを遮断できるうえ、ドアには鍵をかけて魔導師の塔として独立できる。
だが今は3人なので何とかなるが、人が増えたら考えねばなるまい。
それぞれ見習いや下働きを共にしているのだが、彼らはそれぞれの寝室の一角にカーテンで仕切ったベッド一つ分の空間しかない。
部屋が足りない事だけが一つの悩みだ。

2階に上り、踊り場でくるりと身を翻す。
すると、ニードの部屋の前で黒い髪をボサボサにした旅装束の青年が元気に手を上げた。

「よ」

「ニード、もう帰ったのか、早いな。」

「もう帰ったは無いぜルーク、じゃない長殿。
あのほこらに何が入ってたのか、やっぱ神殿でわかったぜ。
ここじゃ話も出来ないな。部屋だ、お前さんの部屋に行こう!」

今帰ったばかりなのだろう、ニードが背中の背負い袋に刺した杖を引っこ抜いてコンコンと床を突きながら先を行く。
彼は地の紋章の入っていたほこらを壊されたあと、そこに何か見過ごしてはならぬ物が封じられていた事を察して地の神殿まで調べに行っていたのだ。
グルクに乗っての早旅で、疲れているだろうにその影も見せない。

「髪、ボサボサだぞ。」

「・・ああ、うん」
階段を上りながら声をかけると、指で髪を適当にすきながら振り返る。
その目が、ジトッとルークをにらんだ。

「髪とかどうでもいい事を気にしてる所を見ると、どうも君を驚かせる事は出来ないようだな。」

「・・そうだな」
ニードの勘の良さにクスリと笑う。

「中に入ってたのは剣一本。」
「ああ、やっぱりね。」

「ちぇっ」ニードがガッカリして、ひょいと肩を上げ首を振る。
「ま、いいさ。もう一ついい事教えてやる。
それに、ためになる奴連れてきたんだぜ。」

ニイッと笑うニードが、足取りも軽く階段を上る。
ためになる奴が誰なのか、ルークは期待に目を見開き彼を追い越して自室へ急いだ。

バッ

いきなりノックも無く、ドアを開く。
驚いた顔で、本棚の前で本を一冊手に取った黒髪おかっぱの小柄の少年が目を見開きこちらを振り向いた。

「や、やあ、久しぶり、ルーク。」

「・・アデル様か・・これは失礼、お久しゅうございます。」

ガッカリ肩を落とし、ルークがため息をついて部屋に入る。
まあ、ニードが「ためになる奴」と不敬なことを言うからには一や二の巫子では無いだろう。
一瞬日が差したような覚えを感じただけに、落胆が大きい。
しかしそのあまりの姿から、アデルの横から男がツカツカ歩み寄り、ゴンと頭突きをしてきた。

「いてっ!つつ、いきなり何をなさるオパール殿、相変わらずがさつな方だ。」

「これは魔導師殿失礼した、あまりに無礼なので思わずめまいがしてしまった。
地の巫子が三の方、アデル様に敬意を示されよ。
魔導師の塔の長とはいえ無礼者め、首をはねられぬだけでも良しとするがいい。」

のっぽで相変わらず無粋な男だ。
黒髪の中にブルーの髪が一房あるオパールが、鋭い目でルークを見下ろす。

ミスリルはだいたい目立たず頭の低い者が多いというのに、オパールはアデルに不敬を働く者には冷たく容赦が無い。
ここで敬意を示さねば、冗談抜きでたとえ自分でも首を切り落とされかねない気迫がある。

「オパール、控えよ。
ルークは失礼でサイテーな奴でも魔導師の塔の長だ。
それに僕は公式では無く忍びで来たんだよ?
ああ!もう、ルークがそんなにガッカリするとは思わなかった。
もう帰ろっかな。」

ぷうっとむくれて、アデルがドスンと椅子に腰掛けテーブルに本を置いてパラパラめくっていく。
それでも、本を大切に扱う仕草はさすが地の巫子だ。
それがどんなに大切な物かを良くわかっている。
何冊も、分厚い本を写本して手に入れた本が並んでいる。
破損すると2冊目を手に入れることは難しい。
崩れた魔導師の塔からも、本だけは魔導を使っても出来うるだけ掘りだした。
くたくたになろうと、それだけは後世に残す義務がある。

「いやいやいや、とんでもない。
お目にかかれて恐悦至極に存じます。この城の危機に忍んでのご登城、アデル様の御機転にこのルークも恐悦至極にございます。」

腰を落としてアデルの片手を取り、額に当てる。
顔を上げると、アデルがまだあどけなさを残す笑顔で笑っていた。

「ほんと、ルークは正直だね。
僕でガッカリしたって事は、兄様たちじゃ無いと僕では役不足ではないかと感じるほどの事態だと言う事なんだね?」

ルークが驚いて目を見開き、おもむろにうなずく。
3番目の巫子は、果たして本物の巫子なのかと言われるほど立場的に弱い。
厳しい立場であるだけに、状況判断が齢11にしてすでに冷静だ。

「は、失礼ながら、不確定ですがそうかもしれないと言う事です。」

「不敬な事を・・アデル様はセレス様を持ってして幼少より突出した御才能と言わしめられたお方。
しかも百合の戦士である地の巫子を一度ならず、二度までも・・」

額に青筋立てるオパールに、アデルがグーを振り上げ足をバタバタする。

「オパール!いいから下がっててよ!もう!話も聞けないじゃないか!
で、ルーク。
僕は巫子としては半人前とは言われているけど、一応修行は一通り終えている。それは安心して良いと言っておこう。
兄様方はまだレナントに行かれたままなんだよ。
本当は四の巫子がまだ未熟なので、僕は神殿の守として残らねば行けないんだけど、地の紋章のほこらの事を聞いたのでね。
僕は城に行くべきだと判断した。
中に封じられていた剣がどれほどの物か・・・
清めや破魔は問題ないけど、でも場合によっては強い魔には負けるかもしれない。
僕は術を安定させるのがあまり得意じゃ無いんだ。」

「私が補佐いたします、ご心配なさいますな。」

オパールがスッと彼に耳打ちする。
弱みを人に見せるのは良しとしないのだろう。
だが、いっそうアデルは視線を落としてしまった。

「わかってるよ、オパール。
でも、この諦めの早さが一番不味いから、大兄様には相手を選べって言われてるんだ。
巫子が魔に魅入られると、もう殺すしか無い事もあるからって。
生きたければ心眼を磨けとね。」

アデルの声が沈んでゆく。
一人で行動した事が無いだけに、不安で仕方が無いのだろう。
ルークにここまで話すのは、あまり期待して欲しくないという自信のなさが現れている。
それでも、こうして勇気を出して来てくれたことは感謝すべきだろう。

「でも、アデル様はすでに百合の紋章を背負っておいでです。
あなたはまだお小さい、ご心配はもっともでございましょう。
それでも、百合の戦士である事には誇りを持たれて良いのです。
セレス様も、イネス様も、あなたを認めているからこそ百合の紋をお認めになった。
三の巫子アデル様、もっと自信を持たれませ。
それに、巫子であるあなたがいらしただけで、それは魔物にとっては牽制となります。
今はそれで十分です。
それに、完璧に封じるとなると巫子様お三人が束になっても果たして対抗できるかどうか・・」

アデルが顔を上げ、にっこり笑みを浮かべる。

「わかったよ。じゃあ、僕のお願い聞いてくれる?」

「えーっと、私に出来る事であればなんなりと。」

「僕、王様に挨拶に行くんだ。ルークも付いてきてくれる?」

気恥ずかしそうに、肩をすぼめて首を傾げて聞いてくる。
とりあえず、着いたら王に挨拶と神官たちにうるさく言われたようだ。

「もちろん喜んで、承知いたしました。」

苦笑して差し出された小さな手を取り、ルークは立ち上がった。