桜がちる夜に

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更新日 2019-02-24 | 作成日 2018-05-20

**お気に召したら拍手お願いします、創作の力になります。よろしくお願いします。

赤い髪のリリス 戦いの風 53

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157、

日が傾き、薄いもやのように空を覆った雲が薄紫色に色を変え、その輝きが次第に暗く落ちて行く。
ぽつりぽつりと時々道行く人は近くの村へ向かう人だろうか。
城下町で買い物を済ませたのか、荷物の多い人も多い。
ガーラントが空を見上げ、腰に手をやりあらためて麻の布で巻いた剣を外套の中に隠した。
大きめの外套はザレルの物だ。
最近滅多に着なくなったらしい古い物ではあるが、やはり上位の騎士長の物は気が引ける。
遠慮したのにブルースは、リリスが出してきた他のコートに平気で袖を通し自分にも押しつけてきた。
まったく不作法な奴だとため息が出る。

びょうと風が鳴り馬車の周りの木が一斉にサワサワと揺れ、肌にひんやりと寒気が走る。
馬車は普段使用人が使う質素なもので森の入り口の目立たない場所に止めたのだが、御者台には顔や装束を見せないようにすっぽりと外套を羽織るパドルーが眼だけを出して睨みをきかせている。それが気になるのか、通行人が怪訝な顔で見て過ぎ去っていった。

街と反対の城下に広がる森は、城の周囲半分を覆うものだ。
それはとても深く、背の高い木や景色など目印も見通せないほどの木で覆われているので、慣れていないと迷うほどだ。
自然を利用した守りとも言えるだろう。

バサッ バサッバサッ

突然頭上に羽音が鳴り、見上げると普段は見慣れないグレーの大きな鳥が近くに降りた。
しばらくすると、その方角から忍んで顔を頭巾から垂れた紗で隠した白装束の男が姿を現す。
彼、古の火の神官であったと言うホムラは、姿を変えるのがミスリルとしての力なのだろうかとガーラントは思う。
祭事を滞りなく行う事が仕事の地や水の神殿の神官とは、彼ら火の神官は少し違うような気がする。

彼は足音も立てず、ガーラントを一瞥もする事もなく馬車へとサッと乗り込む。
なんとも不気味な物だとため息をつき、馬車の入り口に立って周囲を警戒しつつ中の会話に耳を立てた。



「申し訳ありません、お疲れでございました。
で、様子はいかがでございましょうか?」

馬車の中から、ホムラに気を使う少年の声が密やかにこぼれる。
眷族であれば気を使うことなど不要だろうが、声の主リリスはホムラ達にまだ火の巫子とは認められていない。
ガーラントはやや不服そうに大きく息を吸って静かに吐いた。

薄暗く狭い馬車の荷台にはリリスを奥に、両側にはブルースにグレンとゴウカが座している。
ホムラが入るとリリスは小さく呪を唱えて手の中に灯りをともし、ふわりと宙に浮かせた。

「便利ですな。」

何気なくブルースが顎をさする。
伸びた髭がザリザリと心地が悪い。
しかしホムラは小さく息を吐いて首を振り、グレンの横に座った。

「灯りなど無用」

「あれ?やっぱり」

リリスがパチンと指を鳴らして灯りを消す。
しかしホムラは腕を組み、しつこく首を振ってわかってないといったそぶりを見せた。

「隠密行動に魔導など相手に場所を知らせるような物。
やはり下卑た生まれの者にはわからぬ事よ。」

「申し訳ございません。
でも・・だって、あなたがホムラ様だってわからないんだもの。」

ブッと外からガーラントの吹き出す声が聞こえる。
返す言葉も無くホムラが顔を上げると、他の神官達はすでに顔の前垂れはほとんど上げたまま素顔をさらしている。
ぐるりと見回すと、皆が口を押さえて笑いをこらえていた。

「言い訳など見苦しい、だから生まれが知れる!」

バッと顔の前垂れを跳ね上げる。
獣の目をしたホムラの顔が現れ、リリスがにっこり微笑んだ。

「確かに、ホムラ様」

ゴホン、不服そうにホムラが一つ咳払いして馬車の窓から外をうかがう。

「そのような事より、森を通って身を隠しながら行かれるならば頃合いではないのか?
城下の見回りは先ほど終わった、次の見回りまで間がある。
丁度夜の番と交代のようだ、今なら多少派手に動いても目立たぬであろう。」

「承知しました、では今一度話し合ったこと、ここに着ての情報の整理を。
目的地は・・城の近くにある古の罪人の墓場、となっております。
エリン様によれば、城や町の方からは一本道が通っているようですが、かなり荒れているようです。
ただし、草丈が他よりやや低いとのことですので、半年に一度程度に草刈りがあるのでございましょう。
城下の見回りは小道の入り口まではあります。
で、我らは森側から入る事としますが、仮に見つかりましたら馬車をこの表の道まで走らせてくださるそうですので、ここまで突破願います。」

「見回りと鉢合わせにならぬ事を祈るか。」

「まあ、見回りも騒ぎになれば飛び出してこられましょう。
その辺は個々の対応で。
あと、騎士の方は出来るだけ城の方を切るのはお控えください。
目くらましは私とミスリルの方にお任せを。」

「承知した。ただし、地下では逃げ場が無い、剣を抜くのも致したが無い。
騒ぎにならんことを祈る。」

リリスが頷き、広げていた目的地の墓場までの地図をたたんでカバンにしまい、それをたすきにかける。
立ち上がりかけて、ブルースが顎の無精髭をザリザリ鳴らした。

158、

「しかし墓場か・・気が進まぬなあ・・
ガーラントが本城ではそこへ行くのは禁忌であったと・・俺はガキの頃から幽霊と女の涙だけはダメなんだ。」

「そう言ううわさで人払いをしているのでしょう。まあ、出ても精霊のイタズラと思って下さい。
王族としてもそこは何かあった時の逃げ道ですから、いざというとき使えるように整備は必要です。
何気なく目立たぬようにそこにあり、誰も興味を持たない。
しかも、人が手を入れても不思議とは思わない。そう言う意味では成功しています。」

「ま、罪人でも呪いの元になっちゃ本末転倒だ。昔は呪術もあったらしいからな。慰霊の意味もあったんだろうさ。」

「罪人でも人の死にかわりは無いですから、手向けは人間として最後の良心です。
えーと、剣は麻布で包んでいますか?」

ブルースが、腰をパンと叩く。
神官達も腰に小刀を差しているので、皆、麻布で巻いた棒状の物が腰にあり、一見奇妙な風体だ。
だが、リリスは皆を見回しチェックして頷いた。

「うん、皆様おそれいります。
お手数ですが、墓守の精霊はかなり好戦的なようです。
精霊の嫌う金物は、草木でくるまねば余計な争いを生むようです。
地図にも必ず剣は麻布で隠すようにとありますので。
夕暮れ以降は魔物には強い時間です。
墓守が精霊だけなのか魔物もいるのかが不明ですが、ホムラ様によると地の精霊が守っているのではないかと・・」

「なんでわかるんだ?」ブルースがホムラを見る。

「・・精霊は属するもので、匂いやまとう色が違うのです。」
ホムラは答えず、グレンが答える。

「魔物か・・魔物ってのはまずいな・・で・・魅入られたらどうすればいい?」

ブルースが、不安を隠して余所を向き口を濁す。
城で魔導師に身体を乗っ取られたのがどうしても許せない。
そして、また足を引っ張るのでは無かろうかと、一抹の不安となって胸に重かった。

「ブルース様は、一度魔導師に道を作られてしまっておられます。
それは魅入られやすいと言うことです。」
リリスが話すと、ショックを隠しきれず思わずブルースが顔を上げる。
だが、リリスはそれを手で制し、カバンから取り出した小さな包みを取り出した。

「慣れないので、これを作るのに一晩かかってしまいました。
ヴァルケン様直々に教えて頂いた、身代わり札を撚ったモノです。
これを腕につけてください。」

なるほどなにやら葉っぱ色に染まった緑色のこよりが3本。
リリスが彼の袖を上げ、1本1本腕に縛っていった。

「なんで3本なんだ?」

「だって、ブルース様、人が良すぎますから。」

「ええ〜〜・・・バッ、バカに・・」
真っ赤な顔の彼に、キュッと笑ってリリスがハイ出来ましたとぎゅうっと手を握った。

「守りの上に守りを重ねて、あなたを守りますように。
良き騎士よ、あなたはあなたのままであれ。
アス ベルク、我が血、我が吐息、我らが眷族のかけらをより合わせた者よ、火炎の巫子リリス・ランディールが、我が名をもって汝に託す。
汝、身をもって守りし時は、その火、情けに充ち満ちてフレアゴートの御許へ昇華せり。」

ポッと、こよりが光って継ぎ目のないつるの腕輪に変わった。
少し驚いてリリスの顔を見ると、さも上手く言ったという風に満面に笑みを浮かべている。

「よろしい、では!参りましょう!」

サッと立ち上がり、締まった顔で皆に微笑みかける。
ほどよい緊張が皆に伝わり、思わず一同が大きく頷く。

同じく思わず頷いてしまったホムラが意表を突かれ、渋い顔で顔の前垂れを降ろした。

「締まりの無い事よ!遊びに行くのでは無いのだぞ!」

「元より!皆々様、どうかご無理なさらぬように。
私は真っ先に逃げます!」

「ふふっ・・そう言いながら、先陣を切って突破する。とか、言いそうな御仁よ。」

ブルースが苦笑して腕輪を隠すように袖を降ろす。
そして真剣な顔でリリスに向かって胸に手を置いた。

「我らはあなたの騎士でござる。
進む時は元より、引く時もあなたは我らの真ん中でありなされ。
我らはあなたを守るためにここにある。
我らにとって、あなたは絶対に守られねばならぬお人だ。
それだけは、それだけは重々お守りを。」

「わかりました、心します。
ありがとうございます、安心して前に進めます。
皆様,お世話になります、よろしゅうお願いします。」

ブルースに、そして皆に頭を下げるリリスに、ちっとも変わりないなと騎士二人が苦笑する。
「よしっ!参りましょうぞ!」
バンと彼の肩を叩き、そしてブルースは率先して馬車を降りはじめた。

「おう、ガーラントよ、貴様は後ろを頼む。
無理はするなと巫子様は仰せだ。」

茶化してブルースがコートを直す。
ガーラントは馬車から降りるリリスに手を貸しながら、フッと笑った。

「あなたが無理しなければ、我らも無理をすることはなかろう。
くれぐれも自重なされませ。」

「はい、よろしくお願いします。」

「では、私は馬車を預かります。
危急の時はお逃げください、水鏡で見ておりますので、タイミングを見て墓場近くの道に走らせます。お任せを!」

「お願いします。」

パドルーがうなずいてサッと御者台に戻り、馬車を城の方角へ動かす。
一同は森へ入り、目的地の罪人の墓場と呼ばれる場所へと向かいはじめた。

159、


ゆらゆらと何本ものろうそくの火が揺らめき、王子の部屋を照らす。
風が通り抜けると一斉に揺らぐ炎に、まるで深海のような静謐さが室内を満たす。
だが、ルビーを手にそれを見つめる老人の心中は、焦りに満ちていた。
一歩動けばハアハアと息をつく身体は重く、鉛の服を着ているように動きもままならない。
やっと自由になれた開放感と裏腹に自由に動けない身体がもどかしく、机の上にある書物を横になぎ払った。

「うう・・おのれ、おのれ、早う次の身体を探さねば、もっと若い身体だ、もっと馴染む身体だ、もっともっと力のある身体だ。」

部屋の隅に小さくなる、金に輝く髪の美しい少年のおびえる顔を一瞥する。
小さく震えるその少年、リュシーに手を伸ばす。
と、闇が動き小さな影がそれを遮った。
ジレが舌打つ。
黒い髪が揺らめき、リュシーの前にどこからともなくフェイクが現れる。
黒い闇のような瞳が、無言でジレを見つめた。

「フン、お前の主などなんの役にも立たぬ。
混ざり物が、ただの人質よ。
お前は知らぬだろうが、これの中には地の王の子が潜む。
くくく、精霊達は一切手が出せぬと言う物。
・・ただ、今はそれだけでしかない・・
トラン王に取り入っておきながら、開戦にも至らず逃げ帰ってきたとは・・
まこと、まことに下らぬ能なしよ。」

しわがれた声で呪詛のようにリュシーを責める。
金色の髪の少年は、以前の不敵な魔術師のかけらもなく、自分よりも小さな下僕の影に隠れて震えていた。

「ガーラ、ガーラ、助けて、助けて・・」

記憶も定かで無く、ガーラが何かもわからぬままそれに小さく語りかける。
ボンヤリと輝く、優しい微笑み。
脳裏の中、それに必死で手を伸ばす。
ゴウゴウと火が燃えさかりその手が遮られる。
最初は自分が火に包まれているのか、相手が火に包まれているのかわからなかった。

でも、次第に自分が火の中に取り込まれているのだと気がついたのだ。

「ジレ、そこまでにせよ。」

声がして、キアナルーサが現れフェイクに下がれと手で合図した。
フェイクがそっとリュシーの背に手を回し、庇うように部屋を出て隣の自室へと彼を誘導する。
暗い部屋の中、リュシーをベッドに座らせろうそくに火をつけると、傍らの水差しからコップに水を注ぎ彼に差し出す。

「ガーラとは、誰です?」

「わからない、でも・・・何か優しい。」

「殺されそうになった、それは覚えてますか?」

こくんと頷く。
コップの中の水が揺れ、くすんと鼻を鳴らした。

「怖かった、とても強かった。
いっぱい僕の廻りの火が吸い取られて、もう一人の僕はどんどん小さくなっていって・・
敵わない、怖い怖いってもう一人の僕は泣いてた。
大きな、金色の人・・・
でも、でも、どうしてだろう、怖いのに、とても綺麗だった。」

ほろほろ涙を流しながらも、今までと違って次第に自分を取り戻して行くリュシーにクスリとフェイクが微笑む。

「そう、やっと少し落ち着いたのだな。
親の作ったその新しい身体が、思わぬ良い状況をもたらしたのか、今はお前が勝っているのか。
お前は、もっと落ち着いて、自分の中を見つめるのだ。
少しずつ、自分が何かを思い出すがよい。
もうすぐ,もうすぐ、その美しき者が、今度は救いに、助けに来る。
きっと、そう・・・もうすぐだ。もうすぐ来る。
だから、もう少しの辛抱だ。」

リュシーがうんと力強くうなづく。
何かわからない。
でも、ガマンしよう。

静かに、涙をふいて水を一口飲む。
彼がふうっと一息ついたとき、フェイクが目を細め耳元に囁いた。

「ずっと、赤い髪の子のそばにいただろう?なぜ離れた?」

赤い髪の子?そばに?
不思議な質問なのに、答えがすうっと口から流れ出た。

うん・・赤い髪の子・・・・うん、いろんな赤い髪の子のそばにずっと。
耳飾りや、指輪やフィーネの中に・・
僕は半分寝てたけど、いつも騒がしいもう一人の僕は,赤い髪の子の近くにいると、とても静かだった。
大きなお城・・ここかな?について来たとき、とても懐かしい子がいるって言ってた。
僕じゃ無い、もう一人の僕がざわざわし始めて・・
なぜか、光ってなきゃいけない・・のに、とても暗いのがおかしいって。
だから、その子に引き寄せられて、それから、見守っていた。
とても騒がしくて、怖いって言いながら。
そしたらその子が井戸に・・落ちた?なにか、わからない。
真っ黒な何かに触れて、力がちょっぴり吸い取られて、何か真っ暗になって。
それから、僕は怖くて眠ってしまった。」

一息に話すと、残った水を飲み干し目を閉じてコップを降ろす。
もっと何か思い出さなきゃならない。
もう一人の僕が小さくなっているうちに。
今はそうするのが大事なんだと、フェイクという下僕だった物の大きな翼に守られて落ち着いて考えるようになった。