桜がちる夜に

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更新日 2019-06-08 | 作成日 2018-05-20

**お気に召したら拍手お願いします、創作の力になります。よろしくお願いします。

赤い髪のリリス 戦いの風 55

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163、

そこは、罪人の墓場と言っても草むらの石畳に石碑のような物が3つ。
罪人と言え、やはり呪いは避けたかったのだろう。
あえて地の神殿の印であるユリの紋章を入れなかったらしいが、鎮魂の為にと地の神殿が、王の許しを得て建立した物だ。
入るべからずの木札が立っているが、元々色んなうわさが災いして訪れる人は少ない。
ここにユリの紋が入っていたなら、信心深い人々は守の精霊などさえも恐れず立ち入ったことだろう。
信仰心は何よりも勝る事を、人間は愚かだと言いつつもヴァシュラムは知っている。

「石畳を踏んだら音を立てないで下さい。
石畳は所々に結界の呪文があります。
あれを踏んだ瞬間に城の魔導師には知れる仕組みでしょうが、一応呪文封じの針を通り道には刺しています。
ただし、高位の術者であれば有って無いような物、ただ、私が踏んでずいぶん立ちますが兵の来る気配はありません。」

針は、目をこらすと石の中央にくるぶしほどの長さでキラリと光る。
一体どうやって刺すのか、硬い石を物ともせずしっかりと刺さって立っていた。

「あとでどうやって刺すのかご指南願いたいねえ。」

ブルースが顎の無精ヒゲをさすってザリザリ言わせる。

「あなたが出来るなら、私の存在意義が揺らいでしまいます。」

珍しくエリンが、穏やかな顔でクスリと笑って返した。
しっと指を立て、針と針の間を歩き始める。
2カ所に置かれた香炉から香が立ちこめ、あたりは花のような爽やかで薄く甘い香りがして、守の精霊なのか薄いボンヤリとした人型の光がじっと頭をもたげ動く気配がない。
それは十数体もあって、いくつかは地面から半分ニョキニョキと身体や頭を中途の状態で出していた。

エリンがここを踏むようにと、石畳の道筋を指で合図しながら皆一列になって石碑の前にたどり着く。
中央のひときわ大きい石碑に刻まれた文字の一つをなぞると、左の石碑の脇の石がゆっくり浮き上がった。
ブルースがそれを持ち上げようと手を出すと、エリンがそれを遮り足で踏む。
すると、中央の石碑の後ろの石が奥へ斜めにスライドした。
なんとも複雑で、小細工がヴァシュラムらしいなとリリスが呆れる。
これじゃ急いで逃げ込むなんて無理ですよね。
と、口から出そうで慌てて口を手で塞いだ。



精霊避けの香り粉は、ミスリルにも幾ばくかは影響があるらしい。
気がつくと、ゴウカが前垂れを下げ、それで口を覆っている。
先にホムラが入り、次にブルース、そしてリリス、続いてゴウカとガーラントが入る。
振り返るとホムラと目を合わせ、うなずき合ったグレンが外に残り外から扉を閉めた。

大きく息をつき、エリンが腰から一本の木を取りだして横の壁にシュッとこする。
木の先に難なく火が付き、思わずブルースが声を上げてハッと口を塞いだ。

「もう話しても大丈夫ですよ。
ここから城の下まで結構距離があります。
現在は使われていない様子なので、水音がする場所では滑らないようお気をつけ下さい。」

皆、詰めていた息をふうっと吐く。
地下通路は思っていたより整備されたトンネルのようだ。
密かに作らせた物とは思えないほど、緻密にレンガ状に切られた石が整然と敷き詰めてある。
昔王家は今より精霊とのつながりが深かったことを思えば、ここは地の精霊が作った物かもしれない。

「グレン様は?一緒に行かれないのですか?」

「グレンは残ってあの場所を確保します。
退路が一カ所ですから、出口は確保しておかねば逃げられませんので。」

「そうか・・わかりました、では参りましょう。」

出口は一つ・・・リリスの表情が緊張からか硬い。
これから進む先が、真っ暗な穴の底に見えてくる。
閉塞感に、逃げ場が無い現実が暗く重く、突然ドッと鉛が落ちてきたように感じた。
自分の判断で、これだけの人数の運命を左右するのか。
気がつくと、手が、膝が小さく震えている。

前のめりになるが、その一歩が踏み出せない。
前を見ると、エリンが、火の神官達が、ブルースが振り返って待っている。
みんな、リリスが急に臆して恐怖に震えているのだとわかっていた。

どうしよう・・足が前に出ない・・・どうしよう

焦りに手が濡れ、手を開いて見る。
と、バンッと突然背を叩かれた。

「何を緊張されている。これだけの達人に囲まれて、何を怖がることがある。」

ニッとガーラントがリリスを力づける。
リリスが彼を見上げ、じっと見つめて唇を噛む。

「・・・こわい・・のです・・」声を、振り絞った。

「大丈夫だ」

「みなさまを、こんな所に・・・」

「大丈夫だ」
大きな手で、背をグッと押された。

「恐れも知らず魔物に立ち向かうあなたが何を言う。
我らはあなたを守る為にここにいる。
あなたがそうやって怖がるのは、いつも自分の為に他人が命をかけるときだ。
だが、あなたは誰よりも生きなければならない。
さあ、思い出すんだ。
ここにあなたは何をしに来た?」

ガーラントのその言葉に、突然前が開けた気がした。
目を見開き、顔を上げ前を見据える。

「そうでした。前に・・先に進む為、火の巫子の指輪を探さねばならないのでした。
なんてことでしょう、すっかりこの・・どこまでも続く壁と闇に圧倒されていました。
皆様、お待たせして申し訳ありません、どうぞよろしゅうお願いします。
さあ参りましょう。」

両手で頬を包むように叩き活を入れる。
足が軽くなり、エリンの後ろまで歩みを進める。
エリンが微笑み、ホッと安堵の息を吐き前を向いた。

「さあ参りましょう。
私のあとを離れぬよう、分かれ道ではお気をつけ下さい。」

「はい!」

リリスの元気な返事に、ブルースが後ろを来るガーラントに親指を立てる。
ガーラントがニッと笑って手を軽く上げ、前を見ろと合図して返した。

164、

キアナルーサの自室の中、手の平ほどもある大きな赤いルビーのような石を必死に磨く老人が苦しそうに息をつく。
その石は若い貴族達の血判を吸い込み、誓いの要となっているジレの石だ。
だがルビーは輝きを瞬かせ、血の色が次第に薄くなって行く。
それに驚いた顔で、ジレはブルブルと手を震わせた。

「お、お、お、ランドレールよ・・」

「しっ、我が名はキアナルーサだ、違えるな。」

「くっ・・・その!ような事!」

ジレが王子に迫る。
酷く焦り、王子が思わずひるむほどに鬼気迫る姿。
なのにその足取りはよろめいて杖にすがりついておぼつかない。

「もうこの身体はダメだ。
もっと若く、力のある身体を用意せよ。」

「もう少し待て、私が玉座に座ればどうとでもなる。
あの魔導師の塔に若い魔導師を集めている。
その中から好きな身体を選べば良い。」

「もう!待てぬ!見よ!!」

ジレがローブを解き、どす黒く腐れ始めた胸を見せ王子に迫る。
王子は驚き、口に袖を当てて思わず顔をそらした。

「腐れ落ちれば悪い香を放つ。さすればお前にも都合が悪かろう?
くくく・・手を引いても良いのだぞ?そうか・・・・
今度はお主の身体に取り憑いて、この国を滅ぼしてくれようか!」

「バカな事を!!不敬を申すな!我はアトラーナの王子ぞ。
我は!我は!今度こそ玉座に座し、身の程知らずの精霊どもを排斥して決起し、この国をもっと・・もっと大きくするのだ!
お前はそれに手を貸すというたではないか!
お主は我が剣、元より剣に収まっておれば良い物を!」

「それはお前の都合であろう、自由に動けぬ身の辛さをお前などにわかるか。
こんな・・封印された剣などに・・
ならば生き血を用意せよ、石が、大切な石が血を欲している。」

「生き血など、欲しければ疲れた兵でも惑わせ、手に傷を付けてすするがいい!

くそ・・・、くそ!ここまで上手く行ったものが、何か狂い始めている・・いや!違う。
思い出してもみよ、我に好機が突然訪れたのは神の采配であった!

ここに神殿の火があったのは、それから力を得るばかりか操れたのは、今こそ我に玉座を取れという啓示だったのだ!
だのに、何故事が上手く進まぬ!
ガラリアめ、あと一歩で隣国と諍いが起こせたものを、あれからすべてが台無しになった。
戦を起こせば、このような生ぬるい国などすぐに倒せたのだ。
アトラーナを併合させたのち、トラン王族を乗っ取り、古の国の姿を戻す!
この上もない!!だが、その方法がもろくも崩れた。

トランはもともと我が国の一部!アトラーナはこのような小国では無かった!
なのに、何故誰もそれをおかしいと思わない!
父王も、臣下どもも腰抜けだ!リリサレーンは顔を見れば説教しか言わぬ!
今のアトラーナ王家は腐りきっている。
みんな、みんな、死ぬがいい!」

はあ、はあ、はあ、

息をついて気を取り直し、時代が違うことに気がつく。
すでに、皆故人なのだ。
自分が生きた時代はとうに過ぎ去った。

「そうだ・・・そうか・・・みんな死んだか。そうか。クックックック」

ガラリアがいて、精霊王達もいることで勘違いした。
腹を押さえ、狂気の顔でひとしきり笑う。
そしてようやく落ち着いた。

「もう良い、この小さな国から始めれば良い。
精霊を排斥し、軍事国家として侵略を始めれば、それで!」

「そうだ、共に現王を退け玉座を勝ち取ろう。
だが、その為にも身体だ。我もお前の為に動かねばならぬ。」

自由が欲しい・・
だが、身体を用意するのはもっとも困難な事だ。
顔見知りが一人でもいると騒ぎになる。
この老人の身体も偶然城の近くで行き倒れた旅人の身体を乗っ取った。
死にかけはまだ不完全な力には都合良く、容易に乗っ取ることが出来た物の、元より行き倒れ。
これまで持ったのが上々だと言うべきだろう。

王子がチッと舌を打つ。
ガラリアが剣を封印しなければ、もっと力を使えるのに口惜しい。
だが、ジレは大切なコマであり一心同体とも言える。

「ええい、剣の封印が解けさえすれば、・・」

「巫子の血があればこんな封印など解けようぞ。
地の神殿から巫子が来ておろう、夜襲をかければ良い。
コマはもう揃っているではないか。」

「ならぬ、巫子を傷つけるなど、アトラーナの王子とて出来ることでは無い。
お前も知っているはずだ、ヴァシュラムを舐めてはならぬ。
あれは何を考えているのかさっぱりだ、どんな行動に出るのか思いつかぬ。
地の神殿と敵対するのは良策ではない、玉座を奪ってからだ。
あの、木偶の下僕の身体では無理なのか?」

王子がツイッと隣室のフェイクのことを顎で指す。
だが、ジレは何故か怪訝な顔で首を振り声を潜めた。

「あれは、何者か見えぬ。油断できぬ。」

「なにっ?木偶では無いのか?どういう事か?」

「木偶かもしれぬし、そうではないかもしれぬと言う事よ。
木偶の胸には確かにあれの水晶がある、だが、臭いがしない。
魔術で作られた木偶であるのに、術の臭いがせぬ。気味の悪い木偶よ。」

「まさか・・他に生き延びた亡霊か?」

王子の言葉に、目を見開きジレがにたりと笑う。
自らも悪霊のくせにと不気味に乾いた声で笑っていると、王子がふと顔を上げた。

「なんだ?!地下に誰か入ってきた。」

「なんと!盗人か?これは良き案配よ。何人だ?」

「ううむ・・わからぬ、わからぬ、まだ遠い。
何故だ!守は何をしている!ううぬ・・・
寄るな・・近寄ってはならぬ・・・・
おのれ、生者のこのざわつき、ああ・・気に食わぬ、おのれ、気持ちが悪い・・」

王子が頭を抱え、胸をかきむしり、怒りの形相でギリギリと歯を食いしばる。
苦しみと怒りの混じった強烈な顔はまさに悪霊が乗り移っていると言えよう。
だが、対照的に腐りかけの魔導師は、思わぬ幸運と狂喜して目を輝かせた。

「良い!良い!良き身体なれば、我が物にしてこよう。
良いな、お前はその顔で人前に出てはならぬ。
若い身体だ!ククク、ランドレールよ!わしが新しい身体で戻った暁は・・」

「早う行くのだ!このざわつきは耐えられぬ。
おのれ、姑息な!きっと何か聖水でも持つ者に違いない。
殺せ!二度と立ち入ること許さぬ!戻ることも許さぬ!
目当ては宝物か、我が手にある物か?!許さぬ、許さぬ、奪うこと許さぬ!」

「承知、気に入った身体を奪い、他は屍と変えて来ようぞ。
ククク、なんという好機よ!
さあ、さあ、わしの大切な石よ共に地下へ赴こうぞ。
新しい身体と、お前には新鮮な血を腹一杯吸わせてやろう。」

ジレが意気揚々と石を身体から取り出し、それにすがりながら念じる。
石は怪しく輝きを放ち、ジレの身体を吸い込んで消えた。

165、

城内の宝物庫は、場所を階下に掘り下げた階段一つしか無い地下にある。
入り口は厳重に鉄の扉で閉じてあり、そこは王の許しが無ければ開くことができない鍵がある。
王家の者でも何度も入ったことなどないが、目録は王の書室の隠し扉にあり、戴冠後に引き継がれて始めて目にする。
いわれのある財宝だけでは無く、ここは精霊の国、何かを封じた物もあると聞くが定かでは無い。
通気口があることはあるが、通気の少ない地下だけに湿気が多く、絵画や書物は別の部屋に保管してある。
宝物はアトラーナ王家の財産、有事には密かに取り出せるよう、王族だけが知る隠し通路があるという話がうわさにあった。

延々と続く地下通路。
脇道がいくつもあり、右なのか左なのか到底覚えきれないと思うのが普通の人間だが、ミスリルの感覚や記憶力は超人的だと思う。
ずいぶん歩いて、一体何が目印なのかわからないが、エリンが通路の途中でおもむろに立ち止まって壁を指さした。

「この、壁の向こうが宝物庫らしいのですが・・」

リリスがその壁を見て頬に手をやる。

「は?はあ、えーと、この向こうでございますか?」

「はい、こちらの壁の向こうです。
そうですね、必要でしたら壁抜けが出来る者を連れて参りますがいかがでしょうか?」

「いやいや、泥棒はいけませんね。それにかなり強力な封印の呪を感じます。壁抜けには呪をかけた魔導師の解除の呪文が必要でしょう。」

リリスがつぶやき、神妙な顔で壁に手をやる。
じっと、耳を澄ませる。
目を閉じ、右に、左に首を傾ける。

「巫子様よ、で、どうなんだ?その封印ってヤツは影響あるか?」

「うーん・・どうなんだろう?
あ、いいえ、封印自体はあまり影響ないかと・・
うーん・・近くに行けば何か感じると思ったんですが。」

「と、言うことはどうなんだ?」

ブルースがせっつく。
リリスはどうにもピンとこないので、眉間にしわ寄せた。
こう言う感覚ってパッと来るのか来ないのか、時間が必要なのかわからない。

「なんか、どうも、ですね・・・
なんとも、何にも感じませんね。
まあ、何にも感じないことは無いんですが、指輪とは違うアレですね。」

「アレってなんだ?」

「まあ、代々いろいろあったんだろうなあと。」

「どういう事だ?つまり?」

はっきりしろとガーラントが来た道を振り向く。

「そうですね、ここには無い・・・と思います。」

「なんだ、くたびれもうけってヤツか・・」

ブルースが大きくため息をついた。

「じゃあ、戻るか。」

ガーラントがエリンの顔を見る。

エリンがうなずいて後ろに回ろうとした時、リリスが彼の上着の裾を握った。

「いかがされました?」

リリスがまだ、先の方を見ている。
目を閉じ、耳を澄ませる。
音では無い、何か感覚めいた物。
ざわざわと、なにか。なんだろう、その何か。

「もう少し、先に行けますか?」

「地図はここまででしたが、あなた様がそうお望みならばお供致します。
よろしいでしょうか?」

他のメンバーにエリンが尋ねる。
一同、ここまで問題なかったので特に異論は無いらしい。

「ですが、ここはもう城の敷地に入っています。
魔導師がこれ以上進むのを良しとするかはわかりません。
気を引き締めて参りましょう。」

「承知。」

ゴウカの言葉に、一同がうなずいた。
では、とリリスが前に出ようとする。
と、突然左手を引っ張られ、ホムラがリリスの前に立ち、振り返ってにらみ付け顔の前垂れを下げた。

「お主は我らの中央に、前に出るな。
城は代々の王家が結んだ精霊との約束から守りが堅い。
この先は地の精霊の範疇、どんな仕掛けがあるかわからぬ。
後ろはゴウカと騎士に任せる。」

「承知しました。」

ゴウカが小さく返す。
彼らはこの暗い中、顔を前垂れで隠し全神経を研ぎ澄ませている。

「ここに・・初めて来たのでは無いのですね。
先頭をお任せしてよろしいか?」

エリンがホムラに問うと、無言でうなずき前に出る。
そして先に進み始めた。