桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 6

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>>その1(1〜3)**アイとヨーコ、リリスと再会
>>その2(4〜6)**アトラーナ城でのうわさ
>>その3(7〜9)**リリス登城する
>>その4(10〜12)**メイスは友達
>>その5(13〜15)**国境のレナントへ
>>その6(16〜18)**野営での一夜
>>その7(19〜21)**顔の無い魔導師の強襲
>>その8(22〜24)**盲目のレスラカーン
>>その9(25〜27)**城内でうごめく影
>>その10(28〜30)**セフィーリアの悩み
>>その11(31〜33)**リリスの中に眠る者
>>その12(34〜36)**レナント領主ガルシア
>>その13(37〜39)**フェリアの探索
>>その14(40〜42)**フェリアとレスラカーンの危機
>>その15(43〜45)**囚われの魔導師
>>その16(46〜48)**地の巫子イネス
>>その17(49〜51)**身分と心のすれ違い
>>その18(52〜54)**仲直りの夜
>>その19(55〜57)**レスラカーンの決意
>>その20(58〜60)**王の憂慮
>>その21(61〜63)**魔導師の塔に潜んでいた者
>>その22(64〜66)**隣国の使者来る
>>その23(67〜69)**使者エルガルド
>>その24(70〜72)**メイス現る
>>その25(73〜75)**魔物の友は・・
>>その26(76〜78)**心の器
>>その27(79〜81)**魔獣メイス
>>その28(82〜84)**アトラーナの秘密
>>その29(85〜87)**旅支度
>>その30(88〜90)**本城ルランへ
>>その31(91〜93)**最悪のミスリル、エア姉弟
>>その32(94〜96)**本城で再会
>>その33(97〜99)**王子キアナルーサの杞憂
>>その34(100〜102)**黄泉の国での修行
>>その35(103〜105)**刃の巫子イネス
>>その36(106〜108)**失われた神殿
>>その37(109〜111)**巫子となるための戦い
>>その38(112〜114)**波紋は広がる
>>その39(115〜117)**それぞれの思惑
>>その40(118〜120)**殺意の攻防
>>その41(121〜123)**火の鳥フレアゴート
>>その42(124〜126)**セレス、隣国トランへ
>>その43(127〜129)**リューズとの戦い
>>その44(130〜132)**ミスリルの村イスカ
>>その45(133〜135)**地のるつぼ
>>その46(136〜138)**いにしえの神官
>>その47(139〜141)**王子に取り憑く影
>>その48(142〜144)**ほこらに封印されし物
>>その49(145〜147)**ヴァシュラムとガラリア
>>その50(NEW!148)

>>その1(1〜3)**アイとヨーコ、リリスと再会
>>その2(4〜6)**アトラーナ城でのうわさ
>>その3(7〜9)**リリス登城する
>>その4(10〜12)**メイスは友達
>>その5(13〜15)**国境のレナントへ
>>その6(16〜18)**野営での一夜
>>その7(19〜21)**顔の無い魔導師の強襲
>>その8(22〜24)**盲目のレスラカーン
>>その9(25〜27)**城内でうごめく影
>>その10(28〜30)**セフィーリアの悩み
>>その11(31〜33)**リリスの中に眠る者
>>その12(34〜36)**レナント領主ガルシア
>>その13(37〜39)**フェリアの探索
>>その14(40〜42)**フェリアとレスラカーンの危機
>>その15(43〜45)**囚われの魔導師
>>その16(46〜48)**地の巫子イネス
>>その17(49〜51)**身分と心のすれ違い
>>その18(52〜54)**仲直りの夜
>>その19(55〜57)**レスラカーンの決意
>>その20(58〜60)**王の憂慮
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>>その22(64〜66)**隣国の使者来る
>>その23(67〜69)**使者エルガルド
>>その24(70〜72)**メイス現る
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>>その26(76〜78)**心の器
>>その27(79〜81)**魔獣メイス
>>その28(82〜84)**アトラーナの秘密
>>その29(85〜87)**旅支度
>>その30(88〜90)**本城ルランへ
>>その31(91〜93)**最悪のミスリル、エア姉弟
>>その32(94〜96)**本城で再会
>>その33(97〜99)**王子キアナルーサの杞憂
>>その34(100〜102)**黄泉の国での修行
>>その35(103〜105)**刃の巫子イネス
>>その36(106〜108)**失われた神殿
>>その37(109〜111)**巫子となるための戦い
>>その38(112〜114)**波紋は広がる
>>その39(115〜117)**それぞれの思惑
>>その40(118〜120)**殺意の攻防
>>その41(121〜123)**火の鳥フレアゴート
>>その42(124〜126)**セレス、隣国トランへ
>>その43(127〜129)**リューズとの戦い
>>その44(130〜132)**ミスリルの村イスカ
>>その45(133〜135)**地のるつぼ
>>その46(136〜138)**いにしえの神官
>>その47(139〜141)**王子に取り憑く影
>>その48(142〜144)**ほこらに封印されし物
>>その49(145〜147)**ヴァシュラムとガラリア
>>その50(NEW!148)

16、

ゴトゴトゆれる馬車の中、リリスが遠く離れて行く城を望み一つ息を吐いて小さくうずくまる。
戦いになるかもしれない。
そう思えば気が重い。
人が死ぬのを見るのは、あのベスレムの夜でもう2度と無いと思っていた。

恐ろしい。

恐い。

戦いを回避する術が、何かあるのだろうか?
自分はそれを探したい。
重く考え込むリリスの肩に、鳥が飛んできてとまった。

「はあ、まったく忙しいわ。」

「え?ヨーコ様?」
「様はいい加減にいらないわよリリス。ヨーコって呼んでよ、ヨーコ!」
「ヨーコ……様、お見送りはもう……」
「あら、あたし付いていくのよ。キアンには了解済み。っていうか、王子の命令なので拒否権無しだって。」

「まったく……あなたという方は……」

リリスが困った顔でため息をついて笑う。

「ね、奥のあの2人の男の子は?騎士には見えないけど。」

同じ馬車の中、荷物を隔てたところに年下らしい少年が二人小さく寄り添って目を閉じている。

「一行のお世話をする召使いの方です。私と口をきいては罰を受けるそうなので、お名前を聞くことが出来ませんでした。」

少年達はよろしくと挨拶はした物の、それっきり口をつぐんでしまった。
リリスにしてみれば、いつものことだ。
子供同士は良くても、大人は許さない。だからこそ、メイスの気さくな気遣いがとても嬉しかったのだ。
ヨーコはチュッと短く鳴いて、彼の柔らかな髪に顔をすりつけた。

「私はあなたの赤い髪が好き。あなたの色違いの目も大好きよ。」
「うふふ……くすぐったい、お許し下さい。」
「ね、やっとゆっくり話せるわよね。」
「本当に、そう言えばアイ様はどうされているのでしょうか?」

「ああ、あいつはね……」

リリスが少し元気を出して、鳥を指にとめる。
ヨーコは向こうの世界でのことを、楽しそうに話し始めた。




背後に大きな湖を配し、そのまわりを緑に囲まれた、トランの宝石、水鏡の城と呼ばれる独特の白壁に美しさが際だつトランの王城。
その天守がそびえる空に雲が湧き、パラパラ音を立て雨が降ってくる。
暗い空を仰ぎ、今年20才を迎えた王子がため息をついた。
王子が去年迎えた隣国の王女は、先月流産したのち体調が悪くずっと伏せっている。
その2ヶ月前には母親で優しかった王妃が石段を踏み外し、階段から落ちて死んでしまった。
悪いことばかりが続き、王は救いを求めある魔導師に傾倒した。
先を言い当て答えを導くことで、一際栄えたある村の魔導師を呼び寄せ、自分の元に常に控えさせたのだ。
王子が玉座に向かい、膝を付き父王に一礼をする。
顔を上げると王のかたわらで、顔半分を仮面で隠し、性別不明の女のような顔をした魔導師リューズが明かり取りの天窓に向けて、白く細い手を差し伸べた。

「いかがしたリューズよ。」

「アトラーナが、国境に兵を送りました。」

高く澄んだ声がホールに響き、リューズは歌を歌うように軽やかに話す。
ゆったりとした純白のローブが、動くたびにサラサラと音を立てた。

「兵を?」

「はい、あれはアトラーナの精鋭とも言える、腕利きの騎士に勇猛な戦士達。
そして恐ろしき呪いを宿す、血の色をした髪の魔導師。
おお恐ろしきこと。アトラーナはやはり、我が国に攻め入るつもりなのです。
我が君の治める、この緑あふれる平和なトランを手に入れるため。」

王が目を見開き、ブルブル震える手を頰に当てる。

「なんと、恐ろしい。わしは守らなくては。
我が国を、我が民を、もう失うのは恐ろしい。」

「ご心配はいりませぬ。このリューズが王の杞憂を消し去りましょう。
手の者を国境へ届く前に、すでに手配いたしております。」

「おお、さすがリューズよ。我が兵も傷つくことなく事は済み行く。
王子メディアスよ、わしが死したのちもリューズを大切にするのだ。これは国の守り神。決して粗末に扱うではないぞ。」

「そのような、父上はまだお元気ではありませぬか。」

「いいや、わしには先がない。夜になれば后の亡霊が早くと急いて枕元に立つのだ。
王子よ、しかし案じることはない。リューズがいれば安心だ。わしも心残し無く后の元へゆける。」

「父上……この大事の時、まだアトラーナが攻めてくることも考えられます。しっかりなさって下さい。リューズよ、お前からも父上に元気をお出しするように言っておくれ。
母は父上にそのようなことをなさる方ではない。」

リューズが微笑み、王子に頭を下げて王の手を取る。
「私には、お后様の安らかなお顔しか見えませぬ。どうかご安心を。」
「そうか、お前がそう言うのであれば、そうであろう。」
王が笑みを浮かべ、目を閉じる。

「父上、隣国に使者を送り少々揺さぶりをかけてみましょう。話し合いに応じるならそれも良し、何とか今の状況を打破して元の平安を取り戻したい。
しかし戦いとなれば、我が兵たちも命をかけて王のために戦いましょう。」
「……ふむ、お前に任せよう。リューズも力になってくれよう。」

「もちろんでございますとも。私はその為にここにいるのです。
御身のためなら何なりと。」

力強いリューズに王子は少しホッとして、立ち上がり兵に告げた。

「王より使者をアトラーナの国境の城に向かわせる!
戦いは近いぞ、国境へ増援を送れ。
アトラーナの兵を、トランに一歩も入れてはならん!」



衛兵に守られたドアの前、王女ダリアが兄の声に爪をかむ。

「なんて歯がゆいこと」
「王女、立ち聞きなどはしたない。」

侍女に急かされ、ドアを背にして歩き出す。
その前から、リューズの仲間である魔導師の1人が来て頭を下げた。
その姿はすっぽりと白いマントに包まれ、顔など見たこともない。
ゾッとする身体を押さえ、ダリアは思わず廊下を走り出した。

「王女!いかがなさいました!」

侍女が息を切らし、慌ててあとを追う。
ダリアは廊下を走り、回廊から庭に出て噴水に手をつくと、ハアハアと激しく息を切らしながらあふれる涙を隠すように手で覆った。

「王女、走っては危のうございます。
どうなさったのです、このリナに不安に思っていることをお話し下さいませ。きっとお力になりましょう。」
侍女のリナが、王女の背にそっと手を添える。

この隣国との状況の変化に、王女は戸惑っているのだろうと思う。
隣国の王子キアナルーサとの婚約には多少不安を持っていた王女だが、先日再度訪問したときには機嫌も直り、とても嬉しそうだったのだ。

「キアナルーサ様のことは……お諦めなさいませ。」

「そんなこと!」

「え?」

「そんなことは、今どうでもいいのよ!
どうして、どうしてあんな……気味の悪い輩が、このトランの宝石と言われた美しい城の中を堂々と歩いているの?
ああ、なんて汚らわしい!」

涙を拭いて、憤ったようにダリアが顔を上げる。
慌ててまわりを見回し、リナが指を立てた。

「王女様、どこにあの魔導師の配下の者がいるか知れません。お声を潜めて下さいませ。」

「ここは私の城よ!あんなどこの者か知れぬ者に気遣い無用だわ!
それより、隣国と何故戦争なんてしなきゃいけないの?おかしいわよ、あの魔導師が来る前は互いに交流が活発で……そうだわ、今度ベナレスからは美しい敷物が来るはずだったのよ。
そうよ、あれは楽しみにしてたのに、これじゃ見ることも出来ないわ!もう、なんて歯がゆい!」

キアナルーサより敷物の心配をする王女には困った物だが、確かにあの魔導師が来てからすべてが悪い方へ走っているように思える。

「そうだわ!」

突然声を上げ、王女がポンと手を叩いた。
「ね、リナ。隣国にコッソリ手紙を出したら駄目かしら?」
「えっ!?」
「ここにいても、聞くのはリューズを通して聞く言葉ばかりよ。だからね……」
王女が声を潜め、リナに耳打ちする。
しかしその横を青いトカゲがチロチロ舌を出し、ひっそりと噴水の影に潜んでいるのには、2人は気が付かなかった。


廊下を歩きながら、リューズがどんよりとした空を写すグレーの湖に目をやる。
ククッと小さく笑い、杖の頭に付いた小さな水晶の玉をぺろりと舐めた。
水晶には、王女がリナと話し込む姿が映る。

「姑息なことを……可愛い物よ、ククッ
さて、どうしてくれよう…………」

杖を持つ手に、そで口から小さな青いトカゲが出て水晶に消える。
外からかすかに聞こえる雨音に足を止めた。
ポツポツと降り出した雨が次第に強くなる。

「雨か……レナントへの道行きには無粋な雨など降らせまい、可愛い愛し子よ。
お前に似合うは、美しい鮮赤の色。」

リューズはふと美しく微笑み、水晶に映る赤い髪の少年の姿に目を細めた。

17、

野を越え、山を越え、同じアトラーナを分けた土地と言ってもレナントの城は遠い。
それは国境へほどよく近く、最も争いの歴史も深い隣国トランを常に牽制してきた。
友好的な隣国と接する王都ルランやベナレスと違い、古くからレナントは戦いと駆け引きに緊張を強いられてきたところだ。
よってここの領主である公爵は、王の血族でも一番重責に置かれる事になる。
その為か変わっているのは、後継者を長子に限らず最も城主に相応しい者を選ぶという、代々独自の決まり事により引き継がれていったことだろう。
それにより後継者争いや暗殺も、おおやけには知られないが度々見られたという話しもあった。



トランを旅立ち2日目、援軍の一行は数回の短い休息を経て一日を走り通し、日も傾く頃に谷間の川のそばに野営を張った。
明日はようやくレナントへ到着するだろう。
それを思えば、疲れた身体に気も休まる。
特に何事もなく、この山を越えると城はもうすぐだ。
大人数の世話に、旅慣れているリリスと2人の召使いの少年が駆け回る。
火をおこし、持ってきた簡単な食事を用意して配り、軽く酒を準備する。
自分達は食事もそこそこに一行の飲食が済んだらあとを片付け、そうして何かに付け呼ばれる少年を手伝ってまわった。
「なんて忙しいのよ、こいつら人使い荒すぎ!」
ヨーコがリリスの肩でぼやく。
「仕方ございません。こちらの世界では、主人は身の回りのこと一切人任せの方が多いのです。その為に旅には召使いも同行します。」
「男も自立しないとさ、生きていけないわよ。」
「フフ、まったくです。」


やがて夜のとばりが落ち、身分の高い者は馬車の中で眠りにつき、他は思い思いの場所で休みを取る。
辺りが寝静まりようやく明かりの火が消えた頃、リリスも1本の木の根元に横になり休んだ。
身体の疲れもだが、気が疲れてすぐに眠りに落ちる。
先ほどは、忌まわしい姿の者がどうして国の命運をかける一行にいるのかと、酔った騎士に散々絡まれ危なくケガをするところだった。
まあリリスにしてみれば、いつものことだがケガはしたくない。
酔っぱらいは、平気で剣を抜いてくる。

「リリス殿……」

声にウトウトしていた目をこすり頭を上げる。

「はい、ガーラント様。」

ガーラントはザレルの部下でリリスを頼まれている。
なにかと気にかけてくれて、酔った騎士からも助けてくれた。

「ここに休まれていたか。すまん、眠っておられたのかな。」
「いえ、今横になったばかりでございます。」
「私もそばで休もう。何かあってはザレル殿に申し訳が立たぬ。」
「お気をわずらわせ、申し訳ありません。」

彼がすぐ側にいてくれるなら、これで安心して眠れる。
ザレルの気遣いが思い出されて嬉しい。

「私、ネコが恐いから上にいるね。お休み、リリス。」
「ええ、おやすみなさい。」

ヨーコもリリスの枕元に立つ木の上で、暗闇の中白く輝く彼の寝顔を見下ろしながら眠りにつく。
リリスもホッとしたこともあって、礼もそこそこにガーラントが横になると、自分も横になりすぐに眠りに落ちてしまった。



シンとした中、川の水音だけがサラサラ響き時々虫の鳴き声がささやく。
空に広がっていた月や星々が薄い雲に姿を消して、辺りは真の暗闇に包まれた。
見張りの者も、ついついうたた寝が深い眠りへと落ち、たき火の炎もとうに消えている。
深い眠りに入っているリリスの横で、ガーラントがむっくり起きあがった。
腰の短剣の柄を握り、ゆっくり音を立てぬようリリスに覆い被さって行く。
そして短剣を引き抜くと、息を飲んで少年の整った顔に手を差し伸べた。
辺りに吹く温かな風が突然冷たく代わり、リリスがぼんやり目を開く。

何……?…………風が…………

風に吹かれて大きな月が姿を現し、ガーラントの構える刃に光が反射した。

「な……うぐっ」

とっさにガーラントがリリスの口を片手で塞ぎ、短剣を振り下ろす。

「ピピッ!ピーッ!」バサッバサバサッ!!
「うわっ!」

目を覚ましたヨーコがガーラントに飛びかかり、その手に隙が出来た。
リリスが彼の手をはね除け、急いで立ち上がり森の中へ逃げて行く。

「なぜ、なぜ……」

彼はザレル様の部下で、私の、私の……唯一の安心できる方で……

味方だと思っていたのに、ザレル様は知っていて頼んだのだろうか。
いや、そんなはずはない!そんな事は……

暗闇に足下が見えない。
木の根に足を取られ、大きな木にぶつかった。

「いた……くっ」

精霊達が、何ごとかと集まってくる。
リリスの回りにぼんやりと精霊の光が集まり、気が付くと目の前にガーラントが息を切らして立っていた。

「なぜ……一体誰が……」

「これはある尊いお方のご命令だ。
国のために死んでくれ。」

「ザ、ザレル…様は?!」
「ザレル殿は知らぬ事、安心して朽ち果てよ。」

尊い……父王か?それとも母……まだ見たこともないお后様だろうか?
それともゲール様?それともそれとも……
ああ、こんな所で!
私はまだなにも王子のために働いていない!

「イヤです!私は王子のために働きたいのです!まだ私は何もしておりません!」

「お前の働きなど誰も期待してはおらぬ。この世より消えることを期待するのみ!
安心せよ、お前を殺したあとは皆には恐しくて逃げたと伝えてやろう。」
ガーラントが剣を抜き、リリスに飛びかかってくる。
リリスは突然の恐怖に足がすくんで動けなくなった。

母上!ザレル様!
だ、誰か!誰か助けて!

必死に手で探りヤブを横に避けた時、ふとザレルに貰った剣が手に触れた。


『必要になったら、迷わず使うのだ。必ず帰ってこい』


違う!
これは、敵に使う物!

ガーラントが大きく剣を振り上げ、その刃が迫る。
「風よ盾となれ!ビルド!」
「うおっ!」

遮るように伸ばした手に、風が巻き起こり2人の間を妨げる。
しかしガーラントは渾身の力で、その手の大振りの剣を横に振った。

「このっ!」

気持ちが動揺して集中できないリリスの右腕が、刃に当たりザックリと切れて血が流れる。

「いっ!ガ、ガーラント様、お許しを!」
「観念せよ!お前はここで朽ち果てるのだ!」

「イヤです、……イヤ……イヤだ!」

恐怖で涙に濡れながら、リリスが震える手を剣にかける。

『生きよ!生きて帰れ!』

ザレルの顔が浮かび、かたわらに彼の手が現れ剣を握る手に添えられた。

「ザレル!」

旅立ちを心底心配していたザレルの、リリスを守る気持ちが剣に宿っているのだ。
その透き通った手が、痛いほどにギリギリと剣を抜けと急いてリリスの手を握りしめる。

ダメ!ザレル、殺してはいけない!駄目!

リリスが殺される恐怖とは違った、人を殺すかもしれない恐怖に打ち震える。
ザレルは狂戦士、彼の魂の宿った剣は、難なく人を殺してしまうだろう。

「いけない!」
剣を振り払い、グッと拳を握りしめた。

私は、自分で切り抜けなくては!

ガーラントが月の明かりの下、鬼気迫る顔で迫ってくる。
しかしリリスは、背にする草木の大きなトゲにも気が付かぬまま、身体中を血だらけにしてヤブの中に捕らわれ身動きが取れなくなっていた。

18、

「精霊どころか公さえもだまして王家に取り入ろうとする、その貧しい心根が気に入らぬ。
身から出たサビと知れ、覚悟せよ!」
「私は王に取り入ろうなど、考えたこともありません!」
「ふざけたことを、死ね!」

次第に切られた腕が、拍動的にずきんずきんと痛みを放つ。
その腕の痛みに、少しずつ心が落ち着きを取り戻し気持ちが集中する。
剣を振り上げた彼をキッと強い瞳で睨め付け、いつもの力ある言葉で呪文を唱えた。

「リム・ラ・ファーン・レ・ルーン!風よ、いましめとなれ!」

ビョウ!ビョオオオ…………
「ぬっ、く、くそっ!」

大柄のガーラントの身体の回りを、強い風が巻いて取り囲み動きを止める。
リリスが血に塗れた指で宙に文字を書き、呪文を発すると文字が光って彼の身体を取り巻いた。

「我が名の下にいましめを解くまで、動じること禁じる!」

文字がビシッと音を立て、彼の身体を縛り上げる。
「ぐあっ!」

時間が止まったようにガーラントの身体が凍り付き、彼は指一本動かせなくなってしまった。

「リリス!チュッピピ……」
闇の中よく見えない目で、ヨーコがヨロヨロ飛んでくる。

「あっ!この!ピピッ!」
ヨーコが動かないガーラントを見て、頭に蹴りを入れた。

「はあっはあっはああぁぁ………こ……恐かった……」

ホウッと息をつき、さすがのリリスも身体中から力が抜けた。
「あ、つつ……」
そこでようやく背中がトゲだらけのヤブだと気が付き、何とか逃げ出す。
服があちらこちらに破けができて、髪も引っかかりヒモが抜け落ちてしまった。

「いた、いたた……」
「リリス、大丈夫?」

ヨーコが月明かりの下で、ガーラントを横目に彼の無事を確かめる。
「手!これ血?!血だらけじゃない!」
「は、はい、大丈夫。……かな?いたた、ああ、また母上様に叱られます。」

袖でゴシゴシと涙を拭いて、流れる血に傷をしばろうとポケットを探す。
ハンカチを取り出そうとした時、髪がフワリと顔にかかった。

「あ、ほどけちゃったのか。」

ハンカチで傷をしばり、大切なメイスに貰ったヒモを暗闇の中探していると、精霊達が集まってキラキラとヤブを照らしてくれる。
でもなかなか見つからない。

「もう諦めなよ、リリス。」
「いえ、大事な物だから……あった!」

ようやく見つけて取ろうとした時、何か言いようのない嫌な予感が走った。
精霊が1人、ヒモに飛んでいきやはり触れることが出来ずちゅうちょする。

「リリス、これやっぱり使わない方がいいよ。
あいつ変だったもの。」
「でも……これは友達からの大切な頂き物なのです。」

リリスがとうとう手に取り、腕の痛みをこらえて髪をくくる。
初めての友達から初めて貰った物だけに、手放すことには抵抗があったのだ。
彼の優しい微笑みが、この髪を美しいと言ってくれた言葉が、一つ一つ宝石のように心の中で輝いている。


メイス、君は私の無事を祈ってこれをくれた。
私は君を信じるよ。今は、それしかできないから……


不安感を抱えながら、手を合わせ祈る。
視線に振り向き見上げると、ガーラントが睨み付けていた。

「一体どなたのご命令か存じませんが、さすがに油断していました。私は、お味方からも命を狙われて不思議はなかったのですね。
生きていきたいならば、我が身は自分で守らねばなりません。
あなたはそれを教えて下さいました。礼を言います。」

「リリス、甘いわよ。ピピッ!」

「それと……
城には変わったうわさが密かに流れていると聞き及んでおりますが、私には一切関係のないこと。
私は王子に忠誠をお誓いしてここにおります。
もしうわさを真に受けることがあるなら、私など登城する事も許されず、とうに切り捨てられているでしょう。
王家と繋がりなど滅相もございません、私はただの魔導師であり召使いなのです。」

だからなのか、とリリスはふと思った。
ザレルが人を使ってまで、自分を異世界より連れ戻し、登城させた理由をようやく理解できた気がする。
自分の手の届かないところで、暗殺される事をうれいたのだ。
このレナントへの移動は、ザレルには不本意だったのだろう。
剣に意識が宿るほど心配してくれた、その気持ちが嬉しい。
リリスは場違いなほど微笑み、そして剣を掲げたまま凍り付いているガーラントに手を掲げる。

「汝をしばる戒めよ、風の魔導師リリスの名の元に解けよ。」

ガーラントをしばる光る文字が壊れて消え、ガーラントがよろけて倒れた。
「なんで解くの?!リリスってば!バカバカ!」
ヨーコがバタバタ肩で羽ばたき、リリスが彼女を指にとまらせた。

「いいのです。彼には彼の使命があります。
私は戦ってしのいで見せましょう。私が生き残れるかどうかは自分次第。」

「それって自分に厳しすぎるわよ。」

「覚悟の上です。先ほどは助かりました、ヨーコ様。川へ参りましょう、傷の手当てをしなくては。」

闇の中、野営の方角へ戻って行くリリスに、ガーラントが振り向きもせず剣を地に突き立てる。
その心は大きく揺らぎ、使命を思うと拳を地にぶつけた。




ゆらりと闇にとける2つの影が動く。
リリスの回りは無数の精霊が飛び回り、影は気配を消してその後ろ姿をじっと見つめた。

「あれか……」

「マダがきダナ……」

小さく男の声が飛び交い、風に揺れた。

「精霊ガ集マリスギテイルナ。ヒモヲ使ウカ?」

「いや、赤目よ、ヒモはまだ早い。今夜ガキをやるのは諦めよう。気が削がれた。」

「殺スノヲヤメルノカ?」

「いや、朝を待って、他の人間と一緒に殺るとしよう。
それに人間達の恐怖に満ちた顔が、はっきり見えぬと面白くないと思わぬか?」

「ククッ、顔無シノナント趣味ノヨイコトヨ。ヨカロウ。」

無言でうなずき赤目の気配が消えた。

「役たたずめ……」

顔無しが苦々しい口ぶりで舌打ち、立ち上がったガーラントを見てその剣に手を向ける。

「グロール・ロー・ラナーン、剣にありし風の魔導師の血よ、闇にけがれよ。凝縮せし恐怖と憎しみを持って、この男の身を呪い滅ぼせ。」

呪文に答え、ガーラントの剣に付いたリリスの血が黒く変色した。しかし次の瞬間、ポッと火がつき血が勢いよく燃え上がる。
「うおっ!な、何だ?」
訳がわからぬ様子で、ガーラントが思わず剣を落とす。
その炎は青く燃え上がりけがれを消すと、やがて消え失せ何事もなかったように、あとにはただ剣が転がって主の手を待っていた。
「いったいこれは……」
剣からはリリスの血糊が消え、月の光を美しく反射している。

「ちっ、火の加護まで付いているのか、あのガキには。本当に人間なのか?」

闇の影が、舌打ちして消える。
どうにもやりにくそうな相手に、子供と侮っていた気持ちを捨てた。



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