桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 7

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19、

翌日早朝、一行は簡単な食事を済ませ朝もやの中を早々に出発した。
リリスは揺れる馬車の中で、傷に癒しの呪文を送る。
昨夜川の水で洗っている時、水の精霊が癒やしてくれたおかげで、一応傷は開かず出血も止まっている。

「どう?」

「はい、激しく動かさなかったら開くことはないでしょう。レナントに付いたら、お医者様に縫って頂いた方がいいのかもしれませんが。」

「また痛い目に遭うねえ。もう、あのバカ戦士!」

「ふふ、そうですね。縫ってる間、ワンワン泣き叫んだらつついて下さい。
さて、朝を迎えたばかりですが、少し休みましょう。」

昨夜よく眠れなかったので、眠れる時に仮眠した方がいいと思う。
腕に痛みがあるが、横になるとやはり疲れがあるのかリリスはすぐに眠ってしまった。
一行は森のレナントへ続く山道を、早足で列を成して進んで行く。
この山を越えると、レナントの中心部はもうすぐだ。
高台にある城も見えてくるだろう。

しかし、しばらくしてずいぶん進んだところで先頭を進む一行の案内人が、いつもと違った印象に次第に首をかしげる。
朝もやがどんどん濃くなり、何度も同じ場所を回っているような気がするのだ。
歩みが遅くなり、前後の馬が寄ってざわついた。

「リリス、何か様子がおかしいよ。」
ヨーコにつつかれて眠い目をこすり、リリスが目を覚ました。

「なに……?なんでしょうか?」

「何か、同じとこグルグル回ってるんじゃないかって。」
「同じところを?」

ヨーコがリリスの肩に留まり、馬車から身を乗り出す彼と一緒に辺りを見回す。
何か、いいようのない甘い香りが漂って、クンクン鼻を立て、思い出したようにリリスは横を行く戦士に叫んだ。

「戦士様!魔物の花に惑わされております!風を呼びますので風に向かって風上へ走って下さい!」

「なに?!それは確かか?」

「この香り、ラベンナという方向を狂わせる花の香りです。東の国の魔術師が目くらましに使うと聞いたことがあります!お早く!」

「あいわかった!皆、魔術師がいるかもしれん!注意せよーーっ!!」」
叫びながら戦士が樹の間を走り、先頭へと急ぐ。

「ヨーコ様、風を呼びますから飛ばされぬよう馬車の中でお待ち下さい。」
「わかった。リリス!気をつけて!」

リリスは馬車の中を走り、ミュー馬を操る御者の横に立って両手を高く掲げる。

「風よ!風よ!我が声を聞け!
レナントの風よ!この地に漂う、我らを惑わせし花の香をすみやかに消し、迷いし我らの行くべき道を指し示せ!
フィード・フェナ・ファルファ!
フィード・レン・ラナファルト!」

リリスの手から辺りに閃光が走り、遠くから風の音が近づいてきた。


ゴォォォォオオオオオ!!


「頭を下げよ!風が来るぞ!」


ビョオオオオ!!


「うおっ!」

どこからか声が上がり、それと同時に突風が右斜めから吹き荒れた。
あれほど濃かったもやが晴れ、山道をはずれているのが目に見える。

「風上に向かって走るぞ!」

「おお!風上へ!」
「おお!」

声が上がり、一気に馬たちが走り出す。
しかし回りの木がグニャリと動き、馬や兵士達を絡め取った。

「な!なんだこれは!」
「うおお!」

剣を振り、木を切ろうとする手にもツタが巻いてくる。
リリスの乗る馬車にもそのツルははい回り、隣にいる御者の男を捕まえリリスの足に這い上がってきた。

「なんだこりゃあ!ひいっ、た、助けてくれ!」

御者の男が思わずリリスの袖を掴む。
リリスは構わず呪文を詠唱しながら、微動だにしない。
とうとう袖が肩から裂け、男はようやくそこで手を離した。

「……ラクレル・レン・ルーナ、命を育む大地の王、ヴァシュラムドーンの精を受けし木々の精霊よ、心鎮め我が声を聞け。我が名は風のリリス。
ラクレル・レン・ラーナ、よこしまな者の声より解放され、静粛なる世界の元に大いなる抱擁を持って我らを見守りたまえ。
ヴァシュラ・セラ・レ・ルーン!我が声を持って、静粛なる者よ解放されよ!」


ザアアア………


突風が吹いて森をゆらし、急激に伸びたツタが急に力を失い地に落ちた。
兵達がそれを振り払い、急いで開けた道へと出る。
「助かった!」横で小さく震えていた御者も、あわてて馬を走らせる。

まだ、まだだ。
術者が近くにいる!

リリスは動き始めた馬車の上、術者の姿を探した。

20、

辺りを見回しても、逃げまどうミュー馬が軽やかに飛び跳ね、駆け抜けて逃げる姿しかない。
人々の恐怖が入り乱れ、呼び寄せられて精霊がリリスの元へ集まってくる。
リリスはほのかに全身を輝かせながら、どんよりとした空に両手を大きく掲げた。

「風よ!我らの足を止める、よこしまな者を捕縛せよ!静なる者を乱せしは、我らが聖地を乱す者なり!リム・ラ・ファーンセラフ!」

風が集まり、そして何かを見つけたように宙で渦を巻いた。
そこに魔導師がいるのか、リリスが目をこらす。

「くっくっく」

不気味な含み笑いが辺りにひびいた。




「こしゃくなガキよ!」




「あっ!」

空から声がして、突然白いマントに身を包んだ顔のない男が正面に現れリリスに迫る。
杖を振り上げ、それに呪を込めて振り下ろした。




「破砕せよ」




妙に落ち着いた声と共に、リリスとその男の間の空間がひずんだ。
とっさにリリスが両手を遮るように差し出す。

「ビルド!
黒き言葉よ無に帰せ、ガラム!」

リリスの手の中で風と光が混合し、ひずんだ空間を遮った。
その半数が光となって消え、ひずみが大きくあふれ出してリリスの手をかすめ、流れて行く。

「くうっ!」


ゴオッ!
バリバリバリ!ババババーーッ!!


御しきれなかった部分の力が、後方へと拡散し馬車の幌を吹き飛ばす。

「痛っ!」

リリスの昨夜切れた腕の傷が激しく裂け、血がそこより噴き出した。
「うわあっ!助けてくれ!」
「御者様!」
隣にいてリリスの血を浴びた御者が、恐怖にたまらず飛び降り馬車を放棄して逃げてしまった。

「ククク、お前の力はそんな物か。」

顔無しはまた空間へと消え、リリスは頰からも血を流しながら指を組んで呪を唱える。
腕の傷からはどくどくと血が流れ、止めどなく足下へ流れ落ちた。


消えた!消えたのか?空間の狭間?
異世界を、呪文もなく勝手に、自由に行き来できるというのか?
そんな……ヴァシュラム様にしか出来ぬ事。
それに何という……見たこともない、異質な力。
勝てるだろうか、いや、勝たなければ!


乱れた息を整え、ひたすら集中して風を呼ぶ。
騎士や戦士達は馬車を残して走り去り、皆が道へと出て先を急ぐ。
ふとガーラントは馬車が来ないことに気が付き、引き返そうとして仲間の悲鳴に目を見開いた。
先頭を走る者の先に、大きくあいた黒い空間がポッカリと、時折雷のようなスパークを散らしながら一行を飲み込むように大きく広がる。

「なんだ!あれは!」

先頭の数人が馬ごと黒い空間に飲み込まれ、それは人を食うとまた一回り大きくなる。

「助けてくれ!助け……」
「手に掴まれ!早く!うわっ!うおおお……」

飲み込まれる騎士をなんとか助けようとして、もう一人も頭から飲み込まれて消えた。
あたりの森が次第に巨大な空間に飲まれ、先を進めなくなってしまった。

「逃げろ!早く!この!」

ガーラントが恐怖で動かない馬を思い切り殴り、一目散に引き返しその吸い込まれそうな空間から逃げ出す。
黒い塊はまるで生き物のようにうごめき、その上には白いローブをはためかせた小さな人間が、杖を掲げ御していた。



「闇ヨ、オ前ニえさヲヤロウ。
黒ク果テシナク無ニ近イ者、某々ト生キル者ヲ飲ミ込メ。
ソノ生ニ意味ハナシ、ソノ存在ニ意義ハ無シ。サア、食ッテ食ッテどんどん大キクオナリ。ヒヒヒ……」



大きな杖を持ち子供のように小さな身体を白いローブに包み、すっぽり覆ったフードの奥に紅い目が2つ光る。
それはニヤリと不敵に笑い、まるで自身が人々を飲み込む満足感を得ているようだ。
逃げようと手綱を引く人々に反し、ほとんどのミュー馬は毛を逆立て凍り付いて動かない。
ただ恐怖に駆られた戦士達の声が、どうすることもできない無念にまみれて悲鳴を上げ、逃げまどってパニック状態となった。

「うわああ!!」「ひいっ!」

入り乱れて後方へと走り始めた者の上に、白マントの男が現れる。
「魔、魔導師か!そこをどけ!」
思わず兵の一人が剣を投げると、顔のない白マントの魔導師は杖を横にないだ。

「破壊せよ!」

ズン!と空気をゆらし、衝撃波が襲う。

「ギャアアァァ……」

3人の兵がまるでハンマーに殴られたような重い衝撃を受け、馬ごと吹き飛んでゆく。
「ククク、お前達に逃げ場はない!
援軍など許されぬ!死ぬがいい!」
辺りには、兵達の悲鳴と二人の魔導師の不気味な笑い声がひびき、空が暗く沈んだ。


「いけない、急がなくては。」
リリスが遠くひびく悲鳴に、腕をギュッと手近の布でしばり立ち上がる。
風を呼び、その身体をフワリと舞い上げ一息に飛んだ。

21、

一帯を黒い空間が大きく口を開け、それはリリスにも手を伸ばす。

「黒き門よ閉じよ。その門は生ける者が踏みいるべからず、迷える人々は光の充ち満ちた世界に生きる者なり。
風を統べるセフィーリアの名の下に、その黒き門の存在を否定する。
黒き言葉よ無に帰せ!
イエサルド・キーン・セ・ガラム!」

リリスが呪を込め、指を組み大きく振り下ろす。
それは子供の力とは思えない、この空間を清浄化する、遙かに大きく覆い尽くすような力。

「ナニッ!」

驚く赤目の前で、黒くうごめく物はごっそりと容積を減らし、3分の1が消滅して飲み込んだ人を数人吐き出した。
「ナ、ナント言ウ事ヲ……」
我が子のように愛でていた闇の塊が大きく力を弱め、もがくように形を崩す。
「オノレ……ユルサヌ!」
赤目が初めて受けたその攻撃の大きさに、カッと我を忘れ呪いの呪を吐いた。

「ソノ呪ワレタ髪ニ巣クウ大イナルへびヨ、闇ヲマトイ赤イ髪ノ魔導師ヲ内ヨリ食ラウガ良イ!」

「なに?痛っ!」
リリスの髪を束ねるヒモが、突如青いヘビに姿を変え、服ごと背中の皮膚を食い破ってヌルリとリリスの身体の中へと消えた。

「ひいっ!ひっ!い、い、いや!ぎゃっ、いたっ!
ひいぃっ!」

背中の皮膚の下を、筋肉の間を噛み裂きながらズルズルヘビが這って行く。
その激しい痛みとゾッとする感触に、リリスの身体が凍り付く。
その隙を赤目が逃さなかった。

「コノガキ、死ネ!」

赤目が近くの木の頂点に立ち、リリスに向けて杖を振る。
杖からは黒い光が走り、とっさに避けるリリスの左肩をかすった。

「ギャッ!」

肉が焼けるような音を立て、黒い光のかすった部分がヤケドのように黒く変色する。
「ひ!ぐっ、あっ、あっ、あ、い、痛い!!」
ブスブスと肉が焼け落ち、気が遠くなるほどの激しい痛みが襲ってくる。そこへもう一人の魔導師が突然空間に姿を現し、ニヤリと笑って杖を振り降ろした。

「落ちろ!すみやかに死ね!」
「あっ!ぐっ!」

リリスの身体をドスンと大きな衝撃が襲い、
抗うこともできないまま、一気に地に落ちて行く。

バーン!ガシャンッ!

「うっ、ごふっ……」

そこは丁度馬車の上、崩れた幌が少しはクッションになった物のリリスが目を見開き、一つ血を吐いて大きく痙攣した。

「リリス!しっかりして!ピピ……」

「ヨー……様……に、にげ……」

痛い!痛い!痛い!
恐い!恐い!母上!母上!ザレル!父上!

助けて!


助けてえ!!


「母……さ……たす……て……」

太刀打ちできない異質の力、身体中をはい回り内から食いつくさんとするヘビの存在、初めての経験にリリスは痛みと恐怖心で身体中がパニックを起こし、ガタガタと痙攣してとうとう気を失った。

「ピピ……リリス、リリス……」

ヨーコ鳥がリリスの頰をつつく。
肩の傷はひどい状態で、どんどん黒く侵食して左腕がちぎれて落ちそうだ。
傷口から血があふれ、あの日の夜が思い出されてヨーコも恐怖で羽根が膨れた。
「ひどい、どうすればいいの?
ね、ねえ、リリス、死んじゃった……の?リリス、リリス!」

ビュオオオォォ……

嘆くように風が強く吹き、リリスの前にそれが白く渦巻いてゆく。
「きゃあ!な、なに?」
ヨーコがリリスにしがみつき、渦巻く風の中ゆらゆらと形をなんとか成している、セフィーリアの姿を見た。

「あれは……リリスのお母さん!」

それは、セフィーリアの本体ではないのだろう。
白髪は風に薄れ、美しい顔はゆらゆら揺れてはっきりしない。
リリスを心配そうに優しく手を伸ばし、そのまとう風に赤い髪がフワリと広がる。
しかしふと、その手がぴたりと止まった。

リリスのその髪がしだいに赤く輝きを増し、まぶたがぴくりと動く。
「リリス……」
身体までもがまぶしいほどに赤く輝き、ゆっくりとまぶたが開いて行く。
その開いた目は、色違いではなく両目とも赤く燃えていた。

「リリス!その目!あっ、キャア!ピルル」

輝く髪から全身が一瞬燃え上がり、肩の傷の黒く侵食した部分の色が消え、肉が徐々に盛り上がっていく。
「燃えた、燃えちゃった、どうなってるのよう!」
呆然と見守るヨーコとセフィーリアの前に、ゆるりとリリスが半身を起こす。
傷口から黒こげのヘビが転げ落ち、それがボロボロの元の粗末なヒモに変わる

いつもの快活な少年の顔は一変して、雰囲気が女性を思わせ息を飲むほどに美しい。
うっとりと妖艶な顔に、ヨーコが思わず問う。

「あなたは……誰?」

リリスは回りを飛ぶ鳥をいちべつして、ヨーコに答えた。

『我が名は、リリサレーン』

ハッと息を飲み、セフィーリアの姿が乱れてかき消える。
「リリスのお母さん!あっ!」

「このガキまだ生きていたか!」

また空間のスキマから、顔無しが目前に突然顔を出した。

「破壊!破壊!破壊せよ!」

「きゃっ!」
ヨーコがリリスの背後に隠れると、男の力がリリスの前で四散する。
そしてリリスが、全身を赤く輝かせて一気に上空へと飛んだ。

「ナント、マダ生キテイルトハ!」

赤目がまた杖を振り、生まれ出た黒い剣が数本リリスを貫こうと向かって行く。
リリスがその剣をなぎ払うように大きく手を振ると、黒い剣が突然燃え上がり消え去っていく。

「馬鹿ナ!クソ!」

飛び上がり杖を武器に赤目が直接攻撃してくる。
リリスは何事もなかったように風に巻かれて宙を漂い、うっとりとした表情で炎のような赤い髪を舞い上がらせたまま、くるりと一つ回転して赤目の攻撃をはじき返した。

「死ね!破砕せよ!」

赤目が引くと、顔無しがリリスの背後に現れ、杖を振り下ろす。
リリスはくるりと身を返し、その杖の力を両手で受け止めた。
ひずみはリリスの手に集まっていき、その手の中に凝縮して行く。

「なにっ!貴様……」

反射的に危険を感じ、顔無しがまた空間のスキマへと逃げていく。しかしその隙を与えず、リリスが表情もなく手の中のひずみを男に放った。
ひずみはその瞬間、内から光を出して爆発的に広がって行く。

「ひっ!」
ズンッ!ゴオオオオォォ……

顔無しは一瞬でその身体を吹き飛ばし、空間に消えていた身体もろとも千々に散って消え去った。

「顔無シ!マ、マサカ、ヤツガコンナ簡単ニ!」

リリスが宙を舞って、赤目の男に一つ手を振り下ろす。

「ヒイッ!りゅーずサマ!」

ズドン!
メキメキズシンッ!

その力は逃げる赤目を切り裂き、黒い闇の塊を消し去り、近くの木々までも一瞬で切り倒して地面に大きな裂け目を作った。


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