桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 8

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22、

命からがら逃げ出す兵達が、赤く輝くリリスを呆然と見つめその力に震え上がる。


「魔女だ、あれは魔女の再来だ。」


1人がポツンとつぶやく。
恐怖に震える1人が、たまらず剣を抜いた。

「あれこそあの魔物の正体だ!」
「そうだ!殺してしまおう、今の内に。」

シンとした一同を奮い立たせるように、誰かがうなずいてこたえた。

「そうだ、殺そう。国のために。」
「見ろ!血だ!傷ついているぞ。」
「とどめを刺そう!」
「そうだ今なら!」

「殺せ!」
「殺そう!」

そして次々と剣を抜いた。
「しかし……」
ガーラントがその様子に目を剥き、赤く輝くリリスを見て剣に手を携える。

自分はどうする?
昨夜の彼の言葉。
あれは……
あれは…………

殺してはならない、彼は大きな人間だ。
そう感じなかったか?

上空のリリスは輝きが消え、風に抱かれるように落ちて森の中にその姿を消してゆく。

「探せ!」
「おお!」

声を上げ、一斉にリリスの元に剣を抜き兵達が走り始めた。
「ま、待て!あれは我々を救ってくれたではないか!」
振り返る者はなく、一行を率いていた貴族の騎士も食われてしまったのかすでにいない。
ガーラントはどうしようもなく、ただ彼を捜して自分も走り始めた。



「ピルル……リリス!リリス!」

彼が大切にしていた黒こげの青いヒモを足に掴み、ヨーコが彼を捜して飛び回る。
「確か、この辺だと思ったけど。」
そう思い見回した先に、地に横たわる彼の血に染まる服が見えた。

「いた!見つけた!」

飛んで行き、そうっと覗き込む。

「リリス……」

ツンツンと頰をつついてみた。
息をしている、が、意識がない。

「リリス、誰か呼んでくるから待ってて!」
リリスのヒモを目印に、探している兵を1人導いた。

こっちよ、こっち、急いで!

話すわけに行かないのはもどかしい。
だが、兵はリリスを見つけるとすぐに声を上げ、……しかしその言葉にヨーコは驚いた。

「魔女を見つけたぞ!」

片手の剣の切っ先をリリスの胸元に当て、大きく振り上げる。

「や、やめてー!!」

ヨーコが悲鳴を上げながらリリスの胸に降り立ち、迫る剣に目を閉じた。

王都ルランの城では、朝の会議のあと皆と一時を剣の練習に費やし、キアンが庭に出て1人考え込んでいた。
剣の練習は、彼らにとっては自衛と体力作りだ。
特に戦場に出るわけでもない高位の貴族には、スポーツのような物だろう。
しかしキアンは戦いが近づくにつれ、何か嫌な予感に駆られて気楽な貴族たちとは別に、ひどく真面目に取り組んでいる。
彼の心の中は時が過ぎる事に次第に暗雲立ちこめ、不安が大きくなっていった。

このまま父王が病気が悪化して床についたら、もし崩御なさることでもあったら。
すべて自分の不安でしかない。
相談できるリリスはいない。
この大事の時、何かあっても自分で判断しなければならない。
そう思えば気が狂いそうになる。

「ホホ……まあ……」

女達の声に顔を上げると、近くに控えていたゼブラが声の方向を探す。

「あちらから聞こえます、王子。」
「何だろうな、行ってみよう。」

ゼブラと共に、声を探し庭をまわって噴水のある場所へ出る。
数人の女達が、下を見て楽しそうに騒いでいた。

「いかがした?ずいぶん楽しそうだな。」
「これは王子、お耳触り申し訳ございません。」

一同が頭を下げ、足下を気にした。
そのドレスの間から、なんだか忙しくグレーのネコが顔を出す。


「ニャーーーン!」


キアンの顔を見るなり、バッと飛び出し彼に飛びついた。
「まあ、王子に失礼を、ご無礼お許し下さい。城の外にウロウロしておりましたのを、兵が捕らえて参りました。お腹がすいていたらしく、それはもう凄い勢いでミルクを。」

「へえ、命拾いしたな、お前。」

キアンがネコを抱き上げると、ネコが小さな声でささやいた。



「キニャン、にゃっと会えた」



「おま……ごほっ!ごほっごほごほ!」


目を丸くしたキアンが、思わず咳でごまかした。
「まあ、王子お加減が?」
「い、いや、なんでもない。このネコ気に入った。私が貰っても良いか?」
「え?ええ、それは構いませんが……」

「じゃあ連れて行くぞ、ゼブラ来い!」

「はっ」

キアンがネコを抱き上げて、いそいそと部屋に急ぐ。
猫はようやく目当ての人間に出会え、ウルウルとした目で彼に抱きついた。

23、

「こちらでございますよ、レスラカーン様。」
「早う、急いでおくれ、ライア。」

丁度あとに残った侍女の元へ、痩身の白い肌に長い金髪を後ろに編んだ、優しい顔立ちの青年が杖を片手に召使いのライアに手を引かれ現れた。
彼は現王の弟、宰相サラカーンの一人息子レスラカーンだ。
生まれつき目が見えないために執政に加わることも出来ず、いつもは宰相家の邸宅に静かに暮らしている。
だが今の状況から、父親が心配して警備のしっかりした城に連れてきていたのだ。

「済まぬ、ここだと聞いて急いできたのだ。ネコはまだいるのだろうか?」

「これはレスラカーン様。」
いつもは穏やかな青年の興奮した姿に、戸惑いながら一同が頭を下げた。

「ネコがいると聞いたのだ。さわらせて貰えぬか?」

レスラカーンは目が見えないので、動物の柔らかな感触がとても好きだった。
以前飼っていた猫が死んでしまったので、恋しさもあって急いで駆けつけたのだ。

「ああ、申し訳ありません。たった今王子が連れて行かれまして……」
申し訳なさそうに頭を下げる侍女に、レスラカーンがガッカリ肩を落とす。

「そうか……それは残念だった。出来れば貰っていこうと思ったのだが、遅かったな。」
「私がのちほど王子にお借りして参りましょう。なんでしたら城内のネコを探して参ります、どうぞお部屋でお待ちを……」
「いや、もういい。忙しい王子にはお気遣いさせる事の無いようにと言われている。
皆も忙しいであろう、ありがとう。」

沈んだ声で、それでもあっさりと諦める姿は、それに慣れているようで気の毒にも思えてくる。
いるかいないかわからないような彼は、孤独の中で耐えているのを皆が知っているのだ。

「申し訳ありません。でもネコを見ましたら、きっとお連れいたしますね。」
「ありがとう、気を使わせて済まぬ。」



「残念でございましたね。」

レスラカーンの手を引き、部屋へ戻りながらライアが残念そうに言った。
彼がネコをとても好きだったのを、ライアは十分くらい知っている。
親がずっと宰相家に仕えていた為に、ライアは幼少の頃から、彼の目となりずっと仕えてきたのだ。

「そうだな、ライアはネコは好きか?」
「はい、可愛くて好きでございます。」
「そうか、可愛いのか……、どんな姿で、どんな色をしているのだろうな……
きっと…………いや、なんでもない…………」

手を引かれて回廊を行くレスラカーンが、頰を打つ冷たい風に立ち止まった。
急に手を震わせ、杖を離して顔を覆う。
硬い音を立て、杖がカラカラと転がって行った。

「レスラカーン様、いかがなさいました?!」

ライアが驚いて杖を拾い、彼の肩を抱きかかえ人目を避けるところへ誘導する。
彼の肩は震え、ひどく興奮して指の間から涙がこぼれていた。

「ライア、ライア、私は……」
「レスラカーン様、ライアが付いております。どうぞご安心下さい。」

「ライア、私はこの目が見えるというなら、どんな事でもするのに!たとえ魔物とだって……」

涙が流れて、目も開くのに何故この目は見えない!
少し、ほんの少しでも見ることが出来れば!

同じ王家に生まれた男子だというのに、何もかもキアナルーサに奪われているようで心が軋む。
城に来て、自分の無力が痛いほど見せつけられる。

「何をおっしゃいます。どうかお心をお強く持たれて……やはり……やはり、離宮の方へ参りましょう。いつもこの季節は静かなシリウスの離宮へ行きますのに、慣れない城住まいできっとお心がお疲れになっているのです。」

大事の前に、身を守る術のない盲目の彼が誘拐でもされては大変と、父のサラカーンが離宮行きを許さなかった。
それは父としての愛情だとわかっている。
生まれるときに難産で母を亡くしてから、未熟児で死にかけた息子の目が見えなくても、生きていてくれればそれでよいと父は何も言わず大事にしてくれた。
でも、大きくなるごとにかえってそれが辛くなる。
お前の目が見えたならと、無言のうちに父のプレッシャーを感じて、ただひたすらに人の迷惑にならないよう静かに息を殺して生きてきた。

「レスラカーン様」

手を引くライアが何も出来ず彼の手をギュッと握る。これほど取り乱すレスラカーンを見るのは久しぶりの事だ。ライア自身も、彼の気持ちを思えば辛い。
まわりが戦になるかもしれないと士気を上げる中、何も出来ずただ亡霊のように城内を彷徨う事しかできないのは、どんなに口惜しいだろう。

「レスラカーン様には、ライアが付いております。私が必ずお守りします。どうか、どうか、お心を安らかに。」
ライアの力強い言葉に、落ち着いたのかようやく気を取り直し顔を上げた。

「ありがとう、ライア。17にもなって、恥ずかしい事をしてしまった。迷惑をかけてすまぬ。」
「いいえ、レスラカーン様はもっと我が侭を仰って良いのです。そうだ、他の者に子猫が生まれたところがないか聞いて参りましょう。
きっとお気に召す子猫が見つかりますよ。」

レスラカーンがニッコリ微笑み、涙を拭いてうなずく。



「クス……王の弟の息子か……
たかがネコになんてこっけいな、道化に相応しい者よ……」

2人の背後の物陰には、メイスが隠れてイタズラっぽくほくそ笑んでいた。

24、

ゼブラがすべてのドアや窓を閉じ、人払いするとキアンがようやくネコに問いかけた。

「まさか……アイ、か?」

「そうよ〜ひどい目にあったニャア。
なかなかお城に入れないし、剣持った人に追いかけられるし、お腹すいてへろへろニャア」

「わかった、ゼブラ。」
「はい承知いたしております。」
言う先から、ノックがして対応したゼブラが鶏肉を蒸した物を持ってきた。

「お前、いつ頼んだんだ?」
「はい、ネコを見つけたときの王子のお顔が輝いていらっしゃいましたので、きっとお連れになると思いまして。」
ニコニコ微笑む少年は、誰かに似ている。

「お前、最近どんどんリリスに似てきてるぞ。」

「は?リリス様ですか?」

キアンがプイと皿を取り、アイネコに差し出した。
「これなら食えるだろう。お前、何でネコに化けたんだ?ヨーコは鳥だったのに。」

「ウニャ、ン〜なんか物足りにゃい。ハグハグ……」
食いついた物の味気ない鶏肉に多少ガッカリだ。
そう言えば、そこまで考えなかったと後悔した。

「だってさ、可愛いし〜殺される心配にゃいじゃにゃい。鳥は食べられニャったら恐いし。
はぐはぐ……ねえ、何か美味しいのニャいの?」
「美味しいのって言われてもな、こっちじゃネコはネズミ取って食うのが当たり前だ。」

ガーーーン!

「あ、あたしいニャよ!ネズミなんか食べニャいんだからね!」

プウッとキアンが吹き出し、ゼブラがクスクス笑う。
ネコはそれが仕事なんだと、言うのはやめておこう。

「で、リリスとヨーコは?」

食後に身体をぺろぺろなめながら、肝心の2人を見かけない事に気が付いた。
「あ、ああ、2人ともレナントへ行ったぞ、昨日な。」

「エエエエエ!!ガーンッ!」

すっかり脱力して、抜け駆けのヨーコを恨んだアイだった。




ガッカリしたものの、初めて来たキアンの城。
キアンには野良と間違えられないように、首にとりあえずキアンの紋章の刺繍が入ったハンカチを結んで貰い、城内探検を始めた。
廊下を歩いて中庭に。
人に会うと面倒なので、高いところを選んで歩く。
中は思ったより質素で、豪華な織物が到るところにあるベナレスの城の方が派手かもしれない。
開いてるドアから中を覗くと、ベナレスから送られてきたのかフカフカの絨毯が敷いてある。
ちょっと気持ちよさそうなので、失敬してゴロゴロ転がり、また探検に戻った。
やがて中庭を過ぎて奥を見ると、庭園が美しく花が沢山咲いている。
どこからか、ハープのようなフィーネの音色も聞こえてきて気分もゆったりと花を見つめた。

「綺麗にゃー」

おもわずつぶやいて見渡せば、どうもお姫様らしいドレス姿の少女が侍女と花を摘んでいるようだ。
「キアンの妹かニャ?」

近くで見たい気もするが、掴まって遊ばれるのもイヤだ。
あのキアンの妹だ、わがままに違いない。
それでもまあ、見つかったら逃げればいいやと下に降りて、ベンチに乗ったところでいきなり後ろから抱きかかえられた。

「ニャッ?!」

あら、イケメンじゃん

驚いて見上げると、顔立ちの整った青年が嬉しそうにアイを覗き込む。
彼は片手に綺麗なバラに似た花を一束持っていた。

「これは王子が連れて行かれたネコか。こんなに大きかったんだな。子猫だと思っていたのに。
おとなしい子だ、少し付き合ってくれないかい?レスラカーン様がお前のせいで少し落ち込まれているのだ。ほんの少しお前の毛並みを撫でられただけで、きっとお心が癒やされるだろう。」

ふうん、ま、いいか付き合ってあげるわ

レスラカーンは確か、キアンの親戚の名前だったような気がする。
綺麗な名前だったので、どんな人だろうと思っていたのだ。まあ、キアンの親戚なら期待は出来ないが。
廊下を歩き、階段を上がってどんどんフィーネの音色が近づいてくる。
ベナレスでフィーネを奏でるリリスの姿が思い出されて懐かしい。
あれは本当に綺麗だったと、いつかリリスに会ったらおねだりしようと思っていたのだ。

やがて兵に守られた部屋に入って行くと、窓辺で長いすに座りフィーネを奏でる痩身の青年が顔を上げた。

「ライア?」

「はい、レスラカーン様。
花を摘んでいましたら、とても素敵な方と出会いましたのでお連れしましたよ。王子のお友達の方です。」

なぬ?素敵な方!そんなこと言われたのって初めてよ。

「足音が聞こえなかったがどなたかな?」

にんまりするアイが、レスラカーンに目を移す。

ゲッ、これは〜また美少年。いや、美青年?

そこにはキアンの親戚とは思えない、美男子が微笑んでいた。
そう言えばキアンの親戚と言うことは、リリスの親戚でもあるのを忘れていた。
結局王様関係って奴らは、美女と結婚する確率が高いわけで、よくよく考えると平凡な容姿のキアンが鬼っ子なんだろう。

ライアがアイをそっと彼の膝に降ろす。
レスラカーンが優しくアイに触れ、嬉しそうに声を上げた。

「ネコだ!これは……先ほどキアナルーサに奪われてしまった子だね。首に刺繍のあるハンカチが巻いてある。」
「はい、王子が巻かれたのでしょう。庭園をウロウロしていたので、捕まえてしまいました。」

「ああ、何と懐かしい。この柔らかで暖かい毛並み。どうかこの部屋にも遊びに来ておくれ。
ライア、あとでこの子の名を聞いてきてくれないかい?」
「はい、お付きのゼブラ殿に聞いて参りましょう。」

レスラカーンはアイの背を優しく撫でて、気持ちのいいところを心得ているのかアイもトロンと横になる。
彼は手で探ってネコを感じているようで、綺麗なブルーの目は視線が定まらず、本当に見えないんだとアイは同情しながらも、一層なついて一時を楽しんだ。



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