桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

赤い髪のリリス 戦いの風 9

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25

結局その日、アイは日が傾くまでレスラカーンの元でゴロゴロして過ごし、惜しまれながら彼の部屋をあとにした。

「キアンやめて彼の部屋に行こうかニャ」
でも、そうすると現代に帰るときが彼を悲しませてしまう。
「悩んじゃうニャー」
ため息付きながら、キアンの部屋を目指す。

「ン?あれは……?」

すると途中、物陰からそうっと小さな女の子が忍び足で庭をうろついていた。
背には大きな布に何かをくるみ、それをたすきに身体に縛り付けている。
何ともこっけいな泥棒のようだ。
あれはリリスと一緒にいたフェリア。
見回りの兵が来るたびに、コソコソ隠れてやり過ごしていた。

「ここを出るつもりかニャ?そりゃあ無理だニャア」

何となく高いところから高みの見物。
やがてノシノシと大きな男がやってきて、彼女の服を掴み捕まえた。

「お父ちゃま!」
「まったく、何度言えばわかるのだ。これでは家に帰すこともできん。」
「わしもリーリの元に行く!リーリはきっと危ない目におうておる、わしがおらねばリーリは大きな力を使えぬ!なんでお父ちゃまはわからぬのだ!」

フェリアの父親と言うことは、あのザレル?

ザレルはまた回ってきた兵の目を避け、廊下の縁までズルズル引っ張って来てフェリアの服を離した。
フェリアは泣き声で、足をバタバタさせ駄々をこねている。
ザレルもすっかり参った様子で、大きなため息をついた。

「リリスはお前がおらんでも立派にやっている。
お前の力は確かに、精霊の力を増幅させリリスの助けになる物だ。しかしそれは微々たる物……わずかな物だ。お前は自分の力を過信している。」
「…………お父ちゃまの言うこと、良くわからぬ。」

「はあ〜」



アイがザレルの抜けた顔に吹き出す。
あの狂獣ザレルが、ワガママ娘に振り回されるなんて……なんて面白い。

ザレルは大きく首を振り、彼女の手を引き廊下を歩き始めた。
結局部屋に帰って、良く言い聞かせるしかないのだろう。
アイは大きくあくびをして、またキアンの部屋へと向かっていった。



キアンの部屋には、どうも来客中のようだ。
兵を横目に中へはいると、ローブを着た偉そうな老人が部下を連れてキアンを説教しているようだった。
その部下も杖を持っているところを見ると、まるで魔法使いだ。
リリスと同じ、魔導師だろうか。城には専属がいるのかなと部屋の中を見回した。
そう言えば、リリスは杖を持っていない。
今度会った時に聞いてみよう。

「……が迫っております。どうかこれまで以上にお心を引き締められますよう。」
「それは、父上の崩御が近いと言うことか?」

「いいえ、単にそれが近いのか、ご存命中に王の座をお譲りになられるのかわかりません。
先々代の王は病に倒れられたのを機に、先代に王の座をお譲りになり離宮にちっ居されたと聞きます。
その時も激しい隣国との争いの中、王座の空白を避けられたとか。前例があるのです。」

「わかっている……」

「くれぐれもこの事は他言無用に願います。」
「わかった、これは僕の心に留め置くとする。もう良い、下がれ。」

暗い顔でうなずくキアンを渋い顔で見ながら、老人が部屋を出る。
アイがキアンの膝に乗ると、キアンが大きくため息をついた。
「あの爺さん誰?」
「ああ、あれは夢見の魔導師だ。これから起こることの夢を見ては、それを伝えに来る。
戴冠の夢を見たそうだ。でもそれが僕だったかはわからないと。
ちっとも当てにならない、ただ心を乱しに来る厄介者さ。」

「王子、塔の長に何というお言葉を。」
ゼブラが眉をひそめ叱る。

「フン、余計な世話なのだよ。」
キアンは首を振り、舌を打ってそっぽを向いた。

何となく、キアンには以前のような自信が見られない。不安ばかりが見て取れる。
なんともわかりやすい奴だ。

「戴冠式ニャー……キニャンは王様になりたくニャいの?」

「……いや…………そうだな……そうなのかな……」

それが近づくには、まだ早いのだろう。
彼はまだ15才、国を背負うには未熟すぎる。

「お父さん、ビョーキ?」
「ああ、父も母も今年の冬からずっとお加減が悪い。
一体何が悪いのか原因がわからない。だから余計縁起の悪い物を避けたいんだろう。
リリスにも風当たりが厳しくて気の毒に思う。
本当は、ザレルもリリスを呼び寄せたくはなかったと思う。僕がしっかりしていれば、あんな不穏なうわさなど払拭できたんだ。」

「ふうん」

ヨーコがぺろぺろと身繕いを始める。
「キニャンもわかってるじゃん。」
「僕だって成長してる、馬鹿にするなよ。」
「じゃあ、がんばらないとね。王子様。」
「言われなくともがんばっている。」

「ニャは」

アイがシッポでぺしりと彼の腹を叩き、キアンがアイの頭を撫でる。

「レスラカーンより落ちるけど、まあキニャンも格好良くなったニャ。」
「レスラ?お前レスラの所に行っていたのか。あいつは猫好きだからな、遊んでやってくれ。」

それは彼に言う言葉で、反対なんだろうけど。
キアンはレスラカーンをまるで老人のような、何も出来ない子供のような風に見ているフシがある。

「彼はもっと、何でもやりたいんだと思うけどニャ。」

一緒にいるとわかる、彼は胸に秘めた活気のある若々しさを必死で押さえて、自分で水を抜いた草になろうとしている。
目が見えないだけなのに、この世界ではそれで終わりなんだろうか。
アイは夜になると、またレスラカーンが気になって部屋を抜け出し、城内の散歩に出かけた。

26、

深夜暗闇の中、塔の裏手にある井戸の前でメイスがブツブツとつぶやく。
時々回ってくる兵は、先ほど見回りに来たのでしばらくは来ることもないだろう。
漆黒の闇がポッカリと口を開く井戸を覗き、メイスはほくそ笑みながら呪を唱えていた。

「暗闇に生きる王の血族よ。その血は闇に染まり、その吐息は絶望を語り、その指は孤独をつま弾く。
闇を生きる者に光は無し。
その孤独は永遠なり。」


レスラカーンの部屋を、冷たい風が吹き抜ける。

肌寒い中うっすらと汗ばみ、彼は眉間にしわ寄せうなされていた。
普段城より宰相邸や離宮にいる方が長い彼は、メイスとは面識も薄い。
眠る彼の夢に、遠く絶望の言葉がこだまする。

その姿が、メイスの覗く井戸の底にゆらゆらと映り、メイスが手を差し伸べる。
すると袖の中から、細いヘビが絡み付きながら現れた。


『たった1人の息子に何も求めぬ父を呪え、お前を無き者とする王を呪え、お前から何もかも取り上げる王子を呪え。
目が見えぬは大罪ではあらず、お前を知るは闇の住人のみ。
殺せ、恨め、すべてを破壊せよ、何もかもを拒め、すべての存在を呪うがいい。

闇の住人レスラカーンよ。
我が下僕をその身に宿せ。
呪いを受け止め、大いなるヘビの使いとなれ!』


ヘビがスルリと井戸の中へと身を進める。
しかしその時、レスラカーンの寝室では窓からアイが忍び込み、うなされる彼に気が付いた。

「うなされてるニャ」

ベッドに立ちかかり上を仰ぐと、何か言いようのない圧迫感が押し寄せる。
怪訝な顔で辺りを見回し、ギョッとして身体中の毛が逆立った。
レスラカーンの眠るベッドの上の闇の中から、ヌッと少年の手が現れ、良く見ると、それを伝って一匹の細く青いヘビがレスラカーンへと向かっていく。

「フーッ!なんだにゃ!」

しかしアイが驚いて飛び退き遠巻きに見ている間も、ヘビは鎌首をもたげてレスラカーンの身体を狙っている。
人を呼ぶ間がない。
思わずアイは身を躍らせた。

「ウニャ!」

助走を付けベッドを足掛けに飛び上がり、ヘビを猫パンチで床に撃ち落とした。

『いたっ!』

爪が当たったのか、闇から出た手はサッと消える。
アイは床に落ちたヘビを押さえつけ、もがく相手の頭に噛み付こうとしてウッと引いた。

キャーやだやだ、こんなのに噛み付きたくない!
誰か来てーーーっ!!

しかしヘビは、何とか逃げようとアイに巻き付き締め上げる。
2匹がバタバタ暴れる物音に、隣室のライアが慌てて駆けつけた。

「ヘビが!」
「コイツ、彼を狙ってたニャ!」
「レスラカーン様を?!この!」

ライアが懐剣で頭を落としてヘビを殺す。
するとヘビは煙となって、風にかき消された。

「き、消えた?!何と面妖な!」
「ライア!レスラカーンは無事にゃ?!」
「ああ、レスラカーン様!」

アイに言われ、ライアが思わず彼を揺り動かす。
「うん……あ、あ、ライア、ひどい夢を……」
ようやく気が付き目を開けるレスラカーンに、ハッとライアがアイを見た。

「レスラカーン様、ネコが……喋りました。」


「し、しまったニャー!」

慌てて口を押さえても遅い、あわくってアイはそこを逃げ出し、キアンの部屋に逃げ込んだ。




「つっ、痛。下僕が消えたか、あの猫!」
胸を左手で押さえ、メイスが右手のひっかき傷を苦々しい顔で見て唇をかむ。

「おのれ、呪を邪魔したな。どうしてくれよう。」
ギリリと井戸のフチを掴み、人の気配に慌てて水を汲む。

「誰だ?……ああ、メイスか。こんな夜更けに水くみとは危ないであろう、またいかがした?」
魔導師のバルバスが、そうっと塔の入り口から顔を出す。相手が彼と知って、メイスはホッと胸をなで下ろした。

「あ、申し訳ありませんバルバス様。冷たい水が飲みたくて。
バルバス様は?」
「ああ、なんだか精霊達が騒がしくてね。私が代表で見に来たわけさ。」
「精霊ですか?私にはトンとわかりかねますが……」

フフッと笑い、バルバスが彼の頭をポンと撫でた。

「そりゃね、メイスも魔導を勉強して、精霊の道を見つけたら見えるようになるさ。」
「じゃあ……リリスにも見えるのでしょうか?」
何故か、ふとリリスの顔が浮かんだ。

「そりゃあ、彼は特別……なんだろうな。」

「特別?」

「ああ、……だから恐ろしいのさ。」
「よく、わかりません。ですが先日、私はお友達になったのです。無理矢理部屋まで押しかけてこられて、勝手に飲み食いまでされて本当に困りました。」

「部屋まで?なんと言う……やはり……」
バルバスがその言葉に、サッと顔色を変えた。

視線を走らせ、何か考えている。そしてメイスの肩を掴み、真剣に告げた。
「それは友達と言わないよ。メイス、あの子は色々うわさがあって、今何とか城の人間に取り入ろうと画策しているんだ。巻き込まれないようにしなさい。」
「はい、承知いたしました。でも、もしあのうわさが本当ならリリスが王様になるのでしょうか?」
「馬鹿な!その言葉、二度と口にしてはいけない。このまま王家を侮辱するようなら、あの子はいずれ何らかの処分を受けるだろう。
さあ、お前が心配することはない。もう遅い、お休み。」

うなずき、部屋に戻りながらメイスが舌打つ。
「なら、さっさと殺せばいいのに……」
汚い、けがれた不浄の赤い髪。なのに、主リューズは彼に一目置いている。
決して侮るなと。
あの弱々しい少年、なぶり殺してやりたい。
髪と同じように、身体さえも汚され血に染めて。
人に嫌われ、そしられ、ぶべつされ踏みつけられて、絶望の中で死んでいけばいい。

「そしたら僕が、迷える魂を下僕として使ってあげる。」
ククククク……

メイスは手に流れる血を、ぺろりと舐め笑った。

27、

風が、アトラーナの空を流れる。
リリスは風に乗って、フワリと風船のように青い空を流れていた。
眼下には延々と森が続き、そして豆粒のような人間が樹の間からチラチラ見え隠れする。

ここは……?
ああ、これは国境の山

ボンヤリと浮かぶ言葉もうつろに、ずっと奥へと飛び進む。

気持ちいい
ああ、風に国境はないんだ……

やがて大きな湖が日の光にキラキラと輝き、その背後に白い城が見えてきた。

あれは、何だろう……
なんて綺麗なお城…………

うっとり見つめて目を閉じる。
しかし温かな風の中にチクチクと、冷たい風が混じり合って突然向かい風が吹きつけた。
押し返されるように、大きく吹きもどされる。
しかし何故か、自分はその城に行かねばならない気がする。

なぜだろう、何故あのお城に行かなければならないのだろう。

ボンヤリと、それほど深く考えることもなく風に逆らい城に向かう。
迫る白い壁を突き抜け、そして玉座に座する老人にゆらゆらと近づいた。
老人はウトウトうたた寝しているのか、膝掛けがズルリと落ちかけている。
リリスは微笑みながら、手を伸ばしてそれを直し老人の顔を覗き込んだ。
暗くその生気のない顔には、深くシワが刻まれおびえるように眉間にしわを寄せている。

なんて、疲れた顔……

思わずその頰を撫でたとき、王がゆっくりと目を開いた。

「……たれぞ……?」

私は…………

突然、目の前が真っ暗になった。
まるでいきなり夜が訪れたように、漆黒の闇が広がりまわりを見回す。
天地の区別が付かず、足が地についていないような気がしてめまいに襲われた。

「なんと、精霊の加護もなく、この私の手の中に自ら飛び込んでくるとは……
おお、やはり思った以上に素晴らしい。」

高く震える声に振り向く。
そこには、暗闇に白く浮き上がる、白いローブを身にまとった仮面の魔導師が1人手を差し出している。

だあれ?

「ククク……愛し子よ、なんと汚れ無きその美しさ。ああ、リリサレーンのその懐かしくもかぐわしい香り、いっそ食らいつくしてやろうか。」

リリスは首をかしげ、ゆらゆら揺らめき眠たそうに目を閉じる。

なんだろう、凄く……眠い…………

リューズは目を見開き興奮したように、リリスを手招き唇を舐めた。
「さあ、さあ、来よ、なんと麗しい少年よ。
真珠のようなその肌に血のような髪、魂さえ手に入れれば実体を呼び寄せるのは容易いこと。
さあ、赤い髪の少年よ、すべての断りを捨て、このリューズの一部となるがよい。」

リューズの持つ杖の水晶玉が、美しい光を放つ。
「美しい少年よ、我が手に、我が物になれ。」

リリスがぼんやりと、その輝きに目を奪われた。

綺麗……

身体が光に吸い込まれそうになりながら、うっとりとそれに身を任せる。
水晶へ向かってフワフワと漂うその身体を、突然遮るように現れた女性がしっかりと抱き留めた。

「しっかりせよ!お前の仕事はまだ始まったばかりぞ!」

叱咤され、見上げるとそれは赤い髪に赤い瞳の美しい女性。
しかし、その顔はキッと厳しくリリスを見つめ、そしてリューズを睨め付けた。

「この無礼者め。」

「久しいな、リリサレーン。お前も時を同じくして復活するか。
……それもよかろう。」

「いいや、私はこの子の中にある。お主がその青年の中にあるように。
控えよ、リューズ。お主はもう十分暴れたはずじゃ。青年の自我を返せ。」

「クク……相変わらず傲慢な女よ。
仮初めの心などすでに無い。
我が再びよみがえりしは天命よ。滅びは再生の始まり、そしてそのきっかけを作りしはアトラーナ。
今のアトラーナはすでに精霊の聖地ではない。

リリサレーンよ去れ!」



突然響く声に、リリスがハッと気が付く。
辺りは明るく、目前にはトランの王が座しており、そこには仮面をしたリューズが、リリスに向かって杖を振り下ろしているところだった。

「魔女め、王から離れよ!」


あっ……


揺らめく彼の身体は、リューズの魔力を受けて粉々に吹き飛んでしまう。

わあっ!!

その瞬間めまいを起こしたような錯覚の中、落ちるように我が身へと戻り、リリスは重いまぶたをうっすらと開いた。


ゆ……め……?

頭がボンヤリと、目がしっかり開かない。
なんという身体のだるさ、ベナレスで肩を切られたときのようだ。
ふと現実に引き戻され、ドッと不安感が押し寄せた。

あの魔導師は?!
あれは一体どうなったのだろう?!

眠い…………、眠くてたまらない。
でも起きなければ。
皆さんを守らなくては!

顔のない2人の魔導師がリリスに迫る。
人々が闇に飲み込まれて行く!
背中に、ヘビがズルズルと皮膚の下を食い破りながらはい回る。
肩が千切れそうに、身体中が痛い!

思い出して、痛みと恐怖に身体が震えた。
でも、魔導師と戦えるのは自分しかいない。
無理矢理目を覚まそうと身をよじり、大きく頭を振って覚醒を促す。

誰か、私を起こして!手を貸して!

「……れ……か!おね……が……」

声を絞り出したとき、誰かが大きなガッシリした手でリリスの目を覆った。
「落ち着け。戦いは終わった、もう少し眠れ。まだお前は疲れ切っている。」

誰?ザレル?……ああ、良かった。ザレルだ……
やっぱり、来てくれたんだ。

スウッと力が抜けて、目を閉じる。

「ザレル……すみませ……」
つぶやいてスウッとまた吐息を立て始めた。
彼がいるなら安心だ。

だって、父様だもの……

僕の………………





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