桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

ダーク・ホーリーシリーズ

すべて短編です。
ホーリーは、北の黒い森の魔女の息子。
はたして彼は、魔物か人間か?
>>ダーク・ホーリー
>>ダーク・ホーリー 2
>>ダーク・ホーリー 雪夜の晩餐
>>ダーク・ホーリー 黄金色の星空
>>ダーク・ホーリー 黒い森の館
>>NEW! ダークホーリー 誓いの指輪
初期作品(初期設定)
>>呪いという名の想い(イラスト付き)
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お礼に掌編掲載しています。
掌編は、現在連載中の赤い髪のリリス関係となっています。

ダーク・ホーリー 黒い森の館

秋が過ぎ、色づいた広がる森の葉が散って冬の足音が近づいてくる頃。
どんよりと雪が降り始めた空を仰ぎ、道案内の村人の後ろで馬に乗った男が2人、森の入り口で大きくため息をついた。
そこは北の黒い森。
恐ろしい魔女が魔物のような1人息子と共に住んでいる。
「お城の方、森の中では馬を下りて下さい。できましたらこちらに留め置いて頂ければ助かります。魔女様は馬をお嫌いで。」
「歩けと申すか?何故馬が嫌いなのだ。」
「貴族様の暴れ馬に大変ご立腹されたことがあるので。」
「馬に?それでどうしたのだ?」
「馬は貴族様を食らって狂い死にました。それは恐ろしい光景だったと、ひい爺様が申しておったそうです。」
ブルッと城からの兵が震え、馬を近くの木に留めた。
案内人を先に、細い小道を奥へと向かう。
どんどん奥へ奥へ。
奥へ行く事に、まだ日も高い昼間であるはずなのに、何故か辺りが薄暗くなる。
途中案内人が、用意していたランプを灯した。
やがて小さな泉を越えた頃、案内人が特徴のある木を指さしまた先を行く。
それは一本道であるはずなのに、何故か先ほどの場所へといつの間にか戻ってくる。
「またあの木だ。どうなっているのだ。」
「なるほどこれではたどり着けぬはず。村人に案内させるようにと言いつけられるわけだ。」
一行が立ち止まり、木を仰ぐ。
「これは魔女様が、結界を張られているのでございます。猟師も時々迷いますが、日が暮れる頃には自然と外へ弾き出されるのです。
魔女様には時々お供えを先ほどの泉に置いて、村人も感謝しております。今まで誰1人、村人でこの森に迷い遭難した者はおりません。
あの干ばつの時も、村には唯一雨が降り困ることはございませんでした。」
「ならば、移住する者も多かろう。村人が増えて困るだろう。」
「いいえ、村人は増えません。何故か増えないのです。よそ者も移住したいと思わない、何故か心変わりするのでしょう。」
「なんと不思議な。恐ろしいと思わないお前達も変わっているな。」
「はい。では少々お待ちを、魔女様にお目通りを願います。」
案内役が、カバンに大切に差し込んでいた花束を取り出し空に掲げ声を上げた。
「今年も美しいクリスマスローズが咲きました。村よりの贈り物です、どうぞお納め下さい。
魔女様に、お客様を連れしております。」
ごくりと一行が息を飲む。
一息間をおいて、遠くから風が鳴った。
ごおおっ
一陣の風が吹き、その花が舞い上がった。
どこから現れたのか黒い鳥が一羽、大きな羽音を立て花を一輪くわえ舞い降りてくる。
その姿は次第に小さな少年となり、一行の前に姿を現した。
「これはこれは城よりの使者殿、このようなところへ良くおいで召された。
我が名はホーリー、北の魔女の息子。」
闇に溶けそうな黒髪をゆらし、漆黒の瞳をちらりと向ける。
「ああ、なんとかぐわしき白き花。その純白は汚れを知らぬ乙女のよう。
レントよ、いつも母上に美しい花、感謝するぞ。」
白く可憐なクリスマスローズの香りをかぎ、美しく微笑みその場でくるりと舞った。
「いえ、喜んで頂き私も嬉しゅうございます。」
案内役のレントが、微笑んで頭を下げた。
「ホーリー殿、魔女グラナダ殿にお目通り願いたい。我らは勅命にてここへ参った。」
不作法にズイッと身を乗り出す使者が1人、ホーリーの前に立つ。
「ふうん」
使者2人をホーリーがじっと見つめる。
使者の男達は、その漆黒の瞳に吸い込まれそうになって身震いした。
「母上はお忙しい、その方らとはお会いにならぬ。帰るがよい。」
「い……いや、我らは確かに王よりの書状を手渡しするよう言いつかってきた。このまま帰るわけにはいかん。」
魔女グラナダ、その姿を見た者はいない。
見た者がいない魔女を、人々は恐怖の対照にしている。
それを許してきた王だが、憂慮する家臣の進言により、魔女が実在することを確かめるように彼らは命令されてきたのだ。
「書状はホーリーがお渡ししよう。それではならぬと申すか?名無しのお二人よ。」
面白く無さそうに、一輪の花をもてあそぶ。
使者の二人が顔を合わせ、そしてヒョイと肩を上げた。
城の魔道師シルファから、魔女の息子には気を許すなと言われている。
しかし、仕草も幼くどう見ても10歳前後の子供。もしかしたら、恐ろしいとのうわさは違うのかもしれないとさえ思えてくる。
小さな少年の姿に少々気を許したもう一人の男が、一つ大きく深呼吸して胸に手を当て一歩踏み出した。
「失礼、私の名はリードネル。こちらはグラスゴー。お母様には是非お会いしたいのです、どうかお願いします。」
すねていた感じのホーリーが、顔を上げキュッと笑った。
「よかろう、来るがいい。」
気が変わったのか、あっさり承諾しサッと背を見せるそのあとを、3人がついて行く。
どんどん辺りが暗くなる森をやがてトンネルのように抜けると、まぶしい光に包まれ緑に囲まれた石造りの小さな城が現れた。
「これは……美しいですな。」
花に蝶が舞い、鳥が飛び交う。
リードネルとグラスゴーは、思い描いていた魔女の屋敷とかけ離れた様子に、少し驚いて見回した。
「気に入ったか?ククッ」
ホーリーが笑い、城へと駆け寄りくるりと回る。
涼やかな風にレントが一つ、ため息をついた。
「ホーリー様、どうかお遊びは程々にお願いいたします。」
「気に入らぬか?」
「いえ、最近は世の風当たりもございますので、心配なのです。」
「異端審問か。面白い……が、村人に厄災が降りかかるというのならば、レントの杞憂も聞き入れようぞ。」
「ありがとうございます。」
一礼するレントの横で、グラスゴーが首をかしげる。
「一体何を……うわっ」
ザアア!
突然風が吹き荒れて、きれいに光を緑ごと吹きさっていく。
あとにはツタが絡まり寂れた城が、こぢんまりとひっそりたたずんでいた。
「これは一体!」
「ホーリーの余興よ。過ぎたこととたしなめられては敵わぬ。ホホッ!のう、レント、いやシルファ殿。」
城へ先に入って行くホーリーに、レントが苦笑して2人と共にあとを追う。
「シルファ殿?どこに?」
キョロキョロ見回す使者に、レントが顔を上げた。
「さすがは名だたる魔女の息子、お気づきでしたか。2人が心配でしたので、この案内人の身体を少し拝借いたしました。」
「はて、この2人が心配なのか、母上が気になるものか。この無礼、ホーリーは気に食わぬ。」
面白そうに言うホーリーに、レントが頭を下げた。
「ふふ、私もグラナダ殿には会うたことがない。息子であるホーリー殿、あなたにも興味がある。」
実際、王に進言したのは彼女自身。しかし城から出ることは許されず、こうして心だけを飛ばすことにしたのだ。
「このホーリーに興味などと、また酔狂なお方よ。」
呆れた様子で、荒れた城の中へと階段を上がり大きな木のドアを突き抜けた。
「な、なんと!突き抜けて行かれたか!」
「不気味な、実体がないのか?あの子供は。」
仕方なく、男2人で押してみる。が、びくともしない。
2人の前に出て、レント……いや、シルファが戸に手を当てる。
「これは、結界がある。さてどうしたものか。」
「シルファ様、剣で壊しましょうか?」
「いや、私が……」
意識を集中して、いっそ破壊しようかとした時、音もなくドアが開いた。
闇の中に、ふと白い顔が浮かぶ。
男達が息を飲んだ時、その白い顔がククッと笑った。
「入るがよい。その方ら、乱暴は困るぞ。ホーリーは、クギを打つのが苦手なのだ。」
その手の燭台に、自然に灯が灯る。
やがて廊下の行く先を示すように、次々と壁のロウソクに火がついて行った。
「ここに、お二人でお住まいなのかね?ホーリー殿も寂しかろう。」
「フフ、ホーリーは寂しさなど感じたことはない。しかし寂しいと感じるのも、叙情的で退廃的な姿が美しきことよ。」
外からの見た目とは考えられないほどに、長い長い廊下を延々と歩く。
それはいつ途切れるとわからないほどの距離に思え、男達が不安そうに見回した。
「一体、この家はどれほど広いのだ。」
「恐ろしい、まるであの世に続いているように思える。」
つぶやく2人に、ホーリーがククッと笑う。
「何をおっしゃるか、後ろを見られよ。」
言われて振り向くと、玄関はまだすぐそこにある。
「遊んでおられるのか?我らをこれ以上惑わせるなら、こちらも覚悟がある。」
少し腹立たしそうに、シルファが手を伸ばす。
呪文を唱える彼女が借りるレントの身体がほのかに輝き、そしてそこにシルファが現れた。
「私は白き塔のシルファ。たとえここに我が身が無くとも、我が力を見たいというなら見せようぞ。」
白い質素なドレスに金の髪。
手に持つ杖をカンと鳴らして床に付き、ホーリーを睨め付けた。
「おお、恐ろしい。ホーリーは気が小さいのだ。ククク、子供をいじめるなシルファ殿。」
「何を言うか、化け物め。お前が本当に人間かどうかもわからんではないか。」
男2人、怪訝な顔でホーリーを見る。
確かに、人間ではないと言われても不思議ではない。
ホーリーがキュッと笑い、そしてまた廊下を歩き始めた。
「こうして屋敷の中、人間どもを案内するのもまた一興。さあ、母上はこちらだ、来るがいい。」
前を行くホーリーは、滑るように進みすでに足が地についていない。
「我らは……帰れるのだろうか。」
急に不安になって、グラスゴーがつぶやいた。
暗い廊下には、燭台の下に所々美しい花瓶が飾られ花が生けてある。
それは村人が贈った物なのか、作りの良い花瓶の割に花は質素だ。
廊下にはドアが少なく、よほど中の部屋が広いのかと思わせる。
やがて廊下を突き当たるとホーリーが一つのドアの前に立ち止まり、そして手も触れずドアを開いた。
「さあ、こちらへ。」
中は漆黒の闇が広がり、ホーリーの持つ燭台のロウソクも火が小さく消えかかっている。
「ホーリー殿、どうか明かりを。ホーリー殿。」
リードネルが思わず叫んだ時、とうとうロウソクが消えた。
「火が消えましたぞ!真っ暗ではないか、ホーリー殿!」
「誰か明かりを!誰か!」
キアアアアアアア…………
「ひいっ!」
突然、闇を引き裂くような声が上がった。
振り向けば廊下も火が消え、3人は視力を失ったようにドアにしがみつく。
「シルファ様!」「ホーリー殿!」
男達の恐怖の声だけがひびき、服を掴まれたシルファが杖を掲げ呪文を唱えた。
彼女を信じる男達が、じっと恐怖を押さえて明かりを捜す。
しかし、いくら待っても何も起きない。
「シ、シルファ様?」
「ダメだ、ここに私の声を聞く妖精がいない。しかし、力が使えぬ訳ではない。
ぬう、どうした物か。」
キアアアアアアア!!
「まただ、またあの声はなんだ?!」
「ホーリー殿!ホーリー!おふざけでない!」
叱咤するシルファに、どこからかクスクスと笑う声が響く。
「おのれ、これが我らを城よりの使者と知っての仕打ちか!」
シャン!
身動き取れない中、とうとう1人が剣を抜いた。
シャン!
引かれるように、もう一人も剣を抜く。
キアアアアアアア!!
キア!キイイアアアアアア!!
叫び声がどんどん大きく、近づいてくる。
シルファの横で、男達が動く気配がした。
「おのれ!化け物!」
「やめよ!剣を納めよ!」
剣が空を切る音が耳に届き、そして沢山のしぶきが顔にかかる。
「ひっ!」
「うわあああ!!」
恐怖に駆られ、どちらの声かわからない叫びが闇を裂いた。
剣が木を叩き切り、何かに突き刺さる音がする。
「やめよ!剣を引け!やめよ……あ、あ、あ」
カラン、カラン、カラカラ…………
シルファは恐怖に杖を思わず手放し、顔を覆って座り込んだ。
「や、やめよ……やめて……ホーリー!やめて!」
泣き叫ぶ彼女の声に誘われるように、遠くのロウソクが一つ灯った。
「あっ!」
次々にそれは灯り、屋敷中が明るくロウソクに照らされる。
ハッと3人が顔を上げると、それぞれ頭を抱えて座り込み四方に廊下を這っている。
そこはいつの間にかバルコニー式の2階の廊下で、手すりの向こうに1階のホールを見下ろしていた。
キョトンとそれぞれの顔を見合わせ、シルファは涙を拭くのも忘れへなへなと尻餅をつく。
「え?あの、剣を振り回していたのは?」
「わ、私はてっきりグラスゴーだと。」
「いや、とんでもない。こんな闇では危険だと……」
キアッ!キアッ!キアアア……ピルルルル
甲高い声を上げ、黒い飾り羽根の付いた青く美しい鳥がシルファの手に留まった。
「なんてこと、あの声はお前だったのね。ああ、なんて意地悪な鳥なの?恐かったわ。」
クスクス……
笑い声に振り向くと、ホーリーが立ち深々と礼をする。
「階下にお食事のご用意ができております。
どうぞこちらからお越し下さい。母上がお待ちでございます。」
3人は怒りよりも気が抜けて、呆然と立ちつくす。
「どうしてこんな事を……ひどいわ。」
「いたずらにも度が過ぎます。」
「まったくだ。」
口々に不満を漏らす中につかつかと歩み寄り、ホーリーが床に転がるシルファの杖を手に取り彼女に渡した。
「フフ、あれはあなた方の心。あなた方はホーリーの事を闇の魔物と勘違いしておいでだ。
ホーリーは母上と2人、ここで静かに暮らしているのみ。尋ねてくる者は喜んで迎えよう。
ただし、迎え方は尋ねてくる者の心次第。」
シルファが杖を受け取り、そしてホーリーの小さな手に引かれて廊下を進む。
男2人も後に続き、廊下の途中にある階段を下りていった。
「お待ちしておりました。さあどうぞ。」
長いテーブルに、食事がセッティングしてある。そしてその横には、レントが黒い服を着て胸に手を当て微笑んでいた。
「えっ?私は……心だけを……」
シルファが思わず胸に手を当てる。
いつの間にか、実体がここにある。
「母上がお望みでしたので、お身体もおいで頂きました。さあ、大したおもてなしもできませぬが、これは脅かしたおわびでございます。」
それぞれに椅子が勧められ、そして酒が注がれる。
「良くおいで召された。さあ、グラスを取るが良い。」
突然の女の声に、テーブルを見るといつの間にか女性が座っている。
「あ、あなたがグラナダ殿か?」
「いかにも、我が名はグラナダ。我が息子の無礼はお許し願いたい。
城よりの使いご苦労だった。話しを聞こう。」
目の前に、魔女の中の魔女と言われるグラナダがいる。
一行がその恐ろしくも重い雰囲気に飲み込まれ、言葉を忘れる。
ごくりと息を飲み、震える手で親書を懐より取りだした。
本当に、北の黒い森の魔女グラナダはいたのだ。
ここに、目の前に。
シルファが言葉を忘れ、ふらりと立ち上がりそして膝を付いた。
「いかがなされた?」
「……も……うしわけ、ありませぬ。
私は、グラナダ様に、し、失礼を。」
死んだと噂を耳にして、その存在を怪しみ、息子だと言うホーリーの力に魔物と言い放った。
今はそれが恥ずかしい。
見ただけでわかるその存在感と魔力の大きさに、シルファはただ頭を下げた。
宴が終わり、3人がシルファの魔力で風を呼んで館をあとにする。
グラナダは後日城には赴くことを約束して、王への手紙を彼らに託した。
満足して帰る3人を見送り、ホーリーがグラナダの横に並んで手を振る。
「ククク、帰った、帰ったぞ。」
ホーリーが、館へ駆け戻ってゆく。
グラナダは暗い顔で振り返り、その背中に手を伸ばした。
閃光が煌めき、その手から光の矢がホーリーの背を射抜く。
射抜かれた瞬間その身体は千々に散って、先ほどの黒い飾り羽根の青い鳥が飛び立った。
クルルル……キアキアアア…………
鳥は数回旋回して、館を飛び出しどこかへと飛んで行く。
グラナダはすでに薄暗い空を仰ぎ、一番星に手を伸ばした。
「お前は見ていたのだね、偽りの幻を。ああ、どうか秘密にしておくれ。今宵はお前のために踊るとしよう。」
一つ息を吐き、暗い顔できびすを返し静かに扉をくぐると、廊下を進んでいく。
その姿はハラハラと、幻のかけらを落とすように姿を変え、そして小さな少年へと変貌していった。
「グラナダ様が、お待ちでございます。」
レントが頭を下げて、一つのドアを開ける。
ホーリーが軽くうなずき、廊下に飾ってあるクリスマスローズの花を手に取り部屋にはいって行った。
「お疲れでございましょう、のちほどローズティーなどお持ちいたしましょう。」
「フフ……まこと人間とはおごりが高く、警戒心の強い動物よ。なればこそ、面白い。
ローズティーには花を添えておくれ。母上もお喜びになろう。」
「承知いたしました。」
「気遣い感謝するぞ、レントよ。使いご苦労であった。」
「御身の為なれば、なんなりと。この命、消え果ててもお仕えいたします。」
暗い部屋の中、ホーリーの姿が消える。
レントは一つ深々と頭を下げ、音もなくドアを閉めた。